神を破壊する大王(男)   作:ノラミミ

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 書いて消しての繰り返しの結果、遅れた挙げ句に当初のものとはかけ離れた話になりましたが、後悔はない!


閑話:誤射姫の午後

 

 極東支部に所属するゴッドイーター達は、皆それぞれが他の支部とは一線を画した戦闘能力を誇る。それは偏に、極東が対アラガミ戦線の最前線だということに起因する。

 

 弱くては生き残れない。勝たなくては明日は来ない。

 

 ある意味では究極に切羽詰まった状態が常の場所である。そこでゴッドイーターを続けて生きていることが出来たのならば、嫌でも強くなる。

 そして大抵、生き残って今なお戦い続けるゴッドイーター達は、それぞれが個性的な面々である。

 

 後輩に書類仕事を押し付けて酒を呷る者、片付けが出来ない者、仕事そっちのけで研究に明け暮れる支部長。 ……一人、別枠が混じっていたが、とにかく個性的な面子には違いない。

 

 そんな中、ある一人の女性ゴッドイーターは、仲間内からですら恐れられる特徴を有していた。

 

 性格が破綻しているのか? 否だ。

 

 彼女はどちらかと言えば、確実に温厚な部類に入る性格をしている。多少頑固なところはあるが、誰だって拘るものはあるだろうから、問題とするようなことでもないだろう。

 

 常識が欠如しているのか? これもまた否だ。

 

 少々天然が入っていることは否めないが、彼女はいたって常識的な女性である。ある一点においては常識が欠如しているが、それに目を瞑れば、俗にいう女の子らしい女の子と言える。

 

 では仲間内ですら恐れられる特徴とは?

 

 それは全て、彼女の通り名に集約されている。

 

 ――『誤射姫』。

 

 それが彼女――台場カノンの、最大にして最凶、最高にして最悪の特徴だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ハンニバル神速種との邂逅からしばらく。漸く怪我も治り、身体の調子も戻っていたアルテラは現在、ラウンジの一角で冷や汗を流していた。

 

 表情は達観を通り越して諦観に至り、赤い瞳は光を失ってここではないどこかを映す。要は――現実逃避をしていた。

 

 アルテラが座るのは、いつものカウンター席ではなくテーブル席。その向かい側に、現実逃避をする元凶となった一人のゴッドイーターが、身を乗り出す形で座っていた。

 

 桃色の髪をポニーテールにまとめたその女性ゴッドイーター。名を台場カノンという。『誤射姫』という不名誉かつ物騒な異名を持つ彼女は、仲間内では「背中を見せれば射たれる」とすら言わしめるほどの誤射率を誇っていた。全く誇れることではないが。

 

 そんな彼女は現在、興奮していた。

 

 全てはカノンの上司となった真壁ハルオミ――通称ハルさんが誤射に悩まされた結果、カノンのお守りならぬ任務への同行をアルテラにぶん投げた事から始まった。

 

 カノンの恐ろしいまでの誤射率と、任務中の性格の豹変を知っていたアルテラは、当然ながら全力で拒否した。しかし、反論を許す間もなく「そんじゃ任せた。大丈夫だ、お前さんならできる」との根拠のない台詞を吐いて、ハルさんは残像すら見えそうな速度でカノンを残して逃げ出した。

 

 呆気に取られたものの、とにかく断ってやるという鉄の意思でカノンと向き合うアルテラ。しかしそれも、カノンの見て分かる程の落ち込みようと「ご迷惑でしたよね、すみません」という一言で崩れ去った。

 

 罪悪感には弱い男である。

 

 そんな流れでカノンの任務に同行することとなったアルテラだが、彼には一つ憂慮していることがあった。言うまでもなく誤射のことだ。

 

 バレットには識別効果というものがある。これはバレットが自動的に仲間と敵とを識別して、敵にのみダメージを与えるというもので、仮に誤射が起こったとしても「痛い!」で済む。そもそも誤射をするなという話だが、それは置いておく。

 だがここで考えてみてほしい。バレットは、一体何をもって(・・・・・・・・・)仲間と敵とを判断しているのか? アルテラの推測ではこうだ。

 

 体内の偏食因子で識別しているのではないか。

 

 マズイ、とそこまで考えが至ったアルテラは冷や汗が止まらなくなる。自分には偏食因子などない。つまり――誤射が当たればリアルに背中から射たれて果てるハメになる。

 

 だがここで、カノンに「やっぱ無理、テヘペロ☆」などとアルテラは言えない。

 

 己の命より、張り切って自分の前を歩くカノンの顔を曇らせることを嫌った彼の姿勢を、男の鑑と取るかアホと取るかは人それぞれだが、アルテラは既に覚悟を決めていた。さながら、死地に赴く兵士ばりに。

