私は天使なんかじゃない   作:月詠ウサギ

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アガサの依頼

 

  かつて世界には音楽が満ちていた。

  そう。

  全面核戦争の前には、旧時代には音楽が溢れていた。しかし人は音楽を忘れた。

  荒廃した世界の中を生きるのに精一杯だから。

 

  人は音楽を忘れた。

  人は……。

 

 

 

 

 

  仲間を招集して北上。

  最近は車とバイクがあるので移動が楽かな。ガソリン車だから核エンジンよりも燃費が悪いけど……安全よね。核は怖い(泣)。

  石油不足で核エネルギーに移行したわけだけど今のご時世車なんて走ってない。

  だから。

  だから私達の分の車両のガソリンの確保ぐらいは容易い。

  安いし。

  特に使いようがない資源になってしまったしね。

  ビリーに教えてもらった場所を目指して北上する私達一行。

  そして……。

 

 

 

  着いたのは夕刻。

  メガトンを発ったその日の内に到着。

  到着した先は岩山に囲まれたところにある一軒家だった。

  吊り橋を渡らなければ入れない。

  そういう意味では防御というか保安の意味では安全なんだろうけど……ビリーに聞くところによればアガサという老女の1人住まい。

  物騒だと思うんですけど。

  「ここで待ってて」

  「御意」

  グリン・フィスに言う。それからクリスにも言う。

  「待ってて」

  「理解した、一兵卒。カロン准尉、ハークネス曹長、防御体勢っ!」

  『御意のままに』

  ……。

  ……面倒。

  クリスチームはクリスの直轄だから私の言う事は聞いてくれない。まあ『ここで待ってて』程度のお願いなら問題ないとは思うけどクリスを通して

  念を通さないと万が一もある。まあ、別に付いてきても問題はないですけどね。

  ただ大勢で入ると威圧的になりかねないし。

  ともかく。

  ともかく待機してもらうのが決定。

  私は仲間達を残してアガサの家に入る。もちろんノックはしたし扉の向こうから了解は得た。

  「こんにちは」

  「あら、まあ、長旅でお疲れのようね」

  気品のある老女が出迎えてくれる。

  私は室内をさっと見る。

  質素な暮らしをしているようだ。ただ机の上にはラジオセットが置かれている。結構立派な代物だ。値が付けられないほどの品物だろう。

  挨拶する。

  「初めまして。ミスティと言います」

  「あら、私ったら何てはしたないんでしょう。自己紹介を忘れるなんて。私はアガサ、よろしくね」

  握手。

  「どうぞ座って」

  「ありがとうございます」

  勧められて私はテーブルに着く。彼女は向かい合うように座った。

  少し気になる。

  それは……。

  「警戒しないんですか?」

  「こう見えても長く生きてるからね。善人か悪人かは見れば分かるわ」

  私は善人らしい。

  「それでここに何しに来たの? こんな辺境まで」

  「アガサさんに用があってきたんです。ボルト92の場所をご存知だとか」

  「……」

  「アガサさん?」

  「取り引きできるかしらね」

  「取り引き、ですか?」

  「私は趣味でバイオリンをしているの。お手製のバイオリンでね。それをこのラジオ送信機を通じて流しているの。キャラバン隊は私の演奏は寂しい

  夜の旅を和ませてくれるって言ってくれるわ」

  「お手製?」

  「ええ。そうよ」

  「でもそれだとチューニングが合わないでしょう?」

  「貴女鋭いのねっ! そうよ、それが一番不満なのよ。正しい音が出なくっていつも調整していないといけないの」

  話が見えてこない。

  取り引き?

  それにバイオリンとか意味が繋がらないし。そもそもボルト92と何の関係があるのだろう。

  ラジオねぇ。

  何の関係がある?

  とりあえず分かるのは彼女がバイオリンて曲を奏でてラジオで送信している事ぐらい。

  「アガサさん。ラジオ送信機はこの一帯を、キャピタル・ウェイストランドをカバーできるんですか?」

  「そうよ。亡くなった私の夫はこのラジオセットをよく自慢していたものよ。放送出来るようにするまで何年を弄り回していたわ」

  「へー」

  なかなかの技術を持っていた人らしい。

  ……。

  ……亡くなった?

