境界線上の飛翼恋離   作:クーゲルシュライバー中尉

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同道の探求者

 三河へと向かうための山道。関所まで続くその道程には、輸送の貸車を除いてはふたつの人影があるのみだった。

 三河行きの予定がある酒井と、護衛として随伴している正純である。

 彼らは、道中の退屈などを雑談で潰していたのだが、

 

「……はぁ」

 

 本多・正純の気分は暗かった。

 本人に自覚はないが、この溜め息も既に何度目かのものである。

 隣、見かねた酒井が困った様子で、

 

「いや、なんかすまないね。こんなおっさんに付き合わせちゃって……」

 

 やや気を遣った風な酒井の言葉に正純は、はっと正気を取り戻し慌てた仕草で、

 

「ああいえ、そんなことは! ……すみません。その、今日は伊吹の奴が一緒だと聞いて、私もそのつもりで色々考えて来ていたので──なんか脱力というか、空回った感というか……」

 

「あいつも間が悪いねぇ……。一応アレの保護者としてフォローしておくけど、まぁ今回というか、今日明日があいつや連中にとって少し特別なだけだから、勘弁してやってよ。知ってる? トーリが明日告白する、っていうの。今夜もそれで騒ぐって話だから、正純君も一緒になって暴れてみたらいいんじゃない?」

 

「私は生徒会副会長ですよ!? そんなこと出来るわけないでしょう……。そもそも今夜は友人たちと花火を見る約束をしてますし、そんなのに参加して聖連に見つかったら──」

 

 さっき出来た友人だけど、とは言わない。

 すると酒井は、のんびりとした調子で、

 

「同類と思われるだけだから大丈夫だよ。連中と同じ梅組にいる時点で既にそうとしか扱われてないし、気にするだけ無駄だと思うよ?」

 

 ……えっ。

 

「それに今日は大丈夫でも、明日の本番には間違いなく巻き込まれるだろうから。早めに諦めた方が色々楽だと思うけどねぇ」

 

「え、ちょ、私ってそういう括りなんですか!? しかも巻き込まれるって──」

 

 さらりと告げられたと思えば、中身に対して突っ込みたい部分が多すぎる。そうやって戸惑うこちらに、言った本人は「気にしない、気にしない」と投げやりな様子で、わざとらしく話題を変えるように、

 

「それで、伊吹の奴になにか用でもあったのかい。あ、正純君も告白? それならまず"武蔵"さんたちの許可取らないと……」

 

「ち、が、い、ま、すっ!! 大体なんですか許可って。そうじゃなくて、その、……私は一応あいつの友人のつもりだし、向こうも多分そう扱ってくれているとは思うんですけど──」

 

 自分は彼自身のことをロクに知らず、同じ友人でも、他の梅組連中と比べるとそこに距離を感じるものがどこかにあって、

 

「なので、踏み込むのが許されるなら──そういうのを訊けたらな、って思っていただけで」

 

 思って、いたけど、

 

 ……本人がいないんだもんなぁ。

 

 肩透かしもいいところだと、正純は力なく項垂れる。

 酒井は、へぇ、とだけ呟いてから、

 

「正純君的には、相手のこと全部解っていないと、友達として安心出来ない感じ?」

 

「それは──」

 

 言って、言葉が止まる。確かにこれは、自分が一方的に知りたいだけだ。それこそ、こちらの抱えていることは秘めたままで。理由なんて結局、皆と自分とでは距離が違うから──知識として今より彼を理解して、どこか遠く感じるそれを埋めた気になろうとしているだけかもしれない。

 

「ごめんごめん、ちょっと意地悪しちゃったね。……まだ道中あるし、それじゃあお詫びってことで、正純君が気になってる伊吹(あいつ)のこと、取っ掛かりくらいは教えてやろうかね。……その前にまず、正純君はあいつについてどの程度理解しているか、教えて欲しいかな」

 

 そんなもっともらしい理由で前置きをして、酒井がまずこちらに問うて来る。

 現金なもので、沈み気味だったこちらの気分は復活し、指折り数えて、

 

「えっと……、在喜・伊吹。役職は総長補佐。両腕が義腕。走狗が予備や別用途の腕を強奪して動き回る。趣味は読書とか……あと多分エロゲ。定期的に浅間とかにセクハラしている。総長である葵──姉弟とは、浅間と合わせて一番古い幼馴染みだとか。性格は誰に対しも親切で、世話焼きかつ変態で──端的に言ってキチガイ」

