俺はいつかの日のように、夜の街を走っていた。ただし、今回は自転車で、である。
……俺、イッセーこと、兵藤一誠は悪魔になっていたようです。
俺があの黒い翼を生やした変質者に追いかけられたのは、それが原因だったらしい。なんでも悪魔特有の気配を察知したとか、どうたらこうたら。
あの黒い翼を生やしていたのはどうも堕天使とかいうらしい。他にも、天使とかいうのもいるとか。
で、なんで悪魔である俺が襲われたのか。悪魔と天使と堕天使は、過去に三つ巴の大戦争でお互いにお互いを削りあった。今ではそのようなことは起こっていないが、未だに敵対関係のようになっている。歴史でいえば、アメリカとソ連の冷戦のようなものだとか。
その中で、その三つの組織の一つから、抜け出すやつがたまにいるらしい。そいつははぐれと言って、見つけ次第好きに始末して良いのだと。俺の場合はそのはぐれと勘違いされたから、襲われた。
しかし、一つ腑に落ちないことがある。それは俺の彼女だった天野夕麻ちゃんのことだ。
俺が悪魔になっていたことがわかった時のことを思い出す。
「天野夕麻は堕天使よ」
西洋の中世貴族のような部屋。その部屋にいる紅髪の女性はそう仰った。
紅髪の女性の名前は、リアス・グレモリー。俺の通っている学園の最上級生で、二大お姉様の一角だ。成績優秀、容姿端麗の外国育ちのお嬢様。スタイルは凄く抜群で……なにより、胸が大きいんだよな!
と、それが俺がこれまで知っていたグレモリー先輩のこと。
実はグレモリー先輩は、オカルト研究部の部長で……悪魔だったのだ。
俺はそのグレモリー先輩によって助けられた。気絶して校門で倒れていた俺を、オカルト研究部の部室まで運んでくださったらしい。
「え? でもなんで堕天使が俺を殺そうとするんですか……?」
正直、夕麻ちゃんの話題には触れたくない。けど、触れないと俺が殺された原因がわからなくなる。それはとても気持ち悪いし……。なにより、キレイを以ってしても解決しなかったことには興味がある。
あいつ、本当に解決できなかったことは無いのだ。失敗はあるにせよ……まあ、なんらかの形で決着は着いていた。
「それは貴方の体に神器が宿っていたからよ。……兵士の駒を八つも消費するほどの、強大な神器がね」
……えっと、駒とかのあたりも気になるけど、まずは神器からだろう。説明が要るのは。
「聖書に出てくる神様は知っているよね?」
「え? ああ」
俺にいきなり話しかけてきたのは、金髪のイケメン。俺はコイツの話はよく耳にしている。有名なのだ。俺とは別の、アイツと同じ方向で有名な同学年。アイツと同じくらい嫌いだ。
コイツの名前は木場祐斗。この学園で女子から最も好かれている男子高校生。尊敬を集めているのはアイツ。
で、コイツも悪魔だったりする。
「やっぱり君はキレイの友人だね」
げぇ……。コイツ、アイツの知り合いかなにかか。すっごい笑顔を俺に向けてきた。
というかコイツ、今聞き捨てなら無いことを言ったな。
「誰がアイツの友人だ。アイツは腐れ縁の知人だ。それ以下はあったとしても、それ以上は無い!」
俺がそう言うと、そいつは更に笑顔になる。どこに笑顔になる要素があるというんだ!
「腐れ縁っていうことは、キレイとは長い付き合いなんだね。さっきも自己紹介したけど、僕の名前は木場祐斗だ。改めてよろしく」
「お、おぅよろしく……じゃねえ!」
あまりにもナチュラルに右手を出されたから握手しちまった! 畜生! 嫌な奴と握手しちまうなんて一生の恥だ!
