旧外道神父.1
俺、兵藤一誠は
友人かと問われれば友人と答えるが、その時には首を捻らざるを得ない。ハテナマークをつけなければならない。
「えっと、貴方……が、兵藤さんですか?」
俺の眼の前には、両手を胸元で不安げに組む下級生の可愛い小柄な少女。
少女は明らかに警戒した様子で俺に話しかけている。
「ああ、そうだけど? 俺が兵藤一誠ことイッセーだ」
まあ、しょうがない。初対面の異性、それも上級生である俺では仕方の無いことです。
「そして……言峰さんの友人、ですよね?」
ぴしり、と俺のナニカにひびが入った。
いや……まだ、まだだ、挫けるなイッセー。
まだ
――思い出されるのは俺のあの同期生。俺の小学校から引き続き中学校、そして高校まで一緒の同期生。
外面だけは良いあの同期生。
「えっと……」
眼の前の下級生は、俺を警戒しながら体をもじもじとさせている。
――……知っている、知っているぞこの状況はぁぁぁ!
昨日の放課後、靴箱に入れられていた「早朝学校の何処其処で待っています」という可愛らしい字で書かれた手紙!
そして早朝現れる見知らぬ異性! その異性のこの恥ずかしげな挙動!
いや、まだ、まだだぞイッセー! 最後まで
希望を持て、希望を持てぇぇぇぇぇ!
「お、お願いが……あるんです」
来たぞ、来たぞイッセー! 漢を魅せろイッセー!
まだ決まっていない! あれとは決まっていない! 仮にこの子が
「こ、これを……」
そう言って渡されるピンクの便箋。
――気丈でいろ、イッセー! 平然としているんだ!
来たぞ来たぞ来たぞこの時が!
「この手紙を――」
俺の心臓の鼓動が大きく高鳴った。
俺から視線をそらし、顔を真っ赤にして手紙を差し出している下級生の可愛らしい少女。恥ずかしそうに、不安げにしている女性に心臓が高鳴らない男など存在しない!
「言峰様に渡してください!」
「わかった」
◇
「よー心の友イッセー……よ――っておい! どうした!?」
「おー……」
俺が机に突っ伏していた顔を横に向けると、そこには丸刈り頭のスポーツ好青年然とした友人――松田。
「まさか……――また
キザったらしく言ったのは俺のもう一人のメガネをかけた友人――元浜。
「なにぃ! また
松田と元浜と俺の三人でいう
「またあのイッセーが言峰さんへの手紙を渡されたらしいわよ」
――……以上の女子生徒の言葉通りの事件である。
「気味が良いわね。胸がスカッとする」
「でも、なんで言峰さんはあんな奴と友人なのかしら?」
「さあ? さすがに
……以上の女子達の言葉から俺が、俺達三人がどれだけ嫌われているのかがおわかりになっていただけだろう。
俺、松田、元浜の三人は悪い意味で有名だ。超オープンドスケベ三人組として。
そんな俺達三人とは対照的に、あいつはとても良い意味で有名で、人望がある。
あいつはよく人の悩み事を聞く。真面目に、真摯に。かくいう俺も何度か聞いてもらったり。
なまじよく愚痴を聞いてもらったりしているために、悩み事を打ち明ける人の気持ちがよくわかるのだ。あいつはすっごい聞き上手。
「……それも今回は初期感染の信者」
「なにぃ!?」
「なん……だと……!?」
松田と元松は俺のその言葉を聞いて、俺の肩に手を置いた。ありがとう、親友よ。心の友よ。俺を慰めてくれるのか。
あいつには極稀に、信者が存在する。たまぁに、あいつの助言というか慰めというか、そういうのが劇的な効果を示す時があるのだ。
それに胸を打たれた一部の過激な人達が、ちょっとしたグループを作っていたりする。
ともかく、そいつは今のこの悲しみの全ての元凶。俺の小学校高学年から今に至る高校までのあの同期生――。
「おはようイッセー。……どうした? 机に突っ伏して」
「「「てめえのせいだ!!」」」
俺と松田と元浜の息ピッタリの怒声が、俺に挨拶してきたやつにぶち当たる。しかしやつは動じない。眉を少しも動かさなかった。
「またそれか……。一応、直接私に渡すようには言っているのだが。人気者だな、イッセー」
てめえが言うな! てめえが!
