息を切らしながらオペレーター室へ入ってきた面々。
あるモニターの前まで来たオペレーターが、ハッサク達にこちらへ来いとばかりに手招きをする。
モニターに表示されていたのは、セマノブとクヒが交戦する地点のレーダー画面。
そこには、2つのオラクル反応が激しくぶつかり合っている様子が映し出されていた。
「こ、これは…なんてこった」
片方の反応が急激に強くなる反面、もう片方の反応は次第に薄く、弱くなっていく。
ハッサクは確信した。これはもうほぼ一方的な戦いになっていること、そしてセマノブの反応は間違いなく前者ではないということを。
「マズイぞ、まさかクヒ・ジダャの強さがこれほどまでとは…」
ハッサクの額に、冷や汗がどっと湧き出る。
彼の脳内では、最悪のシナリオに向けて突き進んでいっている。。
「あ、あの…須逹さんッッ」
「⁉︎」
急に耳に飛び込んで来たオペレーターの声に驚き、ハッサクは彼女の方を見る。
オペレーターは、瞳を潤ませて伏し目がちに震えていた。
「お願いです…セマノブさんを、助けてあげてください!」
そう言い、オペレーターは全力で頭を下げる。
しかしハッサクは、困惑の表情を隠しきれないでいた。
その心中を察したカボスが、ハッサクの肩を強めに叩く。
「ハッサク…私に行かせてッッ」
「カボス…⁉︎」
ハッサクは下を向いて少し考えた後、カボスに向かって強い視線を向ける。
「ダメだ…!それは許可できない。。
グロフォード隊長が不在の今、クオーツを預かるのは俺の役目だ。もしお前の身に万一の事でもあれば…‼︎」
「で、でも…このままだとセマノブさんは…」
「殺されるだろうな、確実に。。」
瞼をきつく閉じ、強く拳を握り締めるハッサク。
そして、意を決したように ーー 刮目した。
「やるしか…ないか」
セマノブには、既に余裕など消えて無くなっていた。
彼の近辺は元の地形も思い出せない程に変形し、回復錠の残骸がそこら中に散乱している。
《怒り活性本気モード》になった、クヒの攻撃の凄惨さが伺える。。
『さっきまでの元気はどうした?え?』
急にクヒの姿が見えなくなり…
次にセマノブの視界に入った時には、もう眼前にいた。
「うぉおっ‼︎」
咄嗟にブレードを横薙ぎに振るうが、クヒは頭を下げて軽く躱し…
セマノブの腹部に左ボディを叩き込む。
「ごはっ…!がっ」
クヒは左手を素早く抜き取り、今度は前屈みになったセマノブの後頭部に右の肘鉄を浴びせた。
『下らん。少しばかり本気を出せばこのザマか…
やはり人間などは取るに足らんな』
うつ伏せに倒れ込んだセマノブの髪を掴んで引き起こすと…
顎に鋭い膝蹴りをかました。
セマノブは、海老反りになりながら上空に吹き飛び…急に動きが止まった。
何故なら、クヒが髪を掴んだまま腕を伸ばしているからだ。
まるで凧揚げの凧のようになっているセマノブを眺めながら、クヒは不敵な笑みを浮かべる。
『クックック…さっきとは位置関係が逆になってしまったな。。
俺がこれから何をするか、大体見当がつくだろう⁇』
危機を感じたセマノブは、ブレードでクヒの腕を切り離そうとするが…
クヒが動き出す方が早かったらしい。
セマノブを掴んだ状態で、豪快に腕を振り回す。
向かう先は…大地。。
「くぅぅ…ッッ」
セマノブは咄嗟に神機を前に翳す。
そして次の瞬間、鈍い衝突音が鳴り響き、セマノブはまたもや倒れ込んだ。
彼と地面に挟まれてサンドイッチにされたセマノブの神機は、装甲を展開している状態になっていた。。
「地面に激突する寸前で、装甲を出して衝撃を軽減させたか…
相変わらず小細工だけは上手い奴だ。。」
鼻で笑うクヒは、掴んでいる手をあっさりと離す。
これにはセマノブも意外だった。
「…どうした?せっかくの俺を殺すチャンスタイムを、みすみす放棄するなんてよ」
『勘違いするなよ…貴様を殺すことに変わりはない。
だが同じ攻撃をすれば、貴様も再び神機で防御しようとするだろう。。
これ以上、貴様の神機を無駄に傷付かせる訳にはいかんからな』
「訳のわからねえ事をゴチャゴチャぬかしやがって…
おめえに、俺の神機の心配なんかしてもらわなくても結構だぜ‼︎」
神機を振りかざして突っ込んでくるセマノブに向かって、クヒは左手を伸ばす。
セマノブは斬り捨てんとばかりにブレードを振り下ろすが、伸びる腕は器用に刃をすり抜けて…
彼の首根っこを鷲掴みにした。
