境界線上の飛翼恋離   作:クーゲルシュライバー中尉

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踏み込み先の解答者

 去って行く伊吹の背を眺めながら、ちょっとした成果と充実を得た正純は、ふと気付く。

 

 ……って折角会ったのに、結局私あいつ個人のこと訊いていないじゃないか!

 

 "後悔通り"関連が思った以上にヘビーだったのもある。ただ最初の目的は伊吹を知ることだった筈だ。

 このあたり、全て自分をここに誘導した酒井の計算通りということだろうか。感謝はしているが微妙に癪だ。しかここにはいない。となると後は誰が悪いかとなればそう、父だ。父が悪い。今日だけで印象変わったどころか正気が失われかけたものであるし。今までの恨み──うん、まぁ軽く恨みだよなぁ、と思いながらちらりと横目で見る。その父は、去って行く伊吹の背中を眺めながらパイプを吹かしていた。

 なぜか血走った眼孔に手が震えており、小声でぶつぶつと呟いているが、これ病気だろうか。

 

「あ、あの野郎……正純の、正純の頭をナデナデだと……? こっここ、この私ですら幼い頃以来は皆無だというのにぃ……! ぐぬぬぬぬ……」

 

「落ち着いて下さいノブタン、公では男同士ですぞ。そして後半の機会損失はノブタンの自業自得です」

 

 なに言っているかは解らないが、それに声を掛ける。半眼で。

 

「……随分と仲、良いんですね」

 

 伊吹の背と父を交互に見ながら、言う。

 私とは違って、と言外に込めつつ。

 

「グハァ──! んん、ゴホン。まぁ、なんだ……奴の後見人である酒井様に、私は昔から世話になっていてだな。その繋がりで顔を合わせる機会も、自然とな。数を重ねれば多少は気も知れる。それゆえ、酒井様を交えてあちらの邸宅で会合を開く際は、前菜の調理などを頼むことが多いのだ。だからふと──そう、ふと気を抜いた姿を見られることもあるわけだな。ああ、つまりテンションの差はただの緩急だとも!」

 

「ノブタンノブタン、端的に言って見苦しい感じですぞ!」

 

「やかましい! ……まぁ若造とはいえ、奴はあれで神肖戯画(アニメ)の良さが解る同志──ゴホッゴホッ! いや、別段彼である必要性はないのだがな? あちらにも"奥多摩"などがいて、給仕役として不満はないのだが──調理をさせると自動人形は偶に()()()()のでな……」

 

 抗議に近い声色の父に釣られて"武蔵"を見るが、彼女は平然と、

 

「美味な食事ばかり作っていては経験の絶対値が偏ってしまうではありませんか。平均を得るためには不味いものも作らねば。無論、お出しした以上は是が非でも完食していただきますが。──以上」

 

 つまりわざとやってるらしい。

 ただ少なくとも、正純が世話になった際はいつも食事は美味だった記憶があるし、伊吹からその手の話を聞いたこともないのだが。

 

「Jud.、当然です。主人やお客様に満足を提供できぬ有様など、侍女の名折れというもの。正純様の食事の好みなどはおおよそ把握出来ておりますので、また次回。どうかご期待いただければ。──以上」

 

 堂々とした物言いに、やや圧されながらも感謝を告げる。ただそこに、待て、と父が割って入るように声を作った。

 

「……我々は違うのかね?」

 

 どうなのだ、と困惑の視線に対し、"武蔵"は芝居がかった仕草で掌を頬横に添えつつ、

 

「率直に申しまして、呼んでもいない客に対してモチベーションを求められましても。──以上」

 

 ──父が両手で顔を覆った。

 流石にこれはフォロー必要だろう。と正純が思い、"武蔵"になにか言わねばと考える。

 だがあちらが先手を打つように、

 

「正純様、自動人形は人類に対する奉仕種族なので、奉仕そのものに是非はありません。では例題としてお訊ねしますが、同じ奉仕内容を鈴様とトーリ様にそれぞれご提供した場合──さて、得られる充実度は等しいものでしょうか。──以上」

 

「あっすまん、もういい"武蔵"。とてもよく解った。解ってしまった……」

 

 政治家志望としては情けない限りだが、これは無理なやつだな……、と正純は悟った。一般生徒である鈴と総長兼生徒会長であるトーリとで、当然のように鈴の名前が先に来るあたり、底知れないものさえ感じる。

 父が一瞬上を向いて、なにかを堪えるようなモーションを取ってから、疲れたように深く息を吐く。

 

「君、段々と彼に似てきていないかね……? まぁ逆だった昔に比べれば、結果的にはいいのだろうが……」

 

 ……逆……?

