妄想が暴走し爆発した短編集   作:鈴北岳

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旧外道神父.14

 レイナーレの言っていた五年前とはおそらく、俺が死に掛けたあの事件のことだろう。神器の刻印を四つも消費し、混乱を極めたあの大事件。そして俺が生まれて初めて、事後報告の一部に嘘偽りを書いたあの出来事。どうもレイナーレはその事件で俺達が死んだ場合、派遣される予定だったらしい。

 

 その事件は、大衆向けの表向きの話として、一人の魔術師がとある紛争激戦区に紛れて起こした魔術実験を教会が阻止した、といったものだ。

 

 ――真実はといえば、以下のようなものだ。一人の魔術師が紛争激戦区を故意に作り出し、根源へと至ろうとした。詳しいことは色々と省くが、教会は偶然その場に居合わせた「魔術師殺し(メイガスマーダー)」を助っ人としてそれを阻止したのだ。事実はもう少し違うが。

 

 ちなみに、この真実は教会のトップシークレットである。なにせ、「魔」を嫌う教会が、「魔」と協力したのだ。それもその「魔」から忌み嫌われる「外道」と。それを教会の汚点と言わずなんと言うであろうか。

 

 ……まあ、それはさておいて、それでは事後報告を始めよう。

 

 結果として、アーシア・アルジェントは悪魔になった。

 

 うむ、実に喜ばしい結末に終わった。俺にとっても、ストーリーの進行にとっても、アーシアにとっても。

 

 理由はこうだ。アーシア・アルジェントは一度教会から追放された身――つまりは異端だ。そんなアーシアがまた教会に所属するのは不可能だし、かといって、そのままにしておけば、禍の団(カオス・ブリケード)などの非人道的な組織に捕まりかねない。そうなってしまってはアーシアの人権などどこかへおさらば、そしてこんにちわモルモットな日々、なのである。

 

 で、そんなアーシアが安穏に暮らせるとすればそれは慈悲深い組織に属することだ。そう、例えば――眷属思いの上級悪魔の下僕悪魔に転生するとか。その点では実にリアスは適切な人材だ。

 

 キィ、と椅子の背もたれに体重を預け、目を休ませた。

 

 今書いているのは今回の報告書。もちろん、アーシアのことは伏せてある。おそらく、リアスも伏せているだろう。なにせアーシアの持つ神器が神器だ。報告すれば、教会は確実にリアスにアーシアを引き渡すように告げるはずだ。一部同じ目的を持つ堕天使ならともかく、完全な敵である悪魔にアーシアを渡すわけにはいかないだろうし。

 

 内容は、一部の堕天使が暴走した、というもの。グレモリー眷属の一人を痛めつけ、それが引き金となった闘争だ。他にも色々と書くべきことはあるが、簡潔に表せばこんな感じだ。

 

 本来ならば包み隠さず書くべきなのだろうが、俺の立場というものがあるのだ。色々と問題のある、俺を取り巻く環境と、俺の特性。それらに加えて行動までもが問題になってしまえば、いくらお父様でも少々きついものがある、よなー。

 

 まあ、アーシアがちゃんと悪魔になってくれただけで良しとしよう。うん。そうじゃないと、結構辛い筋肉痛になってしまった俺が悲惨過ぎる。

 

 正直な話、俺の体は堕天使勢を殺した時点で結構ガタガタだったのだ。主にあの重機関銃の両手持ちのせいで。……今思えば一つだけで良かったかもなー。なんであんなことしたんだろ。

 

 その上でのあの失笑ものの笑劇。アーシアを誘拐しようとして失敗してみせたあれ。まさか雷を落とされるとは思わなんだ。あれ地味にくらったからな。体が痺れて未だに少し痛い。

 

 しばらく静養したいところだけれども、このタイミングで休めば色々と厄介だ。リアスは最近俺のことを疑って、再度調べ始めているし。ここで怪しい行動をするのは得策ではない。……やれやれ。ご苦労なことだ。

 

 ――そうやって調べたところで、俺の名前はおろか、人相さえ掴む事はできないというのに。

 

 自然と笑みが浮かび上がった。

 

 まあ、そんな俺のどうでも良い話は置いといて、なぜアーシアの誘拐を失敗してみせたか理由を述べよう。

 

 一番の理由は、俺ではアーシアに充分な自由を与えることができないからだ。せいぜいが神器を抜き取って、一人の平凡なシスターとして、のんびりとした田舎町で穏やかに暮らさせる、それくらいだろう。しかしそれだと、あの「魔女」アーシア・アルジェントだと特定された場合の対処ができない。特定されるまではともかく、特定されてからはかなりアーシアにとって辛い。

 

 まあ、最初の理由を達成させるためならば、わざわざあんな道化を演じる必要は無かったのだが。もっとも、それが一番の理由であることは確かだ。

 

 二番目の理由。それはアーシアにできる限り気負わせずに悪魔に転生させるため。その手段として使ったのは、手紙。それは俺が悪魔達に先行させているように見せて、その実悪魔達に先行させて、一人地下にいる間に書き上げたものである。

 

 ちなみに内容としては、「Hey you悪魔に転生しちゃいなYO」といったものを堅苦しく、かつ、ありがたそうに書いたものだ。この体、色々と秀でてるのである。地味にあれとか。うん、あの悶えっぷりは最高だったなぁ……。まあ、またしたいとは思えないけど。飽きたし。