「誰がお前とよろしくするか!」
「……イッセー、祐斗は貴方と同じ私の下僕悪魔なんだから、少しは仲良くしなさい」
「わかりました部長! ……木場、よろしく」
俺は今、オカルト研究部の部員だから、グレモリー先輩のことを部長と呼んでいる。
「うん、よろしく」
まったく嫌味の無い満面の笑みでコイツ……木場はそう言った。……、なんだか、すっげえ負けた気分。屈辱なはずなのに、屈辱と思えないほど負けた気分だった。
すっげえ謝りたかったけど、さすがにそこまで負けを認める気は無い。
「…………狭量です」
小さく静かなロリボイスが俺の心を抉った。というか砕いた。……へ、へん、こればっかりは譲れないんだよ! いくら馬鹿にされようとね!
声の主は銀髪の小柄な少女。無表情で静かに、机の上にある羊羹を食べていた。うむ、行儀良く食べていてよろしく可愛い。ただなぁ……なーんかあの羊羹の形、どっかで見たことあるんだよな。
名前は塔城小猫。通称小猫ちゃん。学園のマスコットキャラで、部長と同じくらい有名。ロリコンな元浜からよく聞かされた。
この子も部長の下僕悪魔。あ、下僕悪魔の説明はもうちょっと待って。駒と一緒に説明するから。
「あらあら。神器の説明はしなくてよろしいのかしら?」
微笑を絶やさない女性がそう言った。
名前は姫島朱乃。部長と同じ学年で二大お姉様。容姿端麗でお淑やかな大和撫子だ。……部長よりも胸が大きいんだよなー!
そして、オカルト研究部の副部長で、部長の下僕悪魔。
「そうですね。じゃあ、僕から説明させてもらうよ。この中で神器を持ってるのは僕だけだしね」
木場曰く、神器とは聖書の神がつくった人間の血を引く者に宿る才能や武器のことらしい。世界で活躍している人のほとんどが神器持ちだとか。ただ、それはほとんど力を持たない神器で、本人にその自覚は無い。
木場もその神器を持っている。ただそれは力を持った神器で、武器になるとか。名称は
そういった神器を持った人は大抵、幼い時に先述の三つの大きな勢力のうち一つにスカウトされて入っているとか。
「はー……、なんだかよくわからないけど、凄そうだな」
「凄そう、じゃなくて実際に凄いんだよ、兵藤君。その神器の中には、強大な力を持つ神すらも殺すことができるほど強いのがあるからね」
神を殺すほどの神器――
そのように強力な神器を宿した者は、組織に勧誘されるか……殺される。俺が堕天使の天野夕麻ちゃんに殺された理由はそれだったようだ。
「イッセーに宿っている神器は、神滅具でなくても、相当に強力なものだと思う。だからイッセーは堕天使に殺されたし……。なにより、私が貴方を悪魔として転生させる時、兵士の駒を全て消費したのよ」
悪魔には二種類ある。最初から悪魔として生まれたやつか、『
悪魔は過去に起こった大戦で、多くの悪魔を失った。結構な時がたった今でも、悪魔の数は少ないらしい。理由は悪魔に子供が出来にくいから。人間に比べて、かなりできにくいらしい。
しかしだからといって、そのまま何の対処もしなければ他の勢力に殺される……という事情で、開発したのが悪魔の駒。これは悪魔の力が込められた駒で、これを使えば対象者を使用者の下僕悪魔として転生させることができる。
その悪魔の駒は、チェスをモデルとしていて、どうも娯楽も兼ねているらしい。
使われる駒の種類と数量はチェスと同じ。
兵士の駒を1の価値とすると、騎士と僧侶は3、戦車は5、女王は9の価値がある。悪魔の駒は、転生させる対象の潜在能力や能力の傾向などによって使用できるのが限られている。その能力以下の価値の駒では、転生させることはできないようだ。
