妄想が暴走し爆発した短編集   作:鈴北岳

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(光の)僕のヒーローアカデミア

 

 

 

 

 

 

 怒りがあった――常に。

 怒りがあった――初めから。

 

 だから――決断に躊躇は無く。迷いは無い。

 

 

 

 

_/

 

 

 

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――()は煌めく流れ星」

 

 瞬間、光が爆ぜた。

 

 空に立ち上るは巨大な光輝の剣。

 

 見よ、見よ――我を見よ、と。その威を示している。

 

「“勝つ”のは俺だ」

 

 誰もがその剣の主人を見た。皆がその主を見上げた。

 

 瓦礫の山に立つ金髪の男。その姿は威風堂々。

 

 眼前の、突如出現した巨大な鋼の塊に一切怯える気配を見せず。

 

 ――否、ともすれば怒りを振りまきながら。

 

超新星(Supernova)――天霆の轟く地平に(Gamma-ray)闇はなく(Keraunos)

 

 再度、光が爆ぜる。

 

 高速で振り下ろされた光の剣。

 

 ――それは巨大な鋼を両断し、跡形もなく消し飛ばした。

 

 

 

 

_/

 

 

 

 

 清光(きよみつ)(れい)は"個性"を持つ高校受験生であった。

 

 将来の夢はヴィランを取り締まるヒーロー。国家資格が必要な現代の花形職業だ。"個性"持ちの人々が増えた超人社会ではごく当たり前のことだった。スポーツ選手に引けを取らない。

 

 だから。強力な"個性"を持つ彼にとって、ヒーローを多く輩出する名門校、雄英高校を受験するのは当然のことだった。そして、極めて優秀な彼にとって、雄英高校に受かるのも当然のことだった。

 

 雄英高校に所属するのは、努力した当然の結果だった。

 

 

「――さて、これから戦闘訓練を開始するわけだけど、このクラスの生徒は二十一人! 割り切れないな!」

 

 

 んーブラックジャック、と『ヒーロー基礎学』講師、現役No.1ヒーロー・オールマイトは呟いた。

 

 オールマイトは今年度から雄英高校に赴任してきた。このことは受験結果発表の時に初めて明かされた情報であり、世間が沸きに沸いたことは言うまでもない。一例として、大ファンである緑谷出久は、清光糺よりオールマイトの近くにいて、緊張と興奮を隠せずにいる。

 

「だが安心したまえ! 誰も一人ぼっちにはさせないぜ! 具体的にはヴィラン二人とヒーロー三人のグループで訓練をしてもらう。その際のハンデとして、ヒーローチームは一人は救援としてモニターの無い別室から遅れて参加し、そして捕縛テープを所持するのは二人だけっていう寸法だ」

 

 基本的にヴィランとヒーローの戦闘において、人数はヒーロー側が多い。ヴィランが先手を打ったり、計画的に犯行を進めた場合には異なることが多いが。

 

 組み分けのためのクジが配られる。

 

「皆わかったね?」

 

 

 

 

 清光糺が引いたのはKのクジだった。これはヒーローチーム確定のクジである。なけなしの公平性を期すため、トリオになるペアは試合直前までわからないこととなっている。

 

 真実即席のチームワークが試されていると清光糺は感じた。

 

「すげえな、あいつら。――そう思わないか?」

 

 ふと、声をかけられた。

 

 清光糺は先ほどまで凄まじい戦闘が映っていたモニターから視線を切る。声の主は白い胴着を着た、体格の良い青年だ。

 

「……尾白猿夫、だったか」

 

 合っているな、と視線で清光糺は確認した。尾白猿夫はそれに頷く。

 

「たしか、清光、だよな。よろしく」

 

「清光糺だ。よろしく、尾白。――たしかに凄まじいな。一戦目がこれとは」

 

 一戦目。具体的には、緑谷出久と爆豪勝己の対決。

 

「負けられん。素直にそう思う」

 

 清光糺は瞑目し、柄を握る手に力を込める。出した言葉に熱がある。知らず昂っていたことを自覚する。

 

「静かな割に強気だな。俺もそう思ったけど、緑谷のあれはちょっと怖い」

 

「使い慣れていないな、あれは。爆豪もそうだが、思い切りが良過ぎる」

 

