妄想が暴走し爆発した短編集   作:鈴北岳

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旧外道神父.10

 銀髪の小柄な少女――塔城小猫、剣を携えた金髪の少年――木場祐斗、先ほどまで情けなく腹をさすっていた茶髪の少年――兵藤一誠の三人は、捨てられた教会の扉をくぐった。

 

 月明かりしかない捨てられた教会。人間の眼ならば見通せぬこの闇も、悪魔の眼なれば見通せた。

 

 荒れ果てていた。天使や神を模った像や十字架の一部が見せしめのように破壊されている。一誠はそんな教会の中をグルリと見回し、人間であった頃に入った教会と見比べた。

 

 見比べた上で、呟いた。

 

「こうなる前は、結構豪奢そうだな」

 

「というと、兵藤君は何度か教会に入ったことがあるんだね」

 

 祐斗が一誠のその呟きに反応する。

 

「ああ、そうだな。キレイの家は教会そのものだったから、遊びに行った時に教会の中を覗いたことがあってな」

 

「それはまた珍しいね。どんなだった?」

 

「置物はほとんど無かったな。礼拝堂の前に大きな十字架があるだけだった」

 

「それはそうだ。アイツの親父さんは、そういうものに興味は無いんでねえ」

 

 二人の会話に新たな声が加わった。

 

 カツカツと、崩れた十字架の後ろから靴音をたてて一人の少年が現れる。白髪に白い神父服、その上から黒いコートを羽織った、どことなく狂気を滲ませる少年――フリード・セルゼン。

 

 フリードが現れた瞬間、三人は身構える。

 

「やァやァやァやァ、数日ぶりだねえ、キミタチ。一人、余計なちっこいのが混ざってるけど。まあ、来てくれて嬉しいよ」

 

「フリード……」

 

 一誠は神器である赤い篭手――龍の手(トウワイス・クリティカル)を出現させ、フリードを睨む。

 

「戦闘意欲はしっかりとあるようでなにより……と言いたいが、正直そこまで熱心に俺を求められてもキモいんすけどねえ……」

 

 ゆらり、とフリードの体が左右へ揺れる。

 

「さあ、ここで問題です。俺様は今、なにを考えているでしょーゥか。なになに正解は何って? んもう、しょうがないなあ、教えてあげますわよ」

 

 ゆらりゆらりと、フリードの体は左右に揺れながら、ゆっくりと三人へと近づいていき――。

 

「殺す」

 

 純然たる殺意と共に、銃弾のように駆け出した。風を斬る太い音より速く、光の軌跡は三人へと迫り来る。

 

「誰をかな?」

 

 それを祐斗が前に出て、弾いた。刀身は黒く染まり、怪しい輝きを放っている。

 

「悪いけど、誰も君に殺させない。そして、最初から全力で行かせてもらうよ。君は強そうだし――なにより、君みたいな狂獣と馴れ合う気は無い」

 

「――――――――――――ヒャハッ」

 

 後ろに跳躍したフリードの顔が狂喜に歪んだ。

 

「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! ああ! ああ! ああ! ああ!! それだそれだそれだそれで良いんだよ! その眼が殺気のこもった眼が! 視線が! ヒャハッ! その表情だ!」

 

 哄笑し、早口で何かをまくし立てるフリードの頭上から、小猫の放った大きな長いすが迫る。しかしフリードはそれに一切見向きせず、空いた手で受け止め、横に衝撃と共に流し落とした。

 

「せいぜい! その顔を保て! その殺気を保て! そしてその分――――」

 

 フリードはその先ほど横に落ちた長いすの脚をつかむ。

 

 

「死んで泣き叫びやがれ!」

 

 

 フリードは長いすを、大きな横投げのモーションから鋭く投擲した。大きな手裏剣のように投げられたそれは、野太い唸りをあげながら二人に迫る。

 

「プロモーション! 戦車(ルーク)! そして動きやがれ(セイクリッド)――――」

 

 祐斗はそこから既に離脱している。小猫は先ほどの長いすの投擲の際に横に移動している。つまり、投擲された長いすの直線状にいるのは一誠ただ一人。

 

「――――(ギア)ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 迫る長いすを一誠は真正面から殴り、フリードへと向かうために床を蹴った。一誠のその挙動に、床板が軋む。

