境界線上の飛翼恋離   作:クーゲルシュライバー中尉

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教え場の自由人たち

 時と場所は進み、梅組教室。

 担任であるオリオトライが行う座学の授業は、基本的に"御高説"と呼ばれる方針で進行される。歴史や世界情勢などを生徒たち自身に説明させた上で、教師として必要な補足や訂正、内容の深い部分を追加するものだ。

 それは、歴史という他者の残した轍を自分たちで辿り、言葉として語ることによって、より強く理解を得る結果となる。……のが目的であって、別に一から十まで教えるのが面倒とかではない。筈である。

 彼女は教え導く者として、本当に大事なことは余さず教える。が、そうでない部分はノリと勢いで適当にぶん投げる事態が稀によくあるのは、一種の個性と取るべきか。

 

 加えて、必罰主義であるオリオトライの授業点数を得る流れは、

 一、普通に授業する。

 二、解答者を指名、質問をする。女教師の気分によっては特定人物への理不尽が起こることも。

 三、答えられずとも授業点数は引かれない。が、月初めに各々で申告した内容の厳罰が下る。通称"処刑"。

 正しく答えられた場合、厳罰の厳しさヤバさに応じた授業点数が得られる。

 

 そして今、処刑ルールの餌食にされようとしていたのは──鈴だった。

 オリオトライに当てられ、その丁寧な内容は評価されたものの、ほんの一箇所だけ間違えてしまったのだ。

 それに対して、

 

「汚ぇ、汚ねぇよこの教師! 自分の脳がチンパン並だからってベルさんに全部言わせたくせに、ちょいミスしただけで吊し上げとか! ちくしょう、ゴリラに人の心はないのかよ!?」

 

 机の上に飛び乗ったトーリが、腕で目元を覆ってはウザい感じの泣き真似をしながら非難の声を上げる。

 さもありなん。蛮族の手に掛かるのは、外道だらけのなか唯一の清涼剤と言っていい存在だ。……面倒だからゴリラかチンパンどっちかにしろ。という点は置いておくとして、こればかりはクラス一同、心情としては多少なりとも馬鹿の味方に寄ってしまう。

 その中には無論、伊吹も入っている。生まれの関係で自動人形たちと深い縁を持つ彼は、自動人形(彼女たち)からもすこぶる評判の好い鈴に対して、当然のように贔屓する。

 ゆえに、

 

「安心しろトーリ。この俺を誰だと思っている? ──既に手は打った。鈴の守りは完璧だとも。相手が卑劣なゴリラであろうと、鈴に手を出すことは不可能だ。無論、厳罰のルールは逸脱していない」

 

 ほう、と周囲の一部が胡散臭そうにしながらも傾聴する。なにせ現状、厳罰の仕組みから逃れられた者はいない。オリオトライの作った鬼ルールに従いつつも被害を免れる、そんな抜け道の有無には少なからず興味を引く。そして有効なら自分がミスした際にも使う。

 ──そもそも厳罰から逃れられない最たる理由は、彼ら梅組が基本身内で共食いする生き物だからであって、申告がヌルけりゃ外道会議で容赦なく内容変更して叩き落とすのが原因である。つまりは隙を見せる方が悪い。ただし自分だけは助かりたい。

 そんな背景はともかく、いかにも自信ありげな伊吹の様子にトーリは、おお! とテンション上げて、

 

「さっすが俺の補佐(相方)だぜ伊吹ぃ! そこの役に立たねぇ奴らとは格が違う。ほら、オメェのことだよ点蔵。──オメェそんなだから、金髪巨乳だと思ってたキャラが実は地毛が黒で、ルート入ったらイメチェンしました。とかいうトラップに引っ掛かるんだって! ウッキーも、トゥルーエンド解放されたら姉だと思ってたヒロインが実は未来から来た妹だったとかあったろ!? あれ超泣けたけど、オメエだけこの世の終わりみたいな(つら)してたっけな。……あれ、俺なんの話してんだっけ?」

 

「こ、この男! さらっと他人のトラウマを掘り返しに来たで御座るよ!?」

 

「貴様ぁ──! それには決して触れてはならんと同盟で誓った筈であろうがこの外道め!!」

 

「止めろ。お前とコンビの売れない芸人みたいに括るのは本気で止めろ」

 

 馬鹿の言動は周囲を巻き添えに、そのまま馬鹿騒ぎに発展した。

 このクラスではいつものことではあるが、一部は迷惑そうに、

 

