野良犬の矜持   作:陰毛樽ないん?

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猿猴

その体を前後左右に揺さぶられながら、凹凸の激しい荒野を走り抜けてゆく一台の装甲車。

かつてマヅルを《搬送》したあの時と同じく、ヒロヒデがハンドルを握り、険しい悪路を突き進む。

 

「まさか、またこの車に乗ることになるとはな」

 

後部座席に腰掛けるハッサクが、運転席と助手席の間から顔を出しヒロヒデに話しかける。

 

「だが操作性、乗り心地共にウチの支部の車が断然上だ。ったく、このポンコツは運転し辛くて仕方ねえや」

 

「いいじゃねえか。居眠り運転防止には最適だ」

 

愚痴をこぼすヒロヒデに、ジョークを飛ばすハッサク。

ヒロヒデは思わず苦笑いを浮かべる。。

 

「そんな事はいいんだけど…

こんな見通しの良すぎる場所を堂々と走ったりして、アラガミに見つかったりしないの?」

 

「確かに…。マヅルさんの時は、たまたま大丈夫だっただけか?」

 

同じく後部座席にいるカボスが、ハッサクと共にヒロヒデに問い掛けるが…

彼は、鼻で笑った。

 

「お前ら、知らねえのか?

フェンリル各支部に配置されている装甲車の外装には、スナイパーのステルスフィールド機能が採用されてるんだ」

 

「ステルスフィールドって…あの、自身を特殊なオラクルの膜でコーティングして、アラガミに見つからなくなるってヤツか?」

 

「ああ、そうだ。

その原理で、車ごと覆い隠してしまおうっていう目的で開発されたらしいぜ」

 

ヒロヒデは自慢気に語り、意気揚々とアクセルを踏む。

車両の揺れはさらに激しくなり、不快感を催すまでになってきた。

 

「ヤベッッ」

 

「 ーー ⁉︎⁉︎」

 

突然、衝撃音が鳴ったと思えば、揺れがピタリと止まり…

その一瞬後にまた衝撃音が鳴り響き、車両が大きく揺れた。。

どうやら、岩の出っ張りに乗り上げた為に《ジャンプ》してしまったようだ。

 

「いつつ…俺とした事が、あれに全然気付かなかった。。

お前ら、大丈夫か?」

 

ヒロヒデがハッサクとカボスの身を案ずるが…

2人の返事はない。

 

先程の衝撃でバランスを崩したハッサクは、あろうことかカボスの方へ寄りかかっていき…

彼女の《出っ張り》に、顔を乗り上げてしまった。

 

2人は一瞬、何が起こったのか分からなかったが…

事態に気付いた途端、カボスの顔は赤らんでいき…

ハッサクの顔は…青ざめていった。

 

「…バカッッ‼︎」

 

カボスは、咄嗟に両手でハッサクを突き飛ばす。

吹き飛んだハッサクは、丁度運転席の背もたれ部分に激突した。

 

「ひっっ、わ、悪かったって‼︎気をつけるから‼︎」

 

急に甲高い声で謝るヒロヒデ。

カボスの怒りが自分に向けられたものだと勘違いしているらしい。。

 

 

ムスッとしてそっぽを向くカボス、打ち付けた背中を摩るハッサク、目を見開いてひたすら運転に集中するヒロヒデ。。

変な空気に包まれた車内に、再び衝撃音が走った。

 

ーー今度は、さっきとは比べ物にならないくらい大きな振動だ。

まるで、屋根に何かが降ってきたような…

 

「な…何よ⁉︎今度は何なの⁉︎」

 

「ヒロヒデ!何かあったのか⁉︎」

 

今度はヒロヒデの返事がない。

不思議に思ったハッサクが、再び顔を覗かせ、おそるおそるヒロヒデの顔を見る。

 

 

彼の顔は、さっきまでの浮かれた顔とは真逆の、緊張に満ちた顔付きに変わっていた。

 

「ア、アラガミが…来やがった…

な、なんで…?」

 

ヒロヒデに続き、ハッサクとカボスの顔にも戦慄が走った。

全員、完全に気が動転していたが。

副隊長でもあるハッサクは、すぐにどうすべきか思い付いた。

 

「全員、今すぐ外に出るんだ‼︎」

 

 

各々が、神機を手にして車外へ飛び出す。

そして、装甲車の屋根に目をやると…

 

そこにいたのは、どかっと胡座をかいて頭を掻くコンゴウ、の顔をした人間  ーー

 

「な、何だコイツは⁉︎」

 

「顔はコンゴウだが…胴体は違う。。

寄生種なのか⁉︎」

 

驚愕の声をあげるハッサク達に向かって、ウゴンはゆっくりと視線を向け…両腕を上げて背伸びをする。

 

『ようやく来たか…待たせやがって』

 

