僕は女が嫌いだ。ありもしない噂を平然と流したり受け入れたりしている。そしてなにより、男が自分の思い通りの事をしてくれると思い込んでいるからだ。
「ちょっといいかしら?」
幸い、篠ノ之さんはそう言った人種ではないことは確定だろう。どうしようもないほどの奥手で口下手で、色々な意味で発展途上(ただし胸は除く)なんだろう。
でも、あくまで彼女はレアケースだ。大体がオルコットさんみたいな感じなのだろう。……そう。1年生寮の廊下で僕に話しかけたと思われる2年生もそんな人間だ。
「布仏さん、呼んでるよ」
「……たぶん違うと思うんだよね~」
顔を逸らす布仏さん。彼女を擁護するように目の前の2年生は言った。
「彼女の言う通り、私はあなたに用があるのよ。時雨智久君」
「間に合ってます」
「そう言わずに。できればあなたの部屋で話がしたいんだけど」
「帰ってください」
「そう言わないで。それに、女の子を邪険にするとモテないわよ」
「自分のテリトリーに女を入れたくないんですよ」
「……彼女も女だと思うんだけど?」
「仕方なくですよ。彼女に迫られても襲う心配はないですから」
父性本能が働くから。
「じゃあ、私を入れないのはどうして?」
「どうせ部屋に入った瞬間衣類を乱して「襲われた!」とか叫んで回るんでしょ? そして既成事実を認知させて僕の悪評を勝手に流したりするんでしょ。弁解したって全然聞いてくれないし変態のレッテルは張られるし。いーですよねー女は無駄に保護されてるから好き放題できるし」
何故そうだと決めつけるか。簡単だ。彼女は出ているところが出ているし、さっきから本音が読み取れない。言い方を変えれば、篠ノ之さんはまだ単純だからそういう毛がないのが容易にわかる。
「私はそのつもりで来たわけじゃな―――」
「生憎、今の世の中はそんな言葉を容易に信じれるほど優しくありませんから」
そう言って僕はその人の横を通り過ぎようとすると、何故か腕を掴まれた。
「待って。別に私はあなたを取って食おうとか、罠に嵌めようってわけじゃない。ただ、話を―――」
「しつこいですよ」
腕を引き離そうとするが、彼女の握力が強いのか中々外れない。
「………結局、力を使うんですね」
「だって、こうでもしないと話を聞いてくれないでしょ?」
「……じゃあ、多少荒くても良いですよね」
―――パシュッ
女の人が僕の手を離して回避する。やっぱり逆持ちの精度は悪いか。でも、今の状況ならそれでもいい。後は―――全力で逃げるだけだ。
体力には自信がある。200mぐらいなら全力で走ったって息切れしない。
素早く鍵穴に鍵を差し込んでドアを開け、すぐに閉める。
「よし、これで入れま―――」
「ハーイ」
「ギャアアアアアッ!! 変態だぁあああああ!!」
思わず、僕は全力で叫んだ。だって、本来ならいない人がそこにいたら怖いでしょ?
「ちょ、ちょっと待って。私はあなたと話を―――」
「来るな! 寄るな! どうしてここにいるんだよ!? さっきまで外にいたのに!」
「ああ、さっきのは私のISの能力で―――」
瞬間、僕は職員室に向かって走り出した。
「先生、今すぐ、僕に、専用機を………」
「…あの、だ、大丈夫ですか? その、急に専用機って……」
「………部屋に、IS使いが……だから、広域破壊ができる専用機が欲しいんです」
職員室に駆け込んだ僕はすぐに山田先生の所に向かってこれまであったことを話す。
「時雨、職員室で騒ぐな」
「特にこんな女を潰すために広域破壊は外せません。大丈夫です。いざとなれば核ミサイルを搭載すればいいですから」
「……たぶん、織斑先生を「こんな女」って呼ぶのって後にも先にも時雨君だけですよ。……でも、どうしてIS操縦者が部屋にいるってわかったんですか?」
「それと核ミサイル搭載など洒落にならん。二度と口にするな」
織斑先生に真面目に返される。
「しかしどんな風の吹き回しだ? 専用機なんていらないと言っていた奴が」
「ISを装備した変態に部屋に入られたんです。それを潰すために必要です」
「…………変態だと? オルコットではないだろう? ならばほかに入る生徒なんて……」
何故か考え込む織斑先生。もしかして心当たりでもあるのだろうか?
