フェンリル極東支部、通称「アナグラ」。
対アラガミ戦線の最前線とされるこの地では、日夜ゴッドイーター達によるアラガミとの戦いが繰り広げられている。
しかし現在、アナグラは喧騒に包まれていた。
いや、喧騒に包まれていたというのは少し語弊があった。騒いでいる、というより落ち着かない様子でいるのは、あの白いアラガミの少女、シオを知っている面々だけなのだから。
かくいう私もその一人。
というのも、昨夜に観測班の人達からあがった報告内容が原因だった。
謎の光の柱、周辺一帯の消失、そして――白い人影。
その人影と光の柱との関連性は分からないが、何の関係もないという可能性は低いだろうと思う。それよりも白い人影、ということが問題だった。
だってそれは、どうしても月へと行ってしまったシオのことを思い起こさせてしまうから。
シオではないことは理解している。彼女は私たちを守るために終末補食を連れて月へと旅だったのだから。けれど、やはり彼女と同じく白いシルエットの何者かの正体が気になるのは仕方のないことだった。
「やっぱさ、気になるよね……」
声をあげたのは、私と同時期にゴッドイーターになったコウタだった。いつにもまして珍しく深刻そうな表情をしている。
「ええ、白い人影、だなんて……」
続いたのは同部隊のアリサ。非常に露出の激しい格好をしているため、友達としてしっかり指摘した方がいいんじゃないかと最近すごく悩んでいる。恥ずかしくないんだろうか。
「…………」
そして最後の一人のソーマは腕を組んで沈黙したままだ。けど少しそわそわしているように感じる。やっぱり彼も気になっているようだ。
以上の三人が、私が隊長を務める第一部隊のメンバーだ。本当はあと二人、リンドウさんとサクヤさんが居るのだが、二人とも今ごろはよろしくやってる頃だからここには居ない。
エイジス島での前支部長の野望を潰して、アラガミ化したリンドウさんを救出して、そして今度は謎の白い人影。
相変わらず、ここはトラブルが絶えないなあとか思ってしまった。
「まあ、今はサカキ博士の指示を待とうよ。博士も絶対気になってるだろうし」
取り敢えずそう声をかけた。我ながら正確な指摘したなと思う。あの人ならまず間違いなく気になっているだろうし、私たちを作戦に当たらせてくれるだろう。
「だよねー。絶対『実に興味深い』とか言ってるよ」
「確かに、言ってそうですね……」
「噂をすれば、だな」
ソーマの言葉に視線を向けると、エレベーターから丁度博士が降りてきたところだった。
「やあ君たち、集まっているね」
「あ、博士。作戦決まったんですか?」
率先してコウタが聞くと、博士は口許を緩める。心なしか、眼鏡がキラリと輝いた気がした。
「正にコウタ君の言う通り。光の柱、白い人影。この二つに関連性があるのかどうかは不明だが、ないとも言い切れない。それに白い人影だなんて、気になってしまうじゃないか。新種のアラガミなのか、それともまた別の何かか、はたまたただの一般人か。まあアラガミが闊歩する場所を普通に歩ける人を一般人と呼ぶかどうかは別としても、ふふ、実に興味深いね」
「うわ、言ったよ!」
「こら、コウタ! 本人の前ですよ!」
コウタとアリサが小声で話しているようだけど、普通に聞こえてるからね二人とも? まあ博士は気にしない人だからいいけど。
「とまあ、前置きはこのぐらいにして本題に入ろうか。君たちにやってもらいたいのは愚者の空母、並びにその近辺の調査だ。正直、何が起こるか分からない。くれぐれも気をつけて行ってきてくれ」
「分っかりました!」
「了解しました」
「ああ」
「了解です」
いよいよ、調査が始まる。とにかく、準備は怠らないようにしなくちゃ。博士の言う通り、何が起こるのか分からないし。
そう言えば、この話ってエントランスでして良かったのかな?
……まあいっか。
◇◆◇
ここに来てから8日目になった。今日も相変わらず飯が不味い。早く来てくれゴッドイーター。
そして俺に、ムツミちゃんのご飯を食べさせてくれ――!!
