妄想が暴走し爆発した短編集   作:鈴北岳

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旧外道神父.11

「……なーんか、すっきりした感じがしねえ」

 

 赤い篭手、茶髪の学生服の少年――兵藤一誠は疲れた様子でその場にへたり込んだ。

 

 白い神父服を着た白髪の少年――フリード・セルゼンを殴り飛ばしたは良いが、それまでに散々痛めつけられたストレスの解消までにはいかなかった。

 

「……にしても、よくアレを殴れたね」

 

 装飾剣を携えた金髪の少年――木場祐斗が、銀髪の小柄な少女――塔城小猫に支えられながら、一誠のもとへと向かっている。

 

 一誠は声をかけた祐斗を振り返って、心配になると同時に後悔。

 

 ――やはりイケメンは滅べ。

 

 そんな怨嗟の声を内心で呟いた。

 

 内装がぼろぼろの、月明かりに照らされた捨てられた教会。そこで小学生のようなとはいえ可愛らしい少女に支えられた、盲目の美少年剣士。どこの王道映画のワンシーンだ。事実は若干違うが、この場面だけをとってみれば、そう取る人が多数だろう。

 

 ともかく、絵になり過ぎているのだ。やはりイケメンはどうなってもイケメン、そんな嫌な事実を再確認させられた一誠。南無。しかし、イケメンでもさすがに変顔をすれば、イケメンではなくなるということを一誠は知っているのだろうか。まあ知るまい。一誠だから。

 

「……投げた長いすにくっついてたんです」

 

 一誠は自分の投げた長いすに飛びつかまり、そのままフリードの横へと気づかれること無く移動したのだ。

 

「ああ、なるほど」

 

 悪魔三人に対し、大立ち回りしたフリードとはいえやはり人。

 

 精神的、肉体的な疲労が溜まり、その上、長いすの破砕音で着地音を消されては、気づくことはできなかった。

 

「ナイスな頭脳プレーだよ。兵藤君」

 

「……兵藤先輩にしては上々です」

 

「小猫ちゃんのその台詞だと、俺普段から馬鹿に思われているのかなと勘繰ってしまうんだけど」

 

「……そうですが?」

 

 それがどうかしましたか? といったような言葉の続きが聞こえてきそうだ。

 

 小猫は一誠の言葉に、そう返した。小首を傾げて、さも不思議な表情で。普段の無表情からは考えられない表情である。きょとん、と擬音がつきそうなリアクションだ。

 

「……おかしい。無表情でない小猫ちゃんの、滅多に無いリアクションなのに喜べない」

 

 喜べば変態の仲間入りだと思うのだが。訂正。変態ではなくマゾヒストだ。マゾヒストの方々に礼を欠いた言葉でした。失礼しました。謝罪を申し上げます。

 

「それよりも、アレはどこかな?」

 

「アレ?」

 

 祐斗の言葉に首を傾げる一誠。

 

「あの白いエクソシストだよ」

 

「……」

 

 一誠は黙った。怖過ぎる祐斗の言葉に黙った。

 

「……それならあっちでくたばってる」

 

「ゴメン、今は眼が見えないんだ。できれば僕を中心にどの方向にいるか教えてくれないかな? ――そこに剣を撃ち込ぐふっ!」

 

 小猫が祐斗の腹を殴った。祐斗は悶絶した。

 

「祐斗先輩。……暴走しないでください」

 

「ゲホッ……、あぁ、悪かったよ。小猫ちゃん。兵藤君もゴメンね」

 

「おぅ。……」

 

 一誠はどこか陰りのある二人――祐斗と小猫――の表情を見て、なにかあったのだろうか、と疑問に思う。

 

 ――そういえば木場は、ここに突入する前、険しい顔をしてたな。教会になにか嫌な思い出でもあるのか? 小猫ちゃんもどこか暗い表情だし……。木場のこの原因を知ってるのか?

