私、リアス・グレモリーは今、非常に落ち着かない。
「部長。そんなしかめっ面をされては可愛いお顔が台無しですわよ?」
「ご忠告アリガト、朱乃」
黒く長い髪をポニーテールにしている微笑を絶やさない同級生――朱乃は、珍しくとても楽しそうにしている。理由は解ってる。
「そんなに言峰君は良い人だったの?」
「ええ。面白い方ですわ」
「噂を聞く限りでは、そんな風には感じられなかったけどね」
言峰綺礼。神父の見習いをしていて、他の生徒の悩みを聞いてそれを解決している。クラス写真で確認してみたけど、とても面白そうな人物には見えない。
「写真も見てみたけど、すっごく地味じゃない。無表情だし。あまり楽しそうな人物には見えないわ」
写真を手にとって、もう一度見てみる。黒髪に無表情。没個性的な容姿だ。
「第一印象だけでは人はわかりませんわ」
「そうだけどね……。誰かしら、第一印象以外で人をわかるための機会を私から取り上げたのは」
「あらあら。それは困りましたわね、部長。誰からそんなことをされたのかしら?」
「貴女よ、朱乃」
わかってやってるでしょう、貴女は。
「で?」
「で? とは?」
「面白い以外で、どう思った?」
朱乃は私のこの質問に、首を傾げる。
「えっとですね……その写真から見てわかるように、落ち着いた方ですわ。もし言峰君の年齢を知らずに会っていたら、年上と勘違いしてしまいますわね」
「ふうん。思慮深いのかしら?」
「そうでしょうね。そうでなければ、噂になるほどに人の悩みを解決することはできないと思いますわ」
「そうね……」
私は写真に視線を落とした。
言峰綺礼。私達の下級生。そして、祐斗と小猫の友人。教会関係者で、神父見習い。
「はぁ……」
頭に手をのせて、目を瞑る。
まったく面倒なアルバイトをしているわね、この子。彼が教会関係者でなければ、祐斗と小猫に友人ができたと、純粋に喜べたのに。
彼の趣味は料理で、作ったお菓子を小猫にあげている。祐斗とは級友で、たまに剣道場で模擬試合をしている。八極拳を父親から習っていて、実力は相当なもの。成績は優秀。素行不良無し。
「……完璧超人ね」
「部長もそうじゃありませんか」
「私は言峰君のように、人の悩みを解決してないわよ」
「私達を助けてくれたじゃないですか」
私はため息をついた。
「四人だけよ。彼と比べれば雲泥の差ね」
「助けてくれたのは事実でしょう? 部長。助けた人数より、助けたという事実が重要なんです」
「……ありがと。お世辞でも感謝するわ」
「お世辞ではありませんよ。――紅茶いります?」
「ええ、もらうわ」
朱乃から紅茶を受け取る。
「一応、お兄様に報告してもう一度一通り調べてもらったけど、言峰綺礼なんていう名前のエクソシストは存在しないのよね……」
私のお兄様の名前はサーゼクス・ルシファー。『
調査してもらうのにはとても気が引けたけど、これは下手すれば大きな問題になる可能性がある。なにせ上流階級の悪魔二人、そしてその眷属が通う学校に教会関係者がいる。
ここは向こうにとって敵地だから、彼が何かをする心配は無いに等しいけど……。もし教会が悪魔と戦争を始めた時、彼は脅威になる可能性がある。
……本当は彼を、この高校に受からせないようにするはずだった。
だけど……。
「……筆記試験は学年六位。面接態度は文句無しで、内申も同じく非の打ち所無し。……なによ、絶対評価とはいえ、ほとんどが5なんて……」
平均すれば4,9。
「……それは初耳ですわ」
朱乃も珍しく驚くくらいだ。
改ざんできなかったこともないが、その時に調べても、天使や堕天使に訊いても言峰綺礼というエクソシストは存在しないという。
いくら怪しいとはいえ悪魔の存在を知らぬ一般人。かなり怪しいが、だからといって簡単に一般人に迷惑をかけてはならない。彼の友人もこの高校を受験していたようだし。
もし友人がいなかったら、改ざんしたかもしれないけど……。
「まったく、本当に頭が痛いわ」
「あまり心配する必要は無いと思いますわよ」
「……どうして、そう思えるのかしら?」
「言峰君は思慮深い方です。それは確定していますわ」
朱乃はもったいぶるように微笑み、紅茶のお代わりを勧めてきた。もちろん頼んで、話の先を促した。
「思慮深いのなら、このような状況下では動きませんもの」
それは理解している。
先も言ったように、この高校には二人の上流悪魔と、二つの上流悪魔の眷属がいる。それもその二人とも、現四大魔王の親族で……こういうのもなんだけど、愛されている。
その二人のいる高校で騒ぎを起こし、危害を加えるものならば即座に全面戦争が起こる。三勢力の血みどろの争いがまだ起こってしまう。
「たしかにね。ただ、もし教会側が私達と全面戦争をする気なら、彼ほど使える駒は無いんじゃなくて?」
「逆ですわ、部長。言峰君ほど、使いにくい駒は無いのですわ」
……彼ほど、使いにくい?
