境界線上の飛翼恋離   作:クーゲルシュライバー中尉

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ごく一般的な授業風景

「一番槍はアデーレか」

 

 武蔵中央の艦首付近、展望デッキ。開幕からオリオトライにまんまと出し抜かれた梅組の面々を眺める人影が、そこにあった。

 立てた肩肘を枕にして横になった、堕落の見本のような有様の少年が視線を向ける先。──梅組集団から真っ先に飛び出したのは、突撃槍構えた小柄な従士の少女。

 

「こうして俯瞰で見るとよく解るが、やっぱり足速いのなぁあいつ。……空気抵抗が少ないからかね」

 

 それでいて、主装備である機動殻は真逆の方向性を極めたような代物なのがまた面白いよなぁと、そう思う。

 代償として完全に本人の健脚を潰している気はするが、あっちはあっちでボディ部分が出るとこ出ている『でっぷり』で『どーん!』な感じなのでアデーレ的にはさぞ満足していることだろう。

 

 とはいえ出だしに多少勢いがあっても相手は担任、リアルアマゾネス。そう簡単にどうにかなる筈もなく、綺麗な弧を描いて吹き飛ばされたアデーレはハッサン──ターバンを巻いたインド人の少年を巻き込んで激突。彼の掲げていたカレー皿を頭から被っていた。哀れ。

 

 ……つーかハッサンはカレー(あれ)でなにをどうする気だったんだ。

 

 恐らくは深く考えた方が負ける類の疑問だろう。

 再び皆を確認すると、追い着いた連中はネシンバラの指揮で、ネンジ──赤いスライムとイトケン──全裸筋肉禿頭のインキュバスこと伊藤・健児を、脱落した二名の救助に割り当てたところのようだ。

 どう見ても色物なのだが、あれでいてクラスの外道どもの中では特に人格者だったり、礼儀正しかったりとするから困る。

 

「あっ」

 

 ネンジが遅れてやってきた喜美に踏み潰され、全身が飛び散った。

 ──まぁ間違いなく生きているのだろうが、一歩間違えばスプラッタまっしぐらな光景だった。一歩をやらかしたのは喜美だが。長い付き合いの間柄でも未だに謎の多い生態をしている存在である。

 耳──では届かないため別の方法であちらの声を聞いてみる。響いてくるのは謝罪を口にしながらも悪びれる様子のない喜美と、苦言しては煽られてムキになって叫ぶミトツダイラの漫才じみたやり取りだった。

 それを聞いて、呆れの苦笑で声を作る。

 

「……全く、一体なにをやってるんだか」

 

「Jud.、そこで一体なにをしておられるのですか──伊吹様。──以上」

 

 抑揚のない、セメント全開の声が頭上から降ってきた。

 ──在喜・伊吹がゆっくりとした動きで振り返った先、そこに立っていたのは侍女服姿の自動人形。

 

 "武蔵"が、滞空させていた大量のデッキブラシを一斉に射出した。

 

 

+++

 

 

「後はお頼み申す……! 浅間殿!」

 

 失敗した忍者の悔しそうな声を浅間は聞く。

 つい先程、点蔵とウルキアガという二重の囮に加え、輸送したノリキという連携で挑んだものの失敗。次をこちらに託してきたという流れだ。

 そして浅間の方は、声が届いた時点でほぼ準備を完了していた。

 

 別段、仕掛ける前から点蔵たちの失敗を見越していたわけではない。……多分駄目なんでしょうねぇ、と思ってはいたが。とりあえず仲間の失敗前提で準備していたわけではないから余裕でセーフの筈。

 なにせこれは授業。つまり人に向けて撃とうとなんら問題はない。むしろ推奨。だが今のところ、どれだけ術式盛り込んでも担任に当てられた覚えがない。なにせ弓射つのに特化した"浅間"の人間が術式使って矢を放つのだ──巫女が人撃つなよとかは置いておくとして、この場合当らない方が異常という認識が正しい。

 

「やはり教師ではなくリアルアマゾネス……!」

 

