境界線上の飛翼恋離 作:クーゲルシュライバー中尉
梅組の生徒たちが辿り着いた先、品川の先端、艦首甲板付近。
そこにある光景は、一言で片付けるならば死屍累々。
引率したオリオトライが汗の一滴もかいていない人外っぷりを発揮する反面、梅組連中は結局一撃を当てることは出来ず、今はもう息も絶え絶えだ。
疲労の様子も皆それぞれに、
呼吸荒く座り込む者。甲板の木床に突っ伏して寝転がる者。手近な金属に身を寄せてひんやり感を堪能する者。
──金の計上を始める商人。
──ネームを書き始める白魔女。
──こべりついたカレーの臭いに泣きたいうえにカレーの匂いで空腹とひもじさがこみ上げてきてダブルで泣きたくなる従士。
──何故か膝の装甲に矢を受けている半竜。
──体育座りで現実逃避を始める巫女。
何事にも個人差はある。
しかしこの女教師の前では無謀としか言いようがなく、
「君らあれか、もしかしなくても実は余裕ね? んじゃもう一往復くらい行っとく? ん?」
オリオトライが言葉を投げてみると、彼らは慌てた仕草で一斉に「自分もう限界ですよ」アピールを開始する。
実際、授業としては限界値を見定めて組み立てているため、生徒たちの疲労そのものに嘘はない。それでも奇行に走る連中が出てくるあたり、色んな意味でいい根性してるわねぇ。と思いつつ彼女は一瞥して、
「それで、生きてるのは鈴と……あーはいはい、あんたもね。とにかくふたり──ふたり? だけね、うん」
確認として、ひとり正座待機している鈴に声を掛ける。それとは別で、隣に浮いた自己主張の激しい両腕が少々無音でやかましい。
当の鈴はというと、所在なさげな様子から一転、あわあわとしながらも必死に皆のフォローをいれようと、
「……ふぇ? あっ、わ、私、抱っこして、貰ってた、だけ、ですので……。皆、の、おかげ、といいますか、えっと、その、はい……」
「Jud.、それが言えるなら上出来よ」
『
たどたどしくも返ってきた返答に、オリオトライは満面の笑みを浮かべて肯定する。後ろで賛美している両腕はスルーして、
「ほらあんたたち、チームワークとして選んだ自分らの結果、全員ちゃんと聞いたわね? 生存一命。リタイアしたのも救護出来てるようだし──ええ、二年の時より遥かに
一斉に視線が浅間に集中するが、彼女は真剣な表情に真摯な口調で、
「違うんです、先生。あれはそう──ウルキアガ君たちに脅されて……!」
「……貴様、拙僧に突き刺さった
清々しいまでのなすり付けに周囲は小声で、
「つまり暗殺に失敗したから罪を被せて合法的に……?」
「明日は我が身じゃないですかそれ」
「どちらでも構わんが、保釈金ならびた一文たりとも払わんぞ」
「っていうか
最後に聞こえた失笑に対してガチめの殺気が飛んできたため、巫女へのヘイトは無事逸れた。
か弱い、と言葉の枕に付けなかったのは、自覚があるのかそれとも残った良心なのか。とか、怯えながらもそんなことを思い浮かべた誰かがいたが、言語化には至らなかった。
別の音に断ち切られたからだ。
──眼前、ヤクザの事務所から、ガラの悪い口調で激しい怒号が聞こえてきた。それをいきなり耳にした鈴が、
「ひっ……」
と怯えを含んだ声を漏らすと、今しがたまでぐだっていた連中が一斉に身を立て、いつでも動きを作れるように切り替える。人によっては密かに術式の準備すら。
教師だけは、
「まぁ、朝っぱらから事務所の真ん前でこれだけ騒いでればねぇ」
と、軽い態度で笑っているが。
しかし当の事務所からは未だに誰かが出て来る気配はなく、次いで内部から破砕や粉砕、更には打撃の快音などが派手に響く。どうやらこちらに気付かないレベルの勢いで揉めているらしい、と全員が察した頃には既に荒々しい物音は静まり返っていた。その代わりと言うように今度は声で──、
『や、やめろ! もうやめてくれ!』
『そこは出すところなんだ! 入れるところじゃねぇんだよぉ!』
『ひっ……! 来るな! こっちに来るんじゃ……ぎゃあ──!』
『クソッ! 俺たちが一体なにをしたって──色々したわ。けど恨みを買うような覚えは──めっちゃ思い当たるわ。あ、待って、せめて優しく……ひぎぃ──!』
とか、阿鼻叫喚の野太い悲鳴が大量に聞こえて来た。
意味の解らぬ事態の進行に、えぇ……、と若干及び腰で静観していると、今度こそ事務所の扉が弾けるような勢いで開け放たれ──そこから現れたのは、赤の魔神族。