「それはどういう根拠からかしら。――ちゃんと、理由はあるんでしょうね?」
「ええ、もちろん」
朱乃は自信満々の表情で頷いた。……そんなにちゃんとした理由なのかしら。それなら、私でも気づくと思うんだけど……。私はまだまだなのかしら。
「言峰君は、不器用だからですわ」
自信満々満面の笑みで、朱乃はそう答えた。
……。
深呼吸を、一つ。
「――――そんなわけが! ないでしょう!!」
「部長、お静かにですわ」
「これが落ち着いていられるの!?」
ああ、朱乃。貴女は言峰綺礼に誑かされてしまったの!? あんな地味で根暗そうな男に!?
「私の大事な下僕が、敵に誑かされたのよ! これが落ち着いていられて!?」
私は朱乃に詰め寄り、顔を覗き込んだ。どこかおかしな箇所は無いか、私は眼を皿のように探した。熱は無し。焦点はぶれていない。肌色はよし。呼吸も正常。唇の色もよし。
「……おかしいわね」
正常そのものだ。なんらかの術の行使があるのなら、それの痕跡があるはずなのに……。
「……部長。お気を確かに」
「貴女こそ、気をしっかりと持ちなさい。あんな男に誑かされちゃ駄目」
噂では善人そのものだが、その善人像が必ずしも正しいわけではない。むしろ、そういった善人の方が、本性は悪人だったりするのだ。
……してやってくれたわね。言峰綺礼。まさか会ってすぐに、私の
「相当な相手ね……」
「部長。……言峰君は私達が悪魔だと気づいていないのですわよ?」
「彼は思慮深いのでしょう、朱乃。なら簡単には尻尾を出さないわ。ここで自分がエクソシストだとバレる行動をしたら、折角ここに入ってきた意味が無いじゃない」
「……部長、とりあえず落ち着きましょう」
「……そうね。落ち着いて打開策を練らないとね、朱乃」
朱乃はなぜか苦笑した。……私が苦笑したいわよ。
私は一旦席について、深呼吸を一つした。そしてテーブルに置いてある紅茶を口につける。紅茶は既に冷め切っていた。
……大胆な宣戦布告ね、言峰綺礼。内から私達を懐柔するつもりだったのかしら。
でも、それももうお終い。
貴方は相手が悪かった。
私が気づいたからには、貴方のその企みを完膚なきまでに叩き潰す。
それでもなお、私達に関わろうとするのなら……その企み共々、消し飛ばしてあげるわ。
◇
私、リアス・グレモリーは一人でいた。
一人で何をしているかといえば、それは一つしかない。言峰綺礼の事を考えている。
朱乃は言峰綺礼を不器用だといったが、私は決してそう思わない。むしろ、器用すぎると思っているわ。
あんな完璧超人が、不器用なわけが無い。八極拳を祐斗を倒すほどに使いこなし、なおかつ絶対評価とはいえ、あんな化け物じみた成績を叩きだす。
それだけでも充分に凄い。充分に凄い上に、言峰綺礼は噂になるほど、他人の悩みを解決している。悩みの内容は似たものかもしれないが、その悩みを持つ個人と、その個人を取り巻く環境は違う。
個人と環境が違えば、自ずと解決方法も違ってくる。
粘り強く応対するのが基本なのだろうが、それだけでは解決しないことも多々ある。パッと思いつく例としては、友人との仲直りとか恋愛とか。
しかし、噂ではそういうのもいくつか解決している。詳しくは知らないが、二桁は解決していると、噂では聞いた。家族関係のごたごたも解決したとも聞いた。
そんなことができる人間が、不器用なわけが無い。
「……まったくもって、してやられたわね」
グレモリー家の次期頭首とあろう者が、こんなヘマをしでかすなんて……。屈辱以外の何物でもないわね、ホント。
……どうすれば、朱乃は元に戻るのか。いや、朱乃達は元に戻るのか。