俺の眼の前にいる制服をきっちりと着込んだ陰気な同期生。
没個性なやや長めの髪型と双眸。どこにでもいる陰気な青年、もしくは大人びた青年といった風体。そして、こいつと
こいつの名前は言峰綺礼。通称、言峰さん、もしくはカタカナでキレイ。……たまに言峰様。
「……これだ」
俺は今朝受け取ったあのピンクの便箋をキレイに手渡す。
「ふむ。わざわざ済まない、イッセー」
キレイは俺にだけ見えるよう、意地の悪い表情を作る。
……これだ。俺がコイツを好きになれない理由。
「この子が誰かに私を紹介する時は、君を介さずに私に直接会うように言い含めておこう」
コイツは、いつも俺に意地の悪いことをする。
ピンクの便箋を丁寧に手帳に挟み込み、制服の内ポケットにしまう。
「なぜイケメンではない貴様が毎度女生徒から手紙を渡されるのだ! 答えろ!」
元浜がキレイにそう言い放つ。キザったらしく。
ビシィッ、という効果音がつきそうな動作で指を突きつけた。
「私が人々の悩みを聞いているからだろう」
「それだけで計百枚以上の手紙を受け取るものか!!」
甘いぞ元浜。それは高校のみだ。小学校中学校を合わせれば、三百枚に至るぞ。
「ふむ……。ならば、私もまだまだ捨てたものではないようだ」
他のやつらは謙遜に聞こえるだろうが、俺からすれば嫌味でしかない。
人格者ではあろうが、コイツは同時に意地が悪い。
質も悪い。
元浜がいつも通りに言葉につまる。キレイは
「そろそろ時間だ。放課後にまた」
キレイは俺達三人にそう言い残し、この教室を去っていった。
その時、なんだかキレイを熱っぽい視線で見ていた可愛い女生徒がいたが、うん、幻覚だ。頬なんて染めていない。潤んだ瞳でなんて見ていない。
断じてそんな恋する乙女がいるわけが無い。
……隣を見れば、松田と元浜が血涙を流していた。
うわ、マジで気持ち悪い。鼻水出すな。クラスの女子全員が汚物を見る目で見ているから。
ただ、数名は俺を気の毒そうに見ていた。それが心の救いだった。
……え? 俺は血涙を流さないのかって?
………………慣れてしまったんだよ。
◇
俺、兵藤一誠こと、イッセーは眼の前のこの男が苦手である。
愉快犯的な性悪な性格。一見は物腰の落ち着いた青年といった風体なのだが、その実、能動的に動く。じわりじわりと、意地悪く動くのである。
しかしだからといって、嫌いにはなれず、憎むことはできないし、邪険にもしにくい。
「奇遇だな、イッセー」
「なんでこんな幸せな時にキレイと会うんだよ……」
今日、俺は初めてできた彼女とデートにいく。それなのになぜ……なぜ! こんなやつと家を出たしょっぱなから出会わなければならないのだ。
「……なにかね? その顔は。友人にその態度はあまりにも失礼だと、私は思うが?」
言峰綺礼。通称キレイ。カタカナでキレイ、だ。
黒を主体とし落ち着いた服装。小奇麗に整えられた無表情な容姿がすぐに思い浮かぶ陰気な青年。歳は俺と同じくらいなのだが……。
「折角友人に女性とのデートのコツを教えてやろうと思っていたのだがな……」
……とても同い年には思えない。
「是非教えてくださいお願いします」
これだ。これなんだ。
俺がこいつを嫌いになれない理由。
おそらくこいつは、日常的に人にささやかな意地悪をすることが好きなのだ。俺はしょっちゅうその被害にあって、恥ずかしい思いをしている。
こいつはそれをさも楽しそうにニヤニヤと笑っていやがった。……いつか仕返ししてやる。
……それはさておき、俺がこいつを嫌いになれない理由。それはこいつがなんだかんだで親切だからである。
今この時のような感じに、(嫌なことに)ためになる助言をしょっちゅう言ってくる。
「嫌われても良いという考えで挑むことだ」
「ほぅほぅ……え?」
それも印象に残る助言ばっかり。
「恋愛をする上で最も大切なことは、印象付けることだ。イッセー」
「え? でもさ、嫌われたらそこでお終いじゃん。会話すらしてくれないかもしれないぜ?」
「好きの反対は嫌い、それは当たり前だ。しかし、記憶に残らなければ、初めから会っていないのと同義。それに、あくまで心構えの話だ。聞いたことはないかね? 博打は負けないという気持ちで挑め、と」
聞いたことないです。
「ふむ。君は、私の職業……というかアルバイト先を知っているな?」
「ああ、神父だろ? 見習いの」
「そうだ。私は職業柄、様々な人物を見ている」
こいつは神父をしている。この学校から二駅ほど離れた小さな教会で。しかしなかなか繁盛しているらしい。
「その私から見て君は、嫌われる要因は無い。――変態的思考を除いてな」
「うるさい」
俺からそれを取ったらなにが残ると?
