境界線上の飛翼恋離 作:クーゲルシュライバー中尉
教導院の廊下、そこには他に人影が見当たらず──授業中だから当然なのだが。仮に練り歩いたとして、それで出会うのは精々が席を離れた事務員か、限定的な科目のみを担当するクラスを持たない教師くらいかなものだろう。
そんな場所に、立ったままの人影がふたつあった。
姿の片割れは、長い髪を首元で軽く結った小柄な少年。名札には"東"と。
もう一方は──黄金の王冠、豪華な作りの杖、輝く毛髪や髭は優雅なカールを描いており、
一言で片付けると、痩せこけたトランプのキングという表現しか当て嵌まらないような風貌の男だった。
誰が見ても頭もセンスも悪いコスプレにしか見えないが、聖連の紋章が飾られる右腕の腕章にある文字には"教頭兼武蔵王"とあり──つまりは
そのヨシナオは、大仰に溜め息を吐いては非難する口調で、
「全く……極東の民はどれも冷たい。帝様の御子息である東宮の君に対して、出迎えひとつ寄越さぬとは。これだから野蛮な庶民どもは」
「あはは……。まぁその辺は聖連が、騒ぐなって口を酸っぱくしてうるさかったのもあるだろうから。余もそういう派手なのはちょっと……。それに、向こうでは通神とか検閲厳しくて──だから返事とかする余裕ないのは知ってる筈なんだけど、日々の些細なこととか、早く帰ってこいよ的な通神文なんかを皆結構くれたりして。だから余的には、それで充分有り難いなぁって感じで」
困り顔ながらも、そう言ってどこか嬉しそうに、朗らかな笑みを向ける東を見てヨシナオは、
……ほう。
教室の入り口、そこにある梅組の札を一瞥する。
このクラスは基本、礼儀の欠片も知らない外道の集団だ。規則とはいえ、隣の東が帰還後またしてもこの学級に放り込まれると知った時は、それこそ憤慨したものだが、
……蛮族どもには本来恐れ多いことであるが、級友という立場であるならば……ふむ、意外と上手くやっておるのか。
あの総長を始め、不敬な連中だらけなのは変わらないが、それでも総長の在する学級ということか。なかなか良い心配りを出来る者もいるらしい。
うむうむ、と感心してひとり頷くヨシナオだが、
「ただ、葵君の送って来るやつだけなんか毎回スパム扱いされて──その度に向こうの人たちの方で軽い騒ぎが……」
……あの馬鹿は一体なにを送り付けおった!?
ほんの少し見直したと思えばこれである。セレブな己と底辺の外道では、やはり存在として相容れないものがある。というかこれ問題にならないであろうか。どうであろうか。
まぁ、結局今更のことだ。そんなことより、
「それにしても──遅い。東君の御帰還だというのに、待たせるどころか担任すら出て来る気配がないとは」
つい先程教室に着いたと思えば、髪の長い糸目少女が隙間だけ開けては、こちらに待ったを掛けてそのままだ。
もういっそこちらから開けて怒鳴りつけ、教員のなんたるかを説教してくれようか──そう思い扉に手を掛けようとすると、
「「うわぁ──! ちょっと待て馬鹿!!」」
響いた大声に、ヨシナオの堪忍袋の緒はとうとうブチ切れ、戸を引きながら叩きつけるような勢いで、
「貴様らぁ──!! 麻呂たちを待たせて置きながら一体なにを騒いで──」
全裸がいた。
瞬間、滑り込む動きを見せた担任らしき姿によって、戸は再び閉められた。
幻覚だと思いたい。──だが一瞬、間違いなく全裸の馬鹿が立っていた。威風堂々とした表情だった。股間にモザイクが輝いていた。そしてヨシナオは頭がどうにかなりそうだった。
幸い、隣の東はアレを認識出来なかったらしく、
「え? あれ? 今開けたのに──どうかしたの?」
え、あ、いや……、と言葉に詰まってから気付く。もしかして
しかしその必要はなく──なにかが吹き飛ぶような打撃音が響いてから、担任教師が顔だけ出して、
「おかえり東ぁー、皆待ってたのよー! 教室入る? ってそりゃ入るか! でももう少しだけ待っててねー? 今誤魔化──じゃなくてちょっと先に片付けるから! あ、どうも王様。それじゃ」
はぁ、と不思議そうな東の返事すら聞き終えることなく、そのまま有無を言わさずピシャリと閉められた。取ってつけた最後の一言以外こちらは完全無視に近い。教頭に対する敬意どころが、お前なんでいんの? 的なニュアンスすら醸し出していたような気さえ。
……こ、これだからこの学級の外道どもは……!
