境界線上の飛翼恋離   作:クーゲルシュライバー中尉

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通りの尋ね人

 空に賑やかな競う声と、加速の音が響き渡る。

 三征西班牙(トレスエスパニア)が監視を終えたため、輸送業や魔女たちがこぞってレースを始めたのだ。

 当然、金翼と黒翼の少女たちも参加する腹積もり──というか既に二勝を飾った後──なのだが、

 

「……重っ!」

 

 レースとは別で、生業の方。配達業務に従事していたのだが、地上側を手押しのカートで担当するナイトが、かなり苦戦していた。

 今回、荷の大半が三河からのみの一方通行状態で、単純に量もそうだが、それゆえに交通の()()()が起きていた。直に被害を被ったことによってナイトも、そういえば……、とシロジロやハイディが授業そっちのけでそんな会話をしていたのを思い出す。

 こうして直面すると確かに妙は感じるが、だからと言って楽になるわけでもない。なにはともあれ仕事は仕事、こなすしかない。

 展開した魔術陣を通して、あらかた仕事を終えたナルゼに相手をしてもらいつつ、カートを押して着実に量を減らしていく。

 落ち着きが出て来たところで雑談を飛ばし合い、

 

『そっちはどう? マルゴット』

 

「うん、大体片付いたかな? 後は急ぎのがあるけど、他は夜でも問題ない感じ。……夜かぁ。今夜もモチロンだけど、明日は楽しくなるといいよねぇ。ガッちゃんはどう?」

 

『Jud.、そうね。でもきっと大丈夫よ。──どう転んでもネタとしては使えるだろうし』

 

 ブレないなぁ、と相方の平常運転に感心しつつ、ナイトはカートを停止する。

 そうして見上げた先には、教導院の姿がある。当然、手前にある階段と──そこにひとり座る人影も。

 

「ガッちゃん、……そっち、喜美ちゃん見える?」

 

 問いにナルゼが、Jud.と応答を寄越し、呆れた風に、

 

『ええ、よく見えるわよ。……喜美が動いてないから』

 

「それってつまり、ソーチョーも動いてないってことなんじゃ……。一緒にブッキーも残ってたよね、そっちは?」

 

『何度かトーリに蹴り入れるのは見たわ。今は──多分乳か尻の話してるわね、あれ』

 

「もー駄目だなぁブッキー、ブッキー駄目だなぁホントにもー」

 

 口調の上では駄目出ししつつ、表情としてはナイトらしい陽気な笑みを作る。

 ──魔術陣を通した向こう側から、『マルゴット、牛……閃いたわ!』とか走り書きの音と一緒に聞こえてくるが、まぁ毎夜のプレイの幅が増えるのはいいことだ。

 

 ……けど牛コスなら、むしろオッパイないガッちゃんに着せて愛でたいよねぇ。

 

 機会があったらやろう。なくてもそのうちやる。とこちらでも煩悩を膨らませていると、デッサン終わったらしい相方から、一転して見守るような調子の言葉が届く。

 

『……ま、馬鹿には馬鹿のテンポがあるのよ、多分。あいつら、この私が思わず同人誌にするくらいには理解し合ってるっぽいし』

 

 ……ガッちゃんそれ、普段から結構無差別にやってないかな!? 

 

 しかしトーリはともかく、ナルゼの描く同人やネームに伊吹の出現率──犠牲とも言う──が高めなのは事実だ。

 そのあたり思うのは、

 

「ガッちゃんって実は、男の子ではブッキーが一番仲良しだよね」

 

 ──あちらから盛大にむせる音が聞こえた。

 

『ゲホ──ゴホ、オエッ──な、なに妙なこと言い出すのよマルゴット! ち、違うのよ……だってあの男、こっちが構うなと邪険にしてもことあるごとに首突っ込んで来るんだもの。逆に構えと無茶振りしてみたら、それはそれで徹底的に甘やかして来るのよ!? ……だから私は諦めたわ。そして思ったの。──こいつクッソ便利だわ! って』

 

「わーい、ガッちゃんゲスーい」

 

 でもそこがまた可愛いのだ。

 実際、どちらも性格的に面倒なタイプで、そのくせ寂しがり屋なところがある。だからまぁ、色々と楽なのだろう。知り合いに面倒じゃない人種いたかな? とも思うが。

 

『まぁ率先的にネタ提供してくれるから、そっちの意味でもね。浅間とか浅間とかあと浅間の。──でも急にどうしたのよマルゴット、アレ相手にまさかって感じだけど……ひょっとして妬いた?』

