境界線上の飛翼恋離   作:クーゲルシュライバー中尉

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宴の支度人

 二番艦、多摩の表層にある商店街。

 階段での会議を終えた梅組の面々のうち、手空きの者らは買い物係としてそこにいた。 

 皆は買い逃しや不足のないよう、浅間の提案によって男女のグループに別れ、それぞれが区画の前後から詰めて合流するようなルートで進むことに。

 

 男衆側の面子は点蔵を中心に、ネシンバラ、ウルキアガ、そしてシロジロとハイディ。

 ハイディは女性だが、金の亡者は存在としてセットであるため、今回はシロジロの付属物として扱う。──どちらも油断すると勝手に値切っては浮いた分を着服しようとするため、まとめて司法役(第二特務)の監視下に置いてしまえ、という裏の事情もなくはない。

 他、ノリキはバイトで多忙。東は引っ越しの手続きがあり、残りの連中はと言えば、

 ネンジ──持たせると荷物と一緒に本人が飛び散るため却下。

 イトケン──存在が出禁食らいかねないため却下。

 ハッサン──どうあがいてもカレーにしかならないため却下。

 御広敷──調理部所属ゆえ目利きも出来るが、物理的に邪魔なため却下。

 そしてペルソナ君は、同じ巨体のウルキアガがその気だったため、交通を考慮し自ら辞退。気配りさんである。  

 それらを踏まえて、残った面子で男子は男子、女子は女子で班分けを行い、 

 

「これ、実質的に人選の余地皆無では御座らんかな……?」

 

 と、オタクと姉キチと金の奴隷を引率する羽目になった忍者が、割と切実そうな様子で救いを求めていた。しかし彼は彼で、影の薄さはともかく存在の痛さは他と大差ないので問題はない。伊吹が場の面子にいないのもあり、せ、せめてモカ殿を代理に──という訴えが聞こえたが、聞こえただけなので女衆は容赦なくモカの存在(重力制御)を自分たちの班へと組み込んだ。

 ──別段、自分たち以外に人手を欲する必要はなかったりするのだが、か弱い乙女アピールは定期的にやってこそ意味を持つというもの。ただし加護や術式、義腕義体の装備などは別枠だ。ズドンやバコン系は、いくらぶちかまそうともか弱い乙女のままである。

 

 

+++

 

 

 ──そんなわけでこちら、浅間が仕切る女衆側にいるのは、直政、アデーレ、鈴、そして両腕(モカ)である。

 ちなみにミトツダイラは精神的疲労により家に帰っては不貞寝を決め込み、ナイトとナルゼは配達の仕事で今まさに上空を飛び回っている最中である。ミリアムは基本引き篭っているし、正純はそろそろ武蔵に戻って来ている頃だろう──と予想は出来るのだが、あちらが携帯社務しか所持していないのもあって、いまいち把握が難しい。

 そのあたり浅間としては、

 

 ……機会があれば是非浅間神社(うち)で契約して貰いましょう。

 

 勝算はある。

 なにせ明日、トーリの結果如何では、自分たちの周囲でも変化や動きが生まれてくることだろうと、そう思う。──となると正純が巻き込まれるのはもう確定みたいなものなので、後は頃合いを見計らって押しの一手だ。なに、一度でも身体に教えてやれば後はもうこちらのもの。もはやそれなしでの生活は送れまい。……表示枠の話だ。

 とはいえ、正純が常時金欠空腹気味なのは浅間も知っているため、負担を掛けぬようこちらからのサポートは必要だろう。そのあたり、準備だけでも先に整えておいた方がいいですかねぇ、と考えつつ。まぁそれはそれとして新規契約のノルマは正直美味しい。

 

「……アンタ、またなにか黒いこと考えてんじゃないだろうね?」

 

 集団の最後尾にいた直政から、訝しむような口調の声が来た。

 

「し、失礼な!? うちの神社はホワイトですよ、ホワイト! また、とか誤解を招く言い方しない!」

 

 思わず身を跳ねる動きを作ってしまったため、慌てた動作で振り向いては即座の否定を作る。

 マイペースな歩調で鈴たちの背に続く義腕の女は、こちらに半眼を向けながら嘆息し、

 

「まぁ、こっちに被害がない限りはなんだっていいさね。……つーかそれより、これ明らかに買いすぎじゃないか? モカがいるから重量気にしなくていいとは言え、数が多けりゃ嵩張るのは解り切ってたろうに。……お陰であたしはご覧の有様さ。ったく、これじゃあ間抜けもいいところだよ」