なんて叫んでみてもアラガミが来るだけなので、心の中に留めておく。学習したね、俺。
本日も晴天なり。したがって、今いる高台からは周りの景色がよく見える。どこを見ても廃墟ばかりだが、これはこれで風情があっていいのではないだろうか。風も気持ちの良いことだし、昼寝でもしたいくらいだ。
これでアラガミが居なければなあ……。
大抵見える範囲に居るのは、中型種ばかりだが、いかんせん数が多い。要するに面倒くさい。こんなにいい天気なのに戦いですか?
まあ、やるしかないんですけどね。
昨日、宝具を使ってしばらくしてから人が近付いてきていたので、若干姿が見えるか見えないかぐらいで現れてあげた。結局見えてるんじゃねえか。
とにかく、あの人たちが極東支部の人たちだとするなら、近いうちに偵察班か第一部隊あたりが出張ってくるだろう。
エイジスが崩壊してるところから見るに、もうシオのことは知っているはず。つまり基本的に白い感じの俺を調査しにくるのは、第一部隊の可能性が高い。それも近日中に。
ならば、少しでも仕事を楽にしてあげるため、近辺のアラガミを駆除するのが最も早く俺が美味しいご飯にありつく道ではなかろうか。
……なんか目的が飯ばかりになっている気がする。
間違いではないか。気を取り直して、中型種の群れへと突貫を敢行。面倒とは言ったが、一網打尽にする方法がないわけではないのだ。
そうだ、宝具を使おう。
とは言え、流石に
というわけで使用するのはFGO版の方。前方へと突き出した軍神の剣を起点として、エネルギーの奔流が螺旋状に集う。
本家では命は壊さないと言っていたが、ここに壊す文明など無いに等しいので、申し訳ないが命を粉砕する。ただしアラガミ限定。
「その命を粉砕する。『
これが本当の突貫だ――――!!
駆け抜けて、振り返る。生体反応なし。アラガミの殲滅を完了。周囲への被害甚大。
……仕方ないね、うん。
まあ廃墟だからいくら壊しても誰も文句なんて言わないさ。大丈夫大丈夫。気にしない気にしない。
ふと、遠くから何か音が聞こえた気がした。
もしやゴッドイーターが来たんだろうか。期待に胸を膨らませて、俺は高台へと跳躍して登る。周りを見渡してみて、そして――見つけた。
大分遠くの位置に人っぽい何かが居る。
あるえ? あんな遠くの音なんて聞こえるわけなくない?
疑問のままにもう一度周りを見渡すと、見つけてしまった。新たなアラガミ、ヴァジュラ君を。さっきの音はこいつのものだったのだろう。割りと近いところに来てたし。
というかまたかお前。ここ好きだね。帰れ。
心の中で言ってみる。当然反応してくれない。だがまあいいさ。丁度いい当て馬だ。あ、間違えた。丁度いい当てヴァジュラだ。
……なんて語呂が悪いんだ。二度と使わない。
とにかくゴッドイーターの戦いを見るのには、いい感じの相手だ。精々気張ってやられてくれ。俺はここで隠れて見てるから。
そのゴッドイーターの方を見てみると、急いで此方へと向かっているようだった。大方、さっき俺が使用した宝具の反応でも感じたんだろう。
近づいてくるに連れて、ゴッドイーターの人相が見えてくる。コウタにアリサにソーマ。おお、お馴染みの第一部隊の面々だ。リンドウさんとサクヤさんが居ないのは……。新婚旅行……? まあいいや。
それより、あのポニーテールの女の子はどなた……?
え、まさかあれが神薙ユウ!? 男じゃなかったの!?
衝撃の事実。神薙ユウ君じゃなくて神薙ユウちゃんだったなんて……!!
色々と混乱してるが、取り敢えずは……。
ポニーテール、イイね!
「えっ、ヴァジュラ……?」
「ど、どうなってるんですか?」
「ヒバリさん、さっきの反応は?」
『すみません、反応ロストしました。そこにいるのは普通種のヴァジュラだけです』
「とにかく、こいつを片付けるぞ!」
各々が戸惑ったように声をあげるが、ソーマの一喝でヴァジュラとの交戦を開始した。
というか、反応ロスト? 俺はいつの間に隠密スキルを手に入れていたんだ……! 凄いやサバイバル。伊達に息を潜めてアラガミ襲ってないね。
……いやマジでどうなってるのん? アルテラに隠密のスキルなんてない筈なんだが。反応が小さくて見失ったのかな?
