野良犬の矜持   作:陰毛樽ないん?

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寄生

医務室に飛び込んで来たハッサクが見たもの。

それは人工呼吸器を繋がれ、苦悶の表情を浮かべるマヅルだった。。

 

「ハッサク…!無事だったのね」

 

ずっと彼女の側に寄り添っていたカボスが、ハッサクの顔を見るなり彼に駆け寄っていく。

 

「突然、華口隊長の容態が…

さっきまで安定してたし、普通に会話も出来てたのに…!」

 

「お…落ち着け、カボス」

 

取り乱すカボスの両肩に、ハッサクが手を添える。

 

「そのマヅルさんの事なんだが…

とんでもねえことが、分かっちまってな」

 

「とんでもない…こと?」

 

カボスはハッサクに連れられて、医務室を後にする。

そして彼等が向かった先は…

ドクター・シモリの研究室だった。

 

ハッサクがインターホンを鳴らし、それに応答したシモリがドアの電子ロックを解除。

ハッサク達は室内へと足を踏み入れた。

 

「やあ、君達。待っていたよ」

 

リクライニングチェアに腰掛け、コーヒーを啜っていたシモリがカップをコースターに置いてハッサク達の方を向く。

部屋内には、得体の知れないモノが入った瓶や試験管が所狭しと並び、壁や天井に張り巡らされた無数の電気コード、そして…シモリ自体が醸し出す怪しい雰囲気に、2人はまるで借りてきた猫のように固くなってしまった。。

 

「そういえば、君達はこの研究室に入るのは初めてだったかね?

食欲が失せそうな物ばかり置いてあるけど、気にしないでくれたまえ」

 

「は、はあ…」

 

相変わらずの自虐ネタで彼等の緊張を解そうとするが、かえって逆効果だったようだ。。

 

「時に、須逹君。念願だった新型神機は、もう馴染めたかね?」

 

「いや、まだ使い始めたばかりですし。。何とも」

 

固い表情で答えるハッサクの肩に、シモリが手を添える。

 

「まあ、焦らずにじっくり慣らせばいいさ。

…さて、では本題に入るかね。華口君の身体についてだが。

最初の検査では分からなかったのだが、再検査を実施した結果…彼女の体内から《ある物》が見つかってね」

 

シモリはいきなり核心に入るが、ハッサクは黙っていた。

まずは彼の意見を聞こうと思っていたからだ。

 

「これを見たまえ。華口君の喉付近のCT画像だ」

 

そう言って、シモリは一枚のレントゲン写真を2人に見せた。

確かに、マヅルの喉奥と脊髄の中間辺りにパチンコ玉大の《異物》が白く写り込んでいる。

ハッサクは、思わず息を呑む。

 

「私が初めコレを見つけた時は、癌か腫瘍ではないかと思っていたのだが…

どうやら違っていた。

コレは明らかに、外部から直接侵入して来た物だと分かったのだ」

 

「コレは…アラガミの《卵》です」

 

コーヒーカップに手を伸ばしていたシモリが、ピタリとその手を止めた。

そして素早くハッサクの顔を見る。その視線は鋭いものだった。

 

「須逹君…今、君は何と言ったのかね?

アラガミの、卵と聞こえたが」

 

「ええ、そう言ったのです」

 

ハッサクを見るシモリの視線が奇怪なものに変わっていく。傍らのカボスも同じような目付きで彼を見る。

 

「俄かには信じられないとは思いますが…

もし俺の言う事が嘘だと思うのなら、例のセマノブに持たせた盗聴器の音声を確認してみて下さい。

彼も、同じくその話を聞いている」

 

「な、なんとッッ」

 

シモリは、急ぎ机の引き出しを開けて中からボイスレコーダーを取り出す。

再生された音声には、クヒを倒した時の様子、そして奴がセマノブの神機を狙っていた事や、マヅルの体内に埋め込んだ卵の話が赤裸々と残っていた。。

 

「何という事だ…こんな事が。。」

 

クヒの台詞の部分をハッサクに訳してもらい、会話の内容を知ったシモリが愕然とする。

そして何かを思い立ったかのように、ふと顔を上げた。

 

「卵…待てよ、これはもしや…!」

 

シモリは、壁の本棚に向かうなり何かを探し始めた。

ハッサクとカボスは、ただその様子を見つめることしか出来ない。。

 

「あった、これだな。

これはまた厄介な…《寄生種》か」

 

「き、寄生、種⁇」

 