 

 それぞれが食材の袋を腕に抱えている他、肘にぶら下げたり、腰のハードポイントに吊るしたりとしているのだが──直政の方は特に酷かった。なにせ彼女の義腕は、一般的な"腕"の機能を主としていないのもあって、見た目からして機械的かつサイズも大きい。

 それをいいことに、手当たり次第有効活用された結果──大量に接続された買い物袋のせいで、腕を伸ばした姿などは完全にただの物干し竿と化していた。

 なんで自分だけこんな目に……と、不服そうな様子の直政に対し、困ったような苦笑でアデーレが、 

 

「いやぁ、でも自分たちとしては、マサさんのお陰でかなり助かってますよ。同じ義腕枠でも、モカさんとか物理的に腕しかないので、運ぶ面では意外と荷物持ちに向いてませんし。なのであれ、普通に持てる範囲超過した場合──空を泳ぐ生魚とか、射出される大根とか、喜々としてポルターガイスト化する気が……。流石に自分も、誰かの尻に生えてた大根とかはちょっと……」

 

 彼女としては、直政のフォローというか、有り難さを語っているつもりなのだろうが、

 

 ……これ、言葉を変えたらちょっとした脅迫な気が……。

 

 マサが拒否すれば、全ての食材に対して常にヨゴレの可能性が付いて回るぞ、とかそういう。

 無論、アデーレにそんな意図はない。直政もそこは理解しているだろうが、

 

 ……ああ、マサったらあんなに苦い感じの表情(かお)を。──あ、折れましたかね、あれは。

 

 捌けた気風の姉御系がデフォで、直政自身、己の芯が全くブレないタイプだ。なのでたまに見るこういう様子は実に面白──ではなく新鮮だ。

 まぁ直政もアデーレもひとり暮らしで、いつも金欠なため食には貪欲だ。経費で落ちるタダ飯を危険に晒す真似は出来まい。

 物干しとしての自分を受け入れた直政が、諦めの息を深く吐き、

 

「ああ解った、解ったよ。買ったもんはこっちにじゃんじゃん吊るしちまいな! ……だからモカ、アンタ間違っても妙な真似はするんじゃ──おい、あいつどこ行った」

 

「えっ」

 

 基本、鈴や誰かの近くに浮いていた筈の両腕が、いつの間にか消えていた。

 ──不味い。これは非常に不味い。なにせ今、あのペットの責任者は飼い主ではなく連れてきた浅間だ。否、落ち着け。別にモカだって常時テロを起こしているわけじゃない。大半の元凶は伊吹か馬鹿姉弟だ。そして彼らはここにいない。ならばセーフ、まだ間に合う。それはそれとして隠蔽とか口封じの準備は必要だろうか。

 こちらがそんな感じの思考を回していると、

 

「あ、も、モッちゃん、いた、よ? あっち──」

 

 と、鈴が気付き、指差し示した方向を揃って見る。

 ──いた。それは自分たちが通り過ぎた、数件程手前の店舗で、

 

Please(くださいな)

 

「お、おお……なんだい腕の姉ちゃん、こんなに買い込んでどうすんだ」

 

 やや引き気味の中年店主相手に、豆、ブロック食、干乾びたナニカ。──そういった、食えなくはないが味は期待出来ない類のものを、ひたすら選別していた。

 それが終わると親指を立て、

 

generous(気前よくね)!』

 

「へっ……あんたには前に腰やっちまった時助けて貰ったからなぁ。よし、任せな! 丁度在庫も嵩張ってたことだし、ここは気前良くおまけして──」

 

 とか、店主も店主でウキウキ顔の様子で値段を出そうとする。

 そこに怒鳴り込む声で、

 

「こら! こっちが目ぇ離した隙に余計なもん買おうとするんじゃないよ! ほら、いいからアンタはこっち来な!」

 

 ──ブチ切れた義腕女が、いやんいやん、と藻掻く両腕を力尽くで連れ戻す羽目になった。 

 

 

+++

 

 

 直政にマジ叱りを受けた両腕が、しゅんとした様子で皆に付いてくる。──中身の走狗ではなく、腕のちょっとした仕草だけで機微が理解出来るあたり、気付かぬうちに現実の侵食が進行しているわけだが、この場合気付いてしまった方が負けである。