「全く、喧しい連中だ。静かにしろ──今仕事中だ」

 

「うんうんそうだねシロ君、授業中だね? ……仕入れはともかく、なんか三河行きの荷が全然ないね。まぁ今あそこはほぼ鎖国状態だけど、でもこれ例年より極端過ぎない?」

 

「もう、うるさいなぁ。いま執筆中なんだから」

 

「ふふふ、いいわよ! あんたたち、もっと私にネタを提供しなさい!」

 

「ガッちゃん、とりあえず一旦寝とこ?」

 

 こいつら……、とオリオトライが半眼になっていく。馬鹿は気にせず大仰な仕草を作っては脈絡もなく、

 

「ハイ! それじゃあ今夜は俺の告白前夜祭ってことで、とりあえず皆で騒ぎます。場所は──」

 

「金が掛からない場所にしろ。それ以外なら適当にこじつけて、経費で落としてやる」

 

 面倒そうに言いながらも、ちゃんと付き合う気でいるらしいシロジロの様子に、軽く頷いた伊吹が会話を引き継ぎ、

 

「そうなると選択肢は青雷亭(本舗)か──否、景気づけに騒ぐだけなら、今日は学校(ここ)でいいな。ただ、そうなるとあまり派手にズドンズドンやるのは難しいか?」

 

「だったら肝試しやろうぜ! 春先だけど。それなら多少派手にやってもオバケで誤魔化せんだろ!」

 

 どうよ、といった感じで確認を取るような視線が浅間へ向く。

 彼女は、こっそり開いていた甘味の取り寄せ本(カタログ)を慌てて教科書の下へ滑り込ませながら、

 

「え、あの、なんでそこでこっち見ますかね? 私だって別に手当たり次第というわけでは……」

 

「「えっ」」

 

 という皆の呟きに対し、浅間は聞こえない振りを貫き、

 

「そ、それは置いておいて。……真面目な話、実は今年になって怪異の発生率が上がっているみたいなんです。だから、肝試しとかそれっぽいことやってしまうと、釣られてマジなやつが寄ってくる可能性が」

 

 視線が一斉に伊吹の机で教科書を読んでる両腕に突き刺さったため、それは別枠で、と一応のフォローが入る。

 聞き終えたトーリは、都合が良いとばかりに手を鳴らして、

 

「だったら俺らで調整祓いやんね? 名目は生徒会の活動ってことで。もしなんかあっても、うちの連中ならどうにかなんだろ。そんで悪いのがいたら浅間がズドって、なんか良い奴っぽかったら仲良くなって一緒に騒ごうぜ!」

 

 ズドるってなんですか……、という抗議の声は、教師の嬉しそうな声に遮られた。

 

「おーおー、そういうことなら先生、許可出しちゃうわよ? 実は教員側(こっち)でもそろそろやんなきゃって話になっててね。ただ業者挟むとお金掛かるし」

 

「え? お安くしておきますよ? ほら、これとか。こういうプランも……」

 

 神に仕える巫女が、大量の料金プランを表示枠に出してすかさず商売を始めようとする。

 

「それがいかんって言ってんでしょうに。ともかくそんなわけで、面倒ねぇ……と思いつつも今日宿直入れてたのね。だから折角だし生徒の自主性尊重して、後は任せることにするわ。──先生は宿直室に寝転がって、優雅にビール片手に神肖(テレビ)見ながらゲラゲラ笑ってるから。あ、もし邪魔したら容赦なく潰すわよ? 酔った先生はなに壊すか自分でもたまーにわからない時があるので、色々失っても自己責任ね」

 

 こいつ本当に教師かよ、と生徒たちは戦慄に震える。オリオトライは、それはそれとして──と話題を打ち切って、

 

「鈴にはちょっと可哀想だけど。厳罰、忘れてないわよ? 脱線させてタイムアップが狙いなら浅はかとしか言いようがないから、恨むなら伊吹かトーリにして頂戴ね。……えっと、鈴の今月の内容は──」

 

 彼らが月頭に申告したリスト。それに書かれた名前を丁寧に指でなぞり、目的の部分で止めて、

 

「先生の胸揉んで報復受ける。トーリが。……えっ、なにこれ」

 

 

+++

 

 

 驚愕──否、現実を疑うような内容によって注目を受ける鈴が、困惑したようにあわあわとするなか、不敵に笑みを浮かべる者が。

 

「は──手は打ったと、そう言っただろうに」

 

