神を破壊する大王(男)   作:ノラミミ

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 遅れた(白目)。



閑話:如何にして彼は悪い文明に至ったか

 

 ――雄叫びが上がる。

 

 敵を殺せと、障害を喰らい潰せと、獣の本能が喉を震わせ、響くその音が闘争の意志を何よりも雄弁に語る。

 

 獣――アラガミと称されるそれが相対するは、三色の光彩を放つ未来的な意匠の剣を携えた褐色の男。男の白髪は、数多のアラガミを討ち滅ぼして尚その色に翳りを見せることはなく、強い意志を湛えた瞳は、傷一つないという状況においても油断なく敵の姿を捉え続ける。

 

 獣と人との一瞬の視線の交錯。

 

 互いの殺意が混じりあい、濃密な死の匂いが戦場を充たす。数瞬の後、高まった緊張が弾けた。

 

 前方斜め上方へと跳躍した獣が高さのアドバンテージを奪い、重力を伴った爪牙が人の身を蹂躙せんと振り下ろされる。

 

 迎え討つ構えを見せた人は、焦ることなく迫る攻撃の軌道を見切り、回避と同時に跳躍。地面へと降り立った獣から高さのアドバンテージを奪い返すと、頭部へと向けて伸長させた剣を振り下ろした。

 

「伏せぇっっっ!!」

 

 咆哮一閃。

 

 狙い違わずアラガミ――ヴァジュラの頭部へと振り下ろされた剣は、軽々と頭部を斬り裂き地面を陥没させた。

 

「あっ」

 

 攻撃を加えた当の本人――アルテラは、まるでやってしまったと言いたげな間の抜けた声を洩らした。

 

 着地後、一応の警戒をしながら動かなくなったヴァジュラを軍神の剣で突っつく。突っつく。突っつく。突き刺す。反応なし。

 

 誰の目に見ても息絶えていることは明らかであったが、この男、往生際が悪かった。

 

 ――いやいやいや、これはあれだ。ちょっと衝撃が強くて一瞬なんか気絶したとかそんな感じのあれだよ。断じて死んでない。意識がどっか行ってるだけだ。

 

 具体性の欠片もない言い訳を自分にして気を持ち直すと、空いている左手を差し伸べた。

 

「お手」

 

「…………」

 

 反応がない。ただの屍のようだ。

 

 ここまでして漸く諦めたのか、「し、死んでる……」と、自分でやっておいて他人事のようなことを(のたま)ったアルテラは、深々と溜め息を吐いた。

 

「しまったな……。 余りにも上手くいかないせいで苛ついて、つい力加減を間違えてしまった……」

 

 チラリと辺りを一瞥する。今図らずも仕留めてしまったヴァジュラを筆頭に、夥しい数のアラガミの死体がそこかしこに転がっている。どう考えても“つい”で済ませていい割合を超えていた。

 

 まさしく死屍累々。

 

 屍山血河の戦場に一人佇むアルテラの存在は、傍から見ればどこの修羅の国の人間ですかとつっこみたくなるものだった。

 

 自らが引き起こした所業から目を背けるように、憎たらしいほどに広がる蒼穹へと視線を移す。

 

 そのまま暫く。

 

「――よし。まだ検証していないアラガミは残っている。諦めるには早すぎるな」

 

 気持ちを切り替える、という名目の現実逃避を行うと、辺りに広がるアラガミの死体から努めて目を逸らしながら、それでいて足蹴にしながら、新たなアラガミを求めてその場を離れていった。

 

 

 

 ――それから数刻後。

 

 再びアラガミの死体の山を築き上げたアルテラは、疲弊した様子も見せず、軍神の剣を足元の骸へと突き立てる。

 

 辺りを睥睨して腕を組み、全てを見下すかのようにフン、と鼻を鳴らすと、足元の骸を片足で踏みつけた。死体蹴りも甚だしい。

 

 それから彼は、それはそれは偉そうに、まるで我が声を聴けることに跪いて感謝しろと言わんばかりの尊大さをもって、何もいない空間で一人呟いた。

 

「――迷った」

 

 無駄に時間をかけて無駄に見栄を切って無駄に格好つける。現実逃避ここに極まれり。一周回って逆に妙な落ち着きを得たアルテラは、取り敢えず偉そうにしてみた。

 

 当然ながら何も起こらなかった。

 

 フッ、とこれまた無駄に格好をつけてニヒルに笑ってみせたアルテラは、アナグラへの帰投を目指し、既に傾き始めた陽に向かって駆け出していった。

 

 落ち着いてはいても冷静ではなかった。

 