思わず蹴りつけてやりたくなったが、仮にも東の前。流石にそれを実行に移さない冷静さはある。
中からは──、
『おいおい先生なにすんだよ。余、もう来てんじゃん? 早く入れてやろうぜ! なんでか麻呂もいっけど、仲間外れにするとか教師のやることじゃねぇよ? 麻呂が可哀想だろ。ただでさえ可哀想な奴なのに!』
『このお馬鹿! 入れる前に、そこでおっ広げてる
『生憎、どこかのアマゾネスが馬鹿力発揮した結果、壁さんは大半がお亡くなりになられてなぁ。霧散した
『肝心な時に使えないわねー。……あーもう、東だけなら問題なくいつものことで済むのに。大体、子供のお守りじゃないんだからさぁ、別に来るの東ひとりでよくない? 去年も普通に教室通ってたじゃないの。なんであの男一緒にいんの? 暇なの?』
『そりゃあ決まってんだろ先生。──寂しいからだよ! だよな麻呂!? 麻呂ってば友達いねぇから、余のこと送るとか言って、ずうっとオチのない微妙なネタ聞いて貰ってたんだろ? そんなだから友達出来ねぇのになぁ……』
……このガキ、黙って言わせておけば……!
一度吊るしてやろうかと、一瞬本気で考える。
気付くと横、東がこちらを気の毒そうな表情で見上げていた。思い返すと、ここまでの道中はこちらばかりが喋っており、東は愛想笑いと相槌を返すのみなのが大半だったような気が──否。
仮にそうであっても、それは麻呂の話が退屈なのではなく、単に世代差による関心の違いというかそんな感じだと思われる。きっとそうだ。だからフォローを入れるべきは、
「……麻呂にも当然ながら友はいるので、心配は御無用ですぞ?」
具体的に名前を挙げろと言われると、まぁ、ちょっと、すぐには出てこないが、とにかく友はいるのである。
すると馬鹿──トーリの声が続けられて、
『あ、でも違ったわ。今はもう麻呂にもちゃあんと友達が居るんだったな!』
……う、うむ!
今は、という言い方がやや引っ掛かるが、そう。その通りだ。
やはりキチガイでも総長は総長、そういったデリケートで大事な部分を誤ってはいかん。
すると別の少年、書記のネシンバラの声が疑問するように、
『もしかしてあれ? こないだ僕が代筆したやつ。中身知らないけど、葵君字が汚いし多分御中のことなんだろうけどWant youとか書いてあるしで。……まぁ教頭先生への愛に目覚めたんだなってこっちで納得して、気を利かせてリボンとピンクの包装して送り付けておいたけど』
『おいおいネシンバラ! それじゃあ友達じゃなくて彼女になっちまうじゃねぇか! あれ、俺の記念すべき魔改造フィギュアの処女作なんだぜ!?』
……以前に妻が麻呂に対してゴミを見るような目をしていた元凶はこれかぁ──!