 

 ……これくらいか、理由は。

 

 さて、と。報告書はもう少しかかりそうだな……。ええと、ここはこう書いて――。

 

 ――コンコン。

 

「――どうぞ」

 

 ドアがノックされたので、始末書を机の引き出しに直して鍵を閉め、ドアを開ける。

 

 そこにいたのは、紺と白の修道女服姿の少女。俺が神父見習いとして務めている教会の後輩だ。ちなみに年は俺より二つほど下。……はて、なぜこの少女がこんな朝方に起きているのだろうか。

 

「また仕事ですか?」

 

「そうだ。――まあ、自業自得だな。君が心配するような、教会直々の仕事ではない」

 

「そうですか。……良かった」

 

 そう言い胸に手を当てて、我が事のように安堵するこの少女。

 

「それでも辛いものではあるが」

 

「あっ、えっと、私は嫌味で言ったんじゃないですよっ? ただ純粋に言峰さんが望まず危険な目にあわなくて良かったと思っているだけですっ……」

 

 予想通りの反応。……予想通りとはいえ、やはりなんだかなぁ。しおれた犬耳が見えるのだ。神父見習いとしてこれは駄目だろう。

 

 少し笑って、冗談だと告げる。君の言わんとしていることはわかっている、とも。そしたら少女はちょこっと頬を染めて、もう、と歳相応の少女らしく俺の肩を軽く叩いた。

 

「ところでその手にもっているものは?」

 

「差し入れです」

 

 はにかみながらそれを差し出す少女。藤で編まれたバスケットには、湯気と共に香りたつホットミルクと、白いパン。教会での夜食でよくでてきそうなセット。この少女のは簡素ながら美味しいから好きだな。

 

「ふむ、ちょうどなにか食べたかったところだ」

 

 食事を作る手間を惜しんで書類作成していたので。真にありがたい。

 

 ありがとう、と礼を言ってバスケットを受け取る。いえいえ、と少女は満面の笑みになる。

 

「……あの~、明日の夜、勉強を見てくれないでしょうか?」

 

「なにかわからないところでもあるのか?」

 

 そういえばこの少女は今、テスト一週間前だったはずだ。なるほど。ならばこの早朝に起きているのもわかる。

 

 今の時刻は午前五時。ああ、そうそう。ちなみに俺は特殊な魔術を使って二時間ほど寝た。寝たのだがまだ体はしんどい。

 

「いえ、大丈夫だとは思うんですが……、自分一人の勉強だとどこかに穴があるかもって思って、少し不安なんです」

 

「それを私に取り除いて欲しいと?」

 

 それなら俺の得意分野だ。ふっふっふ。中学時代、教科書を丸暗記し教師の書いた黒板からどのような問題が出題されるかを予想し的中させてきた俺にとってはな。

 

 それくらい朝飯前だ。

 

「忙しかったら構いません」

 

「いや、大丈夫だ。時間はある。――用件はこれだけかな? そろそろ戻るべきだと思うのだが」

 

「はい、それだけです。それでは、失礼しました」

 

 お辞儀をして去っていく少女。

 

 ……さて、あと少しだ、頑張るか。

 

 少女の持ってきてくれたホットミルクをちびちびと飲みながら、白いパンを食べる。……ホットミルク、少し甘過ぎでは無いだろうか。美味しいから良いけども。ああでも、白いパンと合わせて食べるとそうでもないか。

 

 多分、良いお嫁さんになるだろうな、あの子。

 

 そんなふざけたことを思いながら、書類作成に取り掛かった。

 

 

 

 

「む」

 

「あ」

 

 ばったり。そんな表現が良く似合う出会い方でした。

 

 時刻は放課後。私は部長さん達のいる、オカルト研究部へと向かおうとしていた時でした。廊下を曲がると、一人の人物に出会いました。黒髪黒瞳の学生――言峰綺礼さんです。

 

 綺礼さんとは友人です。私がクラスに編入してきた日、祐斗さんと一緒に昼食を食べさせていただき、その時から友人に。

 

「どうかなアーシア。学校には慣れたか?」

 

「はい。一誠さん達に親切にしていただいて、とても助かっています」

 

 綺礼さんは神父見習いをしているそうで、たくさんの人達の悩みを解決してきていらっしゃると聞いています。

 

 実際に会話してみると噂と寸分違わず、本当に優れた方なんだな、と思いました。私が過去にいた孤児院によく来る教会の神父様と雰囲気が似ていらっしゃいます。その神父様のお顔はもう忘れてしまいましたが、優しい人だということは覚えています。

 

 それに……なんとなく、代行者様とも雰囲気が似ている気がします。

 

 あと、部長さんは「言峰綺礼には気をつけなさい」と真剣な表情で仰ってました。見習いとはいえ神父だからでしょうか? イッセーさんもそれに似たようなことを仰ってましたし。

 

 ただ、イッセーさんと綺礼さんは、古くからのご友人だとか……。どうしてイッセーさんは私にああ言ったのでしょうか?

