野良犬の矜持   作:陰毛樽ないん?

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思惑

たまたまなのか、それともただ単に人が少ないだけなのか。

アラスカ支部のロビーは、ずらりと並ぶ椅子が虚しく見えるほど閑散としている。

 

そのロビーの一角で身を縮こませ、震えている者達。

すなわちハッサク、カボス、ヒロヒデらチームクオーツの面々。

カボスが両掌にハアッと息を吹きかけ、こすり合わせる。

 

「寒い。。なんでこんなに寒いのよ…!

この支部は空調機器もまともに使えないのッ⁉︎」

 

「仕方ねえだろ。。今は世界各地の支部で節電運動の真っ只中なんだから。

俺達だって我慢してるんだ、文句言うな」

 

「まったく…命を懸けて戦ってる神機使いの身体を、労わってあげようという気持ちが欲しいわ…!」

 

あからさまに不機嫌なカボスを刺激しないよう、ハッサクとヒロヒデは彼女から顔を背けている。。

 

そんな彼等の元へ、1人の女性が歩み寄ってきた。

きっちりと着こなしている制服姿からして、支部の職員であることが容易に判別出来た。

 

「中国支部、チームクオーツの副隊長・須逹様、そして文枝様、青戸様ですね。

アラスカ支部へようこそお越しくださいました。

ドクター・ミャシクがお待ちです。こちらへ」

 

女性の先導のもと、3人が向かった先。

そこには、壁一面の窓ガラスから外の景色を眺める白衣の男がいた。

 

「博士…お連れしました」

 

職員の女性は男に向かって一礼をし、去っていく。

どうやらこの男が、アラスカ支部の科学者《ミャシク》らしいが。。

男は身体をこちらに向け、3人の顔を順番に眺めていく。

 

「私に会いにわざわざ日本からやって来た神機使いというのは、君達か?」

 

「は、はい。。初めまして。私は中国支部チームクオーツの副隊長、須」

 

喋っている最中のハッサクに、ミャシクが手を翳し言葉を遮る。

ハッサクも思わず呆気に取られてしまった。

 

「堅苦しい挨拶はナシだ。そういうのは面倒でな…

…シモリから、予め話は聞いているが。。

体内にある寄生種の卵を、孵化する前に無力化させる薬が欲しいそうだな?」

 

「ええ。薬の原材料と、それを調合出来る科学者が揃っているのが、このアラスカ支部と聞いたので…

こうして馳せ参じた次第です」

 

ハッサクはそう言って頭を下げると…

ミャシクは再び窓ガラスの方へ身体を向け、手を後ろに組んだ。

 

「それは、遠路はるばるご苦労だったな。

私も科学者の端くれとして、全力は尽くすが…

タダで、というワケにはいかないな」

 

ミャシクの返事に、ハッサクの眉間に若干のシワが出来たが…ここは堪える。

 

「《薬代》なら、いくらでも出します。

どうしても、助けたい人がいるんです…!」

 

ハッサクは食い付くように嘆願するが、ミャシクはそっぽを向き…軽く咳払いをする。

 

「いや、金云々の問題ではない。。

寄生種について、こちらでも少々厄介事が起きてな」

 

「…え」

 

ミャシクがおもむろに懐から透明のポリ袋を取り出す。

中には無数の亀裂が入り、所々が欠け落ちた…赤い腕輪が入っていた。

 

「こ…これは、一体⁉︎」

 

ハッサクは思わず目を見開き、他の2人も顔を引きつらせる。

それぞれの反応を見届けたミャシクが、袋を懐に戻す。

 

「君達が到着する少し前…このアラスカ支部に所属する神機使いが、死んだ。。

片腕を失い、手の施しようがない程の大怪我でな。

蘇生措置の甲斐なく、息を引き取った。

しかも。やったのが寄生種なのだ」

 

それを聞いた途端、ハッサクの顔は一気に青ざめた。

クヒ・ジダャの悪夢が、脳裏に蘇る…

 

「ここにも、あの恐ろしい寄生種が」

 

「完全に予想外だった。。寄生種が年々その数を増やし続けているのは耳にしていたが…

まさか、こんな僻地にまでやってくるとは」

 