 伊吹だ。

 

「おう、君か? ……まぁ君よね。鈴なわけないし。で、一体どんな狂った経緯辿ればこうなるのか、知ってるならちょっと説明するか死ぬかしなさい」

 

 ガタッ、と「きみ」の響きに喜美が反応したが、浅間に即でステイさせられる。

 それは置いておいて。睨まれた伊吹がゆっくりと掌を立て、まぁ待てと言葉を作り、語り出す。

 

「そう──あれはぶっちゃけ今の今まで忘れていた月の始め、放課後の一幕。……厳罰の申告内容に困っていた鈴に、とある馬鹿がこう言った「あんま難しく考えんなよ、ベルさん! いざって時は、俺が代わりに引き受けてやっからさ!」……と」

 

 おお、そういや言ったな。と得心して手を打つトーリに、お前いいとこあるじゃないか的な拍手が軽く起きた。

 

「しかし心優しい鈴が、自分の身代わりになってくれると言う相手に今後降り掛かるかもしれない厳罰内容を、果たして決められるだろうか? 否だ。ただそうなると、内容が未定のままという事態は変わらず、鈴の困り事そのものに進展はないわけだ。結局馬鹿は役に立たなかった」

 

「オメェ、褒めるか貶すかどっちかにしとかね?」

 

「お前は本当に使えん馬鹿だなぁ」

 

 こ、こいつ……! といちいちリアクション大袈裟な馬鹿はともかく、

 

「そこで──」

 

「そう、迷える子羊に慈悲の手を差し伸べたのが」

 

「なにを隠そう、自分たちで御座る!」 

 

 半竜と忍者がドヤ顔で続いた。

 ──まぁ、つまり、

 

「……いや、別に当時四人とも同じエロゲ買ってて、先に攻略終えたトーリの馬鹿に場の勢いで盛大なネタバレ食らった恨みとかじゃなくてな? 全然怒ってないし。でも絶対許さんからな貴様。ともあれトーリ本人がいいって言ってたし、鈴の代筆しながら報復にエグいこと書いとけ書いとけって──大体そんな感じで。でも冷静に考えると、一応鈴の代わりに厳罰受けるんだし、旨味というか一花くらい咲かせてやってもいいよなぁ、って」

 

「おいおいお前ら、俺のイケメン言動の裏でそんな恐ろしいこと企んでたのかよ!? ……んで、その結果がオッパイ(これ)か?」

 

「Jud.──。オッパイ(それ)だ」

 

 はっはっは。と揃って爽やかに笑う。そしてトーリがやや覚悟を決めた表情を作り、

 

「──しゃあねぇ、やるか。ベルさんの無事には代えられねぇもんな。……俺、無事に先生のオッパイ揉めたら明日コクりに行くよ」

 

「あ、別に死亡フラグはいらんぞ。まぁ最初は、これ死ぬんじゃね? くらいは思ってたが……今朝思いっきり揉んだのに平気で生きてるしなぁ、お前」

 

「そういやそうじゃん! なんだ余裕だな! じゃあ先生、不本意だけど今から軽く揉んでやるから、ちと大人しく頼むな?」

 

 そう言いながら瞬きの仕草で片目を閉じ、手をわきわきと動かしたトーリがオリオトライに対して進撃(アヘッド)する。

 オリオトライが抗議の声を上げようとするも、伊吹が同じように立ち上がり、こういう時だけ都合よく補佐の立場を全面に推して援護し、

 

「おっと拒否はなしだぞ先生、これは授業だからな。トーリを殴るも消すも自由だが、その前にまずは揉まれてからだ。──どうしてもと言うなら、き、から始まる系のエロい悲鳴を上げても構わんぞ十万と二十七歳。今朝はそういうのなかったしな」

 

 その言葉にオリオトライは、あ? とドスの効いた声を発しながら、にじり寄ってきたふたりを半眼で睨めつけ、

 

「こらちょっと待て。なにその「仕方ないから揉んでやるー」みたいな言い方は。毎度君ら、なにかにつけて執拗に(ひと)の胸ばかり狙ってからに! ──先生が豊満かつ女の色気に溢れてるのは事実だけど、あんまり舐めてるとそろそろマジでキレるわよ!?」

 

 事実、女教師はキレる寸前だった。なにせ既に朝、馬鹿の被害に遭っているのだ。その時点で臨界点というものである。たとえ色気より食い気というか、そんなことより焼肉だ! と堂々宣言出来る人種だとしても、それなりに女性としての感性は持ち合わせいる。