 

 ナイトは己の頬に指を当て、うーん……、と小首を傾げる仕草をして、

 

「──うん。……って言ったらどうする?」

 

 瞬間、魔術陣から見えるナルゼの姿が、天に向けて両腕を振り上げ、全身を震わせつつ溜めを作る。

 そして振り下ろしの動作とともに力強い口調で、

 

『超──萌える』

 

 鼻息が荒い。

 ナイトは、じゃあそんな感じで、と軽い感じで返しつつ。──内心、これは今夜絶対燃えるパターンだよね、とほくそ笑みながら期待に胸を躍らせる。

 

『ああ、早く夜にならないかしら……。って、そうじゃなくて! そ、それでマルゴット? 向こうの方、他になにか言及とかあるかしら』

 

 そうだねぇ、と呟きながらカートから荷物を引っ張り出し、

 

「さっき言った急ぎのやつなんだけどね? 『絶頂!ヴァージンクイーン・エリザベス初回盤』ってのが生徒会宛に。配送表は気を遣ってる感じなんだけど、包装に思いっ切りキャラの印刷が……。これ控えめに言ってテロだよね」

 

『……トーリの馬鹿ね。あいつ、今朝ので卒業とか言っておきながら……』

 

「うん、まぁそうなんだけどね? ──実は同じの、四つあるんだよね。それぞれ品名が、『教材』『忍び道具』『姉』『メイド』って。それでいて全部同じエロゲ絵の包みとか、一周回ってギャグだよね。ガッちゃんどう思う?」

 

『正直コメントするのも嫌なんだけど、どれがどいつのか解るあたりちょっと腹立つわね……。ただひとりヘタレがいるわ』

 

 直球だから良いというわけでもない。

 ナイトは、これから急ぎでエロゲ届けに行かねばならない現実にやや辟易しつつ、多少は混雑の落ち着いた通りへ向き直り、

 

「あ、セージュンだ」

 

 知った相手を見つけた。

 

 

+++

 

 

 いきなりの呼びかけに身を跳ねさせた正純は、声の方向にゆっくりと首を向ける。

 寄ってきた姿は、同級にいる魔女の片割れの少女で、

 

「あ、ああ……ナイトか。見た感じ、仕事中か?」

 

「Jud.、そだよー。あ、もしかしてビックリさせちゃった? だったらゴメンだけど」

 

 大丈夫だ、と掌での仕草も混ぜて返す。驚きの原因はナイトの呼びかけというよりも、交友少ない自分が呼び止められる──というレアな事態に遭遇した部分の方が主だったりする。

 あと多分だが、気付いていながら声掛けられなかった場合の方がキツい。 

 するとナイトの側にある表示から、彼女の相方であるナルゼの声で、

 

『マルゴット? そっち、正純がいるの? だったら夜の件と、その猥褻物の山──』

 

「あ、そだね。セージュンセージュン、夜に学校で"幽霊探し"やろう、ってソーチョーが。八時に階段のとこで、どうかな?」

 

 ナルゼの方から不穏な言葉が聞こえた気がするが、大丈夫だろうか。

 夜のことは正純も一応、先程酒井から聞いてはいるが、

 

 ……私のことも、誘ってくれるんだな……。

 

 否、違う。そもそもが以前から、そういった誘いはあった筈だ。ただそれを、臆病ゆえに理由付けて断ったり、その手の空気を避けていただけで。 

 向き合って、踏み込もうと。多少は建設的に動く気のある今ならば、応じるのは機会として有りなのだろうが、

 

「……駄目?」

 

 ナイトが眉をひそめながら、前屈みになってはおねだりする少女の表情で覗き込んで来る。普段のひたすら無邪気な彼女とのギャップが合わさり、なんだか結構な罪悪感が湧いて来るのだが、なんとか堪え、

 

「あー、その、すまん。……今夜は花火の方に行くつもりでさ。もう他で約束してしまってて」

 

『くっ……、マルゴットのおねだり攻撃が通じないなんて……!』

 

 わざとかよ。

 思わず半眼を向けるこちらに対し、いつもの調子に戻ったナイトが、

 

「うーん、残念。後半はブッキーとかアサマチがご飯作って前夜祭的なアレになると思うんだけど──」

 

「あ、こら、挫けそうになること言うな」

 

 残ったの包んで貰うとかは難しいだろうか。駄目だろうか。

 とはいえ正純も、流石にただ断るのもどうかと思い、はぁ、と一息置いてからからフォローとして、

 