 

「イッセーは私をどうも苦手に思っているようだ。ゆえにあまり、私との接点を作りたくないのだろう」

 

「……え?」

 

「……問いかけられたから答えただけだが。そんな不思議そうな顔をされても困る」

 

 ……あまり困っているような表情にはとても見えないのですが。

 

「えっと……、声にでてました?」

 

「小さくな。近くにいて耳を澄まさねば聞こえない程度だ。あまり気にする必要は無い」

 

 あう……。恥ずかしいです。

 

「……急に顔を真っ赤にされても私が困るだけなのだが」

 

 主に世間体的に、と綺礼さんは仰いました。……なぜですか?

 

「あらぬ噂をたてられる」

 

「えっと、どんなものですか?」

 

「そうだな……。率直に言うなれば、君を私が口説いていた――というのが落とし所だろう」

 

「……えっと、口説くというのは……」

 

「私が君に恋愛感情を持っていて、それ故に君に私を好きになってもらおうと話しかけること、だな」

 

「あ、あのあの、だ、駄目です! 私にはまだそそそそそういうのふふふ夫婦はまだまだ早いですのでので――」

 

 あうあうあうあう……。え、ええっと、き、綺麗な綺礼さんが私のことを好きと!?

 

「……静かにしたまえ」

 

 そう言うと綺礼さんは私の口に手を―――――!?!?!?!?!?

 

「い、いひゃいです! 綺礼さん!」

 

 ほっぺたを抓らないでください!

 

 綺礼さんはしばらくすると私のほっぺたから手を放しました。……うう、少し痛いです。

 

「そら。そろそろ部活の時間だろう。行かなくても良いのか?」

 

「……うぅ」

 

「……な、……。――なにかね?」

 

「綺礼さん……イヂワルです」

 

「誰が意地悪だ。私は君を正気に戻しただけだろう。貶される謂れはない」

 

 眼を閉じて首を横に振る綺礼さん。……それでも痛いものは痛いんです。

 

「あら~、むっふっふっふ、なにやら桃色空間はっけ~ん……って、げえっ言峰!?」

 

 ふと、後ろから桐生藍華さんが現れました。

 

「ああ、私が言峰だ。それがどうかしたか桐生」

 

「ま、まさかアーシアをその太いぼ」

 

「女とはいえ容赦せんぞ」

 

「……じょ、冗談ですよぅ」

 

「よろしい。そして桐生。君は女性だということを、()()()()と自覚して恥じらいを持つべきだ」

 

 ……藍華さんは何を仰ったのでしょうか? 綺礼さんがなにやら藍華さんを困ったような顔で注意されています。

 

「はいはい。わかってるよ。流石にあんたの見慣れている修道女並にはできないけどね」

 

「そもそもそちらの話を口にしようとするな。いつか君を元浜と呼び違えるかもしれん」

 

「それだけはやめて!」

 

 ……。まったく話についていけません。

 

 元浜さんはイッセーさんの友人で、良い方だと聞いていますが……。

 

「アーシアちゃんはまだ綺麗にいて。そのままの心で。――だからそれ以上は考えないように」

 

 また口に出ていたのか、藍華さんが私にそう言いました。

 

「一学期が終われば教えるべきだろうな。桐生。一学期には模範的な常識を、夏休みには君達一般の女子生徒の常識を教えるように努めてくれ。――君の得意方面以外でな」

 

「了解。アーシアのためだからね。でもさ、どうするの? アーシアが誰かにお熱になっちゃった時は」

 

「その方面は尋ねられた時に、最小限の事を答えるだけで構わないだろう。後は手探りでした方が、後々に良い経験となる」

 

「厳しいねえ、言峰は。アーシアが苦しむ様を見ていて楽しいの?」

 

「まさか。しかし、人は苦悩せねば成長しないし満たされない。故に――苦悩の無い人生など、ただ生かされているだけのモルモットも同然だ」

 

「……深いねえ。そして臭いねその台詞。背中がむず痒くなる」

 

「それだけ感情を揺さぶるもの、だということだ。一つの人生観として記憶するのに充分値するに違いない」

 

「ああうん、わかった。アンタはとことん真面目だ。噂も納得いくよ。毎回」

 

「噂は記憶に留めておくだけにしておけ。偏見(色眼鏡)は世界から、君本来の世界(真実の色)を奪う。――もっともただの私見だがね」

 

「ああもう黙れ。今のアンタはいちいち説教臭くてかなわん! 神父モードはそこまでにしろっての。同学年モードになっていつも通り嫌味でも言ってろ。……でも本気ではするなよ。誰もアンタにはついていけそうにないから」

 

「そうか。残念だ」

 

 綺礼さんはそう仰ると、口を閉じました。

 

 ……にしても本当になにを話されていたのでしょうか? 私の名前が出ていたので、私に関するということだけはわかりました。ですけど、「藍華さんの得意方面」「私がお熱」……?

 

 藍華さんが得意なことは、お喋り、でしょうか。私はあまり話すのが得意ではないのですが、藍華さんがいると、お喋りが弾みます。ですがそれは私が知っていて害は無い事だと思うのですが……。もしかして私にはまだ早いということでしょうか? ――多分、そうでしょうね。今後は私一人でもそれなりには話せるように頑張りましょう。

 

 熱とは、風邪でしょうか……? お二人が使っている熱というのは普段の使い方とは違う使い方だとは思いますが……。ええっと、熱、熱、熱……。比喩表現、それも隠喩なのでしょうか。

 

「――ではアーシア」

 

 そう考えていると、綺礼さんから声がかかりました。

 

「はっ、はい! なんでしょう?」

 

 

「ついてこれるか――――――――」

 

 

「しょっぱなからネタに走るな! 誰もついてこれないわよ!」

 

「はい! 綺礼さんこそついてこれましゅか!?」

 

「アーシア――――!?」

 

 あうぅ……、また噛んじゃいました……。噛まないように毎日早口言葉を練習しているのですが……。もっと増やさなくちゃ駄目なんですかね。

 

 

 

 

 どういうことよっ! あの――教会の狸共!!

