野良犬の矜持   作:陰毛樽ないん?

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脅威

「…スー…

…ん…?…寝ちまってたのか…」

 

支部のエントランスのソファに腰掛けていたつもりが、いつの間にか眠っていたらしい。

人差し指で瞼をこするセマノブは、体にコートが被せられていることに気付く。

 

「よう、お目覚めか」

 

声がした方向を見るセマノブの視界に飛び込んでくるハッサクの姿。知り合ったあの時のように、缶コーヒーを投げ渡してくる。

 

「この服は?」

 

「ああ、あの後カボスの奴がお前のこと、心配になって支部内を探し回ったらしいんだ。

ほんで、ソファでふて寝してるお前を見つけて、風邪引くからって、自分のコートを被せたってわけ」

 

「そうだったのか…」

 

「へへ、アイツは見ての通りかなりのじゃじゃ馬だけどよ、結構女らしいところもあるんだぜ。

あ、この事は本人には内緒な。殺されちまうから」

 

ニシシと歯を見せて笑うハッサク。どうやらいつもの調子が戻ったようで、セマノブもー安心した。

 

「で。いつ、ここを発つつもりなんだ?」

 

「今日にでも出発するさ。

ここの連中も、野良犬の俺のことをあまり良く思ってねえようだからな」

 

「そ、そんなこと…」

 

缶コーヒーをグイッと飲み干したセマノブが立ち上がったちょうどその時、2人の元へヒロヒデが駆け寄ってきた。

 

「ハッサク…!ここにいたのか、探したぜ」

 

「ん?何をそんなに慌ててんだ?何かあったのか?」

 

両膝に手を添え息を切らすヒロヒデに、キョトンとした顔で問い掛けるハッサク。

 

「また奴が現れたみてえだ。。

討伐に向かったウチの神機使いが全員やられたと、緊急通達が回ってきた…」

 

「またかよ…チキショウ…」

 

大きく溜め息を吐き項垂れるハッサクとヒロヒデに、セマノブが問い掛ける。

 

「そんなにヤベえ奴なのか?」

 

ヒロヒデが一旦ハッサクの顔を見る。ハッサクはこくりと頷き、今度はセマノブの方を見る。

 

「アンタも神機使いの端くれなら、一度くらいはやり合った事があるだろう。

真竜の異名を持つアラガミ、ハンニバルだ」

 

「…、はぁ⁉︎」

 

大口を開けて片目を狭め、甲高い声を出すセマノブ。

そして、ソファに深く腰掛けた。

 

「んだよ〜…ハンニバルか。。

大したことねえじゃねえか、期待してソンしたぜ」

 

頭をボリボリと掻くセマノブに対し、ハッサクとヒロヒデはまた互いの顔を見合って、軽く溜め息を吐く。

 

「あのなあ…ただのハンニバルなわきゃねえだろうよ。。

確かにこの支部には、極東支部にこそ及ばねえがそこそこの戦力は揃ってると思ってる。

まだヒラ隊員のこの俺だって、サシじゃ確かに不安だが、数でかかりゃあ倒せねえレベルの敵じゃねえんだ。

だがソイツの討伐でやられたのは、俺より経験も実力もある先輩ばかり。。

こりゃあ、ただモンじゃねえと考えるのが自然だぜ」

 

喋っている途中でセマノブが欠伸をした為に、ヒロヒデはあからさまに不快な表情になってしまった。。

 

「ま、まあとにかく。。

普通のハンニバルだと思って、舐めてかかるとヤベえってこったな」

 

「…つまりそういうことだ」

 

気まずくなった空気を読んで、早く話を終わらそうとするハッサク。ヒロヒデは相変わらずムスッとしていた。

 

ふと立ち上がったセマノブが荷物を持ち、支部の出口とは反対方向に歩き出す。

不思議に思った2人が同時にセマノブの顔を見ると。

 

「今日の出発はやめだ。

何故かはわからんが、もう少しここにいたい気分になった」

 