「前夜祭か……よく解らないけど明日、葵がまたなんかやらかすんだろ? 気が向いたらそっちには顔出すから。とりあえずはそれで勘弁してくれ」

 

 どうせ逃げられないんだろ、と両手を挙げたポーズで降参を示す。

 相手は、おお! と楽しげな様子を反応として寄越し、そっかそっか、と数度頷く。

 

「──それはそうとセージュン、今暇? だよね? そうだとナイちゃん的には凄く嬉しいなぁ」

 

 肩を掴んではずずいっ、と寄ってくる。近い。

 どう考えても嫌な予感がするのだが、嘘を付くわけにもいかない。正純は正直に、

 

「いや、その、今から"後悔通り"について調べようと思っていて──」

 

「うんうん、つまり暇だね。──じゃ、はいこれ、生徒会宛の荷物だよん」

 

 いやだから暇では、と逃げようとして、

 ──エロゲの包みが来た。積まれた。

 

「は!? おいなんだこれ! なんでこんな物が生徒会に……あいつか」

 

『正確にはあいつ"ら"ね。……で、"後悔通り"付近なら少なくともトーリと伊吹はいるだろうから、ついでに会っておくといいわ。明日、正純もいるならこっちもいい空気になりそうだけど、あんただってわけ解らないまま関わったり巻き込まれるのは、つまらないでしょ? ──あ、犬臭い忍者と拙僧半竜の分は適当に生徒会室か机の上に投げとけばいいと思うわ』

 

 ええ……、と思いながらも、助言らしいものを寄越したナルゼの言葉に一応頷く。面白いか否かが基準かよ、と若干突っ込みたくなったが、普段から授業中にネーム描いている奴に言うのも無駄だろう。最後の方は知らん。

 渡された物が物だが、まぁ会うための口実にはなるか、と納得しようとする。

 しかし嫌なものはやはり嫌というか、 

 

「私、こんなもん持って人前を歩きたくないんだが……。大体あいつら、なんで揃いも揃って同じの買うんだ。普通に貸し借りとかじゃ駄目なのか?」

 

「えっ」

 

 正純が言うと、魔女たちは揃って驚きの声を上げ、なにかヤバいものでも見るかのような表情をこちらに向けて来る。

 いや、知っている。あれは普段、トーリや伊吹がよく向けられる類の視線だ。自分もよくやる。

 なにか失敗でもしただろうか、と思わず後退りしながら、

 

「な、なんだよ……?」

 

 問うと、相手は言葉を濁しつつ、

 

「セージュン、これエロゲだよ? 一応訊くけど、ソーチョーたちがこれでなにするか解ってて言ってる感じかな?」

 

 言葉に正純は、あ──と思い当たり、羞恥に顔を染めながらも否定しようとして、

 

『なにって言うか『ナニ』よね。ええ──つまりエロいことよ!』

 

「言葉を濁せよ……!」

 

 危うく生々しい想像をしかけて頭を抱えるこちらに、どんまいどんまい、とナイトが笑って言う。

 この場にいない黒翼は話題を打ち切る気がないらしく、

 

『ってか、そうじゃなくてもこれ──『信じて送り出した攻略済みヒロインがあいつの伝簒器(PC)でアヘ顔ダブルピース』的な案件よね。……やだ、一本描けそう』

 

「うーん、ナイちゃん思うにそれ、血を見るか最終的に性癖として覚醒しそう……」

 

「お前らせめて人語を喋れよ……」

 

 通じたからといって理解はしたくないが。

 とりあえずエロゲの貸し借りは危険ということだけは解ったため、正純は仕方なしにエロゲの包みを両脇に抱えることに。 

 こちらに礼を言ったナイトが壁際にカートを寄せ、固定して鍵を掛ける。すると強めの風が髪を乱し、上空から誘う声で、

 

「今度は負けねぇ! 早く上がって来いよ、"双嬢"!」

 

 頭上にいたのは、飛翔器や箒、翼などを展開し、滞空しながらナイトを急かす男や女の姿。

 それに応じるように、金翼の魔女は箒に跨るとこちらに一声だけ掛けて、上の連中と軽口を叩き合いながら飛翔して行った。

 呆気に取られたままその様子を見送った正純は、騒がしい空模様に今更ながら苦笑の息を漏らす。

 

 ……行くか。

 