 何気ない愚痴として吐き出した呟きだったが、担任が一瞬だけ首の動きで視線を寄越して、にやりと獣の眼光を見せた。

 

 ……おおぅ。

 

 これはいかんやつですかねー、と微妙に身の危険を感じながらも引き抜いた弓──"片梅"を展開。左の義眼"木葉"を起動して照準と同期させる。するとこちらをフォローするようなネシンバラの声が、

 

「ペルソナ君! 砲台に!」

 

 呼ばれた人物、筋肉モリモリマッチョのバケツヘルムが巨体を加速させ、浅間に並ぶ。すると右腕を差し出し、どうぞとばかりに頷きを作った。それに頷きを返して浅間が飛び乗ると、残った左腕を補助に添えて一切こちらがブレないようにと固定される。

 気が優しく力持ちである彼はこういう時、鈴を運ぶ役目を兼ねることが多い。……が、今回に限っては『手』が足りているため全身でこちらのサポートに徹してくれている。

 その鈴はいうと、

 

「わ、モッちゃん、すご、い。抱っ、こ、じょうず、だ、ね!」

 

Escort(送ってくよ)……!』

 

 両腕にお姫様系の輸送をされていた。

 この怪奇現象──ではなくモカは、鈴と特に仲が良い……気がする。普段から表示枠で言葉を伝えてくるのに、読み上げもなしで鈴と素のまま意思疎通をしている節があるくらいだ。

 

 ……おそらくはセンサーを介してなにかしているんでしょうけど。ホント個性の塊ですよね、この走狗……。

 

 だいたい飼い主のせいだとは思うが、そうなると手引をしたのは自分ということに。

 結果としてなにか片棒を担いだ気がしなくもないが、とりあえず味方なのでいい。今は担任に矢をぶち当てることの方が重要だ。

 

「地脈接続──。浅間の神音借りを代演奉納で用います! ハナミ──」

 

 呼び掛けると、肩口のハードポイントからモカと同じ二頭身の姿が飛び出てくる。浅間の走狗である、ハナミだ。

 

「ハナミ、射撃物の停滞と外逸と障害の三種祓いに照準添付の合計四つ。お願いね」

 

『術式四つで、代演四つ いける?』

 

 問われた浅間が代演として提示するのは、食事二回分にあたる五穀奉納とその後の神楽舞。加えて散歩とお話──ハナミを通して現世の出来事などを神に語るのだ。神道の神は結構俗っぽい部分があってか、こういうものが地味に喜ばれたりする。

 結果は、

 

『許可でたよ 拍手!』

 

 コロコロ変わる表情を見るに、ハナミ的にもどうやら最後のを喜んでくれたらしい。

 

 ……うんうん。そうですよね、走狗って本来はこういうものですよね?

 

 そして加護が来た。引き絞った弓矢に宿ったそれは、今か今かと急かすように発光を繰り返しては光量を増し──翠の義眼が標的を捉えた。

 上位の怪異や妖物相手くらいにしか使わない、渾身の一射。相手がこれまでの全てを回避せしめた驚異的蛮族であろうとも焦る必要はない。──過剰に力まず、弛まず、しかし余裕を持って。むしろ笑顔でリラックス。愉しみすら抱く感じで。……でもフル装備じゃないから全然砲じゃないですよ? あ、つまりそっちの方が求められてる感じですかね? 今度準備しなくては。

 

「智! 智! 超いい笑顔してますのよ!?」

 

「──合いました! 行って!」

 

 放つ。

 

 

+++

 

 

 獣の唸り声を上げながら、浅間の一射がオリオトライへ迫るのを梅組の皆は見た。

 彼らは揃って思う。ああ……当てられない(まと)が存在する事実についに耐えられなくなったか、と。

 飛翔するのは、間違いなく以前までのものより数段強化された一撃だった。精度を増した高速化に追尾性能、そして障害祓いは回避しようとも追い縋り、防御を構えても回り込むというまさに猟犬。