荷物を肩に担ぎ、のしのしと歩くセマノブの後を追ってハッサク、ヒロヒデが続いた ーー

 

 

 

 

 

ソツなく平常通りの業務をこなす受付カウンターに突如、緊急用の着信コールが鳴り響く。

1人のオペレーターが通信機を取ると。

 

“こちらトルキス‼︎至急、いや大至急救援要請を願いたい‼︎”

 

「落ち着いてください…!一体何があったのですか?」

 

“落ち着いていられるか‼︎

部隊はほぼ全滅状態、残りはおそらく俺一人になっちまった…!とりあえず奴はスタグレで足止めしてるからある程度の時間稼ぎは出来ると思うが ーー

なっ⁉︎バカな、なぜもうここまで…⁉︎

う、うわぁああ‼︎‼︎”

 

断末魔の叫びの直後、通信機の向こう側からは砂嵐のノイズだけが響いてきた。

 

凍り付いた表情で通信機を戻すオペレーターに、たまたま近くにいたハッサクが近づいてくる。

 

「よう、何かあったのか?」

 

「あ、須逹さん…

また例のハンニバルが出現したようです…別件の任務に向かっていたチームトルキスの部隊が全滅。。おそらく、ついさっき通信してきた方も、もう…」

 

「ちきしょう…!

ん?待てよ、、トルキスっていやあ…ちょっと、任務発行履歴を見せてくれねえか⁉︎」

 

「は、はい…ただいま…」

 

慌ててオペレーターが、ハンニバルによって壊滅させられたチームトルキスが受注した任務の詳細を調べ上げる。

任務地、討伐目標、出撃メンバーが表示された画面を見たハッサクは言葉を失った。

 

 

 

 

 

閑散としたエントランスロビーのベンチに腰掛け、ぼんやりとテレビを眺めるセマノブ。

 

「ここにいたか、セマノブ」

 

そこへやってきたハッサクが、セマノブの正面にどっかりと立つ。テレビとの間に立たれた為、セマノブは観づらそうに身体を捻り出す。

 

「おい、観えねえだろ」

 

「アンタの腕を見込んで頼みがあるんだ。。

ちょっとばかし付き合っちゃくれねえか?」

 

ハッサクの顔はいつになく真剣だった。

それを察したかのように、セマノブはリモコンを手に取りテレビのスイッチを切る。

 

「なんだ…頼みとは」

 

それに応えるかのように、セマノブの表情も真剣なものになる。重く苦しい空気が一気に漂う。

 

「昨日、俺たちに絡んできて散々馬鹿にしていった連中、いただろ?…あいつら、殺されちまったよ。。

例のハンニバルにな」

 

「…‼︎」

 

一瞬の間を置き、再びハッサクが口を開く。

 

「正直…あいつらが死んでさ、せいせいしたと思ったんだ。

でも、次第に虚しい気持ちになっていった。。

なんでだろうな?もう悪口言ってくる奴がいなくなったってのによ」

 

ハッサクの口調はどこか落ち着かない。

すぐに心中を悟ったセマノブ。

 

「闘るんだろ?例のヤベえハンニバルって奴と」

 

セマノブの質問に、黙って頷くハッサク。

 

「だが…今の俺の実力では到底勝ち目はねえ。

殺されたチームトルキスのあいつらだって、確かに性格は悪かったが腕は部隊長クラスの実力だった。それがあっさりやられたんだ。。

だから、現状の俺が立ち向かっていっても速攻で返り討ちに遭うのがオチなのさ」

 

「つまり…何が言いてえ?」

 

するとハッサクは突然、両手両膝を床につき頭を下げた。いわゆる、土下座だ。。

 

「お願いだ、俺に稽古をつけちゃくれねえか?