一番効果が出るのは、言峰綺礼の化けの皮をはぐ、徹底的な証拠だけど……。
「どうにかしないと……」
ソーナには既に警戒するように伝えた。朱乃達が言峰綺礼に誑かされていることも。今の私ができることは、それくらいだ。
……兄様にも伝えた。だけどどうもできないらしい。魔法の行使した痕跡があれば、すぐに動くことができたらしいが……。
…………駄目だ。もうすぐに打てる手が無い。
言峰綺礼から直接聞き出す、という方法もあるが、悪魔として何も知らないと思われる教会関係者に近づくことは、向こうから非難がくる。
教会に打診するという手もあるが、もう既に打診しており、かつ、それで言峰綺礼はエクソシストではないということも知っている。
私はため息をついた。
「……尻尾を出すのを待つしかない、か」
窓から外を伺う。空が茜色に染まってきた。もうそろそろ橙色の光が町を包み、そして夜が来る。
「……ん?」
ポケットのケータイが鳴った。
――非通知。
ディスプレイにはそう表示されている。
「……」
怪しさ極まりない。恐らく公衆電話からかけているのだろう。私の知る中で、ケータイや電話を持たない知人はいない。
間違い電話だろう。私は髪をかき上げて電話に出た。
「どちらさまでしょうか?」
「――――――グレモリー家の次期頭首、リアス・グレモリーに相違ないな?」
頭が冷えた。
「……誰かしら?」
「こちらの素性はどうでも良かろう。それより、君が気にすべきことは、君の正体が知れているということに他ならない」
「正体も何も、私はただのリアス・グレモリーよ。何も隠していることは無いわ」
電話の声は一度も聞いたことがない。それに、変声機でも使っているのか。酷く耳障りな声だ。
「上級悪魔、紅髪の
……どうやら私の正体は本当にばれているようね。
「わかったわ。ところで、その魔王の妹である私に何の御用かしら?」
「私は魔王の妹に用は無い。私が用のあるのは、下僕悪魔に慈悲深い、上流悪魔リアス・グレモリーだ」
……私に用ですって?
「そう。で、私に用があるようだけど、貴方の名前は?」
「――――エクソシスト」
「……へえ、それはまた変わった名前ね。悪魔を狩ることしか能の無い、非力な人間さん」
「ほぅ。それは中々に面白い言い様だ。君とは話が合いそうだ、リアス」
「敵が私の名前を親しげに呼ばないでくれるかしら。虫唾が走るわ」
私がそう言うと、電話の主は愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「それは失礼した、ミス・グレモリー」
なにが面白いのか、未だに喉を鳴らして笑っている。
「……どうしても素性は明かさないつもりかしら?」
「素性を明かせば、私はかなり厄介なことになるのでね。今でさえ、厄介な立場なのだ。これ以上悪化しては殺されることも在り得るのでな。このような形を取らせてもらった」
「……そう」
エクソシストかどうかはさておき、向こうは悪魔と敵対関係にある組織の人間ね。
「本題に入ろうか。それと、これから私の話した内容は、秘密にしていただきたい。無論、私のこともな。詮索も無しだ」
「嫌よ。どうして私が貴方の言うことを聞かなければ――――」
「聖剣計画」
声がつまってしまった。
……この男……。
「この言葉を私が知っているということ、私が君にそれを示したことがどういうことか……理解できるな。詳細は必要かね? ……もっとも、君の反応からして、その必要は無いと思うが」
「……ええ、必要無いわ。この外道」
……一体、どこまで……!
