境界線上の飛翼恋離   作:クーゲルシュライバー中尉

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 元旦に天元の花が登場したそうで。しかし同じ武蔵さんなら世界一可愛い方を書くべきでは? ──以上。


日常の通過者

 ──戦場だというのに、隣にいる馬鹿の声はよく通るなと、そんなことを思う。

 昔からよく知っている馬鹿だ。かつてどうしようもなく馬鹿であったために大切な者を失って、しかし取り戻そうと、二度と失うまいと……自分にそれを可能とする力がないことを知りながら、必死に足掻こうとする大馬鹿者だ。

 その馬鹿が言う。

 

「馬っ鹿オメェ、だからこうして頼ってんだろ? つーわけで浅間、俺の契約を認可してくれ!」

 

 言葉と共に結ばれる取り返しの付かない契約は、まさしく馬鹿の理屈に他ならない。そのために差し出したものを思えば、この馬鹿は一体どれほどの覚悟を抱く必要があったのか。普段通り笑みの下で、一体どれほどまでに狂おしく、彼は彼女を求めているのか。

 

「オマエが──()()()()が長ぇこと溜め込んでた不可能は、この俺が全部受け止めてやる! だから思う存分──可能の力を持っていけ!」

 

 そうして流体(チカラ)を携えて届いてくるものは、支持だ。

 身勝手に、無責任に、我侭に──馬鹿みたいな一途さで、ただこちらを信じている。たったひとりによる、しかし絶対の支持。

 それはやがてこちらだけではなく、他の仲間や戦士団のひとりひとりにまで伝播し、広がっていく。

 馬鹿は唖然とする一同を笑みでもって見渡して、うっし、と前置きしながら、

 

「──頼むわ」

 

 上等だ、と震えを得たのは誰か。 

 自分はまだやれるのだ、と奮起したのは誰か。

 仕方のない奴だ、と呆れて笑ったのは誰か。

 

 応答の言葉はただひとつ。

 

「──Jud.」

 

 Jud.、Jud.、Judgment。

 ああ、我ら聖罰を受ける者なり。

 王の可能性を食らいて行く被罰者なり。

 されど我ら、王に哀しみを与えぬ者達なり。

 

 重なる意思は意志となり、端から先まで余さず届く。

 誰もが立ち上がり、脇目も振らずに抉じ開けようと突撃する。自分たちの王に道をつけるために。

 それを見て、 

 

「ゆえにこの身、王の後悔を祓う先駆けの翼なり──か」

 

 戦線を支える者達とは別に、そんなことを呟きながら己はひとり前へ出る。

 

「じゃあ、やってみるかね」

 

 思う。声に出す。

 自分の内から、幾つもの楔が引き抜かれていくのが感覚として解る。

 それを噛みしめる。

 

 ──仲間たちが、抗う道があることを示し、

 ──いい女たちは、こちらを暴き、選ばせて、

 ──馬鹿は全力の支持をくれた。

 

 目的の、願いのために抗うことを許されたのだ。

 そのために、望むままに自分を発揮していいという事実に、初恋のような高揚を抑えられない。

 この身を構成する骨/鉄が、肉/鎖が、血/油が──己にまつわるなにもかもが歓喜を叫んで鳴り止まない。

 

 眼前──相対するのは、三征西班牙(トレスエスパニア)の制服に身を包んだ金髪の偉丈夫。

 彼の手に、得物として構えられるのは──大罪武装"悲嘆の怠惰"。

 それに向き合い、言葉を交わし、互いに名乗りと口上の声を作る。

 

「我が名は──」

 

 さぁ、まずは手始めに幼馴染みの感情を返して貰おう。

 救った後で揉むのかイチャつくのかドン引かれるのか殴られるのかは知らないが、少なくとも、

 

 ……もう二度と泣けないうちの(馬鹿)には、最低でもその数倍は幸いを得て貰わんと──帳尻が合わないというものだ。

 

 

+++

 

 いつもの日々は終わりを告げる

 もう一度 たったひとりぶんの賑やかさを得るために

 そのための過去を積み上げよ

 配点(プロローグ

 

+++

 

 

 都合八艦、それらが連結して形成される、巨大な船体が空を泳ぐ。

 その艦──準バハムート級航空都市艦・武蔵の表層都市部、奥多摩にある墓所にて響くものがあった。

 

「──通りませ──」

 