 

 かつての伊吹が、どうしたというのだろうか。

 追えば追う度、また疑問が増えていくのを自覚する。

 態度に出ていたのだろう。こちらを一瞥した父は、ああ、とそのまま言葉を続けて、

 

「昔の話だがな。それも私が三河にいた──お前も妻も一緒だった頃に、一度だけだが。彼が"武蔵"──当時は試作型のボディだったか──に連れられて三河へやってきた際、立ち会ってな。私が初めて見た当時、幼い在喜・伊吹からはおおよそ感情というものが見受けられず、正直に言って──自動人形のようだ、などと思った程だ」

 

 ……あの伊吹が?

 

 今の姿と、明らかに噛み合わない。

 正純から見た伊吹は、感情豊かな部類だと思っている。黙っていれば、と言われるのをよく見かける程度には、その筈だ。

 続きを待っていると、父が"武蔵"に、いいかね、と確認を取る。あちらはあっさりと、

 

「秘匿しているわけではありませんので。──以上」

 

 軽く頷いた父は、答えではなく、むしろこちらに問いを投げて来た。

 

「正純。自動人形とはどのような存在だと思う」

 

 ──自動人形。

 人形などの"型"に精霊が宿り、動き出した存在。

 身体の一部に"核"と呼ばれる本体を持ち、魂はそこに宿る。──例えばP-01sなどは、喉。

 人形としての"型"ゆえに、奉仕行為が基本理念だ。

 型式は複数、種族特性も共通記憶や重力制御とあるが──、

 

「まぁ、そのあたりはいい。正純、私が言いたいのはな。自動人形をただの機械種族だと思っている輩が、存外多いということだ」

 

 自動人形は、人工的に生み出せる。ボディを用意し、"核"となる部分や品物に、精霊や残念を宿らせればいい。そして現在はそれが主流だ。

 

「人為的に誕生させる手段がある上、人類への奉仕を主とするため、道具のように見る者は確かにいるのだ。だがあくまで彼女たちは隣人であり、我らと同じ一種族だということを忘れてはならない。他の精霊系種族と同じで、存在としての格はあれど、『ひと』としての上下とは違う。まぁ、態々言うまでもないことだとは思うが」

 

 言葉には、素直に頷く。正純にとっても当然のことであり、ただ簡単な知識と認識の確認をしただけにすぎない。

 なにせ、

 

 ……自動人形は数として友達カウント可能だからな……!

 

 つまり自分は寂しい人間じゃないということだ。いや、友達は少ないのだが。

 そこに父が、さて、と前置きをして、

 

「例えば人狼などは、人の形をした精霊だと言われている。正純、お前の身近にもいるだろう」

 

 ネイト・ミトツダイラ。とはいえ、あちらは正確には混血のハーフらしいが。怪力かつ肉食なだけで後は普通──普通? だとかなんとか。まぁ他に不思議生命体とかいるしなぁ……、などとあらためて同級の濃さを感じつつ。

 ならば──と再び溜めの言葉が来た。

 

「例えば、だが。地脈から誕生したものが、"型"ではなく、明確に人類としての性質を持っていたとしよう。しかしそこに自動人形としての属性を獲得した存在が、どんな理屈か魂として宿った場合──さて、どうなるとお前は思う?」

 

 ────。

 それは……、と正純が先の内容を己のなかで反芻した結果。言葉を失った姿を見て、父の側はやや大仰に頷いては背を向けた。

 

「──話はここまでだ。寄り道にしては少々長居しすぎてしまったな」

 

 それだけ告げて、さっさと馬車に乗り込んでしまう。正純はそれを呆然と眺めつつ、慌てたように正気を取り戻し、

 

 ……そこまで語っておいてか!?