 

 そこまで考えて思考を断ち切る。一誠の脳裏になぜかある幼馴染の顔が浮かぶ。一誠の顔が一瞬、苦虫を噛み潰したものとなった。

 

 ――我輩はKYである。

 

 一誠はそんな言葉を内心で繰り返した。

 

「んなことより木場。まだ回復はしねえのか?」

 

「……まだまだだね」

 

「なんだよその言い回しは? てめえは王子様かっつーの」

 

「……学園の王子様ではありますね」

 

「そうだった畜生!」

 

「そして兵藤先輩は駄犬です」

 

「なぜに!?」

 

「黙れ駄犬」

 

「きゃうん……」

 

 小学生のような小柄な女生徒の罵倒で、犬のように地に伏す高校生。情け無いものだ。誰がこのようにあられもない涙を誘われるような行動をする年上がいるのか。

 

 というか一誠だった。

 

 エロの代名詞だったりもする。

 

「……凄い有様ね」

 

 そんな三人を紅色の光が照らし、次の瞬間には二人の女性が現れた。

 

 紅色の長い髪に制服姿の女生徒――リアス・グレモリーと、黒色の長い髪に着物姿の大和撫子――姫島朱乃。彼女達二人は、教会の内装がどこもかしこも剥がれ落ち、もしくは穴だらけになっていることに眼を丸くする。

 

「台風の過ぎ去った後みたいですわね、部長」

 

 リアスの言葉に朱乃が頬に手を添えて相槌を打つ。

 

 二人の登場に、三人が驚く。そして、一番驚きの表情をした一誠がすぐに尋ねた。

 

「部長! どうしてここに!?」

 

 一誠の驚きはもっともなものだ。一誠は――少なくとも表向きは――リアスから暴走したような形で、戦争の引き金を引くかもしれないこの教会に、金髪のシスターであり特異な聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)の宿主であるアーシア・アルジェントを()い出しにきたのだ。

 

「これはあの堕天使達の独断。堕天使の上はこの動きを知らないから、どう手出ししても良いのよ。――本当は、貴方達があのシスターを助け出した後に合流しようと思ってたんだけど、状況が変わったの」

 

 リアスは自分の大切な、下僕であるが仲間である眷属達に話し始めた。

 

 堕天使三人を不意打ちとはいえ、十秒にも満たない間に見事に殺したスナイパーと代行者の存在を。

 

「彼らが何を目的に動いているのかはわからない。ただ少なくとも、ここの堕天使達と共闘する気が無いのは確かだわ」

 

「えっと……敵の敵は味方っていう展開にはなりませんよね」

 

 一誠がおそるおそるといった様子でリアスに尋ねる。

 

「味方とは思わないほうが賢明ね。特に、代行者は」

 

「部長は代行者の姿を見てないのですか?」

 

「ええ。()()()()()()()

 

「……見えなかった?」

 

 祐斗はリアスの不思議な言い方に違和感を覚える。祐斗はリアスの言葉の意味を、慎重に推し量った。

 

「その代行者が眼で追えないほど、速かったのですか」

 

「そういうわけでは無いわ。どこにいるのかはおおよそ掴めたけど、そこには黒い靄しかなかったの」

 

「黒い靄……」

 

 祐斗はその言葉から更に考えようとして――。

 

 

「ヒャハッ。そうか、あのクソヤロウは順調にヤってちゃってんのね」

 

 

 ――中断させられた。

 

 一瞬で空気が張り詰める。

 

 そんな空気を知ってか知らずか、今立ちに伏したままの、動けないはずのフリードは更に言葉を重ね始めた。

 

「ヒャハハハハハハハ……、ゲホッ。畜生、痛ェ……、あー俺ちゃんってばやられたのね、あのクソヤロウに……なんっって! 忘れてるわけがねえだろうよォ!」

 

 フリードは体を起こし、立ち上がった。ふらふらとおぼつかない足取りながら、しっかりと地を踏みしめる。

 

 踏みしめて、教会を狂気に血走った双眸で、隅の隅まで見回して――。口を、上から食われた三日月のように吊り上げた。

 

「こんっっっな! 惨めな! 気分を! 味わったのはアレ以降だよ! ギャハハハッ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! ――って、笑っていられるかア――ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! ……アア、畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生――!!」

 

 狂ったような――否、まさしく狂った哄笑を、天高らかに叩きつける白い堕ちた神父。その様はまるで、懺悔をしているかのような――。

 

「――畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!! ああ! ああ! ああ! ああ! 殺す殺す殺す殺す殺す――てめえら三人は絶対に殺してやる――――! ヒャハハハハハハハハハハハ!」

 

 つながりの無い、呪詛のような狂った言。

 

 狂言。

 

 悪魔達はその神父の狂った様に、気圧されていた。

 

 ――なぜ……?

 

 祐斗は一人、そう自問した。

 

 明らかにこちらの方が有利。力量的にも、人数的にも、圧倒的なまでにこちらの方が有利だというのに。この状況で戦えば、どちらが勝つかは明白だ。

 

 圧倒的な破壊力――消滅力を誇る紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)

 

 雷を始め、いくつもの魔法を使いこなす雷の巫女。

 

 どちらも広範囲高火力を誇る魔法の使い手で、生半可な相手では近づくことさえ叶わぬ悪魔。その彼女達二人がいるというのに――なぜ気圧される?