 朝、澄んだ大気に少女の透き通った声色が音を作り、連なる言の葉は歌として世界に溶けていく。

 "通し道歌"。 

 別段、珍しいものではない。聖連による暫定支配が確立された当初に生まれた、極東の人々を結んだ歌。むしろ極東の民で知らない者の方が少ないくらいであろう。

 黒藻の獣たちを観客にしながらそれを紡いでいるのは、軽食屋の前掛けを身につけた──長い銀髪の自動人形。

 

 

 自動人形──P-01sにとって、歌は日課のひとつである。

 彼女は去年より以前の記憶を持っていない。ちょうど去年の今頃、気付けば多摩の通り立っていた。時期として、寄港した三河から乗り込んだ()()()というだけで、自身についての情報がなにひとつとつとして存在しない。ただ自動人形の持つ魂が、唯一この歌だけを覚えていた。

 

 武蔵住人としての市民登録自体は間違いなくされていたのだが、いざ市民証に記載されていた住居に行ってみれば、そこにあったのは薄汚い犬小屋のみ。しかも少し湿っていた。

 犬が繋がれている様子もないというのに何故こんなものが。と疑問して覗いて見ると、底が扉の役目をしているようで、その先に内部空間が仕込まれており──中には大量のR元服エロゲの箱や特典が山と積まれていた。

 

 ……確かその中のひとつに『純愛系』とご丁寧にパッケージで煽っていた物体があったので、自動人形の最善の判断を用いた結果、中身を鬼畜触手モノと入れ替えて巧妙に偽装しておいたものと記憶していますが。はて、あれは一体どうなったのやら。

 

 あれから日々は巡り、武蔵は再び三河に着く。とはいえP-01sにとって、記憶の件も含め己についての『何故』というあらゆる疑問は、一年という時間を経ようとも結局のところ、不明なものは不明のままであり続けるというだけだった。

 唯一のものであった筈の歌も、日課となってしまった今では特別さは欠片も残っていない。むしろこの頃は己について考えなくて済むように、バイトや墓所の掃除などといった、仕事や日課・習慣で『いつも』を埋め、ただ作業のように毎日を繰り返している始末。──そこまで考え、

 

「……今のは店主様に対して失礼な思考でした」

 

 拾って貰った縁のまま"青雷亭(ブルーサンダー)"でバイトをすること同じく一年。当初と今とで、出来るようになったことや任せられるようになったことの差は比べるまでもない。店主のレパートリーを高い精度で再現可能になってから最近は、主にP-01sオリジナル朝食メニューの開発に勤しんでいる。

 現時点で出来上がるものが真っ当な食べ物であるかは別の問題だが。

 

 ……推測するに、具体的な目標値が定まっていないのが原因なのでしょう。先日、店主様からも『気が済むまでやってみな』との有り難いお言葉を頂いていることですし、半端をするのは自動人形が廃るというもの。であればやはり突き破──おっと、突き詰めたユニーク性があるものが望ましいのではないかと判断できますが。

 

 そうしていくつかの選択肢を思い浮かべ、答えが最善の判断から導き出される。

 

「P-01s的に、ここはやはり『一撃必殺』をモットーに挑むべきかと」

 

 ポーズとして顎に指を掛け、満足げな仕草とともに頷く。表情はセメントのままであるが。

 

『ひっさつ?』

 

 すると近く、側溝のあたりでそれを聞いていたぼた餅大の物体が、拾った呟きをそのまま疑問した。

 武蔵や各地で下水処理に従事する、黒藻の獣だ。

 バイト中の水打ちの際などに、時折水を求めてはやって来るあたりから始まり、言語として互いがきちんと認識し合った、P-01sにとって初めての友達でもある。

 

「Jud.、食事は日々の活力です。極東には胃袋を掴めという言葉もあるそうで、つまりそこを制圧すれば勝ったも同然。いただきますから反撃の隙を与えることなく、有無を言わさずひとくちで叩き込んでからのごちそうさまでした。実に完璧な流れです」

 

『ひっさつ!』『めっさつ?』『しゅんごくさつー』

 

「Jud.そうすればあとはチョロいものです。他意はありませんが、例えば正純様などそれはもう即チョロかと」

 

 黒藻たちは正純という名を聞いて、数瞬だけ考え込むように顔──全身顔のようなものだが、を下に向けた後、すぐに得心して羅列する。

 

『づか? づか?』『ぜーきん だいすき』『はらぺこ いつも』 

 

