境界線上の飛翼恋離 作:クーゲルシュライバー中尉
鮮烈な光を発する三河の地。戦闘の余波で生じた市街の被害に囲まれながらも、そこには人形の姿があった。
複数と単騎。前者は三征西班牙に所属する機械の鎧武者──人機合一にて稼働する紅白の武神。後者は三河所属の、侍女式自動人形。
無傷とは言わずとも、衣服の乱れのみを被害として悠然と佇むエプロンドレスの女中姿。それとは対象に、十字の四枚翼が特徴の武神
否──と、a2と呼称される機体が軋む駆動音を響かせながら身を起こした。
合一によるマシンボイスの入り混じった声で放たれたのは、疑問であり、怒りだ。
『何故だ……!?』
咎めの声とともに、彼が手放さなかった長銃が僅かに持ち上がる。続く言葉は、まさに現在の状況の全てを端的に言語化したもの。
『……光に触れたら出力が食われた。こいつは放出してるんじゃない、中心に向かって流体を吸っていやがる! ああ畜生──どう見ても典型的な地脈炉の暴走じゃねぇかよ……!』
それによって起こり得る現象は、明らかだった。
『三河が消滅するぞ!? どういうつもりか知らないが、今すぐにそこを退け! 角付き──!!』
だが彼も、不覚を取ったとしか言い様のないこの状況で、覆せると思える程自惚れてはいない。ゆえにa2は役目を果たすべく動く。自分たちは先行隊──陸上部隊の突入まで持たせられればそれでいい。
損傷による負荷を告げる
疑問の瞬間よりも先、武神の聴覚素子が捉えたのは、
「──結べ」
+++
完全に沈黙した三機の武神。それと相対していた自動人形──鹿角の方に、担いだ槍の穂先から細型表示枠の残光を散らしながら、武者の男が散歩のような軽い足取りでやって来る。
「──向こう、三征西班牙の陸上部隊がいたからついでに割断しといたぞ。鹿角」
起きた現象は、簡潔だった。
──神格武装『蜻蛉切』。
大罪武装の試作型として作られた、聖譜記述にある本多・忠勝の武装であり、穂先に止まった蜻蛉がふたつに割断されたという逸話を機能として再現した代物だ。
穂先に載せた──即ち刃に映した、ありとあらゆる名称を割断する。
総てのものには名があり、それは本体を示す。同じように、名前を斬ることで本体に割断を及ぼす。
この場の結果として、先の武神と後方に倒れる陸上部隊の姿があるが、しかしそれらは真っ二つとは言い難い。複数対象には効果が減衰するのもあるが、個人名ではなく"武神"や"陸上部隊"として割断したことが原因だ。
その判断はともかくとして、
「遅刻です。か弱い侍女を戦わせておきながら、なんと呑気な」
武神二機と一機中破を戦果とする相方の乙女アピールに、男武者はやや遠い目をしつつも、悪い悪いと言葉を作る。
「いや、北の警備を割断した帰りに酒井と会ってな? まぁ我が待ち伏せてたんだが。ちと脅かしたが、あいつマジで老けたよなぁ……。昔は元気に榊原ぶん投げてたもんだが──その榊原も消えちまったらしい。……んで少し話して、怒られちまった。娘どうすんだ、ってよ」
「気にする必要はないかと。忠勝様、女子の親としては落第もいいところですので、ぶっちゃけいてもいなくても大差ないと判断出来ます。その二代様も警護隊総隊長としての判断で、現状こちらと距離を取っているようですし。ええ──我々や三河とセットでドカンする可能性がないのは幸いです。ところで我々は自動人形なので主命に従うのみなのですが、忠義とかいうふわっとしたワードでおっ死ぬ覚悟キマっている様子の忠勝様は大丈夫ですか? 主に脳が」
この女……、と項垂れたくなるのを飲み込んだ忠勝が、槍を担ぎ直して鹿角から目線を外し、行くべき先へ向き直る。
「ともあれ、我はこれから殿の守りにつく。お前の方、仲間の魂逃がすなら、今が最後だぞ」
それこそ武蔵ならば、どこかの侍女萌えキマった小僧が意地でも居場所を用意してくれることだろう。と思いながら、しかし解りきった返答を聞くために振り向くと、
「……鹿角?」
あったのは、忠勝に制止の掌を向けたまま、不動にする鹿角の姿。捉えたのは、空洞の穿ちを得た彼女の胴体と、逆の掌。
おい、と咄嗟に漏れた呼び掛けに応えたのは、
「敵です」
空間を削ぎ落とすような無数の掻き毟りの走りと同時、遅れた破砕が鹿角の姿を上下に裂いた。
+++