 

 

「――うるっせええええええ!!」

 

 

 一誠は叫ぶ。その表情は険しい。

 

 フリードの哄笑がピタリと止み、この教会にいる全ての人の視線が、一誠に集中する。

 

「ずうっと殺すだとか畜生だとか! んなことぐだぐだうだうだ言ってんじゃねえよ! 要はてめえをぶん殴った俺が憎いんだろうが!」

 

 それに若干の緊張を覚えながらも――それ以上の、理由の不明確な激情のまま言葉を連ねた。

 

 一誠は仲間全員の前に立ち、フリードと相対する。

 

「かかってこいよ。俺は絶対に逃げねえからな!」

 

 赤い篭手を前に突き出し、むきだしの激情と闘志を叩きつけるように宣言した。

 

 そして、静寂が訪れる。

 

「……」

 

「……」

 

 双方とも、黙ったままだ。

 

 一誠はフリードを見据え、フリードは一誠を――否、一誠ではないなにかを見ている。

 

 一誠はフリードがいつかかってきても良いように、神経を集中させて、一挙一道に注意する。

 

 しかしてフリードはまだ構えず、それどころか敵を意識の内から外し、一誠のなにかを凝視している。それは余裕の表れか、それともなにか策でもあるのか。

 

 

「クハッ」

 

 

 フリードは一つ、短く息を吸うように笑った。

 

 それに全員が身構える。

 

「言うねぇ……、クソ悪魔。ああ、面白えよ、お前。それだけは認めてやってやろうじゃないのよ。クハハハハ」

 

 力無く笑い、神父服の袖口から、一本の短い棒を取り出した。先端に赤いボタンのついた、あの光の剣の柄と同じようなそれ。

 

「さてさてさてさて……、物語はフィナーレへと近づいてまいりました。我輩の出番はここで終了。ここからは仮面を被ったまま仮面を被っていることに気づこうとしていない哀れな哀れな我が先達が未だ道化を演じていることに気づかない道化が主演を務めますようお願いもうしたかねえけど務めやがれ」

 

 意味の不明瞭な言葉。

 

「クハハハハハハハハハハハッ! さぁささあさ、さァさァさァさァさァさァさァ――。それではご覧にいれましょくてよこの幕を。それでは皆様ご唱和ください! 今から言うのはあの台詞! 誰でも知ってるあの台詞の魔法の言葉ッ!!」

 

 フリードは教会を見回し、両手を大きく広げ、そして――言った。

 

 

「ポチッとな」

 

 

 フリードは赤いボタンを押す。

 

 は?

 

 そんな言葉が浮かび、思考の止まってしまった悪魔達を誰が責められようか。竜頭蛇尾、大風呂敷を広げたような割にはあまりにも盛り上がりにかけるその言葉。

 

 しかし、そんな気の抜けた言葉にも関わらず、フリードが引き金を引いたこれからの出来事はしっかりと仕事を為す。

 

 教会の壁が、紅蓮の炎に包まれた。

 

 

「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

 紅蓮の炎が立ち上り、次々と教会の壁が内側へと崩れていく。その紅蓮の炎と、崩れる轟音の中、一人の少年が哄笑を上げていた。

 

「気に食わねえがお膳立てはしてやったぜ! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――! ああ、燃えてるなァ燃えてるなァ……。教会にて地獄絵図たァ! 我ながら良い演出だ! ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――!」

 

 白髪、白い神父服。狂気に濡れた、凶器そのもののエクソシストの少年。名前はフリード・セルゼン。フリードは今なお自分に迫る、紅蓮の炎と灰色の瓦礫の間に立つ。

 

「あとはテメエ次第だ――代行者」

 

 ポツリ、と誰にも聞こえない声でフリードはそう呟き――その姿は、紅蓮の炎と灰色の瓦礫によって遮られた。

 

「…………っつかさ、火薬の量が俺が思ってたのより多い気がするのは気のせいじゃねえよな?」

 

 遮られる直前、フリードは珍しく少し躊躇いがちにそう言った。

 

 そんなフリードとは反対側、フリードとは対照的な黒が蠢く。

 

 黒い影が灰色の粉塵を押しぬけて疾駆していた。紅蓮の炎を通り抜け、灰色の瓦礫を弾き落とす。黒い影は一直線に、階下へとつながる階段を駆け抜ける。

 

 ――さて、生きてくれれば良いんだが……。

 

