神を破壊する大王(男)   作:ノラミミ

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服飾装甲・下

 

 ――鉄塔の森。

 

 かつての発電施設跡であり、今となっては乱立する稼働していない鉄塔の数々が、まるで鬱蒼とした森林のような様相を呈している。

 

 また、アラガミの侵喰(しんしょく)の影響を強く受けており、その大部分が水の下へと沈んでいる。アラガミが訪れるでもなければ、ここは、水の流れる音だけが聞こえてくる酷く静かな場所と言えるかもしれない。

 

 ……こうして任務とはいえ、色々な土地を訪れてみて、改めて実感することがある。

 

 

 ――ああ、終末(しゅうまつ)ってるな、と。

 

 

 疑うことなかれ、誤字に非ず。『終末る』などという動詞は存在していないが、要はそういったニュアンスを伝えたいということだ。

 

 だってそうだろう?

 

 ある土地では、いつまで経っても夜が明けず、鈍い月明かりと降り積もる雪が静けさを助長する廃村があり、またある土地では、竜巻と雷が渦巻いている薄暗い平原がある。

 

 天候が変動せずに、同じ状態をいつまでも保ち続けることなど、気候のシステムからして有り得べからざる事象だ。

 

 それが現実に起きている。それは即ち、世界の機構そのものが狂っていると言っても過言ではない。

 

 現に、今いる『鉄塔の森』の空を見上げてみれば、晴天とは程遠い、分厚い雲が空を覆い尽くす曇天。心なしか、気持ちもどこか沈んでしまうかのような錯覚を覚える。

 

 まさしく終末世界。人の生存圏など、ごく限られた地域にしか存在せず、人ならざる神の称号を持つ獣が跳梁跋扈しているのだから。これを終末ってると言わず何と言う。

 

 ――それはさておき。

 

 正直な所を語るのならば、現状においてこの場所での任務は余りやりたくなかった。ただでさえアラガミの討伐以外に、成し遂げるべきミッションがあるというのに、何が悲しくて薄暗くて気分が盛り下がるような曇天の地域で任務を行わなくてはならないのか。

 

 まあ、所詮下っ端の俺には、ヒバリさんが急ぎでこなして欲しいと斡旋してきた任務に文句を言えず、働く以外の選択肢など存在しないわけだが。げに悲しきは社畜根性かな。

 

 今回の任務の目的はサリエルの討伐、もとい駆逐。そう難易度は高くない。などと考えている俺は、良くも悪くも極東に染まっているのだと言える。なにせ他の支部では、コンゴウが出ただけで一大事みたいなところもあるらしいのだから。

 

 極東のゴッドイーター達は、中型、大型、それらの群れなど当然の環境で戦っているせいで感覚が麻痺しているのだろう。 ……人の事は言えないが。

 

 そういった理由から、『アラガミ1体? 何それカモじゃん! よし、ぶち殺せぇ!!』が極東の常であり、弱肉強食の自然の摂理でもあるのだから、サリエル1体の討伐の難易度がそう高くないと考えるのは間違っていない。

 

 これは油断や慢心、傲りからの結論ではなく、ただのそうだという事実。事実であるが故に、そこに気負いはなく、さりとて油断もなく。いたって普通にサリエルと戦い、いたって普通にサリエルは討伐されるだろう。

 

 だが、これは別にサリエルが弱いわけではない。むしろサリエルというアラガミは厄介な部類に入る。その最たる理由が、浮遊していること。

 

 何故に羽ばたいてもいないくせに飛んでやがるんだ、という疑問は置いといて、制空権をほぼ無条件に取られることになるのはズルいとしか言いようがない。

 

 そしてその強みを活かすような攻撃の数々。遠距離攻撃のビーム、近付けさせないためのATフィールド、更に毒の鱗粉、そして滑空。中々に厄介なアラガミである。

 

 だが、俺がサリエルの攻撃において何より許せなく、そして憧れているあの攻撃の前では、それらは全て些事と片付けてしまえる。

 

 何って、あの野郎、いやあの女形? どちらでも構わないが、サリエル、あいつは――!!

 

 

 ――目からビームを放ちやがる!!

 

 

 浪漫砲をあいつは、平然と! 惜し気もなく! さも当然かのようにばかすか発射しやがる! 

 

 全くもってふざけたアラガミだ。絶対に許すわけにはいかない。どんな手段を使ってでも駆逐してやる――!!

 

 目からビームとか……。目からビームとか……!!