ハッサクは顔を俯かせ、黙ってしまう。

そんな彼に代わるように、ヒロヒデが前に出た。

 

「ミャシク博士、なぜそれが寄生種の仕業だとわかったのですか?」

 

「亡くなった神機使いの身体を解剖したら、見つかったのだ。寄生種の卵が…

遺体の腹部に空いた穴から見て、直接埋め込まれた可能性が高い」

 

「孵化するまでの時間は、どれくらいのものなんですか?」

 

今度はカボスが質問する。

ミャシクは、彼女の方にゆっくり視線を向けた。

 

「そうだな…個体差はあるが。

だいたい3〜4日くらいはかかるな」

 

ハッサク達は揃って顔を顰め、互いの顔を見合う。

マヅルが被害に遭ってから、はや2日。残された時間は殆ど無かった。。

 

「ただ、手元にその薬があれば、今すぐにでも君達に譲ってやらなくもないが…

あいにく使われる原材料の一つに、保存が効かない植物があってな。

それ故に、薬自体の使用期限も極端に短いため、在庫を置いておけないのが現状なのだ」

 

「そ、そんな…

じゃあ、どうすれば⁉︎」

 

ハッサクが焦りを露わにすると…

ミャシクは地図と写真を取り出し、ハッサク達に見せた。

 

「これが例の植物、そしてそれが生息している場所だ。

これがまた非常に厄介な場合でな」

 

「厄介…?」

 

「その地点は、アラガミの巣窟。迂闊に近寄る事は出来ん。

しかも観測の結果、付近に寄生種の反応も見つかったのだ」

 

ハッサク達は一斉に言葉を失う。

時間が無い上に、原材料そのものが手に入るかどうかも怪しくなった事に…不安が込み上げる。

そして、次にミャシクが言いそうな言葉も予見出来た。

 

「本来ならば当支部の神機使いに行かせるのが普通なのだが、条件が条件だ。寄生種に襲撃されるリスクを背負ってまで行きたがる者はいない…

だから、君達自身で採りに行ってもらうしかない」

 

ハッサク達の思惑通りだった。

しかし、自分達にそれを拒否する権利がないのもわかっていた。

 

「行きましょう…行かせてください」

 

ハッサクが、覚悟を決めたような力強い声で答え…

後ろを振り向き、カボスとヒロヒデの顔を見る。

2人とも、異論は無い様子だ。

 

「よかろう。決まりだな。。

早速、出発の手筈を整えておこう。

では」

 

ミャシクは、踵を返して去っていった。

 

 

 

彼の姿が見えなくなった後、ハッサクは近くにあった椅子に腰掛けた。

カボスとヒロヒデが、彼を囲むように前に立つ。

 

「あの科学者…どうも臭えな。。

お前ら、さっき見た腕輪の違和感に気付いたか?」

 

キョトンとした表情で2人は首を傾げる。

ハッサクは軽く鼻息を漏らし、続ける。

 

「腕輪についていたあの傷…あれはアラガミによってつけられたものじゃねえ。

持ち主が死んで…その後に、人の手によってつけられた傷だ」

 

「なんで、そんな事がわかるの?」

 

「もし生きてる時に腕輪が損傷すれば…腕輪によって制御されている、体内の偏食因子が暴走を始める。

そうなれば腕輪自体も侵食を受け、もっとひでえ有様になってたハズだ。。

しかしさっき見た腕輪の傷は、明らかに鋭利な物で傷付けただけの《見せかけの傷》だった」

 

「…てことは、つまり?」

 

下を向いていたハッサクがふと、顔を上げた。

2人は、固唾を飲んでハッサクを見つめている。

 

「瀕死の神機使いを治療せずに、薬か何かを投与して《安楽死》させたのだろう。

そして、腕輪を傷付けフェンリル本部に報告する。

《介錯》という形でな」

 

「…‼︎」

 

「神機使いを戦場でみすみす死なせたとあらば、本部からの叱責だけでなく、支部長の責任問題にもなる。

だが…介錯なら話は別だ。

腕輪が壊れてアラガミ化した神機使いによる被害を、未然に防止したということになるからな。

そうすれば本部からの信頼と共に、多額の《介錯料》も得られる。。」

 

