野良犬の矜持   作:陰毛樽ないん?

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急援

彼女は、心の底から震え上がっていた。

見たこともない圧倒的な存在と力に。

しかし、逃げ出すことは決して許されない。例えこの身が砕かれようとも、使命を放棄してはならない。

それが隊長としての務めだと、彼女は悟っていた。

 

「…わかったわ、もっと楽しませてあげる」

 

『そうこなくっちゃ♪』

 

神機をサイズに変え振りかぶるマヅルに対し、余裕の笑みを浮かべるクヒ。

両者がまさに激突せんとしたその時 ーー

 

「マヅルさん‼︎」

 

空気を切り裂くような非常に通った声が響き渡り、2人の前に現れたのは…

他でもない、須逹ハッサクだった。

 

「ハッサク君⁉︎どうしてここに…」

 

驚きを隠せないマヅルは目を丸くしてハッサクの方を見る。

一方のクヒは怪訝な顔付きをし、横目でハッサクを見る。水を差されたのがよほど気に入らなかったらしい。

 

「マヅルさん、申し訳ないですが今までのやりとりの様子を全て見させてもらいました。

悪い事は言いません、ここは一旦退却しましょう。。

このアラガミも、これ以上余計な刺激さえ与えなければ危険はないと思いますし…」

 

共に撤退することを提案するハッサクだが、マヅルは訝しげな目でハッサクを見た。

 

「何を言い出すかと思えば…私も随分と見くびられたものね。

要らぬお節介よ!退却したければ、ハッサク君1人でなさい。…私は残ります」

 

「そんな、ハッサクは貴女の為を思って言ってるんですよ⁉︎その言い方はあんまりだわ…!」

 

ハッサクの後方から飛び出したのは、カボス。

視線をクヒの方へとやっていたマヅルが、彼女の方を振り向いた。

 

いつもの調子で食ってかかろうとするカボスを、黙って手で制するハッサク。

 

「よせ、カボス…。マヅルさんは、一度ああなってしまったら戦いが終わるまで平常心には戻らない。。

そっとしておくしかないのさ」

 

いつに無く真剣な顔付きで言うハッサクを見て、カボスも口を噤んで引き下がった。

彼女の肩に手を添えながら、背を向け引き下がっていくハッサクが不意に振り返る。

 

「マヅルさん。貴女はいまや、俺の上官ではありません。

したがって、貴女の命令を聞く義務はない…

ですが、今まで何度も世話になった恩義がある。

だから…」

 

「だから、何なの?はっきり言いなさい!」

 

「必要になったら、いつでも呼んでください。

今度は俺が、貴女を助ける番だから…」

 

言い終わると再び正面を向きなおし、カボスと共に立ち去っていった。。

口笛を吹きながら、その後ろ姿を見送ったクヒが、さも残念そうに頭、両腕をだらりと垂らす。

 

『はぁ〜〜…せっかく遊び相手が増えたと思ってたのに。君が余計な事言うからだよぉ〜〜‼︎』

 

頬を膨らませ、ふてくされるクヒを眺めるマヅルの口角が吊り上っていく。

 

「あら、残念だったわね。。

でもあなたには私1人で十分なのよ。

十分…過ぎるほどねッッ‼︎」

 

いつの間に神機の捕食形態に変えていたマヅルが、細長く伸ばしたプレデターをクヒの脇腹に潜らせ…その肉を噛み千切った。

その肉を咀嚼し飲み込むと同時に、バースト状態へと移行。彼女の全身が赤白く光り出し、オラクル濃度が急上昇する。

 

 

「マヅルさんのオラクル濃度が上がった…

いよいよ始まったな」

 

足を止め振り返るハッサクは、どこか後ろめたい心境になっていた。。

 

 

『わぁ〜…食べられちゃったぁ。。』

 

クヒが、プレデターによって噛み切られた脇腹を不思議そうに見つめる。

スキありと言わんばかりに、マヅルが素早く踏み込み ーー

 

「笑っていられるのも、せいぜい今の内よ‼︎」

 