 

「ははは、こうやって言葉にすると碌でもないよね、あいつ」

 

 あれぇ? と首を捻る。なんというかこう、もう少しまともな存在だと思っていたつもりだった。色々と世話になっているせいか、自分の内で補正が入ったりしたのだろうか。

 ともかく、他に重要そうな部分といえば、

 

「意外に料理が上手くて……あ、酒井学長が後見人をしているんですよね? 夜分に呼び出されては、酒のつまみなんかをよく用意させられる、とか愚痴ってました。それと、家はひとり暮らし。親族はいないみたいですけど、ただ──自動人形たちが頻繁に出入りしていて、"武蔵"や"武蔵野"なんかを始め、常に誰かがいるような状態で」

 

 時折頭おかしい言動はするが、それを言うなら他の連中もだ。

 ゆえに、特筆するならば、最後の一点。

 

「……なんなんですか、あれ」

 

 感情がない自動人形にも、それぞれ個性はある。以前はあまりピンと来なかったものだが、

 

 ……P-01sとか、かなり個性的だしなぁ。

 

 基準としては物凄く尖った存在が友人だと、そのあたり理解し易くて助かる。

 そのため、自動人形にも意外と好き嫌いのようなものがあったりする。以前正純が聞いた話では、鈴やアデーレなどは、いわゆるお世話したい系のジャンル。反面、トーリなどは無意味に場を荒らすだけの存在であるため、総長兼生徒会長でありながら裏でヘイト値の蓄積具合が凄まじい。

 だからといって、

 

「言葉を選ばずに言うならば、あいつ、伊吹の自動人形たちからの好かれようは──異常です」

 

 自動人形側が、種族の本能として、奉仕するのは解る。

 人類側が、それに感謝したり、愛着や大事に思うのも、まぁ理解出来る。

 だが、正純から見た彼らは、

 

「あれではまるで、本物の家族みたいな──」

 

 命令をした上での、擬似的な()()()であれば、趣味としてはどうかと思うが、個人の嗜好として納得もいく。だが伊吹らの場合、そういったものには少なからず生じる筈の違和や不自然さ、あるいは白々しさのようなものがまるで存在せず、むしろそれが当然の在り方のように思えてしまう。

 正純自身、たった今その部分を抜き出して考えてようやく、そういやあれっておかしいよな、と気付いたくらいだ。

 

 疑問に対し、あっさりとした調子で返って来たのは、

 

「うん。だってそりゃあ、みたいっていうか、()()だからね」

 

 ……は?

 

「え、いや、だって伊吹は人間……普通の極東人でしょう!? それが自動人形と家族って……」

 

 襲名によって赤の他人同士が『親族』となることはある。が、そもそも伊吹は襲名者ではないし、相手も武蔵の自動人形。仮に"武蔵"たちをそう扱ったとしても、艦としての存在が本体である以上、言ってしまえば彼女たちの持つ名はただの地名だ。

 家族同然、ということならば孤児という可能性も浮かぶが、武蔵には普通に孤児院がある。御広敷(ロリコン)が頻繁に出入りしているようなことをよく耳にする。なにかあればソッコで番屋だ。

 ──そもそも武蔵が、後がないような者たちの居場所でもあるため、武蔵に行き着くまでの過去や事情によって、既に親や肉親を持たない境遇の者は少なくない。だから名目上はひとり暮らしである伊吹がそうであっても不思議はないが、

 

 ……結局、自動人形たちにとって伊吹だけを特別とする理由が、そういったものとは無関係に存在するということになるのか……。

 

「悩んでるねぇ。あまり迷走しないように手助けしてあげると、さっき正純君が言った、まるでだとか、みたい、っていうのは必要ないかな。トーリとかの近しい連中を『身内』とするなら、伊吹にとって"武蔵"さんたちは正真正銘『家族』だ。──ただし、それは別に全ての自動人形というわけじゃない。例えば、どこぞの軽食屋のバイトの子とか、いわゆる一般人なんかは含まないものとする。ちなみに俺は後見人って言っても手続きくらいなもんで、立ち位置的にはぐうたら親父か歳の離れた兄貴分か……まぁ分類としては身内の範囲にいるんじゃないか、と期待くらいはしておくとして」

 

 つまりは、

 

「……武蔵の運営に携わっている個体、ということですか? それは一体──」

 

 どういうことか、と問おうと目線を向けると、酒井の方は露骨に回答を避けるように空を見上げており、

 

