二人の甘い会話が思い浮かばなかったので、こんな形に……。
旧外道神父.IF
黒く長い髪の、可愛らしい容姿の少女。その少女は紺と白の修道服に身を包み歩いている。
その姿は少女の容姿とあいまって、傍目を非常に良く引くようなものであるが、今は残念極まりない。なぜならその少女はしかめっ面だからだ。
苛立ちを隠そうともしない足取りで廊下を渡り、一つの部屋の前に立った。そしてノックを――することはなく、マナーの悪いことに一息に扉を開け、中に入った。
「――せっかくの魔性の美貌が台無しだな」
中に入った少女を出迎えたのは、抑揚の無い声だ。
「誰のせいだと思ってるのよ」
その声に少女はそう応えた。あからさまに嫌そうな表情。しかし後ろ手に扉は閉める。
そんな彼女に対し、もったいない、と、大仰な身振りでそれを表す神父服の青年。
「しかし、賛辞は否定はしないか。皮肉のつもりで言ったのだが」
「あれのどこが? 私には正当な評価よ」
「暗に毒婦だと言っているのがわからぬのか?」
「あら? 傾国の美女と言ったのではないの?」
艶然と、歳に似合わぬ笑みを浮かべる黒髪の少女。清廉そのものの姿かたちでありながら、発する雰囲気は妖しく甘い。人を堕落させるような、淫魔のようなものだった。
「そうだろうな」
さも面白そうに返した少女に、青年は無感動にそう返す。そして遠き日を思い浮かべるように瞑目し、とても残念そうに呟いてみせた。
「まったくもってつまらなくなったな。数日前のお前は顔を真っ赤にして怒ってきたというのに」
「私を舐めないでいただける? いつまでも同じ手に引っかからないわよ」
ふふん、と口の端を吊り上げて得意げな笑みを浮かべる黒髪の少女。そんな少女に青年はどこか辟易した様子で告げる。
「なぜ私が汚らわしい存在を舐めなければならない。――趣味か?」
「んな趣味なんて無いわよ!!」
すぐさま得意げな笑みをかなぐり捨てた黒髪の少女。そんな少女に青年は初めて笑みと呼ぶには暗い笑みを浮かべ、それとは対照的に少女は柳眉を逆立てる。
「……チッ」
「仮にも修道女がする行為ではないな」
「当たり前よ。私は修道女である前に、誇り高き一堕天使よ」
「なるほど、誇り高き、か……」
少女の言葉にますますを笑みを深め、意味深に繰り返す青年。少女はその笑みを薄ら寒く感じながらも、それでもなんとか威信を取り戻そうと身構える。
「ところで、解呪の目星はついたのかね?」
「誰がお前に教えるとでも?」
「それもそうだ。解呪の目星がついているのならば、こんなところに来るはずが無いからな」
青年は首元に下げた十字架に触れる。
「これは一つの忠告だ、堕天使よ。解呪の方法が見つかったとしても、それはしないことだ。さもなくば私は君を殺さなければならないのでな」
「その前にお前が死ぬっていうことは考えないのかしら?」
「君が私を殺すだと?」
青年は笑みを引っ込めて、少女を見る。
「ええ」
その青年の反応に少し拍子抜けしながら、少女は挑戦的にそう返した。
数秒の沈黙。数秒の冷戦。
「それはそれで面白い一つの契機だ」
青年は無表情のままで、そう答えてみせた。
その青年の言葉に少女は返答しない。理由は明白。この青年を殺せば、次に死ぬのは自分だと解っているからだ。ある意味で、この少女はこの青年に保護されている。
少女にかかっている魔術は、一つの呪いであり、同時に、一つの加護でもある。
それを解くとなれば、それまで呪いで奪われていた力は戻り、それまで加護で護られていた危険が戻る。ハイリターンハイリスク。どちらが得か、わからないほど愚鈍な青年と少女では無い。
「つまらないわね、お前は。少しも私を楽しませやしない」
「堕天使を楽しませる趣味は私には無い。聖職者なのでな」
「どの口がそれをほざくのよ、外道。報告書は改竄ばっかりのくせに。聖職者のやる所業じゃないわよ、ええ。これじゃ教会にバレた時、大変なことになるわね。――今から楽しみだわ」
「その時は駆け落ちと洒落込む事になるぞ? 私達は共犯者だからな」
「お前と駆け落ちなんて最悪過ぎる……。というか勝手に共犯者にしないで」
「黙認していることで既に共犯者だ」
少女は青年の言葉に苦い表情になる。もしも少女が黙認せずに、青年の所業を教会に報告すれば、この青年は確実に追放されるが、少女は殺される確率が高い。
なにせこの少女は魔王の妹の眷属を傷つけ、その管轄地で好き勝手をした。
魔王率いる悪魔勢は一人でも敵を減らしたい。それ故に滅多な事が無ければ、この少女は確実に教会の手によって裁かれる。
「……もし、こうなることがわかっていたら、絶対にあんなことはしなかったわ」
「既に過ぎ去ったことだ。後悔するくらいならば、最善を探すことを推奨する。なんなら相談に乗ってやってもいい」
「冗談。お前に相談するくらいなら、死んでやるわよ。悪魔より性質の悪い外道に相談するなんて、冥界行きの片道電車に乗るのと同義だわ。――ところで、前置きが長くなったけど私を呼んだ理由はなに?」
「ああ、そうだった」
青年は思い出したように動き始める。椅子から身を起こし、棚から一つの書類の束を取った。
「駒王協定が結ばれたのは知っているな?」
駒王協定。
その言葉に、少女は苦い表情になる。
「知ってるわよ」
駒王協定。それは、
少女にしては、その協定は苦いものだ。
「アザゼル様のお考えとはいえ、私は賛同できないわ。どうして堕天使が他の勢力と協力しなくちゃならないのよ」
「そうでなければ禍の団にやられると思ったからだろう。今その禍の団に関する情報を集めているが、……あまり芳しくない」
青年は口調の割りに、平坦な表情だ。
「ハデスや帝釈天とつながりがあるという情報がある」
「……情報が集まらないんじゃなくて、厄介な情報が集まった、っていうわけね」
「七面倒な世の中だ。復権など無意味だというのにな」
古きもの、劣るものはいずれ世から消え去る、と青年は続けた。
「で? 私にそれを聞かせるためだけに呼んだの?」
「これは前置きだな。本題はここからだ。――とりあえず座れ」
青年は再び椅子に座る。少女は自分も座ろうと周りを見たが……椅子は無い。少女は仕方無しに、本当に仕方無しに、青年のベッドに浅く腰掛けた。
「話をきちんと聞くならばどのような体勢でも構わん」
「私が構うのよ」
少女は視線で青年を促す。青年は頷き、言った。
「お前には術式の陥穽とその崩し方を覚えてもらう」
「――――はあ?」
少女は眼を丸くした。
「どういうことよ?」
「どうもこうもない。そのままの意味だ。明日には〝
「どうもこうもないわよ。どうして、なぜ、私にそんなことを教えるの?」
少女は初めてこの青年に、純粋な疑問をぶつけた。
魔術や魔法の陥穽――それと、その破り方。それを教えるということは、少女に、この呪である魔術を解く術を教えるということに他ならない。
それは青年にとって、もっとも大きいデメリットだ。少女はその魔術があるからこそ、こうして青年の元にいて、嫌々ながら魔力を貢いでいる。それを失うということは、それは、青年が弱くなるということ――。
その問いに、青年はこれまでより、一層暗く深い笑みを浮かべた。
「……お前って最低ね」
意図を察した少女はそんな神父に侮蔑の言葉を浴びせる。
「外道」