智久はすぐにヘリの入り口を開けて、パラシュートもつけずに飛び降りる。
普段なら安全を確認して行動する智久だが、今回彼にそんな余裕はなかった。
(何で……何でこんなことになってるの!?)
だが焦っているのも無理はなかった。北条院が焼け落ちており、消防車は救急車、さらにパトカーまでもが集まってきている。今更行ったところでどうにもならないことはわかっている………だがそこはつい数か月前まで彼が暮らしていた場所なのだ。慌てるなという方がどうかしているだろう。
途中でISを展開して着陸する智久に、周りは何事かと視線を向ける。
「誰だ。まさかお前、刑法を知らないわけじゃ―――」
歳は40過ぎぐらいだろうか。かなり貫禄がある男性がそう言いながら近づいてきて智久に声をかけるが、それよりも早く智久はその男性の胸倉を掴んだ。
「ここで一体何があったんですか!? どうしてこんなことになっているんですか!」
「待て。お前は一体何も―――」
「良いから答えてくださいよ! 答えなければここにいる全員を殺しますよ!」
あまりの剣幕に内心冷や汗を流す。智久の目は本気だった―――が、容赦なく叩かれてその場で倒れてしまう。
「すみません。この子は少し家族に対する情が厚いものでして」
「………いえ。あなたは?」
「私はIS学園で学園長をしております。轡木菊代と申します」
そう言いながら懐から名刺を出して渡す菊代。男性はまず受け取り、警察手帳を見せた。
「私は捜査一課火災犯捜査係の針山です。それで彼は……」
「彼は時雨智久。男性操縦者としてIS学園に通っている生徒で、元はこの孤児院に住んでいました」
「………そう、ですか」
針山と名乗った男性は言いにくそうな顔をした。
「……何か?」
「いえ。それが……」
歯切れが悪い言葉を続ける。その間に智久は立ち上がり、砂を払っていると近くで声がした。
「また子どもか。これなら爆発も頷けるんじゃないか?」
「大方、火遊びとかが原因だろ。全く、躾がなってないって怖いなぁ」
「……それ、どういうことですか?」
菊代も、そして本音さえも智久が移動していることに気付かなった。
「君は?」
「僕は時雨智久。ここの関係者です。それよりも、先程あなたは子どもの火遊びが原因で爆発したと言っていましたが、それは本当ですか? それに、その子供たちは一体どうなったんですか!」
「……坊主」
針山が智久に声をかけ、智久と菊代のみある場所に案内した。
その場所に連れて来られた智久は落胆。何故なら、そこは子どもたちの死体を並べられていたからだ。
菊代は智久と本音を連れてIS学園に戻り、急遽千冬と生徒会の2人、それに十蔵も集めて状況を説明した。
「生存者はたった1人。藤原幸那のみでした」
現在、最高峰の施設で治療に当たっているが、とても楽観視できるような状況ではないらしい。
集中治療室に入れられていたが、全身に包帯を巻かれていて姿が見えないようになっていた。
「以後は彼を刺激しないよう、個室にさせます。当然、今後の事も考えてしばらくは休学の方向へ―――」
「……残念ながらそれは無理だ」
いつもの穏やかな雰囲気ではなく、束にも見せたあの荒々しい雰囲気で十蔵は紙を見せる。
「……これは」
「すぐに問い合わせ、延期するようにも言った。だが奴らは「行う」の一点張りでこちらの主張を無視だ」
「……マズいことになりましたね。現状を報告してなんとか延期を―――」
「そんなことをすればそれこそ向こうの思うツボだ。すべて向こうが企んだ結果だとは思うつもりもないが、だからと言ってそんなことを教える必要はない」
千冬も、そして楯無も親の仇を見るような目でその紙を睨み、ある結論に至る。怪しい、と。
タイミングが良すぎるのだ。委員会からの模擬戦に施設の爆発による大量の死者。まるで智久を嵌めようとしているみたいである。
「こちらもなんとかして時間を稼ぎたいが、既に他の国にも回されているようだしな。余計なことをしてくれた」
「………となると、このことを誰かが報告しなければいけないのですよね?」
智久のあの時の行動を菊代はすべて4人に報告している。虚の言葉に全員が沈黙したが、自分が言い出したこともあってか彼女が手を挙げた。
「……私が行きます」
「いや、私が行こう。私は嫌われているからな。今更このことを知らせたところで大して評価は変わらんはずだ」