 そして助言に従い、再び"後悔通り"を目指すことに。

 卑猥な物体を抱えた格好を誰にも見られまいと、周囲の目を警戒しながら。

 ──見る者が見たら、それが初めてエロ草誌を買ってしまった思春期男子の如き挙動と大差ないことに、本人は気付かない。

 

 

+++

 

 

 つい先程まで臨時会議が行われていた教導院前、階段上部。そこに喜美は、膝を浅く抱くようにして座り込む。下の景色──即ち自然区画にある、道として舗装された石畳の通り。通称として"後悔通り"と呼ばれる場所がよく見えるからこそ選んだ位置だ。

 ──通りの入り口付近には、よく知るふたりの人影がある。

 "後悔通り"に挑もうとするトーリと、その背後に控える伊吹の姿だ。

 喜美が見つめるその先で、愚弟──トーリは意気揚々と、気負いのない動作で通りに向かい歩みを進める。

 吐息とともに呟きとして漏れるのは、

 

「怖かったら、戻って来てもいいのよ? ……愚弟なんだから」

 

 ──進んだ筈のトーリがムーンウォークで戻って来た。

 引き返したところを伊吹に蹴り飛ばされ、前のめりに倒れたトーリはそのままカサカサと動き回り、逃げ遅れた女子生徒たちにしがみついては騒ぎを起こし始める。

 

「フフあの愚弟め、色々と台無しじゃない。……っていうかこれ、間接的に私のせいだったりするのかしら」

 

 一瞬思うが、流石に違う。実際、先程から似たような光景の繰り返しだ。強いて言うならムーンウォークは初出だが、伊吹のところに逃げ帰る動きがその都度、ウサギ飛びだったり反復横跳びだったりする程度の差でしかない。

 その伊吹も、今のところ突っ込み入れるか指差し笑っているだけだ。否、一度手の動きで──おそらくオパイだろう。空に向けて揉むような動作をしつつなにかを語った直後は、トーリが過去最高にやる気を出していたものだが。

 

「……アイツ、大してやることないなら他にもっと構うべき相手がいると思うのだけれど」

 

 最終的には、トーリが自分で"後悔通り"を歩かなければならないのだ。いつもの空気を保って側にいてくれるのは確かに有難く、無意味とは言わない。しかし直接的な後押しになるわけではないので、克服の助力としては割と役に立っていない気がする。

 ──それならば、例えばそう。愚弟が姉の手を離れて羽ばたこうとする今、ちょっとセンチな気分抱えている超絶いい女にそっと寄り添う、くらいの甲斐性があって然るべきなのではなかろうか?

 まぁ、冗談だ。一応、一割くらいは。

 

 ……実際アイツ、伊吹の内面としてはどうなのかしらね。

 

 友人として、仲間としてトーリを応援しているのは事実だろう。それとは別に彼自身の感情としては、弟の選択に対して喜んでいるのか、それとも怯え──軋んでいるのか。

 

「自分だって余裕なんてないくせに、他の誰かのことばかり。……勝手よね」

 

 どう転ぼうとも、先送りにして苦しむのは絶対アイツだ。いい女には解る。なぜならいい女だから。

 伊吹が、武蔵絡みの夢や目的を語ることはある。だがそれは、もはや刷り込みに近い本能から来るものだ。"武蔵"たちに向ける想いに嘘はないだろうが、発生の根本は彼の生まれ。最初から持っているものに好意的であるに過ぎない。

 ──伊吹自身の、個人的な感情を起因とした彼の()()は、一度も語ったことはない。

 

……まぁ、即バレなんだけれども。あれで秘めてる気なのかしら、あの男。

 

 だからさっさと楽になって、頼って来いと思うのだが、いい女的に待ちに徹してみれば、いつまで経ってもその気配がない。

 ──ねぇ、

 

「こっちを見て」

 

 ──見て、見なさい、見るべき、見るのよ、ほら早く見ろ、ハリィ。

 なんて、恋に恋する小娘じゃあるまいし。思いつつも、囁きは届くことなく溶けて消える。が、誰にも聞こえない筈の喜美の音に、

 

「────」

 

 不意に伊吹がこちらを見上げ、手を振る動作を起こして来た。

 偶然も偶然だろう。驚きで一瞬硬直する喜美だったが、すぐに調子を取り戻して、

 

「フ、フフフ──こ、こここういう時だけはきっちりハズさないあたり、ちょっとズルいわよねこれ乙女心的に!」

 

 ゾクゾクと身悶えながらひとりで盛り上がっていると、上から声が来た。

 

「おーおー、あの喜美が随分とまた乙女しちゃってるわ」

 