「怪我への配慮とかは……爆豪はできているのか、一応」

 

「それは双方できていると見える。緑谷は人に向かって攻撃していない」

 

「あれは凄かった。一発、それも風圧でコンクリ叩き壊すとか。……俺にはできないな」

 

「尾白は……そうか。尻尾か」

 

 清光糺は尾白猿夫の尾てい骨から伸びる太い尻尾を見る。ふむ、と少し考え。

 

「今回の訓練には緑谷よりよほど向いている。狭くない閉所、建造物の中であれば、それを使った特殊な動きは強味だろう」

 

「ありがとう。そう言う清光の"個性"は? 見たところ……見たとこ、ろ。……いや、お前が刀が好きなのは良くわかるんだが。緑谷と似たようなものか?」

 

 尾白猿夫は清光糺の服装を見て眉間に皺を寄せた。

 

 清光糺は暗褐色の威圧感のある軍服のようなものを着ていた。そこに七振りの太刀が提げられている。

 

「俺の"個性"はそんな使い勝手の良いものではない。ガンマ線の操作――光を収束させる、といったものだ。俺はこれを刀に付与し、斬ることしかできんよ」

 

「……たしかに、使い勝手は良く無さそうだな。あの青山だっけか。そいつのビームみたいなものか」

 

「呼んだ?」

 

「「いや」」

 

「青山のものほど派手ではないが、小回りは効きやすい。そんなものだ」

 

「呼んだかい?」

 

「「……いや」」

 

 

 

 

 先の一戦の講評が終わる。緑谷出久と爆豪勝己への講評は清光糺と尾白猿夫の抱いたものと似たものだった。しかし、飯田天哉と麗日お茶子への講評については清光糺には少し新鮮だった。どうやら先の二人に気を取られ過ぎていたらしい。気を付けねば、と清光糺は自省した。

 

 次の組み合わせが公表される。

 

 ヒーローチームは尾白猿夫と葉隠透と清光糺、ヴィランチームは轟焦凍と障子目蔵だ。

 

「私は葉隠透! よろしくね!」

 

「清光糺だ。よろしく」

 

 自己紹介もそこそこに作戦会議を始める。まずは別室に待機する救援役だ。

 

「――我がままを言える立場ではないと自覚しているが。尾白、葉隠。俺が先陣を切っても良いだろうか?」

 

「理由を訊いても良いか?」

 

「俺の"個性"は陽動と威嚇に向いている。――このようにな」

 

 ず、と清光糺は太刀を二振り抜き放つ。意識を集中させ"個性"を発動させる。すると太刀の刀身が熱と光を発し始めた。

 

「おー! カッコイイ! あ、噂の光る剣って清光君のことだったのね!」

 

「え゛。あの巨大ロボをぶった切ったって」

 

「消耗は激しいが、それだけ伸ばして斬ることも可能だ。極めて非効率的だがな」

 

 刀身の光が僅かに伸びて、その数秒後に光は消えた。

 

「なるほどな……。……その"個性"なら、轟の相手はできるか?」

 

「やろう。俺が最も向いている。尾白と葉隠は冷気と熱気に真正面から対峙するのは厳しいだろう。俺ならば熱気はともかく、冷気の方は対処しようがある」

 

「じゃあ最初の二人の内の一人は清光君か。轟君のペアは障子君だから」

 

「俺が相手した方が良いだろ。葉隠さんより。女の子だし」

 

「それに葉隠の"個性"は複数人の戦闘でこそ効果が高い。後詰めにこれほど心強いものはない」

 

「オッケー! 任された! 私はそのまま核の確保に動くね!」

 

 時間が来て、二人がビルに突入する。葉隠はそれを見送って、椅子に腰かけて自分の出番を待つ。

 

 

 

 

 ヒーローチーム二人がビルに入ってまず感じたのは冷気だった。

 

「……寒さ対策しとけば良かったな」

 

「消耗が軽ければ溶かしながら進めたのだが……すまない」

 

「良いよ、気にしなくて。……待ちかな」

 

「轟の能力からして待ちだろう。加えて、設定では防衛戦だ」

 

「そうだったな。じゃあ急いだ方が良いな」

 

「無論。特に俺は接敵せねば役立たずだ」

 

