境界線上の飛翼恋離 作:クーゲルシュライバー中尉
続けることが尊いのか
配点(約束)
かつての話だ。
中等部の頃、ミトツダイラは酷く荒んだ生き方をしていた。
ホライゾンが死に、仮に序列が繰り上がることになろうと、ミトツダイラにとっての主は
結果だけ言えば、ミトツダイラは六護式仏蘭西の地を踏むことすら許されず、実家から血達磨で返品食らった。
そして荒れた。
──根本に位置する理由としては、素行不良による襲名権の剥奪を目的に行った振る舞い。
だが同時にその頃、ミトツダイラの成長に伴い、人狼としての血が如実に現れ始めた。
鋭敏になった臭覚は、これまで気にも留めなかった筈の香気に過剰に反応し。急激に強くなった握力は、これまでと同じ感覚で触れた物を握り潰す。
あくまで種族としての性能とはいえ、自身の手による獲得ならともかく、発露から来る変化となれば、戸惑い、扱いに苦心するのは自然なこと。しかし実質は能力の成長でありながら、日常においては『今まで出来た筈のことが出来ない』ジレンマ。そういったものが、
そういった鬱屈を発散するように、あるいは持て余している癖に、今の自分はこんなに強いのだと、力に酔って。高圧的な先輩等を叩きのめす日々。
……あの頃はヤンチャしてましたわねー……。
などと、ミトツダイラ自身、自分でもどうかと思う感想が出て来るが、まぁ他の連中の所感も似たようなものだ。
ともあれ、そんなことを繰り返していれば、当然のように目を付けられる。
叩きのめした覚えがある先輩達から、あからさまな呼び出しを受け。皆の心配にも背を向け、指定場所へ行くと──そこには真っ赤な全裸。
その時ミトツダイラは、トーリを王として、騎士の誓いを得たものだが──。
……思えば総長、当時の時点でもう既に全裸ですのね……。
大事な記憶と消し去りたい記憶が同じ瞬間に存在するというのは、どうなのだろうか。
とはいえ、全裸を前にした当時のミトツダイラでさえ、思いもしなかったのは確かだ。
あの頃、全裸が既に全裸であった以上──狂人もまた、とうに狂人なのだということを。
+++
──それは言うなれば後日談、あるいはエピローグと呼ぶべきもの。
トーリを王に、己を騎士と定めて。ミトツダイラのメンタル的な諸々が落ち着きを見せ始め、己の短慮を思い返して自己嫌悪から少々死にたくなっている頃。
伊吹と件の先輩達とが、人気のない校舎裏へ向かったと聞いて、青褪めた。
己の軽挙のツケかと、本気で過去の自分を殴りたくなって。慌てたミトツダイラが急ぎ向かうと、
「ブラ──ン、ブラ──ン、ははは童心に返るのは楽しいなモカ……!」
『
──大量の
先輩達もいた。マジ気味の泣きが入っていた。そして走狗入りの両腕に吊るされた狂人は、目が合った途端に空中ブランコで逃げ出した。
場の面々を見て一瞬、これ全部巡り巡って自分のせいなのだろうかと戦慄し、ミトツダイラはひとまず証拠隠滅のため全力で石を投げた。
「ふ……」
という声と共に、少々ヤバい感じの落ち方をしたものの、撃墜により伊吹を捕獲したミトツダイラは尋問を開始。走狗は両腕ごと逃げた。
もしや、という思いだが、彼がやったのは一種の報復とかそういった類なのだろうかと考えてしまう。なにせ彼は自分達に甘い。それは当人の基準の上なので、平気で外道もするが、仲間が傷付けられて黙っているひとではない。ミトツダイラの場合は自業自得と言っていいが、トーリは別だ。彼は本来無関係で、なんの罪も──否、まぁ、全裸の時点でなにかしらやらかしたのは間違いないので、強くは言えないが、流石に血達磨にされる程ではない、多分。つまり武蔵住人かつ教導院の先輩で女子であることを考慮して、義憤に駆られた報復のセクハラ行為。ひとりだけ得してるだけの奴がいたが、たった今悪は滅びた。