 黒髪、黒い神父服。この惨状の中平静を保ち続ける代行者の青年のような少年。名前は言峰綺礼。綺礼は、先程炎と瓦礫の中へと消えた知人を思いやる。

 

 今から向かうところが、どのようなところというのかを理解しながら。

 

 この下では神器の抜き取り作業が今なお進行している。それは儀式と称され、無論、そこには大量のエクソシストと、一人の堕天使がいる。

 

 対して、こちらは綺礼一人。かの白龍皇相手に手傷を負わせ、逃げ延びたとはいえ……、限定された空間に多勢。

 

 圧倒的に、こちらが不利だ。

 

 敵対勢力の敵対勢力はしばらくすれば来るだろう。だが、それまでには儀式は終了している可能性が高い。

 

 なぜ、このような方法を取るのか。その理由は極めて単純。綺礼の家族持ちの友人、衛宮切嗣を戦場へいれないためだ。

 

 ――……今更だけど、すっげー後悔してきた。

 

 表情は平静そのものの中、内心でそう一人呟いた。

 

 ――そもそも切嗣を呼んだのは俺に対処できない、不測の事態で俺が神器を使わないようにするための保険で、けっして、俺がこんな神器を使う可能性のあるところへと赴くためではなかったのに……。

 

 愚痴る愚痴る。誰にも聞こえないことを幸いにと、綺礼は一人内心で愚痴る。

 

 しかし、いつまでもそうは言っていられない。

 

 内心、ため息一つ。

 

 自身、深呼吸一つ。

 

「――告げる(セット)

 

 ダムから水が決壊して溢れ出るようなイメージが脳裏に浮かぶ。そして次の瞬間、全身の隅々までに魔力が行き渡る。

 

 途端に軽くなる体。

 

 階段を飛ぶように駆け下りて行き、そして、大きな広間へと辿り着いた。

 

 大きな広間は階段のほうから出てきた綺礼に怪訝な視線を、隠そうともしない嫌悪の表情と共に叩きつけた。

 

「……なにか用かしら、代行者」

 

 黒いワンピースに白いカーディガンを羽織った、およそこんなところには似つかわしくない黒い髪の可愛らしい少女が、綺礼にそう言った。

 

 彼女の名前はレイナーレ。ここにいるエクソシストの上司であり、また、綺礼の上司でもある堕天使。

 

「ちょっとした用事だ、レイナーレ」

 

 その言葉に、レイナーレの眉が吊り上がり怪訝な表情となる。

 

 

「聖女を返させてもらう」

 

 

 その言葉が誰かの耳に入るよりも速く、綺礼は駆け出し――掻き消えた。

 

「っ! かかれッ!」

 

 素早くレイナーレはエクソシスト達に号令を出す。代行者を討ち取れ、と。しかしだ。

 

 どうして姿の見えぬ者を、捕らえよというのか。

 

 エクソシスト達は、眼前で起きている状況が理解できなかった。先程まで自分達の眼の前にいた、代行者がいない。いや、この広間にいるのは知っている。しかしだ、どこをどう動いているのかがさっぱりわからなかった。

 

 レイナーレはふがいないエクソシストに舌打ちすると同時、自身の周りに光の槍を展開する。

 

 ――が、時既に遅し。

 

 派手な破砕音と共に、金髪の少女を吊り下げた十字架が粉々に砕け散る。

 

「ッ!」

 

 光の槍を、金髪の少女に当たらないよう気をつけて、射出する。それらを綺礼は、槍の穂先に手を添えて、独特の構えで受け流した。

 

「フッ――」

 

 鋭い呼気と共に、輪郭が揺れる黒い影がレイナーレに迫る。それをレイナーレは片手で受け止め、光の槍を出そうとして――慌てて両手で受け止め、なんとか吹き飛ばされるのを回避した。

 

 しかし、それだけでは終わらない。

 

 続けざま、下方から迫る、揺れる黒い影。レイナーレの頭の中で、警報が鳴り響く。これをくらえば、天に逝くぞ、と。

 

 レイナーレの背中から、黒い翼が飛び出した。それを羽ばたかせ、地上と黒いなにかから離脱。

 

 ほぅ、と安堵のため息。光の槍を空中に複数個出現させ、それらをいつでも射出できるよう、滞空させる。

 

「どういう了見かしら。たしか、裏は無いと神に誓ったんじゃなくて?」

 

「それに関しては弁明の余地も無い。しかし、あえて言い訳を述べるのなら、あの時点では裏は無かったとだけ、答えておこう。後に我が主に許しを請うとして、それに関しては素直に謝罪をさせていただく」