「その肝と頭も頼りになるさ」

 

「なに、その気になれば誰でもできる。俺の特許では無いよ」

 

 会話しながらビルの中を軽く走りながら進む。もちろん曲がり角などではクリアリングは欠かさない。現状、この二人は轟焦凍に奇襲をかけられ先手を取られれば詰むのだ。

 

 扉はすんなりとは開かないようにされていた。轟焦凍の"個性"により、ドアノブの周辺を簡単に凍らされていた。清光糺はその度に"個性"を使って扉を四角に斬り、尾白猿夫はそれを蹴り壊した。

 

 そうして核があると思われる部屋の前まで進んだ。

 

「……大丈夫か?」

 

「問題は無い。“勝つ”とも」

 

 尾白猿夫の問いに雄々しく答える。尾白猿夫は清光糺の変わらぬ態度に笑みをこぼした。

 

 瞬間。

 

 

 ――ガゴン、と扉が内側から吹き飛ばされた。

 

 

 二人は咄嗟に飛びのき、飛び散る破片から身を守る。

 二人は共に"個性"を使わず、培った技能で対処する。

 

 扉が吹き飛ばされたところから出てきたのは、氷塊だった。

 空中へと押し飛ばして氷漬けにするつもりだったのだろう。

 氷塊は上向きに伸びていた。

 

 吐く息が白い。霜が降り始めている。

 舞う粉塵がキラキラと輝いている。

 一種幻想的な光景だ。感動に心を奪われる。

 ――そこに、ヴィラン。轟焦凍さえいなければ。

 

 氷塊が蠢く。

 冷気が伸びる。

 氷が広がる。

 急速に下がっている気温。

 天災そのものの光景だ。

 これは人間には立ち向かえない――。

 

「見くびるな」

 

 清光糺の眼光に光がともる。

 刀に光が集まり、熱が伝導する。

 

 すぐさま尾白猿夫は清光糺の背後に下がる。

 もともとその予定であることには変わらないが、内心、悔しい思いがあることは嘘ではない。

 

超新星(Supernova)――天霆の轟く地平に(Gamma-ray)闇はなく(Keraunos)

 

 爆光が煌めき、熱波が空間を叩く。

 光が氷を押し返す。

 

「清光!」

 

 ふと、尾白猿夫は空気の膨張の話を思い出し、清光糺に声をかける。

 後ろには俺がいると、次に何が起こるかわかっていると、――無理をするな、と。

 思いを込めて、叫んだ。

 

「大丈夫だ!」

 

 次の瞬間、突風が吹き荒れた。

 尾白猿夫は予想通りに飛ばされた清光糺を、刀に気を付けながら抱きとめて地面を転がった。

 そして勢いを殺し切るや否や二人はすぐさま立ち上がり――

 

「Keraunos!」

 

 清光糺はもう一度爆光を放つ。

 轟焦凍の追撃を相殺し、部屋へ突入した。

 

 ヴィランチームの二人がいた。

 

「投降するが良い、ヴィラン。貴様の氷は俺には通じんぞ」

 

 雄々しく、堂々と。

 清光糺は威圧する。

 

「凄い自信だな、清光。見たところ、お前の出力はそう強く無さそうだが」

 

 その威圧に、轟焦凍は淡々と言葉を返す。

 

 尾白猿夫はその言葉に内心で同意した。

 二度の大出力の攻撃。

 不意を突かれた形だからしょうがないとはいえ、轟焦凍の出力は恐ろしい。

 それに対抗できる清光糺も清光糺だが、燃費の話を聞いただけに不安が募る。

 

「不意打ちで仕留められん貴様が何を言う。――“勝つ”のは俺だ」

 

 尾白猿夫の不安をよそに、清光糺の威圧が高まる。

 目を見ずとも伝わる熱。

 その熱と後姿に、肝がぶるりと震えた。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――()は煌めく流れ星」

 

 瞬間、光が爆ぜた。

 清光糺の刀が光を纏う。

 

 その眩しさは先の比にならず。

 清光糺は一切の出し惜しみなく最大出力を披露する。

 

超新星(Supernova)――天霆の轟く地平に(Gamma-ray)闇はなく(Keraunos)

 

 言い終わるや否や、清光糺は轟焦凍に突貫した。

 轟焦凍はそれを油断なく見据え、手始めに地面に氷を這わせた。

 