身長三メートル以上の巨体。頭部の角は禍々しく、硬い鱗に覆われた四本の太い腕がもたらすであろう破壊力は考えるまでもない。しかし、
「畜生がっ! ふざけやがって! なんだってんだあのガキ──頭イカレてんのか!?」
転がるようにして飛び出して来た、暴力の権化とでも呼べる程に闘争に向いた種族の大男は、ボロ雑巾としか表現できない有様だった。
全身痣だらけで、顔は半分以上が腫れ上がっており個人の判別がつくのかも怪しいところ。怪力自慢の四本腕も、手前側の右腕は左を支えて庇う仕草をしており、背部の二本はそれぞれ曲がってはいけない方向にへし折れていて、実質一本しか機能していない。脚は無事のようだが、腰も強く打ち据えられているのか全身を引き摺る動き方をしていて──本来は恵まれた骨格と筋肉によって巨体でありながら一瞬で速度に乗る程──まるで鈍重な亀でしかない。
やたらに背後を気にしながらも前へ前へと進む魔神族の男は、あと数歩で手の届く程度の距離になって、ようやく梅組一行の存在に気が付いた。
彼らの先頭に立つオリオトライは、それに向かって構える様子もなく、
「いやー、魔神族がずいぶんな有様ねぇ。なにがあったか知らないけど、地上げなんてやってるから地に落ちるのよ? あ、ここ空だわ。それに地『上げ』だから、空に落ちるとでも言おうかしら? なんかネシンバラあたりが好きそうなワードねぇ」
だから地上げと先生関係ねぇよ、と突っ込みが起こるよりも先。切羽詰まった状況下で、いつの間にか学生引き連れて事務所前にたむろっていたジャージ女に小馬鹿にされた男は、苛立ちとともに声を荒げ、
「あァ!? なんだ手前ェらは! 見せモンじゃねぇぞ、遠足なら他所でやれ! ぶっ──」
──殺されてぇか、と威圧を掛けようとして、動きが止まった。
「──カッ……く、そ──」
否、止められた。
金縛りにでもあったかのように全身は硬直して、しかし抗う魔神の肉体は力に任せてゆっくりと、本当にゆっくりとだが自由を得ようと──結果、まるで恐怖に震えるような動きになってしまう。
あるいは、それこそが正しいのか。
そう思わせるような、冷淡な声が届いた。
「──ヤクザも意外に面白い冗談が言えるじゃないか。ああ、もちろん正純の方が上だが。しかし馬鹿の芸よりは面白いと思うぞ、多分」
既に完全な静寂が訪れた、開いたままになったヤクザ事務所の扉。それを潜り、ゆったりとした動きを見せながら足裏で木床を鳴らして歩を進めるのは、言葉を作った人影──少年の姿だった。
裾の長い極東式の制服姿だ。しかし一般的なものより多く改造を施されているもので、違いとしては──まず最も目立つのが、肩から肘の手前部分まで切り取られた、大胆な意匠だ。両肩と胴体の境、そこには特有の繋ぎ目──義腕の接続部が剥き出しになっている。
基礎は冬服の長ランであるため、脇の付け根あたりから繋がる布地を肘から先に長袖として纏っているが、手元の袖口がかなり広く着物のような形状をしており、──そこから覗く手指は青黒い輝きを帯びていた。
重力制御の光だ。即ち、魔神の男を縛る元凶である。
それは、梅組生徒たちからはあまりにも馴染み深い存在。
色素の薄い肌。烏羽玉よりもなお深い髪の漆。肩口から露わになった細身ながらしなやかな作りの生体義腕は、人の肉と機工のコントラストで彩って。それは無機質無感動に思える見た目の表情と合わさり、時折年齢に見合わぬ扇情的な色気すら醸し出す。
──口さえ開かなければだが。
「……ほら智、急げ! 教師ゴリラに全対処されたから、今日はまだ一度も人間撃てていないだろう? お前が溜まりやすくてすぐ我慢出来なくなる女だってことは、俺が誰よりも理解している。──欲求的な意味で」
額に矢が刺さった。
+++
鰭脚類アシカ科のような悲鳴を上げ無様にビタンビタン跳ねる物体を見て、梅組の連中や周囲の見物人があらためて彼の存在を──片腕にある"総長補佐 在喜・伊吹"の腕章とともに認識し、声に出す。それは呆れと親しみが込められたもので、
「……伊吹、ここでなにしてますの」
「ブッキー、考えなしにサボったはいいけど、すぐ飽きて寂しくなった?」
「補佐役、補佐役。お菓子とかこっそり持ってたりしません?」
「おいそこの"馬鹿係"、トーリの奴は一緒じゃないのか」
といった身内の言動に始まり、
「あれが通称・野郎版"武蔵"さん──世界はなんて残酷なんだ」
「そりゃあ末世も来るってもんよ……。お姉さんを俺に下さい」
「セメント詐欺……黙っていれば、本当に黙ってさえいれば! 顔だけは!」