――――ま、いっか。別に困らないし。
それよりも戦いだ。基本的にはコウタとアリサがバレットを撃ち込んでダメージと同時に狙いを撹乱して、ユウちゃんとソーマとで近接戦闘。隙あらば捕食して神機連結解放、危なくなれば互いに名前を呼ぶだけで指示を察してサポート。
なんというか、物凄く完成されている。流石は最前線の第一部隊。実力だけじゃなく、連携も凄い。
そして隊長の神薙ユウちゃん。……そう言えば名前合ってるか分からないな。まあ暫定神薙ユウちゃんとするが、あの子の三次元機動は最早人間やめてるレベル。アラガミの攻撃が掠りもしない。
そうして危なげなく、至って普通にヴァジュラは倒された。そういえば極東支部ってヴァジュラ一人で倒せたら一人前なんだっけ。何てこったい、当てヴァジュラにもならなかったぜ。
……しまった! 二度と使わないと決めたのに!
それはともかく、これで舞台は整った。彼女らに見える位置に移動する、と、ソーマがいち早く気づいて反応した。
「誰だ!」
流石ソーマ君信じてた。声につられるようにユウちゃん、コウタ、アリサも顔をあげる。
「人……?」
誰からか、そんな呟きが聞こえた。
――ヤバい、ニヤけそうだ。
なんかこれ凄い楽しいぞ。いやいや落ち着け。そーびーくーる。真面目にいこう、うん。
けど――ちょっとくらいからかってもいいよね?
◇◆◇
作戦を受けて出発してから暫く。私たちは愚者の空母が遠くに見える位置に到着していた。
「なんかさー、いつもよりアラガミが少ないような気がしない? てか全然居ないよね?」
コウタの言う通り、いつもなら交戦はしないまでも、アラガミの1体や2体は見かけることが常だ。それがどういうわけか、今日に関しては全然見当たらない。
「コウタの言う通りですね。何だか、とても静かです」
「ああ、妙な感じがしやがるな」
アリサとソーマも同意見みたいだ。皆が皆、この静けさに違和感を感じていた。目的地はもう少し。何かがあるんだろうか。
その時だった。
急に空気がぴりつきはじめ、空間が震えているかのような錯覚を覚えた。と同時にオペレーターのヒバリさんから通信が入る。
『皆さん、気を付けてください! 愚者の空母地点で大規模なエネルギー反応が発生しています!』
まだ距離はある。だが、何かを感じていたのか、皆同様に臨戦態勢を取った。
「何かビリビリするんだけど……?」
「これ、不味くないですか?」
「…………」
「皆、警戒を怠らないで」
声を掛け合った次の瞬間。
――ドゴオオォォォォン!!
大きな爆発音のようなものが響いた。
「うおわっ!? 何、何の音!?」
「分かりませんが、落ち着いてください! こちらに被害はきていません!」
アリサの言う通り、爆発音が聞こえただけでこちらにはこれといった被害はない。音が止んだ後では空気の震えも収まっていた。
けど、これは……。
「……どうやら、本当に何かあるみてえだな」
「うん、皆急ごう。今なら音の原因が見つかるかもしれない」
号令をかけて、駆け出す。胸中には得体の知れない不安のようなものが渦巻いていた。
目的地にたどり着いた時、そこに居たのはどう見ても普通のヴァジュラ1体。辺りは色々なものが破壊されたような様子だった。
けど、これをこのヴァジュラが……?