 オリオトライが迎撃に鞘から長剣を引き抜くが、障害祓いの加護を発動させた矢は空中ドリフトをかまして彼女に迫り、

 

 ──破砕の音が響く。その衝撃で女教師が吹き飛ぶのを見た点蔵が思わず、

 

「やったで御座るか……!?」

 

 叫ぶと、皆が「あーあ」という含みのある視線を彼に向け、追い打つように声。

 

「──っ! 手応えが有りません! これは人に当たった音じゃないです! 本来はもっとこう……、なんというかスカッとする感じで!」

 

 忍者が膝をついた。が、全員それを無視しては疑問を抱く。今のは当たっていた筈だろう、と。

 答えを寄越したのはネシンバラだったが、彼は信じられないものを見たような口調で言う。

 

「……髪だ。あらかじめ切り落とした髪を軌道上にばら撒いて、それをチャフにしたんだ。髪も本人の一部だから、触れた瞬間に当たったと誤認してしまったんだ!」

 

 でも、と彼は続ける。それは自分たちの成長を確信するもので、

 

「二年の頃は髪切らせることも──」

 

 出来なかったよ。とドヤ顔で続けようとして、皆は見た。

 当たりはしなかったものの、衝撃で弾け飛んだために空中で体制が崩れた担任に向けて、顔面直撃コースで高速飛来する物体を。

 

 ──浅間の矢だった。

 

 

+++

 

 

「──合いました! 行って!」

 

 浅間は矢を放った瞬間、ふと考える。

 今のは間違いなく過去最高の出来と言っていい一撃だが……しかし担任(アレ)は本当にこの程度でどうにかなるような生物なんですかね、と。

 手元には"片梅"。今年度になって容量が上がったため、内燃排気はまだまだ余裕。そもそも神道には先程のように、代演による後払いという抜け道もある。

 

 ……やりすぎはよくないと思うんですけど、念には念をと言いますか? もう一回、もう一回だけなら多分大丈夫ですよね……。ね?

 

 誰も見てないですよね、と密かに周囲を探ると──目が合った。

 先程、担任に挑んだはいいがものの見事に上を行かれてしまったうちのふたりだ。浅間の挙動に気付いた彼らは、静かに互いの顔を見合わせて神妙に頷く。するとこちらを向いて「自分たちは解っている」系のアピールをしてきて、

 

「わざわざ言う必要もないだろうが、あえて言っておく。──我慢は身体に毒だぞ。無理してないで早く撃て」

 

「うむ、相手は蛮族系女教師でこれは合法の授業。ならば遠慮は不要であろう? かつて拙僧らにやったように! 拙僧らにやったように! ──そら、自らに正直になって早く撃つがいい……!」

 

 ごく一部の人間を除いてほぼクラス全員の射殺(撃墜)経験を持つ浅間は、後半の戯言だけ笑顔で無視した。

 ともあれ、こう言われてしまっては仕方ない。そう、仕方ないのだ。

 

 ……いやー、別に全然そんな、ホントこれっぽっちもそんなつもりなかったんですけどね? でもそんなに期待されちゃったら、これでやらない方が空気読めてない感じですし? 基本うちのクラス皆外道で共食いばかりでつまりは仲良しですから、そういう隙を作るのもよくないよくない。それにほら、これ授業ですもんね! チームワークチームワーク。──ええ、ですから仮にやりすぎても連帯責任というか、全員で罪状分割したら私の負担は一割以下くらいで済みますし。あ、余裕ですねこれ。それじゃあ遠慮なく。

 

「ハナミ、さっきと同じのもう一度──いえ、ついでに矢の隠蔽のための加護も追加で!」

 

 驚いたハナミが伺うようにこちらを見た。既に一射目を代演四つで賄っているのだ、これくらいならまだ問題はないが、あまりやりすぎると日々の生活にまで影響を及ぼす場合もあったりする。それを心配しているのだろう。

 しかしそこは大丈夫。神道は寛容である。

 

