境界線上の飛翼恋離   作:クーゲルシュライバー中尉

2 / 21
早朝の賑やかし

「よぉ──し。三年梅組集合──!」

 

 武蔵アリアダスト教導院、そこに繋がる橋の上。

 集った複数の人影に対して向き合う、軽装甲のジャージを身につけた女が声を上げた。

 女は一同を軽く一瞥した後、宣言する。

 

「では──これより体育の授業を始めまーす」

 

 その女教師──オリオトライ・真喜子は、いいかしら? と前置きしてから、背負った長剣の柄を軽く叩いて言う。

 

「先生ちょっと、今から品川にいるヤクザ殴るついでに事務所も潰しに全速力で走って行くから、皆でついてくるように。その後は実技ね」

 

 告げられた面々、梅組の生徒たちは、内容への疑問や担任の平常運転(バーサーク)具合について考えるよりもまず先に思う。──潰す方がついでなんだ……、と。

 生徒たちの心中を知ってか知らずか、軽く狂った言動をかました当の本人は極めて爽やかに、

 

「遅れた人は早朝の教室掃除ねー。──はい、返事は? Jud.?」

 

──Jud.(ジャッジメント)」 

 

 揃った応答が響く。

 次いで、あのぅ……という声と共に小さく手が挙がった。

 声の主である、背丈の大きい──というか胸も尻も大きい黒髪の女生徒──浅間神社の巫女である浅間・智が、自己主張する肉体とは正反対に控えめな声と仕草で、あらためて当然の疑問を口にする。

 

「えっと、先生? それで体育の授業とヤクザとで、一体どういった関連性が……」

 

 全員がその言葉に二度三度と頷くなか、オリオトライが「良い質問ね」と不敵に笑う。

 

「──実は先生ね、昨日焼肉食べに行ったの。んで、まぁ当然だけど注文するわけじゃない? 肉と肉と肉と──あとお肉」

 

 草も食えよ……。という生徒たちの呟きは無視された。話は続いて、

 

「それで先生、昨日は完全に食事の気分だったから。ご飯頼んだのね、ご飯。お酒と一緒だったら主食なしでお肉だけとか、おつまみだけってのも全然アリだけど、そうじゃないなら焼肉に白いご飯はやっぱり必須よね」

 

 知らねぇよ。と誰かがぼやいても、女教師は気にも留めずにヒートアップしていく。

 

「そしたらさー、全っ然来ないの! お肉の追加とかはすぐ来るのに、先に頼んだ筈のご飯だけいつまで経っても来ないわけ! あり得ないでしょ!? ──つまりそういうことよ」

 

「「どういうことだよ!」」

 

 全員が突っ込んだが、肉食教師は全く気にする風もない。

 ──皆はひそひそと小声で、

 

「……結局目的はなんなのかな?」

 

 "書記 トゥーサン・ネシンバラ"と書かれている腕章を身につけた眼鏡の少年が軽く仕切り、要領を得ない担任の言動について再度疑問を提言する。

 まず最初に応えたのはウェーブのかかった茶髪の女だ。彼女は両腕で抱いた豊満な巨乳を、下から勢いよく跳ねさせながら上から目線で、

 

「フフ、アンタ立ち位置的に解説ポジのくせしてそんなことも解らないの? 駄目なオタクねぇ。いいこと? ──私が知るわけないじゃない!」

 

 じゃあ言うなよ……。と揃って呟くも、狂人は腰をクネクネさせていてまるで聞いていない。

 満場一致で今のはなかったことにされ、次に声を作ったのは後ろを編み込みにした眼鏡の少女、アデーレ・バルフェットだ。

 

「つまり、あれですかね? その焼肉屋の元締めが件のヤクザで、イラッとしたので殴る的な……」

 

「それもうただの通り魔では……。えっと、ハイディ? さっきから首を傾げて、心当たりでも?」

 

 名を呼ばれた"会計補佐 ハイディ・オーゲザヴァラー"は、うーん……と頬に指を添えながら、

 