千冬の言葉に全員が驚いた。
「……いえ。ここは学園長である私が。一応とはいえ私はここでは最高責任者なのですから、こういったことは私からするべきです」
「……ですが……」
「織斑先生の気持ちは確かに伝わりました。それにあなたがほとんど毎日彼の見舞いに行っていることは聞いています。なので今更疑うつもりもありませんが、やはり立場を考えれば私が行くべきでしょう」
「………わかりました」
年の功というべきか、それとも元々彼女が持つ圧力のせいか少し萎縮してしまった千冬は折れてしまう。
後は軽く打ち合わせをして菊代は智久の部屋に向かう。
実のところ、菊代にはもう一つ目的があった。それは以前アキから預かっていた遺言が入ったマイクレコーダーを聞かせることだ。今回のこと以前に死にかけていたアキはこうして残していたのである。
智久がいる部屋に訪れた菊代はドアをノックし、入室した。中には智久以外にも北条家の人間がおり、話し合っている。場所はIS学園だが、北条家にはとある秘密があり特別に校舎入り口近くの会議室と近くにあるトイレのみ立ち入りを許可したのだ。
「失礼します。時雨智久君を少し借りたいのですがよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
菊代とほとんど歳が変わらない男性が許可し、IS学園の黒の制服を着た智久が外に出る。
その制服は少し変わっていて、通常色の白と黒の部分が入れ替わっているのである。上履きも反転色している。
「……時雨君、気分は―――」
「とても悪いですよ。つい最近まで生きていたあの子たちが、あなたに呼ばれて向かったら全員死んでいるんですからね。しかも生存した幸那ですら今すぐにでも死にそうなほどな上、他殺の可能性も出てきた。先程針山って刑事から連絡が来ましたよ。捜査は「子どものふざけによる事故」として処理されるってね。ちゃんと証拠を突き付けたのに、あの人が言うには「それはたまたま削られた石」だとか。笑えますよね。拳銃の使用済み薬莢かどうかの判別は、
「……え?」
菊代は驚いていた。捜査が打ち切られたこともそうだが、何よりもあの場所で薬莢が発見されたことで、智久はそれを渡していたという。
そして、智久は懐からあるものを見せた。
「……それは?」
「あの場所で見つけたもう一つの薬莢です。そのまま土ごと入れてきたので、照合していただければこれがどこで拾われたものかはっきりとわかります。ところで、学園長であるあなたがこんなところで油を売っていて良いんですか? 僕がまだ「本物の時雨智久」だとはわかっていないでしょ?」
「………この状況でそれを言いますか?」
「悔しいことに、僕は以前よりも頭が回るようになっているんです。それにまず、僕がいた場所が狙われたとなると、大抵女が敵になるか、もしくは一部の男が見せしめに殺したかのどちらかでしょうね」
まだ見ぬ犯人を馬鹿にしているのか、智久は歪んだ笑みを見せる。
「時雨君……」
「……気にしないでください。今回の事件を誰かに責めるつもりはありませんよ。あいつらに会ったら間違いなく殴り殺しますが」
その「あいつら」が誰を指しているのかすぐに理解した菊代は少し不安になりながら、近くの小部屋に案内する。
「……今のあなたにこれを言うのは酷かもしれませんが、アキの遺言を私が預かっています」
「何?」
智久の視線が厳しくなる。以前と違い、身長が伸びているからか凄味が増していると菊代は感じた。
「実は、あなたが臨海学校に行ったときには既に体が限界を迎えていたんです。もしかしたら、あなたが目覚める前には既に死んでいたのかもしれないほどに」
「……どうして。病状は何ですか?」
「元々あの人もまともな環境で生きていないのでこうなることはわかり切っていたことです。幸那さんには知らせてあったそうですが、アキ本人があなたに伝えることを禁止したそうですよ」
「………そうですか」
特に暴れることもなく、大人しくする智久。少し考える仕草をした智久は、菊代に頼んだ。
「……すみません。通夜前にもう一度あの現場を見ておきたいので、外出許可をもらえませんか?」
「…何故ですか?」
「普通の捜査ではこんなにも早く打ち切られることはないはずですからね。警察そのものに圧力がかかったとしか思えない。それに、あの子たちがおふざけで火を点けたりするとは思えない。そんな疑いを持たれたあの子たちの無念を晴らしたいんです」
