2日目。長い自由時間を終えた僕らは、この合宿の目的に取り掛かる。
「全員集まったな。……ラウラ、眠気覚ましの代わりにISのコア・ネットワークについて説明してみせろ」
「は、はい!」
珍しくラウラさんは寝そうになっているので、復習のための材料になっていた。
「ISのコアはそれぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っています。これは元々広大な宇宙空間における相互位置情報交換のために設けられたもので、現在は
これだけ聞くと、開発者はISを宇宙で同時に使用して探索させるために開発したものだと思う。情報を共有し、危険区域を指定し、集団で迎撃など。元々ISは宇宙開拓用だから、従来の兵器を超えたことはある意味仕方がないことかもしれない。
「これらは製作者の篠ノ之博士が自己発達の一環として、無制限展開を許可したため現在も進化の途中であり、全容は掴めていないとのことです」
(………だとしたら、いずれはコアとも対話することもでき、場合によっては人類はISの家畜に成り下がるということか)
そう言えば昔、そういうドラマがあったなぁ。主人公が四肢を持った携帯をぶん投げる話。
「よくできたな。ただし、授業には集中しろよ」
「……はい」
褒められたことがなかったのか、ラウラさんは呆然とする。
「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように、専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
そう指示された僕らは各々動き始めた。僕は個人で機体を持っているので専用機持ちに該当される。
ちなみに、訓練機に割り振られている装備の中には、僕が以前使用した織斑君曰く凶悪装備も含まれている。学園長からお願いされたこともあって、僕らは快諾した。
「さて、しぐしぐ、かんちゃん、やろっか」
「………」
「………えーと」
何で本音さんがこんなところにいるのかな? 本音さんも一応訓練機組に該当されるはずなんだけど……。
「あれ? 聞いてない? 私はしぐしぐの機体調整するようにって学園長直々にお達しが来たんだ~」
「…………本音は私と同じで、特別に整備科の一般生徒と同じく整備機材を自由に使える許可証を持ってるから」
「…僕、そんなの持ってないけど」
「しぐしぐの場合は特別なのです。お姉ちゃんが学年主席だから、その口添えもあって特別に許可をもらってるんだ~」
そ、そうだったんだ………。
気を取り直して僕は個別に持って来た四角いキューブを2つ出して、それぞれにカートリッジを差し込んでスイッチを押すと、簡易ハンガーが展開された。
「……凄い」
「あ、片方は更識が使って。僕はこっちを使うから」
左側の簡易ハンガーに移動すると、何かが砂を巻き上げつつ爆走している。えっと、女性?
「ちぃいいいいいちゃぁあああああんッ!!」
ちーちゃんって、誰? いや、どうでもいいか。
幸い、僕が設置したハンガーに当たらないし、そのまま作業に取り掛かる。
何故か騒がしくなったけど、まぁどうせ僕らには関係ない。……でも一応、ハンガーの脚立部分の固定強度を上げておこう。
そして僕は打鉄からバージョンアップした「打鉄
(………あれ? あまり進んでない?)