「先日、高尾の方で地上げがあったみたいで、それをやったのが多分そのヤクザなんだろうけど。最近、先生が割り当てられた表層の一軒家がちょうどそのあたりだったかなーって」

 

 ふむ、と頷くのは細身の男"会計 シロジロ・ベルトーニ"。

 

「報復か?」

 

 その一言に、成る程な、と納得が起きる。しかしハイディは彼の腕の裾を数度引いて意識を向けさせ、

 

「でもねシロ君? 確かにそこは地上げにあったんだけど──。オリオトライ先生、割り当てが決まったその日に祝い酒ーとか言ってビール飲んで酔っ払ってはしゃいだ勢いでヒャッハーしながら壁ブチ抜いて教員課にマジ叱られて、結果その日のうちになかったことにされた挙句に最下層まで叩き落とされて。──つまり地上げと先生、なんの関係もないのよね」

 

 全員がドン引いてから担任に視線を送ると──彼女は背負っていた筈の長剣で素振りを始めていた。鞘ごと。

 すなわち鈍器。

 オリオトライは笑顔のままにこやかに、

 

「あ、今なにか言った?」

 

 一同が顔を青くして一歩下がるが、シロジロだけはやれやれとばかりにため息をついて、

 

「教師オリオトライ。それで結局のところ──金ですか? 金でないのですか?」

 

 そうじゃないだろ! と突っ込み入れたい者は大勢いたが、武蔵の会計コンビがとことんにおいて金か否かで動く生物なのは周知のこと。

 

「全く……。君ら、先生を一体なんだと思っているわけ? あのね、実はどうにも最近馬鹿なヤクザが調子に乗ってて、風紀的にも治安的にもよろしくないってことでちょっと身の程を教えに行くだけよ。いい? つまりボランティアなの。──ただちょっと特定のゴミをぶん殴って事務所更地にすれば、"武蔵"さんが謝礼をくれたりするだけで。──ほら、どう見ても清く正しい慈善活動でしかないでしょ」

 

「「──金じゃねぇか!」」

 

 いいじゃないのよー、と生徒たちの突っ込みを受け流しながら、オリオトライが仕切り直して問うた。

 

「そんじゃ──休んでるの、誰かいる? ミリアム・ポークウと東以外で、だけど」

 

 それぞれ顔を見合わせ、最初に発言したのは、背に金翼を持つ墜天の金髪巨乳──"第三特務 マルゴット・ナイト"だ。彼女は、腕に黒翼の少女を引っ付けながら、

 

「ナイちゃんが見るに、セージュンとソーチョー、あとブッキーがいない……でいいのかなー、これは」

 

 言葉尻の不鮮明さに数人が、ん? と妙を思う。それとは別で、我関せずとひたすらマルゴットの腕に薄い胸を押し付けていた黒髪黒翼の堕天──"第四特務 マルガ・ナルゼ"が、話を引き継ぐ。

 

「正純は午後から酒井学長を三河に送っていく手筈になっているから、自由出席だった筈。今の時間は小等部で講師のバイトだと思う。トーリのことは知らないけれど、伊吹に関しては──いるといえばいる、いないといえばいないわね」

 

「なによそれ。独逸の哲学? んー……それじゃあ、"不可能男(インポッシブル)"のトーリについて知ってるの、いるー?」

 

 その問いかけに──タ、ンとリズムよく通る足音を鳴らした狂人、もとい茶髪ウェーブ女が身を乗り出しながら高らかに言う。

 

「フフ──アンタたち、うちの愚弟のトーリのことがそんなに知りたい? 知りたいのでしょうね? なにせこの武蔵の総長兼生徒会長だもの──勝手にどっかでエロい目にでも遭ってたりしたら大変だものね!」 

 

「ちょっと喜美!? えらい目、えらい目ですのよ!」

 

