私は天使なんかじゃない   作:月詠ウサギ

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パーフェクトワールド

  完璧なる秩序の世界。

  ボルトテック本社が建造した放射能隔離施設ボルト101。

  アメリカと中国の全面核戦争にも耐えた数少ない地下施設の1つ。外界は急激なる変化に晒されていたものの、ここは安全。

  大戦から200年後。

  滅亡から200年後。

  それでもボルト101は平穏を保っていた。

  そして入居者は口々に言うのだ。

  「ここは完璧なる世界」と。

 

  ボルトで生まれた者はボルトで死ぬ。

  それが永遠の不文律として入居者の心の中に息衝いている。

  ここから出る必要のない、安息の世界。

  ここから出る必要のない?

  それは裏を返せば、ここから出られない一生を強いられるという意味合いとも取れるだろう。

  

  放射能を一切通さない、何人たりとも侵入させない壁が私達を阻む。

  ボルトで生まれた者はボルトで死ぬ。

  それが決まり。

  それが、この完璧なる世界の決まり。……いや。完璧である為の決まりなのだ。

 

  ……その完璧は崩されないと、誰もが信じていた……。

  ただ1人を除いて。

  その思想の持ち主。それは私の……。

 

 

 

 

 

  ボルト101。

  放射能から逃れた人類が住まう地下施設。

  「……」

  コツ。コツ。コツ。

  倉庫として使われている区画を私は1人、歩く。

  響くのは靴音のみ。

  辺りは静寂に包まれていた。……少なくとも建前的には。ここには私以外にも、奴がいる。この施設の静寂を乱す存在が。

  「……」

  コツ。コツ。コツ。

  息を殺し、私は歩く。肩には一丁のライフルが下げてある。幼少の頃に父からプレゼントされた銃だ。

  無言。

  無言。

  ……無言。

  「……っ!」

  その時、私は奴の姿を捉える。

  瞬間、銃は肩から滑り落ちるように私の手に収まる。

  バッ。

  そして、身構えた。

  「見えるっ! 私にも敵が見えるぞっ!」

  旧世紀に流行ったとされるアニメのキャラの名台詞を叫びながら私は銃を構える。

  銃口の先にいるモノ。

  カサカサカサっ!

  家庭を司る奥様の天敵である家庭内害虫だ。それも超巨大なやつっ!

  その名もラッドローチ。

  人類と家庭内害虫の繋がりと歴史は深い。過去の学者達は人類が衰退(もしくは滅亡)したら家庭内害虫も姿を消すと言ってい

  たらしい。何故なら共生関係だから。人類の文明が衰退したら家庭内害虫もその勢力範囲を減じされると。

  ……。

  ふっ、敢えて言おう。嘘であるとっ!

  放射能の影響でマルマル太ってさらに巨大化しやがってーっ!

  ラッドローチはボルト101において唯一の心配事だ。時折、どこからか大量に施設に入り込んでくる。

  外に繋がってる場所があるのかな?

  まあいい。

  死んでもらうっ!

  ピピピ。

  その時、私の左腕に嵌めてある『PIP-BOY 3000』が音を鳴らす。これが何かって?

  設定を参照ーっ!

  義務教育じゃないんだから付いて行けない人は切り捨てるからねーっ!

  ともかく。

  ともかく『PIP-BOY 3000』はご丁寧にも敵の情報を勝手に説明。音声切って置くべきだった。相手が人間ならこれで奇襲は失敗だ。

 

  『標的名。ラッドローチ』

  『放射能の影響で巨大化した家庭内害虫』

  『雑食。飢えている場合は人を襲う可能性あり。危険度は小。ただし、群れている場合がある為、油断は禁物』

  『一匹見たら三十匹いると思え。旧時代における、家庭を司る主婦の格言』

  『現在ボルト101における最大の脅威。偉大なる指導者である監督官から発見次第排除せよとの厳命されています』

 

  ……そんな事は……。

  「言われなくても分かってるっ! そこっ!」

  パン。パン。パン。

  私の鋭い気合の声と可愛い音が響く。

  ……可愛い音?