「フフフ先生、女はいつだって可憐な乙女よ。学食で酒飲んで追い出された感じなのは解ったけど、他人(ひと)のこと肴にするのは止めなさい?」

 

「いいじゃないのよー、減るもんじゃなし。……お、意外と穴場ねここ。景色も広いし風も来るから、涼むのに丁度いいわ」

 

 声の主は酒瓶片手の女教師、顔や息に酒気を帯びたオリオトライだった。彼女は、許可を取ることもなくさっさと隣に座っては、手櫛で乱れた髪を撫で付け、

 

「ちょっと先生、ファッション以外で手櫛は駄目よ? ほら、やったげるからこっち来なさい」

 

 そう言って喜美は、オリオトライの背後に移動しては、懐から出した櫛で強制的に髪を梳かす。その心地良くともややむず痒い感触に女教師は笑みで目を細め、

 

「うぇへへ」

 

「……なぁに先生、気持ち悪いわね」

 

「あっ酷、……いやね、なんか昔を思い出して嬉しくなっちゃって。もっとやって、もっと」

 

 はいはい、と苦笑して喜美は手元の動きを続ける。それに脱力しながら全身預けたオリオトライは上機嫌で、下の方を眺めながら、

 

「頑張れ、頑張れ」

 

「……先生は愚弟の味方をしてくれるの? それとも伊吹や私、他の誰かかしら?」

 

「愚弟は知らんけど、先生は皆の味方よー。トーリも、伊吹も、喜美も、先生のクラスの子たちには絶対の味方になるわ。あ、学生間抗争には関われないから、その手のは勘弁ね。あと勝手に乳揉む奴も敵よ敵。──ま、今日は先生にとっても大事な日だから、とりあえず今は君ら三人くらいはまとめてバッチコイ、ってなもんよ」

 

「フフフ、さてはいい感じで酔いが回って来てるわねこの女教師。でも奇遇ね、トーリにとっても今日は大事な日よ。明日もそうなってくれればいいのだけれど……」

 

「伊吹は?」

 

「決まってるじゃない。──今日も明日も、絶対に忘れられない日にして()()だけよ」

 

 思わずフフ系の語頭を忘れてしまったが、些細なことだ。

 オリオトライが眼下の伊吹に向け、両手を合わせてなにやら拝んでいるが、フフフ先生、拝むならこの賢姉の方が遥かにご利益あるわよオパーイ的に。……ごめん冗談よアデーレ。いないけど。

 

 とか思っていると、視線の先、"後悔通り"の半ばに向けて森を突っ切るルートを進む姿が見える。

 正純だ。

 変なとこ通るわねぇ、などと考えながら眺めるが、あの近くには確か"あの子"の墓碑が──。

 だとすれば、もしそれが意図して望んだ道であるなら、

 

「めでたいかはともかく。──アンタにとっても大事な日を得られるといいわね、正純」

 

 誘うような期待の呟きだけが、舌の上に静かに残った。

 

 

+++

 

 

 当の正純は、

 

 ……いかん、迷った。

 

 全ては、両脇に抱えたエロゲが悪い。

 この物体を見られまいと、慣れていないくせに横道や裏道を多用したのがいけなかった。否、道は合っている筈だ。自然区画をそのまま抜けて"後悔通り"に辿り着くであろうルートを選んだつもりだ。ただ、こうやって鬱蒼と茂った森をひたすら進むと、方向感覚が曖昧になる上、まるで神隠しに遭おうとしているかのような錯覚を得てしまう。

 

 ……うん、怖い。

 

 母が消えた"公主隠し"も、神隠し系の怪異と聞く。正純にとっては未だにトラウマというか、むしろどうやったら克服出来るんだよ、と遺憾の意を表明したいくらいだ。

 木々を掻き分け、草を払い、時折虫や鳥の作る音にビビりながら駆け抜けた先、眼前に広がる光がある。

 

「……ほ、ほら間違ってなかった! な、なにを怯えていたんだろうなぁ私。全然、全然迷ったりとかしてなかったし。不安になんてなっていないし? 実際かなり怖かったけどな!」

 

 言動が落ち着かないが、とりあえず公園に着いた。来るのは初めてだが、教導院の方から見た覚えがある場所だ。正純が出てきた森とは別で本来の入り口があり、休憩所と、遊具、木製のベンチ。そこで遊ぶ子供らや、談笑する保護者らしき姿もある。よし大丈夫、もう怖くない。私頑張った。

 一息。

 

 ……とりあえず、道は合っていたか。

 