 

 フリードの先ほどの跳躍よりは速度の劣る一誠の前進。しかし、その前進を阻むものなら――覚悟すべきだ。一誠の背後に舞う、木片のようになることを。

 

「くらいっ! やがれええええええええええ!」

 

 雄叫びを上げながら、一誠は大きく振りかぶった右拳を突き出す。先の長いすの投擲よりも低く唸る音。そこから、それをくらえばひとたまりも無いことがわかる。

 

(アメ)ェよ!」

 

 フリードは体を横に傾け、それを回避する。そしてさらに、流れるように光の剣が弧を描き、一誠の胴を断とうと迫る。

 

「君もね。言っただろう?」

 

 その光の刀身が、掻き消された。ゾッとするような静かな声と共に、漆黒の刃が踊る。

 

「誰も殺させないって」

 

 否、食らわれた。

 

 魔を払う、光の刃が、刀身が。

 

 魔よりも暗い、闇に食われた。

 

光喰剣(ホーリー・イレイザー)。光を食らう、闇の魔剣さ」

 

 二人の間に漆黒の刀身を梳きいれた、寒気がするほどに恐ろしく静かな表情の騎士(ナイト)――祐斗。

 

 フリードの手元には、光を失い刃を失った柄だけが残る。

 

「チッ」

 

 舌打一つ。膝蹴りの挙動に入っている一誠の足元を払い転がし、祐斗の眼前に白い拳銃をつきつけ引き金を引く。しかし、引き金を引いた後にはそこに祐斗の姿は無い。

 

 フリードの周囲が僅かに陰る。フリードは横に転がり、上空からの長いすの雨を避けた。

 

 転がりながら引き金を数度。床に転んだ一誠も含むよう、祐斗へと銃弾を撃つが、それはことごとく祐斗の漆黒の剣と、その技量によって食われた。

 

 距離の開いた二名と一名。

 

 小休止。

 

 フリードはカチカチと、光を食われた剣の柄を弄っている。

 

「んー。嬉しいねェ。ここまで歯ごたえのある獲物は久しぶりだ」

 

「以前、戦うのは嫌いとか言ってなかったかな?」

 

「あれ訂正。死ぬのが嫌いなんですよーねー。ほらほらさっさァ、死んじまったら殺せねえじゃんよ? ヒャハハハ、地獄にゃ殺してもオッケーなやつらばっかだけど、俺様、ネクロフィリアンではございませんすからね。健全そのものな、サディストでござんす。弱者の四肢を切り飛ばし、存分に泣かせた上でぬっ殺す。強者のプライドをへしにへし折って弱者の以下同文」

 

 ニヤニヤと気持ち悪い醜悪な笑みを浮かべるフリード。

 

「しかし、そこの金髪剣士、アンタってばサイコー。チョーベリーベリーナイス。どっかで見た空想殺人鬼の言葉を借りれば超COOLってよ。ヒャハハハハハァ――ァ。そして時にそこの怪力二人組み。俺様の視界から消えろ。うっとうしいんだよ、雑魚のくせにうろちょろしやがって」

 

 一誠と小猫はフリードの侮蔑に何の反応も示さず、ただ油断無くフリードを見据えている。フリードが狂人であることは三人共通の見解だ。この会話の中、唐突に攻撃してくるかもしれない。

 

「そんな君達には一つ、絶対にこの場から消えるような情報を掲示いたします」

 

 フリードは三人から背を向け、教会の奥へと歩いていく。

 

「攻撃すんなよ。攻撃しちゃったら、儀式の場所がわからなくなるぜ」

 

 牽制のつもりか、フリードはそんなことを言った。

 

 フリードはそのまま歩いていき、壊れた十字架の置かれた台座の前に立ち、それを蹴飛ばした。台座の下から現れたのは、石造りの階段。

 

「この先を下れば、捕らわれの罪人のいる処刑場へと出ます。ここを通っても良いのは、二人。金髪以外は通ってもよろしいですよっと」

 

 フリードは相変わらず、ニヤニヤと笑っている。理由は簡単。相手の苦しむ顔が見ることができるから。実際、二人は苦い表情をしている。祐斗と小猫だ。

 

「……小猫ちゃん? どうして行かないんだ?」

 

 約一名、その理由が見えていない。

 