「さて、どういうことなんだろうねぇ?」

 

 ……ねぇ、って言われてもなー……。

 

「いやね、これでも俺、大事なことはいつも言わないって定評があって……あ、そう睨むなって! ほら、言ったろ? 取っ掛かりだけってさ。それに正純君って、他人(ひと)から答えだけ全部貰っても、自分で追いつかないとちゃんと満足出来ないタイプでしょ、どうせ」

 

 どうせとか言わないで欲しい。

 

「まぁ、その通りかもしれないですけどぉ……」

 

「ああ、それと伊吹が親切っていうのはね、正純君。別に間違ってるわけじゃないけど、ちょっと勘違いかな」

 

 また急に、脈絡なく驚きを投げ込まれた。

 こちらが否定や疑問を起こすより先、酒井の言葉が続く。

 

「なんと言うべきか……あいつが基本、武蔵の住人に対して優しいとか親切なのは、単純にアレがそういう生き物だからだよ。──人狼が月見て吠えたり、自動人形が人類に奉仕するのと同じで、種族的な本能と大差ない。本能なんだからそこに意味とかないし、そうした行為に優しさとか善意とか、感情めいたものは存在しない」

 

 その際の干渉自体、相手が、自身だけでは本当にどうしようもないような状況に限った話ではあるが、と補足して酒井は語る。

 ──つまり、指摘された『間違っていない』部分は、伊吹の持つ個人としての善性。『勘違い』は、誰に対しても優しいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 同じようで、違う。否、手助けされた側にとっては、同じことだ。助かったという事実があるだけで、感謝は変わらない。──それでも伊吹は違う。その結果には、救いたいから、力になりたいからという彼自身の意思から生じたものと、ただ機械的に、作業として手助けしたものという、内面としての明確な差が存在する。

 自分はどちらだったのだろう、と考えて、初めて彼の家で食事の世話になった時を思い出す。

 

 ……後者だったのかなぁ。金、なかったしな……。

 

 ないものはないのだ。それで腹減って倒れるのは、確かにどうしようもない状況と言えなくもない。

 そう思いやや肩を落としていると、

 

「まぁ混乱というか、面倒な言い方してる自覚はあるけどね? 結局伊吹がそれなりに良い奴だってことには変わりないし。ただ、もし正純君が今後あいつの性格勘違いしたまま、誰に対しても優しい人間──と思って伊吹に仕事や判断を任せた場合、その辺のズレは面倒にしかならないからさ」

 

 その言葉に、こちらは曖昧に頷く。

 そんな機会が今後あるのか、酒井がなにを見越しているのかはともかく。得られた結果は本多・正純は在喜・伊吹に対して、その性格すら不理解だったというもの。これまで接して、見ていたものが偽りだったというわけではないだろうが、友人としては自信が失われて来る。そもそも自分に対する彼の行いが全て本能によるものだとしたら、下手をすれば友人と思っているのはこちらだけだったのでは、というネガティブな想像も起きてしまう。

 そんな疑念を振り払い、だったら、と前置いて、伊吹の本来の性格、在り方について疑問する。

 問われた側は、少し困ったように頭を掻きながら、

 

「あいつ個人の性格を言葉にするなら──身内贔屓、これに尽きる。さっき言った本能とは別で、本人の性質としては、むしろ身内優先。それ以外は後回し。余裕があるから手を差し出すけど、そこには天と地ほどに優先順位の違いが在る。家族と他人で家族を優先するのは、一般的な感性としては普通のことではあるけど、伊吹はそこに葛藤や躊躇がない。あるのは判断だけ。昔の名残か、変なところだけ自動人形的っていうかね……。

 反面、身内に対しては平気な顔して外道行為するし、遠慮も容赦もしないけど──その分()()()でね。……正純君も知ってるような最近のだと、食通貴族の一件とか。解る?」

 

「……この話の流れでどうしてそこに行き着くのか理解出来ないですし、正直思い出したくもないですけど。……ミトツダイラの取引相手が、首だけ出して農業区に埋められていたやつのことですか?」

 

「そうそう、それそれ。確か流れとしては──」

 

 

+++

 

 

 当時──まず梅組の幾人かが、ミトツダイラと食通が会合するレストランに乱入した。

 彼女は絶句。食通は度量を見せようと笑ってそれを許し、それで調子に乗ったビール片手の馬鹿が絡んでは、

 

「なぁおっさん! どんな物食っても美味いって言うってマジ!?」

 