 アルテラが駆けていった方向はアナグラとは逆方向である。戦闘中に通信機を紛失していた彼は、そのことにまだ気付かない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 同日深夜。

 

 未だ帰ってこないアルテラを、しかし極東支部では心配している余裕がなかった。

 

「あーもー!! 眠い! 暗い! 多い!」

 

「口動かしてる暇があるなら手ぇ動かせ!!」

 

「うへー、誤射りそうで恐いなこれ」

 

「ちょっと、この状況で止めてくださいよ!?」

 

「あーくそっ、頭痛え……飲み過ぎたか」

 

「あれ、エミール? どこ行ったあいつ……? ……はぐれたぁっ!?」

 

 わーぎゃーと騒ぎながら、されど淀みなく手にした神機でアラガミを討伐していく新旧第一班のメンバー(ただしエミール除く)。

 

 深夜のアラガミの大規模侵攻。観測が遅れ、ほぼ唐突に始まったそれに対しての準備の時間はなかった。そのため、急遽眠りの中にいた戦えるゴッドイーター達を全員叩き起こし、各所に配置して迎え撃つ指示がなされた。

 

 せっかく気持ちよく寝ていたというのに――! 

 

 全ゴッドイーターの気持ちは統一され、鬱憤を晴らすかのごとく各所では獅子奮迅の活躍が繰り広げられていた。

 

 ここにおいてもそれは同様、いやそれ以上である。討伐班とも呼称される第一班の面子の前に、敵はいなかった。侵攻してきたアラガミのことごとくが屍へと身を変じ、時間が経てば経つほどそれが積み重なっていく。

 

 問題なく快勝していたのだが、いかんせん侵攻してきているアラガミの数が多い。倒しても倒しても続々と懲りずに攻めてくるのでは、愚痴の一つもでようというものだった。

 

「眠いし見えずらいしアラガミは減ってる気がしないし……。てゆーかこんな時にアルテラは一体どこで何してるのさ、もー!!」

 

 ユウがここにいない、最近挙動のおかしかった男への不平不満をぶちまけた時だった。アラガミが侵攻してきている方角から、断続的に何かが爆発したような音と地鳴りが響いてきた。

 

 それは段々と近づいてきて、遂にはユウ達が戦っている目の前のアラガミ達を吹き飛ばして土煙を巻き上げた。

 

 新たな脅威にアラガミの侵攻が一時的に止まり、ユウ達もその正体を知ろうと目を凝らす。

 

 視界が晴れる。

 

 黒い獅子のようなアラガミ――ディアウス・ピターが伏せるように身体を沈めているその背に、人が乗っていた。

 

 絹糸のような髪をかきあげ、白い歯を見せて輝くような笑みを浮かべたその男は。その男の名は――。

 

「待たせたな!」

 

「はぐれたと思ったら何しとるかぁぁあああ!!」

 

「へぶっ!?」

 

 鋭いエリナの飛び膝蹴りが炸裂、エミールは倒れた。その後、エミールの姿を見た者はいなかった……。

 

「って何変なモノローグいれてるのアルテラ」

 

 蹴り飛ばされたエミールの背後にいたアルテラは、ディアウス・ピターに突き立てていた軍神の剣を抜いてユウ達の元へと歩み寄った。

 

 エリナに襟首を掴まれながら説教されているエミールから目をそらし、様子を伺って一時的に侵攻を停止したアラガミの群れから目を離すことなく言葉を返す。

 

「気にしなくていい。それより、遅れてすまなかった。詫びと言ってはなんだが、はぐれて孤軍奮闘しているように見えたエミールを回収してきた」

 

「それは有り難いんだけど……。 ねぇ、見間違いじゃなければ今そのディアウス・ピターに乗って来なかった?」

 

 スッ、とアルテラの視線が虚空へと向けられた。微妙な顔で曖昧に笑うアルテラは、くたびれているように見えた。

 

 え、何その顔? と首を傾げるユウの疑問に答えることはせずに、誤魔化すようにアルテラは軍神の剣を構えた。

 

「その話は後でする。今は、アラガミの排除を優先しないか?」

 

「……ん、まぁ、そうだね。よし皆、もうひと踏ん張りだよ! エリナとエミールもじゃれるのは後にして!」

 

「うぇっ!? じゃれてるんじゃありませんよこれは!?」

 

「ぐ……苦じ……首が……!」

 

「――先行する!」

 

 顔を青くしながらエリナの手を激しくタップしているエミールに黙祷を捧げ、先陣をきったアルテラは、ディアウス・ピターの死骸を足場に高く跳躍すると上空から『軍神の剣(フォトン・レイ)』で強襲をかけた。

 

