ep.56 驚きから始まり過ぎる二学期
「………白式が奪われた?」
それは始業式直前の事。
珍しく北条さんが電話をしてきたのでどうしたのかと思ったら、そんなことが伝えられた。
『………はい。どうやら犯人の目的は白式のみだったようで、それ以外は整備データぐらいです』
「そ、そうなんだ……。あれ? どうして僕に?」
北条カンパニーには入社せず、今の僕はフリーなはずなんだけど……。
『まず、誰に渡されるかという可能性では一番は織斑一夏なんです』
………ああ、そういうことか。
考えてみれば、今の白式に関心があるのは何も世界各国だけじゃない。篠ノ之束もなんだ。
聞けば彼女は織斑千冬先生に織斑君と妹である篠ノ之さん以外には興味がない。辛うじて僕も興味対象に入っているかもしれないけど、それはおそらく「実験動物」程度なんだろう。
「………わかった。もし彼が所持していたら奪取してそっちに渡すよ」
場合によっては後から事情聴取を行われる可能性があるけど、少なくとも現時点で僕を誘拐してどうにかするつもりはないはずだしね。したらしたらで逃げるし。データも奪取するし。
『………わかりました。ただ……』
「………篠ノ之束が委員会を通じてカンパニーに織斑一夏の所持を認めさせる様に警告が入るかもしれないってことだね」
『……はい。そのことで今、父や幹部らも揉めていまして……』
ISってお金がかかるもんね。絶対的な利益も必要だし。
「……僕が言えるのは、「頑張って」ぐらいだよ……」
『じゃ、じゃあ今度デートでも―――』
「………死にたくないです」
そう言うと「仕方ありませんよね」と言われた。それから僕らは軽く話をして電話を切る。
たぶん、あの子はまだ僕の嫁の席を諦めていないようだけど……いつの間にか婚約者はいるし虚さんのスキンシップが激しいしどうにかしてこの現状を打破しないといけないよ。
とりあえず僕は、新兵器の設計に取り掛かることにした。もちろん、現実逃避のために決まっている。
「むぎゅぅううううう」
「本音さん、視線が痛いんで……ホントマジで勘弁してください」
ようやく、僕らは2学期を迎えることができた。
だけどどうしてか、本音さんを起こすと「抱っこ~」とねだってきて、拒否すると泣いてと、仕方なく僕は彼女を背負ってきたんだけど………
「おはよう」
「あ、おはよう、簪さん」
「おはよー…かんちゃん……しぐしぐの背中、おっきくなったから寝やすいよぉ」
「じゃあ、後で外泊申請出しておく」
そう言って簪さんは先に移動する。宣言通り外泊申請だと思うけど、一体どこに泊まるのだろうか………もしかしなくても僕の部屋ですね。
そもそも、どうして国は僕にのみ一夫多妻制を認めたというのだろうか。IS以外でもっと別の理由が欲しい。
(………強いて言うなら、僕が異能力者だからかな?)
文献によると、これまで轟家の身体を解剖をしようとする動きはあったけどどれも上手く行かなかったらしい。しかもそれを「家」がしているのだから恐ろしい。
(……そろそろ時間、か)
僕は本音さんを席に座らせると、最初は駄々をこねていたが時間を見ると手を離してくれたので僕も席に座る。そして端末をマナーモードにしようとすると、楯無さんから連絡が来ていた。放課後、僕に本音さんを連れて生徒会室に来てほしいという旨だった。
(……わかりました、と)
ドアが開く音を聞きながらそう返してマナーモードに切り替えてしまう。いくら僕が特別になりつつあると言っても今は一介の生徒なのだからこういうところはキッチリしないといけない―――って、
「諸君、おはよう」
「…………織斑先生、何があったんですか?」
「気にするな。これは折檻の後だ」
顔を腫らした織斑君が織斑先生に引きずられるようにして現れた。SHR中に「人型の兎が学園内で確認した場合、すぐさま私に通報してその場から離れるように」と言われた僕らは内心震えていた。篠ノ之博士、あなたは何をしたんですか。