「兵藤君。フリードのこの提案は実は罠でしかないんだよ」

 

「……なんでだ?」

 

「……戦力の差です。この地下から、多数の気配があります」

 

「それがどうし……あっ」

 

 仮に、一誠と小猫がフリードの言葉通り、地下へ向かったとしよう。

 

 そうすればここにフリードと祐斗が残り、二人は戦うこととなる。そして、地下へ向かった二人は、複数名のエクソシストと堕天使を相手取りながらアーシアを救出しなければならない。

 

 三人でも命がけなのに、ましてや二人だけでは不可能だ。それを理解した一誠の顔の表情が苦くなる。

 

「とすると、自然とこのエクソシストを、三人で無傷で倒さなければならないっていうことだよ」

 

 祐斗は珍しく、苦々しく吐き捨てるような口調で言った。

 

「んーふふふふー♪ 良い具合に看破されちゃった! フリードちゃんどうしよう! 助けてふりえも~ん! ……ゴメン、やっぱこのキャラも無理。んーえー、ゴホン」

 

 いかにも楽しそうに一人三文芝居を繰り広げ始めるフリード。

 

「まァ、そういうこった。ああそれと、儀式が終わり次第、見目麗しき罪人は死ぬぜ。ヒャハッ、さらにさらにィ、ついでにフリード君からのBaaaaaad Neeeeews! ここから下には、ネクロフィリアンが数名おりますよォ――っとぉ……。ここまで言や、わかるよなベイベー? さて――――――」

 

 フリードはコートの内側に、使い物にならなくなってしまった柄をしまい、もう一丁の拳銃を取り出した。

 

「中学二年生なら誰でも憧れる二丁拳銃STYLE。僕様、一度はこういうことをマジでやってみたかったんだよねえ。――――――――それじゃ、第二ラウンドを始めろぃっ」

 

 タイムリミットを過ぎればどのようなことが起こるのかがわかってしまった三人。対して、その三人の反応をなぶるように楽しむ一人。

 

 こうして、長期戦をのぞむことのできない、戦いの第二幕が斬って落とされた。

 

 

 

 

 綺礼とは異なる場所。

 

 金髪を二房にわけ、白と黒を基調としフリルがふんだんにあしらわれた可愛らしいドレスを着た少女。彼女は一本の大きな木の枝に腰掛けている。

 

 この少女の名前はミッテルト。堕天使レイナーレの部下の一人であり、彼女を姉と慕う堕天使。

 

 ミッテルトはつまらなそうに、欠伸を漏らした。というか、事実暇だ。儀式が始まる前からここで見張りをしているが、いっこうに異常は見当たらないし、敵も見つからない。

 

 暇つぶしに先ほど、代行者に念話をつなげてみたものの、誰かと通話中であったために会話をすることはできなかった。

 

 そんな彼女の前に、紅色の魔方陣が現れ、二人の女性が現れる。

 

「これはこれは……」

 

 紅色の長い髪の女性――リアス・グレモリーと、長い黒髪の女性――姫島朱乃。

 

「グレモリーの次期頭首さんとその女王(クイーン)さんではありませんか。私は堕天使のミッテルトと申します」

 

「ご丁寧にどうも――と、以前なら話をするつもりだけど……」

 

 リアスは自分の手に紅い魔力を収縮させる。

 

「ここは色々と不安要素が多いから――さっさと消し飛ばさせてもらうわ」

 

「あらあら。災難ですわね、ミッテルトさん。ここ最近部長はなぜかピリピリしてますので、さっき仰ったことは本気ですわよ」

 

「……朱乃。それの原因に貴女が加わっていることは理解してる?」

 

「あら、そうでしたの? でしたら私に仰ってくだされば、その原因とならぬようしますのに。水臭いですわよ、部長」

 

「言ったわよ! いい加減言峰綺礼からの洗脳から眼を覚ましてちょうだい!!」

 

「……部長。未だに本気でそれ仰ってますの?」

 

 朱乃は半ば本気で呆れたようにリアスに言った。朱乃は最初はともかく、ここ最近まで言われていたのは半ば冗談だと思っていたのだ。

 

 ここ数日、リアスが綺礼のことを調べていたことを朱乃は知っている。それだけ時間をかけて調べたのなら彼は白だと渋々とでも納得している、彼女はそう思っていた。

 