「大体そんな感じで。いい感じに理解を得ていると判断できます」

 

 当人が聞いたら頭を抱えかねない風評であるが、一切気にすることなく親指を立てて肯定する。

 すると、じゃあ──というように黒藻の獣が遠慮がちに溜めを作って、 

 

『ともだち なれる? なれそう? なりたい』

 

「それは──」

 

 黒藻の獣は滅多に人前に出てこない。彼らは汚れを浄化できるが、役割ゆえに汚れの中に身を浸しているのが常である。そのため、端的に言って臭うのだ。

 彼ら自身もそれをよく理解しており、だからこそ嫌われないようにと基本的に人前に姿を見せない。どうしても水が足りない際にP-01sの元へ来ることはあるが、店舗のあるような市街では側溝の隙間や木蓋から顔を覗かせる程度で、臭いを広げないようにとまず出てくることはない。

 ──だからといって、関わりたくないというわけではないのだ。P-01sという友達ができてからは、特に。

 

 それを理解しているのか、いないのか。P-01sはセメントの表情のまま頷きを作って、言う。

 

「Jud.、ぶっちゃけ勝算は高いかと。正純さまは一年経っても未だに友達少なめのご様子ですし、先程申し上げた通り基本チョロいと思われますので。……では達成まで、これより暫くの命題をそのように設定しましょう。まずは定石通り、弱っている時が狙い目です」

 

 と、一応の結論に落ち着いたところで、鐘の音が鳴り響いた。

 それが数回連続した後、次いで流れる放送からどこか無機質な声が聞こえてくる。──そのあたりP-01sも似たようなものだが。

 

『市民の皆様、準バハムート級航空都市艦・武蔵が、武蔵アリアダスト教導院の予鈴で朝八時十五分をお知らせ致します。本日は主港、極東代表国三河へ入港する予定となっておりますが、本艦の到着予定時刻は午後の見込みとなっております。──ので『酒井学長は朝からサボって茶をしばいていないで、さっさと仕事するように』との言伝を伊吹(いぶき)様より承っております。ちなみに三分以内に職務を開始されなかった場合、戸棚二段目奥の隠し扉に貯蔵されている酒井様秘蔵の高級銘酒が神酒として浅間様に献上されることとなっておりますので、ぶっちゃけお好きな方を選ばれるのがよいかと。──以上』

 

 直後、「ぬおぉ──!」という中年の絶叫がどこからか木霊したが、この武蔵において気にする者は少ない。

 

『おしごと するの』

 

「Jud.、こちらもそろそろ出勤です」

 

 互いに軽く言葉を交わして別れる。黒藻の獣は側溝から下水へ、P-01sはバイト先の軽食屋へ向かうために石段を降りて。

 今日は朝番だ。となると、

 

 ……いつものあのお客様──そう、いつも釣り銭などを渡す際にやたらとこちらの手を握ってくる"濡れた手の男(ウェットマン)"──あの方は今日も来られるのでしょうか。

 

 だからといって別にどうということもないのだが。

 

『なお、武蔵アリアダスト教導院・三年梅組では本日一時限目に体育の実技が行われます。授業計画上での提出ルートは、多摩の教導院から品川先端までとなっておりますので、付近の皆様は速やかに座してお覚悟を。──つまりは足掻くだけ無駄です。──以上』

 

 ──該当区画からの「「そこまで把握してんなら対処しろよ……!」」という抗議は、放送をぶちかました当人に届くことなく自動的にシャットアウトされた。

 

 

+++

 

 

 同刻、本多邸・リビング。

 P-01sと黒藻の獣との間でささやかな企てが練られているとも知らない当人。本多・正純は、

 

「ふ、ふふ……あはははは──はふぅ……」

 

 盛大にキマっていた。

 

 

 正純の瞳はやや充血気味で、その下にはうっすらとだが隈が出来ている。疲労──というより誰が見ても明らかな睡眠不足。

 しかし当の彼女はほくほく顔で、

 

「あー……至福だ」

 

 自身の、決して多くないバイト代の中から限界まで食費を切り詰めて切り詰めて──そうして捻出した金を手に、古書店で厳選した一冊やあるいは直感で一目惚れした一冊と引き換える。それを食事も取らず、次の日の準備も知ったことかと徹夜で没頭してひたすら読み耽る。

 

 ……端的に言って最高だな!