「と、当然だろう君ぃ……いかな料理とて、良いところを見つけて楽しむのが本物の通というもので──」

 

「マジかよ! おいシェフ、このおっさんウンコ食うってさ! やる気だぜ……!」

 

 専属のシェフは顔面蒼白で、降参かなにかは不明だが、謎のポーズで難を逃れた。それにより食通も、少なくともウンコからは逃れられたと思ったのだが、その場にはもうひとり狂人がいた。

 

「おい馬鹿。子供の頃に習わなかったのか? ──他人の気持ちを考えられる子になりなさい、と」

 

 例えば暴力。殴る前に、殴られた側の気持ちになって考えなさいという、いわゆる道徳的なやつだ。

 

「まぁ殴ろうが蹴ろうが武蔵(ここ)では俺が正義だが。……じゃなくて、つまりこの男はウンコを食らう前に、まずは食われる側として御ウンコ様のお気持ちを理解すべきでは?」

 

 無駄に敬称なのは、この場合ウンコに教えを請う側であるからである。

 

「オメェの理路整然とした道徳観に、戦慄を禁じ得ねぇよ俺」

 

 それは多分恐怖だが、紆余曲折を経て、食通はとりあえずウンコを理解するため肥料として畑に埋められ結果ウンコとなった。

 

 

+++

 

 

「後半意味不明ですけど、それでも食うよりはマシな気もしますが……。あの狂行がなにか?」

 

「うん、俺もたまにあいつらの超理論すげぇなと思うけどね。……でもあの食通は、それで命拾いしたよね」

 

 え、と戸惑いの声を上げるこちらを見て、続きの説明が来る。

 

「件の食通貴族。あれね、実は襲名とか目論んで、密かにミトツダイラ家を狙ってたみたいでさ」

 

 ミトツダイラ──即ち、水戸の松平。分家扱いではあるが、その立場が彼女にはある。

 だから、

 

「取引相手として避けられない立場を傘に婚姻とか迫ってさ。……ネイトもあれで根が真面目だから、本人が嫌でも、家とか立場とか気にする質でね」

 

 そこで話が戻るわけだけど、と苦笑が作られ、

 

「……伊吹はキレるわな。俺から見てもネイトは特に距離が近いひとりだし、まぁネイトじゃなくても、それがトーリだとかネシンバラなんかでもそこは同じだろうけど」

 

 いいかい、と来て、

 

「あいつがこの世で一等嫌悪しているのはね、自分にとっての大事なひとが()()()()()()()()()()()()ことなんだ。それが他人による強制だとか、本人が望まぬまま押し付けられたような場合は特にね。──だからまぁ、トーリのおかげって言うの何かアレだけど、機転か天然かはともかくアイツがウンコ食わせようとしなけれりゃ、どうなってたやら。食通がウンコで没落した瞬間、準備してたかのようにシロジロの店がなんか儲けてたっぽいし、潰すための仕込みは万端っていうかさ」

 

 ゆえにこそ、彼の性根は極め付きの身内贔屓。

 大事な相手が、そのひととして生きられない流れを拒絶する。その感情をなんと呼ぶのか。

 立場も定めも無視して飛び越えてしまうのは、きっとそれがただの我侭と自覚しているから。我侭だから、嫌だから──及ぼす影響などを考えたところで、立ち止まろうが迷おうが結局淀む。であれば、身勝手であろうと己の好きな相手が好きなままでいられる方が幸いだと。おそらくはその後本人にマジ叱られるまでがセットだろうが。

 

 知らなかったことだ。正純は、友人に対してこれまで踏み込まなかったゆえに。

 驚きはあったし、戸惑いもあったが、不思議と言うべきか、しかしそこに嫌悪の感情はなくて。

 ──公主隠しで母が消えた頃、正純自身、色々と聞いたものだ。──に違いない、どうせ──だろう、そういった根拠のない風聞。

 お前たちが母を語るな。お前たちに、母の一体なにが理解出来るというのだ。そう思っても、口は噤んだ。そうして……気が付けば、噂で広まる母の印象に、自分の好きだった母の、母らしさはどこにもなく、むしろ穢されているようで。それが嫌で、必死に否定して、抗う度に、こちらの扱いや立場は悪くなる一方で。

 だからだろうか──本多・正純にとって伊吹の在り方は、むしろ──、

 

「だから伊吹が正純君に対して、一緒に居ながら頭おかしい部分見せつつ今も優しいままなら──そりゃ、単にあいつが()()()()優しいだけだよ」

 

 爆弾が来た。

 

「……へ? え、いや、それって──お、おお……いや、でも、えっ、えぇっ!?」

 

 つまり、彼にとっては自分も既に身内枠、だと。

 そうならば、まぁ、嬉しいか嬉しくないかというと当然前者で、こう、特別扱いというの悪くないというか?