  可愛い音です。

  だってこれ、BBガンだもの。旧時代の玩具の銃。もちろんただの玩具でラッドローチは殺せない。ただの玩具ならね。これは私

  の敬愛する、私が将来お嫁さんになってあげたいぐらい素敵でダンディーなパパが改造した代物。

  ラッドローチなんて敵じゃない。

  始末するのに数発必要ではあるものの、ラッドローチの甲殻を撃ち抜く事が可能。実際、床に転がる個体は活動を停止していた。

  「任務完了っと」

  この銃で人は殺せないけど、そんな威力はないけど、眼に当たれば普通に失明する。

  何故本物の銃を使わないのかって?

  その許可を私は受けていない。

  ボルト101において銃火器を携帯できるのはセキュリティガードだけ。それもほんの一握りのガードにのみ支給されている。基本的

  に監督官に気に入られてる上級ガードだけが銃を所持しており、その他のガードは警棒だ。

  当然私に支給されるわけがない。

  私の仕事?

  ガードの手伝い、かな。かといってガードの権限があるわけじゃあない。

  ラッドローチ始末しかやらせてもらえない。

  数で押されない限りは負ける事はないとはいえ、危険な仕事ではある。だからパパが昔くれた誕生日の玩具の銃を改造してくれたのだ。

  パパ好き。愛してる♪

  「くっはぁー♪ ……やべぇ。パパへのラブコールが頭の中でリフレインしてるー♪」

  ……。

  ……何か文句ある?

 

 

 

 

 

  私の名はミスティ。年齢は18歳……ああ、今日19歳になったんだっけ。

  ミスティというのは愛称で、本当の名前はティリアス。

  子供の頃、ボルト101の同年代のこの間で『ミスター』とか『ミス』という愛称を付けるのが流行った。私は『ミス・ティリアス』という何の

  捻りもない愛称が嫌で『ミス・ティ』と名乗りやがて『ミスティ』となった。

  今でもそう名乗り通している。

  だから本名で呼ぶのはパパだけだ。

 

  パパの名はジェームス。私の将来の結婚相手♪

  ママの名前はキャサリン。

  ……私を生んで死んじゃった。難産だったらしい。……私の所為なのかな……?

 

  パパはボルト101で科学者であり医者。

  パパの助手にジョナスという医者がいるんだけど、私にとっては叔父のような親しみがある。

  私達はボルトで生まれボルトで死ぬ。

  だから。

  だから、ここは運命共同体。

  皆の顔を見知っているし、皆の人となりも知っている。だけど、少しそれが窮屈に思える事もある。

  外には何があるんだろ?

  私は小さい頃から外の世界を夢想していた。

 

 

 

 

 

  「さて。オフィサー・ゴメスに報告に行かないと」

  オフィサー・ゴメス。

  セキュリティーガードの1人で、私は現在彼の下で働いている。ラッドローチ退治は彼からの指示だ。

  ゴメスは気の良い人で、確か10歳の誕生日の時にお祝いに来てくれたっけ。……プレゼントはくれなかったけど。

  そんなわけでボルトの廊下を歩く。

  報告しなきゃね。

  たかがラッドローチ一匹だけど、基本的に武装を禁じられている住人にしてみれば脅威だ。旧時代にはスリッパで対処してたよう

  だけど放射能の影響で巨大化した家庭内害虫はスリッパでは対処は不可能。

  バットでもあれば、勝てるかな。

  ……。

  バットで殴り殺さなければ対処不可能な家庭内害虫。

  どれだけの脅威かは分かるでしょ?

  「報告報告っと」

  とっとと報告して部屋に戻ろう。今日は私の誕生日。19歳の誕生日だ。

  誕生日の楽しみと言えば?