なお、駒には特性がある。騎士は速度、戦車は頑健さと怪力、僧侶は魔法力が強化される。女王はその全ての特性が強化される。兵士は何も強化されない……のだが、プロモーションというのがある。それは敵陣地に侵入した時、好きな駒となることができる。例えば、戦車になったのなら、戦車の特性である頑健さと怪力を得ることになるのだ。
部長の下僕悪魔は俺を含めて五人。木場は騎士一駒。小猫ちゃんは戦車一駒。朱乃さんは女王一駒。もう一人いるようだが、ある事情で紹介できないらしい。その人は僧侶一駒なんだと。……僧侶かぁ。多分、純真そうな魔法少女か、エロティックな美人魔女なんだろうなぁ……。なんたって僧侶だもん。
で、俺は兵士の駒八つで悪魔に転生した。ということは必然的に、俺の潜在能力が高いか、もしくは俺の神器が強力か、の二択になる。個人的には俺の潜在能力が高くあって欲しいが……、ここまでの流れの感触からして、神器が強力であるのだろう。
……最良なのは、両方なんだけどねー。
――さて、そろそろ俺がなぜこんな夜中に、自転車を漕いでいるのかを説明しよう。
簡潔に言えば、悪魔としての階級を上げるためだ。
まず、悪魔には階級がある。上級悪魔と、中級悪魔、そして下級悪魔だ。俺は下級悪魔に当たる。部長の下僕悪魔は全員まだ下級悪魔だ。
階級を上げるための手段はいくつかあるが、主な手段は契約を取る事。これに尽きるだろう。
その契約を取る方法は、まず悪魔を召喚するための魔方陣を人間に渡す。そしてその魔方陣を介して召喚してもらい、その人間の欲望を聞く。こちらはその欲望を叶える為の対価を示して、承諾してもらう。そして欲望をかなえれば、契約を取ったことになる。
俺はこれまで何度か召喚……されてい……る? ……のだろう。……本来の召喚の言葉の意味を考えれば。ただ、悪魔としての召喚は一度もしたことが無い。もっと簡潔に言えば、俺は召喚魔法で召喚したことがないのだ……。
先に言ったように、悪魔は魔方陣を介して召喚される。その魔方陣に人間がある一定以上の思いで願えば、こちらにそれが届く。そしたらこちらは魔方陣を目印として、転移魔法ですぐにそこに現れるのだ。これには召喚される人の魔力を使う。
ここまで言えばおわかりだろう。そう、俺には魔力がほとんどない。あるにはあるが、悪魔として最低クラスなんだと……。そのせいで召喚魔法は俺にだけ起動しない……。
だから俺は毎回召喚の合図が送られるたびに自転車で出勤だよ!! 毎回泣きそうになるよ! 今ではもうすっかり慣れたけど! どっちかっつーと開き直っただけだけど!!
……まあ、俺はそんな感じで悪魔として働いている。ただ、その労力に反して、契約は一向に取れていないのだ。気に入ってはもらっているんだけどね……。
……ふと、アイツのことが頭に浮かぶ。アイツとは俺の腐れ縁の知人、言峰綺礼。
もし、アイツが俺と同じ立場になったのなら、もうとっくにいくつもの契約を取っているだろう。巧みな話術を使って、相手を口車に乗せるんだろうな……。それも相手が数年経った後でも満足するような。
そんなキレイを想像して思った。――――アイツ、誰よりも悪魔っぽいんじゃね? と。
……そ、それはさておき、階級を上げる、もう一つの方法を言おう。
それは、レーティングゲームだ。
どのようなものかと簡潔にいえば、模擬戦争だ。前に
若手の育成にもつながり、娯楽としても楽しめるから冥界では盛んだそうだ。
悪魔の駒は爵位持ちの上級悪魔にのみ与えられる。ちなみに、王はその悪魔の駒の持ち主である上級悪魔だ。
そのレーティングゲームで大きな成績を挙げれば、爵位や地位を上げることができるのだとか。……まあ、俺はそんなことには興味は無い。俺が興味のあることといえば、ズバリ……。
ハーレムだ!
たくさんの異性を侍らすことができる世の男性全ての理想郷! ここ日本ではそんなこと到底できないが、冥界でならそういうことができるのだッ!