ま、北条さんから「もう家なんて捨てて智久様の奴隷として拘束されたい」という文章が送られたことで、大体察したんだけどね。どれだけストレス溜まっているんだろう。この後も定期的にそんなことをしてくるから、とりあえず無視している。
(………後で話だけでも聞いてあげよう)
直接会うとそのままベッドに押し倒される未来しか見えないし。
本音さんを連れて生徒会室に向かう。到着したけど妙に騒がしいから少し警戒しつつノックすると、簪さんが返事した。
「失礼しま……した~」
「待って智久君! 見捨てないで!!」
「………いや、だって……」
ブラがほとんど見えてポロリとしそうなんですが………。
たぶん犯人は虚さんと簪さん。どうして2人がこんなことをしているんだろう………まさか、
「サボりすぎによる折檻?」
「それもありますが」
………あるんだ。
まぁ、夏休みなのにあんまり遊べていないからサボりたくもなるのは仕方ないかもしれないけど。ちゃんと仕事はしてもらいたい。
「ともかく、これは智久君にも関係ありますので。よろしければ中に入ってください。私がしたこととはいえ、会長の評価にも関わりますので」
言われて僕は中に入り、誰かが中に入って来ないように鍵をかける。
「………それで、どうしてこんなことになったんですか?」
楯無さんの方を直視しないように本音さんを抱いて目線を妨げる。
「実は会長が明日から織斑君と寝るとかほざいたので」
「待って! 同居するって言っただけで、織斑君と寝るなんてこれっぽちもないわよ! それに同居だって彼が狙われているからするだけだし!」
「と、おっしゃっていますが、念のために今ここで孕ませる方が最適かと思い、断腸の思いで会長に男性がそそるような格好をしてもらったわけです」
………いくら何でもここではマズいのでは……?
重要な書類もあるし、そもそも僕はこういうことはするとしても卒業してからだし………あれ? 書類は?
「ああ。これから忙しくなりますからね。夏休み中にある程度の業務は片付けていただきました」
「………なるほど。……ところで虚さん、そろそろ楯無さんの拘束を解いてあげてくれませんか? 流石にそろそろ……寒くなる時期ですし……」
「………別にブラを奪って襲っても良いんですよ?」
「…………気のせいかしら? まるで市場に出されるみたいな状況ね」
「そ、そんなことはさせませんよ!!」
そんなことをするなら、僕が全力で阻止します。……っていうかそれはそれで冷静になれない可能性が高い。
だ、大体、別に楯無さんが嫌いだから手を出さないというわけじゃないし。本当は欲望に正直になって色々な事をしたいという思いはあるけど、そういうのはあくまで将来を誓い合った者同士がすることだし……。
とりあえず、楯無さんにはちゃんと服を着てもらって……。
「それで、どうして急に織斑君と寝るという話に? さっき襲撃がどうこう言っていましたけど……」
「………そうね。まず最初から―――織斑君に白式が支給されたことから始めましょうか?」
僕は思わず「ああ、それでか」ともらしてしまった。
「ん? 何か知っているの?」
「ええ? とある方がストレスを抱えているようで、会社の方で何かあったのかと思って……」
もしかして会社の方、だろうか? 学校の方はあまり聞いてないからわからないや。
「………北条カンパニーは……織斑君にコアを渡すのは拒否したみたい」
「だけど委員会からしてみれば篠ノ之博士と直接関係がある織斑一夏に何かあったら困るから、IS学園のコアと交換することにしたのね」
そうすればカンパニーの方がデータを渡さなければならないし、色々と損では?
顔に出ていてのか、楯無さんが僕に説明してくれた。
「全く損があるわけじゃないわ。むしろ、初期の設計図とかを提供するだけである程度の資金も提供されるって話だし。………問題は、篠ノ之博士の方ね。本来人がいない場所に戦闘跡があったのだけど、機械式のうさ耳カチューシャが発見されて、それが博士の物だと織斑先生に確認が取れたわ」
……そう言えば、臨海学校の時も頭に装着していたけど……。
つまりそれは、彼女に命の危険があったってことで良いだろうか?