 ひとりでハイになっている狂人あらため葵・喜美に、"第五特務 ネイト・ミトツダイラ"が髪の巨大もふもふ縦ロールたち揺らして思わず突っ込む。喜美はそれを一瞥して──正確には彼女の胸元をだが──わざとらしくため息をつき、

 

「駄目ねぇミトツダイラ、そんな小さいことにばかり拘ってるからアンタのオパイも小さいままなのよ? あと私のことはビシソワーズ・葵と呼ぶのよ! 『青い黄身』だなんて、そんな誰彼構わず殻を開いて全裸でジュージューいやらしい音立てながら焼かれてそうな節操のないエロネームはいけないわ! 私の好みは半熟よ、いい!?」

 

「ナイちゃん思うに、三日前のジョゼフィーヌからつい昨日ベルフローレに変えたばっかりじゃなかったかなー……」

 

「駄目よマルゴット! 前者は三件隣の中村さんが飼い犬に、後者はお向かいの芙蓉さんが中身の入ってない空のお鍋に同じ名前を付けたから無しよ! 無し! っていうか鍋ってなに!? どういうことなのかしら!? フ、まさか見えないだけで中に誰か入っているとかじゃないでしょうね──あーあー私はなにも見えない聞こえない……ってやっぱり見えないなにかがいるの!? フフフ、怖い……! 浅間、浅間──っ!」

 

 唐突に発狂したキチガ……喜美が、近くにいた浅間に向かって全身でタックルをかましてはもぞもぞと蠢く。

 

「はいはい。いいから落ち着いて、あ──こら喜美、潜り込まない……!」

 

 数秒して、気を落ち着かせた喜美が向きを変えながら顔を見せた。──懐に入って中腰のまま、頭の上に浅間の両胸を乗せて。

 その光景を見た男衆は、驚くほどに不純な思考が浮かばず、ただひたすらに浅間に対しての同情を禁じ得なかった。ついでに一部のアデーレが自身の胸を押さえて軽く絶望していた。

 

「フ、待たせたわね愚衆ども。……ともあれ愚弟のことだけれど、フフ、答えは簡単──この私も知らないわ!」

 

 ──喜美はキメ顔でそう言った。

 散々勿体つけた挙句、あちこち脱線しておいてこれである。結局こいつなんも知らないのな……、と皆の脱力が起こるなか「胸は関係ないですのよ……!」とか打ちひしがれている者もいたが、彼らは揃って気付かぬフリをする。

 喜美は気にせずご機嫌のまま言葉を続けて、

 

「なにせこのビシソワーズ・葵が目覚めた時にはあんの愚弟、どこにも見当たらないうえに朝食すら用意していないときたものだわ! だから仕方なく──フフ、これはもう仕方がないから伊吹のところに特攻かけて朝食だけに()()()()()()()()()やろうかとも思ったのだけど──」

 

 フフ、と舌舐めずりしながらわざとらしく強調した言動に対して、反応したのはふたり。

 

「んな──」

 

 ガバッと跳ねるように復活したミトツダイラと、

 

「ちょっ──」

 

 思わず胸と腕とで上下からプレスすることになってしまった浅間である。

 

「あっ、ちょ、待つのよ浅間! ステイ、ステイよ──!? ……危うくあと少しでオパイ死するところだったけど、フフフせいぜい安心するがいいわこの淫乱巫女&発情狼。なんせ行ったはいいけど、ぶっちゃけあっちのお馬鹿もいなかったのよねぇ。

 まぁとりあえずお腹減ったから家事してた"武蔵野"に朝食要求して、半眼で見つめられながら食べて来たけど。でも出された目玉焼きがガッツリ固焼きで黄身のあたりちょっと青くなっていたのはアレわざと? わざとかしら!? 負けじとウィンナーをいやらしく咥えてやったけどねぇこれって引き分け!?」

 

「「お前のメンタルすげぇな!」」

 

「誰が発情期ですのよ、全くもう。……はぁ、心臓が止まるかと思いましたわ。あと喜美、先程から微妙に気になっていたのですけれど──ビシソワーズってお芋のスープのことですのよ」