 先程の光景に対してアデーレが、

 

「さっきのマサさん、姉御どころかもうオカンでしたねー」

 

 忘れな、と言いながら生身の腕で頭を抱える直政だが、言い訳すると、

 

「……つーかコイツ(モカ)の所業が『親の会計に菓子紛れ込ませるガキ』感ありすぎなだけだろ。あたしは単に機関部の仕事柄、馬鹿やる奴を叱り慣れてるだけさね。これでも一応、長女だしね」

 

 流石の直政も、年頃の女としてはオカン扱いされるのは勘弁願いたいらしい。

 ──しかしまぁ、と浅間が思うのは、実のところモカは、走狗としてまだ()()部類であるということ。

 そもそもが【制御情報術式】で、その中でも人格を得た存在を走狗に据えるとなると、それは契約者──使い手のための唯一無二だ。

 ゆえに伊吹のペット状態となっているこの幼い走狗は、彼のための存在であると同時に、彼と過ごした日々以上の蓄積は持っていない。無論、【制御情報術式】の存在が先で、それを後から走狗に据える場合もあるため、全てに当て嵌まるわけではない。例えば戦艦に着任した数代目の艦長などが、補助のために艦の【制御情報術式】を走狗とした場合、後者のパターンになるだろう。

 

 浅間は、走狗としての"モカ"の誕生に深く関与している。仲間の皆も、当時の流れや、なにがあったかをある程度は察してはいるだろう。直政などは、全体の流れとしては特に関わっている方だ。

 だが、当事者以外で全てを詳細に知っているのは──この子の絶望と幸いの結末を知っているのは、自分だけだ。

 ──結果だけ言うと、彼女を【制御情報術式】の"モカ"として調整したのは浅間で、そのために伊吹は自身の両腕を捨てた。

 

 恐らくは、彼やこちらの役に立ちたいという思いが先行しているのだろう。先程の店主なども、世話になった的なことを口にしていたし、例の『散歩』も実は趣味と実益を兼ねたパトロールのようなものかもしれない。

 ペット枠と化しているとはいえ、誕生の部分を辿れば伊吹と"モカ"は血縁に近い。

 しかし、

 

「よりにもよって、なぜ豆……」

 

 すると、浅間の呟きを拾った鈴が、あ、と気付きの声を上げた。

 

「も、もしかし、て。トーリ、君の、ため? 伊吹、君、さっき、階、段で、言っ、てた、から」

 

 ──俺のコクりが成功した場合どうすんの?

 ──不味い、とかではなく絶妙に美味しくない豆とか(中略)をただひたすらにモサモサ食らう。

 

 言っていた。確かに言っていた。

 忘れていたわけではないが、自主的に忘れたというか、なかったことにしたというか。勢いだけの会話で、そのような内容があったのは間違いないが、

 

 ……つまり、成功するから。して欲しいから、それ前提で豆祭りの準備を……?

 

 いや、まさか、と言おうとして、それより先に明らかに両腕のテンションが上がった。そのまま手荷物を全て直政の義腕に押し付け──その際の、おいこら、という抗議もガン無視して、両腕が鈴をハグする。トーリを応援された鈴も嬉しそうで、そのままふたりはキャッキャウフフと戯れ始める。

 その光景を眺めて、ああ、と思うのは、

 

 ……多分これ、褒めて欲しかっただけなんでしょうねぇ……。

 

 なにせこの子(モカ)の主人は今のところ、自身の夢にストップ掛けて、絶賛停滞中だ。

 役に立ちたい、だがその機会を得られない。というのは、間違いなくストレスだろう。

 

 ……それは多分、伊吹君の方の理由も似たような感じなんでしょうけど。

 

 彼の夢は、世界に喧嘩──むしろテロを仕掛けるようなものだ。言葉にすると本当に酷い。

 しかしそこはあまり問題じゃない。最低限、なにか大義や名分を用意出来さえすればゴリ押せる。

 ただ、そのためには先頭に立つ者が必要だ。そして、その誰かは伊吹であってはならない。

 ──昔は、それをやろうとした馬鹿や、可能な立場を持っている子がいたのだが。

 