「彼は白ですわよ、部長。エクソシスト特有の気配が無かったじゃないですか」

 

「それはアイツはなにか道具を使って気配を消してるのよ。駒王学園に魔王の親族が二人いるのは向こうも知ってるわ。そこに潜入するために、私達が知らない道具を使ってるのよ」

 

「そんな道具、教会は作って無いわよ」

 

 リアスの言葉に、ミッテルトがそう言った。

 

「……どうしてかしら? そんな道具があれば不意打ちがしやすくなるでしょう」

 

「教会はそんなことを思っても、決してそれを実行したりしない。なにせ、悪魔から隠れるってゆーことは、教会にとって敗北宣言そのものなんだから」

 

「なら、貴女達のようにここに隠れることはどうなるのかしら?」

 

 嘲るようなリアスの問い。それにミッテルトはどこか得意げに胸を張って言った。

 

「それに気づかない悪魔は愚鈍極まりない存在なのだ」

 

「詭弁ね」

 

「もちろん詭弁よ。とゆーか、そうでもしないと士気が上がりにくいじゃん。ただでさえ、人間のエクソシストは脆弱なのに、そこで士気が高くなかったら無理」

 

 とまーお喋りはここまでにして、とミッテルトは二人の背後に魔方陣を出現させた。

 

 そこから現れたのは二人の堕天使。

 

「再び見えようとな」

 

 黒いロングコートを着込んだ大柄な男性――ドーナシークと、

 

「二人だけね」

 

 胸元を大きく開けたミニスカートの女性――カラワーナ。

 

 そんな堕天使二人の出現に、リアスは不敵に笑った。

 

「これはご苦労ね。わざわざそちらから出てきてくれるなんて。探す手間が省けたわ」

 

「大きくでたわね、リアス・グレモリー。三対二……いえ、もう少し時間が経てば五対二になるというのに」

 

「そう。――朱乃」

 

「了解しましたわ」

 

 リアスは朱乃を一瞥し、紅色の魔力を全身に纏う。猛々しく禍々しく、荒れ狂う竜巻のような。全身に纏った紅色の魔力は傍目から見ても、凄まじいものだと否が応にも理解せざるを得ない。

 

 それに気づいた堕天使三人は一斉に黒い翼を広げ、二人だけは上空へとリアスから距離を――――取ろうとした。

 

 堕天使二人の背後の草むら。

 

 その背後から一人の黒衣が飛び出し、カラワーナの心臓を背後から三本の剣で突き刺した。鮮血がカラワーナの口からこぼれ、そのころにはすでに、カラワーナの首は宙を舞っていた。

 

 もはや息の途絶えたカラワーナに、紅色の暴風が放たれる。それはカラワーナの体のあった場所を一瞬で通り過ぎ、塵一つ残さずこの世からかき消した。

 

 朱乃が叫ぶ。

 

「雷よ!」

 

 リアスと朱乃の周りを落雷が護る。

 

 その落雷の音にあわせるよう、ミッテルトの胸がなにかに撃ち抜かれる。バン、と堕天使一人を殺したにしては気の抜けた音。

 

「カラワーナ!? ミッテルト!」

 

 一人残ったドーナシークはあまりの急展開に頭が追いつかない。しかし、背後から聞こえた小さな音を聞き逃すことは無い。

 

「ハアッ!」

 

 裂帛の気合と共に光の槍を形成、そして後ろを薙ぎ払う。しかしてそれは何の手応えも無く、空を斬る。ドーナシークは視線を下に下ろし、襲撃者を視認する。

 

「裏切ったな代行者!」

 

 光の槍を屈んで避けた襲撃者の顔を見るなりそう叫び、自身の周りに光の槍を――。

 

 バンッ、とドーナシークの頭が弾け飛ぶ。形成されようとしていた光の槍は霧散した。そのドーナシークの死体を、一拍遅れて紅色の魔力の奔流が飲み込み、消滅させられる。

 

 リアスは舌打ちを一つ漏らし、周囲への警戒を強める。

 

「……部長」

 

「わかってるわ、朱乃」

 

 見えない襲撃者。ドーナシークと呼ばれた堕天使は、その襲撃者を代行者と呼んだ。そんな名称の存在をリアスは知らない。

 