ふと、気になって辺りを見回す。全員はある一点に注目していて、全然作業を進めていなかった。その一点には見たことがない女性がおり、さっきから周りにアクションをかけている。………ここって外部の立ち入りを禁止されているはずだけど。ISスーツ姿が裏で取引されていることが判明したとかの理由で。
「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」
「えー、めんどくさいな。私が天才の束さんだよ、ハロー」
適当にそう言って「束」と名乗った女性は織斑先生の方に向き直った。周りはそれで騒がしくなるが、どう聞いても精神年齢が大人じゃないので、頭がおかしい人と思って関わらないように作業に戻った方が良いかもしれない。
「本音さん、続きをやろう」
「あ、うん……」
本音さんも生徒会の人間だから、動くかどうか迷っていたみたい。でもああいう頭がおかしい人間には関わらないのが吉である。
僕らは軽く設定を弄って、僕はドッキング試験のために先に発進した。
「本音さん、お願い」
『りょーかーい』
ハンガーはカタパルトも兼ねていて、いつでも発進できるようになっている。本音さんはコンソールを操作して今回のテストの目玉である超大型ブレードを展開し、僕の方に発射した。
僕は砂浜に背を向け、超大型ブレードとドッキングするために相対速度を合わせる。するとブレードが分裂し、腕部と脚部に外部パーツとしてドッキングした。この外部パーツは各所に量子変換システムが使用されていて、様々な武装を展開して使用することができる。もっとも、この外部パーツは主に災害救助用として将来使用してもらえばなと思っている。
『きゃああっ!!? な、何なんですか!?』
『ええい、よいではないかよいではないかー』
ISの高い聴音によって、そんな会話が聞こえてくる。山田先生はつくづく不幸体質だな。殴りすぎるのは好きじゃないけど、こういうときは殴ればいいのに。
しばらく飛んで異常を探し、いざ攻撃テストを行おうとすると、ハイパーセンサーが何かが落下してくることを知らせてきた。
それをターゲットにしようと設定すると、こっちにミサイルが飛んでくる。
(ここじゃ、島に被害が出る……!)
すぐに島から離れて僕はエネルギーサーベルを抜き、斬り払う。終わるとすぐに落下した地点をみる。……幸い、死傷者はいなさそうだ。
『しぐしぐ、大丈夫?』
「問題ない。それより、そっちは?」
『こっちも大丈夫だよ~』
その言葉を聞いて僕はホッとした。
やり取りの間に落下したものはなく、代わりにISが鎮座している。
『じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機こと「
…………なんてことをしてくれたんだろうか。
今の言葉がその通りだと言うのなら、真剣すら平然と人に向ける悪魔に、最強のISを渡したことになる。
(………攻略できないわけじゃないけど、だとしてもあの女は渡した人間がどれだけ危険か理解しているの……?)
楽しげに調整を始める天才……かどうかは本気で怪しいところだ。
「本音さん、こっちはこっちのことを始めよう」
『らじゃ~』
コンソールが操作される。すると空中に移動型ドローンが展開され、僕に追従する形で迫ってきた。
僕はさらに島から離れて生徒たちに被害が出さないようにし、テストを始めた。
まずは両腕部を稼働させて迫ってくるドローンを破壊する。握って突き出したり振り下ろしたりすると砕かれ、マニピュレーターを開き、攻撃することで剣と同じく斬れる。その行為を何度も行ってドローンを破壊しつくすと、会話が聞こえてきた。
『あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで?」
『だよねぇ。なんかずるいよねぇ』
彼女らの気持ちはわかる。篠ノ之さんはなんら努力していない(というかしているのを見たことがない)。確かに剣道部に所属して本人は中学の頃に全国大会でも名を馳せていた存在だとしても、彼女は国家に所属する代表でなければ候補生ですらないのだ。いくら天才の身内だからと言ってもこれは少し異常だろう。……もっとも、天才の妹だからこそ、専用機が与えられるという事態は理解できるけど、それならば最初からそうしろという話だ。そうすれば彼女もこうやって同級生に非難されることはなかったんだしね。
『おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ』
…だからこそ、僕には訓練機の改修機なんだけど。
