神を破壊する大王(男)   作:ノラミミ

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神速・初

 

 夢を見た。

 

 光の道を歩く夢。

 

 どこまでも先へと続いていくその道は、果てが見えなく、しかしそれを歩くことに不安はなかった。

 

 果てが見えない。

 

 それは――とても素晴らしいことだ。

 

 道が途中で終わってしまうことがないのであれば、歩き続けることが出来る。迷って、立ち止まって、時には逆走することがあっても、先へと進むことが出来る。

 

 それは未来だ。それは希望だ。

 

 故に不安はなく、道を歩み続ける。

 

 道の途中、ふと肩をトントンと叩かれて振り返る。

 

『アルテラ』

 

 名前を呼んだのは、ユウちゃんだった。いつも通りの柔らかな微笑を湛えて一歩、自分より先へと踏み出して此方を振り返る。

 それに続くように続々と、関わってきた人達が肩を叩き、背を叩き、後方から前へと歩いてきて振り返る。

 

『ほら、行こう?』

 

 皆が自分を見るその瞳は優しげで、そして、お前も行くんだろう? と語りかけているように感じられた。

 

 ああ、と短く返答をして一歩踏み出す。それを確認した皆は嬉しそうに笑うと、視線を道の先へと向けて再び歩き出した。

 

 ああ――。

 

 その後ろ姿が――とても眩しい。

 

 その後ろ姿が――とても愛おしい。

 

 

 だから祈ったのだ。

 

 ――どうか、彼等の行く道がどこまでも続いていきますように、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 眠りから覚める。

 

 何故だか、酷く寝覚めが悪い。思い当たることは夢の中であの荒野へと辿り着いたことくらいだが、別に今回が初めてというわけではなく今までにも数度、特に予兆もなく行き着いたことはあるので、きっと関係ないだろう。

 

 頭を振って気持ちを切り替えると、もはや習慣と化した行動をなぞり、ラウンジへと赴いて朝食を摂る。

 

 いつも通りのルーチンワーク。

 

 それは間違いない筈なのだが、寝覚めが悪かったからだろうか。胸の辺りをずっと不鮮明な違和感が襲っていた。そのせいか、ムツミちゃんの作ってくれた朝食をじっくり味わうことが出来なかったことは、素直に申し訳ないと思う。

 

 鬱屈とした内心が顔に出ていたのか、ムツミちゃんに心配されてしまった。ポーカーフェイスには自信があったのだが、ムツミちゃん曰く「いつも見てますからそれくらい分かります」とのこと。

 しかし、心配はありがたいのだが生憎と自分にも原因はよく分かっていない。その為、曖昧に誤魔化すに留まった。

 

 ラウンジを後にして任務でも受けようかとヒバリさんの下へと向かい、今ある分のリストを表示してもらう。だが、どうにも気が乗らない。別に気が乗らないから仕事しないなんて子供染みた台詞を吐くつもりはないのだが、この違和感はどうにもそういうことではないらしい。

 

 まるで汚泥のように気持ち悪く纏わりついて離れない。平静の心に影を落とすこの感じは、そう。何か言葉を当てはめるのだとすれば――嫌な予感がする、というやつなのかもしれない。

 

 なるほど、そう考えてみるとそうとしか思えなくなってきた。いわゆる、虫の知らせというものだろうか。しかし、所詮は予感。あまりまともに気にかけておく必要もないだろう。

 

 ――などとは到底思えない。

 

 所詮は予感。されど予感。第六感などという曖昧で不確かなものではあるのだが、こと負の方面に関しての予感は外れた試しがない。なんとも喜べない経験則である。

 

 とにかく、予感の正体が分からないままに任務へ行くのは止めた方がいいだろう。

 

「アルテラさん? あの、どうかされましたか?」

 

 思考の渦に呑まれていたことを見咎めたヒバリさんの一声で意識を戻す。いつもはパッと決めて任務に向かう人が、今日に限って考え込んでいれば誰だって不思議に思うだろう。

 

「いや……今日は待機しておくことにする」

 

 嫌な感覚は消えていない。本当に何かが起きるのか、それはいつ起きるのか、具体的なところは全く分からないが、せめて様子見をする時間くらいは多少必要だろう。待機しておけば、情報が入りやすいことだし。

 

 内心を知らないヒバリさんは、告げた言葉に目を丸くする。俺が任務を受けないことがそんなに珍しいですか。俺だって休みくらい、と思い返してみるも、あまり休んだ記憶がない。馬鹿な、知らぬ間に社畜に身を(やつ)していたとは……!