などと思考を巡らせていると、犯罪者から言葉が来た。
「いいかネイト、この女共を見てみろ。こいつら──パイセン名乗る癖に
チンピラよりも頭の悪い言い掛かりでキレ出した狂人が、ミトツダイラの両肩に手を乗せ、言った。
「その点お前は、今日もノーブラでいつだって後輩達に胸を──胸を……おや?」
「あ、ちょっ──」
ミトツダイラの脳が理解を拒否し、その間隙を縫うように伊吹が脇下から手を差し込んだ。彼はそのまま探るように親指を這わせ──やがて首を傾げ、一歩下がって頭を下げた。
「すまない、まさか張る胸がないとは……っ!」
──控えめに言って女の敵だったので、ボコボコにして埋めた。
それからミトツダイラは、泣いて礼を言う先輩達の涙を拭き、野犬に噛まれたようなものだと慰めては、勢いのまま和解。誰もいなくなった校舎裏で、奥多摩との同化を試み始めた狂人を発掘しつつ、溜息と共に半眼を向けた。
「……それで、一体どういった了見ですの」
流石にここに至ればミトツダイラにも理解が及ぶ。そもそもの話、彼が裏でなにかするならば──ノーガードの自動人形だとか、その時々の協力者を除けば、人知れず動く。渦中の当人にだけは心配を掛けないようにするのだ。単に脳の配線がイカれている可能性も否定出来ないが、それはそれで狂っているなりに理屈がある。
つまり今回、自分は誘い込まれた側ということで、
「……私と先輩達との関係を、取り持とうと……?」
自身が悪役になって──否、まぁ、やってることは悪役どころか完全に犯罪者の所業なのだが。
伊吹が、地面に尻を埋めたままの姿でこちらを呼び、問うて来た。
「……身近な存在を敵とし、潰そうと考えたとして。主流となる理由は、なんだと思う」
それは──、とミトツダイラは考える。
敵を排除しようとする行動の源は、反感や、怒りなど様々だろうが、
「──怖かったんだそうだ」
自分のことを言われているのだと、すぐに思い至った。
堅物を絵に描いたような騎士の生き方をしていた人間が、ある時期から人が変わったように荒れて。
それが人外の膂力で、当たり散らすように周囲を破壊し。
自分達の態度が原因とはいえ、今まで興味も関心も示さなかった後輩が、力で逆らい、叩き潰しに来る。
どう言い繕っても危険人物だった。
そして彼女達は──その恐怖と不安を抱え続けられる程、強くなかった。
そう……、と話を聞いたミトツダイラの中にあるのは、納得だ。
人狼は、恐怖の具現でもある。ならば自然な感情だ。そして理性のない獣を狩るのは、得てして徒党や群れ。そういう振る舞いをした自覚はあるし、単純に、生物として規格の違う力も物理的に解りやすいため、やはり恐ろしかろう。
それは仕方のないことだと、諦めに似た感情を得て、しかし、
「俺はこの通りピンピンしてるがな……!」
尻の動きで飛び上がった伊吹が、無駄に腰を曲げでポージングを決めて見せた。
確かに最低限の加減をしたとはいえ、むしろなぜそこまで余裕なのか。ミトツダイラの半眼が一層深まった。
「解り切ったことを……。いいか、──武蔵が凄くて格好いいからだ」
完全にキチガイの理屈だったが、間違いなく本気の彼が言う。
「まぁ、だからネイト。──お前が我慢出来なくなった時は、とりあえず俺を殴っとけ。それなら誰も怪我しないし、何も壊さんだろ。ってか巻き込みで武蔵の設備壊すの止めろ」
馬鹿なことを、とミトツダイラは思った。あるいは彼には本当に、こちらが知らないなにかしらの手段で、実際に無傷なのかもしれないが。彼にとって損しかない、痛みだけの提案だ。壁や床板などは雑に壊して申し訳ない。
けれど、もし彼の言う通りに、人外な自分の力が些細な理由で振るわれ、しかし受けた当人は平然と側にいて。馬鹿な真似して、殴り飛ばして、普通に戻って来て、マジ叱って、周囲も巻き込んで、呆れて、思わず笑って。