菊代は少し考える。
智久は孤児院に住む子供たちを大切にしている。入学前に何度か会話してそのことが知っていた菊代は彼の気持ちを優先させてあげたいと思ったが、だからと言ってこの場の雰囲気に安易に外に出していいのか判断に迷っているのだ。
もしこれが智久に対する警告ならば、次は智久自身に被害が及ぶ可能性がある。特に智久はこれまでにない傾向の武装を次々と考案し、虚や本音といった優秀な人材と開発に取り組んでいるのだ。
(………ならば、強力な護衛ならば……)
行ってすぐ戻るため。そう信じて菊代は許可を出した。その後で彼女は自分が智久に対して甘いと内心責める。
「……ですが、まずは先にアキからの遺言を聞いてからです。それと、もう1つ大事な話があります」
「何でしょう?」
「………7月27日。その放課後にあなたと織斑君がIS委員会から通達により模擬戦を組むことが決まりました」
―――我ながら、無力すぎる
本当ならばこの状況でそんなことをさせるべきではない。そう頭では理解している菊代だが彼女は所詮上に操られるだけの傀儡でしかない。本当に、ただ伝えるだけだ。
しかし智久は特に反対もせずただ話を了承した。
「……わかりました。27日ですね」
「………怒らないのですか?」
「怒ったところで意味ないでしょう? どうせ変えられないのですから。それに、僕の機体は妨害があろうがなかろうが、機体がバラされないならば戦える機体ですからね。高が燃費の悪い機体如きに後れを取る気はありませんよ」
「……例え二次移行した機体だとしても?」
「………それはそれは。でも、あの男なんて余裕で倒せます。いくら機体が良くても、操縦者がポンコツでは話になりませんから」
笑みを浮かべる智久。それは勝者の余裕から来るものだった。
これを君が聞いているということは、私は既にこの世を去っているのだろう。
実は君が中学の頃から受け取っていた金は、一銭も使っていない。ずっと専用の金庫にしまっていたんだ。いずれ君が独り立ちするために軍資金にするためにね。というか、そもそも北条院に寄付自体が必要なかったんだ。
まずは私の生い立ちから話そうか。私が生まれた「北条」という家はね、以前はとある家に仕えていた暗部組織なんだ。ただ、表の事業を成功して独立し、暗部としての仕事をする傍らで次々と事業を成功させ、歩くだけで金が入ってくるほどだ。ジュピターカンパニーっていうのは聞いたことがあるだろう? 知っての通り、一般人にとって身近な文房具や家具、果ては兵器すら開発している大企業で、私が生まれた家はそこの経営を行っているんだ。そのためいつも莫大な売り上げを出していて、そこからの寄付で賄っているんだ。そのため、寄付は必要なかったんだ。君に黙っていたのは、君にはそれなりの貧しさを経験しておいてほしくてね。努力によって改善できることを知っていてほしかった。実際、君の活躍はよく私の耳にも届いているよ。ま、君の事だからその辺りのことは全く心配してなかったよ。でも、更識楯無をあそこまで拒絶するのはちょっと驚いたね。だって君、実はお姉さんみたいなのが好きだろう? それに彼女は……というか、更識家に所属する女は少しズレてるから眼を瞑ってあげてくれ。それにもし彼女らが裏切っても、君のことだから壊滅させて全員を平伏させているだろうよ。何故なら君もまた、
君の生まれは極めて特殊だ。だけどそれはいずれ遠くない未来、君自身が知る必要もある。そして君の過去を知る人物もまた、いずれ現れるだろう。ただこれだけは伝えておく。君の努力次第ではIS学園を支配することができる。だから、私が死んだことは早々に割り切って未来のために努力してくれ。私からは以上だ。今後は天国で、君の努力の結果を見守ることにするよ。
録音されていた内容はそれですべてだった。
智久はただ静かにイヤホンを外し、静かに言った。
「全く。あの人らしいや」
智久は笑い、「これをもらいますね」とマイクレコーダーを持って部屋を出た。その顔は菊代から見えなかったが、見る人によっては震え上げるほど憎悪に満ちていた。
ということで、状況はみなさんの予想斜め上を行ったかと思います。実はみなさんの反応を見て書き換えた、というわけではなありません。ありませんよ。私はただ、やりたいことをしているだけです。