教導院にいた皆は──あるいは全世界は、それを見た。
『は──い、全国のみんな──? こんばんは──!』
それは言葉の通りあらゆる各国に向けて放送されているらしく、表示枠や映像端末に映るのは、学帽を被った白衣の男。声を響かせるマイクを握った手は、突っ込み待ちかと思える程あからさまに小指がピン立ちしていた。
しかしこの状況でわざわざそんなことを指摘できるような精神の者は、いない。
『おやおや? 元気がないぞ──? ハイもう一度、こ──ん──ば──ん──は──!!』
まるで子供向けの教育番組のような前フリを入れ、再び男は盛大に声を上げる。否、彼にとってこの放送は、そういったものと大差がなかった。
当然のように、追従する声など響く筈もない。
『うーん、皆ノリが悪いね。ともあれ先生は今、地脈炉がいい感じに暴走しつつある三河にいまぁ──す!!』
男の名は、三河君主──松平・元信。世界にとっては大罪武装の製作者であり、武蔵の皆にとっては──とある少女の死に、最も関わっていたであろう人物のひとりだった。
『これから行うのは課外授業。参加者は全国の生徒諸君で、内容はそう──三河の消滅だ。見たいだろう? 興味はないかい? はぁ──い! 僕見たいでぇ──す!!』
意思の確認のようでいて、完全なまでの自己完結。つまりは全て既定路線で、この男の頭の中では既に三河が消し飛ぶことが確定していることに相違ない。
『ふざけでいるのですか……!?』
それは映像を見ていた総ての者の代弁と言ってもいい。
まず声を上げた姿は青年で、元信と同じ現場に映るひとりだった。
──立花・宗茂。剣砲を抱えた金髪の偉丈夫で、他には彼の道を塞ぐように立ちはだかる本多・忠勝と、その腕に抱えられている上半身のみの鹿角の姿があった。奇しくも東西の無双が揃っているものの、このような状況で滾る熱などありはしない。
そして西の若武者は、まず間違いなく善性に属する人物だった。極めて真っ当な正義感と義憤を携え、三河の消滅などという悲劇を防ぐそのためにこそ、あの場に立っている。どこか青臭くとも確かな意思が、声や姿から表示枠越しでも伝わって来る程に。
『うん? 先生は本気だよ? それを疑われるのはちょっと心外だけど、折角の見学者だ。さぁ──』
と、鳴らした指を合図に、控えていた大勢の自動人形たちが元信にの動きに合わせ、前進して配置につく。それぞれが笛や太鼓といった楽器を持ち、無感情な声を響かせ、祭囃子の如く曲を奏で始めた。
──通りませ。
それは通し道歌。この一年武蔵でもよく聞く歌で、ゆえにこそ、今ここでそれを演奏させたのが松平・元信という現実に、梅組の者たちなどは誰しもが凶兆に似た悪寒を抱かずにはいられない。
やがて歌は終わる。なおもコーラスは裏で続くが、それを区切りとした元信が満足そうに声を作る。
『ハイ、この歌これから末世を掛けたテストに出ます(配点:世界の命運)。と言ったところで、先生になにか質問はあるかな!?』
問いながらも主導権を渡すつもりのないらしい彼は、さてそれじゃあ、と前置きつつ勝手に指名を行う。
『まずはそうだね……さっきから先生に向けてスパム連打している、武蔵ネーム『メイド萌え』君。なにか言いたいことがあるなら言ってみるといいよ?』
──全員が一斉に伊吹を見た。
間違いなく呼ばれたであろう当人の方は、身内からの注目を意に介さぬまま肩上の走狗──腕ではなく本体──に罵詈雑言の送信を続けさせつつも、表情に浮かぶ不機嫌を隠さぬままに表示枠の相手へ意識を向け、
「……話の内容を信じるなら、今の三河でなにが起きているのかは、なんとなく解る。どうであれ現場にいない以上、俺にはどうしようもないことだ」
だが──、
「死ぬなら勝手に死ね。滅ぶなら勝手に滅べ。──クソみたいな寒い演出のために、三河の自動人形たちまで巻き込むんじゃねぇよ」
皆からの、こいつ言いやがった……、という視線。下手すれば全世界から狂人認定受けかねない状況で、伊吹は構うことなく捲し立てる。
「いいか? 自動人形ってのはな──可愛くて、可愛くて、そして超可愛いんだよ!! 同型だろうが同じ顔だろうが、同じ自動人形なんぞ存在しない! それが年甲斐もなくハシャいだジジイの巻き添えでまとめて吹っ飛ぶとか、重大な世界の損失だろうが!!
