古美術商のような眼鏡をかけた1人の男が、セマノブが集めた《コア》をひとつひとつ鑑定していく。
セマノブは、息を呑み鑑定結果を未だ遅しと見守る…
「どいつもこいつも小物だ…追加報酬の対象はひとつもないぞ?」
やはりな、と言わんばかりの表情を浮かべるセマノブに、鑑定士が薄っぺらい封筒を手渡す。
「お前さんも野良なんかやめて、正式な部隊員になったらどうだ?今よか大分マシな生活が送れると思うがね」
「余計なお世話だ」
鑑定士の助言を蹴払い、封筒をさっさと受け取って近くにあったソファに腰掛けるセマノブ。
するとそこへ、2本の缶コーヒーを手にしたハッサクがやってきた。
「中国支部へようこそ、光海セマノブ殿」
片方の缶コーヒーを渡し、自らもソファに腰掛けるハッサク。
「誰も中国語なんて喋ってねえが…そもそもここは中国じゃねえだろ」
「やはりそのツッコミが来ると思ったぜ…
中国地方ってことだ!聞いたことくらいあんだろ?この国がまだ日本って呼ばれてた時代にな」
「中国地方だと⁉︎…そうか、気づかねえうちにこんなところまで来ちまってたのか」
溜め息混じりに貰った缶コーヒーの栓をあけるセマノブ。
そんな彼の顔をまじまじと眺めるハッサクが尋ねる。
「アンタ、一体どこからきたんだ?」
「関東…今は極東って呼ばれてる地方だ」
「極東⁉︎この国一番の激戦区と言われる極東支部にいたってことか⁉︎」
「まあ、ほんの少しだけだがな」
ポカーンと口を開け続けるハッサクをよそにセマノブは黙々とコーヒーを飲み続け、あっと言う間に飲み干してしまった。
「誰だ?見ない顔だな」
「あ、隊長」
突如現れた男に向かって、一礼するハッサク。
隊長と呼ばれる男は、セマノブの右手の腕輪を見て続ける。
「君、神機使いなのか。ここの兵隊ではないな、どこの者だ?」
「こいつ、野良なんすよ」
返答を渋っていたセマノブに代わってハッサクが言った。
すると隊長の男は大きく目を見開いて、ハッサクの顔を見る。
「野良か、忌々しい。須逹、支部内に無断で野良の人間を入れるのは御法度だというのは…まさか知らぬわけではあるまい」
突然の説教に思わず俯くハッサク。
気まずい空気を読んだセマノブはそっぽを向いてしまう。
「隊長、すみませんでした。
ですが、この男には危ないところを助けてもらった恩義があります。コアの売却先を探していたようですし…
なんとか見逃してやってはもらえませんか?」
必死に嘆願するハッサクだが、隊長は聞く耳を持とうとしない。
「コア狩り屋か…どうせ取るに足らん雑魚ばかり蹴散らして、いい気になってる自惚れ野郎に決まって ーー」
セマノブを白い目で見ながら嘲笑する隊長だが、次の瞬間、その表情が強張る。
それは、セマノブの側に立て掛けてあった彼の神機を見た時だった。
「その神機は…まさか、そんな…!」
顔を引きつらせながら、足早にその場を後にする隊長。
その姿をセマノブは目を細めながら見つめ、ハッサクは目を丸くして見つめていた。
「ま、まあ、隊長は見ての通りの堅物だけど、部下思いのいい人なんだぜ。気を悪くしないでくれ」
「いいさ、野良に対して風当たりが強いのは百も承知だ。俺もあまり長居しておれんしな…」
ゆっくりと立ち上がり、神機を手に取るセマノブの前にハッサクが詰め寄ってくる。
「アンタ、行くアテはあるのか?」
「さあな…気の向くまま、風の吹くままさ。
一箇所に留まるのは俺の性分じゃないんでね」
ハッサクに向かって掌を掲げ、立ち去るセマノブ。
彼と入れ替わるように、1人のオペレーターがハッサクの元へ駆け寄ってきた。
「須逹さん!緊急事態です‼︎
「何っ⁉︎あいつら、隊長抜きでも大丈夫とかぬかしておきながら…!
今どこにいるのか、わかるか⁉︎」
「支部より南586-AL地点の旧市街地です!」
「わかった、すぐ行くッッ」
血相を変えて駆け出すハッサク。歩いているセマノブの脇を猛スピードで駆け抜けて神機保管庫へと走り去っていった。
その姿を見て、首を傾げるセマノブ。
(あいつ、トイレでも我慢してたのか…?)