 

 ミトツダイラの指摘に狂人はフ、と笑ってから無言で顔を横に逸らした。

 ともあれ、

 

「んー……じゃあトーリは遅刻っと。今、喜美が言った感じだと伊吹も同じかな? っていうか既に家にいないってことは、寝坊ですらなく堂々とサボりかこいつら。伊吹にいたっては時報に私信ぶっ込む余裕があるようだし──先生もしかして喧嘩売られてる?」

 

 出席簿にひとりひとり記入を付けていくオリオトライだが、笑顔のまま青筋が浮いている。が、すぐに軽く息をつくと苦笑を作って、

 

「まぁ本来であれば、これはいかんなーってとこなんだろうけど。……極東・武蔵の総長に関しては、真面目でしゃっきりしてる方がむしろ問題だったりするし」

 

 その言葉に、一同は曖昧な笑みでもって返す。

 重奏統合争乱の後──各地は聖連による暫定支配に置かれ、神州という名すら奪われ"極東"へと変えられた。そして今ではこの武蔵ただひとつが神州に許された唯一の領土である。だが、

 

「その武蔵も実際は聖連によって言いなりに──コホン、監督されている、と。なんせ武蔵の代表である総長と生徒会長に選ばれるのは、代々無能。教導院において最も能力が低く、能のない者のみ。──それこそトーリのような、ね」

 

 ただねぇ……とオリオトライは続けて、

 

「だからこそ、それでもどうにかやっていくための"補佐役"なわけで。そのあたり、当のあいつはどう思っているのやら」

 

 最後の呟きに対して皆からは、えっとぉ……と、呆れや心配に気遣いと色々なものが混ざったような声が上がる。否、物理的に手が挙がった。

 

「ほい、出欠確認しゅーりょー。……んー? なにかしら、直政?」

 

 名を呼ばれたのは"第六特務 直政"。煙管を咥えた姉御系の女だが、彼女はしかし「は?」と疑問し、

 

「Jud.、なにさね先生。あたしがどうかしたかい?」

 

「へ? いやいやそれは先生の台詞でしょ。義腕身に着けてるの今は他にいないんだから、流石に見紛わないって」

 

 言う通り、直政の右腕は義腕だ。丸みを帯びた特徴的な造形からして、生身の腕とはまるで違うのだから見紛うことはまずあり得ない。──が、皆がさっと広がって直政の正面を空けて姿を見ると、彼女の腕は下げられたままだ。呼ばれた後で、今になってあらためて下げたわけでもないらしい。

 あれー? と不思議そうにオリオトライは首を傾げる。生徒たちは、もうひとり義腕どころか完全な機械的ボディ──航空系の半竜である"第二特務 キヨナリ・ウルキアガ"に視線を向けてみるが、彼は縦にした手を左右に振って「違う違う」と示す。

 

 そうしてなお挙手は続いていた。──両腕のみ、宙に浮いたままで。

 

『Please』 

 

 喋った。表示枠を展開しての言葉であるが。

 

 それを見た浅間やミトツダイラなどは軽く頭を抱えたり半眼を向けたりと反応を示す。他はうわぁ……と甘引きする者や、特に興味のない者が数人。とうにこの現象に慣れきって耐性の付いている者もいる。

 そんな中、ナルゼが「あら」と声を作って、

 

「だから言ったじゃない。『いるといえばいる』──って」

 

 宙空で自己主張を繰り返している物体。それはこの場にいないひとり──"総長補佐 在喜・伊吹"の所持する、両の義腕だった。

 

 "今この場で"義腕を身に着けているのは確かに直政だけだが、……女教師はしっかりと見紛っていた。

 

 

+++

 

 

 朝っぱらからの怪奇現象を前に、浅間は思う。

 

 ……あれ、もしかして私がどうにかしなきゃいけない感じです、か……?