 しかし、だ。その言動から微妙に滲み出る臆面のなさ、やや図々しいまでの自賛っぷりに対して、異議を唱えずにはいられない者がこの場にいた。

 

 彼──伊吹は、わざとらしく足音を立てながらオリオトライの眼前に来ると、

 

「否、最後のはこちらの台詞だ。ゆえに言おう。──舐めるな」

 

 あまりにも冷ややかな視線を投げつけた伊吹は、一瞬たじろいだ女教師を責め立てる如く、今度は烈火の勢いで言葉を紡ぎ、

 

「いいか、先生。──武蔵の、そしてうちのクラスのオパーイカーストを舐めるんじゃない。そら──よく見ろ、そこのいやらしい巫女を……! あれこそがカラダネタの頂点に君臨する存在だ! 他にも喜美は言わずもがな、直政にマルゴット、どいつもこいつも先生ではまるで比べ物にならん紛うことなき巨乳だろうが! なんならそこのペルソナ君に勝てる豊満がこの武蔵にいるとでも言うのか!?

 ……理解したなら次はそちら、ネイトやアデーレ、マルガを見ろ。ああ──どうしようもなく貧乳だ。だが、貧乳は貧乳でもド貧乳にはマニアも生まれるというもの……!

 これまでは年齢的に哀れんでスルーしてたが、もう限界だ。……大にも小にもなれない半端な分際でいい気になるなよ、この普乳めが……!!」

 

 バンバン、と手近な机を叩いては熱の入った叫びが響く。

 ちょうどその付近の席に座っていたノリキは、死ぬ程面倒臭そうな表情を無言のまま作り、名前を出されたバケツヘルムの巨漢は褒められたと解釈したのか、いやぁ、とばかりに照れていた。

 他にも名を呼ばれた者や明らかに別枠で晒された巫女は、真っ赤に赤面してプルプル震えていたり、呼応した狂人がエロス! と叫んではマジ叱りを受け。残りは呆れながら煙管を吹かしたり、糸目のまま陽気に引いて笑っている。

 ついでのように貰い事故を受けた貧乳枠側は、人狼はつい発揮した握力で机の端を破砕。従士はこれをネタに昼食強請ろうと貧しくも逞しい思考を巡らせ、黒翼はネームの途中だったが報復として同人誌にする。した。

 そして逆ギレの被害に遭った教師は、

 

 普段は不敵な笑みだったり、時折鋭い眼光を見せることもある担任の瞳からは、生気というかハイライトがやや失われた感じになっていた。

 が、伊吹はその一切を無視する。ここで言葉を止めれば、ただ女教師に暴言を吐いただけになってしまう。ゆえに今度は、一転して優しい穏やかな笑みを作り、

 

「……しかし、だからといって落ち込む必要はない。何故なら──先生の魅力はそんなクソつまらん個性陥没したオパイではなく、むしろ立派な尻の方にこそあるのだから。ちょい大きめながらも上向きにキュッと引き締まった感じが、普段とのギャップで実にグッドだ。……どうした? 遠慮なく喜んでいいぞ、このプリケツ教師め。うむ、(こっち)であればカースト上位も夢じゃない」

 

 最後の、ない、のあたりに合わせて伊吹が、自然な動作で腰下に手を回しては揉み撫でようと手を伸ばす。が、オリオトライはすぐさま正気を取り戻し、咄嗟のステップで回避し、

 

「危なっ──!? 狂った言動かまして正気度奪って、さてはこっちが本命!? でもいくら手が込んでても、結局やることがワンパターンなのよ! 朝からそう何度も何度も──」

 

 ──避けた先、そこには既に両腕(モカ)が待ち構えており、振りかぶった動作で、

 

Spanking(絶好球)!』

 

 隙を生じぬ二段構えの連携によって、張りのある素敵な音が反響した。

 ──壁に人型の穴が空いた。

 

 

+++

 

 

 三要・光紀は、梅組の隣室でクラスを受け持っている。現在二十四歳で年齢が近いこともあり、先輩であるオリオトライとはよく一緒に出掛けたりもするし、隣の梅組と関わる機会も多い。

 ──しかし、だからといって隣から壁ぶち破って飛んで来た人間の対処を迫られても正直かなり困る。

 

 ……い、今、なんだか凄い勢いで……!

