境界線上の飛翼恋離   作:クーゲルシュライバー中尉

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酒宴場の古馴染み

 本多・正純がエロゲを相棒に森を踏破したり、その父親が私生活や精神性の一部を暴露されているのと同じ頃合い。

 三河郊外に構えられた軽食店──酒もある。つまり居酒屋なのだが、その内部は盛り上がる中年たちの声に支配されていた。

 ──どこか乾いた空気と、笑い声に。

 

「しかし老けたなぁ酒井。昔は"大総長(グランヘッド)"なんて恥ずかしい名で粋がってたお前が、今じゃ武蔵の学長で女子供の尻眺めてるとか……。もっと我を見習え我を! 現役の"東国無双"様だぞぉ!? ……ところで画像とかねぇのかよ?」

 

「まるで俺が自称してたみたいに言うなよ! つか、それ毎年会う度に言うよねぇダッちゃん。俺だって他所なら余裕で現役だし、武蔵に来たらダッちゃん、問答無用でロートルだよね。それに学長いいぞ? 訳知り顔で視察とか適当言っとけば、若い尻なんて体育で見放題──チョロいもんだよ。そんなに欲しけりゃ、今度トーリの全裸画像でも大量に送り付けてやるよ。嬉しいだろ、榊原」

 

「私に振らないでくださいよ」

 

「「お前ホント昔から反応悪いなぁ!」」

 

 彼らは昼間から酒を入れ、かつての仲間と思い出話や、下らない雑談に花を咲かせる。

 ──三ループ目だった。

 初回こそ楽しげであったものの、既に声色は沈んで棒読み気味。三人の中年は時折胡散臭いタイミングで吃ってみたり、チラチラと目線をやったりと──いわゆるカモン系の突っ込み待ち状態なのだが、肝心の相手が無反応なせいで冷や汗が止まらない。

 その相手とは、

 

「はぁ……で御座る」

 

 二代だった。

 凛々しさどころか普段の溌剌な姿は欠片もない、全身を脱力した完全なる無気力状態。貸し切った畳敷きの個室の隅、酒井たちに背と尻を向けたテンション低めなポニーテールの芋虫が寝転がりつつ、いかにもな溜め息を吐いた。

 溜め息に語尾いらねぇだろ。という突っ込みすら憚られる程の、無駄に圧力を感じさせる露骨なまでの不機嫌アピールである。

 ──楽しみにしていた予定が突如空白になり、むくれて拗ねた子供とも言う。

 中年どもはむさ苦しい老け顔を寄せ合いひそひそと、

 

「……おいダッちゃん、お前んとこの娘だろ? 早くなんとかしろよ。なんだよ御座るって……確実に聞かせに来てるじゃねぇか」

 

「いや、我にどうしろってんだよ馬鹿野郎。武蔵に乗り込んで、小僧殴って拉致るくらいしか思いつかねぇぞ」

 

「真っ先にそれが出て来るあたりかなり私情混じっている気がしますが、急がないと時間切れですよ? 結論だけ言いますと、全員が酷いことになります」

 

 酒井だけはそれを知らなかったが、今まさにこの場に向かっているであろう者がいるのだ。天敵である。

 

「やべぇな……そういや鹿角の奴が来るんだった。こんなん見られたら、影が薄い榊原はともかく、我とお前はなにされるか解ったもんじゃねぇぞ。おい、得意の屁理屈でどうにか誤魔化せ"大総長"様よ。言っとくが我、いざという時は躊躇無く裏切る覚悟だからな……!」

 

「おいマジかよ勘弁しろよ。俺があいつ苦手なの知ってんだろ……。つか影の薄い榊原はいいが、自信満々に仲間を売る覚悟決めんな。……時間がねぇ、こうなったら左遷で培ったこの俺様の万能処世術を見せてやろうじゃねぇか……!」

 

 いいか見てろよ、と自信満々に呟いた酒井は、他のふたりが見守るなか軽く深呼吸。適当な皿を手元に寄せつつ二代の側までにじり寄り、普段の猫背から更に腰を低く構える。そのまま、背を向けた少女の方に皿をそっと差し出しながら伺うように──、

 

「ダ娘ちゃん──焼き鳥食べない? これ、美味しいよ」

 

 全力で餌付けに走った。

 

「「…………」」

 