「時雨、そいつはどんな奴だ?」
「リボンは2年生で、水色の髪をしていました」
「………ちょっと待ってろ」
織斑先生が席を外し、どこかに電話する。しばらくすると戻ってきて言った。
「やはり私の知っている奴だった。安心しろ。もう部屋にいない」
「じゃあ、もしいたらあなたの弟を殺しますね」
「………本気でそんな発言をするな」
「だって、相手はISを持ってるんですよ? そんな相手が部屋にいたら安眠できないじゃないですか」
「……いや、そうかもしれんが」
「じゃあ、帰ります」と言って訓練機貸出申請用紙を一枚もらっていく。部屋に戻ると、布仏さんからいなかったから僕はその日は安心して眠れた。
その日から、謎の変態先輩は出没し続けた。
僕は自分の貯金を切り崩し、エアガンを一丁購入。スリングショットでは少し限界があると思ったからだ。
「……疲れた」
「ねぇねぇ、大丈夫~?」
「だいじょばない。安眠が欲しい」
もう早朝ランニングはしていない。変な先輩が出没するからだ。
「絶対あの人怪しいし怖い人間だよ。そして絶対ストーカーだ」
「……………」
あの人が登場してからというもの、布仏さんは黙り込むことがしばしばある。でも今の僕は彼女を気にしている暇はなかった。
「大丈夫か、智久」
「情けないぞ、時雨。こんな授業程度でへばるなど」
「………僕、篠ノ之さんは巨乳だけど純情乙女で良かったと思ってる」
「……保健室に行った方が良いんじゃないか?」
今日は試合の日。その放課後になってこれから織斑君は第三アリーナに行く。
その前に僕を迎えに来たのだろう。これから僕は勉強するからもちろん出場はパスするつもりだ。
「大丈夫だよ、篠ノ之さん。癒しが欲しいだけだから」
「……癒しなら隣にいるだろう」
「織斑君じゃないよね?」
「そんなわけあるか!」
良かった。BLが好きならここで「そうだ」と答えそうだけど、幸い彼女はそう言う人物ではないらしい。
「なぁ、そろそろ俺のことも名前で呼んでくれても良いんだぞ?」
「織斑君、やはり君はもう少し萌え系からBL系まで幅広くオタク知識を仕入れるべきだと思うんだ」
「……なるほどな。確かに一夏はそういうことを知った方が良い」
「???」
何でこの子、疑問符を浮かべているんだろう。
いや、確かに萌え系はいらないだろうとは思うけどさ、せめてBLは仕入れておいてほしい。
「ともかく、智久も大丈夫なら行こうぜ。早く行かないと千冬姉が怖い」
「僕は部屋に帰るよ」
「え? 流石にそれはマズいだろ。千冬姉が知ったらとんでもない罰則が―――」
「そんなことはどうでもいいよ。それに、この後はテストがあるし」
「………テスト?」
「織斑先生、君が参考書を捨てたって言ってたじゃん。「一週間でどれだけ覚えたかテストをする」って」
確かそれは「一週間後」って言ってたから今日になるはずだ。もしかして彼は忘れていた……ようだね。さっきから顔が悲惨なことになっている。
「そうだ、忘れてた。どうしよう。俺、まともにISのことを勉強していない」
「……この一週間、何してたの?」
「……剣道」
…………………はい? 今、僕の聞き間違いじゃなければ「剣道」って言ってた気がするけど。
「もしかして、訓練機の申請とかしていないわけ?」
「………訓練機の、申請?」
ダメだこいつ!?