  もちろんロールケーキだ。

  地下に隔離された施設とはいえ、食糧は完全自給出来ている。だから食べ物には不自由しないけど、実際おいしくはない。

  栄養重視で味は、まあ、食べれなくはないけどあまりお勧めは出来ない。

  誕生日にのみ『お菓子の類』は解禁される。

  ロールケーキも?

  実はロールケーキは私限定。私を可愛がってくれる老婦人が特別に作って……あっ、丁度こっちに向って歩いてくる。

  「おやまあ。大きくなったわね、ミスティ」

  「パルマーさん」

  老婦人のパルマー。何故かそう呼ばれている。まあ、確かに老婦人だけど。記憶している限り、私が10歳の時には既にそう呼ばれ

  ていた。誕生日にはいつもロールケーキをプレゼントしてくれた。

  あれ、おいしいんだよなぁ。

  ……。

  そう、だからこそ食べ物の恨みは怖いのですよ。不良のブッチに一度ロールケーキ横取りされた。

  それ以来奴とは犬猿の仲。

  老婦人は続ける。

  「ロールケーキ、届けておいたわよ」

  「ありがとうございます」

  「まあまあ何て礼儀正しいのかしら。もう19歳よね、早いわねぇ。お父さんがボルト101に来たのが、まるで昨日のようだわ」

  「ボルト101に、来た?」

  妙な言い回しだ。

  パパもママもボルト101生まれのはずなのに……変な言い方するなぁ。当然私も純粋なボルトっ子だ。

  扉は完全に封鎖されている。

  誰も出入り出来るはずないのだ。

  疑惑の視線に気付いたのか、老婦人パルマーは弁解口調のまま足早に立ち去る。

  「まあ、私ったらボケたのかしら。じゃ、じゃあね」

  「……? えっと、御機嫌よう。ロールケーキありがとうございます」

  お礼を言いながら私は老婦人パルマーの後姿を見送りながら釈然としないものを感じていた。

  ボルト101に、来た?

  ボルト101は戦後200年、開かれた事はない場所。

  入る事も出る事も堅く禁じられている。それなのに老婦人バルマーもおかしな事を言うなぁ。

  よそ者を入れるなんて監督官が許すはずがない。

  「んー」

  だけど、外か。

  オフィサー・ゴメスの元に報告に行くべく足を進めながら私は外の事を考えていた。

  外の世界。

  キャピタルウェイストランドと呼ばれる無法地帯……らしいけど、誰も詳しい事は知らない。ボルト101は封鎖されているからだ。

  情報もまた封鎖されて届かない。

  外に出たい?