 非難と蔑みが入り交じった視線が仲間の方から突き刺さる。酒井は、まぁ待て、とそれを片手で制し、反応を待つ。ついでとばかりに尻を眺めつつ、よく引き締まってんなぁ、とよりにもよって父親の眼前でその娘の張りの良さを評価していると、

 

 ──尻が動いた。

 

 もとい、芋虫がもぞもぞと緩慢な動作ながら、寝返りを打つようにごろりと酒井や忠勝らの方へと向き直った。ぼんやりとした表情だが、間違いなく目線は近くの焼き鳥に釘付けである。──手が伸びる。それを見た酒井は勝利を確信して、しかし二代が未だに起き上がろうとしない様子に妙を感じた。

 

 ……いや、そこは一旦起きとこうよ。寝ながら食うとか、俺らみたいなのじゃねぇんだからさ。

 

 礼儀作法などは完璧と言って良い少女だった筈だ。むしろなにをどう間違えたらあの父親からこの器量の娘が出来るのか、と疑問に思った程には。

 しかし二代の行動は酒井の思考を完全に裏切り──寝転がったまま勢い良く鳥櫛に向け掌を突っ込んでは、まとめて五指の間に櫛を挟む。そして畳側の腕で肘を立て、掌で頭を支える。幾度か揺するように位置調整をして、それが終わると、

 

 櫛の下から上まで歯を滑らせ、引き千切るように──全ての肉や葱、皮などがまとめて二代の口内へと消えた。

 

 頬を膨らませながらもっしゃもっしゃと咀嚼する姿には、小動物じみた愛らしさは欠片もない。立て肘を枕に寝ながらつまみを食らう様は、まさしく中年親父の如きそれだった。ビールと野球中継があれば役満だろう。

 ──どうしてこうなった、と酒井が絶句しながら呆然と眺めていると、嚥下を終えた二代は竹櫛をまとめて器に投げ入れながら、軽く一息。

 それからようやく放たれた言葉の中身は、

 

「──父上の真似」

 

 ────。

 

「お前かよダッちゃん!? 私生活にまで文句付けたくねぇけど、娘の見てる前でなにやってんだ! 影響出てんぞ!」

 

「いやぁ我、本格的に酔うともう起き上がるのも億劫でなぁ……。鹿角が見てない隙を突いて、と気を付けていたんだが」

 

 二代には見られていたか……、と笑いながら元凶は酒を片手に後ろ頭を掻く。そこに、

 

「Jud.、それはそれは、随分と興味深いお話ですね。──ところで忠勝様、一体なにがそんなにおかしいのですか」

 

 声が来た。

 

 届いた冷たい響きのそれに、一瞬硬直を得つつも、中年たちは首の動きでゆっくりと視線を向ける。

 胡座の姿勢から見上げると、まず目に入るのは足元付近まである丈の長い侍女服。武蔵で見かけるものは欧州などに近い仕立てだが、こちらは地味な色合いの着物にエプロンドレスを合わせた、極東風の主張がやや強めの意匠である。そのまま目線は上へ、種族特有のセメントな表情──はなるべく見ない。目を合わせた瞬間エンカウント判定されたらたまらないからだ。もしかしたら()()かもしれない、と最後の足掻きに頭頂部──長身の姿に加え、全長の数値を伸ばすのに一役買っているであろう鹿の角を模した黒い飾りの感覚器を視界に入れ、希望が打ち砕かれた現実を知る。

 言い逃れ不可能な程に、見知った相手の姿を思うことはひとつ。

 

 ……こりゃやべぇ。

 

「げっ……」

 

「か……鹿角……!」

 

 酒井と忠勝、特に彼女に逆らえない筆頭のふたりが年甲斐も無く、怯えを含む震えた声で小さな悲鳴と、その名を呼んだ。

 

「Jud.──下らない。が、お覚悟はよろしいですね」

 

 ──角付きの女性型自動人形。実質的に本多家を取り仕切る存在──鹿角が、気配も音もなくこの場に君臨していた。

 

「影が……薄い……」

 

 なお、呟きながら壁際で項垂れるもうひとりの男は、実際影が薄かったため、場の不穏な空気から地味に一抜けを達成した。

 

 

+++

 

 