「まあ、君は私よりはるかに善良な人間だ。変態的思考を表に出さねば、好青年であろう。まず、普通に接していて嫌われることはあるまい」
……たまにこいつは人のことを手放しに褒める。普段は貶しているのに。
普段が普段だから、こういう時は非常にむず痒い。
「要約すれば、多少嫌われたそぶりを出されても、気にするなということだ。肩の力を抜いて、いつもより少しだけ親切で丁寧な君になれば良い」
「結局いつも通りじゃないじゃねえか」
「あくまで私が言ったのは心構えの話だ」
キレイはできの悪い生徒を見るような先生の表情になられました。
……すみませんねぇ! 俺が馬鹿で!
「緊張してがちがちになるのも、女性からしたら初々しくて好感が持てるだろうが、一生そのネタでいじり倒される、下手すれば悪口に使われるかもしれないが……君はそちらのほうが良かったかね?」
「嫌です」
そりゃそうだ。キレイみたいなのが増えるのは願いさげだ。
「そうか」
俺はちらりと時計を見る……。
「ってやべえ! そろそろ時間だ!」
待ち合わせ時間の十分前までに着けるか!?
「助言サンキュー。んじゃ!」
「待て」
襟元をつかまれた。喉がつまる。
「おぶっ!」
「最後にもう一つだ」
「ゲホッ……なんだよ。さっさと言えよ」
俺は襟元を整えながらキレイを睨む。キレイはいつも通りの表情だ。
「イッセー」
キレイは珍しく、俺に真剣な顔を見せた。
無表情でも、意地悪い表情でもない。
自然とキレイの言葉を聞き取るのに集中してしまった。
「近々、お前の周囲は慌しくなるだろう。お前を中心に、人間にとっては小さな、しかしお前には大きな運命が渦を巻く」
「……えっと、それは」
人間にとっては小さくて、俺にとっては大きい運命……? ま、まさか……!?