「舐めるな」

 

 清光糺の足が光る。

 光と熱が氷を溶かし、一切の減速無く疾駆する。

 

「なるほどな」

 

 これは共に天敵だ。

 

 "個性"の純粋な相性では確かに、清光糺が上回る。

 光の速度を上回る現象は無い。

 どうしても冷気は展開速度で光に劣る。

 速度と射程の二点において、轟焦凍は清光糺の"個性"に及ばない。

 

 だが、"個性"の運用方法では轟焦凍が上回る。

 清光糺が刀に光を纏わせている理由――それは、彼の"個性"は光の生成は得意ではないと思しい。

 生成量に自信があるならば、纏わせるのではなく飛ばす方が強いに決まっている。

 

 質が量を圧倒することは稀――故に、この一騎打ちの軍配は順当であれば轟焦凍に上がる。

 

「だが――」

 

 轟焦凍は横目で尾白猿夫を見遣る。

 

 核へと――障子目蔵へと走り出していた。

 二人の"個性"の相性に優劣は乏しい。

 放っておいても特に問題は無い。

 というより、放っておくべきだろう。

 

 それよりも。

 

「ハ――ッ!」

 

 雄叫びを上げ、己が氷を斬り飛ばす金髪の男。

 眼光は鋭く熱宿し、満ちる気勢は景色を歪ませる。

 

 状況は悪くない、悪くない――のだが。

 

 迫る男。

 黄金の光を携える雄々しきヒーロー。

 轟焦凍はその姿に――No.1ヒーローを連想したから。

 してしまったから。

 

「――ォオッ!」

 

 楽に甘んじてはならない。

 状況は悪くないが、その天秤は良くも悪くもこの男次第。

 耐え忍ぶ方が確実だと思われるが、そう。

 ()()()()()()

 

 故に――万全を期そう。まず数を減らそう。

 

 インカムに声をやる。

 

「障子」

 

「合わせよう」

 

 轟焦凍は左を走る尾白猿夫に向かって右手を振るう。

 奔る氷壁。

 尾白猿夫はすぐさま回避行動に移る。

 

「ぬるい」

 

 突貫が止まる。

 清光糺の足が氷に覆われる。

 光輝が爆ぜる。

 ()()に掲げられた光の剣――瞬間、轟焦凍の顔が引きつった。

 

天霆の轟く地平に(Gamma-ray)闇はなく(Keraunos)ッ!」

 

 即座に右手を右に振り直し、氷の足場を作って左側に跳び逃げる。

 尾白猿夫へと向けていた氷壁の分をそちらに回した。

 次の瞬間には氷の足場が文字通りに消し飛んだ。

 

「ぐ……。ォオオオッ!」

 

 轟焦凍が体勢を立て直す間に、足を拘束する氷を刀で砕き光で溶かす。

 

 清光糺以外は誰も知らぬことだが、彼自身の光を操る精度はそう高くは無い。

 装備によって軽減されているものの、彼の足には既に軽微の火傷がある。

 

 加減はしている、調節はしている。

 それでも、それだけ。

 轟焦凍の"個性"は破格だった。

 調節などを考えては、一瞬でやられる。

 しかし、さすがに直撃させては確実に殺してしまうので、狙いから轟焦凍は外しているが。

 

「走れ! 清光! お前が確保しろ!」

 

 尾白猿夫が叫ぶ。

 

「お前なら、二人を突破できるだろう!!」

 

 そう叫んで尾白猿夫は轟焦凍へと突っ込んだ。

 

 ヴィランチームの二人は驚くも、その言葉は正しいと感じた。

 

 双方共にエースが()()過ぎるのだ。

 そして、双方共に高い火力を誇るのだ。

 

「無論。是非も無し!」

 

 疾走を開始する清光糺。

 逡巡する轟焦凍。

 

「轟。任せろ」

 

 そう告げたのは近くに寄っていた障子目蔵。

 普段の静かな彼からは想像もつかない、重い熱が言葉にこもる。

 

「迷うな。――合わせよう」

 

 瞠目する。

 心の底にある何かが震えた。

 