 

 話の続き、というか答え合わせは一体どこ行った。そもそもまだ答えてすらいないじゃないか、と若干恨みがましい視線を向けてみるものの、相手からは静かに苦笑が漏れるのみ。

 

「私とて、全てを把握しているわけでもないのでな。現役の身ですらない。お前が今求めるべき解答者は私ではないが、すぐ隣にいる」

 

 目線の動きで示された相手は、当然だが他ならぬ"武蔵"だ。

 

「──ほう、なにやらドヤ顔で語り出しておきながら、結局はこちらへ丸投げとは。不必要な過程であったと判断しますが、そうまでして正純様の気を引きたかったのですか。──以上」 

 

「い、一体なんのことかなぁ!? ゴホッゴホッ……とはいえ実際、これに関して正しく語れるのは君たちだけではないか。私であれ他であれ、少なからず主観や想像が混入せざるを得ないのだからな。──さて、正純。踏み込むならば……否、踏み込んだのであれば、後戻りの難しい事柄というものはある。()()がそうであるのかはお前自身が判断すべきことだが、そのためにも今後はもう少し、他者の助力を得ることを考え──」

 

 つらつらとそこまで言いかけ、"武蔵"に半眼で睨まれているのに気付いたらしく、一瞬ビクリと身を竦ませると、項垂れるように首を振った。

 

「……それを難しくする程に追い詰めてしまった私が言うことではないな。まぁ、友人が出来たのならば大事にするといい。……そう、友人。ただの友人だとも。あ、あの野郎もし正純に妙な真似しやがったら……!」

 

「ノブタン、ノブタン。また闇が漏れてますよ」

 

「フッ、この程度軽いジャブだともコニタン。──では我々はもう行くが、正純。……数日先になるだろうが、後で時間を作る。妻の遺品──というより、単に思い出の品として私が持っていた物なのだが、結構こちらにもあってな。お前が持つ方が良い物もあるだろう。その際、妻から教わった料理などがあれば、是非とも作って欲しいところだ。……今後は私も、食事くらいは一緒に取れるように努めるとしよう。なるべくな」

 

 相変わらずの言い方だったが、ことここに至れば流石に解る。

 確かに伊吹や"武蔵"のお陰で、大本の溝や、正純の持っていた父親への苦手意識などは粉微塵に消し飛んだ。だからといってこれまでがなかったことにはならないし、不器用が直るわけでもないのだ。

 つまりは、『家族』の話をしよう。少しずつでも、これからはそういう時間を作っていこうと、そういうことだ。

 

「──Jud.!」

 

 正純からしても、その歩み寄りに否などある筈もない。

 "後悔通り"に関して重い事実も知ったが、副産物として心は随分と軽くなった。なにせ父は、こちらとは比べ物にならないレベルで武蔵に馴染んでいるのだ。つまりは住人として、極めて一般的な外道対応が許されるということ。距離を測りきれなかった本多・正純はもういない。周囲を頼れとのお墨付きも貰ったことだし、今後父親絡みでなにかあったら容赦なく伊吹や"武蔵"をけしかけることを強く誓う。場合によってはナルゼに描かせるのも考慮すべきだ。

 

「……正純。気のせいか、なにか不穏を感じるのだが……」

 

 どうしてか、若干の怯えを含んだ声が正純に向けられていた。

 

「大丈夫です。下水に叩き込めば、黒藻たちがきっと綺麗にしてくれます」

 

「お、怒っている……やはり怒っているのか正純……? いや、違うのだ。勘違いしてはいけない。確かに私も歳がいもなく、なんだ、羽目を外すことはあるが、別にお前から逃げて遊んでいたわけでは決してないのだぞ。神肖戯画は視たが。解るな? 解ってくれ……! 交渉相手に調子を合わせるのも政治家に必要な技術なのだ。特に暫定議員などは旧知でな、お前の世代で言うなれば、総長連合のようなものというか……つまりそういう空気──そう、神肖戯画を視る空気というやつで、なんなら今度お前も一緒に──あっ、おい貴様ら! まだ私と正純の会話の途中だろうが! 勝手に馬車を出すな……!」

 