――ないない、絶対ない。
そもそもアラガミなら、捕食するにしても壊す意味は特にないはずだし、やっぱり人為的に壊された跡になるのかな。
「えっ、ヴァジュラ……?」
うん、私も思った。だって絶対違うし。
「ど、どうなってるんですか?」
同じくアリサも戸惑った様子だ。けどこのヴァジュラ以外には特に何も見当たらないし、ヒバリさんに聞いてみようか。
「ヒバリさん、さっきの反応は?」
『すみません、反応ロストしました。そこにいるのは普通種のヴァジュラだけです』
もう何処かへ行ってしまったんだろうか……? 疑問は尽きないが、ソーマの言葉で我に帰る。
「とにかく、こいつを片付けるぞ!」
そうだった、調査するにしてもこいつは邪魔者なんだ。とにかく倒してから考えよう。
「皆、行くよ!」
「オッケー!」
「はい!」
「ああ!」
私の号令を合図に、一斉にヴァジュラとの交戦を開始した。もうこの程度の相手、それも1体だけの相手なら慣れたもので、特に危なげなく討伐することができた。
そうしてコアを回収して落ち着いた辺りで、ソーマが何かに反応したように顔を高台へと向ける。遅れて私も気付いた。
あそこに何か居る――!!
「誰だ!」
コウタとアリサもつられて其処に視線を向ける。逆光でよく分からないが、それはなんだか人のように見えた。
「人……?」
思わず口から言葉がこぼれる。まさか本当に、こんな場所に人が? 人型と、しばし見つめ合う形になる。皆も警戒は解かない。
すると、急に人型は高台から此方へ向けて飛び降りてきた。あの高さから落ちたら不味い! そうは思ったが、本当に人なのか判断できずに動くことはできない。そしてその心配も不要だった。
その人型は、まるで重力を感じさせないかのように空中で一回転すると、軽やかに着地した。
こうして同じ視点で見て、その姿がようやく分かった。
それは、白髪に赤い瞳の褐色の男性だった。上半身に衣服を身に付けておらず、その肉体には白い線で不思議な紋様が描かれていた。白い七分丈のズボンの様なものを履いており、靴も白い。
なるほど、確かに褐色ではあるが、白い人影と言うのもわかる。そして、右手に持つ三条の色彩の剣のようなもの。どことなく未来的な意匠を感じさせる。
誰も、言葉を発することができなかった。
――その男性の存在感に圧倒されて。
誰も、その男性から目を離すことができなかった。
――その男性の姿に魅せられて。
どれくらい、そうしていたのだろう。時間感覚が麻痺した中、男性がおもむろにその剣の様なものを地面に突き刺したことで、皆がハッと我に帰った。
それでも言葉を失った状態の中、男性が語り始めた。
「私は――」
「!」
喋った! ハッキリと! シオの様に幼い子供のような感じではなく、しっかりとした理性を感じられる言葉を! 男性の言葉は続く。
「私は、大王である」
何を言っているんだ、と一笑に伏すことができない迫力が、そこにはあった。あまりにも真に迫るその口調に、知らず惹き込まれていた。
「私は、破壊である。星より降りて、蹂躙を果たさんとする者である」
無機質な赤い瞳が私たちを捉えて離さない。男性の言葉の意味はよく分からなかったが、蹂躙を果たさんとする者ということは、私たちの敵、ということなのだろうか。
すると、男性は地面から剣を引き抜いて眉をしかめる。私たちが反射的に神機を構えたのを気にもとめず、その剣を此方へと突き付ける。
と同時に、その剣から三条の光が走り、私たちの間をすり抜けていく。
――反応できなかった!!
もし今の攻撃が私たちを狙ったものだったら、やられていた。攻撃されたのだと判断して男性を見ると、もう剣を構えておらず、代わりに私たちの後方を指差していた。
警戒をしながら後ろを振り向くと、オウガテイルが1体倒れていた。そこでようやく気づく。先程の一撃は、反応が鈍って気づけなかった私たちを助けてくれたのだと。
でも、神機でもないのにどうやって――?
疑問が頭をよぎる。男性は大きくため息をつくと、困ったような顔をして笑った。
「すみません、冗談です」
「はい……?」
冗談って、何が……? さっきの言葉が……?
疑問ばかりで頭がプチパニック状態の中、褐色の男性は笑う。それは困ったような笑みではなく、悪戯が成功した子供のような笑顔だった。
「初めまして。貴方達は、人間ですか?」
それが、この不思議な雰囲気の男性との初めての会話。もう正直混乱しすぎて、どんな反応をしたのか覚えていないけれど、一つだけ。
彼の笑顔は、とても綺麗だった。