 ともすればリアスの『紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)』、朱乃の『雷の巫女』といったような異名かもしれない。しかしだ。

 

 堕天使を不意打ちとはいえあっさり撃破する能力の持ち主であるならば、自然と耳に入るはずだ。それが異名ならばなおさら。異名とは、強さをあらわすステータスの一種。異名とは自分の力を広く知らしめるためにあって、けっしてその逆のための異名はありえない。

 

 ならば。

 

「……教会の特殊部隊かしら?」

 

「しかしそのような部隊の噂は耳にしたことはありませんわね」

 

 魔王の妹という立場上、リアスには多くの情報が入ってきている。この土地周辺に現れるようなものであればなおさらだ。

 

「……そういえば、あの白いエクソシストさんが仰ってましたわね? 代行者の影とかどうとか」

 

「たしか中国拳法……だったかしら?」

 

「私はそのように記憶しておりますわ」

 

 となれば、その代行者とやらは中国拳法を扱うというもの。

 

「……だめですわね。中国拳法と教会だけでしたら、綺礼さんしか思い浮かびませんわ」

 

「多分、それであってると思うわよ」

 

「……むぅ」

 

 朱乃は悩むように顔をしかめる。不満そうな表情だ。それを見たリアスはここぞとばかりに、不敵に笑って言った。

 

「だからいい加減、言峰綺礼の洗脳から目覚めなさい」

 

「部長、私は洗脳されてませんわ」

 

 朱乃はどこか拗ねたように応える。

 

「それより部長。早くあの子達のもとへ行った方がよろしいのでは?」

 

「わかってるわよ、そんなこと。あの代行者が敵か味方かわからないし」

 

 それに、と周囲を見回す。

 

「あのスナイパーからいつ撃ち殺されるかわからないから」

 

 慎重に周囲を警戒しながら、リアスは転移魔法を発動させた。

 

 

 

 

 三対一。一に圧倒的に不利な戦況において、未だ、戦闘は続けられる。

 

 その一がとった戦術は酷く卑劣なものだ。三に目的の少女がいる場所、ここから先にいる敵が多いこと、時間を無駄に浪費してしまえば惨劇になるという三つのことを伝えた。

 

 その行動により、相手は自然と焦る。ここで、なんの情報も与えられなかったら、こうして焦ることは無かっただろう。

 

 一はその上で、自分の保身を考えた立ち回り――二丁の拳銃を使い、相手を牽制しながら動き回るというものを行う。

 

 肉体的ダメージを与えることはできずとも、精神的ダメージを与えることはできている。

 

 一――白髪に白い神父服の少年エクソシスト、フリード・セルゼンは狂ったような哄笑を上げなら、三を精神的に追い詰めていく。

 

「こんのっ! くそ! こっちに来い――ってんだ!」

 

 三の内の一人、黒い制服の茶髪の少年――兵藤一誠はフリードとの距離を詰めることができず、フリードから一方的に放たれる光の銃弾を弾きながらそう叫んだ。

 

「ヒャハッ! だぁれが悪魔如きに近づくと思ってんだよ! 魔とは悪! 悪とは魔! 双方備えた最低最悪の存在に近づく時は、てめえらの最期だってんだよ! ヒャハハハハハハハハ!」

 

「……その悪魔は、君のすぐ近くに度々来てるんだけどね」

 

「自分よりも速いてめえから度々離れてるだけでも王様だ!」

 

 唯一、偶然ではなく純然たる速度でフリードに追いつくことのできる金髪の少年――木場祐斗は、光の銃弾をその手に持った漆黒の剣で食らっている。

 

「しっかし――まさかここまで苦戦するとはね! 君みたいなイカレたやつに!」

 

 祐斗は珍しく口汚く罵った。

 

 ようやくフリードを射程圏内に捉え、剣を振るうも、それはフリードの手にある拳銃の銃身によって防がれ、もしくは皮一枚で避けられる。

 

 フリードの着ていた黒いコートはもうすでに衣服として機能しないほどに切り刻まれている。しかし、フリード自身に傷は無い。

 

「それほどでもあるぜ。なんせ私、一度も死んだことが無いのが美点ですもの! ……ゴメン、やっぱこれ無理。っつか俺、ポキャブラリー少な過ぎだろ」

 