 

 確かに個人のどうこうを抜きにしても、大家と店子的な意味で自分が対応するのがベストだろう。ただ、皆の「お前の仕事だろ? 巫女だし」という意図が込められた視線からして、生贄にされた感が半端ない。──そのあたりは今後なにかの機会でまとめて鬱憤を晴らそう。と決意してから、仕方なしに両腕に近づいてとりあえず呼び掛けてみる。

 

「あのぅ……。もしもし、入ってます?」

 

「「トイレかよ」」

 

 外野うるさいです。

 するとこちらの声に応えるように両腕が側まで寄ってきて、その中から、

 

『Yeah──!』

 

 流体光を纏った、喜美みたいな狂ったテンションをした、二頭身サイズの女性型自動人形が飛び出してきた。それを見た浅間の反応は落ち着いたもので、

 

 ……あ、やっぱりいましたね。

 

 正体は在喜・伊吹が契約しているオモイカネ系の走狗である。名前をモカ──大本からそのまま端折って持ってきた感はあるが、走狗の命名に外見の特徴や奉じている神を名前風に略したりというのは結構多いので、特に珍しくはない。当初はクラスの外道共が『カネ』だの『イモ』だの付けようとしてひと波乱あったものだが。

 中身が分かれば浅間にとってはどうということはない。むしろよく知っているというか、契約に際して諸々の手続きをした当人であり、伊吹の担当責任者も浅間・智となっている。──まぁ断固として他に譲らなかっただけだが。

 

 伊吹の義腕には、自動人形と同じ重力制御の機構が組み込まれている。むしろ性能のほぼ全てをそこに傾けているくらいで、そのための義腕とさえ言える。しかし彼は肉体が生身であるため、実際の自動人形に等しいレベルでの精密と万能性は持ち得ない。それを補い、不足している演算機能の代理をするのがモカである。

 ──格好だけは自動人形に近い外見をしているが、モカを種族として分類するならば【制御情報術式(プログラム)】だ。つまり情報体であり、通神などを介せば義腕どころか大抵の物には入り込めてしまう。

 

 ……つまり限定して義腕に宿る必要は全くないんですけど、もしかしなくても重力制御の便利さに味を占めてませんかねこれ。

 

 情報体の特性として、学習と成長を繰り返した結果がこれである。

 そのせいか、時折武蔵のあちらこちらで好き勝手動き回る両腕が目撃されては、新種の怪異だの悪霊だのと騒ぎが起きるのだ。そして偶に本物が混ざっていたりするのが、浅間的にはまた面倒というかなんというか。

 既知であるのは他の梅組連中も同じ筈なのだが、そんな感じでこの走狗、慣れがあっても基本として正気度へ掛かる負荷が半端ではない。

 

 ……まぁ実際、初見だとちょっとした怪異かナニカですよねー。

 

 一度それについて説教しに行ったことがあるが、飼い主曰く──『散歩』だと。しかも義腕を自身の収納空間に仕舞って置いても、気付いた時には抜け出しているという。もういっそ自動人形と同じようなボディを与えてやればいいのではと思うが、実は過去既に作られたうえでこの有様らしい。

 

 なお、走狗が両腕で散歩しているのか、それとも両腕を散歩させているのか──どちらなのかは誰も知らない。正直かなり気になるがとりあえず今そこはどうでもいい。

 

「それで、モカ? 飼いぬ……じゃなくて伊吹君は──もしかして、またですか」

 

 向けた呆れの半眼に、両腕から見事なサムズアップが返ってきた。

 

 

 

+++

 

 

 

 巫女が宙に浮いた腕と会話する姿はなかなかに狂った絵面だったが、梅組の面々からすればよくある光景である。

 慣れって怖い。とかそれぞれが思っていると、なにかしらの結論を得たのか浅間が振り向いて、

 

「はいっ、解決! 解決しましたよーぅ!」

 

 柏手ひとつ叩いて言う、その表情には貼り付けた笑みが。

 皆を横切り、走狗を乗せた両腕がふわりと漂いながらオリオトライの前まで行くと、掌を上に向けてから催促するように再び表示枠で、

 