  簡単に流したけど結構湿っぽい話よね、彼女はそれを察したのか深くは言わずに話を進める。

  「ただ、ラジオで欲しいものを手に入れようとしたけど、誰からも応答はなかった。だから曲を流してるの」

  「それにしても凄いですね。お手製のバイオリンだなんて」

  「ありがとう。うちの人にも趣味はあったけど、私の趣味はこのみっともない楽器を作る事だったの」

  「それで取り引きとは?」

  「私の日々の趣味はバイオリンに懸かっているの。あれなしじゃあ何にも出来ない。もっと良いバイオリンが欲しいと思ってるの」

  「バイオリン。こんな事は言いたくないですけど全部燃えちゃってると思いますよ」

  「そうね。悲しい事だわ。もう二度と昔みたいに楽器を作る職人がいないというのはとても悲しい事だわ」

  「そうですね」

  音楽は歴史。

  そう。

  この世界のこれまでの歴史なのだ。その歴史は廃れてしまった。

  彼女はそれを悲しんでいる。

  それが私にも理解出来た。

  「でも運が良い事に私は楽器がある場所を知っているの」

  「ボルト92と何か関係が?」

  「あるわ。そこにあるんだもの。バイオリンがね。……助けてくれないかしら? もちろんボルト92の場所は依頼を受けてくれなくても教えるわ」

  「問題なしですアガサさん。ボルト92に行ったらバイオリンを回収してきます」

  「何て良い子なんでしょうっ!」

  ボルト92に私は行く。

  つまり。

  つまり『ついで』に回収するぐらい問題はない。どうせ行くんだからね。

  わざわざスルーして施設を出る必要はないわけだ。

  「アガサさん。どうしてそこにバイオリンがあると? 何か、その、確固たる理由があるんですか?」

  「あるわ。聞きたい?」

  「はい」

  「発端は私のひいひいお祖母さんのヒルダ。2077年、爆弾が落ちる前の事よ」

  「2077年」

  随分昔だなぁ。

  現在はその200年後、2277年だ。

  彼女は続ける。

  「ヒルダは凄い女性だったの。クラシックを学び、バイオリンに天賦の才能があったの」

  「クラシック」

  遠い昔の響きだなぁと私は思う。

  今の時代、クラシックという単語を知っている者はどれだけいるのだろう。

  悲しい事だと思う。

  「彼女の誇りと喜びはソイル・ストラディバリウスのバイオリンだったの。どんなに素晴しい楽器だったかは分かるでしょう?」

  「ええ、まあ」

  曖昧に答える。

  私は音楽には精通していないので楽器名しか分からない。

  ……。

  ……ふむ。私も完璧ではなかったようだ。

  音楽かぁ。

  考えてみればボルト101ではそのジャンルは教えてなかったなぁ。

  アガサは構わずに続ける。

  「戦争が始まった時、ヒルダはボルトテック社のボルト92への移住権を与えられたのよ。彼ら会社の人間によるとボルト92は音楽の才能を次代に

  保全する為のシェルターだったらしいの」

  「ふぅん」

  「ボルトテックはボルト92が芸術の保全をすると謳っていたらしいわ。馬鹿馬鹿しい」

  「馬鹿馬鹿しい?」

  「ヒルダの家族は、私のご先祖はボルトテックが信じるに値しないと知っていたのよ。だけどヒルダは世界の音楽家達と会えるチャンスを見逃せず

  招待を受けたわ。そして爆弾が落とされた。ボルト92は隔離されて遮断された。そして家族への便りは絶えたの」

  「だけど200年前のバイオリンでしょう?」

  「ええ。そうよ」

  「何故無事だと信じれるの?」

  「ヒルダは特殊な加圧ケースにバイオリンを入れていたの。ケース内の温度と湿度は楽器にとって完璧よ」

  「なるほど」

  「バイオリンがケースに収められているのであれば、おそらくは……」

  「それなら残ってるかもしれませんね」

  「ヒルダのストラディバリウスはソイル・ストラディバリウスって言うの。……ああ、さっき言ったかしら? ともかくどのストラディバリウスにも名前が

  あるの。そしてボルト92に行くのであれば、それをついででいいから回収してきて欲しいのよ」

  「分かりました」

  頷く。

  問題はあるけどさ。

  ボルト92は『建前』的には音楽家の保護。

  つまりバイオリンはたくさんあると思う。まあ、特殊な加圧ケースなら分かり易いかもしれない。

  まあそこはいい。

  問題は……。

  「ところで」

  「何かしら?」

  「ストラディバリウスって……バイオリンの有名なメーカー? 名前は知ってるけど、その程度の知識なもので」

  そう。まるで知らない事が問題。

  博識家を目指す私としては見逃せない情報です。

  ストラディバリウス何それおいしいの?

  それが私の認識です。

  「残念だけど私もよく知らないの。ずっと昔、全面核戦争よりもさらに昔の話なの。何しろ300年以上も昔の話だからね。確か、私が調べた歴史によ

  ると1714年に有名なイタリアの職人であるアントニオ・ストラディバリウスが作ったのよ」

  「300年っ!」

  「そうよ」

  「歴史って凄いなぁー」

  「その職人は沢山のストラディバリウスを作ったの。後の世に各バイオリンを識別する為に名前は付けられたわ」

  「へー」

  「至上最高の楽器とされているわ。同じ音色のものはないって話よ。素晴しいわ」

  「へー」

  生涯は日々勉強です。

  ストラディバリウスの事をいつかアマタに会ったら教えてあげなくちゃ。

  それにしても同じ音色はない、か。

  楽器なんてどれも同じと思ってたけどその認識は甘いらしい。

  認識を修正しないと。

  また一つお利口になってしまったミスティちゃん。

  ほほほ☆

  「ただ残念な事にこんな暮らしをしているから貴女にあげれるものは……」

  「別にいいです。それが目的ではないので」

  そう。

  私の目的はあくまでパパが求めるパソコンのパーツ集め。こういう言い方はアガサさんには失礼だけど『ついで』なわけですよ。

  報酬目当てではない。

  だから。

  だから別にお礼はいらない。

  必要ない。

  「それではアガサさん、行ってきます」

  「気をつけて」

 

 

  ボルト92に突撃っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  最近キャピタル・ウェイストランドに流れている放送。

 

  『グール化なんて怖くないっ!』

  『我々が開発した特効薬によってグールとなってしまった方々の救済が可能となりましたっ!』

  『人間に戻りましょう、我々がそのサポートをします』

  『興味のある方はお気軽に我が社までお立ち寄りください。是非ともお立ち寄りをっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はボルト92の探索ですな(=゚ω゚)ノ
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