私――姫島朱乃は、彼のことが気にかかっている。
「あら? 小猫ちゃん、どうしたのですか?」
銀髪の小柄な少女。私と同じ部活に所属する後輩、名前は塔城小猫。彼女は普段から無表情で、とても口数が少ない。
何を考えているのかが良く解らない、私の可愛い後輩。
そんな彼女は定位置となっている部室のソファで、どことなくそわそわしていた。
「……いえ。なにも」
平坦な口調の返事が返ってきた。しかし、まだそわそわしているように見える。
私は視線を金髪の少年へと向けた。彼の名前は木場祐斗。彼もまた、私と同じ部活に所属する後輩だ。
「木場君、小猫ちゃんに何かあったのですか?」
私は最近彼女とよく話をしている木場君に尋ねる。
「特には何も。――……あ、いえ、一つ、心当たりならあります」
「あら。それはなんでしょうか?」
「明日はキレイからお菓子をもらう日だからじゃないでしょうか?」
僅かだが、ぴくりと小猫ちゃんの肩が動いた。
……お、お菓子? キレイ……さん?
「木場君。そのキレイさんとはどのような方ですか?」
「ええっと……優れた、人物ですね。ただ……少し味覚のほうに、問題ありというかなんというか……。まあ、悪い人ではありません」
木場君は少し歯切れ悪く、苦笑しながらそう答えた。
「……陰気な人です」
「こ、小猫ちゃん……。あれは陰気というより、落ち着いているとか、大人びているっていうほうが正しいと僕は思うけど」
「意地悪です」
「………………それは否定できないなぁ……」
木場君はどことなく遠い目をした。……そのキレイさんと、なにかあったのかしら?
「少し気になりますわね……。お名前はなんといいますか?」
「名前は言峰綺礼です。言葉の言に、ええっと……最高峰の峰。綺麗の綺に、礼儀の礼」
「ああ、あの方ですか」
彼ならよく噂で聞くわね。神父の見習いをやっていて、小学生の時から他人の悩みを聞きそれを解決してきたとか。
「木場君が彼と友人だということは知っていましたが、小猫ちゃんとも友人でしたとは初耳ですわね」
仲間でない他人にはあまり興味を持たない小猫ちゃんが、このように興味を持つことは非常に珍しい。いや、彼の作るお菓子に興味を持っているのかも。
あまり他人と関わらない彼女に友人ができることは、素直に嬉しい。けど、彼が神父というのがネックね。
私達――オカルト研究部の部員は全員、悪魔だ。
一般の人達には知られていないが、悪魔などは存在する。世界中で最も大きな勢力を挙げるのなら、悪魔と天使と堕天使の三つの勢力。
私達は悪魔側。教会の神父は天使と堕天使の側。
いわば彼と私達は敵対関係にある。
「向こうは私達のことを悪魔とは気づいていないのかしら?」
「多分、気づいてないと思います。気づいていたら離れるでしょうから」
「でしたら彼は少なくともエクソシストではありませんね」
神父が天使と堕天使の側につく理由の大半は、悪魔が嫌いというこの一点に尽きるわ。
その中でも過激なのが……エクソシスト。彼らは悪魔を憎悪と抹殺の対象とし、許可さえ降りれば、私達悪魔を嬉々として殺そうとする。
「キレイが僕達の正体をわかっても、知らぬふりをして普通に接してくると、僕は思いますけどね」
「……私もです」
木場君は苦笑して、小猫ちゃんは無表情にそう言った。
小猫ちゃんが彼に興味を持つことは驚くことこそあれ、不思議には思わない。
けど、木場君は違う。
彼の過去は、教会の人々に踏みにじられたような、いや、まさしく踏みにじられた過去だから。彼が悪魔となって、ここにいるのはそのせいだ。
彼にとって、教会は憎むべき敵で、その中でもあるものは必ず破壊すると決めた対象。彼は教会に連なる全ての者を、少なくとも好意的に受け止めることはできないはず。
だから私は不思議に思う。
「あらあら」
私は微笑んだ。私の疑問を察したのか、木場君は少しだけ暗い表情になりながらも、だけど、言った。
「……キレイだけは例外です」
滅多に他人に興味を持たない小猫ちゃんと、教会関係者を好意的に見れない木場君。
そんな二人を少し変えた彼らの友人。私にはできなかったことをした神父さん。
「うふふ」
私は彼に会おうと思う。
◇
今は放課後。私――姫島朱乃は一人で廊下を歩いている。
目的の場所は学校の屋上。目的の人物は木場君の級友。
彼の名前は言峰綺礼。木場君と小猫ちゃんの共通の友人の一人。
私は木場君に頼んで、言峰君に今日の放課後屋上に来るように言伝を頼んだ。
リアスはこの話を聞いて、自分も一緒に行く、と言ってくれたけど遠慮してもらった。さすがに上級生二人――それも異性――が来たら緊張してしまうだろうし。
木場君と小猫ちゃんの口ぶりでは、滅多なことでは緊張しない印象だけど、もしかしたらするかもしれない。
そしたら会話なんてできないだろうし。
階段を上り、屋上への扉を開く。僅かな音を立ててドアは開いた。屋上には一人しかいない。こちらに背を向けて手すりにもたれ、屋上から校庭を見下ろしている制服姿。
「初めましてですわね。言峰君」
私の言葉に彼は反応し、後ろを向いた。
言峰綺礼は、名前に反して地味な少年だった。
小猫ちゃんの言う通り、陰気そうな少年。木場君の言う通り落ち着いている少年。ただ、少年というよりは、青年の方がしっくりとくる。