解るか? 解れよ。否……よーし解った。ならばまずは初級編、セメント表情の見分け方から教えてやろう。素人は皆同じにしか見えないなどと言うが、そういうところが素人なんだよな。それは違う。間違いだ。まぁ表情は同じなんだが。そう──例えば仕事を終えた際、充実の部分を自己で獲得した場合と、奉仕に不満はないけどちょっとは褒めてくれてもいいのよ、な時とでは魂的にも"むふー!"と"そわそわ"で非常に大きな差があってだな──」
人間でありながら自動人形としての魂を生まれに持つ伊吹は、種族的には半精霊に近い。
そして自動人形の魂と人間の身体──感情を持つ伊吹は自動人形の
自動人形に感情はない。
しかし自動人形と同じ魂の伊吹は確かな感情を持つことが可能で、肉体を自動人形化した人間も、演算力を手にしながらも元のままの感情がある。
──では、なぜ自動人形には感情がない。
伊吹としては、単に彼女たちが『解らない』だけなのではと考えている。
端的に言って、最初からそういう種族なため、教えてくれる先達がいない。更に言えば感情は不安定なもの。最善ではないそれを自動人形は選択しない。そうした結果が全体のセメント化で、場合によっては──
「おい、ちゃんと聞いてんだろうな? あっクソ、切りやがったあの野郎。教師名乗るなら生徒の話は最後まで聞くべきだろうが……!」
チッ、と舌打ちしながら微妙に正論を混ぜた理不尽をぶち上げる伊吹に対し、こいつ語彙ないな……、的な反応が仲間から来る。しかし教導院の萎えた様子とは対象に、映像内ではBGMと化していた三河自動人形たちが揃って拍手をしていた。
──
武蔵の通神帯では、一部の自動人形たちによって『
と、忠勝の腕にいた鹿角が、ピクリと反応しては次第に声を作り、鷹揚に頷く。
『流石は伊吹様。我々の内部に密かな疑問である「これ、一緒におっ死ぬ意味ないのでは」という点を的確に突いています。見事な心理的揺さぶりかと。仮に我々に感情があれば、内部崩壊の危機でしたね』
『だからさっさと退避しろと──いや、あの小僧絶対そこまで深く考えてねぇだろ。反射だろあれ……。しかしなんだ、お前生きてたのか』
『おや、死体を抱きかかえる趣味がおありで?』
『これはお前──ほら、あれだ。鎧のつもり』
『Jud.、それでは存分に私を守って下さい』
『我の方が鎧なのかよ!?』
身内の狂った言動によって派生した、向こう側のやり取りを眺めていた他の連中は、
「……コント?」
「いや、あれ単にイチャついているだけでは……」
残った腕で忠勝の首周りをガッチリホールドした鹿角の姿に、皆はひそひそと所感を言い合っているものの、日頃からキチガイに慣れた武蔵と違いカウントダウン真っ最中の三河は、戯言に意味を認めたとしても時間は多くない。とはいえ元信は焦った様子も見せず、
『うん、まぁ先生、君のそういう自動人形ガンギマリした感じ嫌いじゃないけどね? 正直言って非常に興味深いけれど、君の話聞いてるだけで授業終了とか流石に先生困るから。あとうちの副長はそのまま自動人形下げて街道に立ってろ。……さて、それじゃあ次はさっきから物言いたげな様子の宗茂君。なにかあるかな?』
我なにも悪くねぇだろ……、という呟きを横に置きながらの呼び掛けに、Tes.と聖連側の応答を響かせ、若武者が問いを投げる。
それはある意味根本的なもので、
『一体、なぜ、なんのために──地脈の暴走による三河の消失を敢行し、極東を危機に陥れるのです!?』
元信はそれに、うんうん、と数度頷く。そして、いい質問だね、と喜色を表しながらも逆に問いを投げた。
『──危機って、面白いよね?』
+++
声が響く、
『先生、よく言うよね? 考えることは面白いって。だとすれば、危機というのは間違いなく面白いことだ。だって考えなければ解決出来ないものね? 解決出来ないと、それこそ死んだり滅んだりしちゃうわけだから、それはもう凄く必死で考えるわけだ。そうなると、ほら──やっぱり危機は面白いということになる』
誰もが絶句する程の、あまりにも酷い論法だった。
なにより悍ましいのは、否定したくても出来ない──否、させない程にこの男は人間を、理屈も感情も誰より理解しているという事実に他ならない。
『例えば──英雄が英雄たる最たる理由は、彼らが危機に挑むからこそだ。眼前には大いなる絶望があり、背後には愛する誰かや守るべき他者がいて、一手でもしくじってしまえばそれらは一瞬で失われてしまう。ゆえにこそ、そこにあるのは必死の一語に尽きるだろうね。それは状況の打開であったり、敵対者の打倒であったりと様々だが──死力を尽くして抗う彼らの姿は、あるいは黄金よりも眩く見えることだろう』
端的に言って──ひとが絶望に打ち勝つ姿は素晴らしいのだ。陳腐な筋書きであったとしても、極まったそれらはなにより純粋に格好良く、見る者を魅了して止まない光に相違ない。