もう怒りに任せて殴りに行ってもいいのではないだろうか。だが次いで聞こえたのは補佐の少年の、待て、という声で、
『覚えてるが、あれって確か、どうあがいても版権モノのエロフィギュアが出ねぇよぉ……とか言って絶望してたお前が、ラインくっきりの同人魔改造フィギュア見つけて感動して、──話端折るけどないなら自分で作ればいいじゃない的なこと言い出して。……でも素人が知識も技術も皆無で手ぇ出したから、結果だけ言うと原型残らず悍ましい邪神像が出来上がった記憶が』
『おお、それそれ! んで、ここまで来たらもういっそガチめの呪い人形にしようぜ、って思ってな? 毎日少しずつ周囲の流体吸うとか、髪が勝手に伸びるとか、毎晩枕元で見下ろしてくるとか。そういうのメジャーなやつテキトーに選んで浅間んとこでな?』
──ま、
「麻呂の周囲で夜な夜な発生していた怪異モドキは貴様らのせいかぁ──!?」
我慢出来ずに叫びながら開け放った先、幸いながら全裸は見えず、担任が塞ぐように立っていた。
何故か肩上に両腕が浮かんでおり、見ちゃ駄目、とばかりにブロックする仕草をしてる。それでも隙間は当然生まれ、そこから覗く先に見える光景にヨシナオは先程の怒りすら忘れ、
「あの、オリオトライ君……? 君の後ろ、なんだか壁に人型の穴が──」
「ええっ!? なんですか王様、変なものでも見えてます? 気のせいですって気のせい! それか見えないお友達でもいるんですって。──よし完璧に誤魔化した。今のうちに確保よ!」
え、え? と戸惑う東を、宙を漂う両腕が脇から抱えて引き摺るように攫って行った。
ヨシナオは呆然とそれを見送ってしまう。正気を取り戻した頃には、
「ちょ、ちょっと待ちたまえ! いくらなんでも帝様の御子息に対してこの扱いは──、いやそれもあるがまずはそこの穴はについて……!」
言って踏み入ろうとするも、オリオトライは梃子でも動こうとしない。
「あ、入って来ちゃ駄目ですって!? えっと、ほら、つまりあれがアレでして……」
やがて言い繕うのも面倒になったのか真顔で、
「──授業中は部外者立ち入り禁止ですので」
音を立てて締め出された。
部外者もなにも、
……麻呂は
担任がこれだから、この学級の連中の外道は矯正どころか年々加速するばかりなのではないだろうか。やはり一度説教と減俸の必要があるか、と拳を震わせる。
が、教室からすぐさま聞こえてくる東を迎える声に、
「……むぅ」
かといって台無しにするのもいけない。と思い、疲れた吐息の後に背を向けて武蔵王は静かに去る。
──ただ、多少静かになった梅組学級から、巫女である浅間の声で、
『……おや? そういえば最近、ヨシナオ教頭が人形のお祓いだとかなんとかでうちの神社に来ていたような──』
『あの、智? それ、もしかしなくてもマッチポンプというやつでは──』
『いや、知らなかったからセーフ! セーフですって!』
一瞬だけ動きが止まったが、ヨシナオはどうにか振り返ることなく耐え抜いた。武蔵王たるもの器は大きくあらねばなるまい。……それはそれとして、せめて経費で落ちないであろうか。駄目であろうか……?
+++
なんとか遅刻せずに済み、講師のバイトを終えた正純は、端的に言って空腹で死にそうだった。
掌を添えた腹は薄い胸より更に凹み、響く音は腹の虫というより異音に近い。まぁ、わりかし日常的なことではある。
それはいい。否、断じて良いことではないが、とにかく今は置いておく。それよりも、とりあえず目下の問題は、
『だいじょうぶ? ばれてない?』
「バレておりません。我々の秘密行動は完璧です」
……なんかいるし……!!
多摩の居住区、具体的には"青雷亭"を過ぎたあたりから、気が付けば
知った顔だ。片方は物理的に顔だけだが。──自動人形のP-01sと、下水処理役の黒藻の獣。
こちらが歩を進める度、口で効果音言いながら店舗の壁や隙間を移動する自動人形と、合わせて側溝から側溝へと渡りながら僅かに頭を出す黒藻。あまりにもわざとらしすぎて、もしかしたらそういう遊びをしているだけかもと一瞬思うが、
『いけそう?』
「なりません。見たところ、正純様はまだ余裕をお持ちの様子。もっと弱らせてからです。我々はただ機が熟すのを待つだけでいいのです。──狙うならば人目に付かない場所が望ましいかと」
……なんだ? これ私暗殺でもされるのか?