その状態で素早く腕を縮ませて、セマノブを目の前まで引き寄せ、神機を持つ彼の手を掴む。
『貴様が訳を知る必要はない。
俺がずっと追い求めてきた《探し物》…まさかこんなところで見つかるとはな』
「さ…探し物だと…⁉︎」
クヒの握力は凄まじく、セマノブも呼吸するのがやっとの程だった。
反撃したくとも、神機を持つ手も封じられている為にどうしようもない。。
「なんなんだ、そりゃ…」
『貴様が知る必要はないと言ったハズだッッ‼︎』
首を掴むクヒの力が倍増し、セマノブの顔が赤く腫れ上がっていく。
そしてあえなく窒息…の一歩手前。
セマノブは空いている方の手でポケットから取り出した物体を、クヒの足元に投げつけた。
『うおッッ⁉︎こ、これは⁉︎』
眩い閃光が一帯を覆い、物体を凝視していたクヒはまともに光を浴びることになる。
セマノブはクヒの力が緩んだこの一瞬の隙を見逃さず、掴んでいる手を振りほどいて脱出。
その首には、クヒの手跡がくっきりと残っている。。
『スタグレか…つまらん真似をしやがって』
「へへ、逃げられて悔しいか⁇」
セマノブの挑発に、クヒは目の色を変える。
『もうこれまでだ…どうやら俺を、完全に怒らせてしまったようだな。。
次に俺の手に捕まった時が、貴様の最期だと思えッッ‼︎』
一段と声を荒げるクヒ、そのオラクル濃度は更に上昇していき…セマノブは、改めて劣勢である事を思い知らされるのであった。。
ハッサクは、動けないでいた。
ある部屋の前まで来た途端、彼はまるでマネキン人形のように微動だにしなくなってしまったのだ。
その視線は、ひたすら右腕の腕輪に注がれている。。
「誰かと思えば、須逹君じゃないか。
私の研究室に何か用かい?」
「は…博士」
溢れんばかりの物資を詰め込んだダンボールを両手に抱えたシモリが、立ち尽くすハッサクに声を掛ける。
だがハッサクは、一度はシモリの方を見るも…すぐに視線を逸らしてしまう。
「何も言わずともわかるよ…
ようやく、決心がついたんだね」
シモリの言葉に、こっくりと頷くハッサク。
そして次の瞬間…彼は両手、両膝を床に付けていた。。
「博士、お願いします‼︎
俺を…新型にしてください‼︎俺には、もっともっと、力が必要なんです‼︎」
その姿勢のまま、次は額までも床に擦り付けて懇願するハッサク。
シモリは、そんな彼の肩に優しく手を添えた。
「頭を上げたまえ。。君の気持ちはよく分かった」
シモリに促され、立ち上がったハッサク。
だがシモリの表情は、どこか浮かない様子だ。
「力…ねえ。。
確かに新型神機は戦闘力、性能面を始め、どれを取っても旧型とは比較にならないほど優れている。
だが旧型から変更したからといって、神機使いとしての《地力》がすぐに上がるというわけではない。
君が思っている程の力は得られないかもしれない…
それでもいいかね?」
「覚悟は出来ています‼︎」
迷わずに即答するハッサク。
シモリの顔も、何か引っかかっていた物が取れたようなスッキリとした表情になった。
「承知した。では早速始めようか。。
来たまえ」
シモリは部屋の前にダンボールを置き、踵を返して歩き出す。
「博士、荷物はいいんですか?」
「なあに、私からすれば大事な研究資材だが、他の者からすればただのガラクタだ。。
盗る者などおらんよ」
「そ、そうですか。。ハハ…」
自虐混じりのシモリの冗談に、ハッサクも緊張がほんの少しだけ解れたような気がした。
未だに目を覚まさないマヅルの側にやってきたカボス。
眠り続けるマヅルの顔を見て、深く溜め息を吐き椅子に腰掛けた時だった。
「…う…」
微かに声が聞こえたような気がして、カボスは素早く立ち上がり顔を覗き込む。
マヅルは…薄目を開けて口を半開きにしていた。。
「華口隊長、聞こえますか⁉︎」
「だ、誰…?あなたはもしかして…カボスちゃん?」
「よ、よかった。。」
カボスはホッと胸を撫で下ろし、脱力したように椅子に座る。
そこへ押しかけてきたのは、青戸ヒロヒデ。
彼は袋一杯のレーションをテーブルに置くなり、カボスの隣の椅子にどかっと腰掛けた。
「ヒロヒデ…あんたまさか、病人の華口隊長に《ソレ》を食えってんじゃないでしょうね…」
「あ?当たりめえだろ。その為に買い込んだんだ。
最近はスイーツ系の味も出て、華口隊長には丁度いいかな〜って…」
淡々と語るヒロヒデに対し、カボスの顔は次第に赤みを帯びていく。。