 鹿角の登場に伴い、説教と制裁を食らう父親たちの姿を眺めつつ──厨房の自動人形に焼き鳥の追加をダース単位で注文しながら、本多・二代は思う。

 

 ……はて、何故(なにゆえ)父は叱られているので御座ろうか。

 

 自分はただ、場のネタとして父である本多・忠勝の物真似を披露しただけなので御座るが──と。

 なにせ彼らは、話題がループする程度には松平四天王ネタが大好きな筈なのだ。しかし二代は現役時代の彼らを詳しく知らない。歴史再現など、公に語られる彼らの行いや功績は別だが、それは本人たちにとっての『当時』とは、やはりどこか別のものだ。

 なので二代に可能なものとなると、普段の父親の様子などが最も適している。──そう、宴会芸として。

 

 彼らが酒宴を開始してから、二代は悩んでいた。──拙者、ここにいる意味ないで御座るなぁ──と。

 片方はこの場にいないが、二代と伊吹は十年近い付き合いがある。と言っても、武蔵が三河に寄港した際の、年に一度の機会を毎年繰り返している程度なため、顔を合わせた回数自体は多くない。が、二代の父や酒井ら中年勢が酒臭く喧しいなか、その場に連れられた同年代の相手がいれば、当然のように意識はそちらに向くし仲良くもなる。二代は鹿角に、伊吹は"武蔵"にと──教育や指導を自動人形から受けているという共通点も拍車を掛け。幼いふたりは、拳と獲物を以って実にあっさりと打ち解けた。

 ──それを見て、なぜか鹿角と"武蔵"は握手をしていた。

 

 まぁつまり昔から、中年は中年、子供は子供と自然とそんな流れになっていたのだ。──こちらに混ざろうとする父に鹿角が包丁投げ付ける事態もあったが、概ねそんな感じに。

 ゆえ、伊吹がいないのに二代だけこの場に連れて来られてもやることがない。正直暇だ。

 そこで鹿角に礼儀作法を叩き込まれた二代の脳細胞が唸りを上げる。──成る程、拙者もとうに元服を過ぎた歳。この機会に目下の者の礼として酒井殿をもてなせと、つまりはいうことで御座るか──! と。

 ああ、つまり宴会芸である。

 

 ……うーむ。予定ではどっかんどっかんの大ウケで御座ったのだが。

 

 やはり問題は再現度か。確かに父は尻をボリボリ掻き毟っていた気がするが、と二代が思いを馳せていると、咎めるような音で鹿角の声が来た。

 

「……二代様、いつまでそのような格好をしているのですか。どうやら今は見当たらないようですが──殿方のいる場で、はしたない真似はお止め下さい」

 

「殿……方……?」

 

 言葉に対し、首を傾げる。

 鹿角は別として、他にいるのはどう見ても叱られてうだつの上がらない中年三人だ。否、昔は確かにこう、四天王たちの逸話や行い、実力に対して、二代も尊敬の眼差しや憧憬を向けたものである。──だが悲しいかな、父親を始めとした連中や、年一で残念な姿を晒し"武蔵"にシバかれる四天王筆頭の元"大総長"の姿を二代は見すぎた。無論、今においても彼らへの敬意自体は失っていないが、少女の感覚としては、もはや毎年伊吹を連れて来るだけの猫背のおいちゃんである。

 なにより、

 

「鹿角様。以前、鹿角様は拙者に「二代様にとっての殿方とは伊吹様です。いいですか、あらゆるフラグは伊吹様を相手に建てるのです。他は男性であっても殿方ではありません。具体的には犬や豚や酒井様と同じものです」と言い申した。

 ──拙者、何度か加速を付けて曲がり角から膝蹴りを叩き込んでみたものの、未熟ゆえ完全な理解に達しているとは思えませぬ。……しかし、そもそも伊吹殿が来ておらぬ以上、この場に鹿角様の言う殿方は存在しないのでは御座らぬか?」

 

 二代の言を聞いた鹿角が、ほう、と呟きつつ怜悧な半眼を作り、

 

「──どういうことですか、酒井様」

 

 凍てつかんばかりの咎めの視線で貫かれた酒井が、うげっ、と苦い声色を零す。鹿角は言い訳の暇すら許さず、

 