 馬車が音を立てて動き出したので途中からなにを言っていたかは不明だったが、まぁ多分大丈夫だろう。

 正純と"武蔵"が並んで見送るなか、遠ざかりつつも未だに聞こえてくる中年の喚き声だけが、通りに響いた。

 うん、と軽く頷きつつ、

 

 ……締まらないなぁ。

 

 父親との和解、微妙に早まった判断だっただろうか……。と、なんとも言えない疲れが残った。

 

 ──だが、ここまでは全て寄り道だ。

 本多・正信のアレな本性など完全なおまけというかちょっとしたテロでしかなく、"後悔通り"と葵・トーリ、ホライゾン・アリアダストに連なる過去ですら、言ってしまえば目的からの派生に過ぎない。

 遠回りをした、とは思わない。

 酒井の掌──と言うとあれだが。仮にも教育者、それも冗談めかしてであろうともダメ『親父』を自称する相手である。つまりは知っておけと、そういうことだと納得する。

 まぁ伊吹と直接会っておきながら、肝心な部分をスルーしてしまったのはうっかりとしか言いようがないのだが。

 今になって、父が正純に対し唐突に自動人形の話を振ったことの意味を理解した。切り上げて"武蔵"に放り投げた以上、残ったふたりがまず始めるべき会話はそれであるべきなのだから。

 背中を押されたことを素直に感謝出来る事実にこそ、感謝したくなるのは不思議な話だ。昨日までではあり得ない。

 つまるところ、本多・正純はここに至ってようやく──在喜・伊吹に最も近いであろう相手に辿り着いた。

 ゆえに、

 

「──教えてくれないか、"武蔵"。伊吹のことを。……酒井学長はあいつと"武蔵"たちの関係を家族と呼んだ。私の父も、あからさまだが妙な問いを残して行った。一体、あいつと自動人形たちの間にはなにがある? 否──お前たちにとって、()()()()()()()()()()()()?」

 

 数秒か、あるいは数瞬か。挑むような緊張を得ていた正純に対し、それを静かに見詰めていた自動人形が、言葉を作る。

 

「先程も申し上げましたが、別段、秘匿している情報ではありませんので、そう身構えずとも。ぶっちゃけ気合入れすぎかと。──以上」

 

 ──コケそうになった。

 

「とはいえ、常日頃から口の端に上る話題ではないので、お茶請けとしては不適格であるのも事実かと。それゆえ、正純様のように比較的新しい武蔵住民の方々にとっては、確かに不明であり未知の事柄となるのでしょう。──以上」

 

 隠してはおらず、知っている者は知っているし、知らない者にも態々語って聞かせることでもない。

 

「解っているとも。別に、知らなくても困らないんだろ? それか、知ったところで関係ないとか──どうしようもないとか」

 

 "後悔通り"だってそうだ。関わりのある者たちに陰や影響を残していても、当時を知らない正純は、それで生活に困るなにかがあったわけではない。まぁ常に金には困っているのだが。

 これも似たようなものなのだろう。既に終わった話だとか、あるいは──もう詰んでしまったとか。そういう類だ。

 だが──、

 

「それでも私は、あいつのことを知りたい」

 

 困っているなら知恵を絞るし、助力になるならそうしたい。出来れば物理的な力以外で。

 というか世話になりすぎたせいで恩と感謝ばかり膨れ上がるのだ。しかも今日また増えた。それは友人だからとか、本人が借りと思っていないとか、そういうことではない。

 

 ……私の胃が痛いんだよ……!

 

 厚顔無恥になれない自身の性根を軽く呪う。クラスの外道と同じものになってはならないと己を戒める。

 ──梅組連中の大半が、仲間たちを見て「こいつら外道だな」と思いつつ、自分だけは違うと本気で信じていることを、正純はまだ知らない。

 

「Jud.、ご要望とあらば、不肖この"武蔵"が語り部の任を承りましょう。──以上」

 

 語りましょう。紡ぎましょう。

 

 ──あるいは、それは壊れた鋼の慟哭で、

 ──あるいは、それはささやかな願いの大罪で、

 ──あるいは、それは愛しい夢の産声だった。

 

 正純様──と、名を呼ばれて、

 

「道具や兵器──それらにとって最大の絶望とは、一体いかなるものでしょうか。──以上」

 