すっくと立ち上がったウゴンは、勢いをつけて跳躍し、ハッサク達の目の前に着地。

それと同時に、凄まじい地響きが発生した。

 

『さて。早速、ソフトを渡してもらおうか』

 

「ソ、ソフト⁉︎」

 

3人は揃って顔を見合わせ、首を傾げた。

何のことだか、さっぱりといった様子だ。

 

『とぼけやがって…

てめえらは、その為にここまで来たんじゃねえのか?』

 

ウゴンはそう言い、3人の神機を順番に見ていく。。

見終わると、あからさまに顔を顰め…舌打ちをした。

 

『チ…どうやらソフトは持ってねえようだな。。

それじゃあ、何をしに来た?

わざわざ俺達に殺されに来たのか⁇』

 

ウゴンがドスの効いた声で凄むと、ハッサクが前に出て…対峙する。

 

「俺達は、この先の山へ薬草を採りに行くのが目的だ。

無用な戦闘をするつもりはねえ」

 

『てめえらにその気がなくたって、こちとらそうはいかねえんだよ。

神機使いはアラガミにとって、最大の敵だ。それはてめえら神機使いにとっても同じ事だろう。

まあ、ここで会ったが百年目ってヤツだ。。覚悟するんだな』

 

そう言うとウゴンは仁王立ちになって構える。

アラガミの身体から発散されるオラクルの瘴気が、ウゴンの威圧感をより引き立たせる。

 

「なんてこった…もうこの時点でクヒ・ジダャを上回ってやがる。

これで、一筋縄ではいかなくなったのが確定したな」

 

止むを得ないと判断したハッサクが神機を構え、カボスもそれに続くと。

ヒロヒデが、2人の前に躍り出た。

 

「待ってくれ。ここは俺に任せてくれ…頼む」

 

「ヒロヒデ…?」

 

ハッサクとカボスを制するように、手を翳すヒロヒデ。

その目はいつに無く真剣なものだった。

 

「任せてくれって…まさか、1人で戦うつもりじゃねえだろうな⁉︎」

 

「ああ、そのつもりだが。

何か異論でも?」

 

ハッサクは呆れたような目付きでヒロヒデを眺めるが…当のヒロヒデの注意は、既にウゴンに向けられていた。

自らの背丈よりも長いバスターブレードを構え、体勢を低くする。

 

「1人でなんて、無茶過ぎるぜ。何考えてんだっ」

 

「ああ、確かに無茶かもしれねえ。

だがなハッサク、本来の目的を忘れるんじゃねえぞ…

ここで薬草を手に入れて、薬を作ること。その薬を華口隊長の元へ届けることを。

ここで、もし全滅でもしようものなら…笑い話にもなりゃしねえぜ」

 

ハッサクは思わず俯き、黙ってしまった。

ヒロヒデが、そんな彼に再び顔を向けた。

 

「ハッサク、俺はな。

疎ましかったんだ、お前の事が。どうしようもなくな」

 

ハッサクは、思わず口を噤む。

いつもとは全く違うヒロヒデの雰囲気を、ひしひしと感じていた。

 

「俺と同期で入ったお前だけが、急に新型の才能に目覚めたかと思えば、グングンとその実力差を広げていきやがる…こんな悔しい思いをしたのは初めてだった。

だから俺は、ひたすら訓練に没頭した。

新型になれなくても、新型以上に強くなってやる…ってな。

そして今、そいつを証明する時が来たんだ」

 

「証明…?」

 

「そうだ。このコンゴウもどき野郎は、かつてお前が倒したクヒ・ジダャとかいう寄生種より強いと見てるんだろ?

だったら、俺がコイツをぶっ倒しゃ、俺はお前を超えることになる。

そうは思わねえか?」

 

あくまでも単騎で挑むつもりのヒロヒデに、ハッサクは深く溜め息を吐き…踵を返した。

 

「わーったよ、お前の好きにしろ。

だがな…ヤベえと思ったらすぐに逃げろよ。命あっての物種だ、死ぬ事だけは絶対に許さねえぞ。

これは副隊長命令だ」

 

「ケ、お前もとうとうそんな事まで言えるようなお立場になっちまったか。。

…了解しました、副隊長殿」

 

お互い、相手の顔を見てはいなかった。

見られなかった、というのが妥当かもしれない。

見てしまったら、固めた決意が揺らぐと思っていたからだ。

 

「行くぞ、カボス‼︎」

 

「キャッ⁉︎」

 

ハッサクはカボスの腕を鷲掴みにして、一目散に駆け出す。

カボスは彼に引っ張られるまま、装甲車へと乗り込んでいった。

 

そして盛大なエンジン音を上げ、鋼鉄の車両は走り去っていった。

その様子を横目で見送ったヒロヒデが、再びウゴンに目線を戻す。

 