「俺はハーレムを作ることができるのか!?」
「違う」
即答されました。
呆れた声で。
「……じゃあ、なんだって言うんだよ。俺の周りで起きた大きな出来事は彼女ができたことくらいしかないぞ」
声に不満がありありと浮かぶのは仕方がないことだ。多少はそんなことが起きるかもしれないという希望を持たせてくれたって良いと思う。
それに、彼女ができたことで大きい運命といわれて連想するのはハーレムしかないと思う。
「……君の思考はある程度理解していたつもりだったのだがね。修正せねばならないようだ」
ぽつりとそんな失礼なことを呟いた。
「お前は、いくつか大きな選択肢を迫られる。大きな力に抗うか、大きな力に屈するか。私の占いではお前が抗う敵は『龍』だ」
「龍……ってそんなもん存在するか」
「比喩だ。龍とは古来より、力の象徴とされてきた。人には抗いがたい、大きな力、としてな。……あくまで、未熟な私の個人的な占いだ。もしかしたら外れるかもしれん」
「……お前ってさ、たまにもの凄く爺くさいよな」
キレイは俺のその言葉に喉を鳴らして笑った。
真剣な表情は消え去り、意地の悪い表情が浮かぶ。
「そういうお前は猿のようだ。性欲の強い独り身のオス猿だ」
「ハンッ! 今日からの俺は違うぜ。彼女ができたんだ。独り身ってわけじゃねえ!」
「ならば大切にすることだ。欲しいものは、必ず失われる。それが不釣り合いなものならば、なおさらだ。私が見るに、彼女とお前はつり合うまい」
「うっせ! だったらつり合うようになってやるってんだ!」
「そうか。――では、私はお前の前途に苦難があらんことを祈ろう」
「幸福を祈れよ! 神父だろ!?」
「見習いだ。イッセー、人は苦難を乗り越えることで、幸福を手に入れる可能性を得ることができるのだ」
「なんで可能性!? 可能性じゃなくて! 普通そこは幸福だろ!?」
「苦難を乗り越えたもの全員が幸福になるとは限らん。しかしだ――幸福にあるものは、皆すべからく苦難を乗り越えている」
「すっげえカッコいいけど、内容は世知辛え!」
カッコいい! カッコいいぜ! キレイ!
だけど世知辛すぎる!!
「それが世間だ。世間の荒波を超えるには、それ以上の荒波を乗り越えてゆかねばならない」
「最低限の努力ではダメなのか!?」
「お前の性格では底辺か頂点かの二択しかなかろうに」
お前は俺をどう思ってるんだよ! 貶したり褒めたり意地悪したり!
「神父らしく人を慰めて、前向き思考にさせろよ!」
「無理な相談だ。私はたしかに神父だが――――……」
……な、なんだよ、急に黙り込んで。
「いや、何も言うまい」
「すっげえ気になるから!」
言えよ! そんな中途半端なところで区切らないでくださいよ!
「デートの途中それが気がかりで楽しめねえかもしれねえじゃねえか!」
「そうか、それは仕方ないか」
キレイは疲れきったようなため息をつき、言った。
「私は――――――外道神父なのだ」
「なにそれ!?」
「人の不幸と苦悩を愉悦とする神父のことだ」
「まさしく外道じゃねえか!」
なんでこんなやつが神父をやっているんだ! それで良いのですか神よ!
神は死んだのか!?
「イッセー……神はこの世に存在せぬ。否、してはならないのだ」
「うおぉぉぉい!?」
神父がそんなこと言うなよ! 神父は神様に仕える存在じゃねえのかよ!? なにに仕えているんだよ!?
「それは無論、私の良心だ」
「それは一番ダメだろうが!」
てめえのような外道神父の良心なんてろくなものじゃねえ! 絶対に。
っつーかナチュラルに心を読むんじゃねえよ。
「言っただろう? お前の思考はある程度読めると」
「言ったそばからしてんじゃねえよ」
そんなこんなな無駄口の応酬。
「ところで」
「ん? なんだよ」
「彼女との待ち合わせは?」
え?
時計を見る。
……約束の時間の五分前。
「やべえ! 畜生、お前のせいだ!!」
「では、バイクで送ろう」
は?
「近くまで私のバイクで送ろうと言っているのだ」
お、おぉ……なんだかこいつの背後に後光が見える……!
「私が原因の一端だからな」
いや、全部ですから。
「それでは、乗るが良い」
「ってどこからだした!?」
いきなり現れた! いきなり俺の眼の前に現れた!!
「……最初からあったのだがな」
どこか哀愁を漂わせそんなことをのたまう外道神父。
「サンキュー」
「礼には及ばない。しかしだからといって今後からも、このような状況でも言葉だけでも礼はするように。それが私のような外道でも、誰とでも付き合える秘訣だ」
……なんだろう、聞きたくないことを聞いた気分だ。
とりあえず、時間には間に合ったには間に合った。
ただ、彼女がキレイを見た時、顔をこわばらせていたが、あれは一体なんだったんだろうか?