カボスは両手で鼻口を覆い、ヒロヒデは舌打ちをして横を向く。

 

「でもよ、ハッサクがそれを簡単に見抜くぐれえなんだ。本部の人間にも、偽装だってのがすぐバレるんじゃ?」

 

「それが意外とまかり通っちまうんだな、コレが。

本部は、現場の実態や目まぐるしく移り変わるアラガミの変化に気付いてない無能揃いだ。

あの傷付いた腕輪をちょいと見せるだけで、本部の人間は誰一人として疑わねえ。。これが現状なのさ」

 

本部への不満も含めたハッサクの愚痴に、カボスとヒロヒデはしみじみと共感していた。

 

「薬の事もあるから、下手に逆らえねえのが歯痒いが…

とにかく、あの科学者は要注意人物だな。。」

 

 

 

 

研究室の椅子に腰掛けるミャシクに、紅茶を持ってくる者。

先だってハッサク達を案内した、職員の女性だ。

 

「どうだった?奴等は何か言っていたか?」

 

「ええ…貴方のお察し通り、博士の事を完全には信用していないようです。

特にあの副隊長の男。歳の割には中々鋭い勘の持ち主と見ました」

 

何やら報告する女性が、ポケットからボイスレコーダーを取り出し…ミャシクに手渡した。

ハッサク達をミャシクの元へ連れてきた後、立ち去るフリをして物陰に身を潜め…ミャシクが去った後の彼等の会話を全て録音していたのだ。。

 

「博士…例の寄生種からの《脅迫》、

あの者達には伝えなくても良いのでしょうか?」

 

「その必要はない。これはこの支部の問題であって、奴等には何ら関係の無いことだ。

よって、仮に奴等が例の寄生種達に襲われ、そして殺されたとしても…我等に責任は降りかからん。。

全てあの者達が勝手にやった事だと《工作》すれば、全ては闇の中だ」

 

ミャシクは、女から受け取ったボイスレコーダーの再生ボタンを押し、ハッサク達が交わした会話を聞き始める…

最後まで聞き終わった途端、彼の顔は不気味な笑みに染まっていった。

 

「ククク…こうまであっさりと見抜かれるとはな。

確かに、油断ならん連中だ」

 

ボイスレコーダーをゴミ箱に投げ捨て、ミャシクはスプーンで紅茶を軽く混ぜた後、一口飲む。

 

「面白い、興味が湧いてきた。

…私が教えた通りのルートを通れば、ほぼ間違いなく寄生種の妨害を受けるだろう。

さて、奴等はいかにして寄生種と渡り合うか。。

実に見ものだな。

奴等が勝てればそれで良し。敗れた場合でも、戦闘データを収集して今後の参考に出来る。。

しっかり働いてもらうぞ…」

 

ミャシクがおもむろにタバコを咥えると、女性がすかさずライターを点火するが…

ミャシクが手で制し、自らのライターで火をつける。

 

「ところで…。我が支部に保管していたソフトを盗み出した犯人は、まだ見つかっていないのか?」

 

「いえ。それがまだ…」

 

女の返答に眉を顰めたミャシクは、吸い始めたばかりのタバコの先端を灰皿に押し付け…

女を睨みつける。

 

「いいか、寄生種の目的はソフトの収集だ。

何に使うのかは分からんが…ソフトがこの支部にあると思われている限り、我等には常に危険が付きまとう。

しかもそれが行方不明になったとわかれば、一体どんな事を仕出かすか分からんぞ。。

早急に捜索に向かえ」

 

「か…かしこまりましたっ」

 

若干上方に目線を向けて敬礼し、女性は慌てて部屋を出て行った。

ミャシクは、ゆっくりと机で頬杖をつき…目を細める。

 

「ソフトを持ち出せる者…

ソフトの《宿主》…

まさか…あの女が、生きて…」

 

ミャシクはゆっくり目を閉じ、考え込む ーー

 

それぞれの思惑がこの支部内で複雑に絡み合い、渦巻いていく。

そして…事態は風雲急を告げてゆくのであった。。

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