 

 覇気すら放ちながら歩くアルテラの姿にすれ違う人々は驚いて振り返り、そして前方を歩くカノンの姿を見つけると、そっと視線を逸らして心の中で黙祷を捧げた。

 

 任務内容は贖罪の街に巣食うシユウ二体の排除。二体とは言え、中型種のシユウであればそこまで難易度が高いわけではない。……普通であれば。

 

「だあぁぁぁぁ!?」

 

「アハハハハハハ!!」

 

「うあぁぁぁぁ!?」

 

 最早狙っているのではないのかと疑ってしまうほどにアルテラへと目掛けて吸い込まれていくバレットを、文字通り死に物狂いで避けながら軍神の剣を振るう。きちんとシユウにもバレットが当たっているのがせめてもの救いか。

 

 豹変しているカノンに言葉は通じず、アラガミの攻撃よりもカノンの射撃に直感が警鐘を鳴らす中で、アルテラは自分でも驚くほどにアクロバットな動きを繰り返していた。

 

 視界にカノンが映らなければ即座にその場を飛び退く。すると、さっきまでアルテラが居た場所を放射状のバレットが奔り抜ける。

 対角線上にカノンが居れば、上空へと飛び上がる。そのまま軍神の剣でダメージを与えつつ、シユウの体を足場にして離脱。すると、巻き添え上等の徹甲弾がシユウに着弾して爆発。

 空中のアルテラへ向けてバレットが飛んでくれば、独楽のように回転して自分に当たるバレットを弾き、同時に伸長させた軍神の剣でシユウに攻撃。

 

 一見すれば息ピッタリに連携がとれているように見えなくもないが、アルテラ本人からすれば必死の一言に尽きる。「もう絶対俺のこと狙ってるよねえ!?」と内心で叫びながら、シユウとカノンとの波状攻撃を避けて着実にダメージを積み重ねていった。

 

 漸くシユウ二体を倒し終えた頃には、アルテラは精神的疲労から渇いた笑みを浮かべ、「味方って何だっけ……?」と遠い目で空を見上げていた。

 

 対照的にカノンは喜びに満ち溢れ、まさに喜色満面の笑顔を浮かべていた。

 

「凄い……凄いですよアルテラさん!! 私、今日は初めて誤射が一度も無かったんです!!」

 

「……良かったな……」

 

「はい! もしかしたら、知らない間に射撃の腕が上がっていたのかもしれません!」

 

「……良かったな……」

 

「今日はお付き合い下さってありがとうございました。何だかこれから良いことが起こりそうな気がします♪」

 

「……良かったな……」

 

 微妙に噛み合っていない会話をしながら、カノンとの初の共同任務は終了した。

 

 帰投後、誤射が無かったと嬉しそうに会う人会う人に語り聞かせるカノンを、皆は信じられないようなものを見る目で見た。そして本当なのかとアルテラに問えば、死んだ目で「当たりはしなかったな……」と疲れたように語るアルテラを見て、察した。

 

 『あっ、きっと全部避けたんだな』と。

 

 それからも数度、アルテラとカノンの二人で任務を行う機会があった。他のゴッドイーターを誘うも、巻き添えは御免だと断られる始末なので、結果として二人になっただけであって、狙って二人で任務を受けたわけではないことは明示しておく。

 

 共に任務をこなすにつれて、アルテラが危惧していたことにカノンは気付く。

 

「私、アルテラさんと一緒だと誤射がないみたいなんです」

 

 うん、だって俺が全部処理してるからネ! という本音を隠して「そ、そうなのか……」と返すと、アルテラは適当な理由をつけてその場を逃げ出した。

 

 この流れはマズイのだ。

 

 このまま進むと、確実にカノンと任務に行く回数が増えることになるのは目に見えている。「もしよければ、今後も私と一緒に任務に行ってもらえませんか?」などと言われてしまえば、アルテラは断れない。

 罪悪感もそうだが、女性の頼みを断ることに抵抗があるのだ。ただでさえ、任務を除けばカノンは天然が入っただけの可愛い女の子であることもそれに拍車をかけた。

 

 この出来事から数日後にハンニバル神速種との邂逅があり、怪我で療養していたために、アルテラはカノンとの遣り取りを失念していた。

 

 それが今現在の状況へと繋がる。

 

 アルテラが回復したらしいという話を聞いたカノンが、ラウンジに居たアルテラへと突撃。「お話があります!」と凄い勢いで圧されてテーブル席へと移動してから話が切り出された。

 

 曰く、アルテラさんと一緒だと誤射がありません。

 曰く、他の人とだと変わらず誤射をしてしまいます。

 そして曰く、一緒に任務に行きましょう。

 