「それは当たり前だ、よっ!!」

 

 死んだらここでこうして時間稼ぎをされていない。

 

 横合いから長いすが、銀髪の少女――塔城小猫に投げ飛ばされ、フリードの退路を狭めた。跳躍しようとフリードが脚に力を込めたその瞬間、祐斗が全速力で床を駆ける。

 

 無論、それに気づかないフリードではない。二丁の拳銃を前に突き出し、急所と脚めがけ光の銃弾を叩き込む。

 

「――――――魔剣創造(ソード・バース)

 

「希少種かよ!!」

 

 その光の銃弾を阻むように、漆黒の剣が祐斗の足元から数十本も伸び、光の銃弾を食らった。祐斗はそれを足場に、跳躍する。

 

 フリードの退路は上方にしかなかった。左右と後ろは長いすと壁に阻まれ、前は祐斗に阻まれていた。しかし、今では上も阻まれた。もう退路は無い。

 

 得物は拳銃、向こうは剣。どちらが接近戦に優れているのかは議論をするまでも無い。

 

「しゃらくせ――――――えりゃ?」

 

 カチリ、と、引き金の音がするも、光はでなかった。

 

「畜生! 弾切れかよっつかこれ弾じゃなくて光だから光切れなんだけどっつうか――――――しゃらくせえ!」

 

 何も上手いこと思い浮かばねえ! フリードはそう叫び、拳銃を交差させる。そして、祐斗の剣を受け止めた。鋼と鋼の打ち合う音が響き――フリードの拳銃はすぐに断ち切られる。

 

 神器で生み出された魔剣は、伝承の魔剣よりも数段劣る。しかし、それは伝承となるほどに強力無比な魔剣であるからであって、決して、弱い剣だということではない。

 

 故に――エクソシストに支給される量産型の拳銃を、断ち切ることができないわけがない。

 

「やべえっ! 畜生! 悪魔にだけは殺されたくねえってのによォ!」

 

 それを体を捻って回避するフリード。その頃にはすでに、祐斗の体は次の斬撃へのモーションに入っている。

 

「終わりだよ」

 

「残念――――」

 

 胴体を上下に断つ、横薙ぎの斬撃が振るわれ――――なかった。

 

「――無念また来年っと!」

 

 フリードは体を捻る際、袖口から取り出した一つ小さな白い球を祐斗に投げつけていた。その白い球は祐斗に当たると壊れ、強い光を一瞬だけ放っていた。

 

 これはもともと、逃走用の閃光弾の一種だ。エクソシストとて、逃げなければならない場面もある。これを使って、敵の目をごく一瞬だけ眩ませて、その隙に逃走する。それがこの白い球の本来の使い道。

 

 故に、攻撃性は無いに等しい。しかしだ、それは腐ってもエクソシストの道具。その放つ光に、少しだけ、破魔の力があってもおかしくはない。

 

 球の当たった箇所である剣を振るう手は、針で刺されたような痛みを生み出され、同時、その閃光に眼が眩む。剣士である祐斗は剣を振るう時、絶対に眼を閉じることは無い。その間に瞬き一つすれば、その時点で殺されるということが有り得るからだ。

 

 だから、まともにくらった。くらってしまった。祐斗の手と眼は、光に刺され痛みを与えられた。敵は何もできないという、絶対的勝機においてできてしまったこの油断。故に、祐斗の剣はわずかに鈍る。

 

 そのわずかな時間で、フリードは振るわれる剣より姿勢を低くし、脚に力を込めていた。祐斗が気づいた時にはもう遅い。フリードは地を蹴り、祐斗に体当たりをくらわせる。

 

 そして前に跳躍してその場から逃れる。

 

 が、まだフリードの危機は終わらない。

 

 銀髪の小柄な少女――塔城小猫が前に立ちふさがっている。

 

「ッ!」

 

 フリードと小猫、両者の体格を見て、どちらが有利かと問われれば必ずフリードの方が有利と答えるに違いない。

 

 しかし、小猫は悪魔。さらに駒は戦車(ルーク)。戦車は頑強な防御力と、圧倒的な膂力を誇っている。加え、小猫は素手の格闘技を扱う。

 