 

 俺だって『目からビィィィィィム!!』とかやってみたい! 『真の英雄は目で殺す!』とか言って地を覆ってみたりしたい!

 

 だが、それを行うことは出来ない。確かにビームを放つことは出来る。出来るが、それは決して目からビームな代物ではない。

 

 それっぽく放つことは出来たとしても、所詮は紛い物の贋作。本当の目からビームには絶対になり得ることはないのだ。

 

 ならば、せめてそれを行うことの出来る存在に八つ当たりするくらいは許されるべきだ。例えそれが個人的欲望に基づく、馬鹿みたいにくだらない理由からくる負の感情的なものだとしても!!

 

 

「アルテラ? ……その、聞きたいことがあるんですけれど、いいですか……?」

 

 

 ――現実逃避終了のお知らせ。

 

 アリサの声で、意識が逃避先の虚構から引き戻される。ええ、そうですとも。ぐだぐだと語ったことなど、全ては現状からの逃げの一手。別に目からビームにそこまでの執着など持っていない。

 

 しかし、逃げざるを得なかった。

 

 原因は、やはりラウンジでのあれだろう。計画性皆無のノリと勢いでの誘いは問題だらけだったのだと確信を持って言える。なにせ有らぬ誤解を引き寄せ、二人になってからというもの、アリサが挙動不審に成り果ててしまったのだから。

 

 その結果、形成されたのが、このアリサと俺との間に広がる妙な空気感。アオハル空間(フィールド)とでも命名しておこうか。まあ、正確に現状を述べるのならば、妙な空気を漂わせているのはアリサだけであって、俺はただ遠い目をしている状態である。

 

 自らの行動のツケは、遅かれ早かれ必ず自らに払わされることになるという実例だな、勉強になった。 ……ジーザス!!

 

「なんだ?」

 

 遠い目のままに問い掛ける。自分で言うのもなんだが、デフォルトで遠い目をしているような感じなので、アリサが違和感を感じることはないだろう。

 

「えっと、その……ですね。アルテラは、その、どうして私と任務に……?」

 

 右手で帽子を、左手で神機を持ちながら器用にスカートの裾を押さえてチラチラと此方を伺うアリサ。顔が赤いように見えるのは、気のせいではないだろう。

 

 なるほど、これが所謂『何だこの可愛い生き物』というやつなのか。だが右手が押さえるべきは、帽子ではなく胸部の方じゃないのか、と考えてしまう俺の思考の空気の読めなさよ。言葉にしたらセクハラなので言わないが。

 

 しかしこれ、返答はどうするのが正解なのだろうか。脳内選択肢を表示して欲しい。 ……いや、他力本願は駄目だな。女性に対しては紳士的かつ誠実に向き合うべきだと俺の直感が告げている。直感スキルはないけど。

 

 だから正直に言おう、うん。

 

「……アリサに、どうしても伝えておきたいことがあったんだ。余り他の者に聞かれたくはないことだったので、こういう手段を取らせて貰った。気を悪くしたのならすまない」

 

「い、いえ! 気を悪くなんてしてません! ただ、急だったのでちょっと驚いたというか、心の準備がですね!?」

 

 わちゃわちゃと手を振り首を振り。それに伴いガシャガシャと神機が揺れ動く。普通に危ないので止めてください。

 

 かと思えば、顔を俯かせてぶつぶつと何事か呟く。

 

「……どうしても伝えたいこと……他の人には聞かれたくない……そんな、急に言われても……」

 

 どこぞの難聴鈍感系主人公ではないので、むしろ常人より五感は優れているので普通に聞こえる。 ……例えに出しておいて何だが、難聴鈍感系って最早救いようがないな。人の心が分からないのではないだろうかそいつ。

 

 ――じゃなくて。

 

 ……バカな。誠実な対応を心掛けた返答にも関わらず、余計に拗れた、だと……!?

 

 あ、ありのまま(以下略)、などと言ってしまいたくなるのも仕方ないことではないだろうか。言葉足らずにはなっていなかった筈だが。

 

 それとも、まさか。

 

 まさかとは思うのだが、此奴、恋愛脳(スイーツ)ではあるまいな――!?

 

 あらゆる物事、言動が全て恋愛(そっち)方面の思考回路へと歪曲されてしまうという、夢見がちな奴によくある恐ろしい病のあれなのか――!?