 

 私は通話の途切れた受話器を力の限り、思いっきり叩きつけた。

 

 ……壊れてないわね、よし。

 

「……部長、教会となにかあったのですの?」

 

「――。……ええ、教会に代行者のことを尋ねたのよ」

 

 あのアーシア救出騒ぎを伏せた、堕天使側との衝突の報告をしてから一週間。ついさっき、それに関する教会の対応が電話でかかってきた。

 

 本当なら私はお兄様――魔王サーゼクス様から報告が伝わるのだけれど、私は事件の当事者の一人。そういうわけで、教会から嫌々そうな声と共に教会の対応を聞いた。

 

 もちろんのこと、お咎めなんてそういうのは一切無し。長ったらしい説明と、簡素な謝罪の言葉だけだった。その後になにか質問はあるかと訊かれた。

 

 無論のこと、そこで私は質問したのだ。

 

 ――言峰綺礼は代行者なのか、と。

 

 一応、教会の管理不足ということで、私達に若干有利だ。電話の向こうから、本当に嫌々そうに質問に答えてくれた。

 

 ――そもそも代行者に個人の名前はありません、と。

 

 私はそれを聞いて、頭が真っ白になった。

 

「代行者は教会のトップシークレットです。悪魔側で言えば、悪魔の駒(イーヴィルピース)の製造法と同じくらいの価値があります。ですから本来は――その存在すら、お答えできませんでした」

 

「……なら、代行者はいったい何? あれは明らかに異常よ。エクソシストでありながら、神の祝福の無い、でも、それだけで堕天使を殺すことができる実力の持ち主――」

 

「ですからそれにはお答えできません。私の口から話せるのは、代行者に名前は無い、ということです。――それでは」

 

 ……それだけで、通話は途切れてしまった。

 

「……結局現時点でわかっていることはこれらだけですわね」

 

 エクソシストとは一線を隔した存在。

 

 中国拳法を得手とし、他にもいくつかの種類の武器を扱う。

 

 暗殺に必要な技巧の習得率は充分で、堕天使や悪魔を欺くことが出来るほど。

 

 そして――名前が無い。

 

「身元を特定する判断材料がまったく無いわよ……」

 

 一応、アーシアからも代行者の噂は聞いた。

 

 曰く、教会最悪。

 

 曰く、人格者。

 

 曰く、狂人。

 

 曰く、悪魔憑き。

 

 マイナスイメージの噂が多いが、それらに共通していることが一つだけある。それは――強者であるということ。なんでもあの白龍皇と一対一で対峙し、生き残ったらしい。中には瀕死の重傷を負わせたとかどうとか。

 

 というか悪魔憑きってなによ。いくら強い悪魔でも、あんな得体の知れないやつに憑くのはいないわよ。

 

「……なんだか噂を聞いていると、無敵だと思うのは私だけ?」

 

 噂の中には聖剣使いを倒したというのもある。

 

 もしかすれば、下手な怪物よりも怪物らしいのではないだろうか?

 

「噂は多少の誇大表現が入っているほうが多いかと。さすがに白龍皇に瀕死の重傷は有り得ませんもの。もしそうだとしても、それは奇襲をしかけたからでしょう」

 

「んー、それもそうね」

 

 ……私達が実際に代行者と矛を交えたのは、あの一瞬だけ。閃光で眼が眩んだ所を奇襲された時。

 

 このことから代行者の戦闘スタイルは確実に、奇襲重視のものだということがわかる。速く確実に仕留める、そう、おそらく日本に伝わる忍者のように。闇から気づかれずに相手の息の根を止める――。

 

「朱乃。代行者の気配はどんなものだった?」

 

「……いえ。わかりませんわ。なぜか気配がぼんやりとしていて、はっきりとつかめませんでしたわ。――小猫ちゃんもそうと」

 

「……」

 

 もう代行者=忍者ということで良いかしら?

 

 ……ホント、頭が痛いわ。

 

 あの気に食わない婚約者のこともあるし、代行者という不穏な敵がでてきたということで、最近は私を冥界に連れ戻そうとする動きが強くなっているのよね……。その上それをネタにしてライザー――婚約者は、護ってやる、とか言って早く結婚するように迫るし。

 

 私はまだ結婚する気は無いのに……。

 

 ああもう。本当に頭が痛くなることばかりじゃない!!