俺はそれを第一の目標としている。そのために日夜このような辛いお仕事を頑張っているのだ。
上級悪魔になって爵位持ちになってー……、そしてもらった悪魔の駒でたくさんの可愛い美少女を下僕悪魔にしてハーレム作って悪魔の長い寿命をたくさん使って一日中あんなことやこんなことを……えへっえへへへへへへ。
っとと危ない危ない。今はお仕事中お仕事中。邪念は振り払って……いやでも少しだけなら……。
そんなふうに考えていたら、俺の手元で電子音がなった。ああ、もう着いたのか。電子音の正体は依頼主の住所がわかるというこの機械。なんて便利なんだろうか。
自転車を適当に止める。
依頼主の住んでいる家は一軒家だ。……普通に入って行って大丈夫かな。他の家族とかに見つかったら大変なんだけどな……。
庭に入って、一つ気づく。……おかしい、扉が開け放たれていた。もしかして、強盗か空き巣か? ならさっさと入って取り押さえないとな。
俺は足音を忍ばせながら家に侵入する。緊張で心臓が締め付けられる。実際、俺は喧嘩とかそういうのはあまりしたことが無い。あったとしても、絶対に大きな怪我をさせないアイツとだけだ。堕天使のアレは除外。アレはただ単に逃げてただけだ。
「……神器」
俺は左手に赤い篭手を出現させる。
まずは薄ら明かりが点いているリビングからだ。
そろっと、後ろに警戒しながら部屋に入る。……誰もいない、か? ……いや。
――いた。
逆さ十字に貼り付けられた……、いや太い釘で打ち付けられた赤い人型。いや、人間の死体だ。血液や内臓をぶちまけられた死体だ。
吐しゃ物をぶちまけそうになるのを必死でこらえる。まだ血は乾いていない。濡れた血は未だ怪しく明かりを反射している。なら、ここに殺人犯がいるかもしれない……!
「誰だ!」
嘔吐感を吹き飛ばすように俺は叫ぶ。これで俺の存在が向こうにも伝わったはずだ。
耳を澄ます。悪魔である俺の聴力は人間より高い。誰かが逃げようとするのなら、その音が聞こえるはず――。
「俺様だよーん、と」
後ろから声がかかり、ゾクリ、と俺の背筋をなにかが舐め上げた。後ろに跳んで壁を背にする。そして、声の主を視界におさめた。
「あら? あらあらあら? 意外と冷静? さっき吐きそうになってたのに? んーんー不思議だ不思議だー、っと。で、おたくは悪魔さん? おぅおぅ? 悪魔君ではござーいませんかー」
俺と同じ年代の白髪の……不愉快な美少年だ。不快でもある。白い神父服を着ている。
「……これをやったのはお前か?」
俺がそう尋ねると、面白いように白い神父は乱れた早口で答えた。
曰く、この白い神父の名前はフリード・セルゼン。職業は神父であり、そして、悪魔と悪魔に魅入られた人間を見境無く殺して回る――エクソシスト。
言動からしてその狂気は量れた。ああ、コイツ、屑野郎だ、と。
アイツと喧嘩する時の様に、体を構える。所詮素人の構え、だが、俺には悪魔の力がある。人間よりもはるかに強靭なこの体があるし、その力を倍にする神器もある。
普通に考えれば充分に勝てる。
『教会関係者――エクソシストには気をつけなさい』
部長は俺にそう言った。ならば、それだけの実力があるんだと思う。いくら人間より強い力を持っていても、今の俺ではエクソシストには勝てないのだろうか……。
「おーおー、良いね良いねクソ悪魔。いっちょまえに闘争心むき出しぃー、ですかー? あ、もしかして餌殺されて怒っちゃってる? うわ、俺ってば罪な男。こんなクソ悪魔に熱視線を向けられるなんて! 嬉し過ぎて虫唾が走っちゃうわクソ虫野郎! だからよぉ――――」
フリードは懐から剣の柄と、拳銃を取り出す。そして、その剣の柄から光の刃が出現する。……あれはくらったらマズイ、か?
「――――――泣き叫べ」
それまでのおちゃらけた表情が消え、そしてそいつの姿も視界から消失する。
「あっ……づっ!」
その一瞬後、太股に熱が走った。
「――――!!」
歯を食いしばって、腕を低く横薙ぎに払う。どこにアイツがいるなんてわかりゃしねえ。けど、近くにいることは確かなんだ!
「んなてきとーな攻撃が当たるかよぉっ、クソ悪魔! んー? 見えてねえけどぉ適当に振り回して、それが一発でも入ったら、悪魔の怪力で人間風情はおじゃんになるとでも? ――んな現実甘えわけねえでごぜえますよ
動かした腕にも熱が走った。畜生! どこにいやがる!