  ……。

  どうだろ。

  私は出てみたいのかな。

  確かに憧れはある。ここにいる限り安全かもしれないけど、ここにいる限り自由はない。

  私は……。

  「もういいっ!」

  怒鳴り声が突然聞えた。

  この声は……監督官のものだ。怒号している。監督官はボルト101において絶対的な存在として君臨している。元々はその名の

  通りボルト101での生活を規律で統制し『監督』している者に過ぎない。

  しかし大元であるボルトテック本社は全面核戦争で吹き飛んだ為、監督官の上位に位置する者がいなくなった。つまり一気に監督官

  がボルト101に置いて絶対的な存在として繰り上がったわけだ。

  戦後200年。

  監督官は世襲し、最初の監督官の一族がいまだにボルト101に仕切ってる。

  私の親友のアマタもいずれは継ぐのだろう。

  彼女、監督官の娘だし。

  さて。

  「何を怒ってるのかな?」

  興味はある。

  私は怒鳴りながらこちらに向かってくるのは監督官。その横に……。

  「パパ?」

  隣を歩いているのは私のパパのジェームスだ。

  隠れる場所。

  隠れる場所。

  えっと、どこかに隠れる場所は……ああ、あそこの物陰に隠れよう。隠れる必要はないかもしれないけど、隠れないと多分口論は

  終わる。別に口論を煽るつもりはないけど、やっぱり話の内容は気になるものだ。

  それにしても……。

  ……。

  んんー♪

  パパってばいつ見てもダンディー♪

  そんな私の考えとは別に口論は激しく続く。

  「君の任務は、居住者の健康状態の維持のはずだっ!」

  「それは分かってる。しかし将来的に考えれば……」

  「この実験は、無意味だっ!」

  「……」

  「以上だ。私に対する恩義を忘れていないなら、任務に忠実でいろ。それがボルト101に住む為の条件だと言ったはずだ」

  「……分かったよ。これ以上、口にはしない」

  「結構だ」

  2人は足早に立ち去った。

  途中で父は通路を右に曲がる。監督官は執務室に行き、パパは診療所に行ったのだろう。基本的にパパはボルト101で科学者として

  よりも医者として見られる。実際、科学者はたくさんいるけど医者はパパだけだ。

  ああ、あとはパパの助手のジョナス。

  それにしても。

  それにしても、何の喧嘩だったんだろ?

  監督官は絶対だ。

  私は別にそうは思わないけど……監督官にあのような言葉遣いは普通、反抗行為と取られて逮捕&拘束される。にも拘らずパパは

  お咎めなし。

  その事に安堵しつつも、1つ気になった。

  監督官に対する恩義って何?

 

 

  老婦人パルマーの言葉。

  監督官とパパの激しいやり取り。

  色々と考えさせられる展開ではあったものの、とりあえず私はオフィサー・ゴメスに報告を済ました。

  さあ、部屋に戻ろう。

  今日は私の誕生日。パパが待ってるはず。

  廊下を歩いていると……。

  「邪魔しないでよトンネルスネークっ!」

  アマタの声だ。

  アマタは私の親友。赤ちゃんの頃から一緒の仲だ。

  私は足早に声のする方向に急ぐ。

  急いで正解。

  アマタは三人組に絡まれていた。壁に背を預けたアマタは強気に振舞っているものの、三人組のリーダー格は強気なアマタが内心

  では震えているのが分かっているらしくニヤニヤと笑っている。

  三人組は不良集団トンネルスネークだ。

  「アマタ。リアルなトンネルスネークを見せてやろうか?」

  下品な言い方をしているのは、ブッチ。

  トンネルスネークのリーダー。

  「あっち行ってよ」

  「おいおいアマタ。オヤジがボルト101の支配者の監督官だからって、調子に乗るなよ」

  「父が監督官なのは私の所為じゃないわ」

  アマタは監督官の娘、という特別な肩書きが嫌い。もちろんブッチもそれは知っている。

  知っていて、挑発している。

  ……。

  私にとってブッチは天敵。

  何故って?

  老婦人パルマーが私の為に作ってくれたロールケーキ勝手に食べたもの。食べ物の恨みは怖いのだーっ!

  それに。

  それに、アマタは私の大事な親友だ。

  助けなきゃ。

  「ブッチ」

  「誰かと思えば腰抜け科学者の娘じゃないか。悪いがお前は趣味じゃない。色気用意してから、また来いや。ついでに豊胸もして来い」

  「……」

  むきーっ!

  ムカつくーっ!

  基本的に平穏無事な日々を送るボルト101において、ブッチが率いるトンネルスネークは唯一のギャング集団として恐れられてる……と

  本人達は思っているものの、実際にはただのチンピラだ。

  ちなみに私は恐れてなんかない。

  低い声で命じる。

  「アマタに手を出すな」

  「おいおい何か囁いたか? あん? ……とっとと行かないと、お前の事可愛がっちゃうぜー?」

  「アマタに手を出すな」

  「あまり舐めた口聞くなよチビ女。何なら骨の二、三本折ってやってもいいんだぜ? 骨折れてもお前の大好きなパパが治してくれるさ」

  「ふふふ」

  「へへへ」

  ガンっ!