『……不満?』
「不満じゃないよ。これはこれで、自分の勉強にもなるしね」
『……しぐしぐ、誰と話してるの?』
「え?」
急に本音さんにそう言われて、僕は驚いた。
「ううん。独り言」
『そう? ならいいけど……』
………焦った。本音さんと話しているつもりだったのに、急にそんなこと言われるなんて思わなかった。
とりあえずドッキングを解除して、通常状態に戻って外部パーツを超大型ブレードに戻してもう一度ドローンを飛ばしてもらった。
その間に織斑君は白式を展開して放置された女性が何かを刺していた。
『んー……不思議なフラグメントマップを構築しているね。見たことがないパターンだ。いっくんが男の子だからかな?』
『束さん、そのことなんだけど、どうして男の俺がISを使えるんですか?』
想定よりも軽いと思いつつ、会話をBGMにドローンを破壊していく。数機固まっているのを見つけて僕はブレードの刀身を開き、握りに仕込んだトリガーを引いて破壊した。……ところで、企業から預かっている機密事項をそう簡単に明け渡してもいいのかね。
ちなみに僕の機体はフィッティングをしていないので、フラグメントマップは構築されていない。
『ん~……どうしてだろうね。私にもさっぱりだよ。ナノ単位まで分解すればわかる気がするけど、していい?』
『いいわけないでしょ……』
『にゃははー。そう言うと思ったよん。んー、まぁわからないならわからないでいいけどねー。そもそもISって自己進化するように作ったし、こういうこともあるよ。あっはっはっ』
……そんな無責任なものをどうして公表したんだか。
あの事件でどうしようもなかったとしても、破壊すれば少しは違うものができたかもしれないのに。
『……それに、別にいっくんじゃなくてももうひとりいるしね』
―――ゾクリッ
背筋に悪寒が走る。さっきの言葉も合せて考えるに、つまり僕を解体しようという腹か。
何人か巻き込むかもしれないけど、今すぐ障害を排除しようと考えたら、その前にその女性が吹き飛んだ。
『いっつつ……もう何するんだよ、ちーちゃ―――』
『……束、死にたいか?』
見たことがない笑顔だった。
おそらく写真におさめたら、彼女の有名さも相まって「幻の1枚」として世に語り継がれるレベルのものである。
『じょ、冗談だよ、冗談。今のはほんのジョークだって。だから、ね? わりと危ういその拳は今すぐ下げてくれない?』
『気にするな。お前がどう思うが、今この場でお前が死ぬまで殴るだけだ』
『気にできない! そんな状況は本当に気にできない!』
ちなみに僕は静観を選ぶ。いくら天才だろうが彼女を生かしていたら僕の身が危ういからだ。
『お、落ちつけよ千冬姉! ここで束さんを殺したって―――』
『学校では織斑先生だといつも言っているだろう!!』
『ひっ!?』
あ、これはマジな奴だ。
僕は止める……なんて考えは最初からないので着地しても問題ない場所に降りて移動する。
「束、することが終わったらさっさと帰れ。邪魔だ」
「ま、待って! 俺、他にも束さんに聞きたいことがあるんだ! 後付装備をつけてもらえるかって話を!」
「ごっめーん。それ、私ができないように設定しちゃったから無理」
「顔面は陥没でいいな? いや、先に紅椿のマニュアルを作成しろ。なに、しばらくは学園で整備することになるからな。お前が死んでも大丈夫なように今すぐしろ」
次はどのテストをしようかと考えていると、黒いオーラを放っている織斑先生がそう言った。
「しぐしぐ、止めなくていいの?」
「危険人物が消えるなら別にいいかなって」
「ほら、あれだよ! あの倉持って以前は代一形態で単一仕様能力を発現させる機体を開発していたし、それに沿って特別に開発しただけだよ! 後付装備機能を封印したらできたんだって!」
「……そうか。だが後で紅椿のマニュアルを作成しておけよ」
「箒ちゃんに渡すために――」
「学園に渡す分もだ。サボったら、わかっているな?」
そう言って織斑先生は他の生徒にテストをさせるために見回りを始める。……そうだ。
「本音さんもこの機体に乗ってみる? 設定なんて保存しなければ前の状態に戻せるし」
「……後にするよ。今は、ね」
そう言って意味深く束って女性を見る。おそらく彼女を警戒しているのだろう。暗部として………最近、彼女が暗部に所属する人間だって忘れているよね、僕。
報告書を書きあげようと、昨日買った新しいパソコンを開き、文書アプリを起動させる。最近は何かと入力する機会があったから、タイピングスピードはかなり上昇している。これなら数十分もあれば書き上がるかな。