中国支部より南586-AL、旧市街地地点。
かつてオフィス街として日本の経済を支えてきたこの街はもはや見る影もなく、現在では至る所に無数の穴が開いた建物の残骸が佇んでいるのみ。
そんな旧市街地の瓦礫の山の中を縫うように駆ける人影が2つ。
1人は恰幅のいい男性、もう1人は小柄な女性である。
女性が男性に向かって大声で叫ぶ。
「ちょっと!いつまで走り続けるわけ⁉︎
もう救援信号は送ったんだし、一旦どこかに隠れた方がいいんじゃないの⁉︎」
「バカか、《ヤツ》は他のアラガミとは別格なんだ、俺達の身体から発せられているオラクル反応を探知出来るから、隠れたとしてもすぐ見つかっちまうのが関の山だぜ!」
「じゃあどーすんのよ⁉︎」
「隊長が来てくれるまで生き延びる、コレしかねえだろ!」
ひたすら走り続ける2人からしばらく距離を置いて、大型のアラガミが後を追う。
その姿は、人間の顔面を備えた漆黒の虎の様だった。
「流石に息が切れてきやがった…
頑張れカボス、もうひと踏ん張りだ!」
「気安く下の名前で呼ばないでよ‼︎っって、うわっ‼︎」
地面に突き刺さっていた鉄骨につまづき転倒する女性、カボス。
恰幅のいい男性はそれを素早く察知して手を差し伸べようとするが…
漆黒のアラガミはもう、すぐそこまで迫ってきていた。
「ひいいっっ‼︎」
「ぐっ、、これまでか⁉︎⁉︎」
2人が覚悟を決め、強く目を瞑った時だった…
激しい金属音が鳴り響いたのは。
2人とアラガミの間に割って入り、アラガミの一撃を神機で止めたのは…他でもない、ハッサクだった。
ハッサクが勢いをつけて押し返すと、アラガミは少し後退した後、低く構えて威嚇をし始めた。
「これでも食らっとけっっ‼︎」
ハッサクは素早くポケットからスタングレネードを取り出し、地面に叩きつける。
その直後、閃光が辺り一面を覆い尽くし、アラガミは眩しさのあまり思い切り顔を反らせる。
そして、アラガミが目の眩みから回復した時には、もはや3人の姿は目の前から消え失せていた。。
「ハア…ハア…」
「と、とりあえずこれで少しは時間が稼げるな」
廃倉庫の一角に身を潜める3人。
その全員が肩で息をして、特にカボスと男性は汗だくで今にも力尽きそうな状態だった。
「お、お前達が目を瞑っててくれたからスムーズにスタグレが使えたぜ。サンキュな」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。
ハッサクが来てくれなきゃ今頃俺とカボスはアイツの餌になってたぜ」
軽く拳を突き合わせる男2人の間にカボスが割って入る。
「それよりなんなの、アイツは?
偵察班の情報ではあんな大物がいるなんて聞いてなかったわよ⁉︎」
憤慨するカボスだが、それに対して男2人は逆に意気消沈してしまう。
「参ったぜ…ありゃディアウス・ピターだ。今の俺達にはどう転んでも敵う相手じゃねえ」
「ああ、悔しいが…撤退するほかなさそうだ。
ここが割れるのも時間の問題だしな」
乱れていた呼吸が戻ってきた頃、ふとある事に気付くハッサク。
「おい…ヒロヒデ、カボス、神機はどうした⁉︎」
漆黒のアラガミ、ディアウス・ピターから逃げるのに夢中で、全く気づかなかったハッサク。
なんと2人とも神機を紛失してしまっていたのだ。
「お、お前ら、このままノコノコと支部に帰るつもりじゃなかっただろうな…⁉︎」
「し、仕方ねえじゃねえか…、無くしちまったモンはよ」
小さく悪態を吐く恰幅のいい男、ヒロヒデに全力で掴みかかるハッサク。
「バカヤローッッ!神機使いにとって神機はてめえの命の次に大事な代物なんだぞ⁉︎
それに、あれは俺らのものじゃねえ。あくまでもフェンリルから貸与されている最重要物品なんだ…
それを無くすってのは、重罪にも等しいんだぜ⁉︎」
「ハッサク、もうやめなよ‼︎」
ヒロヒデの胸倉を鷲掴み、激しく前後に揺さぶるハッサクを無理矢理引き離すカボス。
「こんなところでいがみ合ってても仕方ないじゃない。
まずは生き延びる事を考えましょうよ‼︎」
「…!」
カボスになだめられ、ようやく落ち着きを取り戻すハッサク。
ふうっと一息吹いた後、すっくと立ち上がる。
「…神機を無くした場所、大体見当はつくのか?」
「あ、ああ…身の程知らずにもピターに立ち向かっていって、あっけなく弾き飛ばされたからな。
飛んで行った方向はちゃんと見てたから、俺の記憶が正しければそこにあると思う」
「もしかして、カボスもか?」
問いかけに、伏目で頷くカボス。
ハッサクは神機を肩に担ぎ、2人に背を向ける。
「いいか、俺がピターの野郎を引きつけておくから、お前らは奴に見つからないように神機を捜せ。
見つけたら信号で俺に知らせろ、わかったな」
「ああ…すまねえな、ハッサク」
「ハッサク、あんた本当に大丈夫なの?
相手はあの禁忌種のディアウス・ピターなのよ?」
「心配すんな、確かに奴とは初交戦だが、過去のビデオ資料を見て奴の大体の動きは知ってるつもりだ。
さすがに撃破は無理だろうが、足止め程度ならなんとかなりそうだ」
不安な表情を隠せないカボスに向かって、ハッサクはニンマリと精一杯の作り笑顔で返す。
やはり一番恐怖しているのはハッサクである…
「よしっ時間がねえ、始めっぞ‼︎」
ハッサクの掛け声と共に、3人が散り散りになる。
決死の神機回収作戦が始まった ーー