制服を規定通りにしっかりと着ている。
「こちらこそです。姫島先輩」
落ち着いた低い声。
「あらあら、ご丁寧にどうもですわ。立ち話もなんですので、そこのベンチに座りませんかしら?」
「――では、お言葉に甘えて」
私と言峰君は屋上のテーブルの隣に置いてある二つのベンチに対面して座った。
「木場から聞いてここにやってきましたが、用件はなんですか?」
「うふふ。木場君と小猫ちゃんの仲の良い貴方と少しお話を、と思いまして」
私はそう言って微笑む。そして手に持った包みから、ティーセットを取り出した。
「飲みます?」
「では遠慮無く」
私の注いだ紅茶を少しの躊躇いも無く、口に含んだ。言峰君の動作に不自然なところは特に無い。こちらの様子をどこか伺っているような様子はあるが、警戒している様子も無い。
言峰君がこちらの正体に気づいていることは無さそうね。
「言峰君は神父様をされていると、よく聞きますがそれは本当ですの?」
「はい」
「凄いですわね」
「いえ。たまに聖書や聖歌を読んだり、信者の懺悔を聞きますが、それ以外は掃除です」
「それでも凄いですわ。その上、他の人達の悩み事も聞かれていて、解決しているとか。本職のカウンセラーもびっくりだと思いますわ」
「それは私が彼らと歳が近いから――――」
「――それ以上の謙遜はなさらないでくださいな」
なおも謙遜しようとする言峰君の口に指を当てる。
「貴方のその謙虚さは美徳ですわ。ですが、行き過ぎてはいけませんよ? 行き過ぎた謙遜は意味を成しませんわ」
「……失礼。どうも緊張しているようです」
「うふふ。――紅茶のお代わりは?」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
言峰君のコップに紅茶を注いだ。
言峰君はそれを受け取り、少し固まった。
「……塔城後輩からですか?」
「……はい?」
「いえ。私のことを聞いたのは塔城後輩からもですか?」
小首を傾げて、会話の内容をさかのぼる。……ああ、私が最初のほうにした発言からかしら。
案外、少し抜けている所もあるのね。私よりもだいぶ大人びた雰囲気だけど。
いや。年齢を考えれば当然かな。
「ええ。小猫ちゃんからも話は聞きましたわ。お菓子を作ってもらっていると。お菓子作りが趣味なんですの?」
「……誤解されているようだが、お菓子作りは私の趣味の一つである料理から派生したものだ。けっしてお菓子を作るのが趣味ではない」
「……あの、混乱してますの?」
「断じてそんなことは無い」
敬語ではなくなっているけど……。
言峰君は澄ました表情で紅茶に口をつけている。
「うふふ」
「……なにか?」
「いえ」
私は自然と笑っていたようね。
「木場君と小猫ちゃんは貴方のことを特別な友達としてみられていますわ」
「それは光栄だ」
言峰君は相変わらず澄ました表情だ。だけどまだ敬語に戻ってない。ということは、まだ少し混乱しているのかしら?
「彼らと友達になってくださってありがとうございます」
私がそう言うと、言峰君の澄ました表情が崩れて、呆気に取られた表情になる。
「あの子達はあまり友人をつくろうとしないのですわ。ですから、貴方が彼らの友人となっていただいて、本当に嬉しく思っていますの」
「……はあ」
「これからも彼らと仲良くしてくださいな、言峰君」
「言われずとも。私も彼らとは仲良くしていきたいと思っている」
「ありがとうございますわ」
言峰君は澄ました表情に戻った。後輩から敬語を使われずに、こうやって話をしているのは、なんだか新鮮に感じる。
言峰君なら大丈夫ね。最初は少し不安だったけど、言峰君なら大丈夫。言峰君なら、安心して任せられる。
色々な人の悩みも解決しているようだし。彼らの悩みを解決……はできなくても、少しでも軽くしてくれた良いと思う。
「ところで、言峰君は木場君のことをどう思っていますの?」
「……ふむ。良い人だと思っている。なにやら悩みを抱えているようで、どこか苦労人のような感じはするが」
苦労人……かしら? そこまで言われるようには思えないけど……、そういえば言峰君のことを話した時、遠い目をしていたわね。本当に何があったのかしら?
「では、小猫ちゃんはどうですの?」
「……可愛い後輩か。私などが作ったものを食べてくれるのは喜ばしいことだ」
「彼女にはどうです?」
「私はまだ未熟だ。そうであるのに、恋愛沙汰に首を突っ込むつもりは無い」
「あらあら。では貴方が未熟ではない場合はどうです?」
「私などが塔城後輩とつりあうまい」
「つりあった場合は?」
「友人として振舞わせていただこう」
「もう。そうじゃないですわ。小猫ちゃんを、彼女にしたいかどうかを訊いているんですよ」
言峰君は黙り込んだ。そして、しばらくして。
「付き合いたいかどうかと訊かれれば、少なくとも『是』ではない、としか答えようが無い。しかし、否と答えるには少々厳しい」
「あら。それは彼女を異性として少しは意識しているのですね?」
「……」
その後からは、恋愛絡みの質問には閉口された。
別れる時も敬語ではなかったから、少しは距離は縮まっているのかしら?