「まず一代演に、私が神酒として清酒を奉納。──で、一緒に伊吹君も神酒を奉納。はいこれでもう一代演ですね!」

 

 えっ、と勘の良い幾人かがこちらに気付くが、素知らぬ顔で構わず続ける。

 

「あ、ちょうどいいのでさっきの代演で申請したハナミとの散歩とお話、時間倍にして伊吹君も一緒ということにしましょう。よし一代演! 効率効率。残りの二代演はそうですねぇ、次の休日は伊吹君にうちの神社でお手伝いをしてもらいましょうか。過剰な分はバイト代ってことで排気にすればいいだけですからね。……足りなかったらもう一日ですけど。さぁハナミ、早く申請を」

 

『え。 いいのかな えっと、大丈夫?』

 

 ハナミが戸惑いながらちらりと上を見た。結果は、

 

『超オッケーよー:by神』

 

 ……よっし! 神道アバウトグッジョブ!

 

『う、うん じゃあ は、拍手ー?』

 

 ……おやおや一体どうして疑問形なんですかねこの子は。不思議なこともあるものです。

 

 つがえた矢を即座に構える。鈴が完全フリーなため、足場になっているペルソナ君がこちらの安定に気を遣ってくれているお陰で、揺れる足場であっても誤差はほぼない。

 ゆえに放つのは同射線上。一射目の背後を追いかける軌道で、念のために術式も使って矢の姿を完全に隠した。どうせ代演払うのは自分じゃないのだ。

 

「──合いましたぁ!」

 

 

+++

 

 

 ──初弾の矢が炸裂する音が響く。そこに期待していた手応えはなく、仲間から失敗の明確な理由を聞かされる。しかし浅間は、自身の直感が正しかったことに安堵する。

 

 ……本命はこっちですよ! 一瞬、ええ、ほんの一瞬だけスーパー神道はウルトラ超蛮族に勝てないのかと思うところでしたが、理不尽でなく理屈であったならば納得も得られます。だからこそ、次は絶対に避けられません!

 

 散った破片を浴びたことによって後追いの矢の存在が気付かれるが、もう遅い。浅間も皆も、容赦なく顔面に叩き込まれる動きのそれを見て、

 

「「教師逝ったぁ──!!」」

 

 ……やった! ついにやりましたよ! これはもうアマゾネス撃墜記念で自分にご褒美あげても許されるレベル! となればアイスですよアイス。それもちょっとお高いやつ! いやぁどうやっていただきましょうかね? 果物添えたり、蜜や生クリームも捨てがたい。……あ、そういえば今朝の放送でなにかありましたね。軽く狂人イズム入っていたから甘スルーしてたんですけど、つまりは伊吹君が私にプレゼントくれるんです? ああでも酒井学長次第でしたっけ。じゃあこうしましょう、願掛けです願掛け。担任に矢が当たった時は学長は間に合わなかったということで。まぁ当たるんですけどね? いやぁ秘蔵の銘酒ですかー俄然楽しみが増えますねぇ。なんだったら、いっそアイスと一緒にいただいちゃいましょうか。──まず、アイスをひとくち含んでから銘酒の方をこう……一気にぐいっと! もしくは器に乗せたアイスがほんの少しつかるくらいに注いて、程よく溶けてきたところを一緒にいただくとか。上品じゃないですけど実にグッドですよね! ついでに伊吹君にお酌してもらったりとか? せっかくのお祝いですしそれくらいしてくれますよね? ね! あ、眼前で自分だけ食べているというのも悪いですし、なんだったら同じ匙で「あーん」とか……。いやいや流石にそれは邪念! 邪念ですよ!? ……ところでまだ当たらないんです? 