 彼はまだ、その馬鹿を待っているのだろうか。それとも既に諦めてしまったのだろうか。

 浅間としては、酷なようだが、諦めてもいいのではないかとも思っている。否、諦めなくてもいい。それでいいから、逃げてしまえ、と。

 ──夢は、夢だったのだと。いつか叶えばいいなと綺麗な夢を見ながら、自分や皆と一緒に、退屈で平凡で、しかし穏やかな日々を過ごせばいい。そもそも、襲名による既定路線の人生が溢れているのもあってか、自分は『こう生きて、こう死のう』的な直線思考の生き物が多すぎる。つまり全部世界が悪い。おのれ世界。ガッデム世界。

 ──ともかく、幸いの形はひとつとは限らない。本来求めていたものを捨て、背を向けたからといって、別の幸いが得られないわけじゃない筈だ。

 

 ……あれ? 自分で言うのもなんですけどこれ、かなーり駄目な感じの思考では……。 

 

 でも間違いなく、仮に彼がそうなった時、自分はそのまま彼を受け入れてしまう気がする。叱咤とか、激励とか、そうして背を押した結果置いて行かれそうになるくらいなら。そうなるくらいなら、一緒に底なし沼のようなぬるま湯に浸かっていたいとすら思えてくる。

 居ない天国より居る地獄。堕ちるなら堕ちるとこまで、どこまでも一緒のままがいい。神道的にも余裕でアリなシチュエーション。それでもし、他の全てに否定されても、自分だけはずっと側に──。

 これはいかんですよ、と思いつつも堕ちた桃源の夢想は止まらず、浅間が手を頬に添え、はぁ……、とやたら艶めかしい息をつき、視線を上げると、

 

 ──全員、無言でこちらを向いていた。

 

「え、えっ……。あのぅ、わ、私がなにか?」

 

「そりゃこっちの台詞さね。……アンタ、またなんか勝手に浸り始めたなと思えば、急に()()()するからさ」

 

「まー総長の告白とかありますし、全体としてもそんな感じの空気が起きるのが仕方ないのは? あ、補佐役との式には呼んで下さいねー」

 

 またそんなネタを。と思いながらも内心、後ろ向き気味の退廃感溢れる邪念はバレていないと安堵して、

 

「──モッ、ちゃんも、浅間さ、んが、お母、さん……? 的、な? だ、から、嬉しい、って」

 

 ノーガードだった方向から一撃が来た。

 

「ふぇっ──!?」

 

 いやまぁ、間違ってはいない。()の有様から今のように整えたのは浅間なので、生みの親的な認識をされるのは確かに間違いではない。だが、当時の詳細を知らないまま、その部分だけ広まるのは危険だ。外道どもがなに言い出すか解らない。

 ──まさか、自分たちだけの秘密! とか浮かれて皆には曖昧にしていたのが、ここで裏目に出るとは──当時の浅間も思うまい。

 真顔になった直政から来るのは、

 

「アンタ、あたしのことオカンだのなんだのと言っておいて。──嫁入り前に子持ちだった、ってオチかい」

 

 ……ハイ来たぁ──! 来ましたよ──!?

 

 そもそも、オカンとか言い出したのはアデーレの筈だろうにと。

 当のアデーレは、

 

「マサさんマサさん! 神社なので補佐役の方が婿入りですよ!」

 

 今そんなことはどうでもよろしい。

 そういやそうか、と頷いた直政が近くに来ては、こちらの背を数度叩いて、

 

「ま、ここにいたのがあたしらだけで良かったな。別にわざわざ言い触らしたりしねぇから安心しな。……それ以外から広まった時は知らんけど」

 

 じゃあ駄目じゃないですか……、と言おうとして、続きが来る。

 

「──けど、いいじゃないか。さっきのアデーレの台詞じゃないが、トーリの馬鹿がやっとその気になったんだ。その勢いで伊吹の馬鹿が抱えたモンもどうにかならんもんか、と思うのは悪いことじゃないさね。それに男が漢になるためにゃ、大抵は隣に良い女が必要なもんさ」

 

 そんなもんですかねぇ、とか思っていると、

 

「ま、伊吹にとってのそれが、アンタか別の誰かまではあたしの知ったこっちゃないけど。少なくとも場所取りは早い者勝ちが相場さね」

 

 実際狙っていそうな狂人と狼を知っているあたり、それは本気で油断出来ない気がする。

 

「……喜美とか似たようなこと言いそうですけど、マサはマサでそう言ってのけるあたり、実は物凄く()してますよね……」

 