『Please』

 

「ええ、──代理で出席だそうで」

 

 つまり「サボるけど身体の一部(両腕)行かせるから、出席点だけちょーだい」である。

 ──オリオトライの持つ出席簿にヒビが入った。

 

 

 梅組連中は再度小声で、

 

「あれかな、夏休みの神啓匿体(レディオ)・体操とかでカードに判子だけ押して貰うとかそういう……」

 

「あーいましたいました、そういう人。というか当時の補佐役のことですけど」

 

 そういやあったな、と昔を思い出す一同。

 すると前髪で目元の隠れた盲目の少女、向井・鈴が首を傾げる仕草で、

 

「でも、伊吹君、いま、も、ある……よ?」

 

 えっ? と視線が鈴に集まる。注目された彼女は少し慌てながら自信なさ気に、

 

「え、と、授業の、時、伊吹君、いなくて……、たまに、だけど。でも、モッちゃん、だけ、いたり、とか……。あ、あれ? わ、たし、だけ? みんな、一緒、だし、知ってる、よね? あれ?」

 

「Jud.、大丈夫ですよ鈴さん。私も気が付いたのはつい最近ですけど、どうやらそうみたいで……。まるで最初からそうだった、みたいな顔してあまりにもナチュラルに授業に混ざっていたせいか、今の今まで鈴さん以外誰も気が付かなかったみたいで……。いや顔ないんですけど」

 

 マジかよ……、と今度は尊敬の眼差しが集中し、鈴は可愛らしく赤面する。それに皆が微笑ましさを感じていると、そういえば──とそれをぶち壊す声が。

 深く被った帽子とマフラーによって、鈴とは別の意味で顔が見えない忍者"第一特務 点蔵・クロスユナイト"が、空気を読まずに思った疑問をそのまま口にする。

 

「自分ふと気になったので御座るが、伊吹殿は多少特殊とはいえれっきとした神道奏者……その走狗であるモカ殿も神道に属する存在の筈。──あれ、なにゆえ英国弁なので御座ろうか? というか契約した当時は普通に喋っていた記憶が……」

 

「そもそも文章を成していないから喋れておらんしな、あれ」

 

 それでしたら、と意外にも答えを持っていたのは肥満のロリコン・御広敷で、

 

「小生、以前に訪ねたことがありますが。──確か英国元ネタのエロゲにハマって紅茶かぶれになったとかなんとか……」

 

「「うわぁ……」」

 

 ドン引きだった。

 

 

 オチがついたところで、オリオトライが二回ほど拍子を鳴らして皆を促す。

「──はいはい、いつまでもくっちゃべってないで注ー目ー。いい加減始めるわよー」

 

 半分くらいあんたが原因だけどな、とは絶対に口に出さない。

 

「最後にもう一回だけ言うわよー? ルールは簡単、先生は走ってヤクザ殴り行く。君らはちゃんと付いてくる。遅れたら早朝の教室掃除。ただそれだけじゃあ気合入らないだろうから、そうねぇ……到着までに先生の身体に攻撃を当てること。それが出来たら出席点を五点プラス! ちゃんと解ってる? ──五回サボれるのよ」

 

 その言葉にざわりとどよめきが起き、全員が稀に見るほどの真剣な表情を作る。それに対して、現金な子たちねーとケラケラ笑い、彼女は走狗の乗った両腕にも視線を向ける。

 

「もちろんあんたも参加していいわよー? 飼い主の出席点、欲しいんだったら皆と一緒にもぎ取りに来なさい。ま、どのみち伊吹は後でしばくけど」

 

 質問ある? と問うと、

 

「──"通す"じゃなく"当てる"だけでいいんだな」

 

「あら、解ってると思ってたんだけど──言った方がよかったかしら?」

 

 無愛想な表情をした、胸元が開いたラフな着込みをした少年・ノリキの問いに対して、オリオトライは煽るように返す。その反応に少々むっとしながらも、ノリキは無言で拳の握りを作るあたり、やる気は充分以上のようだ。