 一瞬だけ瞑目し、覚悟を決める。

 心臓に熱を叩き込み、寒さに震える体を叱咤する。

 "個性"によるデメリットを、気合と根性で打ち消すのだ。

 

「頼む」

 

 呟き、冷気を爆発させた。

 氷の壁が清光糺に立ちはだかる。

 

 次いで光輝が爆ぜるが、その熱波と爆風は障子目蔵が轟焦凍の代わりに受ける。

 同時、障子目蔵の足元から冷気が這い上がり、氷柱が伸びる。

 跳ぶ先は張りぼての核。

 

 それを見て、清光糺は眉間の皺を深くする。

 距離と速度的に障子目蔵の方が早い。

 

「半ば反則だが。ヒーローとしての枷、利用させてもらうぞ」

 

「反則なものか。実に適当だとも。卑怯などとは一切思わん」

 

 障子目蔵は"個性"を用い、必要なだけ腕を複製して核を背中にがっちりと抱えた。

 加えて自分にできる最大数、感覚器官を複製する。

 

 こうして、対立する二人は入れ替わる。

 清光糺は障子目蔵と、尾白猿夫は――轟焦凍と。

 

 やべえ、と。

 尾白猿夫は轟焦凍と向き合って確信する。

 轟焦凍の熱を孕んだ眼光を見て悟る。

 

「……俺相手に本気かよ、轟」

 

「手を抜いて欲しいのか? 尾白」

 

「まさか」

 

 間抜けな台詞を否定する。

 

 清光糺がいるからと、安心しているわけじゃない。

 そう、真実轟焦凍が心底恐ろしい。

 誓って決して嘘じゃない。

 

「お互い男だろ。そりゃないよ」

 

 轟焦凍の吐く息が白い。

 半身に霜が降りている。

 あれだけの冷気の連発、果たして轟焦凍の体力は未だ平気なのか。

 尾白猿夫は静かに頭を回す。

 

 さあ、どうすれば()()()か。

 

 轟焦凍が尾白猿夫へと疾走する。

 接近戦。尾白猿夫の間合い。

 

 しかし果たして、尾白猿夫は轟焦凍に勝てるのか。

 格闘技術のみならば自信がある。

 だが、"個性"込みでは話は別だ。

 勝てる算段など微塵もない。

 

 微塵もない――から、応えるように前へと踏み出した。

 

 姿勢は低く、体を絞り疾駆する。

 ステップは小刻みに、やや体を左右に振りながら。

 激情を振り絞り、心臓に熱を込める。

 冷気にわずかでも対抗するためだ。

 右側から攻めてはいけない。

 一瞬で凍らされて行動不能にされるだろう。

 ……できるとすれば、捕縛テープを左手のどこかに巻き付けるだけ。

 

 あるいは。

 遅れてやってくる救援、葉隠透に期待している。

 時間的にそろそろやってくるはずだ。

 ターゲットの確保か、それとも、轟焦凍の捕縛か。

 

 ――と、轟焦凍はそう思っているだろう。

 

 尾白猿夫はそう予測して、死地に挑む。

 その予測を覆す策などなくとも、思い付きはあるのだから――

 

 

「手は一切抜かない。俺の全()を以って、お前たちに勝つ」

 

 

 轟焦凍が煙り煌めく。

 右半身から渦巻く白が、轟焦凍の全身を覆う。

 

 尾白猿夫の表情が引きつる。

 心胆から震え凍える。

 さっきまで満ちていた心の熱が冷えていく――

 

「……なんだよそれ。"個性"の暴走じゃないなら恐いぞ――!」

 

 ダイヤモンドダストを纏う。

 極寒の高峰に吹き荒れる吹雪を纏う。

 

 

「半冷半燃、改め――蒼身全冷」

 

 

 半冷、最大出力。

 "個性"に指向性を与え、しかし()()させる。

 

 ――そう。尾白猿夫の言う通り、これは"個性"の暴走だ。

 

 内蔵されたヒーターが悲鳴を上げる。

 ごうごうと唸りを上げる。

 ガチガチと歯が噛み鳴る。

 心臓は竦み上がり、筋肉は動く度に熱疲労を訴える。

 全身が凍え、脳が溶ける。

 

 だが。

 それがどうした。

 

 元より覚悟の上。

 左は使わず勝つと決めている。

 右だけで勝つと、そう決めた。

 ――誓ったのだ。

 