 

「今考えていらっしゃるのは、ライザー様のことですか?」

 

「アイツのことなんかぜんっぜん、これっぽっちも考えていないわ! 押し付けられた婚約者のことしか考えてないわ」

 

「ではイッセー君のことですか?」

 

 イッセー。兵藤一誠。

 

 神滅具(ロンギヌス)である赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を持っているであろう私の下僕悪魔。兵士(ポーン)の駒を全て消費して悪魔に転生させた元人間。

 

「……今、イッセーに訓練させていることは知っているわね?」

 

「はい。それでもまだ赤龍帝の籠手は目覚めていませんでしたわね」

 

「……どうすれば目覚めるのかしら」

 

 今、イッセーには訓練をさせている。スポコン漫画でよくやるようなものを。その甲斐あって、イッセーの基礎体力とかはぐんぐん伸びている。

 

 でも、まだまだ弱い。成長率は――基礎的なものなら上々。だけど、それ以外は……。駄目駄目だ。

 

 だから、強くなるために神器がいる。

 

 最近の情勢はなにかと不穏だ。今は主に代行者だけど、それ以外にもまだある。魔術師の集団でも五年前にゴタゴタがあったし……、いや、魔術師はいつも通りか。むしろ最近は落ち着いている……? 「魔術師殺し(メイガスマーダー)」もめっきり噂に上がらないし。

 

 ともかく、今は力が必要だ。これからのためにも必要だし、目下のところでは代行者を消し飛ばすために。

 

「キレイさんにぼかして相談してみます?」

 

「そんなことしたら冥府への片道新幹線に乗ることになるわよ」

 

 冥界に、とは言わない。冥府。ここは重要よ。冥界と冥府は違う、本当に重要だからね。

 

「部長はキレイさんのことを疑い過ぎですわ」

 

 どことなくむくれた様子で言う朱乃。……退行、してないわよね?

 

 私がそのままむくれ続ける朱乃を見ていると、唐突に朱乃はケータイを取り出した。

 

「ええ、部長が信じてくれませんのでしたら私にも考えがありますわ」

 

「……朱乃?」

 

 どことなく恐ろしいオーラを出して、朱乃はケータイを五分ほど操作した。操作音からしてメールかしら? でもメールなんていったい誰に――。

 

「――――――――ま……、まさか」

 

 私は雷に打たれたように一つの可能性に思い当たった。それは忌むべき最悪の可能性、私が全力で阻止し塵すら残さずに消し飛ばさなければならない可能性――。

 

 う、迂闊だったわ。失敗だった。アレは私達の「死」、もしくは破滅そのもの――!

 

「今すぐそのメールを送るのを辞めなさい! 朱乃! 私達眷属が未曾有の危機に陥るわ!」

 

 私はすぐに朱乃にそう叫んだ。まさしく迂闊。いくら忙しいからといって……ああ! 眷属を危機にさらしてしまうなんて……!

 

「あらあら、もう送ってしまいましたわ部長。――キレイさんに」

 

 ……ああ。やっぱりメアド交換をさせてしまっていたか……!

 

「朱乃! 今すぐこの場所から逃げるわよ! あいつとは相対しちゃいけない。あいつがまだ代行者だっていう可能性は捨て切れていないでしょう――!」

 

「代行者は信じられずとも、キレイさんは信じられますわ。逃げるのでしたら部長お一人でお逃げください。私はここで――」

 

 朱乃は一旦ここで言葉を切って、僅かに上気した頬に手を添えた。

 

「――禁断の果実を共に」

 

 私は思わず椅子から立ち上がって怒鳴っていた。

 

「唆す方の悪魔がどうして唆される方に回ってるのよ!」

 

 ああ、もうここまでくると重症だわ。というかこれは私情抜きな話で、人間を唆す悪魔が人間に唆されるのはこれいかに。

 

 どうせならアレを唆してきなさいよ。

 

 堕としなさいよ!

 

 そして引き込んできなさいよ!

 

「ああ、なんて私は罪深いのでしょう。主であるリアスより先にアザレアを――それも、禁断のものを取るなんて」

 

「罪深いと思うのなら辞めなさいよ! 今すぐ! この瞬間に! 未来永劫アレとのつながりを断ち切って!」

 

 具体的には電話帳からメアドを消して! 眷属の持ち物とはいえアレの名前があるなんておぞまし過ぎる!

 

「部長――いえ、リアス、私は辞めませんわ。――貴女が、私を信じるまで」

 

「信じさせる要素がまったくもって皆無じゃないの!」

 

「ですから一度、キレイさんに会ってみてほしいのですわ。おそらくリアスと話が合うかと。リアスと同じように、キレイさんも勤勉ですから必ず気が合いますわ」

 

 もう駄目だ。私はそう思った。朱乃はもうすっかり洗脳されている……。

 

 ……ともかく、せめてケータイからあいつの番号やらを消そう。私はそう決心して、朱乃に歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 俺は今、ひっじょーに不本意なことをしている。

 

「姫島先輩から直々にオカルト研究部の部室に来いと言われた。暇ならば案内を頼みたい」

 

 ――俺はその申し出を一にも二にも無くすぐさま不本意ながらも承諾した。

 

 ちらりと、横を歩く俺より背の高い腐れ縁を見た。いつも通り何を考えているか解らない、しかし一見人畜無害そうな無表情。その実、コイツの性根は黒い。おそらく、稀代の狸と呼ばれたやつよりも真っ黒でびっくりでおっかない腹黒さを持っているに違いないというかそれだけは絶対に確実だ。

 

 黒髪、黒い瞳。これといって特徴の無い、強いてあげるとすれば根暗そうな雰囲気であるということ。しかし体格は、そこらのスポーツマンよりも迫力がある。

 

 ……いつからこいつはこんなマッチョになったのだろう。少し思い返して――みようと思ったけどやめた。嫌な思い出が浮かび上がってきたからだ。

 

 ああ、思い返せばコイツは、俺に意地悪をしたことしか無い。他にも色々とあるかもしれないのだけれども、あいにくとその意地悪のせいで消えてしまっている。逝き場に迷って朽ち果てやがれ。

 

「……そういやなんでお前は朱乃さんと知り合いなんだ?」

 

「なに。屋上に呼び出され、メアドを交換した仲なのでな」

 

 ついでに一緒に買い物もしたか――などと、そんなことをのたまいやがったので思いっきり右ストレートが防がれ俺は関節を締められた。

 

「いだだだだだだだだだだ!!!!!!!!!」

 

 ぎぶぎぶぎぶぎぶぎぶぎぶぎぶ!!!!