 勢いそのままにアラガミの群れを蹴散らしていくアルテラに負けじと、新旧第一班メンバー(エミール含む)が、アルテラの開いた道を更に押し広げながらアラガミを駆逐していく。

 

 それから程なくして、侵攻してきたアラガミの掃討は無事に完了した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 討伐したアラガミの処理や報告書の作成に追われ、結局一段落がつく頃には夜が明けていた。

 

 アルテラ含む新旧第一班のメンバーは、貸し切り状態のラウンジにてぐでー、とだれていた。疲れた、眠い、など語らずとも発せられる空気で察することのできる状態の場へ、隈を浮かべたサカキ博士が現れた。

 

 隈を浮かべた様子から、支部長も大変だったのかと皆が納得しかけ――

 

「いやー、つい研究に夢中になって徹夜してしまったよ。参ったぅわぁっ!?」

 

 ――ソーマの無言のフォーク投擲が、サカキ博士の髪を数本散らした。

 

 冷や汗をかきながら、じょ、冗談だよ? とひきつった笑みで誤魔化すサカキ博士の目が泳いでいたのは、気のせいではない。

 

「支部長なんすから、頑張った俺たちを(ねぎら)ってくださいよー」

 

「おっと、僕としたことが忘れるところだったよ」

 

 空気を変えるコウタのアシストにこれ幸いと乗っかったサカキ博士は、パチパチパチと拍手をすると、ニンマリとした笑みを浮かべた。

 

「ご苦労だったね、皆。君達の役目は終わりだ。ゆっくり眠るといい」

 

「何すかそのお前は用済みだ的な悪役の台詞!?」

 

「永遠にね、と続きそうだな」

 

「労う気ねえだろこいつ」

 

 ツッコむコウタに頷くアルテラ。白けた目を向けながら呟かれたソーマの言葉に、全員が同意した。

 

 

 場をとりなすように一つ咳払いをしたサカキ博士は、さて、とアルテラへと視線を向ける。視線を追ったサカキ博士以外の面々も、同じようにアルテラに注目したのを見計らい、続けた。

 

「どうだったのかな、アルテラ君?」

 

「……中途半端、としか」

 

 一体全体何の話をしているのか、代表してユウが聞いたところによると、最近のアルテラの奇行とも呼べるアラガミ狩りには明確な目的があり、それをサカキ博士も認めていたという。

 

 そこで、はて、とユウは思い返す。以前にアルテラの奇行について聞いたときには、サカキ博士は心当たりがないと言っていた筈である。

 

 騙しやがったなこの糸目ェ……!! 問い詰めると、サカキ博士はいつものようにしれっとした笑顔で答えを返した。

 

「あの時ユウ君は『アルテラにまた無茶振りしてないですか?』と聞いてきたんだ。僕は無茶振りなんてした覚えはないから『心当たりがないね』と答えた。嘘はついていないよ?」

 

「……これが……殺意……ッ!!」

 

「ちょっ、落ち着いてください!? フォークは人を刺すものじゃありません!!」

 

 アリサがフォークを握り締めたユウを羽交い締めにしているのを尻目に、リンドウが結局のところの目的は何かを質問する。

 

 サカキ博士はクイッと眼鏡を中指の腹で押し上げると、ニヤリと口を歪めた。

 

「一言で言うなら――アラガミの服従だね」

 

「服従?」

 

「そう。ユウ君やアルテラ君のように、アラガミを圧倒できるくらいの実力差があれば、アラガミが人に服従、ないしは少しでも言うことを聞くようになったりはしないのか、ということを検証していたんだ。物理的に」

 

「それで、とりあえずアラガミを叩き伏せたり斬り伏せたりとしていた結果として、最近のアラガミ大量討伐になったというわけだ」

 

 溜め息を吐き出すように締め括ったアルテラの話で、ようやく最近の奇行に納得がいった様子となった。

 

 エリナとエミールは未だ預かり知らぬところだが、サカキ博士がアラガミとの共存ないしは共生を考えていることを知る者達は、少し考えさせられたようだった。

 

「……ん? 中途半端って言ったけど、昨日、というかもう今日かな? アラガミと戦ってるとき、アルテラとエミール、ディアウス・ピターに乗ってきたよね?」

 

「それは本当かい!?」

 

「フッ、急だったものでよく覚えていない!」

 

「自信満々に言うことじゃないでしょうが」

 

「……いや……うん……」

 

 ユウの指摘でサカキ博士は目を輝かせるが、やはりアルテラは煮え切らないような微妙な顔をしていた。エミールがよく覚えていないのは、着地直後エリナに飛び膝蹴りをされたからかもしれない。

 

