私は天使なんかじゃない   作:月詠ウサギ

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治療薬

 

  治療薬。

  それは病を治す為に必要なもの。

  だけど知るべきだ。

  開発の代償として実験台であるモルモットが存在する事に。

 

  我らは命を紡ぎし者。

  我らは命を奪いし者。

 

  健康であろうとする人間の本質の為に様々な命が奪われていくのだ。

  知るべきだ。

  治療薬の開発には生命が犠牲となる事を。

 

 

 

 

 

  「ここ最近だな、妙な連中が廃棄された工場を陣取ってるのはな。……それよりミスティ、飯作ってくれよ。ははは。そんで一緒に食卓囲もうぜっ!」

  それが。

  それがスチールヤードのスマイリーの言葉だった。

  特に収穫はなかった。

  ただ、スマイリーの地下シェルターの中で寝起きしているシーの言葉を借りるのであれば、一部アッシャーの手下も混じってるらしい。

  ふぅん。

  軍の一部をワーナーが掌握してるって事か。奴は元アッシャーの腹心だったらしいからそれも可能だろう。

  そして反旗のタイミングを練っているのだ。

  私はそれをアッシャーに報告した。

 

 

  「君は実に有能だなっ!」

  「どうも」

  アップタウンにあるアッシャーの屋敷ヘブン。アッシャーの執務室。

  椅子に身を沈める彼に私は報告した。

  スチールヤードに潜伏しているであろうワーナーとその一派、トロッグ襲撃の全容、そしてミディアの失踪。

  全てを報告した。

  密告?

  いえいえ。報告です。

  もちろんワーナー側はそうは思わないだろうけど、私はそもそもワーナーの手下じゃないし。手駒でいるつもりもない。自分の明確な意思を持った

  存在なので命令を聞くつもりはないしその義理もない。それにジェリコはトロッグ襲撃の際に私を殺そうとしたし。

  ……。

  ……いや。そもそも私だからトロッグ襲撃も生き延びれたわけなのだよ。

  普通なら死んでる。

  もしもワーナーが『君の腕を信用してるからトロッグけし掛けたんだ。ハハハ☆』何て言ったらグーで殴ってやるっ!

  まあ、言わなくても殴るけど。

  信頼と丸投げは全然別物だ。そもそものあの男の思考回路が気に食わない。

  ピットの街って横暴な自己中育てる教育なのかな?

  謎です。

  「ワーナーが舞い戻っているのは知っていたが……軍の一部を掌握しているとはな」

  「確証はないけどね」

  「しかし調べようもない」

  「はっ?」

  どういう意味だ、それは?

  アッシャーは続ける。

  「トロッグ襲撃があったからな」

  「ああ。なるほど」

  確かにそうだ。

  トロッグ襲撃で大勢の兵士が死んだ。しかも大半食べられてるから個々の判別が出来ない。つまり死体の大半が誰か分からない。それに下水道

  に引きずり込まれた連中もいるからワーナー側に寝返ったのが誰なのかの追跡調査は事実上不可能だ。

  もっとも討伐すれば意味は同じ。

  ただその戦力が実はアッシャーにないのが私には分かっていた。

  何しろ推定300のトロッグの襲撃だ。

  まともに戦えばああも被害は出なかっただろうけど、奇襲と闇討ちのコラボでアッシャー側の被害は甚大だ。

  押し返しはしたものの討伐できるだけの戦力が今はない。

  アップタウンの現状の戦力が丸裸とは言わないけど危ない状況なのは確かだ。

  防衛は出来るだろう。

  ただし討伐は無理。ワーナー側は結構危険極まる行動すらもする事が判明した。このままこの状況が長期化すれば負けるのはアッシャーだ。

  さてさて、どうする?

  お手並み拝見。

 

  ガガガガガガガガガガガっ!