クヒの目前まで迫ると、その場で跳躍し前方宙返り。

丁度クヒの真上に来たところで、サイズを振りかぶり、刃先を奴の背中に食い込ませた。

 

刃を食い込ませたまま、柄を伸ばしつつ距離を取って着地。

クヒは痛がる様子もなく、あっけらかんとしている。。

 

「あなた…コマ回しは好きかしら?」

 

マヅルはそう言うと、神機を高々と振り上げる。

伸びた柄がまるで新体操のリボンのようにしなやかにうねり、スプリングのような形状になる。

そしてその状態のまま、クヒの身体にスッポリと収まった。

結果的に、クヒ・ジダャの胴体がサイズの柄でグルグル巻きにされた状態になったのである。。

 

『あれれ…コマってボクの事⁇』

 

「当たり前よ。。見た事のない景色を、見せてあげるわッッ」

 

マヅルが神機を上に向けて思い切り振り抜くと、さながら本物のコマのようにクヒの身体を回転させながら空中に浮き上がらせた。

 

最後に刺さっていたサイズの刃を抜き取って神機に収め、銃形態に変形。

空中で高速回転しているクヒに向けてスナイパーの銃口を向けた。

 

「さすがのあなたでも、これは避けられないわね。。」

 

直後に放たれた、目にも留まらぬ疾さを誇る狙撃弾。

本来スナイパーの連射性能は低めなのだが、歴戦のマヅルならではの手腕により2発、3発と連続でクヒに弾丸が叩き込まれた。

 

ばたりと地に伏したのも束の間、すぐと起き上がりこちらに向かってニカーッと笑うクヒ。

 

「そんな…確かに手応えはあったのに⁉︎」

 

ちゃんと銃弾が当たったのをこの目で見たマヅルは信じられないといった表情をすると、クヒは不自然に握っていた手を彼女に向け、開いて見せる。

 

『にひひひ…全部取っちゃった!』

 

クヒの手からポロポロとこぼれ落ちるオラクルの塊。全てマヅルが撃ち込んだ弾丸である。

あんな状態でも、難なく弾を受け止めてしまったクヒとの決定的な力の差を感じた瞬間だった。。

 

「…、く…。。」

 

力が抜け、彼女の手から神機が離れ…地面に落下。

一帯に鈍い金属音が響き渡った。

マヅルの戦意は、底をつきかけていた ーー

 

『君〜?どうしたのかな〜?具合でも悪いの?

なら、ボクがとってもいいものあげようか!』

 

クヒはそう言うと、地を蹴って瞬時にマヅルの目前に迫り、素早く手を伸ばす。

なんと、彼女の口の中に手首まで突っ込んでしまったのだ。

 

「〜〜〜〜ッッ‼︎」

 

当然喋る事も出来ず、声にならない声を発するマヅルを尻目に、クヒはニタリと寒気がするような不気味な笑顔を見せる。

 

『むふふ…今からボクが、君の口に入っている指先にちょいと力を込めれば、君の頭はまるで空気を入れ過ぎた風船のようにあっけなく弾け飛んでしまうんだ。。

どんな感じかなあ⁇楽しみだなぁ〜〜‼︎』

 

「⁉︎⁉︎…〜〜、〜〜‼︎‼︎」

 

必死で首を横に振り、両手でクヒの腕を掴むマヅルだが、当然振りほどける筈もなく…

その眼には大粒の涙が溢れ。。

 

彼女は《死》を、覚悟していた。

 

 

 

 

 

「おい、少年…レディはもっと優しく扱うもんだぜ」

 

クヒの背中にかかる声。

先程のハッサクという男ではないとすぐにわかった彼は勢いよく振り返る。

マヅルも声がした方を懸命に見ようとするが、涙で視界が滲んでぼやけていた。。

 

「俺はな…女に手をあげる奴だけはどうしても許せねえタチなんだ。。

しかもそれがアラガミだったら、尚更だな」

 

『突然現れて言いたい事言ってくれるね。

ボクの邪魔がしたいわけ?もしそうなら…

消しちゃうよ』

 