「……何でそんな微妙な顔なの?」

 

「……そうだな、順番に話していくか。まず結果として、アラガミに一時的に言うことを聞かせることはできた。その為に必要なのが、まず圧倒できるくらいの力量。そして仕留めてしまわないラインの力加減。最後に、脅しだ」

 

「……んー、つまり、どういうこと?」

 

「もっと分かりやすく説明する」

 

 困惑気味なのを察したアルテラは、ラウンジの端に何故か置いてあったホワイトボードを持ってくると、まず『アラガミ服従への3ステップ』とタイトルをつけた。

 

 また3ステップか、と以前の去勢拳講習を受けていた者が思うなか、アルテラは淀みなくペンを走らせる。

 

 

 1、まず強くなろう

 アラガミを圧倒出来るくらいの実力は必要不可欠。それができないならまずは強くなりましょう。

 

 2、アラガミをボコろう

 力があるなら大丈夫。安心して服従させたいアラガミをボコボコにしましょう。慈悲などいりません。ただし、やり過ぎると死んでしまうのでその点には注意。

 

 3、アラガミを動かそう

 ボコったら最後のステップ、アラガミに武器を突き刺します。この際、コアを傷つけるギリギリを刺しましょう。検証の結果、アラガミは単純な指示語なら理解する程度の知性があるらしいので、乗ったら指示を出してみましょう。抵抗されるだろうって? 大丈夫です、ここまで上手くいっているのなら、十中八九アラガミは恐怖に震えています。喜んで言うことを聞いてくれますよ(ニッコリ)。

 

 ※検証の結果、暫くするとアラガミは生存欲より食欲が優先され、再び襲ってくることが分かっています。抵抗を見せたら即座に突き刺した武器でコアを破壊、もしくは捕食しましょう。

 

 

「つまり、こういうことだ」

 

 ペンを置き、指でコツコツとホワイトボードを叩く。確かに、分かりやすい。分かりやすいのだが、なぜ何かの教本風なのだろうか。

 

 一通り読み終え、場に沈黙が下りた。

 

「なあ、これって……」

 

 言いづらそうに、戸惑ったようにリンドウが視線を彷徨わせる。誰もが視線をそらす。

 

「悪魔かお前は」

 

 ソーマが、言わんとしていたことを代弁した。なるほど、アルテラが微妙な表情をしていたのも理解できるというものだった。

 

 アルテラのやっていたことを身近なところで人に当てはめてみると、筋骨隆々な大人が子供を殺さないようにリンチした挙げ句に、急所を外してナイフを突き刺し、「言うことを聞け、でなければ殺す」と言うようなものである。なお、言うことを聞いた後には、「ご苦労、では死ね」のオチが待っている。容赦がないなんてレベルじゃない。

 

 これを嬉々として語っていたら、間違いなくサイコパス認定待ったなしである。

 

「とりあえず正否は置いておくとして、これだけやっても一時的に従えられるまでにしか至らなかった。アラガミを服従させるというのは、今のところ現実的でないな」

 

「ふむ、今のところは、ということは将来的には可能性があるのかな? 実際にやってみた君の印象でいいから聞かせてほしい」

 

「……そうですね。一応データベースに載っているアラガミは全て試したのですが、どのアラガミも、理性、というより理性に至るための知性が足りてない印象でした。それがあれば、目の前の生存より食欲を優先はしないと思います。つまり、将来的にもっと知性の高いアラガミが生まれれば、服従させることも可能ではないかと」

 

「成る程……」

 

 

「いや、真面目な空気だしても駄目だよ? 何ド畜生みたいなことしてるのアルテラ。おい、こっち見ろこら」

 

 

 全力で自らの所業を正当化させて誤魔化そうとしたアルテラの目論みは早々に頓挫し、ユウの剣呑な視線が向けられた。

 

 「はい解散解散! 皆お疲れ!」いち早く展開を察したコウタの一声で、ぞろぞろとラウンジから出ていく新旧第一班。

 

「待て! 騎士として言わなくてはならないことが!」

 

「いいからあんたも来なさい!」

 

 すっかり保護者のような立ち位置が定着したエリナがエミールを引き摺っていき、いつの間にかサカキ博士も消えていた。

 

 ラウンジに残るのはユウとアルテラの二人。

 

「一応聞くけど、何か弁明はある?」

 

「……説教は、悪い文明……」

 

「変わった遺言だね?」

 

「えっ」

 

 ムツミが来るまでの数十分。アルテラの苦難の時間の幕が上がった。

 





 食欲どうこうは完全に捏造。だって設定捏造のタグが(ry
 次話からは2となります。尚、不定期更新。

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