 

 見た。

 直撃した担任が、頭の先から宙返りに回転を繰り返す姿がある。

 その様子は、しかし綺麗な軌道を描いており、

 

 ……姿勢が整っている……? 予定ではこう、もっと捻れたりとか叩きつけられてぐしゃあみたいな感じだったんですが──。まさかあれって、衝撃を逃して……、

 

 回転が緩やかになったあたりでオリオトライが足裏でブレーキを掛け、速度を殺しすぎないように滑りながら身を起こす。勢いのまま上に仰け反った首上が戻り、目が合った。

 挑発するような、煽るような、実に愉しそうな表情と、力強い眼光。

 

 そうした笑みを浮かべる口元には──矢が生えていた。

 無論、先程のものだ。……ただしそれは、まるで直政の所持する煙管の如く──上下の歯でガッチリと咥えられてだが。 

 

 響く破砕音。こたつで煎餅でも割るような気軽さで、バリボリと鏃の先端を噛み砕き始める蛮族教師。数度の咀嚼の後、彼女は不味そうに「ぺっぺっ」と破片を吐き出しては片手を浅く立てて、

 

「あ、今のはノーカンだからね、ノーカン。身体じゃないし、当たる前に歯で挟み止めたから! ほらほら、急がないと着いちゃうわよー」

 

 いつも通りの様子のまま、平然とそんなことを宣った。

 浅間に限らず梅組ほぼ全員が正気度を持っていかれるような光景だったが、とりあえず追走していたネシンバラは自身の台詞をやり直そうと思い、頷きを作る。

 

「──に、二年の時は矢食わせることも出来なかったからね! 僕らも成長したものだよ、うん……」

 

 震えながら発せられた彼の言葉と合わせて、切り替えるまでの数瞬、皆の間に沈痛な面持ちとともになんとも言えない沈黙が流れる。唯一聞こえてきたのは、

 

「アイスが……あーんが……。な、なんですかあれ! 理不尽! 理不尽ですよ!? あんなのもう蛮族じゃなくて怪獣ですよ怪獣! そうですよね? ね!? ちょっと皆聞いてます!?」

 

 やや発狂気味で叫ぶ浅間の声だけだった。

 

 

+++

 

 

 展望デッキには、持ち手がいないブラシが自動で床を擦る音だけが響いていた。

 少年──伊吹を散々シバいた後で、ではあるが。

 

「おい、なんだあの怪物。本当に人類か? 智がズドン出来ないだけでも相当だというのに……。実は中身が竜属の一種か魔神族だとでも言われた方がまだ納得出来るぞ、俺は」 

 

 両腕義腕の少年、在喜・伊吹が表示枠を眺めて言う。映るのは自身の走狗から中継されている映像で、彼自身は梅組連中のところに送りつけた物とは別の腕を装備している。

 言ってしまえば、今現在身体の一部として機能している両腕は『生活用』。普段使いのための生体義腕で、見た目も感触も生身と変わらない。そして走狗であるモカの乗り物と化している方がひたすら無骨な『戦闘用』──では非武装が基本の武蔵では問題があるため、重・精密作業が必要な機関部のバイトという建前で製作した『作業用』ということになっている。

 

「真喜子様は『真喜子』様という人類とは存在の異なる種族ですので。──ぶっちゃけそのように定義した方が非常に楽です。自動人形的に。──以上」

 

 存分にこちらを棒責めしておきながら、ちゃっかりと隣に座り込んだ"武蔵"の返答を聞くに、どうやら自動人形たちは住人よりも先に賢い割り切りをしたらしい。

 それはともかく、

 

「……ところで、いつの間にか外道な巫女から強制的に借金背負わされてるんだが、当たらなかったんだしクーリングオフとか受け付けてないのかね、これ」

 

 伊吹としても嫌ということはないのだが、あの巫女はザルなので奉納を言い訳にして樽でも飲みかねない。それでも巫女肝臓は平然としていることだろうが、付き合わされるこちらは酷いことになる。そして強制労働は純粋に鬼畜の所業だ。

 

『そのような業務は管轄外です:by神』

 

 ご丁寧に通神文を寄越してまで業界の黒さを見せつけてくれる契約上の大家に感謝を捧げ、神道ガッデムと呟いておく。

 ──走狗から送られ続けているあちらの様子では、近接系の出番は終わり、術式主体の者たちが教師を攻めあぐねている。主にマルマルコンビがフレンドリーファイア上等の乱射をしているのが原因な気もするが。