「ひゃはははははははははははははははははははははは!!!!! 無様無様無様南無三! あ、宗教違った。どーぅよぅこの破魔刃と破魔弾は!? てめぇら下種どもの苦手な苦手な、苦ーぁい聖なる光のお味はよぉ! 体が内側から焼けてくだろ? 爛れてくだろ? 溶けてくるだろ?」
……悪魔にとって、光は毒。コイツの言葉通り、俺の体に光が回る。血流が光を運んでいるのか、血管が内から焼かれるように痛い……!
「おーぅおう。悲鳴の一つも無しですか。んんー、盛り上がりに欠けますなぁ……っと。どうしましょかねかねー、これ」
フリードは俺のわき腹を蹴って、床に転がした。反撃したいが、体が思うように動かない。
「ざぁっくりといぃっちゃって、弱めの破魔弾二発いれたくらいでこの様? 性のお相手に飽きられるでごぜえよ? ……ぉおっとぅ!? 双方出力最大じゃあぁーぁりませんっかっ! それじゃその様納得誰得俺無得ぅー、っと」
ジャキン、とフリードが俺に拳銃を構えて、立て続けに引き金を引いた。
そんな小さな音だけで、四肢に激痛が走る。
「……っ!」
「つまんね。……ほんとにどうしよっかねぇ。あっ、面白いこと思いつーいた」
気楽にそんなことをほざくと、俺の脚に光の刃を――――付き立てた。
「ぐぁああああああああああ――――――――――!!!」
「おおぅ、これ以上はすぐ死ぬ? 死にますよねー。……今死なれたらつまんねえし、これで勘弁しといてやりますよぉーっと」
熱い熱い熱い熱い! 体が内側から焼ける! さっきまでの比じゃない激痛だ!!
フリードは剣を俺に突き立てたまま、聞き覚えのある名前を叫んだ。
「アーシィアちゃーん、でっておいでー!」
……アー、シア?
■
制服姿の少年兵藤一誠と、金髪の修道女アーシア・アルジェントは、互いに見識がある。道に迷った異国の少女と、道を教えた地元の少年として。
二人が共有した時間はごく短いものだろうが、二人とも互いに相手のことを覚えていた。可愛い少女と、親切な少年として。
「…………、アー……シア……?」
「イッセー……さん? ふ、フリード神父これは――――!!」
アーシアはフリードに説明を求めようとした。――フリード・セルゼン。白髪の白い神父服姿の美少年。エクソシストの神父でもあり、この場面ではアーシアの上司に当たる。
アーシアは求めようとして……部屋の惨状に気がついた。
「いっ……!」
まず血まみれで床に伏せた一誠を捉え、次に壁に磔にされた凄惨な状態にある人間だったもの。無価値の象徴である逆さ十字の死体。
それらを見たアーシアの反応はごく普通なものだった。
「――――イヤアアアァァァァァァァァ!!」
「おやおや~? アーシアちゃーん? どうして悲鳴をあげてるの? ってあぁ、死体は見るの初めてか」
「ふ、フリード神父! 任務は召喚される悪魔の討伐だけじゃ……!!」
血の気の引いた、切羽詰った表情でアーシアはフリードに再度問いかける。フリードはアーシアの表情に気分良く口笛を吹いた。
「んん~? ああ、悪魔と悪魔の子供のことでぇすね」
ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべ、手に持った拳銃をクルクルと回す。
「知ってるかい? アーシアちゃん。悪魔と契約を交わそうとしたアホは、悪魔の言いなりの子分になっちまうんだぜ。俺はね、そこの悪魔の子分になっちまったあのカスに襲われて、やむなし殺しちまったんだ」
え? とアーシアの表情が揺らぐ。恐怖に彩られた表情で、一誠を見た。
「イッセー……さん、が……?」
「違う!」
一誠は叫んだ。
「俺はそんなこと絶対にしねえ! それはそいつの嘘だ!!」
「可愛い可愛いアーシアちゃんに、嫌われたくないからってそれはねえだろうよぉ、クソ悪魔。嘘はついたらダメよん♪ ……うぇ、自分でやっててきめえ」