 

 これが極東、これがブラック……!!

 

 本人に悟らせることなく無理難題を吹っ掛け、長時間労働を強いて、低賃金で報いる。それを日常的に行わせることで常識の(たが)を見失わせ、あたかも当たり前のことのように洗脳する。なんて恐ろしい。

 

 言い掛かりも甚だしい思考をよそに、ヒバリさんは真剣な表情で俺の顔を少しの間覗きこみ、しかし特に何かを言うことはせずにふっ、と頬を緩めて微笑んだ。

 

「……そうですか。では、少しでも長く(・・・・・・)休んでくださいね。ただでさえ、アルテラさんはたくさん働いていますから」

 

 ああ、と。彼女は察しているのだなと気付く。でなければ、「少しでも長く」なんて言い回しは使わないだろう。

 それはつまり、察していて追及してこないということ。その気遣いが有り難く、同時に感動を覚えた。

 

 言い辛いことを読み取って、その上で此方を案じてくれるとはなんて良い女性(ひと)なのか。ヒバリさんマジ女神(ゴッデス)

 

 礼を言ってその場を離れると、エレベーターへと乗り込む。向かう先は支部長室。あれで色々と見ている人だ。何か不審な点に気がついているかもしれない。

 

「――ふむ。悪いが特に目についたことはないね。一応、こちらでも気にかけておくよ」

 

 しかし、こちらも空振り。嫌な予感などという不確かな話だ。気にかけておくという言質を貰えただけでも良しとしよう。

 

 そのまま、特に何が起こるわけでもなくただ純粋に休むだけで時間は過ぎていった。

 

 これは本当に何も起こらないで終わるかもしれない。嫌な予感など外れるに越したことはないので、それならそれでいいのだが。

 しかしその場合だと、久々の休みにも関わらず一日中妙な違和感に襲われ続けるというなんとも嫌な一日になってしまうという問題がある。別にいいんだけど。

 

 時刻は昼下がり。一応、もう一度ヒバリさんとサカキ博士に何かないかを確認しておくとしよう。

 

 近場のエントランスへと向かう道中、ふと今日は第1部隊の面々と顔を合わせていないことに思い至る。別段、毎日一緒に行動しているわけでもないのだが、少し気になった。ついでだ、ヒバリさんに聞いてみよう。

 

 結果、コウタは偵察任務に。エリナとエミールは二人で討伐任務に向かったらしい。任務内容から見ても、特に心配は要らなそうだ。あの二人も、そろそろ新人とは呼べなくなってきているし、実力も向上しているのだ。

 

 「そろそろ帰ってくると思いますよ」との女神の啓示をいただいたので、サカキ博士のもとへ行くのは後回しにして、どうせ暇だからとヒバリさんの業務を邪魔しない程度に談笑して待つことにした。

 

 タツミ? 知らない子ですね。

 

 それはともかく、久々の穏やかな昼下がりだ。平和、平穏、平凡。言葉にすることはとても簡単で、当たり前だとすぐに勘違いしてしまう。それ故にその大切さに気付くことの出来ない時間。

 

 この世界に来てから気付けたというのは皮肉な話だが、気付かずに人生終了するよりはましだろうとポジティブに捉えている。

 

 命を懸けてアラガミと戦い、その後の穏やかな時間を享受する。平穏とは程遠い非日常だが、その非日常があるからこそ、掛け替えのない時の価値というものが感じられるのかもしれない。なるほど、だからこそ俺は生きていることを実感出来ているのだろう。

 

 だからこそ俺は――この日常を大切にしたいと、守りたいと思えているのだろう。

 

「こちらコウタ、ちょっとまずいことになった」

 