 

 特に今回は後者、直感での一目惚れだ。そういうものが自分の好みド真ん中だったりすると、それはもう感動を通り越して一種のカタルシス。

 この一冊のために生きている、とかいう気分になってしまう。まぁこれから先も色々読むのだが。断じて浮気ではない。

 

「うあー……」

 

 ごろん、と普段の生真面目さの欠片もない声を上げながらソファーに倒れ込み、うつ伏せのまま獣のような伸びをする。

 自宅ゆえ格好は気楽。つまりは肌着のみなのだが、普段から男子用の制服を着込んでいるため──上のインナーは背中と胸元から先を隠すのみでみっともなく垂れ下がり、華奢な身体の肩から脇のラインには、うっすらと玉の汗が浮かんでいてそれがまた扇情的である。

 下、インナーのパンツはそれとは別で、女性用の紐式。色は純白かつ無地。上部インナーの前垂れが現状まるで隠す気がないため、腰のあたりに結ばれた左右の紐の食い込み──どころか、小ぶりながら張りのある臀部……すなわち形の良い桃尻がほぼ丸出しだった。そこに伸びの姿勢から身体をほぐすための力が加えられるが、しかし正純は非常に非力なため、

 

「んー……!」

 

 力の通り方は雑としか言いようがなく、その結果、尻を突き出してはふりふりと可愛らしく揺らす姿があるだけだった。

 ──当然のことだが、前提として正純本人しかここにいないからこその所業である。

 

 ひと通り身体をほぐした……つもりになった彼女は、軽く寝転がると読破した一品を再び手に取り、パラパラと頁を開いては閉じ開いては閉じと繰り返し、紙媒体特有の香りを嗅いでは満足してひと息つく。やや長めの黒髪が頬を通って口元にかかり、気怠そうな様子に浮かぶ恍惚とした表情は、ある種の色気を醸し出してすらいた。

 

 ……こう、没頭して読み耽る時間は勿論なんだが、読み終えた後の余韻に浸るこの瞬間もたまらないんだよなぁ。

 

 まぁその後に「読み終わってしまった」感が押し寄せてきて物寂しさに陥ることがままあるのだが、それもまた醍醐味のひとつとして納得できる。

 その上で、欲求の部分では既に次の餌をねだっているのはつくづく読書好き(狂)の性と言うべきなのだろう。続刊モノであれば「はよ次、はよ」と。単独で完結している場合は脳内流行が同ジャンル傾いたりと。しかし金はない。

 

 ……また在喜(ありよし)──い、伊吹のところに借りに行こうかな。この本が当たりだったから、それを貸すっていう名目もあるし……。

 

 そこまで考えて、またごろりと体勢を変える。その動きで布が引っ張られて、一部がめくれたり食い込んだりするが、完全に意識の外である。

 

「でもなー……。また食費削って買ったの絶対バレるよなぁこれ」

 

 そうなるとマジ説教だ。しかも本人は呆れた表情の半眼でこちらを見るだけで、こちらの周囲を固めた自動人形たちにひたすら理屈で説教させる。鬼畜か。でもその後出てくる食事は正直美味い。

  

 ……ってこれみっともなさすぎだろ! 主に私が。

 

 そんな感じでうだうだしていると、窓辺から顔に向けて光が差し込んできたため、目を細めながらそちらに視線をやる。──同時に鐘の音が聞こえてきた。

 

 ……あぁ、もう朝になってたのか。とはいえ私、今日は自由出席だしなぁ。酒井学長を三河に送るのは午後からだし、小等部の講師のバイトも一限からとはいえ別にそんな早い時間ってほどでもないから──。

 

 うん、まだ余裕だな。と納得しかけて、

 

『武蔵アリアダスト教導院の予鈴で朝八時十五分を──』

 

 真顔になった。

 

「────」

 

 チラッ、と時計を見る。

 八時十五分。もうすぐ六分。

 授業開始時間、八時半。

 

「そうかー、聞き間違えじゃなかったかー」

 

 一息。

 

「うわぁ──!」

 

 大慌てで家中を走り回り、これ本当に間に合うか? いや間に合わせなきゃマズいだろう! とか騒いだり。ああ朝食──ってその金は昨日使い果たしたじゃないか! とかひとりノリツッコミしたりとあったが、なんとか無事に滑り込むことに成功した正純は、ボサボサになった髪と合わせてひとしきり子供らに笑われることとなった。

 

 

 

 いつもの日常は続いていく。

 今は、まだ。

 

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