『皆そういうの好きだろう? 今の歴史は繰り返しのものだけど、実際の襲名者や英傑を見聞きして思ったことはないかな? 自分も彼の、あるいは彼女のようになりたい、とね。勿論先生はそれを笑ったりしない。ただ考えてみようか──英雄になるために必要な条件ってなんだろうね? 綺羅星の如き才能? 不断の努力? それとも不屈の精神かな? 否、違うよね──そう、それは危機さ』
如何な資質を持っていたとしても、平和な村で平和に生きただけの人間は、結局のところ村人Aと変わらない。それが悪いとは言わないが、少なくとも英雄と呼べる代物ではない。必要なのはそう──理不尽、窮地、絶望。それらの危機的状況を覆すことによって生まれるカタルシスがあり、人々はそれを成した誰かにこそ真に英雄の姿を見る。強者が強者として弱者を打倒する、先が見通せる平坦であっては意味がない。手に汗握る物語性あってこそ、彼らの偉業は輝きを得る。そういったものこそが英雄譚の正体で、即ち、
『つまり危機とは一種のエンターテインメントなわけだ。この放送だって、宗茂君の言う極東の危機かもしれないけど、外から見て面白がっている誰かはきっといると思うよ?』
『そんな、不謹慎なことが……!』
『実際どうかはともかく、まぁ少なくとも無関係の他人からすればそれこそ他人事だからねぇ。さて、そこで本題だ──世界には、君の言う極東の危機なんかよりも、もっと恐ろしいものがある。もっともっと恐ろしくて、誰もが当事者で、他人事なんて言葉の入る余地が存在しないものがある。──なにか解るかな?』
問いと同時、元信がマイクを向ける。対する宗茂は、強い視線とともに声を張り上げ、
『解りません! 時間稼ぎの問答を行う気であれば──』
『では君は、危機よりも恐ろしいものを前にした時──目を背けて死ぬ人間だ』
否定の声を放った宗茂に、それ以上の冷たい否定が投げ付けられた。
『それが嫌なら考えなさい。恐怖を克服するとはそういうことだ。今君は正解を導けなかったのではなく、考えることをしなかった。先生が言った危機より恐ろしいものに対して、向き合うことを放棄したんだ。……まぁ君の立場としては余裕がないのも事実だ、そのあたりは宿題ということにしてあげよう。それじゃあ代わりに本多君──あー、いや、駄目だな、うん。だって馬鹿だし』
『おーい先生、我の扱いがちょっと
『極めて妥当な評価では。それとも、まさか答えをお持ちなのですか。──では忠勝様、極東の危機以上に恐ろしいものとは?』
『え、お前』
抗議は漫才になったため速やかに無視された。
元信がやれやれとばかりに首を振りつつ、言った。
『極東の危機なんてものよりも遥かに恐ろしいものなんてのは、ひとつだよ』
それは、
『──末世。全世界の生徒たちが相対しなければならない滅びの事象。仮に向き合ったところで抗えるのかどうかも定かではない、世界の危機──ああ、つまりは君たち生徒諸君に対する最高のエンターテインメントというわけだ』
さぁ。
『君ら生徒は否応なく選択を迫られるぞ。それまでの授業の時間がやがて終わり、末世という卒業が訪れれば──もう教導院には戻れず、友人たちと話すことも出来なくなる。それが嫌ならば、末世を覆し、その先へと行かねばならない』
末世を前に、怯えて震えるのも、自暴自棄になるのもいいだろう。なにもしない、というのも確かな選択のひとつだと、そう語る。なぜならそれは"世界をつまらなくする"ことの出来る人間で、ならば"世界を面白くしようとする"人間は必死を以って相対しようとするだろう。声に上げれば応える誰かはきっといて、であればそこには充分以上の価値がある。
『君はどちらだ。世界を揶揄して喜ぶ批評家か、それとも世界を楽しむ者か。あるいは、世界を作りに行く者か。──それを考えた者。よく出来ました的な答えを得たひとには先生、御褒美を上げよう』
それは末世を覆せるかもしれないもの。
その名は、
『──大罪武装だよ』
+++
それだけではないが、と前置きを作った上で元信が確かに言った。──大罪武装を全て揃えた者は、末世を左右出来る力を手に入れる、と。
馬鹿な、と拒絶に近い叫びが響く。わけの解らないことを言うなと。
言葉を吐き出した人物。宗茂の手には、まさにその"力"の一端である──大罪武装"悲嘆の怠惰"握られてた。
『そうであるならば、なぜ大罪武装を各国に向けて配ったのです! 末世を左右出来得る力──それを今になって集めろなどと、六つの国で戦争を引き起こせとでも言うのですか!?』
『考えろとは言ったが、無意味な質問はいけないな。大罪武装が各国に渡ることが、末世解決の手順として必要なことだとしたらどうするんだい? 第一、先生は強要しているわけじゃないよ。最も解りやすいのがそれだっていうだけの話だしね。正直、聖譜に記されていない史上初の世界大戦とか物凄く見たいけど、別に戦争だけが手段というわけじゃない。
繰り返すが、末世においてはこの世界のあらゆる生徒たちが無関係ではいられないんだ。なら選択肢は多い方がいいだろう? これはそのひとつだよ。まぁ、内輪揉めしている間に滅亡とかもあり得そうだけれど』
それに──、
『六つの国じゃなくて、七つだよ?』