「でもあんた、こないだナルゼ先輩の『総長×補佐』本買ってたじゃん?」
「それとこれとは別。──『浅射て』も買ってるし。『巫女×補佐』本が出たらそれはそれで三冊買うわ!」
など、教導院生徒や武蔵住人の適当な言動まで選り取り見取りである。
そんな中、
「……で、君はここでなにしてるのかな? でも先に遺言を聞いておこうかしら。……誰がなんだって?」
伊吹が振り向けばそこには、長剣を床にめり込ませた女教師の恐ろしい笑顔が。
対して彼は、いつの間にか抜き取った矢を投げ捨てながら、出来の悪い子供を諭すような穏やかな口調で、
「まぁ待て先生。きっと俺たちは今、盛大に擦れ違っている。言葉の意図が正しく伝わっていないのは教師と生徒の間柄としては些か問題があると思う」
──お、い。
「うーん、命乞いにしては捻りが足りないわねぇ。まぁいいわ、それで?」
──手前ェ、ら、さっき、から、こら、
「Jud.、『教師ゴリラ』の語感の悪さは承知している。前後逆だろうと言いたいのもよく解る。しかし俺は『ゴリラのような教師』ではなく『教師やってるゴリラ』という意図で言ったわけでな? 大方、先生も前者の意味で捉えていたことだろう。つまり──べ、別に人類扱いしているわけじゃないんだから、勘違いしないでくれよなっ!? ……という感じでどうだろうか」
──俺、を、無視して、ふざけ、た真似を……!
「あっはっは。なんだー、そっかそっか。──なお悪いわ!」
鈍い打撃の音が響いた。
+++
伊吹は、咄嗟に屈んだ自身の頭上を高速の鉄塊が
続いて聞こえてくるのは、女教師の残念そうな声で、
「……チッ、惜しかったわ」
「今の、完全に本気のスイングだったな? 可愛い生徒に向かってなんて所業だ、この怪獣教師め! 流石、智のカタくて長い自慢の
「言い方! その言い方!」
一部で男衆が「ひっ……」と内股になったり、巫女から抗議の声が上がるもそこはスルー。今はこちらの抗議の方が大事である。
見ると、今度はオリオトライが先程の報復とばかりに諭す表情をして、
「こらこら、人聞きの悪いこと言わないの。いい? 今のは首ごと吹き飛ばす一撃よ。──本気だったら、首から上を消し飛ばす一撃を放つわ」
……それ、末路としては結局同じやつなのでは。
差があるとすれば、あっさり死ぬか苦しんで死ぬかだろうか。まぁ結構違う気もする。
すると担任は、なにかしらの突っ込みが起きる前に先回りでこちらに手を振り、いいかしら、と前置きを作って、
「そもそも君、自分の代わりに両腕寄越したでしょ? それに関しては後で超叱るけど、とりあえず今はいいわ。──なにが言いたいかっていうと、つまり私の生徒である三年梅組の在喜・伊吹はもう出席済みで、まぁ少なくともこの授業の間は、そこに浮いてるのが"在喜・伊吹"なわけ」
背後にいる
「目の前にいる
────。
「や、やれやれ一体なにを言い出すかとお、おおお思えば。……おいモカ、ちょっとこっちで一緒に土下座とか──あっこら、ガッツポーズを決めるんじゃない。さては貴様裏切る気か……!」
天を仰いで、軽く一息。あらためて真剣な表情で担任に向き合い、
「さぁ望みはなんだ、この武蔵一の美人教師め!」
「「お前露骨すぎだろ!」」
皆の突っ込みが来た。
なら助けろよ、とそちらを見るが、外道どもは誰も目を合わせようとはしない。
「あのー」
否、ひとりだけ挙手が。
「……俺は信じてたぞアデーレ。後で墓には『巨乳、未来を夢見てここに眠る』と書いておくとも」
「それただの嫌がらせですよ! そうじゃなくて、あの、後ろ……」
言われた先、はて、なにかあったかと振り返る。
「その人、ちょっと拙い感じになってませんかね?」
──衣服や装備を加圧し、締め上げて吊り下げる形で放置された魔神族が、白目剥いて口から泡吹いていた。
+++
そういえば、先生のぶん回した長剣の軌道が、ちょうどあのあたりでしたわね……。と、ネイト・ミトツダイラは呆れながらそんなことを思う。
下手人のふたりは、先程こちらに向かってタイムを作ると背を向け屈み込み、顔を突き合わせてはひそひそと、
「……ちょっと、どうすんのよこれ。先生これから実技の──」
「すまない先生。ぶっちゃけモカ通して全部聞いてたから、先回りを──」
だの、
「えー、じゃあ事務所のも全滅──授業──」
「いや待て、いい考えが──ちょっと──」
とか微妙に物騒な密談をしている。それはいいが、
……あの、少しばかり密着しすぎでは……?