 

 

 ……本来ならば。

 ここまでするつもりは無かったし、ここまでするとは思えなかった。

 

 ――けれど。

 

 

 あれを見た。見てしまった。

 光輝の巨剣。全てを輝きに沈める爆光。

 

 あれを見て――敵わないと思ってしまったから……

 

「……負けられない。負けるものか、負けたくない。――勝つ、勝つ。必ず、絶対に……!」

 

 そうだとも。

 

「“勝つ”のは俺だ」

 

 ……轟焦凍が一線を超える。

 道を踏み外す。

 

 されど。

 その歩みに影は無く――。

 

 

 

_/

 

 

 

 清光糺が刀を収めて距離を詰める。

 

 明らかな体格差をものともしない突貫だ。無謀だった。

 

 殺すことができない以上、障子目蔵との相性は良いものでは無い。

 ……それは尾白猿夫にも言えることだが、彼には強靭な尻尾がある。

 少なくとも、清光糺よりは相性は悪くは無い。

 

 だが。この光景はどういうことか。

 

 清光糺は障子目蔵と拮抗していた。

 

「おおおおオォ――!!」

 

「オオォッ!!」

 

 二本二対の腕が交差する。

 泥臭い拳の応酬。

 鈍く重い音が絶えず響き渡っている。

 ……両者共に、互いの拳を避け切れずにいた。

 

 清光糺が障子目蔵と拮抗する理由は二つ。

 核へと手を伸ばすという動作と、単純な素手の技術だ。

 

 無論、障子目蔵も素手の技術を持つ。

 雄英高校のトップクラスに入るエリートだ。

 便利な"個性"に胡坐をかいているはずがない。

 ヒーローを目指す同年代の平均より更に上を行く。

 

 たとえ核というハンデを負っているにせよ、優位性が覆るはずは無い。

 体格差と"個性"による察知能力を有するアドバンテージはそれほどに大きい。

 体の優位性に加えて、技もある。

 更に今ならば、心も過去最高に充実している。

 心技体その三つ全てが絶好調だ。

 

 清光糺はその三つにおいて、体で劣る。

 心は恐らく拮抗している。

 故に――技。

 

 技の練度が上回っていた。

 

「ぐっ……!」

 

 だが。それは仕方の無いことだった。

 

 なにせ、清光糺の体は、障子目蔵よりも素の人間に近い。

 

 よって、より技が体に馴染みやすいのは清光糺だ。

 異形という体の優位性を保持する以上、それは仕方の無いことだ。

 ……独創より、模倣の方が習得が早い。

 悲しいことに、異形の"個性"を活かすには、どうしても独創しなくてはならない。

 

「がはっ……!」

 

 障子目蔵の一撃が清光糺の腹に突き刺さる。

 

 対応がわずかに鈍り、反撃を楽に対処された。

 障子目蔵の返しの拳が翻る。

 腕が上がり切らなかったので、額による頭突きで押し返す。

 

「ぐっ――おおぉっ……!!」

 

 心は拮抗。

 体で劣るも技で勝る。

 

 ……だが、体で劣る以上、心と技で圧倒できないならば、天秤は傾く。

 

 僅かでも拮抗する以上、これは耐久、チキンレースだ。

 であれば、体で勝る方がより優位に立つのは当然だ。

 ……心と技は、体を活かすためのものであるから。

 

 天秤が傾き始める。

 清光糺の拳の回転率が徐々に僅かに下がっていく。

 

 障子目蔵が――一切油断せず、着実に清光糺を仕留めにかかる。

 腕の疲労を感じ取ったのだろう。

 障子目蔵はあえて拳同士の相打ちを狙い始めた。

 

 腰の入った拳とは、体に芯を通して放つものだ。

 その芯がぶれなければぶれないほど、力の伝導率が上がり、当たった時の衝撃が重くなる。

 それはつまり、一定方向からは、体全体に衝撃が伝わりやすいということである。

 

「ぐぅっ…………!」

 

 清光糺の体が悲鳴を上げる。

 

 障子目蔵の技量は決して低くなく、むしろ高い。

 接近戦において、清光糺は明らかな格下だ。

 拮抗していたのは単純に出力上限の差だ。

 障子目蔵以上に体力を消費しながら攻撃していたから拮抗していた。

 