 己の内部に安堵を作って、周囲を見聞する。目を引くのはやはり休憩所らしき建造物で、そのプレートには、

 

「"御霊平庵"? ああ、ここは鎮魂のための場なのか……」

 

 軽く散策すると、あちこちにその手の物が見受けられる。

 

 ……鎮魂と、"後悔通り"──後悔の、通りか。

 

 そこまで並べば、無関係の自分とて察しは付く。この付近、"後悔通り"の半ばにある墓碑の存在自体は知っているものだ。というか酒井が告白だの嫡子だのと情報だけ投げて寄越すから、関連付がなかった部分がある気も。

 つまり、

 

「……そのホライゾンが、ここで失われた?」

 

 だとすれば、その死に続く後悔とは一体誰の物なのか──。

 思い、やはり深く踏み込む必要があるのだろうと頷く。心なしか鼓動が普段より早い気がするのは、皆に近付いているという期待からだろうか。それとも単に疲れただけか。

 

 ……体力ないしな、私。

 

 自覚はある。鍛える気はない。古書巡りとかであれば梯子余裕なのになぁ、と思いつつ。

 そんな下らないことを考えながらも、ここから"後悔通り"へ繋がる正式な案内を示す看板を見つけ、

 

「──また森なのか!?」

 

 そもそもが、こちら側から通りに向かうということがほぼないのだろう。道はあるが、繋がっているだけ。

 獣道よりはマシな足元以外は、ひたすら無造作に伸び放題の荒れ放題。自然の群れは先程までと大差なかった。

 

 

+++

 

 

 ……クソっ! 私が政治家になったら、絶対ここの整備させてやるからな!

 

 内心で毒づきながら、鬱陶しい草木の群れをひたすら駆け抜ける。今回は迷ってはいない、後は通りに出るだけなのだ。だから正純は走って走って、加速を付けたその果てに、

 

 ……ぬ、抜けた……!

 

 終点に喜ぶも、──辿り着いた眼前の通り、目の前には馬車が鎮座していた。

 やば、と思うも、正純は止まれない。ブレーキを掛ける筋肉すらない。

 幸い馬車は停止している。ただ、中の人物と会話していたと思しき人影が、こちらの眼前にあり、

 

「うわ、よ、避け──」

 

 思わず叫ぶと、気付いた影がゆったりとした動作で振り向く。しかし回避の様子はなく、むしろ迎え撃つかのよう。正純はそのまま激突の軌道を行き、

 

「──おや、正純様。このような場所で奇遇かつまた熱烈な……しかし私どもには伊吹様がいるため、ご期待には応えられないと予め申しておきます。──以上」

 

 ──大きめのクッションに飛び込んだ正純から、突っ込みの言葉が出る余裕はない。

 

 

+++

 

 

「む、"武蔵"? なぜこんな場所に……。あ、いやすまない、お陰で助かった」

 

 色々と言いたいことはあったが、総じて原因は正純なので、先の言動に対してはあまり強く突っ込めない。だからスルーだ。

 Jud.、と聞こえる応答と肯定の響きに安堵すると、"武蔵"が会話していたらしき馬車の方から困惑の声が来て、

 

「ま、正純か……?」

 

 父だった。

 正純の父は暫定議会の議員だ。──拙い、と思ったところで既に遅く、また誤魔化しも効かない。見れば、馬車には他の暫定議員らしき人物たちも同乗しており、言ってしまえば自分の奇行とも呼べる登場は、父に恥を掻かせたようなものだ。

 はぁ……、と深い溜め息とともに来る言葉に身構えると、

 

「……もっと思慮を持って行動しろ。"武蔵"が受け止めてくれなければ、全身でこちらに激突していたのだぞ。そもそも、馬車が走行中だったらどうする? ……危ないだろうが」

 

「──あ、はい、申し訳ありません。以後、気を付けます……」

 

 予想外の中身にただ呆然と、礼儀として反射のように謝罪の言葉を返す。

 

 ……もっと、こう、嘆くというか、強く諌めるような言葉が来るとばかり思っていたんだが……。

 

 拍子抜け、と思えるのは良いのか悪いのか。

 普段は素っ気ないなりに、こちらを心配してくれた、と思いたい。だが正純としては、どうしてもそうは思えなかった。せいぜい、他の議員に器の大きさを示したとか、そもそもがこちらにさして興味がないだけか。

 ──そう考えてしまえるくらい、親子仲としては微妙な間柄だ。

 すると間を察してか、窓際に座っていた男が声を掛けて来る。福の神に似た顔立ちの人物、確か父とも付き合いが深い小西という男で、

 

「にしても御息──コホン。御子息、随分と珍しい物をお持ちですな? 私なども取り扱うことはありますが──初回盤とはまたレアな」

 

 え、と疑問して、自分がエロゲを抱えているのを思い出した。

 

「あ──いや、これは、私のではなく友人への預かり物で……」

 

「──よく解らんが、差し上げろ」

 

 こちらの言葉を切り捨てるようにして、実につまらなそうに父が言った。

 

 ……は?