近く、智の方を盗み見るも、あちらは特に気にした風はない。自分が気にしすぎなのか、と首を傾げながら戻すと──こちらの肩に五指を掛けた、見透かすような表情の喜美と目が合った。
思わず身構えるが、狂人はわざとらしい笑みでニタリと口の端を三日月にすると、特になにをするでもなく、スススと不気味な挙動で元の位置に戻っていく。
……な、なんなんですのよ──!?
狂人の考えることは解らない。ただ、喜美のせいで少しばかり気恥ずかしさやもどかしさが生まれてしまい思わず、
「あ、あの──まだ話は纏まらないんですの?」
言ってから、内側の感情を込めすぎてしまったかもしれない、と一瞬思う。
が、次の瞬間にそのあたりの色々はどうでもよくなった。
伊吹と女教師がこちら──皆に対し、頷きをひとつ。すると胡散臭さ漂う表情とテンションを作り、
「「それじゃあ今から、体育の実技を始めまーす」」
+++
まず声を作ったのは女教師だ。彼女は、まるで先程までのことなどなにもなかったと言うような様子で、
「はい、それじゃあ今日は──魔神族の倒し方を教えたいと思いまーす」
「アシスタントは武蔵思いの優等生、在喜・伊吹と予備の両腕でお送りします。よろしくどうぞ」
芝居掛かった説明口調と大仰な仕草に、興味を引かれた周囲の目が一層集まって、とりあえず軽く拍手が起きる。
や、や、どうもどうも、と応えて返すその姿に──梅組生徒は嫌な予感しかしなかったが、逃げられる筈もない。サボりどころか授業中のエスケープは生命に関わることを理解しているため、謹んで講義を受ける。
「まずシメてもいい適当な魔神族を用意します。はい、これね」
オリオトライの進行に合わせて、隣の伊吹が重力制御を駆使し、気絶したまま放置されていた
教師は鞘の先端を指示棒代わりに、意識のない男の頬横をぺしぺしと軽く小突きながら講釈を始め、
「魔神族──。肌の硬さは重装甲並だし、筋力も軽量級相手なら武神とだってタメ張れるくらいあるの。それだけでも結構厄介なんだけど、おまけに体内に流体炉に近いもの持ってるせいで内燃拝気の獲得速度も洒落にならなくて、つまりかなりヤバいんだけど──」
一旦区切り、溜めを作って皆の興味を集めると、眉を立てた笑みで言う。
「──弱点があるの。つまりやり方さえちゃんと知ってれば、君らでもどうにかできちゃうわけ。……まぁ相手の技量とか実力にもよるけどね?」
今からそれを見せてあげる、と断言。実行の下準備として、
「えー、では、そのためにもまず手近な両腕をけしかけて二、三発適当にシバいておきましょう。はい、よろしく」
えっ……、とどよめきが起きるが、女教師はいたって真面目な口調で、
「だって意識ないままだと、効いてるのか効いてないのか解らないでしょ? それじゃ授業の意味ないじゃない」
まぁ、それは確かに。と生徒たちに一応の納得が広がる。基本、自分たちに被害さえなければそれでいいのだ。その間、彼らの眼前では走狗入りの両腕が拘束された魔神族の顔面にテンポよく平手を叩き込んでいたりとするが、多分手綱から解き放たれた狂犬とかと似たような感じのあれなのだろう。普段から野放しな気もする。
『
「──お、ぶっ、ごっ」
気付けば、魔神族の男は意識を取り戻しており──それを確認すると、すかさずオリオトライが動きを見せ、皆に向けて声を掛けながら、
「いい!? 生物には頭蓋があり、脳があるわ! それを思いっきり揺らせば脳震盪が起きる。人間なら顎だけど、魔神族の場合──」
巨体の外側から回り込んで、ゆっくりと生徒たちに見せつけるように。しかし踏み込みと長剣の振りは勢いをつけて、
「はい、ここね」
頭部の有角、その片側に力強く叩きつけられる。
衝撃によって小気味のいい快音が鳴る。魔神の視点が、外野から眺めていてもよく解るほど明確にブレを見せ、
「──カ、ヒュッ」
続けてオリオトライが素早い動作で身を翻し、そのまま掬い上げるように弧を描いて、