激痛の走る体で叫ぶ一誠をよそに、フリードは芝居くさく口を手で覆う。そして、空いている方の手で拳銃を握りなおし、銃口を一誠へと向けた。
「んーっま、そこのやつは悪魔に魅入られた哀れな哀れな被害者というわけでぇ――――BadBye、クソ悪魔。再来世まで苦しみ続けて――……ってよぉ、アーシア・アルジェント、なにしてんのよ?」
フリードの銃口の先、一誠の前にアーシアは両手を広げて立っていた。
「私には……イッセーさんがそんなことをする人だとは思えません」
「ア゛ー……? …………ああ、もしかして面識あるの、君ら」
「はい。私が道に迷っていたところを、イッセーさんが案内してくださいました」
うーん……、とフリードは口を覆っていた手で、白い髪を弄る。
先程のまでの醜悪な笑みはなくなっていた。
「……ああ、あの教会の敷地内にまではいってきたアホな悪魔でしたか。で、クソ悪魔。どうして教会に近づいたー……、なんて、訊くわけねーだろ。大方、敵情視察って感じですよねよねー……っと」
代わりに、ため息をついてアーシアを横へと殴り飛ばした。
「アーシア!!」
「黙ってろ」
フリードは一誠の脚に突き刺してあった光の剣を引き抜いた。
「萎えっちゃいましたねーちゃんのくそやろうっ。アーシアたーん、コイツ、君の情けで生かしておいてあげる。だからさっさと結界解いちゃって帰っちゃいなー」
「……はい。ありがとうございます。……イッセーさん、それでは」
さようなら、とアーシアは殴られた箇所をさすりながら、ふらふらと部屋を出て行った。
悲痛に歪むアーシアの顔を見て、フリードはいやらしい笑みを再び浮かべた。
「クソ悪魔君よ、どー思う? あの馬鹿」
「……アーシアを馬鹿にすんじゃねえよ。てめえの方が、よっぽど馬鹿だ」
一誠がそう言うと、フリードはいかにも面白そうに下品に笑った。
「クソに言われたくはねえですわねぇ。っつかあの子、すっげえ滑稽だとか思わない? ですよねー。なんせ悪魔を癒すくらいですから。クハハハハッ!! 聖女聖女と呼ばれてたのに、んなことすっから手の平どころか天地ひっくり返されて魔女魔女呼ばわり! いやー無恥は怖いねえ、そうは思いませんでスカイ?」
一誠には、フリードの言っていることがまったく解らなかった。アーシアの身の上の話を語っているのだろうが、一誠はそれがどのようなことを指し示しているかが解らなかった。
ただ――――。
「……黙れ」
「んー? そこのゴキブリ。なにか喋りやがりましたか? 今の我様俺様僕様ってば気分が実によろしいので、告解を聞いてあげるでござんすよ」
「黙れっつてんだよ。この外道」
――――コイツが、アーシアを馬鹿にしたのが、とても腹立たしかった。
口調で解る。フリードが、アーシアを馬鹿にしていることくらいは。アーシアは凄く心優しい。悪魔である一誠を庇うくらいに。
だから、許せない。
あの子の尊い優しさが否定されることが。
ピクリ、とフリードの笑っていた肩の震えが止まる。
「……あンつった?」
ヴォン。
フリードは拳銃と光の剣を構え、それぞれの矛先を一誠に突きつけた。
「なーんっついましたっかてンだよ下等生物。俺様の聞き間違いでなけりゃ、『外道』って聞こえたンすけど」
「言ったさ。この外道野郎」
「へー」
フリードは一誠から背を向けて、部屋の出口のほうへと歩き出した。
そのまま帰るのか、と一誠は思いきや。
「もういいや。死ねよ」
白い神父服の上から羽織った、黒いコートの裾が翻る。光の剣は白い軌跡を描き、一直線に――一誠の首元へ振るわれた。
左手で首元を覆う。壁際から動けない一誠の、もっとも大きくささやかな抵抗だ。
フリードは無表情に、そのまま剣を一誠の首元へ――――。
「びっくりだね」
――――突き立てられ、無かった。
ギャリリリリリリリリリリリ――――――!!