大罪武装は、七大罪の基礎である八想念をモチーフにした存在だ。
憤怒。
暴食。
悲嘆と嫌気。
淫蕩。
強欲。
虚栄と傲慢。
所有者は八大龍王などと呼ばれているが、感情としてそれらの要素を持つ者よりも、むしろ拒否感の強い者にこそ適正が高いため、説教武装と揶揄されることも多い。旧派の筆頭である"教皇総長"が、よりにもよって淫蕩の大罪武装を所有していることが主な原因でもある。
それらを各国に向けてひとつ、あるいはセットでふたつ配ったのは他ならぬ松平・元信だ。
しかし、とその男は言った。
『八つの想念の更に原盤と呼べるもの──九つ目の悪。それもとびっきりの大悪の存在があるとしたら、どうだ?』
七大罪として纏めた場合、八想念に存在しないにも関わらず、例外のように姿を見せるものがひとつある。
それぞれに神世の魔獣としてのモチーフがあるにも関わらず、それら全てに共通項を見出だせてしまう存在。
ゆえにそれこそは、全ての大罪の統合たる最高の悪徳に他ならない。
『──それこそが"嫉妬"だ!! そしてそのモチーフたる魔獣こそは──全竜!! あらゆる大罪、全ての怪物の様相を持った最大の竜! そう、全ての大罪は"嫉妬"から始まる!! なにかに成りたいのも、なにかを求めるのも、どれも妬みから来る感情の暴走だ。だって比較対象がなければそもそも"それ以上"なんて知らないものな』
そして言った。
今、既に、全竜は存在しているのだと。
その上で、所在を問うあらゆる疑問の声を置いたまま、決定的な続きが来た。
『噂を聞いたことはないかな?』
大罪武装は、人間を材料にしているという、悍ましい噂話。
『──事実だ。もっと言うなら、その部品となっているのは、ひとりの少女の感情だ』
それは──、
+++
過去を最悪の現実として、言葉が皆に突き付けられた。
『少女の名は──ホライゾン・アリアダスト』
それは、既に失われた筈の名前。
『十年前、私が事故に
武蔵で今の日々を生きる、その人物の名は、
『P-01s──自動人形であるその子の魂こそが、大罪武装"焦がれの全域"だ』
告げられた真実に、皆が呆然と息を詰めた。
P-01sがホライゾンだという、ある種の確信を得ていた筈の伊吹ですら。
実際、証明する術はなかった。基準は伊吹のなかにあるもので、更に彼女は記憶がなかった。だが、それを仕方がないと。そうそう上手い話などないのだと──元信風に言うのであれば、
大罪武装化は覆しようもなかった。場合によっては、絶望の機会が早まる可能性すらあった。いつか答えが出るだろうと、密かに己で抱えたツケは、この瞬間如実に現れた。
「──愚弟!?」
トーリだ。
誰もが動きを止めるなか、咄嗟の制止も聞かずにトーリが脇目も振らず駆け出した。
速度は出ない。
十年前の怪我もあって、完全に鍛えることから遠ざかっていたその走りは重い。
慌てた喜美が、
「追って! お願い……っ!」
悲痛な声に、幾人かが駆け出した。否、そう見えたのは戦闘系が突出していたからで、誰もがトーリを放っておくことが出来なかった。
階段を駆け下りた先には、トーリの姿があった。それは、舗装された並木道で。
「────」
一瞬の竦み。しかしそれを振り払うように、
「ホライゾン──ホライゾン……っ!!」
ただ求める声。必死なそれが、痛ましいくらいに皆の耳に届く。聞いている側でさえ、噛み締めた唇から血が滲む程の感情が込められていた。
そうして"後悔通り"に飛び込んだトーリの先──、
「──良かった! まだいたか!」
新たに声が来た。
草木の破片を衣服のあちこちにひっ付けたまま横道から飛び出て来たのは、今夜この場にはいない筈の人物で、
「セージュン……?」
そして、
「──ええ、まぁ、こちらP-01sあらためホライゾンですが。はて、なにか御用でしょうか」
全世界から今最も注目を集めているだろう少女本人が、後に続いてひょっこりと姿を現した。
──初動を踏み外した馬鹿は足を滑らせ、盛大に頭からコケた。
+++
滑り込むように得られた束の間の逢瀬は──控えめに言って、かなり酷かった。
「ホッホホホ、ホライゾン! その、俺のこと、判るかな……?」
挙動不審なトーリの言葉にホライゾンが、顎の付近に指を掛け、思慮のポーズを作った。
そのまま右に首を傾げ──やがて折り返しては左にも。
数呼吸分の時間をたっぷりと使った後、ホライゾンは半眼で、
「……誰……?」
馬鹿が膝から崩れ落ちた。
哀愁漂う姿で、お、俺は負けねぇ……! と繰り返し呟いているが、微妙に声が震えている。
それを見て気の毒そうな表情をした伊吹が肩に手をやり、
「だからこいつ昔の記憶ないんだって。P-01sとしてなら前から知ってんだろ……」
「で、でもよぉ伊吹ぃ……。こう、顔を合わせて蘇るあの日の思い出──とかそういうの期待してもいいだろ!? ロマンだろ!? デスティニーだろ!? エロゲではヒロイン大体そうじゃんかよ……!!」
周囲の連中から、それ攻略不可ってことでは……、とか聞こえてくる。
ホライゾンの方は特に気にせず、トーリの横に来た相手に軽く掌を向け