「バッカじゃないの⁉︎ただでさえ華口隊長は、たった今目を覚ましたばかりだってのに…
それに病名だってわかってないのに、よくそんな呑気な真似が出来たものね‼︎」
「そ、そこまで言わなくたっていいだろ…
てか、声でけえよ。。ここは病室なんだぜ」
目くじらを立てて怒鳴るカボスと、左右の人差し指を両耳に突っ込むヒロヒデ。
その様子を見ていたマヅルが、笑みを浮かべる。
「ふふ…いいのよ、カボスちゃん。
ヒロヒデ君も、心遣いありがとうね。嬉しいわ」
マヅルに諭されて、落ち着きを取り戻すカボス。
ヒロヒデは、そんな彼女を横目でチラ見すると…
急にカボスが刺すような視線を向けてきた為、慌てて目を逸らした。。
「華口隊長…目を覚まされたばかりで申し訳ないんですが。。何があったんですか?」
カボスの質問に対し、マヅルは天井を見上げて少し考えた後…口を開いた。
「私にもよく分からない…ただ、普通に戦っていただけなのに。でも、そもそも相手が普通じゃなかったから…」
「ど、どういう事ですか⁇」
身を乗り出して訊くカボスに、マヅルは少し驚きながらも…続ける。
「思い当たる事があるとすれば…
奴に、口の中に手を入れられたの。手首まで深々とね。。その際に言ってたわ。
『いいものあげようか』、て」
「い、いいもの…?」
あまりの気味悪さに青冷めるカボス。
するとヒロヒデがふと思い立ったような顔をして。
「もしかして、その時に何かされたんじゃないんですか?
体内に、何か良くないものを入れられたとか…」
「でも。。シモリ博士は、検査しても原因が分からなかったってさっき…」
反論するカボスに対し、ヒロヒデは腕を組んで彼女の方を見ると。
「見逃してる可能性もあるだろ?
それに、最新の研究をもってしても分からないことだってあるんだしよ。なにせ、アラガミは日々《進歩》していってるんだからな」
すると、突然カボスがヒロヒデの肩を強めに叩いた。
「あんた、たまには勘が冴えるじゃない。
早速、シモリ博士を呼んできてよ!
再検査すれば、何か分かるかもしれないし!」
「いや…そいつは無理だ」
断るヒロヒデに、カボスは再び顔を真っ赤にする。
「ど、どういう意味よ⁉︎
私の頼みが聞けないっていうの⁉︎」
「ち、違う、そうじゃねえ。。
博士は今、ハッサクの新型神機切り替え作業に付き合ってる最中だから、手が離せねえんだ」
「…」
シモリを呼べない理由が分かって、意気消沈するカボス。
空気が一気に重くなったのを感じたヒロヒデは、そそくさと椅子から立ち上がり。。
「ちょ、ちょっくら様子を見てくるぜ。
向こうが終わり次第、すぐに博士を連れてくるから待っててくれ。。じゃな」
足早に部屋を後にするヒロヒデ。
俯いて落胆するカボスの膝に、マヅルがそっと手を添えた。
「ごめんなさいね…私が至らないばかりに、別部隊のあなた達にまで苦労させて」
「いえ…同じ支部、いや、同じフェンリルで戦う仲間なんです。助け合うのは当たり前ですから。。
それより…華口隊長」
カボスはふんっと鼻息を吹いた後、意を決したような顔でマヅルの方を見る。
「単刀直入に訊きます。華口隊長、あなた、ハッサクとどういう関係なんですか?
…随分と仲が良いみたいですけど」
やや早口で、たどたどしく喋るカボスに対し、マヅルは微笑み彼女と目を合わせる。
「急にすごい質問をしてくるのね…まあいいわ。
結論から言うと、別に何もないわよ。ただの、元師弟っていうところかしらね…」
「…」
「それに、あの子は死んだ妹によく似てて。
性別は違うのにね…何故かよく重ね合わせてたから、他の子より贔屓気味になってしまってた感はあるかもね」
マヅルはお腹あたりで両手を組み、淡々と語る。
カボスも、しんみりとした表情で話を聴いている。。
「カボスちゃん…あなた、もしかしてハッサク君の事…」
俯いていたカボスが、飛び起きたように目を見開いてマヅルを見る。
「そんな訳、、誰が、あんな奴なんか。。」
カボスは小声になり、目を逸らしながら否定するが…その顔はうっすらと紅潮していた。。
そんな彼女を見つめながらクスッと笑いを溢したマヅルは、おもむろに窓の外に目をやった。
「いい天気ね。こんなに晴れたのは久々だわ」
「…ええ…」
気持ち良すぎる程の快晴。
暖かな陽射しが病室に注ぎ込み、彼女達を柔らかく包み込む。。
これがまさか、迫り来る《嵐》の前の静けさだとは、誰も考えはしなかっただろう ーー