  そのままブッチの額に拳を叩き込む。

  女の私の一撃とはいえ奇襲されたら当然痛い。そしていきなりの一撃だから、ブッチの対応は遅れた。

  ガンっ!

  ガンっ!

  続け様に二発叩き込む。

  「冗談きついぜそんなお遊びのパンチなんかしやがってよ」

  「……フラフラで言わないでくれる?」

  ブッチ、足がフラフラ。膝が笑ってます大笑い。

  結構効いてるみたい。

  「まだやんの?」

  「わ、分かったっ! 分かったよっ! お前の勝ちだ、アマタはお前の女だっ! す、好きにすりゃいいだろっ! い、行くぞっ!」

  手下を引き連れてブッチは逃げて行く。

  鉄拳制裁したのは初めてだ。

  よぉし。祝一勝っ!

  ……にしても好きにすりゃいいだろ……か。

  「アマタ、おじさんが良い事してあげるよー。痛くないからねー。痛いのは一瞬で、すぐに気持ち良くなるからねー♪」

  「……」

  「すいませんアマタさんその汚いモノ見る目付きは何ですか?」

  「さあね」

  ふぇぇぇぇぇん。

  口調が冷徹そのもの。わ、私達は親友だったのでは?

  いきなり設定破綻っ!

  設定を最初から作り直して、書き直す必要があるのか私はそんな手間暇掛けるのはもう嫌なんだーっ!

  はぅぅぅぅぅっ。

  「ア、アマタ、誤解よ」

  「そうね。その胸を揉もうとしている手付きもきっと誤解よね」

  「……」

  アマタ冷たい。

  彼女の視線がよそよそしく感じる今日この頃。これが大人になるって事かな。大人になるのって、辛いなぁ。

  「と、ところで、大丈夫?」

  「ええ。ブッチより性質の悪いハレンチ娘が目の前にいるけどね」

  「すいません絡むのやめてくれます?」

  「ふん」

  ご機嫌斜めらしい。

  監督官発言が嫌だったんだろうなぁ。

  自分が監督官の娘である事を彼女は重みとして考えている。期待と羨望と、嫉妬の感情を彼女は他の住民から常に受け続けている。

  さらに当人には関係ない監督官への憎悪も。

  私?

  私は気にした事ない。親友だもの。

  ……。

  ブッチも、あまり気にしていない。

  もっともブッチの場合は私の感情とはまるで違う。ただの欲望だ。

  まあ、いい。

  「アマタ、あのね……」

  「……ありがとう。いつも良い友達でいてくれて」

  「えっ?」

  「今日は誕生日でしょ。早くお父さんのところに戻ったら?」

  「でも……」

  「私なら大丈夫。慣れてるもの。……親友面した女の子に弄ばれるのは」

  「すいません普通に根に持ってますよねさっきの態度に」

  「まさか」

  「……」

  「じゃあね」

  手を振って別れる。

  親友の私に対してはアマタ、容赦ない。もちろんそれでいいと思う。親友なんだから、妙な気兼ねなんかしないで欲しいし。

  親友って、そういう関係でしょ?

  「見てましたよ見てましたよ」

  「ん?」

  「まったく。あまり感心しませんねぇ」

  「ミスター・ブロッチ」

  職業は教師。

  と言っても今の私は生徒ではない。16歳で教育は卒業だから。つまり今の私にとって彼は、そう、恩師だ。

  その彼が非難するような視線を私に向けている。

  喧嘩の事だろうか?

  まあ、そうね。暴力行為は禁止されている。

  ……。

  い、いやっ!

  見ていたなら止めてくださいってばっ!