シモリは手にした文献に目を通し、呟いた。

聞いたこともない名称に、思わずハッサクは身を乗り出して訊き返す。

 

「詳しい事はまだ不明だが、現在分かっているのは…

卵の状態で他のアラガミの体内に侵入し、中で養分を吸収しながら成長を続け…

最後にはそのアラガミ自身を乗っ取り、新たな個体として生まれ変わる。

まさに常軌を逸した《邪道》のアラガミだと言えよう」

 

「そ、そういえば」

 

ハッサクも、ふと思い立ったように顔を上げた。

シモリとカボスの視線が、彼へと集まる。

 

「奴は、確かヤクシャの身体から出てきました。

でもその直前まで、ヤクシャはまだ普通に自我が残っていましたし、それにクヒ自身も《中途半端な力で出てきた》と言っていました」

 

「ふむ…」

 

ハッサクの言葉を聞き、ページをめくるシモリ。

よほど字が読み辛いのか、本に顔を近づけたり遠ざけたりしている。

 

「それは本当に中途半端だったのかもね。

これを見てごらん」

 

あるページを開いたシモリが、本を裏返してハッサク達に見せる。

2人は見た瞬間…震撼した。

 

「クヒ・ジダャ…!」

 

そこに載っていたのは、紛れもなく先程まで命のやり取りをしていた相手、クヒ・ジダャ…のモンタージュだった。

 

本を再び自分の方へ向けたシモリが、眼鏡をかけ直して読み始める。

 

「やはりそうか…君達が戦っていたアラガミはこいつだったのか。

君達は、本当に幸運だった。

成長のベースとなったアラガミが、完全に取り込まれてなかったからね」

 

「と、言いますと?」

 

「このモンタージュ写真のアラガミは、成長過程にある寄生種のスタンダードモデルなんだ。

つまり、この見た目の寄生種は知能も力も中途半端…いわゆる半人前って奴だったのさ」

 

ハッサクは、肩を落とさざるを得なかった。

あれで…半人前だったのか、と。

 

「完全にベースのアラガミを取り込めば、そのアラガミが持っていた特徴が色濃く反映される。

そのクヒ・ジダャとかいうアラガミも、少なからずヤクシャの特徴をいくらか持っていたはずだ」

 

ハッサクは、黙って頷いた。

もし奴がヤクシャを完全に取り込んでいたとしたら…

今頃自分もセマノブも、この支部には戻って来れなかったろうと思った。

 

「ここまでで、何か質問はあるかね?」

 

「博士」

 

ずっと黙りこくっていたカボスが、待ってましたと言わんばかりに声を挙げる。

 

「その、寄生種ってのは、そもそもなぜ人間の姿をしているのですか?

ふと、疑問に思ったので」

 

カボスからの質問に、シモリは少し考えた後…答える。

 

「いい質問だね。

これは私の推測に過ぎないのだが…おそらく数多く繰り返した《捕食》の結果、最も知能が高く、動きやすく、戦いやすい…その条件が見事に揃ったのが、我々《人間》だと彼等は気付いたのだろう」

 

「なるほど。。

でも…なんだって、そんな恐ろしい寄生種の卵を華口隊長に埋め込んだのでしょうか…?」

 

「はて…今となっては、《本人》に問いただすことも出来ないからねぇ」

 

その場にいた全員が、揃って溜め息を吐く。

だがやはり一番ヤキモキしているのは…ハッサクだろう。

 

「あ、あの…博士ッッ」

 

コーヒーを啜るシモリに、タイミングを見計らってハッサクが切り出す。

シモリはカップから口を離し、彼を見た。

 

「マヅルさんがああなってしまった《原因》はわかりました。あとは《対処法》です。

手術で取り除くことは、可能なのでしょうか?」

 

ハッサクの提案に、シモリはクビを横に振り、ふぅっと溜め息を吐いた。

 

「いかにも素人の考えそうな事だね。それは無理だ」

 

「な、なぜ⁉︎」

 

まさか否定されるとは思っていなかったハッサクが、半ば食ってかかるようにシモリに問い詰める。

 

「あの卵がある位置は…声帯の付近だ。無理に取り出そうとすればあっという間に声帯は傷付き、彼女の声は永遠に失われてしまうだろう。

もちろん命には代えられないが、あの年頃の女性にとって声を失うというのは…死よりも辛く、苦しいに違いない。。」

 

「…‼︎」

 