アンタ程のレベルには到底なれねえだろうが、あのハンニバルとやり合えるくらいの強さにはなりてえんだ‼︎

た、頼む‼︎」

 

必死に額を床に擦り付け懇願するハッサクだが、セマノブは困惑顔だ。。

 

「ん〜…んなこと言われてもなあ…

第一そいつの強さがいまいちわからねえし、俺だって実際にやってみなきゃ勝てるかどうかもわからねえ。

だがら、俺が稽古をつけたところで奴を上回るほど強くなれる保証はどこにもねえぜ?それでもいいのか?」

 

ハッサクはすくっと顔を上げ、何度も頷いている。

 

「参った、俺の負けだ。。

いいぜ、ついてきな。大したことはしてやれねえがな」

 

荷物を担いで歩き出すセマノブに喜び勇んでついていくハッサクの顔つきは、今までになく生気に満ちあふれていた。

 

 

 

 

 

支部から少し離れた荒野に展開したセマノブとハッサク。

ふとセマノブが不意にハッサクの神機をまじまじと眺め出す。

 

「ふーん、手入れはちゃんとされてるな。ここの整備士もなかなかの腕だ」

 

どうでもいい事を言い出すセマノブに、ハッサクが首を傾げていると。

 

「まあ、それはいいとして。とりあえずイメトレでもしてろ。今、目の前にコンゴウがいると思ってな」

 

「ハァ⁉︎俺が目標にしてるのはハンニバルだぜ⁉︎

今更コンゴウなんざ…」

 

「いいからやってろって。《先生》の言うことは聞くもんだぜ」

 

そう言い残し、セマノブはどこかへ消えてしまった。

1人残されたハッサクはしばらく唖然としたが、言われた通りイメトレを開始する。

神機を構え、実戦を想定した動きを再現していると。

 

「ほらよっプレゼントだ!」

 

不意に飛び込んできたのは、セマノブの声と腹部を裂かれたコンゴウだった。

コンゴウは目の前で倒れ、ムクッと立ち上がるやいなやハッサクを威嚇し始める。

ハッサクは、まるでわけがわからないといった表情だ。。

 

「そいつを、イメトレ通りにやっつけてみろ。

コンゴウなんて朝飯前なんだろ⁉︎」

 

言われるがまま、だるそうに神機を構えるハッサクに向かって駆け出すコンゴウ。

セマノブにより受けたダメージの影響で、通常よりも明らかにスピードが落ちている。

 

「この程度の奴…これで十分だぜ‼︎」

 

ハッサク自慢のヴァリアントサイズをコンゴウの側面に向かって突き出したかと思うと、その柄が急速に伸びてコンゴウの身体に巻き付き、あっと言う間に縛り上げてしまった。

 

「コンゴウのボンレスハムか…あんまし美味くなさそうだがな。。」

 

再び神機に力を込めるハッサク。

すると柄が戻り始め、柄の至る所に付いている刃がコンゴウの身体をたちまち引き裂き…見事に《スライス》してしまった。

 

「ほらよセマノブ、お返しするぜ。

今晩のディナーにどうだ?」

 

「いらねえよ。。腹の足しにもなりゃしねえ」

 

ハッサクが投げ返してきたコンゴウの《輪切り》を、足で蹴払うセマノブ。

だがその表情は楽しそうだ。

 

「まあ…神機の扱いに関しては悪くないな。

そうだハッサク、俺を斬ってみろ」

 

「はあ⁉︎」

 

突然のセマノブの発言に、聞き返さずにはいられなかったハッサク。いきなり自分を斬れと言われれば、当然かもしれない。

 

「斬れっつったってよ…アンタには何の恨みもねえし、その…理由がねえんだよ」

 

「んなこたあ、わかってらあ。どうせおめえにゃ俺を斬れはしねえ。

つまり、殺すぐらいの勢いでかかって来いって言ってんだ‼︎」

 

なかなか動かないハッサクにハッパをかけるセマノブ。

ハッサクはしばらく渋っていたが、ようやく意を決したようだ。

 

「後悔すんなよッッ‼︎」

 

再びサイズの柄を伸ばすハッサク。

まるで蛇のようにしなる伸縮自在の鎌が、四方八方からセマノブに襲いかかった。

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