「左遷されたにも関わらず、伊吹様のおまけの分際で毎年毎年のこのこと……。三河側で聖連からの嫌味に対応しているのは一体誰だと思っているのです。本多家と二代様のためにと甘んじていましたが、その結果がこの体たらくとは。──酒井様、甲斐性という言葉をご存知ですか。理解可能ですか」

 

 つらつらと流れる罵倒に合わせ、二代の食らい尽くした鳥の竹櫛が、鹿角の操る重力制御によって大量に滞空を始めた。当然、先端は全て酒井に向けられている。

 

「俺がおまけかよ!? いや待て、今俺の人権が狂ってる教えがあったような……。って待て待て、だからあいつは今日は所要でだな……おいダッちゃん! こいつの主だろ早く助けろ! 娘が計画的に嫁に出されるぞ……!」

 

「失敬な。──入婿計画です」

 

「え、待て。我なにひとつ知らないんだが。えっ……?」

 

「ちくしょう、これだから駄目人間は! そんなんだからダッちゃんは駄ッちゃんなんだ……!」

 

 瞬間、大量の竹櫛たちが一斉に酒井に向けて射出される。

 ──が、直撃には至らず、血の雨は降らない。脅すかのように眼球の目前で停止。時折数センチ下がっては勢い良く前へと突き出るツンツンとした動きが非常に恐ろしい。

 

「酒井様、たとえ駄目で情けなく娘の将来を丸投げ放置していても、忠勝さまは当家の主なれば。事実なので訂正は不可能ですが、愚弄はお止め下さい」

 

「あれ……我、なんだか涙が……」

 

 視界にだけは写していたものの、焼き鳥の消費に忙しいがために特に流れを理解してない二代がふと気付くと、なぜか腕で目元を覆う父がいる。それを無視した酒井が、盛大に深い溜息を吐いた。

 

「出たよ……この"自分はいい、他人は駄目"の鬼ルール。お前ね……間違いなくお前のそれ、伊吹の人格に影響及ぼしてるからな? しかもあいつ発で武蔵の自動人形に拡散しつつあるのよ。……どうしてくれるのマジで」

 

「Jud.、隙を見ては指導した甲斐がありましたね」

 

 顔を覆った酒井が父の方に寄り添って行った。

 二代としては、正直彼らのノリはよく解らないがとりあえず、

 

 ……伊吹殿は鹿角様とも仲良しで御座るからなぁ。

 

 ならきっと良いことなのだろう。と納得し、鳥と櫛はそろそろ飽きてきたので品書きを物色しようと、二代はのっそりと身を起こす。

 ──すると見計らったように、酒井があっさりと復帰して言葉を作った。

 

「そうそう、ダ娘ちゃんに伊吹の奴から言伝ね。まぁ言伝っつーかいねぇ理由っつーか──あいつを含めたうちの連中、今日は前夜祭で明日が本番なんだってさ。で、明日は馬鹿と一緒に馬鹿みたいに騒いで飯食うってんで、ダ娘ちゃんもおいでよ──ってのが伊吹からのお誘い」

 

 ほう、と強く興味を引かれたこちらに対し、でさ──と言葉が続いた。

 それはどこか挑発的な笑みを向けながらのもので、

 

「今度は俺からなんだけど──ダ娘ちゃんさ、そのまま武蔵(うち)に来ない? 欲しいなぁ、君みたいなの」

 

 

+++

 

 

 ──待て。という制止の声を、二代は聞いた。

 父の声。それは二代ではなく、酒井に向けたもので、

 

「……酒井、お前小僧の話を隠れ蓑にしやがってこの野郎。まぁそれはともかく、今は──少し待て」

 

「と言うと?」

 

 理由は、二代には解る。当事者というのもあるが、既に予定があるのだ。

 

「こいつは今、三河の警護隊総隊長だ。んで、つまるところ今回の先行艦は二代の担当ってことになる。だからまずは安芸に向かって──まぁ、それからだな」

 

 言葉に、軽く頷く。課せられた役割ゆえに、誘いがどれだけ魅力的で、興味があれども、優先すべきはまずそちらだ。しかし同時に、

 

「──そこから先は好きにしろと、既に言ってある。鹿角には無責任だのなんだのと散々罵倒されちゃいるが、縛るよりかは自由にさせてやりてぇじゃねぇか。──なにせ世が動くんだぜ? 得られるかどうかは二代(こいつ)次第だが、望む機会すらないなんてのは()()()()()だろ」