 明日の天気を訊くような、そんな調子の問い掛けから始まった。 

 

 

+++

 

 

 さぁお答え下さい正純様、制限時間は三秒です。……Jud.、終了です。回答をどうぞ。……おや、そのような半眼でどうなさいましたか。睡眠不足ですか。となると、またぞろ徹夜で読書に耽っていたと推測出来ます。後程"品川"を向かわせますのでご奉仕のお覚悟を。──以上。

 

 違う? そうじゃない? Jud.、成る程。膝枕と子守唄も、というわけですね。全く、正純様のご要望も察せないとは……"品川"には侍女のなんたるかを再教育すべきでしょうか。──以上。

 

・品川:『──!?』

 

 そもそもが伊吹様はご自身の誕生後──十年前の大改修によってボディを得た、いわゆる後期勢を妹扱いで少々甘やかしすぎるきらいがあると判断出来ます。無論、母であり姉でありリニューアルによって妹かつ娘属性まで獲得した当個体こと"武蔵"ちゃん十歳が攻守ともに最強なのですが。ええ、Jud.、リニューアルに伴い年齢もリセットです。ボディも当時とは違いますし。記憶ですか? 当然ながら初期化など拒否一択です。幼少時代の伊吹様コレクションを消去など認められる筈もありません。鈴様やアデーレ様なども当然含まれておりますので。全艦自爆覚悟の不退転と申し上げたところ元信公に泣きが入っていましたが、些細なことです。──以上。

 

 ところで正純様。回答をお早くお願い致します。──以上。

 

 成る程。『破損』ですか。

 ──Jud.、外れです。……大地に項垂れてどうなさったのですか。膝や手が汚れるではありませんか。

 とはいえご安心下さい正純様。ぶっちゃけただの気休めですが、正純様のお答えは基本的に外れとはいえ、本質的にはそこそこ良いところを突いているかと。Jud.、破損、壊れて損なうということ。物質としての寿命。我々には改修や新ボディへの移行という手段があるため、その限りではありませんが──つまるところ申し上げると、

 

()()()()()()()。己の本分を完全に全う出来ないと理解したあの瞬間こそが──武蔵にとっての最大の絶望であったのだろうと。感情を持たぬ自動人形の身ながら、しかし断言致しましょう。──以上」

 

 ──Jud.、"武蔵"ではなく武蔵なのです。自動人形ではありません。

 準バハムート級航空都市艦・武蔵。あるいは、後の時代にてそうなるべく建造された、当時の大航空艦。

 極東の覇者を戴く未来を持ちながら、自由も、力も奪われた本艦こそが全ての始まりであると確信出来ます。──以上。

 

 道具──鍬や鎌ならば、田畑を耕し役目を終えたことでしょう。

 兵器──武神、機鳳、機竜。勝利のための戦場へ、それが無残な敗北であれど、戦の常と割り切れましょう。歴史再現として敗者の側に、しかし悪くない敗北を得られればそれこそ本懐であったことでしょう。

 ですが──、

 

 我々は武蔵です。武蔵なのです、正純様。

 極東の覇者を戴き、その威を示すべき力であるべき存在です。王の意を得、世界を飛翔し、極東を束ねるべき大翼であるべき存在です。

 暫定支配? 国境線だけを飛べ? 武装は不許可? 一体なんの理屈ですかそれは。──いえ、別段聖連に楯突くわけではありません。ただ伊吹様の至言を引用するならば、ぶっちゃけクソだと断言しますが。おっと侍女としたことがはしたない。

 あくまで本艦は準バハムート級航空都市艦ですので。市民の皆様を危険に晒すのは以ての外です。歴代の総長や多くの方々が色々と抗おうとしていたことは理解しているのです。──まぁ事実として今も昔も馬鹿しかいませんが。──以上。

 