 

「それはまた洒落た冗談ね。ここから生きて帰ることができると思ってるの?」

 

 レイナーレはいつのまにか現れた、代行者を睨む。

 

 綺礼のあの宣言は、紛れも無い挑発だ。現に口元は僅かに緩み、どことなく嗜虐的な雰囲気をかもし出している。――貴様らに私を殺すことなど不可能、そう暗に言っているのだ。

 

「アーシア。代行者から離れなさい」

 

 レイナーレはついで、代行者の後ろで座り込んでいる少女に声をかけた。

 

 金髪碧眼の未だ幼い雰囲気の残る、代行者と同じ年齢の少女。魔なる存在すらも癒す、特異な神器の保持者。慈愛の心を持つかつて聖女と呼ばれたシスター、アーシア・アルジェント。

 

 アーシアは今の状況についていくことができていない。

 

「……え、えっと」

 

 困惑した表情で、周りを見回す。

 

 自分の前に立っている黒い神父服の青年。殺意をあらわにしている白い服を着たエクソシスト達。そして、眼の前で自分に声をかける上司である堕天使。

 

「アーシア・アルジェント。この状況を簡潔に言うなれば、私が君を助けに来た」

 

「……えっと、貴方が、代行者様ですか?」

 

 思っていたイメージと違う。白龍皇を傷つけたエクソシスト、とばかりだけ聞いていたものだから、巌のような大男かと思っていた。

 

「アーシア!」

 

 レイナーレは鋭い声を突きつけた。

 

「代行者の声に耳を貸してはダメよ! そいつは神聖な儀式を邪魔しようと企む輩――つまり、我々の敵。そんな敵の言葉に貸す耳は私達には無いはずよ」

 

「堕天使レイナーレ。それは彼女の決めることだ。――して問うぞ、アーシア・アルジェント」

 

 綺礼はレイナーレの言葉を遮り、自らの言を述べた。

 

 そして、ゆっくりとした鍔鳴りのような、涼やかな音と共に、綺礼の左手から三本の白銀の刃が出現する。

 

「ここで死を得るのと、一個人としての生を得るのと、どちらを選ぶ?」

 

 綺礼は無表情に、レイナーレを注視しながら、なおも平坦な声でアーシアにそう問うた。

 

 アーシアは一瞬逡巡し、答えを言うために息を吸う。

 

 ――アーシアの答えは決まっていた。あの電話のやり取りをした時からずっと。

 

 アーシアの人生は、これまで、流されてばかりの人生だった。神器を持つことが発覚し、大きな教会に連れて行かれてからは、毎日訪れる信者を言われるがままに癒していった。

 

 これまでで自分で選んだことは、悪魔を治療することのみ。

 

 そしてその代償は――教会からの追放。悪魔を癒したのだから、それは当然の処置ではあろうが――どうしてこのようなことになってしまったのだろうか。

 

 もしかしたら、これは神様の与えた試練なのかもしれない。これを乗り越えろ、と。それで悪魔を癒した罪は消え、幸せになれるぞ、と。……そんな神様からの試練、なのかもしれない。

 

 ――神器を抜き取られた人間は死ぬ。

 

 知識としては知っていた。それを実際に眼にしたことは無い。だが、そう言われているのだ。自分ももしかしたら……、いや、十中八九死んでしまうだろう。

 

「神の試練を自力で乗り越えることができると思うのなら、前へ出ろ。神の試練を、失敗してなお生きて再度挑みたいのならばそのままいろ。――選択の時間は、短いぞ」

 

 じりじりと、エクソシスト達が祭壇へと詰め寄っていた。もう少しすれば彼らは牙をむき、代行者を殺さんと襲い掛かるだろう。

 

「……お願いします。代行者様」

 

 アーシアは蚊の鳴くような声で、震えた声で、言う。

 

 それにどれだけの勇気が必要か。この圧倒的に不利な敵地で、このようなことを言うかなど。

 

「――私を、助けてください」

 

「我が主に誓おう」

 

 綺礼は、アーシアのその言葉に振り向きもせず、こともなげにそう言った。そんなことは簡単だとでも言いたげに。

 

 いや、実際に言っているのだろう。

 

「さて、ここに契約は成された。私は我が主を代行し、他によって魔女と貶められた、真に聖女たる敬虔なシスターを――――ここに、助け出すことを誓おう」

 

 堂々と臆することなく、綺礼はそう宣言した。

 

「さあ、神に背き……しかしそれでもなお、未だ神に縋りつく者達よ。―――――懺悔の時だ」

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