「あ、そちら伊吹様でしたか。先日お借りした書物ですが、実に有意義でした。お陰様でチョロ純様をゲット出来たりと、実用性もバッチリで」
「待てぇ──! 頼むから俺を放置してコミュり出すのは止めろぉ──!! ほら、ホライゾン! 俺だよ俺! "青雷亭"でいつも会ってんじゃん!? 今朝だってさぁ──」
慌てて自身の存在をアピールするトーリに、ぽん、とホライゾンが拳で掌を叩いた。
「Jud.、思い出しました。釣り銭を渡す際、いつもこちらの手を握ってくるお客様。店主様と付けた
──全員がトーリから一歩引いた。
やや遠巻に彼らのやり取りを見ていた正純は、本当にこれでよかったんだろうか……、と自身の行動を振り返り、腕組みしつつ首を捻った。
そもそもの発端は、元信公の放送を聞いて──あっこれ花火ないな、と思ったことが原因だ。
無論、三河の消失も大事だ。地脈炉の暴走とか洒落にならん。
……だからこう、一石二鳥というか、魔が差したというか……。
教導院なら、まだ誰かいるのではと思ってしまった。
隣で花火はまだかと待っているP-01sを置いてひとりで帰るとか、精神的に不可能だったのだ。
少なくとも伊吹と彼女は知り合いであるし、他にも面倒見の良さそうな者はいる。上がらない花火を待って混迷の三河を眺めるより、そっちに混ぜて貰う方が幾らかマシだろうという判断だ。自分だけではないのと、午後でのこともあったため、本人も意外な程あっさり決めてしまった。正純自身、三河の現状について、可能ならば総長連合や生徒会と情報や認識の共有をしておくべきだという生真面目さが、更に後押しした。
そして直前で発動した小心が番屋に見つかるのを恐れ、黒藻の下水ナビでひと気の少ない道とタイミングを見計らって移動していたところに、先のホライゾン案件が来た。
──なんだそれは、とままならない感情を抱いたのは、今日ここで、ホライゾンに纏わる多くを聞いたからだろうか。
襲名者にはなれなかったとはいえ、正純は政治系だ。今後の絵図は、ある程度見える。
世界が動く。
それらがホライゾンに望むであろう未来が良いものだとは、とても思えない。否、未来があるのかすら。
だからこそ、黒藻に頼んで、道を急いだ。
正純のしたことは、きっと徒労だ。自覚もある。
だが、
……だとしても、今ホライゾンに──葵たちに渡すことの出来る時間には、僅かでも意味がある筈だ。
そうであって欲しい。
少なくとも自分は母が失われた際、せめて一言だけでも交わしたかったと、そう思った。
時間は、もうあまりない。
『──大罪武装──流体──パターンの一致を──割合致、──』
追い立てるように。頭上に覆いかぶさる航空艦の影と、声が来た。
同時に降りて来る姿がある。
暗がりに見えたのは、
艦から聞こえる声によると、彼らは元信公とは別の指揮系統で、恐らくは聖連に従って動いていた。今の三河との共謀や、聖連に対する翻意を持たないものであるとの証明のため、自分たちを使うように打診したのだろうと予想が出来る。それは組織として、実に正しい。
「大罪武装──。それにこれは……一体どういうつもりだ!?」
視認するや否や、困惑とともに上がる声。次いで起こる包囲の動きに、皆が身を構えた。
……拙い。
誰がどう見ても一触即発の空気だった。
皆からすれば、再会したホライゾンを奪おうとする相手であろうし、聖連側からすれば今のこちらはどう見ても、大罪武装を秘密裏に確保しようとする手合いにしか思えない。
起きている事態が未曾有極まるため、誰もが焦りや不安を抱えていて、余裕がない。
せめて話をする余地を作らなければ──と正純が慌てて前に出ようとした瞬間、更に別の声が来た。
「やれやれ──少しは落ち着き給えよ、諸君」
声の主は背後、教導院の方にあった。余裕を持った歩みで姿を見せたのは、
「……父さん……?」
+++
気付けば、己の父が場を執り成していた。
それは、いいかね? と言い聞かせるような前置きに始まり、
「うちの正純は、彼女とは知った仲でな。どうやら今夜も、三河の花火を鑑賞するために行動を共にしていたようだ」
言って、父が正純とホライゾンそれぞれに一瞥を向けた。
「その上で元信公の
それだけの言葉で、流れが落ち着いた。
相手が三河の警備隊で、この場にいるのが正式な武蔵のトップと役職者だというのが、功を奏した。
馬鹿だろうが全裸だろうが『不可能男』だろうが、トーリには総長や生徒会長としての権限がある。非常時に上役に伺いを立てることそのものに、なんら不思議はなかった。
大事なのは、嘘は言っていない点だ。正純はホライゾンと一緒にいたし、総長連合や生徒会と連携を取れればと思っていた。
突然現れ、しかし余裕の態度を崩さない父に、まるで見ていたかのように言葉を操るなぁ……、とか正純が軽く尊敬の念を抱きそうになっていると、ふと目に入ったものがあった。
「あの……父さん、その鼻は──」
言うと父が、フンッ!! と片側の鼻穴に詰められていた、乾いた朱に染まる綿を吹き飛ばした。──"武蔵"に睨まれたため、父の方は石畳に落ちたそれを拾い直して懐に仕舞いつつ、