 

 くの字だとかそんな簡単なものじゃない。縦の高速回転だった。それは直線状にいた三要のクラスの机を荒しながら壁端に激突すると、謎の物理法則を発動しながらブーメランの如く引き返しては眼前で力尽きた。

 更には後追いで腕が二本飛んで来て、

 

「うわあ──! 腕が、腕が!」

 

「ひっ──なんで微妙に痙攣してるの、これ!?」

 

「お願いです先生! 早くなんとかして下さい!」

 

 生徒たちの期待が重い。

 世の中には出来ることと出来ないことがあるという現実を後で教えた方がいいだろうか。

 

 ……そう、私が男に逃げられるのも、結婚できないのも……。

 

 ふふ、と軽く闇堕ちしそうになるも、周囲の騒然具合のせいでそんな空気になれない。

 取り敢えず腕には関わりたくないので、三要は本体の方に向かっておずおずと声を掛け、

 

「あの──だ、大丈夫?」

 

 すると死体もとい物体が跳ね起き、

 

「ああクソ、あの尻教師マジ容赦ないな! 俺もトーリみたいにボケ術式入れるかねぇ。でも乳と尻に嘘は付けないというか、純真な本能がネタじゃなくて本気(マジ)だろ? って囁くせいで基本不発に終わるから、ただ智に神酒代貢ぐだけなんだよなぁアレ……。──あ、三要先生。こんな場所で奇遇だな。ついでに少し手を貸してくれると俺としては凄く嬉しい。何故なら平気そうに見えて、実は全身悲鳴を上げてるからな……! フフフ、痛い……」

 

 ええ……、と思いつつも、特に拒否する理由もなくそのままの姿勢で手を差し伸べる。そうして身を起こした相手──伊吹を見た三要は、自分たちの姿勢について気付く。それは背の低い三要に対し、膝を立てた彼は屈む格好でこちらの手を取りつつ、下から見上げて来るもので、

 

 ……やっぱり"武蔵"似だからか、お肌白くて顔立ちも綺麗だなぁ。……あれ? こ、この格好! 現実で振られた腹いせに思い切って買った乙女ゲーで見たやつですよ……! ついに私もヒロインに!? でも生徒とだなんて、歳の差もあるしそんないきなり──。

 

 すると急に、こちらに預けられていた力が消えた。

 ふと見ると、伊吹が音を立てて崩れ落ち……自身の手には彼からもげたらしき片腕だけが握られていて──。突然のことに三要は、

 

「きゃあ──!」

 

 悲鳴を上げると、さっさと立ち上がった伊吹が目の前におり、彼は満足げな表情で数度頷き、

 

「いや、こういう手品とか芸とかそういやあったなと思って、つい。……しかし三要先生いいリアクションするなぁ」

 

 向けられた笑みに、驚きのあまり半泣きになりつつも、ふえ、と落ち着きを取り戻し──飼い主の元に戻ってきた両腕に、めくるような仕草で尻を撫で上げられた。

 

「ひゃああ──!?」

 

 彼らは互いにサムズアップをかまし合いながら謎の意思疎通を果たしており、

 

「ほう。小ぶりだが感触は悪くない、と? しかし年齢的に発展の見込みは少ないか。……でかしたぞモカ。取り敢えず帰ったら"接続"して記録した感覚再生しような?」

 

 本人の前で触った尻ので感想を語るという、あまりにも堂々とした二重のセクハラ被害に遭った三要は脳の処理が限界に達しつつあり、ほぼ泣きが入った感じになっていたが、こういう時に限って現実は容赦なく追い打ちを掛けて来る。

 

 伊吹が突き破って出来た壁の穴から──全裸の尻が、三要の顔面目掛けて凄まじい速度で発射されて来た。

 

「ひいいい──!!」

 

 

+++

 

 

 不思議なもので、今日は尻に縁があるなぁ……。などと、伊吹はしみじみ思う。

 自分から揉みに行っておいてなんだが、最終的な実行犯は走狗なので自分は無罪だ。飼い主の責任問題とかは知らない。

 しかしながら、尻は尻でも男の──それも馬鹿の尻は要らん。

 というか、

 

「ええ……? お前なんでこの数秒で全部脱いでんだ……」

 

 突っ込みながら、こちらの右手で咄嗟に左腕(モカ)を掴んで握手の形で固定。バットに見立て、ホームランの要領で全裸の尻目掛けてスイングする。

 あひぃ、と気色悪い声で悶ながら、全裸の馬鹿は上手いこと弾かれて無事そこらに転がった。

 安堵の息を吐いて見ると、壁穴からひょっこりと顔を出した担任が「やっべ」といった表情を作って、

 