  「本当に貴女はヤンチャですね」

  「は、はあ」

  「本来なら監督官に報告すべきですが、寛大な私の心は報告すべきではないと告げています。今後は喧嘩しない様に」

  「……」

  「返事」

  「はーい」

  「なんて私は寛大なんだ。怖いっ! 自分の良心の寛大さが怖すぎるっ!」

  「……」

  良い人なんだけど、日和見なんだよなー。

  これ以上妙な展開が起きないうちに、私は足早に部屋に戻った。

  さあ。誕生会だ♪

 

 

  自室。

  パパが待っていた。

  食卓にはいつもより豪華な食事が並んでいる。……かといって旧時代の本で読むような七面鳥とかシャンパンとかはない。

  老婦人バルマーが作ってくれたロールケーキ、おいしそー♪

  「乾杯」

  「かんぱーい♪」

  何度目の乾杯だろう。

  私とパパはワインで乾杯する。パパは静かな微笑を浮かべていた。

  「よくここまで育ったな。お前はパパの自慢だよ」

  「えへへ」

  「パパ。質問があるんだけど……」

  「なんだい?」

  監督官とのやり取りは……聞かない方がいいか。盗み聞きしてたのばれたら怒られるだろうし、あまり良い話題ではない。

  私が聞きたい事。

  それは……。

  「本当に外の世界には出られないの?」

  「何でそんな事を聞く?」

  老婦人のパルマーが妙な事を言ってたからだ。パパが外の世界から来たような言い方をしたから。

  もちろんそれは口にしない。

  告げ口のようだし、誰も得しないだろうから。

  パパは続ける。

  「監督官がいつも言ってるだろ。我らはボルトで生まれ、ボルトで死ぬってね」

  「……だよね」

  「何か気掛かりか?」

  「……うーん」

  「外に出たいのか?」

  「……」

  頷くべきか、首を振るべきか。迷った。

  結局私は曖昧に微笑むだけ。

  「いいか。事はそうシンプルではないんだ。色々と聞いて廻るのも良くないぞ。監督官の近くでは尚更だ」

  「……」

  いつになくパパの言葉は真剣。

  私は黙って聞くしかなかった。反駁を許さないような、きつい口調のパパ。

  初めて見るパパの様子だ。

  ……禁句だったのかなぁ。

  「いいかお前に言って置きたい事がある。大事な事だから良く聞けよ」

  「うん」

  「確かに、確かにボルトは完璧じゃあない。しかしお前にとっては……そう、故郷だ」

  「……」

  故郷?

  奇妙な言い方だ。確かに『故郷』でも意味は通るけど……どうして『生まれた場所』と言わないんだろ?

  少し気になる。

  「ここは安全だ。監督官のご機嫌さえ取って置けばずっと安全なんだよ。分かるか? 監督官に感謝しなきゃ駄目なんだ」

  「……」

  「返事は?」

  「はい」

  「それでいい。……もし、ここから外に出ればお前は安全には暮らせなくなる。ママもそれは望んでいない」

  「……」

  ここで私が頷けは話はこれで終わり。

  楽しい誕生会は続行。

  ……だけど私はそれをしなかった。

  「本当にボルトで皆生まれたの?」

  「監督官がそう言ったろ。彼はよそ者を入れたりしないからな。つまり、そういう事だ。……いいか、ここがお前の居場所だ。地上に

  いるよりはずっと安全なんだ。お前が安全に生きる、それがパパとママの、唯一の願いなんだ」

  「願い」

  「そうだ」

  今日のパパはいつになく饒舌だ。何故だろう?

  私が19歳になったから?

  大人になったから、パパも感慨深げに色々と話すのだろうか?