「さて…待たせたな、おサルさん。

意外だな、追わねえのか」

 

『自ら尻尾巻いて逃げ出すような奴を追っかけ回す程、俺は暇じゃねえんでな。。

だが逆に、楯突いてくる野郎には容赦はしねえ。

…そう、てめえのようになッッ‼︎』

 

突然、間合いを詰めてきたウゴンが、直径30㎝はあろうかという程の極太の腕を振りかぶり、ヒロヒデに浴びせかけた。

 

『 ーー ⁉︎』

 

しかし、パンチは彼に当たらなかった。

ヒロヒデが身体を前後に反転させ、背中で構えた神機でウゴンの攻撃を受けると…

そこから身体を捻りつつ、まるでゴルフのスイングのようにバスターブレードを思い切り振り上げた。

 

この絶妙なカウンター攻撃は、流石のウゴンも対応仕切れず、その腕をいとも簡単に切り離されてしまった。

 

『な、何ぃ』

 

ウゴンは咄嗟に、残った左腕を横薙ぎに振るう。

 

しかしヒロヒデは真上に跳躍して回避。

と同時に、ブレードを真下に振り下ろした。

 

『ガッッ!』

 

バスターブレードの分厚い刃は、ウゴンの脳天を見事に叩き割り…その顔面を二分した。

 

「へへ…ハガンコンゴウになっちまったか?」

 

揚々と着地するヒロヒデ。

ウゴンは2、3歩程後退して、ぐっと踏みとどまる。

 

『まあまあやるじゃねえか。さすが、クヒをやった奴らだけのことはあるな。。

正直、見くびっていたぜ』

 

「そんな状態になっても喋れるのか。

さすがアラガミさん、といったところか?」

 

ここで、ヒロヒデはふと気付く。

ウゴンの《声》が聞こえることに。

まさか、自分にも ーー

俯いて思案するヒロヒデが再び目線を上げると…割れた顔面で不気味に笑うウゴンが、いた。

 

『まあ、あんな《未完成品》を倒したぐれえで何の自慢にもならねえがな…

アイツを知ってるんなら、当然コレも知ってるよな?』

 

ウゴンの身体が、小刻みに震え出し…

無くなった右腕の切断面から、新たに腕が生えてきた。

そして、左手と再生した右手で側頭部を抑え、割れた頭を合わせ元に戻した。

 

「再生能力か…わりぃな、そいつは知らなかったぜ」

 

ヒロヒデは神機を構え直し、後退りして間合いをとる。

一方のウゴンは、両手を開いたり閉じたりしながら着々と間合いを詰めてくる。

 

『コイツが、避けられるか?』

 

ウゴンは両手を握り合わせて力を溜めた後、勢い良く前方に突き出した。

 

嫌な予感がしたヒロヒデが咄嗟に跳び上がった瞬間、たった今までいた場所の地面が、音を立てて砕け割れた。

 

『まんまとかかったな、マヌケめが』

 

「⁉︎」

 

ヒロヒデが、下に向けていた目線を正面に戻すと。

目の前に、両拳を組んで振りかぶるウゴンがいた。

 

空中では、先程のカウンター攻撃は使えない事がわかっていたヒロヒデは、急ぎ装甲を構える。

 

「ぐぅッッ‼︎」

 

とてつもなく重いウゴンの一撃が、神機を通してヒロヒデに襲いかかった。

攻撃を受け止めた反動で、地面へと吹き飛ばされ…

背中、腰を打ち付けてしまった。

 

「ぐ…あぐぐ…」

 

激痛のあまり、ヒロヒデは苦悶の表情を浮かべる。

少し遅れて、地響きと共に着地したウゴンが悠然と歩み寄ってくる。

 

『オイオイ、もう終わりか?

さっきのお友達に泣きついて、助けてもらった方がいいんじゃねえのか?』

 

薄ら笑うウゴンに対し、ヒロヒデは、顔を横に向けて唾を吐き捨てると…

ウゴンを睨みつけた。

 

「泣きついて、助けてもらう、か。

そうなるのはお前だって事を、今にわからせてやるぜ」

 

『何を強がりを…』

 

言いかけて、ウゴンは気付いた。

ヒロヒデのプレデターが、何かを食べていることを。

そして、更に気付いた。

それが、先程斬り落とされた自らの腕だということを。

 

「…よし‼︎」

 

ヒロヒデが強めに息を吐くと同時に、彼の全身が眩く光った。

バースト状態へ移行したのだ。

 

「次に割れるのは、頭だけじゃ済まねえぜ。。

覚悟しておけよ」

 

ウゴンに向かってバスターブレードを突き付け、強気な笑みを見せるヒロヒデ。

その顔には一点の曇りも迷いも、無かった。

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