そんな風景が、日常となってしまえば、
「ネイトのことを怖がる奴なんて、俺の武蔵のどこにもいなくなるとも」
そんな単純な話ではないし、そもそも人狼として問題でしょうに、と思わず呆れの笑みが浮かぶ。要は変に周囲を意識して、自分の立ち位置を見失うなと、そういうことだろうか。
なにせ、己に迷う相手に対して、このひとは容赦ない。
言われる。
無茶な理屈で、やたら上から目線で、しかし余裕だと。
「言っておくが──ここにいる俺は、お前に対して無敵だぞ」
──その言葉に、自分は泣いていただろうか。笑っていただろうか。
全く……、とミトツダイラの呟きが宙に溶け、
「そんなことをしたって、貴方に利益なんてないでしょうに」
否、このひとはそういうひとだと、勝手に納得しようとして、
「はぁ──!? なにお前……まさかこの俺が
思わず真顔で手が出てしまったが、ブレーキ付いてない癖に一瞬でアクセルベタ踏みするのは狂人の仕様なのだろうか。
その伊吹は結構良いのが入ったらしく、微妙に痙攣している気がするが、本人が言ったことだ。そうなると後でまた、なにかの被害に遭うのかもしれないが、その時はその時だ。
「──私、騎士として忠義すべき王を定めましたわ。……いつか、そのひとが望んだ時は、私が道をつけると、そのように誓いましたの」
彼がこの場にいる以上、大体は知られている気がするが、それでも言った。
おう、と応答が来たのは、二重の意味で洒落のつもりだろうか。ツッコむ前に、声。
「じゃあ、そん時は一緒に行くか」
──任せるのはそんなに不安かと、無意識に視線で咎めるが、相手は気にする風もなく、
「は、武蔵を舐めるな。ネイトが騎士なら、こちらは城だ。格が違うぜ……!」
通りませ、通りませと、彼が歌う。
行きはよいなぎ、帰りはこわき──帰りが怖くて心配ならば、家も一緒に来ればいい。
──王の進む先、騎士が前へ出て、そこに城がぴったり付いてくる。
本気でヤバい絵面というか完全にホラーだが、それが大空を翔る武蔵となれば、格好も付く。アウト寄りのセーフはセーフの範疇なのでつまりルールが悪いのだ。
あまりの酷さに思わず吹き出して、怒る気にもなれず。仕方ないですわね、と許してしまう。そういったやり取りのリズムが、既に出来上がりつつあるのを自覚して。
……言ったからには、きちんとエスコートして下さらないと私、拗ねてしまいますわよ?
一匹狼とよく言うが、狼は基本、群れや
そんな、暖かなもので胸を満たしつつ、ミトツダイラは伊吹を見詰め──色々と現行犯だったのでそのまま番屋へ連行した。
+++
教導院前──橋下の校庭や、その周囲。
数分前の喧騒が反転するかの如く、人々は静まり返っていた。
黙らせたとも言う。
現実問題、やらかしたとしか表現しようもないが、ミトツダイラに後悔はない。
衝動から決断した行為ではあるが、己の冷静な部分では、
──とりあえず全員殴り合えとかいうオリオトライの采配には、なるほど素晴らしい解決方法だと感心したものだが。しかし政治や謀にカロリーを消費したがる残念な連中にとって、ぶっちゃけ四戦とか判断が面倒な案件であることもまた理解している。ちなみに貴族の政治は義務なのでノーカンだ。
そして外交や、政治的な交渉ならともかく、この場はホライゾンを救いに向かうか否かの二択。痛み分けなど存在しない。
勝敗を放棄し、騎士として国家の判断に従い、どのような結果であれ民に寄り添う。丸投げと言えなくもないが、今の戦況で中立の姿勢を示すことは、一概に悪手とは言えない。
……騎士として自身の存在を他国へ示し、その勢いで複雑化した場の状況も洗い流せる──つまり一石二鳥ですの……!