ハッサクは再び肩を落とし、俯く。

己の浅はかさを、ひたすら恨みながら…

 

「たった、一つだけ…方法はあるんだがね」

 

シモリのその言葉は、何よりも代え難いものだった。

突然放り込まれた真っ暗な闇の中に差した、細い細い光の筋を…ハッサクは、必死に掴みに行く。。

 

 

 

 

 

 

「よう、おめえ今までどこに行ってたんだ?」

 

支部内のエントランスでタバコを吸っていたセマノブが、ハッサクを見つけるなり声を掛けた。

その姿を見たハッサクが、壁に貼り付けてある《禁煙》の張り紙を無言で指差すと…

すぐさま携帯灰皿を取り出して、隠すようにタバコを片付けた。。

 

「シモリ博士のところだ。。

お前にも知っててもらおうと思ってな」

 

「な、なんだよ、、藪から棒に」

 

ソファに腰掛けていたセマノブと向かい合うように、ハッサクも同じくソファに腰を下ろす。

そして、シモリから借りてきた例の書物をセマノブに見せた。

セマノブは、目で文献の内容を、耳でハッサクの言葉を頭へと吸収していった ーー

 

 

「なるほど。マヅッチの命と声を助けるためには、身体に埋め込まれた卵を《摘出》ではなく、《壊死》させる必要があると」

 

「そう。そして、その方法なんだが…

ある特殊な薬品が必要らしいんだ。その薬品の材料はこの近辺では手に入らない物で、調剤自体も限られた科学者しか出来ないらしい。

少なくとも…シモリ博士は出来ないそうだ」

 

「んだよ…じゃあどうすんだ」

 

横を向き、小さく舌打ちをするセマノブに、ハッサクは懐から世界地図らしきものを広げて彼に見せる。

その指が差していたのは…北アメリカ大陸の北西部。

 

「博士も驚いていた…『なんたる幸運』ってな。

この北アメリカには薬の原材料になる薬草が揃ってて、しかもそこにあるアラスカ支部に、調剤が出来る科学者がいるんだとさ!」

 

「マジか⁉︎それじゃあ、その科学者に薬作ってもらって、こっちに送ってもらえりゃ万事解決じゃねーか!」

 

身を乗り出し、感嘆するセマノブだが…

ハッサクは逆にガックリと項垂れ、ソファに腰を埋めた。。

 

「ところが…そう上手くはいかねえんだよな、これが。。

そのアラスカ支部の科学者ってのが、どうにも偏屈な人間らしくてな。余程の事でもない限り、他の支部からの要請は受け入れないそうだ」

 

「俺らからしたら、十分余程の事だけどな。。」

 

溜め息を吐き、セマノブも同じように両手を広げてソファに腰を埋める。

一方のハッサクは…いつしか真剣な表情になっていた。

 

「こうなったら、俺らの方からアラスカに出向くしかねえだろうよ。

いくら変人だと言っても、直談判すりゃ熱意は伝わるもんさ」

 

「それこそ、そう上手くいきゃいいが」

 

「…そこでだ、セマノブ」

 

そら来たとセマノブは思った。

この言い方は、何か頼み事をされるのではないかと予感していたが…見事に的中したようだ。

 

「俺らクオーツの部隊が、遠征の名目でアラスカへ飛ぶが…差し支えなければ、セマノブにも同行して欲しい」

 

ハッサクはソファから立ち上がり、頭を下げるが。

セマノブは…首を横に振る。

 

「そいつは無理だ。今の俺は神機使いでもなんでもない。

ただのオッサンだ。。

行った所で何の役にも立たねえよ」

 

「そりゃ…どういう意味だ?」

 

「ほら、クヒの野郎にトドメを刺した時、俺のプレデターも奴と一緒に吹き飛んじまっただろ?

支部に戻った後に、整備士に診てもらったんだが…

ありゃ、しばらくは使いモンにならんらしい」

 

「そ、そうか…」

 

期待通りに行かず、肩を落とすハッサク。

そのハッサクの肩に手を置いたセマノブは。

 

「心配すんな。

アラガミとは戦えなくとも、病人の看病くらいなら出来らあ。。

気にしねえで、行ってこい」

 

彼の言葉に、何だか救われた気持ちになったハッサクは…

力強く頷いた後、背中を押されるように駆け出して行った。

 

これまで何度も、様々な人々に救われてきた。

今度は、自分が救う番だ…救える人間になりたい。

その想いだけがハッサクの身体を強く、突き動かしていた ーー

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