クヒはそう言うと、空いている方の手にオラクルエネルギーを貯め…男に向かって撃ち込む。

 

「っつあッッ‼︎」

 

男は瞬時に背負っていたブレードを振り下ろすと…

彼の左右後方にてほぼ同時に爆発が発生した。

 

それを見て、思わずクヒは目を丸くする。

 

『切り裂いた…ボクの弾を…』

 

男の方を凝視するクヒの一瞬の隙を見逃さず、口から手を引き抜いて脱出するマヅル。

クヒから距離を取ると、跪いて咳込み始めた。

 

『ちぇ、逃げられた。。

まあいいや、もうあの人間さんには飽きちゃったから。

今度は、君が遊んでくれるの?』

 

「さあな。だがこれだけは言っておく。

俺と遊びたきゃ…おめえのその命、懸けてもらう必要があるぜ」

 

男の返事に、クヒは頬を軽く膨らませてプッと吐き出し、ゲラゲラと笑い出した。

 

『アッハッハッハ!

なんで人間さんって、みんな言う事が同じなんだろうね〜⁇変なの〜。

どうせすぐに血だらけになって、オネンネしちゃうのがオチなのにさ♪

ね?君もそうなんでしょ〜〜⁇』

 

「やってみりゃわかるぜ」

 

神機を構える男に向かって、ようやく咳が収まったマヅルが声を掛ける。

 

「セマノブさん…⁉︎あなたまでここに…」

 

「ようマヅッチ!落ち着いたか?」

 

マヅルに向けて手を翳すセマノブ。

いつもの陽気な笑顔が、彼女の疲れた心を少しだけ癒してくれた。

 

「マヅッチって…」

 

「ん?おめえのニックネームだけど。不満か?」

 

「いや…何でもないわ…」

 

額を手で押さえ、ふうっと溜め息を吐くマヅルが背後に気配を感じ取り…振り向く。

 

「マヅルさん、お迎えにあがりました」

 

「ハ…ハッサク君。。戻ってきたの…」

 

ハッサクはそれ以上何も言わず、黙って肩を貸す。マヅルは最初こそ戸惑ったが、素直にハッサクの肩に身を委ねた。

彼女は安心したのか、脱力してしまう。身体的なダメージはほぼ無いが、精神的な疲労が大きいのだろう。

 

「ごめんなさいね…一部隊の隊長ともあろうものが。

情けない限りだわ」

 

「肩書きなんて関係ありません。。

神機使いは皆、同じ志を持った仲間で無くてはならない…そこには上や下という垣根は存在しないのだと。

これはかつて、入隊したばかりの俺に教えてくれた貴女の言葉です」

 

「ハッサク君…ありがとう。。」

 

顔を手で覆い嗚咽を漏らすマヅルの腰に、そっと手を回すハッサク。

そんな彼の頭に、小石が当たった。

投げたのは…セマノブだ。

 

「いって…何すんだよ」

 

「オイオイ、人がこれから命を懸けた大勝負をするってのに、調子狂うようなモン見せつけてくれるな」

 

「ったく、空気の読めねえ奴だな。。」

 

ハッサクは悪態をつきながらも、ポケットに手を入れ何かを取り出す。

 

「セマノブ‼︎」

 

「⁉︎」

 

そのポケットから取り出した物をセマノブに向かって投げる。

受け取ったセマノブが確認すると…それは何でもない、ただのお守り袋だった。

 

「随分とデカいお守りだな…これを俺に?」

 

「そうだ。気休めにしかならねえだろうが、俺の気持ちだ。取っといてくれ」

 

セマノブは力強く頷き、お守りを懐に納め再びクヒの方に目線を向けた。

その様子を見届けたハッサクはマヅルを連れてその場から離れようとするが、彼女に強く腕を掴まれた。

 

「まさか、あのセマノブって人を置いていくつもり?