 唐突に入る通信、どこか焦っているように感じられるコウタの声。即座に察して簡潔に装備を確認する。

 

 ――ここに日常は破られた。

 

 儚いものだなと、ある意味で感心しながらコウタの報告を聞き終えると、躊躇うことなくゲートから外へと飛び出していった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ハンニバルと命名されたアラガミが現れ始めたのは、そう昔のことではない。むしろつい最近になって確認されたアラガミである。

 

 竜のような体躯と籠手を着けた左腕を持ち、しなやかな体術、自身の炎を剣状へと変形させるなど、どこか人間を思わせる動きが特徴的なアラガミだ。

 その特徴通り、ハンニバルは強力なアラガミだと極東支部において認識されている。

 

 そんなただでさえ強力なハンニバルだが、そのなかでも何の突然変異なのか、その素早さを倍以上に進化させたハンニバル神速種と呼称される種類がいる。

 

 滅多に、どころかこれまでに数体ほどしか確認されていないことが救いだが、この神速種のハンニバルの強さは普通種、侵食種と比べても格が違うと言わざるを得ない。

 

 ただ速いだけ。

 

 なるほど、言葉にすればそれほどでもないように感じるが、その速さがどれ程の脅威となることか。

 

 普通種のハンニバルの攻撃の威力は相当なものだ。そこに速さがプラスされれば、それだけでその威力も当然のごとく増していく。更に、回避行動等においても異常な速力を誇るのだ。捉えるだけでも一苦労だろう。

 

 さて、どうして急に神速種の話などしているのかと言えば、コウタからもたらされた報告に依るものである。コウタからの情報はこうだった。

 

「ハンニバル、それも神速種だと思われる個体が、アナグラに向かって進行している」

 

 サカキ博士もその反応を確認しており、情報を裏付ける結果となった。向かって来ているというのであれば迎え撃つだけの話だが、その進行予測ルートにエリナとエミールが居るという問題があった。

 

 ハンニバルの速度から推測しても、二人が帰投する前に接敵することは免れない。二人が神速種を撃破、あるいは撃退する可能性が無いとは言わないが、限りなく低い。何せ、あの人間を辞めている立体機動を平然と行う神薙ユウをもってしても、厳しい戦いだったと言わしめるほどだ。

 

 その為、増援は必須。それも実力があり、二人と連携をとれる人員が望ましい。コウタを除けば、残るは一人しかいない。

 

 町並みを過ぎ、防壁を越えて、目指すは少し離れた場所にある放棄された建築物の付近。

 

 一人、駆け抜けながら戦う決意を固めるアルテラの脳裏に過るのは、血溜まりに沈む子供達の姿。その情景を振り払うことなく心に深く刻みこむ。

 

 ――忘れるな。

 

 あの痛みを、あの苦しみを。否定することだけはしてはならない。全てを己の糧に変えて前へと進め。

 

 覚悟を確認するように、軍神の剣を強く握る。ふっと息を吐いた後には、その瞳からは既に迷いの種火は消えてなくなっていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ――急速だった。

 

 情報を受けてからは、当然ながら警戒を緩めることなく帰途を辿っていた。そこに油断があったかと問われれば、自信を持って無かったと言える程には。

 エリナとエミール、双方ともに大型アラガミとの交戦経験は未だ少なく、更にハンニバルの上位種ともなればその脅威度は未知数だ。油断など出来よう筈もない。

 

 交戦予測ポイントが近付くにつれて警戒、および緊張の度合いは徐々に増していき、二人の間には妙な静けさが漂っていた。

 

 響いてきたのは地鳴りのような音だった。

 音源が遥か遠くなのであろうことが理解できる程度に小さな音。

 

 しかしそれは倍々に大きさを増していき、間もなくして二人の後方、目視できる位置に音源の正体が姿を現すこととなる。

 

 実際に目にした経験はなくとも、瞬時に悟る。

 

 ハンニバル神速種。

 

 前傾姿勢で真っ直ぐに此方へと向かって来ている。遠からず激突することになることは逃れられないだろう。

 

 互いに視線を交わすと神機を構えて備える。油断はなく、意気軒昂。多少気圧されていたことは否めないが、士気は低くはない。

 