いや、ダメでしょ。何でこの人、疑問符を浮かべているの。
「……篠ノ之さん?」
「し、仕方なかったんだ。それに、ISでの戦闘は生身で戦うのと変わらないんだろう? だから、剣道で以前の勘を取り戻すためにだな……」
……なるほど。それも一理あったか。
「そういう時雨はどうなのだ? 放課後になるといつもいなくなっていたが」
「……変態に襲われてた」
「…はい?」
「何を言っているんだ、こいつ」と言わんばかりに見られている。
「変態に襲われていたんだよ。君たち2人がいなくなったぐらいに現れて、部屋にも平然と入ってきて、エアガン買って追っ払ってた」
まぁ、訓練機の申請したけど通らなかったとかは言わない方が良いよね。
「智久も大変だったんだな。でも、アリーナに行かないかどうかは話が別だと思うぞ」
「いや、行かないって。僕は茶番に付きあう気ないんだけど」
試合のことを話題に話題に出されて僕はげんなりしたけど、立ち上がって移動する。
「どこに行くんだよ」
「部屋に戻る。適当に理由を付けて言っといて」
廊下に出ようとすると、何かにぶつかった。一体なんだろうと顔を上げると、そこには黒いスーツを着た僕らの担任が……
「ほう。やはりサボるつもりだったか、時雨」
「な、何の用ですか、織斑先生。僕はあの変態女に追われているので心労が絶えないので辞退します」
「それは認められんと言ったが?」
「文句ならあの変態さんに言ってください」
ただでさえ勉強で疲れているのに、挙句にあの人の来襲ですり減らす。さらに試合に出ろって言うのか。
「つべこべ言わずに出ろ。出たら、あの女はどうにかしてやる」
「………それで僕が首を縦に振ると思っているんですか?」
「………振ってほしいとは思ったがな。仕方ない」
途端に織斑先生の姿が消える。僕はエアガンを出そうとしたところで意識が途切れた。
目を覚まして最初に見たのは、知らない天井だった。
「……ここはどこ?」
「第三アリーナのピットだ」
「あ、そうですか。じゃあ寮に戻ります」
僕はそう言って立ち上がると、織斑先生が満面な笑みで僕に言った。
「せっかくアリーナに来たんだ。だったらIS操縦を早く体験するのも良いと思うが?」
「相手が代表候補生の時点でただのリンチに早変わりすることは容易に想像できますよね!?」
ダメだこの人。色々な意味で頭がおかしい。
「なに、物は試しだ。ちょうどここに機体はあるんだ。戦ってみればいい」
「……そう簡単に上手くいくわけないでしょう」
「だが、抗おうとはしていただろう。律儀に訓練機を申請していたわけだしな」
すると、重苦しい音が鳴り響いてくる。音が鳴る方を見ると、日本製の第二世代型IS「打鉄」が姿を現した。
「……確か、「ラファール・リヴァイヴ」もありましたよね? どうしてそっちじゃないんですか?」
「……それがな、一週間では用意できなかった」
「……………はい?」
今、なんて言いました……この人。
「まぁ、元々この試合は突発的なことだ。できないものもある。それに申請していたのは「打鉄」だからちょうどいいだろう?」
「……そう言う問題じゃないと思いますけどね」
僕が「打鉄」を選んだのは、ただ初心者用のISとして評価が高かっただけなんだけど。
「……ところで、もう織斑君たちの戦いは終わったんですか?」
―――カシュッ
空気が抜けた音がすると、織斑君と篠ノ之さん、そして布仏さんが入ってきた。
「あ、起きたんだな智久」
「織斑君? 何でまだISスーツを?」
おなかが出ている半袖のISスーツを着ている織斑君。その疑問は弟ではなく姉が答えた。
「実は、まだ織斑の機体が来ていないんだ」
「じゃあ、彼が「打鉄」に乗って戦えばいいんじゃないですか? そもそも、彼と彼女が始めた喧嘩でしょ。だったら僕は抜きに戦えば―――」
「アリーナの使用時間が限られている。なのでお前を先に出す」
「………はぁ。一週間前からどうせこんなことになると思いましたよ。でも僕はISスーツを持ってませんが?」
入試の時は間に合っていないって理由でジャージでISを動かした。
「ISスーツならここにあるよ~」
「………お礼は言わないからね」
そう言いながら僕は布仏さんからISスーツをひったくる。近くにある更衣室で着替えれば良いだろうと思いながら更衣室を探していると、変態ストーカーが現れた。
「……こんな時にも既成事実を作りに来たんですか?」
「待って。私は一度もあなたとそういうことをしに来たことはないわよ?」
「どうですかね。ともかくそこを退いてくれませんか?」
「別にいいけど、私の協力は必要だと思うけど?」
「いりません」
即答で断る。どうせこれで僕から弱みを握るんだろう。
「ここは女子更衣室だから、男子は遠くで着替えなくちゃいけないと思うけど……それに、ISスーツの着方はわからないでしょう?」
「………そうですが、時間をかければ諦めて織斑君を出すでしょう? だったら好都合―――」
「だそうですが、織斑先生?」
僕は慌てて後ろを向くと、そこには誰もいなかった。おそらく驚かすためだろう。
色々と疲れていた僕はもう投げやりになりつつあった。
「良いですよ、もう。どうせ女がいようがいまいが僕には関係ないですから」
「もしいたら変態呼ばわりされるわ。最悪、追放もありえ―――」
「だったらなんですか?」
僕は無視して女子更衣室に入る。中は広々としているが、特に人はいない。
近くにあるベンチの前にISスーツを放ってすぐに上を脱ぐ。そういえば教科書には「裸になってから着る」ってあった。僕はすべて脱いでからISスーツを着た。
(確か、このタグのスイッチを押せば密着するんだっけ?)