「──なに、少しぶつけただけだ。気にすることはない」
はぁ、と曖昧な返事を返す正純の近くで怪訝そうな表情を浅間がしていたが、結局は首を傾げただけに終わった。
ともあれ父からのフォローで、幸いにも説得のための余裕が出来た。
だから今度こそ正純は、前へ出た。
トーリとホライゾンの間に身を滑らせ、立ち塞がるように。
まるで悪役のようだな、と内心に自嘲を得ながらも、正純はそうした。
声を作る。
「いいだろうか──」
正純が今説得するべき相手は──三年梅組の生徒たちだ。
+++
梅組の皆は、正純の声を聞いた。
「……皆の気持ちは解る、なんて無責任なことは言わない。だがホライゾンを想うなら、ここで彼女を渡すまいと頑なになるのは、
言葉によって起きた動揺を彼女は無視して背後、ホライゾンの左右を固めようとする隊員に問うていた。
「ホライゾンの確保は、聖連の決定なのだな?」
Jud.、と複雑さを含んだ肯定が来る。実際、事態によって最も混乱しているのは君主が地元ごと吹き飛ぼうとしてる上に、死んだ筈の姫が大罪武装なんてことになっている彼らだ。
正純の言葉に、即座の理解を得た者もいれば、それがどうしたのだという表情の者も。
後者の筆頭はやはりトーリだ。基本として馬鹿なのはともかく、今に於いて彼はホライゾンのことしか頭にない。それでも教導院から駆け出した瞬間よりはマシになったようで、困惑しながらも正純の言葉に耳を傾けていた。
「なぁセージュン……俺馬鹿だけど、それでもホライゾンが連れて行かれて、それで良かったって思える結果にはならないって、それくらいは解るぜ?」
焦りを含んだトーリの言葉を聞いた正純が、そうだな、と瞑目した。
それは同意で、しかし次に来たのは否定だった。
「では、そう言い切れる根拠はなんだ。聖連への反発か? あるいは不信か? それとも、ただのお前の勘か? 聞いた通り、現在において聖連によるホライゾンの扱いは"確保"でしかないんだ」
彼女の扱いをどうこう、という決定までは確かに成されていない。今はまだ。
悪い予想はそれこそ幾らでも浮かぶが、
「予想というのは、対策や対応を用意して初めて意味を持つものだ。これは結果論でしかないが──例えば葵、お前はホライゾンを守れる場所と、そのための理由を用意すべきだった」
形振り構わず彼女を求めて走るのではなく。長として、彼女を渡さないための大義名分を以って聖連に先んじればよかったのだと。
それは正純の言う通り結果論で、そして理想論でしかない。
しかし先に動いた聖連がホライゾンを害す確証がない以上、最早どうしようもないことなのだ。"確保"し、手出しが出来ない状況になってから、別の決定が行われるとしても。
少なくとも今は、トーリがどう足掻こうとそれは一種の暴走であり、反抗としか扱われない。
──国際的地位が低く、しかし本来、極東の王たる未来を持つ武蔵の失態を、多くの国が手ぐすね引いて待っている。
それはつまり、
「──っ、姿を見せるで御座るよ!」
ホライゾンたちと遭遇し、警護隊に見つかり、やって来た本多・正信が場を落ち着かせて──それでも一切警戒を緩めようとしなかった点蔵が、周囲の林に向かって射抜かんばかりの声を放った。
存在を暴かれて観念したのか、現れたのはまた別の装甲服だった。
「チッ……まあいい。聖連の指示により、場の権限を移譲──そして大罪武装を引き渡して貰おう」
K.P.A.Italia。
不機嫌を隠さない隊長格の様子に、ああ、とそれぞれが背筋の冷える納得を得た。言ってしまえば、彼らはこちらの軽挙を待っていたのだ。
聖連の決定に抗い、トーリがホライゾンに手を伸ばした場合──鎮圧の理由が生まれる。
傷は証拠となり、残るのは極東が聖連に逆らったという事実だけだ。
ホライゾンは連れて行かれ、大義を持たない軽挙は誰からの支持も得られない。
そうなれば武蔵は、極東は詰む。
ここまでしてくるとまでは思わなかったのか、姿を晒した存在に目を見開き、その思惑にもすぐさま至ったであろう正純の拳は、握られたまま震えている。それでも、言うべきをトーリに言おうとしていた。
「……葵。お前の軽挙ひとつが、国を脅かす」
──その覚悟はあるのか、と。
「────」
絶望的な状況に彼が呆然とするなか、声が来た。
「成る程」
つまり、
「P-01sも、ホライゾンも──自分をどうにも出来ないのですね」
+++
それは皆に例外なく、伊吹にも届いた。
「P-01sは、自分が解りません。そして正体を知った今も、ホライゾンは自身がどうするべきなのか、解らないままです。感情に任せることさえ不可能です」
自動人形には感情がない。伊吹はそれを感覚として否定するが──ホライゾンは人間だ。
元信の言葉が嘘でなければ、彼女は大罪武装化した"嫉妬"しか持ち合わせていない。世界の常識ならホライゾンは、ひとつとはいえ感情を持つ自動人形に成り得るが、伊吹の価値観に従うならむしろ今のホライゾンは、