 

 自分で選べと、そう言われた。

 他国には興味もある。合う合わないは別に、好奇心や武芸者として。己は如何程なのか。どこまで通じるのか、伸びることが出来るのか。

 そして今まさに誘いの来た武蔵ともなれば、"彼"がいる。

 

「楽しみだねぇ」

 

 酒井が愉快そうに呟く。笑みのまま、彼はどこか父を羨むように、

 

「"東国無双"、本多・忠勝が認め、鍛え上げた逸材が世界に羽ばたく──ってか。……いいよなぁ」

 

「おう、羨ましいだろう。咽び泣いていいぞ?」

 

 期待は、されているのだろう。

 しかし、大人たちのそれとは別に、不安もある。なにせ、本多・二代は三河から出た経験がほぼ皆無と言っていい。

 世界を知らない。

 戦場を知らない。

 比較するわけではないが、名として父と対となる"西国無双"は、現役として二代と同じ世代であり、既に世界を飛び回っているという。

 彼と比べ、己はどうなのか──と、そこまで思い、

 

 ……まぁ、それはその時にでも考えればいいことで御座るな。 

 

 考えつかなかれば、まぁ勝手に身体が動く筈、と。

 実際、本多・忠勝の名を継ぐと決めたわけでもない。だから西の勇に関しては、武士(もののふ)として確かに気にはなるが、それだけだ。

 ──そう、そんなことよりも、本多・二代にとって目下の大事はただひとつ。

 それは、

 

 ……次こそ伊吹殿に「まいった」を言わせて見せるで御座る……!

 

 二代と伊吹は顔を会わせる度に勝負事に興じている。理由としては、鹿角の助言を信じて初対面から上下関係を築こうとしたら、あちらも"武蔵"の教えで同じことを考えていたのが発端である。そのままずるずると続いているが、負けた記憶も勝った記憶も互いに薄い。なぜなら毎回泥沼にしかならないから。

 

 ……伊吹殿、平然と夕餉のおかずを人質に取るで御座るからなぁ……。

 

 相対の最中にモカ殿を分離(パージ)して(くりや)を制圧とか、ちと卑劣すぎでは御座らぬか──と切に思うが、まぁ戦闘においては基本的に手段を選ぶ方が悪い。否、別に選んでもいいのだが、それを通せるだけの揺るがぬ強さが必要だ。未熟な自分たちではまだ無理で、だからこそ伊吹は手段を選ばなかった。──そして容赦なく二代の焼き魚は貪られた。

 

 それが始まり。

 忘れもしない──同年代、同じ土俵で、むしろ地力では上回っていた筈の相手に対し、初めて膝を屈した苦い記憶。ああ──今でも鮮明に浮かんで来る、あの脂の乗った肉厚の身を思うと悔しさのあまり涎が止まらない。

 ──まぁ、失うものがなくなったので躊躇無く顔面狙いで槍を叩き込んだのだが。

 

 以来、二代も自身の未熟を恥じ、父直伝の本多家ルール『まだ我負けてないもんねぇ──!』を駆使しつつ、互いに競い、死体蹴りを繰り返しながら交流を深めている。二代が酒井の持つ高い酒を人質にしたと思えば、伊吹も屋敷の蔵からこちらの父の酒を持ち出しては同じことを企んでおり、これはもう笑うしかないと乾杯して飲み干したのも、今ではいい思い出である。

 

 ……むむ、そうなるとやはり明日の誘いとやらには参じたいところで御座る。──先行艦は副隊長らに任せ、拙者は後から走って追い掛けるとかであればセーフで御座ろうか……?