「すかさず対角線上を──打ち、抜く! ……これが魔神族の手っ取り早い倒し方よ。皆、しっかり覚えておくように」
ひと仕事した女感漂う、会心の笑顔だった。
──後に残るのは、再び白目剥いて泡を増やした
+++
結果に満足したオリオトライは、一歩横にズレて皆を見渡し、
「じゃあ、はい。みんな順番にやるよーに」
「「えっ」」
「なに不思議そうな顔してるのよ。言ったでしょ、実技の授業だって。まぁ本来なら、お手本見せた後で皆を事務所に特攻させようかと思ってたんだけどね。そっちは伊吹が片付けちゃったみたいだし、ちょうどいい感じに動けない生贄……じゃなくてモルモッ……でもないか。そう、サンドバッグがあるんだから! みんなもこっちで練習する方がいいでしょ?」
「「意味ほとんど変わってねぇよ!」」
でも確かに特攻よりはマシか……、と微妙に洗脳され始める者が生まれそうになる。ちなみに、再度意識を失った魔神の横では、待機中の両腕がシャドーボクシングに勤しんでいた。
それでも普段からキチガイの相手に慣れている浅間が、本人の認識上の正気を取り戻し、
「いやいや、クラス全員分とかどう考えても無理ですよ! これ明らかに危険域ですって。ほら、白目がぐるんぐるん」
「……浅間は言った。──そんな、ひとりで全員の相手なんて無理ですよ……。と」
「あ、ちょっとナルゼ、また勝手に……!」
「っていうか、もしかしてアサマチ、耐久度的に問題なければむしろ率先して参加したい感じ?」
どうなん? という何気ないナイトの問いに対して、浅間は露骨に目を泳がせながら弁明するように、
「──いえいえ、別に魔神族の装甲ぶち抜ける威力の射撃を思索したいなぁ。とか、目や口や鼻も頑丈なんですかね? 中たればそのまま奥までイケるんです? とか、全然そんなこと考えてませんよーぅ?」
全員ドン引きだった。そして仮にその射撃が完成した場合、向けられる対象は主に自分たちであることを忘れてはいけない。
自分を常識人だと思っている人種の正気って結構当てにならないよねぇ。とナイトは内心頷いて、
「そんで、ブッキー。実際どんな感じ?」
「あら、決まってるじゃないマルゴット。つまり奥でイクのよ! そうなんでしょ浅間!?」
うんうんガッちゃんネーム進んでよかったねー、と相方を宥めてから、ナイトは浅間の方から伊吹に視線を移す。
問われた彼は顎に指を添え、全員を見渡して、
「あー、まぁあれだ。お茶とかもほら、お湯入れて葉っぱ広げて──でも足りなかったらまたお湯足して。その場でなら同じお茶っ葉そのまま使うだろ? 薄めが好きな人とかなら、それこそ出涸らしでも数回」
え、ああ、うん。と曖昧な頷きをそれぞれが返す。アデーレなどは何度も首を上下に振りながら「わかります! よくわかりますよ!」とか強い同意を示していたりも。
「だからほら、なんだ──そんな感じで。いけるいける」
「はいアウト! アウト判定ですよ──!」
それって最後はなにも残らないやつだよな……。と、赤い魔神族に待つ暗い未来を想像しつつ梅組連中は、ヤクザに対してやたら
何故なら──在喜・伊吹は『武蔵の味方』だから。
個人としての好悪や、身内や友人といった他とは扱いが違う括りは当然あるし、全員の顔と名前を知っているわけでもない。しかし究極、根本の部分で、彼は武蔵における全住人の味方と言っていい存在なのだ。
それがどうして、と皆は考え、
「あ、ちなみに悪意や侮蔑を以って武蔵の性能や"武蔵"を罵倒した人間は概ね似たような末路を迎えるので。善良な武蔵住民の皆さんに心配はいらないだろうが、よく留意しておくように」
一瞬で氷解した。
やるだけやってスッキリしたのか、彼は言うことは言ったとばかりにひらひらと手を振って見せる。ついでに浮いたままの魔神族も連動して揺れる。集まっていた周囲の反応は各々神妙に頷いたり、乾いた笑いを返したり。あるいはそそくさと逃げていく者もいる中、彼をよく知っている梅組の連中はこぞって、ああそういうことか……、と慣れた感じであっさり納得していたが。