「その言葉、ありがたく頂戴しよう」
クツクツと笑う電話の男。
こいつは、私の眷属が誰かを知っている。そしてその詳しい正体すらも。対してこちらは正体を知らない。それが意味することは……!
「私の眷属を人質に使う気ね、貴方」
これしかない。もしかしたらハッタリかもしれないが、こちらは何一つとして向こうのことを知らない。そんな状況では、話を聞くしかないわね……。
向こうの組織は不明、戦力も不明。この状況下では……。
「人聞きの悪い事を言う。私は君の眷属の一人の背景を述べただけに過ぎんよ」
よくもそんなことを抜け抜けと……!
「さて、これでこれから私の言うことは秘密にしてもらおうか。無論、私の正体の詮索もやめていただこう」
「……用件とは何かしら」
「なに。そう警戒する必要は無い。ただの取引だ」
私は眉をひそめた。
「取引ですって?」
「ああ、取引だ。私はある情報を君に渡し、君は私の言うことを実行してもらう」
「……情報…………?」
「そうだ。なに、君に提供するその情報は、君にとって有益だ。更に私の言うことを実行すれば、君は強大な『力』を手に入れることができる」
「そう。……なら、さっさとその取引の内容を言いなさい」
私はそう言った。すると、笑い声が途絶える。
「赤龍帝を宿す神器『赤龍帝の籠手』の所持者の名前は兵藤一誠……。君の高校の下級生だよ」
声を失った。
赤龍帝の籠手、ですって……?
「情報はそれだけだ。そして、その情報の対価として、君には彼を転生悪魔としてもらいたい」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
私は怒鳴った。
色々と疑問はあるが、その中で最も大きな疑問といえば……!
「それがどうしたら貴方の益になるのよ……! 貴方は私の敵でしょう!?」
彼の取引は私にしか益が無い。
赤龍帝の籠手とは、神を殺すとまで言われるほどの異能を宿す神器――
「君の言いたいことは理解している」
兵器でいえば、神滅具とは核兵器そのものだ。いや、核兵器よりも質が悪い。いや、良いというべきか……。
「彼はもう少しで殺される。刻限は夕日が沈む頃。場所は駅付近の噴水のある公園だ」
「待ちなさい!」
「……何かね?」
「重ねて訊くけど、どうして私にそんな取引を持ちかけるのよ、貴方」
電話の向こうで、笑い声が聞こえた。
「私のことは詮索するな、と言ったはずだが?」
「私は顧客の感想を聞かなければいけないのよ」
「ふむ……。そうか。ならば答えよう」
電話の向こうで、彼が深呼吸する音が聞こえる。
「……」
私は一言一句聞き逃すまいと、耳に神経を集中させる。
「……それはな、か――――――ブツッ、ツー、ツー、ツー……」
電話は、切れた。
私の堪忍袋の緒も、切れた。
「ふ、ふふ、ふふふふふふふふふ…………」
ケータイを握りしめた。なにか危ない音が聞こえた気がしないでもない。
「とことん、私を馬鹿にしたいのね……。言峰綺礼」
あいつのせいだ。あいつのせいで私は不幸続きだ。頭は痛いし、電話は切れるし……。
決めた。なんとしてでもあいつをとっちめて、消し飛ばしてやる。
八つ当たりな気がしないでもないけど、そんな些細なことは関係ないわ。