そういや武蔵に引っ越す際にそんな感じの騒動があったなぁ、とか記憶が浮かんで来るが、このバレバレな微笑ましい追跡の裏に、あの時のスケールのような事情が潜んでいたりしたら本気でビビるので勘弁してほしい。
まぁ政治家志望とはいえ、今の自分は襲名もなければ襲名者とも大して関わりのない一般人だ。だから、
……用があるなら、もう普通に声掛けて欲しいんだけどなー……。
今日は自由出席で半ば休みのようなものだが、一応の予定はある。それも学長を送って行くだけなのだが。しかし名目上は護衛なのに、戦闘系どころか運動不足すら感じる自身が行く意味はあるのだろうか。
……あ、いや、まぁ葵が行くよりかは確実にマシなんだろうが……。
国際問題とか起こされるのは流石に困る。
とはいえ、細々とした部分は基本学長や伊吹任せでいいのだろう。どうも彼らは、毎年三河に寄港する度に適当な理由作っては人と会っているらしいし。
三河。
あの場所に関しては、正純にとって複雑な感情が多すぎる。
襲名失敗、人払い、取って代わる自動人形、鎖国的な運営方針。
──そして、消えた母のこと。
そういったごちゃっとした部分を整理というか、気の落ち着きと時間潰し、後は空腹の誤魔化しも兼ねて墓参りでもと思っていたのだが……結局背後のあれらはどうしたものか。
さっさとこちらから声を掛けるべきか。
でもなー、と正純は首を捻らせる。あのひとりと数匹は、どうも本気で隠れられていると思っているらしい。指摘とかしたら台無しになったりしないだろうか。
すると、追跡者たちの方から、
「……む、この方角は。──朗報です。正純様の目的地はこの先の墓地であると推測出来ます。あのあたりであれば、黒藻の方々も問題なく出て来れるでしょう。流石正純様、素晴らしいチョロ……空気の読みっぷりです」
『どきどき』『きんちょー』
「適度な緊張は推奨すべきものと判断出来ます。これはやはり勝ったも同然、正純様即落ちお友達化計画の発動に一切の支障はありません」
なんか微妙に気になる単語がいくつかあった気がする。
それは聞かなかったことにして、要は彼女たちの目的は、つまり、その、なんだ、
……わ、私と友達になりたいだけ、なのか?
いかん。ちょっと泣きそうだ。
思えばこの一年、人間関係について自身の明るい話題などほぼ皆無だった気がする。
梅組の皆はそれなりに良くしてくれるが、未だにどこか遠慮というか、気を遣われている感じがある。そもそも彼らはほぼ全員が小等部かそれ以前からの付き合いで、なにか契機でもなければ、ぶっちゃけ枠の中に飛び込み辛い。
──なにより三河では襲名に失敗した影響で、教導院はお世辞にも良い扱いとは言えない環境だったため、そういったものに対してはどうにも及び腰になってしまう部分もある。
こちらに来ても父との関係は、擦れ違っていると言うべきか、互いに向き合っていないと言うべきか。到底納得の出来る状態ではない。
それでも唯一まともに出来た友人を挙げるならば伊吹だが──、
……そもそも私、あいつのことほとんどなにも知らないじゃないか。
それでもいいかと思う自分と、叶うならば知りたいと思う自分とでフラフラしているうちに一年が過ぎた。だからこそ今回の同行で、今度こそ機を見計らって──という意気を多少抱いていたのだが、よもやそんな日に、
……私と! 友人に! なりたいと!!
これ、どちらも人類じゃないなぁ、とかそういうの余裕でどうでもいい。同級にスライムとかいるし。
正純は思わず頬がにやけそうになる表情をなんとか堪えて、
──って、
……これ結局、私どうすればいいんだ?
P-01sたちは今のところ、思索があるのかこちらに対して行動を起こすでもない。先程考えたように声を掛けるにしても、
……なんかこう、解ったうえでこちらから声掛けるとか、やや自意識過剰気味というか、かなり恥ずかしいんだが。
──本当にどうしよう、これ。
+++
結局、あれこれと考えているうちに、正純の方が限界を迎えた。
もちろん空腹で。
「うっ……」
思わず膝を突き、前のめりに倒れながらも数々の慣れと経験から理解出来るのは、
──あっこれちょっとヤバい感じのやつだ。という、気付いたところで回避不能な一点のみ。
薄れ行く意識のなか、正純が目にしたのは、
「おや、こんな場所でどうなさったのですか正純様。いつのもように餓死寸前ですか。寸前ですね」
『はらぺこ? はらぺこ?』
セメントの無表情で中腰を作り、こちらを観察する自動人形と、彼女の足元に隠れながらも若干テンション高めな黒藻の獣だった。
自動人形、P-01sは抱えていた紙袋から一本のパンを取り出し、先端をこちらに向けながら、
「やや、偶然にもこんなところに、事前に店主様からいただいた賄いのパンが。こちら、P-01sの昼食となる予定の代物ですが、相手が瀕死の正純様であるならば、ご提供差し上げることも吝かではありません。……ところで我々お友達を募集しているのですが、ご一緒に友人などはいかがですか」
『おいしーよ』『とってもおとく』
……セット販売かな?