 よせやい、と頬を掻きながら気障に笑う直政の姿は、同性から見ても結構ズルい存在な気がしてくる。

 しかしまぁ、と彼女は前置いて、遠くの方、自分たちが歩く道行きの先に視線を投げて、 

 

「この場には、そのトーリも、喜美も、伊吹も。誰ひとりとしていないわけだが──そのあたり、あっちの連中もなにか、そういう話をしてたりするのかねぇ……」

 

 

+++

 

 

 ──その頃のあっちの連中は、

 

「おじさんおじさん、これもっと安くならない? なるよね? え、駄目? そっかそっか。──まぁそれならあっちの競合店の方に行くだけだから、別にいいや。……あ、やっぱり安くなるって? いいよー無理しなくて。もしかしたらあっちの方が勉強してくれるかもだから。別にこっち引き合いに出したりとか? なーんてことはしないから安心だね!? え、なに? おまけも付けるから許して? うーん、売れ残り押し付けられても困るし、こっちで選んでいいなら……。あ、いいの? わーい! じゃあそこの一番高いお肉ね! 言質取ったから、待ったはなしだよ? 肉お預けなんてされたら、武蔵の狼が超怖いよー。──あ、領収書はおまけの肉込みで元値の方で書いてねー」

 

「……貴様、さては己が何故(なにゆえ)我らの側に押し付けられたか、まるで理解しておらんな? 拙僧は姉キャラ以外は躊躇無く処すぞ? ──さぁ、解ったなら姉を出せ。さすれば見逃してやらんこともない」

 

 金と姉の話ならしていた。

 あまり関わりたくないので、点蔵やネシンバラは遠巻きから眺めつつ、

 

「いやぁ、酷い光景だね」

 

「……まぁ、武蔵の商会は弱肉強食の世界と聞き申す。値切りスキル自体は有り難いゆえ、法に触れぬ限りは基本放置でよう御座ろう。あれ、目付け側が賄賂要求して御座らんか?」

 

 両方まとめてしばき倒せる伊吹のような存在が、切実に欲しかった。

 その彼がこの場にいないのは、

 

「──奴は今、馬鹿の尻を蹴飛ばすのに忙しいからな。金にならんのによくやるものだ。それに比べ、買い出しはいいぞぉ──! 安く買い叩けば、その分経費が浮くというものだ。場合によっては商売敵が損をする素敵なおまけも付く」

 

 別の店から戻ったシロジロが、鼻を鳴らして興味なさそうに言う。が、後半とのテンション差がまた酷かった。

 

「着服や横領さえ企まなければ、こちらはもうそれでいいで御座るよ……」

 

 経費の節約自体はいいことだ。買い叩かれた店主の涙は知らない。

 ただ一言念押すと、露骨な舌打ちが来た。流石にこれだけ注意と監視を向けられて行う気はないだろうが、少なくとも反省する気はないらしい。

 

 ……これ、機会があればそのうちやらかす気で御座ろうなぁ。

 

 とか訝しんでいると、姉が出されなかったため見事仕事を果たしたウルキアガが、ハイディを連れて戻って来る。

 合流した(かね)のメスは会話が聞こえていたのか、まぁまぁ、と相方のための誤魔化しを入れつつ、先程の会話の前半部分を引き継ぎ、

 

「解散した際にトーリ君、"後悔通り"に行ってみる、って言ってたよね? それ聞いて喜美ちゃん、そのまま階段に残って。……で、一歩目からソッコでヘタレたから、伊吹君が入り口の方までこう、引き摺って行く感じで」

 

 よいしょー! とむしろ投げ捨てる感じの動きを大袈裟に作る。

 とはいえ流石に彼も、トラウマとなっている通りに直接叩き込むような真似まではしなかったが。

 彼女の所作を一瞥して、静かに唸りを上げたウルキアガは、

 

「……馬鹿姉が動かぬのは、逃げ場のつもりなのであろうよ。本当に無理ならば、引き返しても構わぬのだと。そして伊吹の方は、馬鹿が逃げ出さないよう適度に相手しつつ、ビビって挫けたとしても再度挑めるよう、息継ぎの場を与えているのであろう。──なにしろトーリの奴め、この十年の間"後悔通り(あそこ)"を避け続けたせいで、すっかり拒絶反応が染み付いていると見える」

 

 それに点蔵が、Jud.、と頷く。

 