焼肉では影薄いが、チキンも中々にやる。それも石焼きでダブルだ。これは強い。
ともあれ、実のところ此度の案件、ミトツダイラは騎士連盟に既に告げてある。否、正確には直政らの相対の最中にどうにか書式を整え、決着の直後にその旨を通神文で送り付けただけだが。
ただの不可抗力なのだが、タイミング的に議論や賛否を問うのすら拒絶したように思われた可能性も高い。
とは言っても、家の関係などで、お情けだろうとミトツダイラは序列筆頭の位置にある。最終的な決定権はそもそもこちらにあるのだ。
──なんとなく、伊吹がことあるごとに権力者ごっこしたがる理由の一端を感じ取った。
それはそれとして、
……民の安全より、感情で男を選んだなどと、陰で言われかねないですわねー……。
自業自得としか言いようがないが、後々を思うと今から憂鬱だと。そんなことを考えていると、観衆の注目のなか、眼前の伊吹が即座の動きを見せた。
彼が言う。
「どういうことだ……」
それは、
「俺をボコった後は、相対であそこにいる生意気なオタクをミンチにするんだって──俺の屍(予定)に約束した筈だろう……!?」
……してませんのよ──!?
話が違う、と背後のネシンバラを指差し、伊吹が地団駄を踏んだ。
「待てぇ──! 勝手に僕を犠牲にするのは許さないぞ!? まだ次のイベントの原稿上がってないんだよ……!」
「アンタそれ、ギリギリになってイタい設定集とかでお茶を濁すいつものパターンじゃないの」
「ああ……今回も集まって徹夜で修羅場か……」
なんか追い打ちや巻き込みが発生したが、元凶の伊吹は腕組みしつつ首を傾げ、
「いやほら、お前、なんかネイトの頭がお花畑だとか、確かそんなことを……」
「それ言い出したの葵君だし、中身掠ってすらいないじゃないか! 僕は無実だ……!」
オタクは無駄に元気で困るぜ……、とかフゥーヤレヤレ系のモーションで大袈裟に肩を竦めてミトツダイラに同意を求めて来る伊吹の背後、掌で顔を覆ったネシンバラが、闇のオーラがどうこう言いながらかなり面白い挙動をしていたが、気にしたら負けなのでスルーした。
ともあれ、相対の件を宣言した以上、こちらの要件はあとひとつ。
「伊吹──約束、ちゃんと覚えていますのよね?」
おう、といつかのように返事が来た。
「お前が思いっきり殴って良いのは、俺だけだからな」
今ではもう、力の制御は出来ているし、人狼というだけでこちらを恐れるようなひともいない。当時の先輩らは卒業したが、忙しい中でも、時折お茶を共にすることが出来る関係になった。
意味はあったが、今はもう必要のない約束。それが未だ、続いているのは、
「──独占欲とか、そういったものでしょうか……」
「いや、俺以外だと多分普通に死ぬし……」
この男は……、と半目で睨みつつ。向こうで、うんうん、としみじみ頷いている外道共に向かって拳を振り上げると、慌てて散った。
しかし、ふと気付きを得て、意地の悪い言い方だと自覚しながらも問うてみた。素で現実を叩き返されて悔しかったのもある。
「……それ、総長がボケた場合はどうなんですの? ギャグへの突っ込みならノーダメージで、無駄に頑丈ですけど」
は? という声が来た。予想外の、こいつ何言ってんだ的な目線に一瞬たじろぎ、
「──んなもん、ホライゾンに任せとけよ。俺もお前も、出番じゃないだろ」
卑怯だ、と思った。
そんな、彼と彼女が共にあるのを、当然のように。
今更、必要のない過去の約束を続けることの意味を思えば、来たのは、これからも続けていい理由だなんて。
だったら、と声を上げた。