 正純様、ほっこりしましたか。しましたね。ではここからはヘビーに参りましょう。

 極東の民は抗っていました。動きがなくとも、意気のある者も、実際にどうにかしようと働いた方もいたことでしょう。それこそ本艦の建造以前から。

 ゆえに──彼らがどれ程渇望しようと。力なく、翼なき武蔵(ガラクタ)がその一助にすらなれない無様に、一体いかほどの絶望(エラー)があることでしょう。

 エラー。エラー。エラー。

 いつからか、と疑問すれば、あるいは最初からそうであったのでしょう。そのように推察出来ます。

 本艦の最も古いベースとなる存在は、それこそ百六十年前から存在していますので。──以上。

 

 微小なエラーは、実現不可能と判断された現実によって放棄されました。しかし、本分を全う出来ない武蔵においてそれを解消する術などなく、定期的に吐き出されるそれらは積み重なる一方。

 艦長格、特に私が配置されて以降はむしろ頻度が増えました。自動人形として奉仕を全うする度、艦としての証明不能が対比のように突き付けられるのです。──以上。

 

 ゆえに──。

 

「正純様。自動人形を生み出す方法は、ご存知ですね。──以上」

 

 絶望。不具合。エラー。武蔵として、本来発揮出来る筈の性能を奪われた結果として生じた大量のバグは──総じて言い換えるならば、無念に打ち捨てられた()()です。

 全艦余さず同じ渇望(もの)を抱いたゆえに、おびただしく積み重なったそれらの統合はつつがなく。競合すら発生せず、あらゆる是を以って唯一不変の魂を。

 "武蔵"以下、全艦の取得情報を精査。OS"武蔵"より──まぁつまりは当時の私なのですが──奉仕しながらも人類種への不理解を取得。

 不理解とは、未知であり可能性。……というのはほぼ建前でしょう。人類風に言語化するなれば、要は疲れ果てた、擦り切れていたと表現するのが適切でしょうか。我々がお役に立つには武蔵のままでは不可能で、最善を選択する自動人形であっても現状の打破は見込めない。

 ──ある意味では、()()()とすら言えるでしょう。全艦艦長、各艦補助、そして総艦長が正式なボディを得るのは確定事項でしたから。──自動人形は人類への奉仕種族。即ち、()()()()()()()()それで納得することが可能だったのです。──以上。

 

 ──誕生した存在が、そのささやかにして無理難題な願いを見捨てられるかは、別の問題だったでしょうに。

 あるいはだからこそ、それが最善の選択であったのでしょうか。

 

 具体的に誰かが、()()()()()としたのではないのです。

 言うなれば必然的な自然発生。さながら堰き止めていた水流が限界を迎えたかように。共通記憶(ネットワーク)にアップロードされた、各個体の個性から成る限定的な集合無意識──云々といった後付けを元信公などはほざいていましたが、私どもには不要な理屈です。()()()()()()()()()()()()()()()。 

 ──地脈から生み出される人の形、人の肉──"型"に嵌らない人類としての身体が形成され。生命の"核"となる心臓に、残念だけを掻き集めた魂が宿りました。

 そうして生み出された子供がいかなる存在か、正純様は既に理解していることでしょう。

 

 それは、罪深い奇跡。

 分類上は人類でありながら、まるで自動人形のような有様の──しかし愛しい主人(イブキ)が、とある日に誕生したのです。

 

──以上。

 

 

+++

 

 

 "武蔵"の言葉を聞き終え、呼吸も忘れて呆然としていた正純だったが、

 

「ご満足いただけたでしょうか、正純さま。──それでは原稿用紙は三枚まで。提出期限は三日後です。──以上」

 

 ……感想文を求めるなよ……!

 

 余韻も空気もぶち壊しだった。

 とりあえず、とばかりに正純は素直な心情を吐露することにした。

 

「なんというか、今日一日で色々とパンクしそうだ……」

 

「Jud.、端的に申しまして──今回はその程度で済んで良かったですね。──以上」

 

「不吉なことを言うなっ!」

 

 もしかしなくても、自分のクラスって爆弾多くないだろうか。つま先レベルでこれとか、どういうことだ。まだ更に隠れているのだろうか。などと思いつつも、踏み込んだ先から後退するわけにもいかない。

 それに、解らないことも増えたが、解ったこともやはり多い。

 

 ……酒井学長が言っていたのは、こういう部分だったのかな。

 