 そんな彼とは別に、点蔵とウルキアガはこれはしたりといった表情をしては筒抜けの密談を開始。

 

「聞いたな点蔵。女教師が暗に"なにをしてもいい"と仰せだ。これはまたとない機会というものであろう」

 

「Jud.。しかしそれ、裏を返せば"なにもしてない"のに理不尽が飛んでくるという盛大な死亡フラグでは御座らんかな? 自分、予約した本命のエロゲが未だ届いておらんゆえ、死ぬならせめて金髪巨乳の攻略終わってからにして欲しいので御座るが……」

 

「馬鹿者! ならば尚更、肝心の濡れ場を現実離れしたただの虚構とせぬために、この機に感触だけでも理解しておかねばならんだろうが……!」

 

「ウッキー殿──。自分、目が覚めた思いで御座るよ……!。というわけで先生、先生のパーツで揉んだり触ったりしたら減点される部位などあり申すか? ボーナスポイントでももちろんおっけー……」

 

「あっはっは、ふたり仲良く惨たらしい死に方がしたいって?」 

 

 ったく……。と半眼で脅してから一転、彼女は全員を見渡すと真剣な、見守るような表情を作り、

 

「──面倒よねぇ」

 

 聖連、暫定支配、極東、武蔵。教え子たちを取り巻くあらゆる現状。各国は虎視眈々と、隙あらば食い散らかしたいのが丸見えで。トップには馬鹿しかなれず、学生は年齢制限が過ぎれば政治も軍事も関われない。権力を持たせないために武蔵は常に移動の骨抜き状態で、その航路すら自分たちじゃロクに選べない始末。

 

 

「この国がそんな面倒に押さえつけられて百六十年──そりゃあ()()()()()()()()が生まれて来るのだって、別になんら不思議じゃないってものよ」

 

 言った瞬間、彼らが先程まで持っていた筈の、どこか曖昧な、諦めにも似た「仕方ない」というような気配が掻き消える。それを空気で感じ、教師として確かな満足感を得る。だからこそ問おう。

 ──ねぇ、

 

「君ら、これからどうするか──どうしたいか、ちゃんと解ってる?」

 

「「────」」

 

 それぞれ思う想いはあるのだろう。それは激しいものであったり、静かに秘めていたりと。可愛い教え子たちが先のことを考えている、その事実に安堵と期待を思い彼女は、

 

「……ほいっと」

 

 問うだけ問うておきながら続けることなく、段差から落ちるように跳んだ。

 

 

+++

 

 

 後ろから聞こえてくる生徒たちの悔しがる声を背に上機嫌なオリオトライは、茶目っ気のある笑みを浮かべて、思う。

 彼らの実際の答えが何であるかは今、関係ないのだ。ただ、いざその時になってからなにも出来ないでは、それこそ話にならない。

 なにせ世界はそろそろ終わるという。それが最終的にどうなるか、そこまでは知ったことではないが。

 だからなんにせよ、

 

「──まずは"出来ること"を増やしてあげるとしますか。そのためにも、とりあえず今は死んだ気でついて来なさいな」

 

 気分だけでも何回か死んどけば、多分世界が終わっても平気平気。

 

 そんな感じで教え子たちをどのように叩きのめすか楽しく考えながら"後悔通り"を駆け抜けて、ひとつの石碑を横切る。その石碑にあるのは、

 

 ──一六百三八年 少女 ホライゾン・Aの冥福を祈って 武蔵住人一同

 

 ……ホライゾン。間違いなくあの子たちにとっては、全ての起点になるであろう名前よね。

 

「それにしても──」

 

 今いるのも、いないのも、サボってるのも勝手に紛れてるのも含めて、

 

「随分と"濃い"のが揃ったわよねー」

 

 あの子たちならこの先なにがどうなろうとも、きっと馬鹿みたいに賑やかなことになるに違いない。

 

 

 

 いつもの日常は続いていく。

 今も、なお。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。