 この様子では出席点は難しいか……と、参加してもいないのに図々しいことを考えながら、彼らの目標地点である品川付近に視線を向ける。

 品川といえば、何故限定して品川のヤクザなのか。結局その理由は担任が狂っているという事実以外に不明瞭なままだったのを思い出す。気になって、どうやら女教師の蛮行に加担しているらしい"武蔵"に問うてみる。

 

「──で、うちの先生の裏で糸引いてる黒幕は"武蔵"という話だが、そのヤクザになにかあるのか? いや、まぁヤクザだしなにかしらあるんだろうが……。治安云々ならそれこそ夜警か番屋の仕事だろうに」

 

 常連レベルで番屋に一番世話になっているのがどこぞの総長で武蔵の実質トップという頭の痛い事実に関してはこの場ではスルーしておく。

 

「Jud.、あれはつい先日のことです。推測するに、彼らの業務に使用するであろう代物だったのでしょうが──件の非合法集団が輸送艦から貨物を受領した際、乱雑に扱ったために船体の一部に微小な傷が生じました。──以上」

 

 "武蔵"とは、在喜・伊吹が武蔵に生まれてこの方、ずっと身近にある間柄だ。そのためか、普段通りのセメント無表情であってもある程度の機微は解る。自動人形に感情はないが、あえて人間的な表現を用いるならば──()()である。どうにも、大層ご立腹であらせられるご様子だった。

 

「……いや、武蔵は航空都市艦なんだから。生活を営む以上、ある程度は仕方ないとしか……。その度に蛮族けしかけてたら滅亡まっしぐらだろう、それ」

 

 それ以前に、普段から自分たちが──というか今まさに授業の名目で盛大に暴れまわっている最中である。

 

「Jud.、傷そのものを問題としているのではありません。そもそも武蔵は複数からの統合物ですので、各艦で発生した責任の所在は当該の船体における艦長のものです。今回の事例であれば、傷物になったのはあくまで品川ですので──」

 

・品川:『えっ……』

 

 一瞬、実況通神(チャット)の表示が見えた気がしたが、気がしただけである。

 

「総艦長である私は極めて清い身の上です。──どうですか伊吹様。嬉しいですか。──以上」

 

「Jud.Jud.。超嬉しいから一体なにが問題だったのか、さっさと言え下さい」

 

「──ともあれ品川が傷物になった際、現場の者が注意を促したものですが……それに対して、とある魔神族が呵々大笑してこう仰ったようで。「あァ!? 武蔵が図体だけのオンボロなのが悪いんだろうが!」──と。──以上」

 

「あー……」

 

 "武蔵"は、本体──と言うべきか、準バハムート級航空都市艦・武蔵の性能を不当に貶されるのを非常に嫌う。不当でなくとも嫌う。

 流石にそれだけで叩き潰すような判断を自動人形はしないだろうが、盗ちょ──モカを通して聞いたハイディの話が確かならば、手頃な余罪には事欠かないだろう。つまり合法的に嫌がらせ。

 

 ……()()()()()、だが。

 

 おもむろに立ち上がって、軽く準備運動を開始する。

 

「そっかー、それなら仕方ないかー……。あ、関係ないけどちょっと急用思い出したわ。今すぐ行かなきゃならないとこあるんだったわー」

 

 そう言ってごく自然な理由と動作で"武蔵"に背を向けると、掃除を続けるブラシの音と一緒に無機質な声が届く。

 

「Jud.、お気をつけて行ってらっしゃいませ。それで、行き先はどちらへ。──以上」

 

 特に深い理由はない。ただやはりアマゾネスで怪獣な担任の授業をサボるのはよろしくないと思った次第であって、ここは好感度アップを図るとかそんな具合で、

 

「──ちょっと品川まで、実技の予習に」

 




 Q:どうして腕なんて浮かせた! 言え!
 A:ホラ子のアレにも友達が出来るといいな(善意)と思って……
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