 こと接近戦において小猫ほどフリードにとって相性の悪い敵はいない。まず、生半可な攻撃は通らない。その上、相手の攻撃を一発でも受ければ確実に骨の一本はもっていかれる。腕でガードすれば、その腕は確実に折れるだろう。それに素手の格闘技の技術の熟練度が違う。

 

 フリードのそれは完全な我流だ。基本的な型こそあれ、それはなんでもありの戦場で培ったもの。こうして一対一、それも道具無しでの戦闘に持ち込まれれば完全に詰みだ。

 

 横に視線を向ける。誰もいない。フリードは横に跳躍するが、それに小猫がついていく。

 

 さっきのような光の球の使い方は、一度の戦闘において基本一度しか通用しない。それ以外では瞼を閉じられるなどして、防がれる。

 

 フリードにもう拳銃は残っていない。残っているのは使用可能な二本の柄。祐斗はしばらく動けない。ならば、本来の戦闘スタイルに戻っても問題は無い。

 

 小猫の低く鋭い蹴りを後ろに跳んで避け、懐から柄を二本取り出す。ヴォン、と具現化した光の刃。

 

 フリードは着地すると同時に、小猫に突進した。

 

 右から左へ払うように、右の光刃が鋭く水平に放たれる。小猫はそれを屈んで避け――そして斜め前の左に跳んだ。先ほど屈んだ小猫がいた場所を、左の光刃が下から上へと通過した。

 

 フリードが舌打一つ。そして踏み込んだ左足を軸に体を回し、真横から放たれた骨を砕く左フックを紙一重で避け、斬り上げた左の光刃を振り下ろし、同時、回避するであろう箇所へ右の光刃が一直線に放つ。

 

 しかしそれらは、小猫の皮膚と衣服を撫で斬るだけに終わる。

 

 右の拳が小猫の左足を軸に、鋭く、大きな弧を描く。軸である左足は、教会の板に螺旋状に火花を散らした。

 

「うおおっ!?」

 

 後ろに跳躍。そのフリードは焦げ臭い煙の臭いと、唸る低い音を感じた。一瞬、背筋が凍る。あれをくらえば、いかに頑丈なものでもぶち壊されるに違いない。

 

 まして、このように軟い人間の体ならば爆散する。くらったわき腹を中心に、爆散する。

 

「……今です。兵藤先輩」

 

 あ? とフリードは耳を疑い、そして耳を澄ます。上から何かが落ちてくる音。ああ、とフリードは思う。チビの言う兵藤先輩とやらが長いすを投げてきたのか、それとも上から奇襲してきたか。

 

 上を向く。あるのは半分になってしまった長いす。フリードの撃った光の弾で二つに分けられたのか、と。

 

 位置は把握した。この位置ならば、フリードには当たらない。周りを見る。兵藤とやら今頃突っ込んできてるだろう。

 

 

 ――――――いない。

 

 

 二人、二人しかいない。この場に、二人しか。金髪と銀髪。もう一人、茶髪はどこだ。あの、赤い篭手の茶髪の悪魔はどこへいった。

 

 フリードの横に、長いすが落下した。

 

 ――フェイクか? だが、銀髪のチビは動いてねェ。金髪の野郎もだ。こっちに突っ込んでくる動きは無い。なら、茶髪が動くはずだ。なのに、なんでそいつは――

 

「ぅぉぉぉぉぉぉぉ――――――――!」

 

 

 ――――――雄叫びをあげてやがる。

 

 

 フリードの視界に、鮮烈な赤が映りこんだ。

 

「――――――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 次の瞬間に、赤い篭手をはめた拳がフリードの頬をとらえる。

 

 赤い篭手、茶髪の少年。長いすの残骸の上に立つ兵藤一誠。木片を砕き、上から下へ、重いものを振り下ろすかのよう――ではなく、実際に拳を振り下ろしている。

 

 その拳はフリードの上体を上から下へと折り曲げた。

 

「くっ――――らえええええええええええ!!!!」

 

 一誠は下から上へ、右の拳を振り上げる。狙いは顎、しかしフリードの顔は一誠に近過ぎた。故に、顎には当たらず――腹にぶちあたる。

 

「――っ!」

 

 声にならぬ苦悶の息が吐き出され、フリードの体は放物線を描き、床に叩きつけられる。フリードは動かない。……いや、動けない。

 

 ここに、フリードとの勝敗は決した。

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