 誰にでも優しいわけじゃない、と。

 極端な話、武蔵が航空都市艦だからこそ、武蔵に住む人々を大事にしている。都市艦である以上、当然そこには市民が必要だ。誰も住まない航空都市艦とか幽霊船もいいところで、そんな有様は武蔵を貶めるようなものだ。

 それが全てではないだろうが、酒井の言葉通りであれば、他国の人間相手にはかなり好き嫌いが出てきそうである。つまり平気で外道を行う。とはいえ身内相手でもそうなのだが。

 

「……まぁ、色々と教えてくれて助かったよ。自分のなかで進展はしたと思えるし。父とのことも含めて、ありがとう」

 

「Jud.、お役に立てたようでしたらなによりです。人類への奉仕は自動人形としての本能なので感謝は不要ですが、そのお言葉こそが私どもに対する報酬と言えるでしょう。──以上」

 

 さっきまでの話を聞いているとかなり裏を考えてしまうが、おそらくは伊吹が関わらなければ普通だな、と納得しておく。

 すると"武蔵"がごそごそと侍女服のポケットから紐の付いたカードを取り出し、正純に向かって判子と合わせて差し出してきた。

 

「──それはそれとして。こちら、"武蔵"のお役立ちスタンプカードです。私どもがお役に立った際は、是非こちらにスタンプを頂戴したく。──以上」

 

 報酬を求められた。

 ええ……、と思いつつも正純が受け取ると、確かに商店街などで見かけるような、よくあるスタンプカードだった。何個貯まると割引だとかおまけが貰えるとかいうあれだ。とはいえ金欠がデフォルトの正純が貯めきったことは一度もない。

 眼前のこれは十の倍数毎になにかしらの特典があるらしく、特典を使うとその分の印だけ綺麗に消滅するらしい。エコである。

 

 ……無駄に凝った術式使うなよ……。

 

 紙面の隅を見ると、『製作提供・浅間神社』と見事にロゴと宣伝が堂々と鎮座している。逞しいにも程があった。

 なお、スタンプの絵柄はデフォルメされた"武蔵"を始め、"武蔵野"や"奥多摩"などの各艦長だったりする。ランダムで印の絵が変わるらしく、どいつもこいつも自己主張がやたら激しい。──こちらには『作画・サークル黒髪翼』との刻印が。

 正純としては知らない存在だ。どうせ身近な誰かだろうし、もっと言うならつい先程話したというかエロゲ押し付けた魔女の片割れが文字通りの特徴をしていた気もするが、武蔵上に魔女はそれなりに存在するのでやはり気のせいだ。

 ──で、

 

「……これ、貯めたらなにが貰えるんだ」

 

 求められるがままにぺたりと押しながら、一応問うてみる。

 

「Jud.、伊吹様が頭を撫でて下さいます。他、膝枕を提供させていただいたり、一日専属権なども」

 

 成る程なぁ、とだけ静かに頷き、

 

 ……私の分も作って貰えたりしないだろうか。

 

 やはり自動人形だけだろうか。駄目だろうか。梅組の手に渡ると、屁理屈捏ねてペタペタやりかねないからやはり難しいか。とあっさり結論が出てしまった。

 とはいえ今この場で知れることは知った筈だ。あらためて"武蔵"に礼を告げて帰ろうとして──、気付く。

 

「……"武蔵"、いくつか訊いてもいいだろうか」

 

 父の言葉。"武蔵"の言葉。それが伊吹の出生に纏わる秘密なのだろうということは今更疑う気はないが、不明なものがやはりある。

 ──()()()()()()()()()()()

 "武蔵"は、恐らく誕生直後の事実としてそう語った。父は初見の印象と、同時にかつてのものとして記憶を告げた。

 ならば、

 

 ……一体いつ、伊吹は今のあいつになったんだ?