「何故、あんなにも嫌がって、すぐにこちらに来てくれなかったんですの……!?」
────。
──。
「お前……実況付きで屋外露出プレイだなんて、なんてことを考えやがる──人前でなんて恥ずかしいに決まってるだろ、いやらしい狼めっ! さては貴様変態だな!?」
「る、ぉあ──!!」
良い感じのがボディに入った伊吹が錐揉みして飛んだ。
+++
──身悶える伊吹の聴覚に、フ──ッ、と一息が届いた。否、威嚇だった気もする。
うわぁ……、という周囲に向け、こちらがゆっくりと掌を立てて見せると、喧騒が再びの沈黙に変わる。
己の仕草ひとつで人々が動きを作るこの場。やはり世界は武蔵を中心に回っているのだと、あらためて確信。ひれ伏せ全世界。そんな感じに現実から思考の海に離脱することで、伊吹は魂を痛覚から逃がした。器用な気絶とも言う。身体は逃げようもないので、下半身は生まれたての子鹿みたいになった。
ともあれ肉体がダメージの波を耐え切るまでの間、引き伸ばした思考がぶっちゃけ暇なので、ここ数日分の自動人形レビューや観察日記等をダース単位で奉納しておく。だが数が気に食わなかったため、ここは百度参りに則り六三四度参りがベスト。これには己の信仰深さに神道もニッコリ。そして脳内周回キメて『きょうの"武蔵"ちゃん』シリーズ、うなじから鎖骨までの二百と三十カット目を送り付けた辺りで神にキレられた。
『加減を知りたまえ馬鹿:by神』
通神文でマジ叱られた結果、加護が霧散し、伊吹の思考が現実に叩き返された。
衝撃の抜け切らない身体に数度変な声が出てきたが、確かめるように太腿まわりを数度叩き、足腰を奮い立たせ、中腰気味に立ち上がる。そして天を仰ぎ、
「……よし、いけるか……? いけるな? よし、よぉ──し……! 日々の営みに激しいスパイス……! 武蔵に生きてるって感じだなぁ、おい……!」
軽く言語野がイカれて敵の
「……これ結局、伊吹の奴がぶっ叩かれる意味はあったのか?」
「フフフそれはね直政、単発のワンワンより、カモンからコンボ繋げてワンワンに派生させた方がリザルトのクンクンが充実するからよ! そうよねミトツダイラ!?」
「いや、まぁ、気持ちは解らなくもないんですけど。正直、喜美がやり過ぎた感があるので……こっち、憤りより先に同情が来るのが正直なところと言いますか、ええ……」
──でも肉体的には本当に無事なのでそこは心配いりませんよ。痛覚はあるので死ぬ程痛いですけど。と言い切った浅間が凄い目で見られていたが、
「なにか、文句が、ありまして──?」
金の双眸を爛々と見開き、牙を剥いたミトツダイラの言葉に、とりあえず全員両手を挙げて、異議なしと呟いた。
+++
はいはい、というオリオトライの呑気な声と拍子によって、場が纏められた。
「色々あったけど──騎士の位置関係は変わらず、しかし市民の決断を蔑ろにするものではない、とそんなところでいいかしら? 相対としては無効、伊吹がボッコボコのボコにされたのはプライベートって感じで」
そこまでじゃねぇよ、と女教師がツッコまれているが、ともあれ、最後の相対の舞台が成った。
トーリが前へ出て、笑みのまま言葉を作る。
「んじゃあラストはセージュン。オメェと俺だな」
「……私とお前が戦うのか?」
「他に誰がいるんだよ? つーわけで先生、頼むぜ」
「ん? あーJud.Jud.、内容は討論でいいのかしら?」
Jud.、と正純が、戸惑いを含んだ頷きを返す。
「私が相対戦をするとなれば、そうなるでしょうが……。しかし意外だな、葵」
「お? まぁ俺は馬鹿だからな。……だから助言とかアリでいいよな?」