 

 俺は思いっきりその腐れ縁の腕をタップする。

 

「お前はいったいなんなんだよ!」

 

「八極拳士だが」

 

「拳士なら弱きを助けやがれ!」

 

「その弱きを助ける為には暴力を徹底的に排除するしかあるまい。それともなんだ、お前は友人の私に黙って攻撃を受けろというのか」

 

「ああその通りだよド腐れ外道!」

 

 っつか誰がお前の友人だ!

 

 ふむ、と腐れ縁は黙り込む。

 

 そして両手を広げた。……何する気だ。

 

「それでは好きにしろ。お望みどおり、私は抵抗する事無くお前を受け入れよう」

 

「その言い回しはやめろ。悪寒がする」

 

 逆切れ粘着BLストーカー――一瞬、そんな言葉が浮かんだ。怖気しか感じねえ……。

 

 ともかく、と俺は頭を切り替える。ようやく……ようやくだ。ここでとうとう積年の恨みを晴らせる時が来た!

 

「うーっし……」

 

 ぐるぐると肩を回す。やるからには全力。どうせこいつのことだ。俺程度の腕力じゃビクともしないと思っているんだろう。だが――今の俺は悪魔だ。昼間だから弱体化しているが、それでも充分だ。

 

 多分、こいつは俺のこの全力くらいなら、なんとか受け止められるだろう。取り合えず死にはしないはずだ。

 

「んじゃあ、歯ァ食いしばれえ!!」

 

 小猫ちゃん直伝! 捻り込むような右ストレート!

 

  これは血を吐く思いの訓練でなんとか手に入れたものだ。実戦では非常に避けられやすく、牽制程度にしか使えない。だが、今は違う。こいつは抵抗せずに受けい……受けるといった。

 

 なら、そこに力を込めて耐えることは在れど、避けることなど決して無い!

 

 俺の拳がキレイの腹に直撃。宣言どおり、こいつは避けない。ふっ、これであとはキレイが苦悶の表情を浮かべるのを見るだけ――!?

 

「いっ――――――――てえええええええええええええ!!!?」

 

 俺は地面をのた打ち回った。ってなんでだよ! 攻撃した俺が痛くて、どうして攻撃されたキレイが平然と――っつか笑うなこら!

 

「…………お前、どうしたらそんな…………」

 

「ミート打法は知っているか?」

 

 いや、知らん。

 

 俺がそう思って口を開こうとした時、キレイは頼まれてもいないのに一人説明し始めた。

 

「ホームランが出るもっとも大きな要因は、タイミングと芯だ。ボールの芯をタイミング良くバットの芯で打つ――そうすれば、ボールはバットを振る速度に左右されずよく飛ぶ」

 

「……つまり?」

 

 それが俺がこう自分の拳を痛めている理由とどう関係があるんだ?

 

「まだわからないか?」

 

「馬鹿で悪うございましたね」

 

 俺がそう言うと、キレイはかなり愉快そうに口の端を吊り上げた。

 

「この場合、お前の拳がボールで私の体がバットだ。そう思えば難しいことではあるまい」

 

 その言葉で俺は悟った。具体的にどんな風にやったのかは不明だが、コイツはそのミート打法の理論を利用して、俺の拳を迎え撃ったのだ。

 

「抵抗無く受けるって言ったのはどこのどいつだ!」

 

「ドイツは喋らんぞ」

 

「国のドイツじゃねえよ! というかそんな返しはさすがにねえっつーの!」

 

 人の話をきちんと聞いていたらあの返しはさすがに無い。というかあってたまるか。日本語覚えたての外国人じゃあるまいし。

 

「……もういい」

 

 非常に腹立たしいが、極力忘れるように努めるとする。そして俺がなぜこんな腐れ縁と行動を共にしている目的を再開しよう。

 

 癪だけど。

 

 かなり癪だけど。

 

 俺は無言で腐れ縁を先導する。それに腐れ縁は黙ってついて来る。そうすること一分も経たない内に、目的の場所――オカルト研究部の部室に到着した。

 

「部長、入ります」

 

 ノックして扉を開けた――ら。

 

「い、イッセー!?」

「あら、こんにちはですわ。イッセー君にキレイさん」

「キレイ!? っく! 遅かったか……!」

「見苦しい所をお見せしてすみませんわ」

「ああ! さっさとそのケータイを寄越しなさい!」

「嫌ですわ」

 

 すっげえエロい格好でお姉様二人が取っ組み合っている。

 