とか思っていると、急に砂が舞って………いや、砂が飛んできて僕はパソコンをかばった。
「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」
『え、ええ……まぁ……』
向こうでは紅椿がテスト操縦している。最新鋭機という部類に恥じないほど、その機体は早かった。………あまり周りに気を配れないのは、もう彼女の特性かもしれない。周りを見ると、紅椿の近くにいた人はかなり砂を被っていたようだ。
「じゃあ刀を使ってみてよ。右が《
にしてもかなりテンションが高いね。まぁ、自分が作ったのが何の問題もなく動くのは開発者としては嬉しいのだろうけど。……見習いの僕も荒風が問題なく動いた時は本当に嬉しかった。
「更識さん、調子はどう?」
「……………全然」
そう言って紅椿に乗る篠ノ之さんを食い入るように見ていた。
「やっぱり、羨ましい?」
「………うん。でも、私は……」
まぁ、更識さんの場合は先輩が一人で作り上げたっていう噂が流れているからね。特に同じ学生だから、プレッシャーがすごいのかもしれない。……僕はあまり気にしていないけど。
ミサイルを撃墜し、その強さを示す紅椿…と篠ノ之さん。
「確かに紅椿はかっこいいけど……ISって良くも悪くもラッキーパンチがないから、倒そうと思えば倒せるんじゃない?」
「……え?」
「それに篠ノ之さんって欠点が多いから、精神崩壊を狙えば勝てるよ。それに女としては更識さんの方が魅力的だから気にしない方がいいよ」
「……そういうことじゃない」
「まぁ、何にせよこれだけ言わせてよ。ISを開発するのは本当に優秀な人がたくさん集まって、初めて実現できることなんだ。僕のようにスラスターをパッケージと騙して無理やり使うのが、虚さんや本音さんを巻き込んでもこの日に間に合わせるのは精いっぱいだった。だから企業に見放された君が一人で開発するっていうのなら、時間がかかるのは当たり前。だからたまには息抜きしよ。それに途中で投げ出したりしたところで誰も非難しないよ。もしした人がいたなら、僕がISを使ってでも整備室に監禁してやるから」
もちろん、食料も設計図もない状態だ。
一つ補足すると、僕のウイングスラスターはIS専用機にある
「―――大変です! お、織斑先生!」
試験中に席を外していたらしい山田先生がそう叫んだ。
「どうした?」
「こ、これをっ!」
山田先生から端末を受け取った織斑先生が元から険しい顔をより一層険しいものに変える。
「特命任務レベルA。現時刻から対策を始められたし……」
「そ、それが、ハワイ沖で―――」
「機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる」
「すみません……」
「専用機持ちは?」
「全員出席しています。……ただ、更識さんは……」
山田先生は更識さんの方を向いて困った顔をした。理由はわからないけど、彼女がそんな顔をされる謂れはないと思った僕は睨みつけると怯んでしまった。それから2人の教員は手話で会話し始めた。
「……これは、ちょっとヤバいかも」
「……うん」
2人はわかっているらしく、どちらも険しい顔をする。
「それでは、私は他の先生たちにも連絡してきますので」
「了解した。全員、注目!」
手を叩いて自分に注目することを促す織斑先生。
「現時刻より教員は特殊任務行動に移るのでテスト稼働は中止! 各班はISを片づけて旅館に戻れ! 連絡があるまで各自室内待機すること! 以上だ!」
突然そう言われたことで、周りは動揺するが織斑先生は容赦なく急がせる。
「とっとと戻れ! 以後、許可なく室外に出たものは我々で身柄を拘束する! いいな!!」
普段よりも切羽詰まった物言いで、無理やり納得させる。この手腕は流石だと思った。
「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、オルコット、時雨、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識…そして篠ノ之も来い!」
「はい!」
気合いの入った返事をする篠ノ之さん。確かに彼女も専用機持ちになったけど、彼女を呼ぶ必要はないのではないかと思う。
僕らは機体を待機状態にして簡易ハンガーを戻す。
「私は他の人の手伝いをするけど、気をつけてね」
「……うん」
この時、僕は何のことかわからなかった。
まぁ、いくら束が天才だとしても智久には何の関係もないですしね。勉強で常にトップの人の話をしても、それに興味がない人にとって「へー、すげー」で終わるのは終わります。