しかし迂闊な忍者がふと、
「それって一種の言論統制……」
「おっと、そこまでだ点蔵。──忍者が金髪巨乳を信仰するのを弾圧されたくなければな」
「──自分、いつ
微妙に声が震えていた。
隣のウルキアガも、もういっそこの男を異端として裁いた方が手っ取り早いのでは……、と少々不穏なことを思う。が、点蔵が生贄になっているうちは別に構わんな、と考え直したため余計なことは口にしない。半竜はただ姉を攻略したいだけなのだ。ひとりで、静かで、豊かで。
ともあれ伊吹が、
「それじゃあ──」
と区切りの一言を作ろうとして、
「おお? おーい! 皆、こんなとこでなにしてんだ?」
またしてもよく知った、別の声が届いた。
+++
声の主が陽気な調子でこちら、梅組集団に向かって手を振ると、その姿──少年を通すべく周囲の人々は左右に広がって、整った道筋が出来る。おお、サンキューサンキュー、と軽く礼を告げながら堂々とその中心を歩いてやってくるのは、ある意味武蔵で最も有名な人物だった。
人々は口々に、
「総長──」
「"
「トーリ・葵──」
「番屋の常連……!」
「エロゲの伝道師──!?」
「寒い芸人」
うんうん、俺俺、と上機嫌に頷いていたトーリが、最後の一言につんのめった。
すると彼は、進んでいた筈の梅組生徒側とは別方向、先程の声が聞こえた付近に向けてにターンを決め、
「──おいおいオマエら、いいのか!? そんなに期待されたら俺、朝っぱらでも遠慮なく本気出しちまう、ぜ?」
下の制服、その腰の近くに手を掛けた。
──脱ぐ動作だ。
蜘蛛の子を散らす如く人々が一斉に飛び退く様にトーリは「照れるなよぉ」と、やや残念そうな表情を見せ、脇に紙袋を抱え直してから、浅く握っていた軽食屋のパンの残りを口に放り込んで咀嚼する。もちろん包んでいた袋のゴミはちゃんとポケットに。
あらためて皆の前にやってきた彼は勝ち誇った様子で、
「もしかして皆も来てたのかよ? でもダメだぜ、舐めちゃいけねぇ。店舗特典が欲しいならもっと早くから並ばねぇと! それか点蔵んとこの親父みたいに、分身して全店舗並んで特典コンプするかだな。──ってかあれズルくね? 皆どう思うよ?」
文字通り戦利品を見せつけるように紙袋を掲げてドヤ顔で語り出す馬鹿──"総長兼生徒会長 葵・トーリ"。
皆が、とりあえず係の人間──『この総長の補佐』である伊吹に通訳を要求する視線を投げるが、半眼とともに返って来るのは立てた掌を左右に振る動作で、
──知らん、知らん。
との反応のみ。仕方がないのでオリオトライが、
「……で、つまり君、授業サボって一体なにに並んだって?」
苛立ちを含んだ問いに、驚愕と喜びを浮かべた表情でトーリが振り向き、嬉しそうにしながら、
「マジかよ先生! そんなにこいつが気になるのか!? いいぜ、よっく見てろよな! なにを隠そう、これが今日発売のR元服エロゲ──"ぬるはちっ!"だ。もうこれマジ泣かせるらしくて、手に入れるの超大変だったんだよ!」
いい笑顔でサムズアップをかます馬鹿に対して、オリオトライの殺意のボルテージは着々と上昇していき、
「へぇ、そう。……ねぇ? 先生が今なに言いたいか、君解る?」
伊吹の時よりも数段低いトーンで呟く彼女の言葉にトーリは、ああ──、と真剣な眼差しで言う。
「……初エロゲが地雷だったらトラウマもんだからなぁ。毒味して欲しいんだろ? 興味あるなら、俺がこいつで思いっきり泣きながらエロいことした後で先生にも貸してやるよ! けど品薄が落ち着いて重版とか出たら、そっちでいいからちゃんと買えよ? 業界に還元しねぇとな!」
うんうん、解る、解るぞー。と鷹揚に頷く馬鹿。続ける言葉はオリオトライを気遣う雰囲気を持っていて、そっと近付いては、
「あ、お礼とかは別に気にすんなよ? オッパイ揉ませてくれるだけでいいからさ!」