 

 ……いや! 友人、友人だしな! 夕食ご馳走になって、そのまま遅くまで本の感想とか語って気が付いたら寝てたとかよくあるし? 事情知らんけどいくらそういう種族本能っぽいのがあっても、流石にそこまで面倒見たりとか普通しないもんな! 身内の特別枠じゃないと! うん。

 

 表面上の友人関係だったのだろうか、とか。自分に対する扱いは全部本能によるもので、本人なにも思ってなかったのか、とか。別に不安に思っていたわけじゃない。別に。

 

「だから距離がどうとか変に気にしなくていいと思うよ。言ったろ? とっくに連中と同じ扱いなんだから、って」

 

 一瞬で覚めた。

 そうか、身内ということはつまりそういうことになるのか、と軽く絶望する。

 思考を切り替えて元の話題に戻す。しかし、と置いて、

 

「……今更気付いたんですが、そんな伊吹(アイツ)の在り方って。襲名とか歴史再現を遵守する今の世界と、滅茶苦茶相性悪いのでは……」

 

 解釈という抜け道はあれど、どちらも過去の誰かの人生を、その結末を──それをなぞって生きて死ねと、そういうものだ。無論、望んで襲名する者の方が多くいるだろうし、自分とてかつてはそのひとりだった。しかし、誰もが望んで歴史の上に立ったのだと、それを断言出来るのかと問われれば──。

 

「だろうねぇ。まぁそれでも、以前はあいつがそういうの拗らせて暴走気味になった時に、手綱を握るというか、首輪引っ張って黙らせられる子がいたんだよ」

 

 以前は、と言うと、今はいないのだろうか。

 それは──、と問うと、

 

「ホライゾン。──明日トーリが告白する相手さ」

 

 え、と主に後半に戸惑うこちらを置き去りにして、

 

「正純君さ、俺が武蔵に左遷された理由、知ってる? よね?」

 

 は? と思いながらも、頷く。知っている。

 当時P.A.Odaに包囲、強制され、酒井が後見人をしていた相手──松平・元信の弟公。元信に妻子がいないため、弟ながらも嫡子を襲名していた松平・信康は自害を迫られ──結果、駆けつけた酒井は間に合わず、それは遂行された。

 救えなかったと、その責任を取らされ、大総長とまで呼ばれていた眼前の男は歴史の舞台からつまみ出された。

 

「……で、だ。俺のことはともかく、実はその元信公に嫡子──内縁の妻と子がいたとしたら、どうする?」

 

 絶句する。そうして、なぜ急にそんなことを、と思い、当然のように気付くのは、

 

「まさか……それがホライゾン、なんですか? しかし、そんな存在がいるのであれば、弟公亡き今も表に出ず、一体どこでなにを──」

 

「死んだよ。十年前、俺が武蔵に来てすぐの頃にね」

 

 驚愕も、言葉が出ないのも、今日は何度目だろうか。

 否、そもそも、

 

「いや、だって、さっき学長、葵が告白する相手とかって──」

 

 どういうことか、と問う。問いたい。

 しかし、相手もまた今日何度目かの言い方で、

 

「さて、どういうことだろうねぇ。……っと、楽しいお喋りももう終わりか。正純君、関所で証書貰ったら後は好きに調べるなり探索するなり好きにしていいからね」

 

 ……これ、実はからかわれているというか、私で遊んでいないだろうか。

 

 半眼を向けるが、酒井は慣れているのか意に介さない。 

 それどころか、色々と見透かしたかのように、

 

「正純君さ、結構色々考えたりしてるけど、最初の一歩踏み出すの苦手だよねぇ。──で、この後どうするか、予定ある?」

 

 誘いだ。

 下手か、と思わず突っ込みたくなる程の、露骨なまでの誘い。

 つまりは、ここでその一歩を踏み出せと、そう言っている。

 正純としても、この数分で気になることがあまりに増えたし、今更聞かなかったことにするなど、それこそ無理だ。

 結局、掌の上というか、全てはこのための誘導だった気さえしてくる。

 正純は、はぁ、と呆れとともに、腹を括るためにも区切りの息を強めに吐いて、

 