「トーリ殿自身に向き合う意気があるからと言って、それだけでまるっと上手くいくのであれば苦労もないというもの。それゆえ伊吹殿は、そのような役に自らを置いているので御座ろう。……己が内心に弱音や竦みを得た際、遠慮なく縋っても構わぬ相手というのは、それだけで有り難い存在で御座ろうしなぁ。そうして再び挑むためのテンション作るのに、無造作にネタや奇行をばら撒くのは、正直本気でどうかと思う次第で御座るが……」

 

 そこまで言うと、よくやるものだ、と嘆息したシロジロが先程と同じ言葉を繰り返す。

 ブレない様子に苦笑を作ったハイディが、まぁ、と置いて、

 

「伊吹君、あれで無駄に付き合い良いから。だからきっと、トーリ君は大丈夫だと思うかな。皆憶えてるよね? ホライゾンがいなくなった時、トーリ君かなりヤバい感じで──私たちも喜美ちゃんも色々試したけど、全然駄目で。最後、伊吹君のお陰でこっちに戻ってこれたわけだし」

 

 皆、当時の記憶は残っている。そのあたり、まず思い浮かぶのは、

 

「トーリ殿、ボッコボコにされて御座ったなぁ。……殴った側である伊吹殿の傷の方が酷くて、マジ気味の泣きが入っていたのが、自分未だに謎で御座るが」

 

 トーリが、それもホライゾンの死後となると、伊吹に殴り勝つのは不可能だろう。とはいえ、根掘り葉掘りと問うのも野暮と空気を読んで、その際はただトーリの復帰を喜んだため、点蔵としてはわりと謎のままだ。

 

「ああそれ、全部喜美ちゃんがね? 「愚弟が愚弟に戻って嬉しかったから勢いで混ざったけど、気が付いたらなんか伊吹だけ殴ってたのよねぇ」って。後半、泣いてたトーリ君の方が「もう止めてあげてよぉ」って別の意味で泣き出すくらいハシャいじゃった、って前言ってた」

 

「ほ、本気で碌でもない理由で御座るなぁ!?」 

 

「……まぁ、今は馬鹿と馬鹿の昔話はいい。結局のところ、全ては明日次第でしかないのだからな。……ただ、それによって本物の馬鹿がどうするかにもよるが、そこまででもない筈の馬鹿のも、やはり後戻り出来なくなるのだろうな」

 

 馬鹿馬鹿と言い過ぎではあるが、事実なので突っ込みはない。

 そのシロジロの言葉に皆、沈黙を作って頷く。

 ──小等部の際、授業の一環ではあるが、かつて皆が夢を語った場がある。世界一の商人になりたい。世界一の小説家になりたい。そんな可愛気のある──極東の地、武蔵では絶対に叶わない夢。

 だが当時その場で、()()()()()()()()夢を抱いた物好きが三者いる。

 

 ──皆の夢が叶いますように。

 ──皆の夢が叶う国を作る、王様になる。

 そして、

 ──武蔵が世界一だと、クソどもに知らしめる。

 

 それにネシンバラが、うん、と呟いて、

 

「葵君も大概だけど、在喜君も相当酷いよね。可愛気の欠片もないし、なにをどうする気だよ、って感じだし。当時は──とりあえず武蔵以外の艦全部沈めてマウント取れば達成じゃね? 的なノリだったけど、どこの魔王だよっていう。そもそも武蔵に武装とかないしさ。……今だって、主権がないから、まず世界の流れに関われない」

 

 ──少なくとも、今は。

 だからそのためには、例えばそう、

 

「例えば──これから武蔵や極東を中心に、世界を揺るがすような事態でも起こればまた別なんだろうけど……」

 

 そう言って、空を見る。そのままネシンバラが、さっきさ、と声を寄越して、

 

「K.P.A.Italia所属の船影、あったよね。先に降りた一般学生とかは、こっちでも見かけるけど」

 

 ウルキアガが頷く。旧派である彼はそのまま答えを告げて、

 

「教皇総長──インノケンティウスの所有する、ヨルムンガンド級ガレー"栄光丸"であるな」

 

「うん、あれちょっとセンスないよね。もっとこう、グローリー的な名前の方がさ。いや僕的にはダークネス推しなんだけど……」

 

 全員、無言でネシンバラを置いて歩き出した。

 