ダメよ!きっと殺されるわ…!」

 

マヅルの訴えにハッサクは優しく微笑み、自分の腕を掴むマヅルの腕を掴む。

 

「アイツ…本当に不思議な奴なんですよ。

俺達の中の常識が、アイツにはまるで通用しない。

だから、こんなヤバい状況だってのに、アイツならなんとかしてくれるんじゃないか…って。そう思わされるんです」

 

「…」

 

「それに俺達がこれ以上ここにいても、彼の邪魔になるだけです。とにかくここを離れましょう」

 

マヅルは力無く頷き、よりハッサクに身体を近付ける。

恥ずかしさでちょっぴり顔を赤らめていると…

自分の名を呼ぶ声が聞こえた。間違いなく、セマノブのものだ。

 

「ハッサク!俺が無事に帰ったら、また一緒にメシ食おうな!今度は前よりもっと食ってやっから、覚悟しておけよ〜‼︎」

 

相変わらずよく通るセマノブの声をしっかりと受け止め、彼に向かって親指を立てるハッサク。

そして、足早に去っていくのであった。。

 

 

『…終わったかな?最後のお別れの挨拶は?』

 

ずっとほったらかしにされていたクヒが、半分苛立ちを含ませながらセマノブを皮肉る。

セマノブは、神機を肩に担ぎ首を左右に捻っている。

 

「最後のお別れか…いいや、そいつはまだまだ先の話になりそうだ。

なぜなら、おめえをぶっ倒してハッサクと飯食わなきゃなんねえからな」

 

『それは無理な相談だね。。

なぜなら、君はこの後ボクに食べられるからね』

 

両膝に手を添えまたもや屈伸運動をするクヒに、セマノブは神機を向けて睨みつけた。

 

「食ってみろよ」

 

『活きがいいね!どんな食感なのか楽しみになってきたな〜♪さて、と!』

 

クヒは膝から離した手を、おもむろに地面についた。

 

『君は生で食べても美味しくなさそうだから…

焼いちゃおうかな!』

 

すると、セマノブの足元が赤く光り出す。

だがセマノブは避けようとする素振りは見せず、手際よく神機を捕食形態に変え、発現させたプレデターを…

地面に喰らいつかせた。

 

『⁉︎』

 

予想外の行動に驚きを隠せない様子のクヒ。

地面に食い込んだプレデターは、ゴクゴクという音を立てながら光を《飲み込んで》いき…

光が無くなると同時に、セマノブの手によって地から抜き取られた。

 

「残念だったなあ…俺の足元から火でも出して、こんがり焼き上げようとしたんだろうけどよ。

逆に、俺の方がご馳走になっちまったみてえだな」

 

呆気に取られるクヒを尻目に、セマノブは膨張したプレデターを振りかぶって、前方に突き出した。

 

すると、ピター戦やフォア戦の時と同じオラクルの衝撃波がプレデターの口から放出され…クヒに迫る。

 

『あっぶないっっと‼︎』

 

当たる直前で真上に跳び上がり、攻撃を躱すクヒだが…

背後に妙な殺気を感じ、咄嗟に振り返る。

そこには…大きく仰け反りブレードを振りかぶったセマノブが、いた。

 

「こいつは、挨拶の握手代わりだッッ‼︎」

 

咆哮とともに振り下ろされる刃。

クヒは身を捩らせ回避しようとするが…避けきれず、右腕の付け根に鋭い一閃を受けてしまった。

 

『ぐっ…!』

 

苦い顔をして、着地するクヒ。その直後に、切断された右腕が鈍い音を立てて地に落ちた。。

少し遅れてセマノブも着地。再び神機をクヒに向ける。

 

「おやおや…こりゃあ予定より早く片付いちまいそうかな⁇」

 

口角を上げて笑うセマノブに対し、クヒは目を細め歯軋りをするが…すぐに、いつもの食えない表情になった。

 

『君…まあまあ、やるようだね。

楽しめそう。久しぶりに、楽しめそうだよ。。』

 

「ああ、俺もだ」

 

セマノブはひしひしと感じた。

クヒのオラクル濃度が、みるみる上昇していくのを。

ハッサクから貰ったお守りを上着越しに握りしめ、その表情はより真剣なものとなっていった。

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