 アルテラは声にならない悲鳴をあげて、一瞬で現実逃避。興奮気味に此方に身を乗り出してキラキラとした視線を向けてくるカノンから視線を逸らした。

 

 断りたい。しかし、断れば確実にカノンは落ち込む。それとなく周りを見渡すと、目が合った傍から全員が視線を逸らした。薄情者達め、と心で泣きながら視線を戻す。カノンは尚も興奮冷めやらぬ様子で言葉を続ける。

 

「アルテラさんと一緒だと、自分でも不思議なくらい調子がいい気がするんです!」

 

(気のせいだと思います。いつも通りに巻き添え上等の誤射姫です)

 

「誤射が全くありませんし、もしかしたら、アルテラさんと私は相性がいいのかもしれません!」

 

(ある意味で相性はいいと思うよ。誤射がないのは俺が処理してるからだけどネ!!)

 

「あ、あの、変な意味じゃありませんよ? その、パートナーとしての相性がという話でして、あ、パートナーって男女のパートナーという意味ではなくて、いや、男女のパートナーには違いないんですけど……。その、ですね……うぅ……」

 

(くそぅっ!! 可愛い!!)

 

 カノンの言葉に内心だけで返答を繰り返し、最終的に自爆して顔を赤くしたカノンに負けたアルテラは、任務への同行を了承した。

 

 その様子を見ていた周囲の者達は、アルテラの評価を上方修正すると同時に、今度からはもっと労って接してあげようと心に決めたらしい。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 カノンがスキップをしながらラウンジから出ていったのを確認したアルテラは、大きく溜め息を吐いてテーブルに突っ伏した。

 早まったかもしれん、と若干後悔していると、見計らったようなタイミングでハルさんが声をかけてきた。

 

「ふっ、お前さんならやってくれると信じていたぜ、アルテラ。流石は俺の見込んだ男だな!」

 

 バシバシと背中を叩くハルさんに、「生け贄に見込んだんだろ」と内心恨みがましく突っ込みをいれてから顔を上げる。

 

「――ふっ」

 

 そして勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべた。

 

「……お、おい? なんだぁ? その笑いは……?」

 

「いえ。ただ、アドバイスを一つ。――背中には気を付けてください、ハルさん」

 

 不気味な台詞を話すアルテラに、ひくっと顔を引き攣らせたハルさんは、どういう意味なのかと問い詰めようとした。

 しかし、そのタイミングを潰すように立ち上がったアルテラは、「月夜だけだと思うなよ」と不穏な言葉を去り際に呟いて颯爽と立ち去っていった。

 

 この男、カノンを押しつけられたことの恨みを忘れていない。

 

 

 それから数日、特に何事もなく時間は過ぎ、ただの脅しだったのかと安堵していたハルさん。

 

 いや、何事もなくというには語弊があった。『誤射姫』の名をほしいままにしていたカノンが、その評価を上げていたのだ。

 と言うのも、誤射を逆手に取り、回復弾を射つといいとのアルテラのアドバイスによるものである。これにより、優秀な衛生兵の立場を確立していた。

 

 故に、ハルさんは安心してカノンとの任務に赴いていた。……それこそがアルテラの狙い通りであることに気付かずに。

 

「あぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 

「射線上に立つなって、私言わなかったっけ?」

 

「ば、バカな……!? 何故誤射を……!? いや、それよりもどうして禁止した筈のオラクルリザーブを使っているっ!?」

 

 背後から射たれて痛みにのたうち回るハルさんは、そこで思い出した。

 

 「背中には気を付けてください」

 「月夜だけだと思うなよ」

 

 アルテラの不穏な言葉が繋がる。

 

 まさか、あの男はこの為に……!? 

 

 回復弾で評価を上げさせたのは、油断を誘うためのブラフ! 全てはハルさんにオラクルリザーブからの凶悪な威力のバレットを叩き込まんがための策略だったのだ!

 

 それその通り、全てはアルテラの狙い通りである。回復弾での貢献でカノンは評価を上げるだろうことも。それでハルさんが油断するだろうことも。

 

 そして――カノンが回復での貢献ではなく、射撃手として貢献したくなるだろうことも。

 

 故に、アルテラはガス抜きの対象を勝手に指定した。それこそがハルさん。オラクルリザーブも、適当な理由を述べて解禁させた。

 

「ア、アルテラァァァァ!!」

 

「邪魔っ!!」

 

 真壁ハルオミは理解する。

 

 マジヤバイ、と。

 

 取り敢えず今を生き延びるために、ハルさんは逃げ出したい現実に否応なく向き合わざるを得ないのだった。

 


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