耳朶から入る、脳髄に直接響く不快な金属音。光の剣は、白銀に輝く装飾剣によって軌道をそらされていた。
「転移してそうそう、戦闘なんて……ねっ!!」
装飾剣の持ち主は、光の剣をいなしながら、腰を落として足を踏み込み、フリードのみぞおちへと肘を叩き込んだ。
フリードの動きが一瞬止まる。装飾剣の持ち主は、そのまま蹴りを叩き込み、蹴飛ばした。
「遅くなってゴメン。兵藤君」
装飾剣の主は金髪の美少年。フリードとは違った、爽やかな少年だ。その少年は今、表情を怒りと少しの憎悪で歪めていた。
「木場……」
木場祐斗。神器、魔剣創造の所持者でリアス・グレモリーの駒の一つの
神父を憎む、生き残り。
「イッセー!? どうしたのその怪我!」
祐斗が出てきた赤い魔方陣から、さらに続々と出てくる。
黒い髪をポニーテールにした姫島朱乃。階級は
銀髪で小柄な体躯の塔城小猫。階級は戦車《ルーク》。
紅い長髪のリアス・グレモリー。一誠、祐斗、朱乃、小猫の主。階級は
リアスは壁際で倒れている一誠に駆け寄った。一誠の体を起こし、事の顛末を尋ねる。一誠はそれに答えていく。答えていくうちに、リアスの表情が強張っていった。
「……休みなさい。イッセー。後は私達に任せれば大丈夫よ。――みんな」
「わかっていますわ。部長」
リアスを主と仰ぐ三人は、何をするべきかわかっていた。
「私の下僕を、たくさん痛めつけてくれたようね。――エクソシスト」
「……」
フリードは、その声に応えるようにゆっくりと体を起こした。拳銃と光の剣を構え、しかし、視線は下に向いたままだ。
「――殺す」
ポツリ、と狂人は呟いた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――――!!!
ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! きょーぉぅうは大量大量大収穫ってか!? 悪魔の団体様のお出まし! 自殺志願者のお出ましおすまし?」
光の剣を前に突き出し、斜に構える。
「なーんて、普段の俺なら言うんだけどーよぉ――――お前、それ、中国拳法かぁ? パツキン悪魔」
「見よう見まねだけどね。君とは百八十度正反対の、人格者のそれを真似させてもらった」
ピクリ、とフリードの肩が動く。そして。
「ヒャハッヒャヒャヒャハハハハハハハハハハハ!! そ――――ぅかそうかよぉ。とーりどーりで代行者の影が見えたわけだ」
哄笑した。
「そ・こ・の、なぜだか俺が
「……部長、堕天使がここに」
「おぉう!? んな冷徹な視線浴びせられると、殺したくて色々とたっちまう、ぜ? そこの小学生の言う通り、僕ちゃん跳んだとき堕天使様ご一行にご一報――おおおう!! 物を投げちゃいけませんって、セクスィーなお姉さんから教えられなかったのかね? 小学生、ちゃん♪」
「……!」
「小猫ちゃん、抑えてくださいな。相手の挑発に乗っちゃダメですわよ」
「……解ってます……!」
「んーんー、なーんかどっかで感じたことのある、け・は・い。これは友情愛ですかなァ。いやいやそれとも、家族愛? まァ、どっちでもモーマンタイだけどねぇ」
フリードはぼんやりと、虚空を見る。
「……逃げなよ。ベイビー。ここで戦闘しても良いけど、なーんか興奮しねえから。見逃しちゃう」
「エクソシストのくせに? 職務怠慢ね」
「まぁーさかぁ。この状況じゃ、俺苦労するから。俺、殺すのは好きだけどぉ……、戦うの、嫌――ァい」
気怠げに、フリードはそう言い放ち、背中を向ける。
「足止めは依頼されてねー。のに、命の危険張ってまで戦いなんざ死ねー。だから帰れー。俺様、気絶したことにするから」
両手を挙げて、そのまま。
リアス達はフリードに警戒しながら、魔方陣をくぐっていった。