 

 

 

 ……などと少しでも考えてしまう俺の心は枯れているのだろうか。アリサの青春オーラが眩しくて直視できない。罪悪感で。

 

 事ここに至っては、最早何も言うまい。早急にサリエルを撃墜した後、情け容赦なくアリサの抱くその幻想をぶち壊す!

 

 ことができたらいいな、うん……。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「目標の沈黙を確認。任務完了」

 

「ふぅ……。お疲れ様でした、アルテラ」

 

「……ああ。怪我はないか?」

 

「え、ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

 時は過ぎ、任務の目標であるサリエルを無事に討伐することが完了していた。

 

 ……え? 戦闘はどうって?

 

 ただアリサのバレットと軍神の剣のレーザービームでサリエルを撃ち落として、落下してきたところを唐竹割りで終了だ。5分もかからなかった。

 

 ゲームにおいては神機で何度も何度も攻撃を加えたりなんなりをしなければ討伐できないが、実際は違う。攻撃を加えればその分、アラガミのオラクル細胞は目に見えて解離を始めるし、それこそ深い一撃を与えることができたのならば、その一撃で倒すことも可能だ。

 

 あるいはコアを破壊することでも一撃で仕留めることはできる。まあコアの状態はズタズタになってはしまうが。

 

 とは言え、これは逆もまた然り。サリエルのビームをまともに受けたのならば、まず間違いなく体に風穴が空くことだろう。ヴァジュラの噛みつきをまともに受けた場合は、上半身と下半身が互いに別れを告げることになるだろう。

 

 文字通り、命を懸けて戦っているわけだ。

 

 まあ、ゴッドイーターは普通の人よりも遥かに頑丈なので、そう簡単に致命傷にはならないのだが。

 

 戦闘中での特筆すべき事と言えば、アリサの服装程度の事しかない。アリサが飛び上がった際、胸と服との間が落下の風でバサバサとはためいていた時など正直気が気ではなかった。

 

 結局、黒い影になって何も見えはしなかったのだが。すわ、認識阻害の魔術でも行使しているのか!? などと馬鹿な思考が頭を(よぎ)ったことはおいておく。

 

 それに――ここからが本番だ。

 

「それで、アルテラ。その……私に伝えたいこと、というのは、何でしょうか?」

 

 そわそわと落ち着かない様子でアリサが此方に視線を投げ掛ける。どうやら、時が来てしまったらしい。

 

 計画とは大幅にズレが生じているが気にすまい。大事なところさえ間違えなければそれでいい。

 

 何を伝えるのか、どう伝えるのか。結局直前まで悩むこととなったが、既に答えはでた。迂遠な言い回しで妙な誤解をされるのは避けたい。ならばどうするのか。簡単な話だろう。

 

 ストレートに伝えればいいだけの話だ。そもそも遠回しな言い方は好みではない。

 

 伝えたい事、伝えるべき事をいちいち回りくどく伝えるのはただのアホだ。間違いであれば取り返すこともできるが、機会は取り返せない。2度と巡ってこないかもしれない機会を無駄にするのはアホとしか言いようがないだろう。

 

 特にこんな世界では尚更だ。

 

 

 

 ……などと唐突なシリアス調で誤魔化してはみたが、物凄く緊張している。もう無かったことにして帰りたいレベル。しかし帰っても事情を知るユウちゃんが居る。

 

 逃げ道ないじゃないですか、やだー。

 

 ――いいだろう。

 

 殺ってやる……!! 殺ってやるともさ!!

 

「アリサ」

 

「は、はい!」

 

「一目見た時から、ずっとお前に言いたかったんだ。アリサ、お前――」

 

「わ、私が……?」

 

 自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。これは、謂わば告白だ。愛を語るだけが告白の定義するところでない以上、なるほど、これは告白と言っても差し支えないだろう。

 

 まあ色気の欠片もないのだが。

 

 何かに期待しているかのような、それでいて不安に揺れるアリサの瞳から目を逸らすことなく、俺は口撃を放つ。

 

 幻想を打ち砕く現実という名の口撃を!

 

「その格好は露出が激しすぎると思うぞ」

 

「――はい?」

 

「正直、目のやり場に困る」

 

「――え?」

 

「……自覚していなかったのか?」

 

「――はえ?」

 

 ……会話になってないのだが。

 

 壊れた機械と話をするのはこんな感じなんだろうか。妙な場面で初体験をしてしまった。

 

 うん、まあ可愛いからよし!