一色しかない魂を見たところで、彼女を推し量ることなど出来ようもない。あるのは、錯覚にも似た懐かしさのみ。
抑揚の少ない声が続く。
「だとすれば──ホライゾン・アリアダストという名を受け入れ、その立場に従うことが、世界における最善の判断なのでしょう。そしてホライゾンが確保されれば、この場の全ては収束します」
そこまで言ったホライゾンは、隊員に促され背を向ける。
見れば、トーリが一歩、無意識のうちに手を伸ばしていた。
視界の端。先程の隊長格が、待っていたとばかりに武器に手を伸ばす姿があり、
そしてこちらは、既に準備していたものを置くだけの作業だった。
「──重力障壁展開、
鳥居型をした重力障壁。ひとが通れる程度の大きさをしたその連続が、神奏術として発動された。
生じたのは、トーリを起点にホライゾンまで連なって一直線。それだけのためにある、道だ。
それは側にいた隊長格も、ホライゾンの周囲にいた隊員さえ押し退け、ただ厳かに君臨する。
伊吹の扱う創作術式──固定化した重力制御に特定の"型"を与え、術式としての効果を得るためのもの。
術式を扱え、重力制御に親和性のある伊吹専用の──つまりはアバウト人類かつ神道アバウトによるものである。
隊長格の男から、唾を散らすような怒号が響く。
「貴様、この期に及んで邪魔をする気か!? ──『
正直考えた奴はどうかと思う字名に、向けられた当人としては、意趣返しとばかりに嘲笑う。
「勘違いするな。こいつは単なる──逢引き用の移動術だ。すぐに消えるし、聖連の邪魔もしない。ただ──武蔵の総長が、三河の姫に挨拶をするだけだ。そちらにどれだけの権限が与えられているかは知らないが、今日まで武蔵の住人として生きて来た彼女に、最低限の言葉を伝える暇も与えないとなれば──教皇の器も底が見えるな?」
「貴様……!」
広まれば、武蔵においての風聞は最悪なものとなる。今の時点でアレが旧派以外に好かれているかはともかくとして。
正純の言う通り、こうなってはホライゾンに手の伸ばしようもない。少なくとも、今は。
……ならばせめて、トーリの覚悟に繋がる種火を作る。
その時になって自分がどうするかは、また別の話だ。
ただ今は、正純のお陰で得られた、ホライゾンとの時間を少しでも引き伸ばす。
拒否はさせない。ゆえに言う。
「──躾のなっていない飼い犬の粗相を、見なかったことにしてやると言っている」
伊吹は、自身の出自や酒井絡みで"教皇総長"本人のひととなりをある程度知っている。
……基本、上から殴るのが好きなオッサンだからなぁ、あの教皇。調教モノのエロゲに登場しそうなくらいねちっこくもあるが。
ただ少なくとも、旧派のトップとして"正道たらん"と自己に課している男でもあると、そう認識している。
つまりトーリの、武蔵側の軽挙を待ち伏せるようなやり口は、ほぼ確実に眼前の隊長格による独断と判断出来る。それも武蔵に対する解りやすい悪意ではなく、旧派や教皇に向いた行き過ぎた忠誠と信仰心によるものだ。
……これだから旧派は……!
商人上がりの"教皇総長"当人は、利益さえあれば平然と反復横跳びするような柔軟さがあると言うのに、どうしてこう旧派の連中はどいつもこいつも堅物だらけなのか。
身内連中にいるエロゲ半竜の装甲や、従士の胸などは特にそうだ。
「……フン、いいだろう。だが、それ以上の介入は──」
中年程に見える隊長格は、歳によるものか、受け入れる程度の狡賢さを持っていた。要は先程の件を追求しない代わりにトーリのための時間を貰い、こちらは穏当にホライゾンを引き渡さねばならないということ。後で覚えていろと伊吹は思う。
トーリの方は一瞬だけこちらへ振り向き、目線で感謝を伝えてはすぐさまホライゾンの側へ駆けていった。術式によって鳥居空間内部の声は聞こえず、その瞬間だけは彼と彼女だけのものだ。
やがてそれが重力帯の残光となって消える。最後、微かに聞こえたのは、
「ホライゾンは、ただの軽食屋の店員であることは──出来ないのですね」
「────」
いつの間にか振っていた雨に濡れ、皆はただ、彼女を見送ることしか──いつまでも立ち尽くすトーリを見ているしか出来なかった。
+++
ホライゾン・アリアダストの"自害"が正式に通達されたのは、翌日。明朝六時のことだった。
・"
創作術式化した重力制御の用途のひとつ。いわゆる内の壱。
道として鳥居を展開。始点の存在を送り、終点の存在を来させるという基本はチューチュー吸うだけの術式。鳥居は門であり、中央は神の通り道である。ゆえに通れるのは神の許可を受けた存在(使用する神道奏者と招かれた相手)のみ。
横入りではなく入り口からなら後を追える。
いっそ無駄なまでに究極的な待ち合わせ術式であり、迷子にならない。戦闘においては逃げ場のない強制タイマン脳筋フィールドと化す。
・伊吹の創作術式
型番だけに戦闘用からネタまで大量にストックが存在する。浅間的には「喜美の調整より幾らかマシ」
それぞれ特定の"型"にのみ効果を適用させているため、基本は
・全ての元凶
大半の型番は転機編用の舞台演出をさせるために脅した結果。