「……最初に、自分から距離を取っておいて勝手かもしれないですけど、独りだけ蚊帳の外みたいなのはもう──嫌だなって、そう思うんです」

 

 だから──、とまで告げたこちらに対し酒井は、そうかい、とだけ笑みで頷き、

 

「──踏み込んで来なよ、正純君」

 

 きっとその方が、賑やかで楽しいよ、と。

 そうして、"後悔通り"とだけ手掛かりを寄越し、別れた酒井はひとり三河側へ歩いていった。

 

 

+++

 

 

 酒井が正純と別れ、関所あたりの橋を越えた先、三河の町を背景に置いた、手前の森林部分。

 待ち構えるように立っていたのは、酒井と歳の近さを感じる中年の男ふたりと、凛々しい佇まいの少女がひとり。

 男の方は、それぞれ対象的に大柄と細身とで判別が付きやすい。元より、訪れた酒井にとっては既知の相手であるのだが。

 

「おう、出迎えご苦労なこったね。久々に松平四天王勢揃い……でもないか。ダッちゃん、榊原──井伊はどうした?」

 

 榊原、と呼ばれた細身の方。榊原・康政は困ったような表情で、

 

「いや、それがね酒井君。井伊君は──」

 

「他言無用、だ。忘れたのか榊原」

 

 言葉を止めさせるよう小突いたのは、もうひとりの大柄な男だ。ダッちゃん、という呼び名ではやや気が削がれるが、つまりは酒井、井伊、榊原以外の松平四天王──"東国無双"本多・忠勝。

 酒井が、そりゃどういう……、と疑問しようとしたところで、流れを遮るように影が飛び出した。

 最後のひとり、控えるように忠勝たちの半歩程後ろにいた少女だ。

 出てきた勢いのまま少女は、素早い所作で刃を抜き放ち、加速を増やしては酒井の方へ突貫し、

 ──酒井の背後や近くに誰もいないのを確認すると、直角に進路を変え、そのまま周囲の林に突っ込んで行った。

 聞こえて来るのは、

 

「……くっ、ここにもおらぬ! ど、どこに隠れたで御座るか伊吹殿!? 拙者、今更貴殿の外道な戦術に対し逃げも隠れもせぬが──それはそれとして拙者だけ見えぬのはズルいので早く姿を現すで御座る!」

 

 とか言いながら本多・忠勝、ダッちゃんの娘──省略してダ娘こと本多・二代はこの場に存在しない人物の名を呼びながら、ばっさばっさと森林破壊を開始していた。

 気を削がれ、無言でそれを眺めることになった中年たちは互いに向き直り、

 

「……あー、酒井。そんで実際のところ、あの小僧はどうした?」

 

「ああ、うん。ピンピンしてるけど、今日はちょっと訳ありというか、面倒に付き合ってるというか……つまり来てないんだよね」

 

 そうか、と頷き合い、再びの沈黙。そこから数秒の後、

 

「はぁ──!? おま、んなもん首に縄引っ掛けて連れて来りゃいいだろぉ!?」

 

「簡単に言うなよ! そんなことしたら報復で、俺の家にある酒という酒が取り上げられるだろうが! 大体、それ言うなら井伊の奴だって来てねぇじゃねぇか!」

 

「ああ!? そりゃお前、ほら、あれだよ、あれ! 察しろ馬鹿野郎! い、いいんだよ、我は別にあの野郎の保護者じゃねぇんだから! 我に責任ありましぇ──ん!」

 

「おま、それ言ったら俺だって別に伊吹連れてくる義務とかねぇだろ! どうせあれだろ? 拗ねた娘や機嫌悪い鹿角の相手が怖いとか面倒とか、そんな理由だろ!? チクるぞダッちゃん!」

 

 この野郎……! と中年同士の醜い争いが始まった。

 彼らの会話に気付かない二代は、

 

「森にはいない──否、確か友人に寒い忍者がいると言っておったで御座るな。即ち、姿が見えないのは隠形の類によるもの……」

 

 ならば、と頷き、

 

「隠れる場所がなくなってしまえば、まるっと解決で御座るな。うむ、冴えてるで御座るなぁ拙者。そして伊吹殿敗れたり!」

 

 会心の笑みで森を物理的に消し飛ばそうとしていた。

 ──取り押さえるまでの間犠牲になった木々たちは、無事に木材となって武蔵へ送られ、どこぞの教室に空いた人型の穴を塞ぐのに使用された。

 





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