 

 正純は己のうちで疑問する。

 ──今、自分はこれが友人の物だと言った筈だ。話を聞いていなかったのか。耳が遠いのか。それとも馬鹿なのか。

 否、理由は解る。こちらの心中は複雑だが、これは父からのパスだろう。

 政治家志望の正純に、気を利かせてくれたとすら言えるかもしれない。

 ここで従えば、彼らからの覚えは良くなり、将来にも得が生まれる。父にも自分にも、渡すメリットは多く、差し出さない場合はデメリットしかない。

 しかし、

 

 ……伊吹やP-01sたちは、こんな私をどう思うんだろうな。

 

 友人のことを思い浮かべると、身体を支配していた萎縮は不思議と収まった。

 別段、綺麗なだけで政治が成り立たないのは解っている。そこまで子供じゃない。ただ思うのは、自分はそんな()()()()()()()になりたかったのだろうか、とそれだけだ。

 

 ……少なくとも、私らしくはないよな。

 

 今の自分にはなにもない。ならばせめて、友人にくらいは胸を張れる人間でいたい。

 そうは思えど現実として、しかしどう乗り切る。参考までに、友人たちならばどう対処するのだろうか。

 想像する。

 例えば、伊吹だったら「お前がエロゲになるんだよ!」とか言って男同士を無理矢理ラブコメったりさせるのだろうか。ナルゼが喜びそうだ。──よし、却下だ。

 流石に黒藻は参考にならない。ならばあとはP-01sだ。選択肢少なすぎだが、なにせ他に友人がいない。さて、あのセメント自動人形ならどうするだろうか。

 

 ……こいつなに言ってんだ、的な蔑みの目線とかだろうか……。

 

 ソッコで彼女の表情が浮かぶが、案としては結構いい感じな気がして来る。これなら具体的な反抗にならないし、一見は確認の意味にも取れる。必要なのは、そこに込められるべき言外の含みと威力だ。──そう、こんな感じの半眼で、道端のゴミかなにかを見るようにしつつ、声のトーンは低めで、

 

「──は?」

 

 やってみた。

 

「「……ひいっ」」

 

 一瞬、あちらから怯えの声が聞こえた気がするが、流石に自惚れだ。気のせいだろう。なので半眼は止めない。

 

「ま、正純? なにを悩むことがある。見た感じでは複数あるのだし、後で同じ物を買い直して元の相手に渡せばそれで──」

 

 ご丁寧に逃げ場の言い訳を用意される。

 だからそういう問題じゃないだろ、と内心で強く反発を得て、

 ──馬車が振動した。

 

「なにを勝手に、他人の私物をさも当然の如く己の物として扱っているのですか、あなた方は。ぶっちゃけアホですか。──以上」

 

 "武蔵"が裏拳を叩き込んでいた。

 

 

+++

 

 

 唖然とする正純を放置して、"武蔵"は「少々失礼を。──以上」と、こちらの両脇に挟んだエロゲを抜き取り、一個一個配送表を確認し始め、

 

「あ、その『メイド』って、伊吹の物でいいんだよな?」

 

「Jud.、ご推察通りかと。ほう──つまり御二方は、本来伊吹様に届けられるべき配達物を掠め取ろうとした、と。……成る程、把握しました。──以上」

 

 ──また馬車が揺れた。"武蔵"は両手に、こちらから受け取ったエロゲ四個抱えているため、重力制御によって馬車がホラー系の館か個室みたいに振動している。

 

「ま、待ちたまえ!? ……解った! ああ、全面的に私たちが悪かったとも!」

 

「いえ、余計な気を回して逆鱗に触れたのはノブタンだけで、私は別に……」

 

「小西ぃいいいいいいいいい──!?」

 

 父たちが随分と賑やかだ。というか普段自分の前や家で見る時と、大分キャラが違う。

 それを外側から、どこか冷めた目で眺めていると、

 