「ひっ……! ひっ、ひぃ……!!」

 

「はーい、よしよし光紀──。落ち着いてねー。もう大丈夫だからねー」

 

 慌ててこちらに来ては、三度の悲鳴で過呼吸気味の後輩教師を浅抱きしながら宥めている。しかしこれもう正気度残っていないのではなかろうか。

 

「駄目だろ先生、暴力は選ばないと。さっきの、俺とモカがいなかったら間違いなく顔面接吻コースで人生終了だぞ? この馬鹿、股間と違って(こっち)にはゴッドモザイク装備してないんだから、そりゃもう直だぞチョク。……二十四歳独身で初キッスが変態のケツとか──男に逃げられる以前に、女として再起不能になるレベルだろこれ」

 

 ふえぇ……!! と一層泣き声が強まり、うちの担任が半眼を向けて来るが、それ程恐ろしい事態だったということだろう。男に逃げられたという部分に一番反応した気もするが。

 ちなみにモカは、両腕のジェスチャーで、ぷんすか! と不満だけこちらに伝えると、さっさといなくなってはそこらにいる生徒たちの制服で手を拭くという軽めのテロを巻き起こしている。清潔に気を遣えるいい子で実に結構。

 

「んー、確かにそこは調整必要かもなぁ。今度浅間のとこ行って、親父さんが暇な時にでも改良すっか──アナルパッチの公開に乞うご期待ってな……! けどよ、エロゲのモザイクって基本尻にはなくね? その理屈で俺もセーフになったりしねぇかな」

 

「隠したいのか開きたいのかもう解らんな、それ。ついでに言うと、お前は全身アウトだよ。つーか止めろよ、お前や喜美が量産した智のストレス、矛先全部こっちに来るんだからさぁ……。あの女、散々(ひと)のことズドるくせに乳揉んだだけでマジ説教してくるんだぞ。なんて理不尽だ」

 

 そしてしれっと復活して会話に入ってくるな。服を着ろ。

 

「ああこれな? 実は最近、ちとマンネリかなって思ってボケ術式の改良試しててさ。今のは突っ込みの威力に応じて服がパージする系のやつなんだけど、オメェらの罠に嵌められてオッパイ揉みに行ったら跡形もなくなっちまってさぁ──どう思う?」

 

 どうやらトーリは、あの後できちっと実行したらしい。クラスの皆的にも、鈴がどうにかなったり余計なことして自分に矛先が向くくらいなら、馬鹿と教師を生贄にしよう──といった感じだろうか。

 

「……真面目に感想言うと、ただ全裸のケツがあっただけっていうクソみたいな光景だったな。武蔵はキチガイと人外多いんだから、ダメージ対応だとソッコで服が飛び散るだけだと思うぞ? やるなら上だけとか股間だけとか、部位に複数の破損パターン設定して、脱ぎネタ入れたいならそこに全裸も組み込むってのが一番無難か……?」

 

「……思いの他ガチなアドバイス来てちょっと困惑ですよ? 俺」

 

 訊いたのはそっちだろうに。

 すると、今度はハイディが壁の穴から首上だけ出して、

 

「おーい、そろそろ片付けないと東君来ちゃい──え? 来た? もう居る? うん、Jud.Jud.。……で、先生? 東君来たそうですよ。ヨシナオ教頭と一緒で──まぁぶっちゃけると今教室の前に」

 

 ……は?

 

「伊吹君がオッパイテロ起こした結果一部で頭悪い感じのカースト争い勃発して、誰も外なんて見てなかったからねー。──あ、壁の補修に関しては〇べ屋をどうぞご贔屓に。現状手遅れですけど」

 

 授業中、相方と一緒に株価しか見ていなかった金の亡者その二は、自分を棚に上げながら商売の宣伝だけはちゃっかり行い、クラスの方に戻っていった。

 ──担任を見る。そこには先程よりグレードが上の「マジやっべ」系の表情が。

 ──三要先生を見る。そこには、私無関係だし……、と逃げるように背を向ける姿が。まぁ実際関係ない。

 ──トーリを見る。全裸の馬鹿はいつの間にか壁から向こうに戻っており、東の帰参にうきうき気分で扉の取っ手に指を掛け──。

 

 ……って、

 

「「うわぁ──! ちょっと待て馬鹿!!」」

 

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