 

『……悪い、清光。捕まった……』

 

 

 インカムから声がした。

 

 文字通りに悪寒が走る。

 その危機感に従いながら、障子目蔵の拳を腹に受けつつ、無理矢理前へと脚を踏み出した。

 同時に障子目蔵から二撃目をくらい。

 

 ――氷壁が走った。

 

 さっきまでの位置に氷壁が出現する。

 

 

 

「清光。お前の言葉を返すぞ。

 ――――“勝つ”のは俺だ」

 

 

 

 全ての形勢が不利になる。

 

 葉隠透という伏兵を以ってしても覆し難い。

 

 

 障子目蔵がその背の核を清光糺より遠くに投げる。刹那に冷気が核を覆いつくす。

 

 ――障子目蔵が、全力を以って清光糺に襲い掛かる。

 

 清光糺に決して劣らぬ心技体を、いざや存分に振るうのだ――

 

 

 

 …………勝敗は決した。

 

 清光糺はこの二人を倒すことはできない。

 

 葉隠透は氷壁を突破する術を持たない。

 

 ……勝機は確かにあった。

 

 決して高くは無かったが、尾白猿夫が時を稼ぎ、葉隠透が轟焦凍を捕らえるか。

 あるいは、核に触れることができたならば。

 

 だがそれも。轟焦凍の覚醒により不可能と相成った。

 

 今や轟焦凍は天災そのものだ。

 生半可な"個性"持ちでは、ましてやただの人間では敵うことは不可能。

 

 よって。この勝負にもはや語る価値は無い。

 

 ヒーローチームの敗北によって、幕を降ろすのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「否。――――まだだっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「創生せよ! 天に描いた星辰を!! ――()は煌めく流れ星!!!」

 

 瞬間、光が爆ぜた。

 

 

 ――――――見たぞ。

 

 見たぞ、見たぞ。見たぞ見たぞ見たぞ見たぞ見たぞ……!

 貴様の極点。突破した臨界点。――その()を。

 指向性を持たせた"個性"の暴走――――()()()()()()()()()()

 

 

「巨神が担う覇者の王冠!

 太古の秩序が暴虐ならば!

 その圧政を、我らは認めず是正しよう! !

 勝利の光で天地を照らせ!!

 清浄たる王位と共に!

 新たな希望が訪れる!!」

 

 光が氾濫する。

 清光糺が自身の"個性"に呑み込まれる。

 

 ――されど、彼の声は轟き渡る。

 

「百の腕持つ番人よ!

 汝の鎖を解き放とう!!

 鍛冶司る独眼(ひとつめ)よ!

 我が手に炎を宿すがいい!!

 大地を、宇宙を、混沌を!

 ――偉大な雷火で焼き尽くさん!!!」

 

 あの光は危険だと、障子目蔵は瞬時に察する。

 

 すぐさま距離を取り、天災――轟焦凍へと対応を譲る。

 

「聖戦は此処に在り!!

 さあ人々よ!

 この足跡(そくせき)へと続くのだ!!

 約束された繁栄を!

 新世界にて齎そう!!」

 

 轟焦凍は右腕を突き出し、照準を定める。

 狙いは決して外せない。最大出力で一息に仕留める。

 そう。でなくば。

 

 ()()()()()()

 

 この状況を覆し、勝つことも不可能ではないのだから――!

 

 

「否! そう、否! 否! 否! だ!!

 轟焦凍! 障子目蔵! 俺は貴様らの力に敬意を払おう!

 これほどの実力! 生半可な努力では身に付くまい!

 ゆえ、負けられん! 尊敬すべき級友に無様を晒すわけにはいかんだろう……!!」

 

 そう。故に。()()()

 

 超えてみせよう。

 覆してみせよう。

 

 逆境を踏破してこそのヒーロー故に。

 

「何より!

 俺は約したのだ!」

 

 そう。轟焦凍に。障子目蔵に。

 ――尾白猿夫に。

 

「そう――“勝つ”のは俺だ!」

 

 暴走する生成速度。

 暴れまわる光輝を清光糺は必死で束ねる。

 

 高温を発し、我が身をも焼く爆光。

 幼少期にいくども経験した臨死。

 

 それを再び乗り越えるべく、光の魔人は光輝を手繰る。

 抜き放った二振りの刀に光輝を宿す。

 

 世を滅ぼし得る十字に飛ぶ斬撃(セイントクロス)

 

 

「いいや。俺だとも……!!!