 脚と脚が絡まってスカートがまくり上がっててソックスも下がってて、エロティックなパンツに隠れた綺麗なお尻のラインと真っ白な太股が丸見え。その上、転がりながらの取っ組み合いを床でやってるわけで、制服の上からわかるほどに大きなおっぱいがぶるんぶるんとぐにゃぐにゃとめまぐるしく形を――ああ! 部長が尻を突き出している! く、食い込んだパンツがあ!? っし、尻を横に振り振り……だと……!? そこまでやっちゃいますか部長!? あ、攻守交替。次は朱乃さんが馬乗りになって尻が……隠れ――!? お、お、おおお!? 胸元のリボンが解けてる!? 谷間だあああああ!! 黒いブラだああああ! うおおおおおお!!? って朱乃さん確実に狙ってますよね、それ。こっちに流し目し――って朱乃さん部長の胸に手を置いて――!? 揉んだ! 揉んだ! 部長のおっぱいを揉んだあっ! ぐにゃぐにゃと形を卑猥に変えるおっぱいに部長の表情がエロいっす!! 眼福です! あ、甘い声が一瞬聞こえた気が……! っつか、や、ヤバい。鼻血じゃなくてこのままだと前屈みになっても誤魔化し切れない……!?

 

「……兵藤一誠」

 

「んだよキレイ! 今良いとこなんだ邪魔すんな!!」

 

「止めるぞ」

 

「――は?」

 

 一瞬キレイの言葉が理解できなかった。止める? 止めるだとこの幻想郷――否、理想郷を? 男性ならば誰もが恋焦がれしかし絶対に見ることすら叶わぬようなこの理想郷を!?

 

 ――マズい。

 

 キレイはやるといったことは必ず行動に移す。それを俺はいつもならば頼もしいと思うがこの状況では――俺の敵だ。

 

「ここを通りたくば俺を倒し――」

 

「――ラッキースケベなど要らん」

 

 バガンッ、と俺の頬を容赦の無い何かが抉った。体が宙に浮くのがわかる。視界が明滅し、一瞬の浮遊感――そしてなにか尖ったものに当たった激痛と、極上の柔らかいものに当たった感触――

 

 そこで俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 言峰綺礼は頭を抱えたくなった。いやまあ綺礼が起こした事故によって起こってしまった事故だが。

 

 さて、眼の前にあるのは三つの屍――もとい、気絶した同級生と上級生。紅髪の美女と黒髪の美女と茶髪の少年。美女二人は着ているものが肌蹴、あられもない姿となっている。そしてそれに折り重なるようにして気絶し倒れ付す茶髪の少年一人。

 

「とりあえず、扉は閉めるべきか」

 

 やや現実逃避染みた独り言を漏らして、この部屋の痴態――もとい、惨状を闇へと葬る為に扉を閉めた。閉めたのだ。

 

 ……俺、なにしてんだろ。逆に落ち着かない。

 

 なんだって部屋の中にいまだ自分はいるのだろうか。普通に考えて逃げ出した方が色々と都合が良いはずなのに。

 

「まあいいや」

 

 そうまたしても独り言を漏らして――、唇の端をニヤーッと吊り上げた。

 

 完全に聖職者に相応しくない悪役のそれである。

 

 

 

 

 ……頭がぼんやりする。っつーか体が痛い。特に鳩尾。だけどなんだか顔の辺りは柔らかくて気持ちいい。そして暖かい。クーラーがついているおかげか、暑苦しいということはなかった。

 

 なんか気持ち良いしもう少しだけ……。

 

 そう思って俺は顔をゆっくりと、その柔らかいなにかにこすり付けるように埋もれた。

 

「……んっ…………」

 

 あー、なんかすっげえ下半身を刺激されるような声が聞こえたような。というかどっかで聞き覚えがある。……そーいや、AVでこんな声を聞いたことがあったようななかったような。

 

「んっ、あっ……ぃゃ…………だめぇ」

 

 ――冷や汗が流れた。

 

 なんだかわからんが俺の背筋を唐突なオカン――じゃなくて悪寒が駆け巡る。

 

 そーいやこの声、最近どっかで聞いたことがあるぞ? というか聞いた。というわけですぐさま思い出せ、速急に思い出せ、死ぬ気で思い出せ。

 

 そうだ。俺はたしかキレイと歩いていたんだ。そして話の成り行きで俺はキレイを思いっきり殴ってでもそれは騙されて逆にこっちが痛い思いをして――朱乃さん?

 

 朱乃さんだ!

 

 俺はすぐさまガバッと跳ね起きて眼を開けた。

 

「んんっ……!」

 

 ……………………………………冷や汗ダッラダラ。

 

 おそるおそるという様子で俺は下を見て()()()()()()()()()()

 

「すんっませんっした――――!!」

 

 俺はすぐさまそこから跳び退いて部長に土下座した。ええ、もうマッハで土下座しましたよ。

 

 紅色の長い髪、豊満なボディの美女――リアス・グレモリー。俺のご主人。といってもエッチな方の主従関係ではない。下僕と主人の関係――ってあれ? いや、言葉的にはあっているのだが違うニュアンスで伝わりそうだこれ。ええっと……そうだ! 従者と主人だ! うんうん。こっちの方がカッコいい。

 

「……イッセー」

 

 などと、現実逃避をしてみました。

 

 今眼の前には顔を伏せながら怒りに震えていらっしゃる我がご主人。紅色のオーラが若干漂っていない気がしないでもない。……おわた。

 

 

「なんっっで言峰綺礼がここにいるのよ!!」

 

 

 ……はい?