 

 今はなぜか、三河は武蔵とも他国とも交流不許可だ。しかしそれを言えば伊吹や酒井などは鎖国状態の三河に毎年乗り込んでいるわけで、つまりはバレなければ問題ないので御座るな……! と、そんなことをぼんやり考えていると、鹿角の声が思考を断ち切る。

 

「──忠勝様、そろそろお時間です。二代様の船の準備を……つまり仕事をしなさい」

 

 言葉に、Jud.Jud.と気怠げに父が立ち上がり、軽く手を挙げながら酒井に向かって、惜しむように声を作る。

 

「──我は、ここまでだ。……しっかりやれよ、酒井」

 

 しかし、

 

「……明日、か。ったくあの小僧は間がいいのか悪いのか──さて、どうなるものか。……我、知ーらね」

 

 誰に聞かせるでもない小さく呟く背に、首を傾げながら二代は続いた。

 

 

+++

 

 

「井伊の奴、結局顔のひとつも見せに来なかったな……」

 

 残った場、他に客もおらず、給仕の自動人形たちの作業音だけが微かに届くなか、酒井がぼやく。

 独り言──ではない。どれだけ小さくとも、確かな相手に向け放ったもので、その相手もまた、それが解らない程浅い付き合いではない。

 

「おう、いつまで壁で拗ねた振りしてんだよ。大方、ダッちゃんに予定があるの見越してわざと残ってんだろ? つまり俺に話したいことがあるってわけだ──なぁ、榊原」

 

 言葉に、壁と同化する勢いで存在をスルーされていた榊原が、やれやれとばかり息を吐いた。

 

「……別に心が痛くないわけではないのですよ?」

 

「馬鹿言えよ。お前がそんな繊細な奴だったら、現役時代のネタがガッツリ消えるぞ。……で、あらためて訊くが榊原よ──井伊はどうした? いないならいないでまぁいいし、ダッちゃんなんかは所要とか言ってたが……あれ隠す気あんのか? んで、あの時お前さんは別のことが言いたかったわけだ」

 

 苦笑しつつ立ち上がった榊原はそのまま座敷を出て、店の外へと行こうとする。彼は軽い咎めを含んだ視線を向ける酒井に対し、困ったような笑みを含んで声を作る。

 

「……本多君は、君に心配を掛けたくないんですよ。とはいえ彼、脳筋ですからね……。ただ、文系で優しい私は少し違うわけで。ほら、松平四天王で君だけ仲間外れとか、後でバレたら酷いことになりそうですし。そうですね──少し、歩きながら話しましょうか」

 

 言って向けられた背は、昔と比べて、なぜか儚いものに見えた。

 それを気のせい──時間帯的に夕暮れの色に染まり始める、誰もいない、閑散とした町並みが原因だと酒井は強引に割り切る。しかしイラッとしたので軽めの膝を叩き込んだ。

 頭のおかしい奴を見るような無言の圧力を無視し、そのまま歩きつつ話の続きを促す。呆れの気配の後に空気が変わり、答えとして来たのは、

 

「──神隠しですよ」

 

 "公主"と呼ばれる存在がいる。

 発祥は不明、原因も不明。ただ知られるなかでは、まず三十年程前。そこから間を空けてここ数年、子供らの間で囁かれる都市伝説。──神隠し系の怪異を引き起こす、何者か。

 それによる事象は──公主隠しと、そう呼ばれる。

 

 酒井もそれを知っている。なにせ身近な連中では、原因不明にひとを攫うそれを、怪異として浅間の知識にあるし、なにより──正純が母親を失った元凶でもあるのだから。

 ──それにより、井伊が消えた。

 

「……待てよ。そうだったとして、どうして井伊が公主隠しだと解る? 一般的な──ってのもあれだが、他の神隠しと一体なにが違う。断言出来る確証があるのか? そもそも神隠しに公主なんて名、まるで誰かが──」

 

「井伊君の書斎の襖には、血文字で"もう遊べない"と書かれていたんですよ。勿論、筆も硯もそのままでした。そして──」

 

 足を止めた榊原が、爪先を使って下、砂に模様を描く。

 円と、中央を突き抜ける横の棒線。

 

「──二境紋。描いた円の境界線と、それを貫く境界線による、二重の境界線。これの意図や意味はともかく、公主隠し──公主が現れた場には、必ずこの印が。公主、あるいは公主たちは実在します。……酒井君──公主を追って下さい」

 

「追えってお前……んなもんどうしろってんだよ。そもそも相手は誰だ。個人か? 組織か? 教譜、教導院、それとも国か?」

 

「そのための資料を渡すために、ここまで来たのですよ。まぁ、酒井君はあちらの茶屋でゆっくり酔いでも覚ましていて下さい。ちょっと準備しますので」

 

 言って、榊原は彼の自宅の門を潜る。手指で示された方、そこには小さいながら趣のある茶屋が確かに見えるが、

 