 誓ったんだ。俺は、この"個性"で奴を超えると――!」

 

 迫る極寒。凍てつく吹雪。

 暴走させた"個性"に指向性を持たせた――否。

 先刻より、わずかながらも操作できるようになったソレ。

 

 半冷半燃の特化型、蒼身全冷。

 

 その天災の如き猛威が、清光糺を襲う。

 

 

 

超新星(Supernova)! 天霆の轟く地平に(Gamma-ray)――」

 

「半冷半燃! 改め――」

 

闇はなく(Keraunos)!! 斬り裂け――――!!!」

 

「蒼身全冷! 最大出力!! 凍てつけ――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

_/

 

 

 

 

 

 

 

「――さて。先の講評だけど」

 

「まず最初に。良いかい、君達。決して"個性"は暴走させるものじゃない。というかさせちゃダメだ。人を救う時に一番大事なのは、安全の確保だぜ。これは基本中の基本。というか、緑谷君の件、君達知っているだろう。……幸い、彼ほどの重傷は負っていないけど、こんな無茶、次したら先生、()()で怒るからね」

 

 

 

 

 

 

_/

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと。

 

 二人の戦闘はオールマイトにより中断させられた。

 

 二人がオールマイトによる風圧で吹き飛ばされ、オールマイトに抱きかかえられてその戦闘は終了と相成った。

 

 オールマイトは清光糺の"個性"の詳細を把握している。黄金に輝くガンマ線の生成とその操作。被曝を引き起こす恐怖の"個性"。オールマイトであろうと、この"個性"は脅威だ。

 

 そのため、先ほどのような手段でしかオールマイトは清光糺を止めることができない。幸いにも、清光糺は礼儀正しく聡明であるため、理由を説けば即座に従ってくれる。

 

 先の攻撃であっても、その直線上から轟焦凍を避けていた。轟焦凍にしても同様に、下半身のみを凍らせるものであった。誰かが死ぬ可能性は極めて低かった。――"個性"の暴走を除いて。

 

 オールマイトが中止させたのは、偏に"個性"の暴走によるものである。

 

 いつ事故が起きてもわからない状態であることもあるが、一番は二人の体を心配してのことである。

 

 それを考えれば、轟焦凍の蒼身全冷の時点で止めるべきだったが、仕方が無かった。あの指向性を持たせた"個性"の暴走は、傍目にはただ単に出力を上げただけだとしか見えないからだ。むしろモニター越しに出力の暴走を看破したオールマイトの観察眼か経験則に驚くべきだ。

 

 

 

 

 

 

_/

 

 

 

 

 

「この試合のMVPは……まあ、皆言わずともわかるかな。障子君だ。轟君を攻め手と主軸にして自身は補助に徹していた。インカムの会話、男気溢れてとても格好良かったぜ!」

 

「尾白君も良かったんだけど、少し清光君を過大評価しちゃっていたね。ただ、あの攻撃の後に轟君に挑もうとしたその気概や良し! 先生、君の勇気に思わず拳を握っちまったぜ」

 

「轟君はあれだね、少し以上に熱くなっていなかったかい? あの"個性"の使い方は非効率的過ぎるし、危険だ。今後はあんな使い方しないように。するにしても、しっかりと練習して安全域を見極めてからだ。他は言うこと無し! 特に最初の奇襲はタイミングばっちりだ! お手本にしたいね!」

 

「清光君は轟君に集中するべきだったね。あのチームの中で、君だけが彼と張り合える。それに君の"個性"は人に撃つには危険過ぎるからね。そして、もっと自分を大事にするように。もっとしっかりと安全域を取るように。けど、君は迫力が凄いな! あの試合の皆、君と張り合うように頑張っていたからね!」

 

「…………」

 

 

 

 

「……。葉隠君は、すまない。私が試合を中止してしまったばかりに、君、何もできなかったね……。次は先生、きちっとみんなが行動できるものを考えてくるよ……」

 

 

 

 

 

 

 

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