 

  屋敷の外から作業音が響いてくる。

  トロッグは生きてても面倒だけど死んでも面倒。死んだら勝手に後片付けしてくれないしね。現在、アッシャーの手下がブルドーザーを使って死体

  を掻き集めては下水道に捨てている。まともに稼動しているブルドーザーを見たのは初めてだ。

  まあ、一台しかないけどね。

  「ミスティ」

  「はい」

  「どちら側に付く?」

  「私の行動を見てくれたら分かるんじゃない?」

  「確かにな」

  頷くアッシャー。

  よかった。勝手に納得してくれたらしい。

  私は状況次第でどっち側にもなるのであまり明確にしたくなかったのだけど……納得してくれてよかった。

  「それでどうするんです?」

  「クレンショーは死んだ。被害も甚大だ」

  「そうですね」

  「労働者達が反乱を起こそうとしているのは分かる。しかし理由もなく制圧は出来ない。そんな事をすれば事態は取り返しが付かなくなる」

  「分かります」

  「だが放置も出来ん」

  「いっそダウンタウンの兵力をアップタウンに集結させたらどうです?」

  「な、何?」

  「ダウンタウンを放棄する事にはなります。しかし、もしも本気で連中が蜂起する気ならこの機は逃さないでしょう」

  「だが警戒して動かない可能性もあるっ!」

  「それならそれでいいじゃないですか。要はワーナー側の真意を測る良い機会です」

  「うぅむ」

  「どっちにしろ何らかのアクションがあるはずです。対処はそれからでもいいんじゃないですか?」

  「……確かにな」

  危険な賭けではある。だけど危険じゃない賭けなんてない。

  それに見合う意味はあるはずだ。

  「君の戦術眼には敬服する。BOS仕込みにはない、斬新なものだな」

  「そりゃどうも」

  「上手く行った暁には君をクレンショーの後釜として私の腹心に抜擢しよう」

  「どうも」

  そんなつもりはまるでないんですけどねー。

  才能ある過ぎるのも罪だなぁ。

  ほほほ☆

  「ところでミスティ。治療薬に関して君に教えて置きたい事がある。君を信用して教える真実だ。これは腹心にしか教えていない」

  「腹心」

  なるほど。

  つまりワーナーもその経由で知ったわけだ。奴は元腹心だったらしいし。

  そしてそうやって言う事で私に対する全幅の信頼だと言いたいんだろうね。腹心にしか言わない事なんだが、と言われればそういう意味なのだろう。

  さて。

  「研究室に行きたまえ。許可は出しておく」

  「どうも」

 

 

 

  研究室。

  既にインターコムでアッシャーから連絡が行っているのだろう、研究室の扉は開いていた。

  私はその部屋に入る。

  白衣姿のサンドラが迎えてくれた。

  美人ですね、相変わらず。

  何だってこんな美人がアッシャーに惹かれたのか不明です。恋愛レベルはまだまだ駆け出しって事なのかな、私。

  「サンドラ」

  私は研究装置で何かのデータを計上しているサンドラに声を掛けた。

  彼女は振り返る。

  「あらぁ。アッシャーったら貴女を研究室に通しちゃったのね。主人は何て言ってたの?」

  「治療薬の説明を受けろと」

  「治療薬? ……その呼び方嫌いなのに……アッシャーったらまったく」

  不愉快そうに口元を歪めた。

  どうやら呼称が気に食わないらしい。

  「ともかく、奇蹟の子に会いに来たんでしょ?」

  「奇蹟の子?」

  あっ。

  ベビーベッドがある。

  そこには赤ちゃんが寝かされていた。初めて見るけど多分あれが2人の娘のマリーなのだろう。

  託児所も兼ねてるのかな?

  不思議そうな顔をしている私を見てサンドラは失笑した。

  何故に笑う?

  「あら。何も聞かないで来たのね。私とアッシャーの可愛い娘マリーよ。手の掛かる子だけど、このエンジェルが街を救ってくれるわ」

  「名前は知ってます。2人のお子さんなのも知ってます。どうしてここにいるんですか?」

  「ここはラボと保育室を兼ねているの。マリーはこの街を救う子なんだし愛情を持って大切に育ててあげなきゃ。私達の子供だしね」

  「はっ?」

  意味が分からない。

  この子が街を救う?

  ベビーベッドの上で元気に手を振ってる幼子が街を救うの真意は何?

  ……。

  ……治療薬って……まさかこの子なの?

  今更だけど病とはトロッグ化の事だ。その為の治療薬、それはつまり遺伝子の暴走を食い止めるという事。

  それはつまりマリーには抗体があるって事だ。

  ええーっ!