「いや、入れろよ……。大丈夫だって、ちゃんと大人しくするし。ホント、マジでなにもしねぇから信じろ──ほら、どうよこの穢れのない綺麗な俺の目」

 

「その濁った瞳が信用出来ないから拒否しているのを理解するといいと思いますよ」

 

 胡散臭いものを見るような目をした榊原が、掌の動きで酒井を追い払う動作を作る。

 酷ぇ言い草だなと苦笑する相手に、しかし、と彼は前置いて、

 

「……井伊君の件はともかく。正直、他にも問い詰められるかと思っていたのですが」

 

「P-01sのことか? ってことはやっぱり三河が絡んでやがるのなアレ。……まぁ、確かに俺もあの子の正体に関しちゃ気になる部分はあるし、大凡の想像も出来るが──」

 

 一息。

 

「──うちの馬鹿は、そんなもん関係なしにあの子を見てんだわ。……なら、俺がどうこう言うのも野暮でしょ。どの道、もしあの子が特大の厄いなにかだったとしても、決めて動くのは現役の若い連中だ。いやぁ、歳は食いたくないねぇ」

 

 成る程、と呟いて、榊原が薄い笑みで頷く。

 

「まぁ、他に私から言えるのはそうですね──今夜の花火と祭、期待しておくといいと思いますよ。きっと、面白いことになるでしょうから。資料は、自動人形に渡しておきますので」

 

「なんだよ、ここでお別れか? ……やれやれ、楽しい時間が過ぎるのは早いもんだ」

 

 酒井はぼやきながら背を向け、片手を挙げる。

 ですね、という肯定の後──声が来た。

 

「別れもなにも……。ええ、私たち四天王は皆──いつだってともにあるものと、そう信じていますよ」

 

 振り向いた先には、同じように片手を挙げた榊原がいる。

 逆光に遮られ、その表情が見えることはついぞなかった。ただ、笑みを浮かべていたような、そんな気がして。

 そして、

 

 それが、酒井が最後に見た仲間の──榊原・康政の姿だった。

 

 

+++

 

 

 それでは──と、静謐な声が鳴った。

 佇む姿は人型ひとつ。

 空より降り掛かる逢魔の色の残光は、陶器じみた女の肌をまるで灼くように照らしていて。

 

「これより祭の準備に入ります。──総員、状況を開始しなさい」

 

 周囲に人間は誰もおらず、しかし彼女と同じ駆動を持つ影が気配を帯びて動きを作り、各々の場へ散っていく。

 通神。鳥居型の表示枠が即座に展開され、そこから──いいのかい、と彼女の主君からの、まるで似合わない気遣いの声。

 

「充分であったかものかと」

 

 女、鹿角はそう判断する。少なくとも、忠勝は笑みのまま現場へ向かった。以前と同じ、いつものように仲間と別れた。であれば、それは彼にとって上等なもので、満足な時間を過ごせたということだ。

 

『いや、君の方もだよ』

 

 主君の──元信公の言葉に軽く首を傾げ、こいつなに言ってんだ系の視線を向けつつ、

 

 ──思考に浮かぶのは、鹿角がこれまで教えを施していた少女と、今日に限って顔を出さなかった少年の姿。

 

 その上で、

 

「問題はありません。しいて言うのであれば、伊吹様を一発仕置きしておきたかったところではありますが。……まぁそのあたりは、未来において二代様の尻に敷かれることで許しとしましょう」

 

『君、変なもの見えてない? 大丈夫かい』

 

 現状、視覚素子に写っているのは胡散臭い顔の造形をした表示枠越しの主君だ。

 

「最低限のフラグは建築出来たものかと。──私の手で」

 

 元信公がなにやら悟りを開いたかのような表情になったが、ともあれ、

 

「これよりは三河最後の祭。我々もとことんまでお付き合いする覚悟ですが、元信公。──主催の責任として、存分に楽しまれますようお願い申し上げます」

 

 世界を相手にした、盛大な祭を。

 




 真面目回(当社比)
 書き損じエロマーク関連は下手に端折れないし弄れないしで厄介。おのれエロマークの分際で……!

 次回から夜間突入。ここ数話のシリアス(断言)の反動が教導院に襲い掛かる……!

※無意識で数話前とタイトルモロ被りだったので変更
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