 

 俺は慌てて後ろを振り返る。するとそこには見慣れ過ぎて嫌になる腐れ縁が――くつくつと笑っていた。

 

「イッセー! 私は前に言ったわよね? 言峰綺礼は私達の敵って!」

 

「は、はい! 仰るとおりです!」

 

 イエスマム!

 

「で? なんでその言峰綺礼がこの部屋にいるのかしら?」

 

「え、ええと、道案内を頼まれまして――」

 

「答えなさい、言峰綺礼」

 

 ま、まさかのスルーっすか。いやまあ、烈火の怒りを免れたのは良いんだけど。

 

 部長は俺――キレイに背中を向けながら首を回して睨んでいる。絶対零度、ではなく、灼熱の業火のように苛烈な凄みのある睨みです……。う、動くに動けない。

 

 それを受けているキレイはというと――

 

「答えも何も無いでしょう、グレモリー先輩。私は貴女の部活の副部長に呼ばれてここに来ました。曰く、悩み事がある――と」

 

 ――これまでにないほどすっげえ楽しそうな口調だ。

 

「……キレイ」

 

「なにかな?」

 

「お前って実はマゾだろ」

 

「苦境に勇んで挑む――という点ではあながち間違いでもない」

 

 うわ、やっぱコイツむかつく。いつもよりむかつく。具体的にはマゾっていう侮蔑の言葉をすっげえカッコよく表現した部分に腹が立つ。

 

「弱者の為に身を呈して苦境に挑む――ああ、これこそ聖職者の鑑と言っても過言ではないだろう。イッセー、これで満足したかね?」

 

「今お前に守る奴は誰一人としていないんだけど」

 

「何を言う。これより未来、今の私が救えるであろう者達がいるではないか」

 

「やっぱなし。これまでの会話の流れは無かった。うん。俺は断じてお前の中二チックな言葉を聞いていない」

 

 今のコイツ、うざさが百二十パーセント増しだ。部長でも太刀打ちできるかどうか……。

 

「……イッセー」

 

「すんまっせんした部長!」

 

 背筋が凍って砕けそうな声が部長の可憐な唇から漏れました! はい! この不肖の下僕悪魔兵藤一誠はここから退出いたします!!

 

「失礼しました!」

 

「送迎ご苦労だったな、イッセー」

 

「うっせーこの人格破綻者! いつか毒殺されろ!」

 

「それはそれで面白い一つの契機だ」

 

 最期に、キレイに罵詈雑言を浴びせて俺はオカルト研究部から退出した。

 

 

■後算■

 

 

 イッセーが出て行ったのを見届けて、綺礼はソファに座り直した。

 

「前置きが長くなってしまったが……姫島先輩からグレモリー先輩に悩みごとがある、という旨のメールが届いたのだが、私はどうすれば良いのでしょうな?」

 

 綺礼は先ほどまでの衣類の乱れを直した姫島朱乃とリアス・グレモリーにそう尋ねる。それに朱乃は妖しく微笑んだ。

 

「ええ。部長からは少し話し難いですので、私が代わりに」

 

 朱乃は口を開こうとしたリアスを制止する。

 

「実はですね、ここ最近部長の身の回りが慌しくなっていますの」

 

「ふむ。なるほど、それで私に助力を?」

 

「ええ。知恵をお借りしようと」

 

 朱乃はニコニコと微笑を絶やさず、綺礼は真摯な表情をしている。

 

「まずは不審者ですわね。最近、部長の周辺でなにやら黒い人影の見ましたの。特に何かをするわけではなく、部長を見ている不審者」

 

「ストーカー、でしょう。グレモリー先輩はそれが起こっても不思議ではない容姿をされている。だが、ストーカーなら警察に頼れば良いのでは?」

 

「そうすると、部長の親御様が部長を帰郷させますわ。それは部長にとって嬉しくないことです」

 

 ふむ、と綺礼は納得する。

 

「たしかグレモリー先輩は海外から来られましたな」

 

「ええ。それに部長は日本が好きですし、なにより、親元へ戻れば結婚が待っています」

 

 綺礼は結婚という言葉に眼を丸くした。

 

「婚約者がいるのですか」

 

「ええ、そうよ。好きでもなんでもない婚約者がね」

 

 リアスは二人の会話に割って入る。朱乃は止めない。

 

「まったく。その不審者のせいで私の学園生活は今すぐに終わりそうだわ」

 

「それは気の毒でしょうな」

 

「ええ、まったくもってその通り。――だから頼まれてくれないかしら言峰綺礼二年生」

 

 リアスの眼が威圧するように細まった。いや、実際に威圧している。

 

「なんなりと」

 

「言伝を頼むわ、言峰綺礼二年生。その黒い影の不審者にね」

 

 容姿の整った人物が凄めば、大抵の人間はいやでも気おされる。まして、人外でも抜きんでたまさしく魔性の美貌であるリアス・グレモリーが凄めば人間の美女の凄みなど比でもない。

 

「今度その面を見たら、問答無用で叩き潰すわ――ってね」

 

 しかし、綺礼はそんなに凄まれようと眉一つ動かす事無く、まったくの自然体でこう告げた。

 

「誓いましょう。必ずそう告げると」

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