あからさま過ぎて罠かなにかかと疑いたくなるような売り込み方だった。
ともあれ、
──本多・正純は至極あっさり餌に釣られることとなった。
+++
"青雷亭"印のフランスパンをもしゃもしゃ咀嚼する正純には、期待の目線が注がれていた。
黒藻の獣だ。P-01sも同じではあるのだが、そちらは相変わらずのセメントなのでなんとも言えない。
彼ら──彼? らはひそひそと。否、むしろこれみよがしに聞こえるように、
『せいこう?』『ともだち?』
「Jud.、両者がそう認め合っているならば。つまり後は正純様のお友達宣言を待つのみでしょう。しかし油断は禁物です。政治家とは往々にして搾取だけ行っては知らん顔をするものだと、お借りした書物にもありました」
……お前は一体なにを読んだ!?
いくつか本は貸したが、大体はフィクションの物語だ。そんな本当のことが書かれたものを渡した記憶はない。
それはともかく。会話から察するに、あちらは関係の証明というか、明確な納得を望んでいるらしい。
──確かに、どうすれば『友人』であるのかを問われると、正純自身も正直言って知人と友人の境界がいまいち解らない。それこそ他の誰かに問うても千差万別の答えが返ってくるだけだろう。
ならば確かに、P-01sの言うように共通認識として互いに「友達だよねー」といった感じで頷き合う方がいっそ楽であり最善でもある。
ただ、それだけというのも少し味気ない気がして、
「……あー、唐突に思い出したんだが、同じ釜の飯──つまりは同じものを分かち合って絆を深めるとか、そんな感じで友情を結ぶ的な儀式がそういえばあったかなぁー!」
ほう、とP-01sが興味深そうにこちらを覗く。正純としては、正直気恥ずかしすぎるし顔がやや熱を持ち始めているのを自覚出来るため、やや早口に、
「これ私ひとりじゃ流石に多いし、元はP-01sの昼食だから──そうだ半分こしようか! うんそうしよう!」
と言って、真っ二つにへし折ってからP-01sの口内に有無を言わせず叩き込む。それから自分の手元に残った方をいくらか千切って、
「黒藻たちはこっち、私のを──」
──腹の虫が鳴った。
「…………」
『まさずみ はらぺこ』『ちゃんとたべて?』
俯く正純に対し、黒藻はひたすらいい子であった。汚れてもいない、普通にひとが食べられるものだからというのもあるのだろう。
しかしここで黒藻たちを除け者にするのは──と思い身を動かすと、かさりと手に触れる物体が。
……こ、これだ──!
それは縦長形状をしたパンを持てるように、下半分を覆っていた包み紙で、
「ほ、ほらこれ! これならどうだ!?
後半かなり早口だった気がするが、とほあれ言って渡すと、黒藻たちは解りやすく喜んだ愛嬌のある様子で、もしゃりと包みを取り込んでいく。
それを見て正純は、安堵の息を漏らす。──そして自動人形の視線に気が付いた。
彼女はパンを咥えたまま正純に対して、うんうんと頷きながら、
「実に見事な機転です。流石は正チョ純ロ様」
「いや、ちょっと待て……!」
「おっと失礼。……それで、そこな我らが友人であるところの正チョロ様。チョロ純様はこちらには一体どのような用事が?」
これ絶対突っ込んだら負けというか、カウンター待機しているやつじゃないか。
しかしここへ来た目的、となると。
……それなぁ。
三河に行く前に、母の墓参りをな? ──と軽い感じに詳細を告げて、この現状を思う。
正純、P-01s、黒藻の獣。三者が仲良く並んで昼食とかを咀嚼する姿だ。
──本来ならここで、いなくなった母のことや、それに触れもしない父のことや、理由も教えられぬまま襲名の機会を奪われたことなど、
……そういうあれこれに、憤ったり悲しんだりして、色々と
現状が自分にとって良いのか悪いのか、そこは正直解らないが──少なくともこれでは、
……シリアスもクソも……!