「それは構わない。確かにお前が相手というのには予想外だが、そうじゃなくて」
こてん、と正純が小首を傾げて、
「私、どうにかホライゾンを救えないものかと、そう思ってこの場に来たんだが……。なんだ葵、お前実は敵だったのか」
「「えっ」」
全世界で動きが止まった。
「──否、確かに、伊吹には助力を求めたかと思えば──結果的に勝ったとはいえ、武神相手に商人であるベルトーニをぶつける等、思えば不自然な点が多いな。状況の混乱が目的だとすれば……成る程。葵、お前意外とやるなぁ」
驚いた、とばかりに感心してトーリを褒め出す正純に、慌てた馬鹿が、
「待て! 待てぇ──!!」
叫び、周囲に向けて腕でバッテン作って、タイム、タ──イム! と声を張り上げ、一息。
「だったらセージュン、なんでそっち側いんだよ!? そこ聖連側じゃねぇのかよ!」
「……今ここに立っているのは、私が来た際にそちらが話し掛けて来たからだろう。というか、お前が肉まんだのとなんだのと言って転がってて、邪魔だった」
「ん゛ん゛──!!」
トーリが白目剥いて仰け反った。即座に復帰して、
「い、伊吹もマサも聖連側だったじゃねぇか。ネイトだって似たようなもんだろ? 一緒にいておかしいとか思わなかったのかよ……?」
「いや、別に私が個人の感情で揉めてるわけじゃないし……。ここまで一緒に来ておいて距離取るとか、なんか避けてるみたいで感じ悪くないか? そのせいで明日からクラスでギクシャクしたらどうするんだよ。お前、責任取れるか?」
「せ、先生! 先生は四人って言ったぞ! 言ったよな!?」
「ああ……私がこっちにいるし、そっちの集団にも聖連側がいるんだなぁ、って。ぶっちゃけお前ら普段から共喰いしてるから、今更敵味方とか言われても解らんし……」
反論出来ねぇ……、と皆が呟いた。
「……言われてみると自分ら、暫定議会側の思惑については議論すれど、正純殿ご自身の意思の所在について、特に確認とかはして御座らんな?」
「俺に至ってはその話自体初耳だからな」
「フッ……、たった一手で戦うことなく勢力図を一変させるとは──本多君、中々の策士だね」
「これ終わったらホライゾンを救いに行くとして、このオタクが参謀役でホントに大丈夫なのかしらね私ら……」
ともあれ、
──ポン、と。トーリの肩に静かに掌が乗せられた。伊吹だ。
「お? お、お、お? おお?」
そのまま無言でトーリが引き摺られて行き、正純に並ぶ位置。そして武蔵総長は、総長補佐によってゴミのようにぺいっと捨てられた。
あひん、と気色悪い声色で床に撓垂れる馬鹿に対し一言、
「この裏切り者めが……! カ──ペッ──!!」
お前が言うな、という突っ込みは、橋下からの悲鳴に掻き消えた。そのまま彼は自身の所業を棚上げし、馴れ馴れしさ全開で正純の肩に腕を回し、皆の方へと戻って行く。
呆然と見送った馬鹿が、腕を振り上げ思い切り立ち上がり、地団駄を踏み、皆を指差す。
「べ、別にいいもんねぇ──! どうせ最初から、セージュンにホライゾン助ける方法考えさせるつもりだったからな! 俺の完璧な計画はまだ死んでねぇ!」
いいかぁ──! と、
「今からこの俺が全力でホライゾン処刑しようとすっから、オメェらちゃんと救う方法考ろよ!? 絶対だかんな!?」
「完全に他力な上に、手段と目的がおかしなことになってないか、あれ……」
引き気味で正純の呟きが来たが、それいつものことなんですよ、と言ってやる勇気は誰にもなかった。
+++
遂に始まった最後の相対。トーリと正純が、意外とまともな話をしている裏、中立宣言しておいてちゃっかり皆の側へ混ざっているミトツダイラが、小さく言った。