「現在、世界は篠ノ之博士の保護を名目で動いているけど、実際は捕獲ね。弱っているところに付け込んで……っていうのはおそらく無理でしょうけど」
「…………そんなことをしたら、余計に被害が出そうな気がするんですが……」
少なくとも向こうは遠慮しない人間だ。それが本気になれば対抗策はほとんどないと言ってもいい。
「そうね。でも、今の状況じゃ言っても無駄よ。こっちからも一応は止めておくようには言ったけど、向こうは聞く耳を持たなかったわ」
………願わくば、こっちが巻き込まれないようにってことかな。
でもまぁ、それはそれで難しいかもしれないけれど………で、
「つまり、楯無さんが織斑君と同居するのは……」
「ぶっちゃけると、護衛です」
「そんなの姉にやらせれば良いじゃないですか!?」
わざわざそんなの、楯無さんにやらせる必要はないはずでしょ。
「まぁ、あの人にその余裕があればいいんだけど……中止予定だった学園祭の準備とか、見回り強化とか、後は教員たちのレベルアップとか……」
「…………織斑先生って意外と多忙なんですね」
てっきりうまくサボっているのかと思ったけど。
「意外でしょ? その分、道徳関係は欠落していると思うけど」
「………お嬢様がそれを言いますか?」
「あ、はい。すみません……」
つくづく、従者に弱い当主だ。
「………わかった。色々と気にいらないけど、それなら仕方ない」
……本当に色々と気に入らないけど。
いっそのこと、もうここで襲う? いや、それをしたら全員がそんな状態になるし……。
なんて、自分が不得意なことで色々と思考を巡らせていると―――僕は2人しかいない部屋で楯無さんに唇を奪われた。
「…………」
状況を整理しよう。
僕は後は簡単な話し合いで、上層部の都合で学園祭が復活することになったと聞いてキレそうになったけど、IS学園は基本的に閉鎖的なところなのでアピールできる回数がそんなにない。高校としてはいくら国が運営しているとはいえ資金が集まらないことが不都合となるから、たまには息抜きが必要なのかもしれない。……そもそもこの学校って緩いけどね。
「楯無さん、落ちついてください。急にどうしたんですか!?」
「? 婚約者だったらこれくらい普通でしょ?」
「……そうなんですか?」
そもそも、僕は簪さん以外の婚約者がいたわけじゃないからそういうのはわからない。ましてや、以前とは違って今の僕は身長があるから普通の男子と何ら変わらない。
「そう。だから、もっとキスしよ?」
そう言って楯無さんは僕に積極的にキスしてきた。そして僕をベッドに押し倒してパジャマのボタンを外していく。これは―――おそらく本気で交わるつもりだ。
でも今の僕には責任なんて取れないし、その行為で子どもができてもバックアップができるほどじゃない。
「ねぇ、智久君は私じゃ嫌かしら?」
「そういうわけじゃないですよ。でも―――」
「じゃあ、良いわよね」
そう言って彼女は僕の下半身に手を伸ばしてくる。今ここには僕と楯無さんしかいない。おそらく楯無さんがしばらく別の男の所に行くからその前に僕との子どもをってことなんだろう。
向こうも良くて、僕ももちろんできることならそうしたい。けど、それが今は無理なんだ。だから―――
今度は僕が楯無さんを押し倒して首筋を舐める。すると意外に弱い部分なのか、楯無さんの身体は反応した。庫の隙に、僕は彼女の腹部に手を這わせて印を描く。
「え? 何? 何かくるっ」
不安にさせないように、僕は彼女の口に舌を入れて絡ませる。すると彼女の身体に何かが接続され、腹部に描いた印が現れた。
「…………え?」
「これは轟家の秘術の一つです。これを使えばあなたを狙おうとする不届き者から一切の外傷を与えることはできません。もっとも、形的には僕のモノになるから僕を拒絶することはできませんが」
これが僕の精一杯だ。
立場的に楯無さんを孕ませるのは問題。でも、織斑君が野生に目覚めて楯無さんに襲い掛からない保証はない。もしそうなった時のためのものだ。……………まぁ、鈍感クソ野郎の織斑君が目覚めた瞬間に楯無さんからの連絡で僕がキュッとしてドカーンってするけど。
「………ありがとう。こういうのが欲しかったの」
「本当はもっとマシなのができれば良かったんですけどね」
古文書によれば、これは醜悪な当主が美人の結婚相手を信じられずに編み出した秘術と書かれていた。誰だこれを書いたの。
それから僕に待っていたのはキス地獄(ある意味天国)と、もう1つ厄介な問題だった。
あくまでキスだけです。だからセーフ。
ということで一夏に白式が戻されました。