──左右から両手で包み込み、抱えて持ち上げるように揉んだ。
「────」
「おや? これって攻撃が当たった判定に?」
怒りのあまり意識が飛びかけの女教師を見て、梅組連中が真っ先に思うのは、自分たちの得になりそうなそんな内容。
走狗越しに盗聴していた伊吹と違い、トーリは完全に授業のルールを知らない。つまり純粋にオリオトライの胸を揉むことしか考えていないだけなのだが、彼は近年稀に見るほどの集中で手元の動きを滑らかにして、幾度も唸っては難しい声を上げる。
「あれ、もっと硬いものかと……。筋とか骨もないなぁ。んー、つまり膨らんでさえいれば本体がアマゾネスでもゴリラパワーでも乳力には関係がない……? うーむ」
上に跳ねるように『たぷたぷ』させたり、両横から押して『むぎゅむぎゅ』したりと数秒のうちに色々試し、ある程度満足したところで、
「──うっし!」
それは軽く──。そう、軽く挨拶する際に「よっ!」と相手の背を叩くような。
あるいは、座る姿勢から立ち上がる時、軽く平手で膝を打つ時のような。
そんな気軽な仕草で──スパン、と片側の乳房にビンタを張って一区切りつける。
そうしてあっさりと振り向いたトーリは、順番にひとりひとり、全員の顔を見渡してから告げた。
──あのさぁ、
「俺さ、明日──コクろうと思うわ」
+++
……それは──。
伊吹は、他の皆と同じくその宣言を聞いた。
それぞれが、トーリの言葉に察せるものがある。だからこそ彼らは、静かに沈黙を守ったり、納得や、仕方ない奴だといった表情をするのだが、空気を読む者がいれば当然それをぶち壊す女もいる。
「フフ、愚弟。独身教師にエロゲの押し売りして乳ビンタかました人間が、爽やか顔でなに言ってんの? でも賢い姉はちゃんと解ってるわ! つまりそのエロゲのヒロインがコクる相手にクリソツで、事前にこっそり予行演習する気ね!? ──せいぜい選択肢ミスってバッドエンドを迎えるがいいわ! 結果アンタはコクりが成功しても、リアル合体の度に欝シーン思い出して、いつどのタイミングでナニが突然萎えるか解らない恐怖に未来永劫怯え続けるのよ! 愉悦!」
ちょ……! と、女衆の反応は赤面だったり、中には鼻を鳴らして笑うのも。
「おいおい、らしくねぇな姉ちゃん! いいか? 乳ビンタはオッパイでビンタするもんだ。オッパイを、じゃねぇ。──そこを違えちゃあ戦争になっちまう。それにこいつは、エロゲ卒業のための品なんだぜ? 俺って真面目だからさ。好きな人にコクるのに、攻略待ちヒロイン大量に残してるとか不純じゃん? だから最後に名作やって、全力で泣いて全力でエロいことして──ありがとう、って供養すんのよ。……まぁもしフラれちまったら、そん時はそん時で上下から涙ボロボロ零して二周目だな!」
こいつら最低だ、と総意でドン引くも、知らずかスルーか馬鹿姉弟は止まらない。ただ、喜美がチラリとこちらに意識を向けた気配を感じる。──否、あからさまな流し目だ。あれは獲物を捕食するような目だ。彼女は音量をそのまま、ポーズだけいかにも内密な風に作り、
「んー、それで愚弟? 一体全体誰にコクるか、今すぐ皆の前でこの姉にだけゲロしなさい。こっそり覗いて、超絶賢い姉がこの私の将来に役立てて上げるから。たとえ問答無用でフラれてもアンタの人生に意味はあるわ!」
超怖かった。近くの巫女や狼の気配も合わせて怖い。それと同時に走狗が大量に受信した『──以上』系の通神文もどこか寒気を覚えたので全て叩き捨てる。
「やべぇよ姉ちゃん、もうなにが言いてぇのかわけ解んねぇ! それに、俺がコクる相手なんて決まってんだろ?」
トーリが言う。それはいつもの気配、いつもの口調、いつもの笑みで、
「ホライゾンだよ」
その名に、皆は息を潜める。問うた本人すらも、憂いを帯びた静かな笑みで髪をかき上げ──馬鹿ね、と呟いて。