「──ところで伊吹、先程の私の一撃ですけど、具体的はどの辺りに命中したか、自覚はありますの?」
「ん? あー、鳩尾あたりに入って……後ろに跳んで衝撃逃したら、そのままスクリュー入ってネシンバラした感じ」
後半はともかく、言った伊吹が自身の水月付近に軽く触れた。
同じ部分に、ミトツダイラもそっと触れる。ぶち込んた本人も一応は心配なんだな、と和やかに皆が眺めていると、銀狼少女の様子が変化した。
──手付きは、ねっとりと、丹念に。蕩けるような仕草に。
──頬は蒸気し、うっとりとした表情で。
そして、寝所での睦言のように、ミトツダイラが囁いた。
「──ハラミですわね」
…………。
……。
「……ハラミ?」
「Jud.、ハラミ」
ぐっ、と何かを堪えた伊吹が、震えながら声を紡いだ。
「それは……何か、他にも種類が……?」
そうですわね、とミトツダイラが肋骨の辺りを丹念に撫で回し、
「──カルビ等も、こちらに」
「カルビ」
「Jud.、カルビ」
いいですの? と前置いたミトツダイラは、ゆっくりと首を横に振る伊吹を無視した。彼の身体をなぞるように、手指の先でひとつひとつ丁寧に示しつつ、言葉に出す。
「ハツ、レバー、ミノ、テッチャン──」
「あの、ミト、お腹減ったんですか……?」
浅間が肩を揺らしてみるが、吐息は荒くなるばかり。
あ、とナイトが気付きの声を上げ、
「これ多分アレだ。ほら、さっきみとっつぁん、チョイマジ気味の人狼モード入ったっしょ? そんで表に出てきた本能ってか、種族的なそーゆーのが、肉欲してる感じ……」
成る程、と皆が感心を送っていると、
「……あの、人狼って種族としてはかなりレアで、自分も詳しくは知らないですけど──例えば半狼とかって、普通に人肉食べますよね、確か」
どうなんですかね? というアデーレの問いに、皆が顔を見合わせ、
…………。
……。
「「やべぇぞ、今すぐ
「ミノ、ハチノス、センマイ──」
存在しない胃をループしたあたりで、膝から崩れた伊吹が無言で腹を見せた。
そのまま彼はミトツダイラに引き摺られて教導院裏へ連れて行かれ、──猛獣に餌を与えて下さい、ってちょっと新しいよな……、と皆は新感覚を得て見送った。
+++
──思う。
民を救い、王の一歩先を行き、障害を打ち払うべき騎士が──しかし、共にあるべき姿を望んだとして。
それはつまり、
……背を任せると、そういうことでしょうか。
忠義する王に、自身の扱いを委ねるのとはまた、違う。
無防備な己を晒し、それで構わぬのだと。
──その関係を、何と呼ぶのか。
思っていると、何故か付いてきたアデーレが、あー解ります、と、
「自分、早朝ジョギングでよく犬達と走ってますが、リード繋ぐと、逆にテンション上がってぐいぐい行きたがる子とかもいて。でもそういうの、相手への安心や甘えがあってこそというか、つまり第五特務もそんな感じで!?」
ミトツダイラは壮絶な表情でそちらへ振り向いた。
マーあのやり取り(16話)でセージュンが敵に回るわけないよねっていう。
そしてトーリとか言うやらかしてもトーリだからで済む反則。今回はコミュ怠った梅組全体のアレですが。
ネイトに関しては、王と騎士の関係自体はクッソ尊いのでその辺を残しつつ。トーリを公、伊吹を私と公私に分け、マー職場恋愛的な。正直全裸が元々ホラ子一筋な部分に大変助かっております。いい加減はよ会わせてやりてぇ。
ともあれ読者の皆様にはブッキーのハラミを肴にでもしてながら読んでいただければ、といった感じでどうでしょう……!
あ、今回含め、遡って走狗ちゃんに意訳を付けました。