 

 可愛いは正義、至言だな。

 

 一人、内心で軽口をたたいていると、ようやく再起動した人型ゴッドイーターアリサが、事態に追い付いて絶叫をあげた。

 

「な、な、な、なあぁぁぁあああ!? 変態です破廉恥です最低ですドン引きですっ!!」

 

 胸部とスカートを押さえ、顔を真っ赤に染めながら早口で捲し立てる。アリサよ、ブーメランって言葉、知っているかな?

 

「それにそんな事、上半身裸のアルテラには言われたくありません!! 全然説得力ありませんから!!」

 

「なん……だと……!?」

 

 馬鹿な……!? 説得力がないだなんてそんなまさか!? 

 

 己の身を省みてみる。

 

 ――説得力皆無です本当にありがとうございました。

 

 まさかリアルお前が言うなを聞く羽目になるとは思いもよらなかった。なぜ教えてくれなかったユウちゃん!!

 

 ……自分で気付くだろってことですね、分かります。視野狭窄って恐い。

 

 若干思考が現実逃避気味に陥っている間に、アリサの早口の罵倒のようなものが終わる。急に静かになったことに違和感を覚えてアリサに視線を移せば、明らかにシュンとした様子で此方を見ていた。

 

 ……え? 俺のせい? 落ち込む要素あった?

 

 怒りを向けられる理由しか思いつかないために完全に困ってしまう。胸が痛いです。罪悪感で。

 

 またもや現実逃避しそうになりかけた思考を、アリサのぽそぽそとした小さな声が引き留めた。

 

「変、なんですか……?」

 

「……何?」

 

「私がこういう格好をするのは、似合ってないですか……? 変ですか……?」

 

 小さな声。ともすれば、この静かな鉄塔の森でさえ聞き逃してしまいそうなほどに。声音はとても不安そうで、或いは泣いてしまいそうな色合いで。

 

 理由は分からないが、落ち込んでしまったという事実は認識した。間違いなく俺の言葉のせいなのだろう。であるならば、どうにかするのも俺の役目、責任というものだ。

 

 ふっ、と一陣の風でアリサの帽子が飛ばされて、隠れていた綺麗な銀髪が靡く。アリサは俯いたままで、帽子を取ろうともしない。

 

 帽子を取ろうと動いた際、アリサの体がビクリと震えたのを気付きながらも、無視して歩を進める。拾い上げた帽子の埃を払い、そこでようやく俺はアリサに向き直った。

 

「すまなかった、アリサ。俺はどうやら、余計な事を言ってしまったらしい」

 

「…………」

 

「だが、いや、だからこそ言わせてもらいたい。 ――変なんかじゃない」

 

「……え?」

 

「その格好は、変なんかじゃない。とても似合っている。だから、落ち込む必要はない」

 

 言葉に反応して顔を上げたアリサに近付き、頭に帽子を被せる。今の表情を見る限り、多少なりとも持ち直してくれたようだ。

 

 良かった。いやほんと。

 

 後は時間に任せるとして、やることは1つだ。

 

「ほら――帰ろう、アリサ」

 

 少し歩いて振り返る。アリサは、まだ何処か戸惑った様子が残ってはいたが、1つ息を吐くと、帽子の感触を確かめるように頭に手を乗せて、それから微笑んだ。

 

「――はい。今、行きます」

 

 大分強引ながら、事態をうやむやにすることに成功した。結局何しに来たんだろう、と思いはしたが、横に並ぶアリサを見たらどうでもいいかと思えた。

 

 オペレーション『ブレイク』は失敗。だが、これで良かったのだろう。アリサはこの格好だからこそアリサだと言えるのだから。

 

 そう、これが世界の選択だ(中二感)。

 

 

 

 ――その後。

 

 結局アリサは服装を変えることはなく、今まで通りで過ごしている。相変わらずのあざとい下乳ありがとうございます。

 

 俺はと言えば、落ち込ませてしまったお詫びに新しい帽子を買って送ったのだが、いまだに被っているところを見たことがない。 ……泣けてきた。

 

 そんな感じで特に変化もなく今まで通りである。

 

 ただ……1つだけ。

 

 俺を見る度に、どこか恥ずかしそうに目を伏せて此方を見てくるのはやめてくださいアリサさん。

 

 可愛いのは大変結構なのですが、明らかに何かあったみたいで周りがざわつくから! 何か事に及んだみたいな目で見られてるから! 俺が!

 





 もう一度明記しておきますが、感想は拝見させていただいていますが返信はしていませんのでご了承ください。

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