  ママの事を聞いてみよう。

  いつもは、あまり話したがらないけど今日は話してくれるかも。

  「ねぇ。ママの事教えて」

  「……ママの事か。ママは、綺麗な人だったよ。けどな、綺麗なだけじゃなかった。情熱的な人だったよ。人生にも、恋愛にもな。その

  中でも情熱を傾けていたのがお前だよ」

  「そう、なんだ」

  「ああ。ママは言ったよ、天使みたいに可愛い子だねって」

  「そうなんだー」

  パパはにこやかに微笑む。

  私も微笑む。

  たまにママが死んだのは自分の所為だと思ってたけど、ママは私を愛してくれたみたい。それが分かって、嬉しいなぁ。

  だけど……。

  「どうして今まで教えてくれなかったの?」

  「さあ。どうしてかな」

  「……?」

  「思い出は必要だ。……お前はもう大人だよ。だから、1人で生きていかなければならない。その為に思い出は必要なんだ」

  「……?」

  意味が分からない。

  パパはグラスを手にし、ワインを飲み干す。

  酔いで顔を火照らせた顔のままパパは言葉を続けた。

  「これはママが大好きだったヨハネの黙示録21章6節だよ。いいかい、よく覚えておくんだ」

  「うん」

  「私はアルファでありオメガである。最初であり最後である。私は渇く者には命の水の泉から価なしに飲ませる」

  「……」

  「ママが大好きだった言葉だよ」

  「どういう、意味なの?」

  「そのままさ。パパとママは生命の水を創りたかった。……そうさ。そうしたかった」

  「……?」

  コンコン。

  扉がノックされる。

  「どうぞ」

  パパがそう言うと扉は開く。入って来たのは……。

  「ジョナス。私の誕生会にいらっしゃい」

  「ようミスティ。楽しい誕生日を過ごしているかい」

  「ジョナス。……プレゼントは?」

  「……相変わらず手痛いな」

  「えへへ」

  手にしている一冊の本をジョナスは微笑を浮かべながら見せる。バーバリアンコミックの創刊号だ。

  レアな本。

  ……そりゃそうか。

  旧時代の漫画であり当然ながら今は発刊されていない。

  「ありがとうジョナス」

  「いいって事さ」

  「パパに振られたら、ジョナスのお嫁さんになってあげてもいいわ。……特別にね」

  「そいつは吐き気のする申し出だな」

  「……」

  「冗談だ」

  「……」

  すいません現在叩き殺したい願望と葛藤しています。しばらくお待ちください。

  パパが酔った声で楽しそうに喋る。

  「今日この子がラッドローチを始末したんだ」

  「そいつはすごい。あれには皆、手を焼かされてるからな」

  「そうだ丁度良い。そこにカメラがあるからこの凄腕ハンターと一緒のところを写してくれよ」

  「お安い御用だ」

  ジョナスはカメラを手に取る。

  私とパパは立ち上がり、並ぶ。写真を一緒に撮るなんて何年ぶりだろ?

  ……あっ。

  「パパ。注射は?」

  「ああ。そうか。今日で一週間か」

  「うん」

  私には持病があるらしく、それを抑える為に一週間に一度注射が必要になる。今日が最後に打ってから一週間目だ。

  パパは少し考え……。

  「今日はお前も酔ってるからやめておこう」

  「酔いが関係あるの?」

  「アルコールが体内にある場合は、注射しない方がいい。明日、ジョナスが打ってくれるさ」

  「分かった」

  ……ジョナスが打ってくれる?

  今日は色々と人の言葉の裏が見える気がする。どうしてパパが打ってくれないんだろ?

  まあ、いいんだけどさ。

  「さあ。笑って」

  ジョナスが手にしたカメラのフラッシュが光った。

 

 

  今日、パパは色々な事を喋った。

  その時はまだ、私はパパの言葉の意味が分からなかった。

  その時はまだ何も。

  そして。

  いずれキャピタルウェイストランド全域を巻き込む事になる壮大なる旅は、このボルト101の最奥から始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

  「キャサリン見てごらん。可愛い女の子だ」

  「……嬉しいわジェームス。私の可愛い赤ちゃん……天使みたいな可愛いわ、私達の……」

  「俺達のお姫様。君には明るい未来が待ってるんだよ。いや用意しなければならないんだ」

  「そうね」

  「だからこのプロジェクトは完成させる必要があるんだ」

  それは遠い追憶の言葉。

  それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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