「待てぇ──!? ……あ、いや、待って下さい……! ──そうじゃなくて、言い方悪くすると教皇総長、今回は大罪武装の無心が目的らしいじゃないか」

 

 そしてその大罪武装には、ある噂が存在する。

 それは、

 

「……人間を材料にしている、というやつで御座るな。七大罪、その原盤たる八想念を武装として再現するには──部品として、人間が最適であると」

 

 普段なら、この厨二ついに本気で脳がおかしく──と思うところではある。

 が、とあるひとつの疑念が、外道どころか極道じみたその経緯を、可能性として想起させて仕方がない。

 

「……ホライゾンか」

 

 ホライゾンの死が十年前。そして、大罪武装が開発され、各国に配られたのも同じ頃だ。トーリが絡んでいるとはいえ、当時彼女を轢き殺したのは元信公の馬車で、その死後すぐに大罪武装を配ったのも元信公。そして彼は、以来どれだけ求められても新規の開発は拒み続けている。

 

「元信公があまりに頑なだから今回、教皇総長自ら乗り込んで来たわけだけど。……でも、今の話をそのまま当て嵌めるなら、こうも考えられるよね。──そもそも部品がもうないって」

 

 妄想と言われようと、ホライゾンの近くにいた人間としては、関連付けるなと言う方が難しい。

 実際、男連中はそのあたり、トーリに相談されたこともある。

 ──あれ、ホライゾンじゃね?

 といった感じで、末世の混乱に乗じて各国からチョロまかして墓に添えようぜ、的な計画もあったりして。──伊吹も、「世界が終わるなら最後の最期に武蔵ブーストで荒し回るのもありか……」とか、マジで乗り気で地味にヤバい。

 

 ──まぁ、なにをするにも全ては明日だ。

 ただ、トーリが告白する相手が、別人や他人の空似ではなく、本当にホライゾンだったのならば、

 

「でも、どうなんだろう。在喜君はそのひとの、そのひとらしい在り方を大事にする人物だけれども。けど、アリアダスト君がいなくなってもう十年にもなる。……僕たちがこうして生きている以上は当然のことだけど、年月で言うならば──アリアダスト君と過ごした時間より、いなくなってからの時間の方が、むしろ長いくらいだ」

 

 その場合彼にとって、例えばトーリをトーリらしいと言うのであれば──今のトーリをそう思っていいのか、あるいは、それはホライゾンが隣にいた頃だけだったのか。それとも──。

 

 どうなんだろう──。というその疑問に、答えられる者はいない。 

 

 

+++

 

 

 合流した両班の荷は、合わせると結構な量だった。

 それを見て、呆れたように直政が、

 

「そっちも相当買い込んだねぇ。ったく、明日を祭りにするにも限度があるだろうに」

 

「大丈夫、大丈夫。こっちは今夜の分だし」

 

 それは大丈夫でいいのか、と微妙な表情の直政とは別に、アデーレの方は明るい感じで、

 

「普通に集まっちゃいましたけど、やっぱり皆さんも、総長の方に行く感じなんですね。一応、三河の花火なんかもあるらしいですけど」

 

「ま、汚い花火(伊吹)ならさっき見たしな。幽霊探しはともかく、教導院でならその気になりゃあ花火くらい見れるだろうさ。こうして見ると……どいつもこいつも、物好きなもんさね」

 

「……マサ、ブーメランって知ってます?」

 

 笑みで問う浅間に対し、直政は心外だとばかりに、ああ、と頷いて、 

 

「よくアンタにブッ刺さってるやつな」

 

 ──巫女はぐぬぬ顔で視線を逸らした。

 すると集った彼らの合流地点、両班の中心に位置した店舗の扉から、店主の女性が顔を出した。

 

「なんだいなんだい、今日は教導院の連中が多いね。まだ時間外だよ?」

 

 知った顔の相手にハイディが、あーすいません、と軽く挨拶して、

 

「どうもお騒がせして。で、そんな感じで明日も騒がせることになるかと……。皆が集うならやっぱり自然と"青雷亭(ここ)"かな? ってなっちゃうので」

 

「なんだい、宴会でもする気かい? だったらP-01s(あの子)にも頑張って貰わなきゃだねぇ」

 

 その言葉に、一瞬だけ動きを止め、しかし笑みを作り、

 

「ええ──、はい。きっと大丈夫だと、そう信じています」

 

 きっと、

 ──楽しい宴になることを、皆祈っていますから。

 

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