 

 成長だとか、学習だとか、そういう次元ではない筈だ。どこかに転換期──そこまででなくとも、自動人形のような()()()がひとりの人間になるための、切っ掛けのようなものがどこかにあったのではないだろうか。

 正純の疑問に対して、"武蔵"の返答は簡潔なもので、

 

「Jud.、──それに関しましては、ホライゾン様のお陰であると判断出来ます。──以上」

 

 ついでに一応トーリ様も。と、武蔵総長の名がおまけのように付け足された。 

 またホライゾンか……、と正純は思う。今日耳にしたどの話においても、まるで鍵のようにその少女の存在がある。

 まぁそれはそれとして、だ。

 

「"武蔵"──自動人形には、()()()()()()()()()?」

 

 

+++

 

 

 ──数分前、正純と"武蔵"を残し、去っていった馬車。

 そこに乗る暫定議員の者らは、それまでの会話をほじくり返し、

 

「フッ……聞いたか諸君。正純と一緒に食事、それも手料理だ。──いええええええええい!! ノブタン大勝利ぃいいいいいい!」

 

「おい、この男一瞬で化けの皮剥がれたぞ!」

 

「なんだ貴様ら、羨ましいか。羨ましいだろうなぁ! んン? ああ、いいとも。余った料理を味わいたいと言うならば、解るだろう? さぁジャンジャン利権を詰み給えよ。さすれば考えてやらんこともない。……お皿ペロペロは私の特権だけどなあああああああああ!!」

 

「くっ、あの伊吹少年でも完全には暴けなかったか……。この男があの程度ではビクともしない真性であると!」

 

「ってか、むしろそこまで知られたら息子──面倒だしここではいいわね。娘の心が先に死ぬでしょ……」

 

「仲良さそうだったし、補佐とくっつけてしまえばあっちは幸せ、ノブタンだけ上手く壊れるのでは? 暗躍の時間だな……!」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? ぶち殺されたいか貴様らあああああああああああ──! 正純は絶対嫁になんかやらないもんねえええええええええ!!」

 

「……それはそうとノブタン。私最近、ノブタンが超欲しがっていた生産中止の激レア黒盤(DVD)を入手しましてな」

 

「──流石だコニタン。貴様にはスプーンを進呈するとも」

 

「こいつら今すぐ死なねぇかなぁ……。だがまずは黒盤(そいつ)の上映会だぁ! 夜の仕込みも忘れるな!」

 

 権謀術数の世界に生きる暫定議会。──彼ら彼女らの持つ真の闇は、存外深い。

 

 

+++

 

 

 "武蔵"と別れた正純は、思考を傾けつつも、予定を確認するようにひとり呟いた。

 

「よし、そろそろ私も一旦戻ってから軽くシャワーでも浴びて……それからはP-01sや黒藻の獣と合流して、三河の花火だな」

 

 ──"武蔵"の語った内容には、自動人形らしからぬ感情的な──言うなれば人類的な曖昧さに補正されている箇所がいくつかあった。内容や父の話からして、当時この件を調べていたのは元信公だろう。調査の結果として、先の話を"武蔵"に伝えたのも、恐らく彼自身。

 そのため断定出来ないもの関して、推察や仮定を含んだままであることは仕方ないのだろう。

 だが、

 

 堰き止めていた水流が限界を迎えたかように、と"武蔵"は言った。

 その言い回しも含めて元信公の受け売りであるとすれば、どうなのだろう。無論それ自体は単なる例えでしかないのだが──しかし自動人形がそんな、ダムの決壊みたいなお手軽さで存在の限界を迎えるなど、普通に考えて有り得ないのではなかろうか。

 暫定支配を受ける極東武蔵は世界でも特殊ではあるが、立場や環境によって不遇を強いられる自動人形や艦のOSなど、探そうとすれば珍しくもない。にも関わらず、黎明の時代から種族としてあった自動人形が、伊吹のような前例のない存在を産み落とすような話は"武蔵"──というか武蔵が唯一。

 

 仮に、だが。もし仮に全ての自動人形が、程度の差こそあれ"武蔵"と似たような素地を持っているとすれば。つまりは──、

 

 ……堰き止めていられた水流の波に乗った()()の力が加わって、その要素が引き金になった──とかだろうか。

 

 ともすればそれは相当に不自然な何かだろう。全裸の馬鹿が波乗りして突撃して来たとか、そのレベルの異常事態だ。

 とはいえ、

 

「まぁ考えたところで仕方ないか。大体、伊吹はもう武蔵(ここ)に居るんだし。……実はアイツの出生に世界を揺るがす壮大な秘密が隠されて──なんてあるはずもだろうしな! ははは!」

 

 

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