 されど、事態は一変した。

 

 

 ――神速だった。

 

 一瞬。どんどんと此方へと近付いてくるハンニバルは、その視界に二人の人間を映し――加速した。

 

 まだ距離があるとはいえ、二人に気の緩みはなく。しかし、その警戒さえハンニバルには関係のないことだった。

 

 予想を裏切り、予測を踏み越えて。

 

 彼我の距離を瞬きのうちに潰したハンニバルは、勢いをそのままに左腕を振るった。

 

「え――?」

 

 反応間に合わず、左腕の圏内にいたエミールは、轟音を上げながら廃墟の中へと消えていく。それを見送り、呆けたように声を洩らしたエリナへと、竜の双眸が向けられた。

 

 エリナが幸運だったのは、彼女が立っていた場所が右腕の位置だったこと。味方がやられたことに対して怯えるのではなく、それが戦う意思へと変換される性質だったこと。そしてもう1つ。

 

 アルテラの訓練を受けていたことだ。

 

 流れるように体を捻って振るわれる右腕に、彼女は遅れ気味ながらも反応してみせた。神機を盾にして威力を軽減。しかし、衝撃までは殺すことができずに、エミール同様その場から吹き飛ばされる。

 

 空中で体勢を立て直しながらエミールの飛ばされた方向をチラリと確認するも、未だ粉塵は晴れず、状態は不明。だが死んではいないだろうな、との特に根拠はない信頼があった。だってエミールだし、とひとりごちながら視線を戻す。

 

 飛ばされるエリナを確認しながらも、ハンニバルは攻撃の手を緩めず、空中のエリナへとブレスを放つ。浮いた状態では回避行動は不可。

 着弾するかと思われた炎弾はしかし、空中でチャージグライドを発動することによる無理矢理な方向転換によって回避された。

 

 ほっと安堵するのも束の間、エリナが回避したことを見てとったハンニバルは炎剣を形成するとその場から跳躍。未だ着地出来ていないエリナへ止めを刺さんと飛び掛かった。

 

(躱せない――!!)

 

 連続でのチャージグライドは発動できない。回避を諦めたエリナは反撃に移れない歯痒さを押し殺し、せめてダメージを軽減しようと神機を再び盾に。

 シールドへ変形させる時間はなく、チャージスピアの形態のまま防がなくてはならない。アルテラの速度を見ていたお陰か、動きはなんとか捉えられている。ならば――。

 

 動きを見切り、攻撃をいなす――!!

 

 迫る炎剣に対応させて神機を振るい迎撃。ギャリギャリと拮抗する甲高い音が響きわたる。押し負ける結果ではあったが、攻撃を遣り過ごすことには成功し、更に反動を利用してなんとか着地まで出来た。

 

 勢いを殺すように足を踏ん張って地面を滑りつつ、今度こそとハンニバルに視線を戻す。

 

「あ――」

 

 目の前。腕を振り上げた状態のハンニバルがいた。

 

 回避――間に合わない。

 

 防御――これもまた間に合わない。

 

 引き伸ばされた時間の中で、エリナは迫る豪腕をぼうと見遣る。当たったら痛いんだろうな、などと少し場違いな感慨を抱きながら、(きた)るであろう衝撃を待った。

 

「Guaa!?」

 

 しかし寸前。三条の流星がハンニバルを弾き飛ばす。よく持ちこたえたな、と落ち着きのある声が耳朶を打つ。それと共に帽子の上から暖かな重みが感じられた。

 

 安心から、否応にも緊張が緩む。

 

 それは、よく見知った青年だった。同時に、とても頼りになる心強い増援だった。

 

「――先輩!」

 

 エリナを守るようにその眼前に身を晒したアルテラは、感触を確かめるように軍神の剣を1度横へと振るう。

 数瞬の後、復帰して此方を睨み付けるハンニバルから視線を逸らすことなく、その剣を突きつけた。

 

「――繁栄はそこまでだ」

 





 ハンニバル君は強化していますので、攻撃が苛烈仕様です。

 エミール? 気絶してます。

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