「ちなみにP-01sは、正純様が即落ちした後は日課としている墓所の掃除と、ついでに伊吹様からお借りした書物を消化する予定で。いや、なかなかに興味深いものです。こちらの知識によると、正純様のような方をチョロインなどと呼称するそうで。ええ、此度は大変参考になりましたとも」
「あいつか!? 偶にお前に紛れ込んでる妙な知識の出処はあいつなのか!?」
というか交流あったのか。
「Jud.、そもそもはあの方、店主様とも知己のようでして──その縁で。まぁそれとは別にあの男、どうも武蔵中の自動人形に粉掛けているらしく、こちらに対しても時折ふらっと現れては困り事などを解消して去って行くといったことが度々。正直申しまして大変助かるのですが、──ところであの男、ああいったスタンスがイケてるとか、もしや本気で思っているんでしょうかねぇ」
面識がどうこうとか以前に、やたら言動が
「……なにがあったか知らないが、P-01sは伊吹が嫌いなのか?」
「自動人形に感情はないので、好悪はありませんが──。色々と便利な方ですので感謝はしています。ただ本能として罵倒したくなるだけで。──もしやこれが失われた記憶の一旦……、P-01sはどこぞの女帝だったりするのでしょうか」
新しい友人の言動が、武蔵で最初の友人に対して同情したくなるような言い草だったことにはとりあえず、どーだろーなーとだけ返しておく。
──すると空、覆うような影が発生した。
三河だ。
+++
「──ちょっとした花火を用意しているからね!」
三河当主──松平・元信公の、毎度ながら"授業"と本人が豪語する話は終わった。
その存在によって複雑な気分を再燃させた正純が顔を上げると、
──P-01sが手を振っていた。
それを見た正純は呆れたように、
「……観光客とかじゃないんだからさ」
呟く。というかお前、記録上は去年あそこから乗り込んで来たんだぞ……。と突っ込みも添えながら。
するとP-01sが、いえ、と前置きして、
「こちらに向かって手を振っていたようでしたので」
えっ、と疑問して目を凝らすと、確かに動く人影のようなものが見える気がしなくもない。
しかし、やはり気のせいでは? と言おうとして再度彼女に視線をやると、
「──はっ」
両手の中指をおっ立てていた。
──あちらの人影が崩れ落ちた気がした。
「ちょ、おま、なにやってんだ!?」
「いえ、どうにも今のうちにやっておかねばならないと、P-01s的本能が囁きまして……。まぁP-01sはご覧の通り清廉潔白な存在ですので、なにかあるならば間違いなく悪いのはあちらですとも」
えぇ……、と困惑しながらも。個人的にあまり良い感情を抱けずにいる三河の君主に関して、なんかもう割とどうでもよくなってきたのも事実だ。苦笑を浮かべた正純は、密かにこの新しい友人との関係に感謝した。
+++
寮の新しい部屋を告げられた東は、地図に従い、充てがわれた筈の個室前にいた。
だが、
……なんか、声聞こえるなぁ。
先にトーリたちから、肝試しやら幽霊云々の話を聞かされた後となると、なおさら身構えてしまう。
その肝試し自体は去年も参加したし、今回も行くつもりだ。
告白に関しても東としては、そっかぁ……、という感じで、とりあえずはどのような結果になろうと、最後まで付き合うつもりでいる。
……でも伊吹君とか、あれ確実に振られるの前提でその後の『お祝い』の手続きしてたなぁ。
自分が知っている限りでも、伊吹はトーリを煽る役というか、指差し笑う係というか──ただそれを見て思うのは、本来そのあたり
ともかくそんな感じで、皆は今頃適当に計画とかダメ出しとか、今夜以降の準備の相談とかをしているのだろうが、
──だからこそ、その前に
手の込んだ仕掛けであるなら正直どうかと思うし、ガチのなにかであるならそれはそれで問題である。
……まぁ、開けるしかないよね。
まずはそれからだ、と考え、意を決して扉を開く。
すると、
「──はっ! その程度の加速で引き離したつもり!? 見るがいいわ、この華麗なる連続ドリフトを!! 二足歩行の猿どもに真似が出来るかしらねぇ!?」
──
「────」
戸を閉める。一呼吸置いて、自分の頭は正常だと内心繰り返し、──今度はノックをしてから開けてみる。
「あら、いらっしゃい。──どうしたの、早く入ったら? 戸惑うのも無理はないだろうし、私も同室で異性は流石に初めてだけど、まぁ慣れればいいだけよ」
車椅子に座った、クールな印象を全面に推し出した少女に東は迎えられた。
「あの、伝簒器──」
置きっぱなしの端末を指差すと、ぎゅいんと車椅子ごと勢い良く回転した少女によって、再び入り口は閉められた。
無言で待つと、ゆっくりとまた開き、
「ミリアム・ポークゥよ。いい? 女の子の点数は、男の子の点数でもあるのだから──つまりお互い気を付けつつ上手くやっていきましょう。具体的に今この瞬間にどこをどうとは言わないけれど」
「あ、うん。君がいいなら、これからよろしく」
「……さてはあなた、いい人ね?」
点数は上がった。