全身をすっぽりと覆うタイプ……ただし、半袖のISスーツの二の腕辺りについているタグを押してスーツを肌に密着させる。
その腕に制服を羽織って外に出ると、ストーカーが待ち構えていた。
「意外に早かったのね。もしかしてISスーツの着方を知っていたかしら?」
「少しだけですが。何事も知ることは必要でしょう?」
再びさっきの場所に戻る。後ろを向くとさっきの人はいなくなっていた。………何なんだ、一体。
「戻って来たか。ということは出る気だな」
「ええ。さっさと茶番を終わらせるつもりですが」
僕は「打鉄」の所に移動すると、山田先生がコンソールで何か操作している。
「あ、時雨君。ちょうどいいところに来てくれました。実は「打鉄」に搭載する武器のことなんですが、時雨君は何を入れたいですか?」
「……武装ですか。シールドを3枚、ガトリングガンが2丁、ブーメランが1本に近接ブレードを2本。アサルトライフルが2丁、拳銃を2丁。後は弾丸をガトリングガン:アサルトライフル:拳銃で6:3:1になるように入れておいてください」
「え? シールドは「打鉄」に既に備わっていますよ?」
「別に欲しいんです。確かにシールドは備わっていますけど、「打鉄」のシールドは側面しか対応していないので」
「わかりました。じゃあ、入れておきますね」
僕が言った通りに操作する山田先生。僕は打鉄のコックピットに昇って座る。
「ほう。随分軽やかに動くな」
「崖に昇るより簡単なクライムですよ」
そう言うと重苦しい機械音が聞こえ、僕の体の部位に装甲が纏われる。
軽く手を動かし、ISを装備された状態の感覚を覚えようとする。次は足を動かしてカタパルトに接続した。腕は少し伸びた感じだが、足の場合は竹馬に乗っているようで慣れない。
「しぐしぐ、頑張って~」
「嫌だ」
そう答えて僕はただ発射装置の準備ができるのを待つ。モニターに出口の発射状態が表示され、CLEARと表示された瞬間、言った。
「時雨智久、打鉄、行きます!」
同時にスラスターから炎が出るイメージをして移動させる。どうやらISにとってはそれがアクセルらしく、勢いよく飛び出す。
(あれ? そう言えばどうやってホバリングすればいいの?)
そう思った僕だけど、ISは空気を読んでくれたのかその場に滞空してくれた。
「あら、あなたが最初なんですの? てっきり織斑さんが先に出てくるものと思いましたわ」
「こんなことは一週間前からなんとなく予想がついていたけどね」
どうやら僕は織斑君の噛ませ犬らしいよ。
盛大にため息を溢してから僕はオルコットさんに言った。
「だからさっさと茶番を終わらせよう」
「……茶番、ですって?」
いや、茶番でしょ。
代表候補生の相手に素人の男性IS操縦者。ましてや訓練機すら貸してくれずに1時間にも満たない状態で戦わせるとか、もはや茶番でしかないでしょ。
「あなた、わたくしとの戦いを馬鹿にしますの!?」
「………はい?」
何でそんな解釈してんの!?
わけがわからない。この状況、対戦相手の技量から考えて茶番でしかない。
「れ、冷静になろうよ、オルコットさん! どう考えてもこの戦いは茶番でしかな―――」
「もう怒りましたわ。正直、あなたはこの戦いは実質的に無関係なので手を抜いて差し上げようと思いましたが、どうやらその必要はありませんわね。遠慮なく散らせてあげますわ!」
「……もういいや」
僕はため息を吐いてシールドを展開して飛んできたレーザーを防いだ。