「ハッ──!? ご、ゴホン……そ、それで正純。訊きそびれてしまったが、こんな場所で一体どうしたのだ?」

 

 再び、威厳のあるいつもの様子に早変わりした父の問いに、

 

「Jud.、"後悔通り"について、個人的に実地で調査を」

 

 ほう、と珍しくこちらに関心を向けた父が、成果について再び問うて来た。

 

「それで、あの休憩所に関して、なにか解ったことはあるか」

 

 符号として繋がることや、手掛かりのようなものはある。

 だが、まだ詳細や把握出来てないことが多い。むしろ知っているなら教えて欲しいくらいだと考え、そう正純が言うと、落胆の声が突き放すように、

 

「勉強不足だな。なにひとつとして理解が及んでいないとは……」

 

 ……ああ、また私は期待に背いてしまったのか。

 

 それとも、もう期待などしていないと。こちらのことはどうでもいいと、そういうことだろうか。

 そう思い、家族として致命的な破綻を抱き、

 

「正純様、お父君はこう仰っております「もっと普段から皆と仲良くしないと駄目でしょ! パパ心配だよ!」と。──以上」

 

 ……は?

 

 なにか妙な言動が来た。父やこちら、他の一切を無視しながら"武蔵"は無表情のままマイペースに、

 

「ま、待て! なにを言って──」

 

 ──父の馬車は再び拳で黙らされた。

 

「いいですか正純様。──そこの御仁は基本、普段から酒井様などを相手に、隙あらば我が子の自慢を捩じ込みつつ周囲のヘイトを集めるただのクソオタです。が、正純様の前では格好つけようとした結果、コミュニケーションも碌に取れないという根本的に駄目なオタクです。そのせいで正純様も大変お辛い思いをしたことでしょう。──以上」

 

 しかし、と続いて、

 

「不肖"武蔵"、この場に置きましては、正純様に対して含まれた裏の言動、その尽くを通訳してお伝えする所存。ご安心を、武蔵自動人形界カーストでは、正純様の方がお父君より遥かに格上なので。──以上」

 

 グッ、とセメントのサムズアップが正純に向けられる。

 身内に向けられた突然の暴露に、これどうしたもんかと父を見るが、当の父は白目剥いたかと思えば発狂して、

 

「オイイイイイイイイイ!? ちょ、君、なにしてくれちゃってんのオオオォ──!?」

 

 とか壊れ始めた。だが同乗する他の議員たちが父を指差し、

 

「そうだそうだ! お前いつもぞんざいな扱いしやがって! 天罰だ、馬鹿め!」

 

「可哀想だろうが、この駄目親父め! ざまぁ見ろ!」

 

「貴様らあああああああああ──!!」

 

 ……賑やかだなぁ。

 

 というか私の父って普段こんなノリだったのか、と今までの現実との差異に酷い頭痛がする。

 正純としても、これまで張り詰めていたなにかが一気に緩んだと言うべきか、楽にはなった気はするが。

 

 ……伊吹の『家族』か。というかこれ、あいつが時折キチガイ化するのはクラスの連中が理由かと思っていたが、主な原因はまさか……。

 

「──なにか? ──以上」

 

 いやなんでも、と掌を激しく左右に振る。

 ──とりあえず、自分の父が武蔵に相当馴染んだアレな生物だったのは色々と衝撃だが、正純として知りたいことはひとつだ。

 

「あ、あのっ……! ──母さんについては、どう思っているんですか」

 

 なぜ仮の葬儀にも来なかったのか、なぜ自分が武蔵に来た際になにも言ってくれなかったのか。訊きたいことは多いが、集約されるのは結局そこだ。

 周囲、場を読んだかのような静かな空気が出来て、深い息の後に告げられるのは、まるで懺悔を思わせるもので、

 

「……あれには、すまないことをしたと思っている。お前のことも、出来ればもう少し早く呼び寄せたかったのだがな……」

 

 ずっと胸の内に抱えていた疑問。その答えとして父から得たのは、深い自責の念だった。

 

 ……そっか。

 

 少なくとも、父は母を大事に思っていたと、そう思っていいのだろう。それに安堵か、一応の納得を得て、自分の中にあった淀みが少し解れたような気がした。

 言葉にしなければ解らない事実の多いこと、と苦笑しつつ、秘めていたらしき本性を知ってしまって、家族としてこれからどう接するべきかと、新たな悩みを獲得していると、

 

「よっしゃ、セージュンいい仕事したぁ──!」

 

 顔面蒼白の馬鹿の声が届いた。

 

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