  「ま、待ってっ!」

  「何? 何をそんなに動揺しているの?」

  「だ、だって、それってつまりマリーは自然で移植可能な免疫を持って生まれてるって事でしょう?」

  「……驚いたわ。この街で科学の事に精通しているのは私とアッシャーだけだと思ってた。貴女、教養があるのね、驚いたわ」

  「……」

  そ、そうか。

  それでアッシャーの音声データには神の恩恵云々という単語があったんだ。それなら理屈になってる。

  マリーには生まれながらの抗体がある。

  ミュータント化に対する免疫が。

  そして私は理解する。

  だからこそワーナーは治療法が何かを言わなかったのだ。ワーナーからその治療法を聞いたであろうミディアも口を閉ざしていたのはその為か。

  やましさだ。

  赤子を治療薬にしようとする事に対するやましさから口を閉ざしていたんだ。

  そして私の当然の反応を恐れたのだ。

  赤子を誘拐、それが連中の目的か。トロッグけし掛けたり暗視ゴーグル装着の連中を送り込んだのも誘拐の為か。

  ふん。

  何が街の解放だ。

  その第一段階はただの赤ん坊の誘拐じゃないか。

  胸くそ悪い。

  「どうしたの?」

  「いえ、何でもないです。免疫があるなんて凄いですね」

  「ともかく、その通りなのよ。どうやら娘の体には生まれつきミュータント化に対する免疫が備わっているの。まさに奇蹟の子だわ」

  「そうですね」

  「今はまだ研究中だけど将来的にトロッグ問題に対する解決策は娘が握っているわ。それどころかあらゆるミュータント化、つまり遺伝子の暴走

  に対する決定打にもなるかもしれない。娘は生まれながらに、そう、天使なのよ」

  「それは凄いけどマリーの体は大丈夫なの?」

  「絶対安全な実験だから不安はないわ。ベビーベットはあるし、娘は体が強いし、世界一安全な赤ちゃんと言ってもいいぐらいよ」

  「だけど」

  「アッシャーと私は絶対に自分の可愛い娘の命を危険に晒したりはしないわ」

  「……」

  だけどワーナーとミディアはどうなのだろう?

  気になるところだ。

  「もちろんその影響で治療法の開発が遅れるけど……母親として無理は出来ないの」

  「そうね」

  だけどワーナーとミディアはどうなのだろう?

  治療薬開発の為にマリーの命を奪うかもしれない。少なくとも必要ならそうするだろう。

  これで決まった。

  私がどちらに付くかが決まった。

  この街の情勢や状況は私には分からない、結局はただの異邦人に過ぎないからだ。そしてそもそも私はワーナーやミディアから情報を

  遮断されていた。今更この街の状況に左右される意味合いは皆無だろう。

  最初から異邦人。

  この街に馴染む必要もなければそうする必要もないわけだ。

  異邦人として思うのはただ一つ。

  赤子の命を護る事だ。

  それは人としての最大限に必要な感情だろう。

  私も女。

  危険な実験もするであろうワーナー側になびく必要はまるでない。

  必要ない。

  「何か私が手伝える事はある?」

  「そうね。貴女なら助手としての能力はありそうだけど……今はいいわ。何ならアッシャーを手伝ってあげて。忙しそうだし」

  「分かったわ」

  「悪いけどそろそろ実験に戻らせてもらうわね。マリーがお昼寝する前にやっておきたいテストがあるの」

  「1つ聞きたい事があるの」

  「何かしら?」

  「マリーは何が好き?」

  「クマのヌイグルミが大好きよ。枕元に置いておくと喜ぶのよ。それが何か?」

  「いつかプレゼントしてあげます」

  「あら、ありがとう」

  「この街の状況が片付いたらプレゼントしますね」

  私の方針は決まった。

  アッシャー側ルートに決定だ。方向転換や軌道修正は既にありえない。

  潰すとしよう。

  ワーナー達の思惑を。

  それが私が決断した結末であり選択肢、そして分岐点。

  さあ進むとしよう。

  結末まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アッシャールートしかしないのは大体マリーが不憫だからっす。ワーナールートだと、どう転んでもモルモットだろうし。展開は加速度的に進みます(=゚ω゚)ノ
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