「……あの子はもういないのよ? 十年前、アンタの嫌いなあの"後悔通り"で──死んでしまったの」
「解ってるよ。だからもう、そのことから逃げねぇ。そういうこった。……まぁ、だから、コクったその後のことは先に謝っとかねぇとな。何人かにはちと話もしてたけど、世界に喧嘩売るような内容だし」
己も、それを知っているひとりだ。だから、
「トーリ、ついに狂っ──じゃなくて、とうとう頭が──コホン。……本気、なんだな?」
「……おめぇ、今……」
馬鹿が微妙に萎えた表情で見て来る。裏でブーイングかましている両腕は知らん。
喜美がこちらの横にやってきて、肩に手を掛けて来ながら静かに噛み締めるように、
「それじゃあ愚弟、今日は色々準備の日ね。──そして最後の、普通の日?」
対して馬鹿はいい笑顔でサムズアップをかまし、返事をする。
「おう、でも安心しろよ! 俺は確かになにも出来ねぇけど、高望みだけは忘れねぇからさ!」
──その爽やかな決めの台詞を言った瞬間、影が揺らめいた。
あっ……、と皆が呟くと、トーリの近くに佇む暗黒面に堕ちた感じのオリオトライが、既に長剣をバットに見立てて振りかぶっていた。
皆が「馬鹿! 後ろ後ろ!」と指差すが、馬鹿の動作は左を向いて振り返るもので──つまり右側に構える教師を綺麗なまでに視界から外していて、
「──なんだ、気のせいか。皆、脅かすなよ」
言った。
「死亡フラグ成立! くたばれ乙女の敵ィ──!」
──蛮族的フルスイングが唸った。
トーリは「おぼぉ」とか「あひぃん」とかキモい系の悲鳴とリアクションを上げ、そのお陰かボケ術式が無事発動し、数度バウンドを繰り返しながらゴール地点の如くヤクザ事務所に穴を開けて突っ込んだ。
とはいえあの場のヤクザは心配いらない。何故なら先程の赤いのが最後だから。
数瞬後、そこからは元気な響きを持つ馬鹿の声が、
『危ねぇ危ねぇ! ボケなきゃコクる前に死んでたぜ今の! 十万と二十七歳過ぎてもまだ乙女とか言ってるから未だに嫁の貰い手も──お? おお!? おいおい、なんだよここ宝の山じゃねぇか! ──ところでオッサンたち、なんで尻からエロゲ生やしてんの? まさかそれが最新の
「「…………」」
「ねぇ伊吹? アンタ、中で随分ハシャいでたみたいだけど、結局あの中ってアンタがテロったヤクザ以外になんかあるの?」
手指どころか、気がつけばこちらの背に引っ付いていた喜美が、肩にのっそりと顎を乗せてきて、わりとどうでもよさそうに問うて来た。
胸は慣れたが、耳元を軽く撫でてくる吐息とくせっ毛が少々こそばゆい。
「ああ、御禁制のエロゲが大量にな? 十中八九、密輸品の類だろうけど。──まぁ、巫女モノもメイドモノもなかったから、別に俺には関係ないんだが」
「フフ、アンタそれ、もし幼馴染みモノが蔑ろにされてた場合は覚悟出来てるんでしょうね」
……それ大抵のエロゲにいるし、基本負けるパターンのやつだからなぁ。
まぁ、自分はいいとして、
────。
「貴様伊吹……! もしあそこに未開の姉モノがあったらどうしてくれるのだ!」
「そうで御座るよ!? 数本にひとりは金髪巨乳キャラが存在するというのに!」
「幼女! 幼女は登場するんでしょうね!? あ、ロリババァは当然NGで」
「──急げハイディ! 可能な限りチョロまかして、裏で高値で売り捌くぞ……!
「きゃー、シロ君ったら欲望ダダ漏れで超素敵ぃ──!」
独自の信仰と執着を持つ馬鹿どもがこぞって走り出した。
「番屋ぁ──! 誰か早く番屋ぁ──!!」
続いていく筈だったいつもの日々は、あるいは。
この瞬間に、亀裂を──。
伊吹の制服のイメージは、どこぞのキャス狐の基本衣装から胸部や背部の露出をなくして極東男子制服風メインにアレンジした感じのちょいエロ肩出しダボ袖改造制服。腋巫女♂って言った方が早い?
剥いた奴:エロ信仰キチガイ
奪った奴:クンクンダイラ
縫った奴:ヨゴレ巫女
出来上がった物を見て張り合った馬鹿:女装