掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~ 作:カットトマト缶
嗅ぎ慣れない、におい。
鼻を刺す臭い、卵の腐ったような臭い、汚物の臭い、甘ったるいはちみつのような匂い。その他にも形容しがたい悪臭が混ざり合って、眩暈のする空間が生み出されていた。アメリアは涙目になりながら、床に飛び散った液体とそれに埋もれるガラス片や木片を魔法で片付けていた。学年末試験が近づいたこの時期にアメリアがこのような苦行を強いられているのには、いっそ理不尽とさえ言える理由があった。
「ありえない……臭い染みついたらどうしよう……ジェームズのと取り換えようか……」
そう、この状況を作り出したのはアメリアの兄であるジェームズ・ポッターだ。ジェームズは親友であるシリウス・ブラックとともに、フィルチから逃げ回っている最中だった。糞爆弾を片手に。二人はフィルチをまくためにこの部屋へと逃げ込んだのだが、この部屋はスラグホーンの管理する薬品庫であり、彼らが勢いよく逃げ込んだときたまたまスラグホーンがこの部屋にいて廃棄する薬品を整理していた。入り口近くに立っていたスラグホーンと彼らは、当然勢いよく衝突。ジェームズとシリウスが持っていた糞爆弾が手から離れて薬品棚に当たり、爆発して薬品があたりに飛び散ってしまった。二人はフィルチに追われていたこともあり、スラグホーンに一言だけ謝った後部屋を飛び出して逃げていった。そこへこれまたたまたま、スラグホーンに頼まれていたレポートを回収して彼の作業部屋へと向かっていたアメリアが通りかかり、その後始末を頼まれてしまったというわけだ。彼は薬品やらを被ってしまったので一刻も早く服を着替える必要があったし、加えて学年末試験のテストを作成したり、調合させる薬を選ぶのに忙しいらしかった。
床の上の薬は混ざり合って怪しい煙を発生させていた。いかにも有毒だと言わんばかりの色、臭い。スラグホーンもこの薬品の後始末を生徒に任せるのはまずいと思っただろうが、そのまま何もしないで放置するほうがまずいと考え直したのだろう。それに彼は多忙であるし、その任せる生徒が優秀なアメリアであったこと、アメリアが自ら手助けをさせてほしいと申し出たことなども彼にそうさせた理由だったようだ。しかし困ったことに、彼は自身がしていた廃棄する薬品のチェックもついでにアメリアに任せて行ってしまった。
処理を始めて三十分ほどで床上の薬品は片付いた。あまりの悪臭と眩暈のせいでなかなか作業が進まなかったが、アメリアは今からまた新たな作業に取り掛からなければならない。アメリアは部屋にある数百個の薬品に貼られたラベルの日付を確認し、手元の資料に記された期限と照らし合わせるという気の遠くなる作業を開始した。
チェックが終わったのは夕食の時間になって二十分と少しが過ぎた頃だった。遅すぎる時間にはならなかったことに安心し、凝り固まった身体をほぐすようにその場で大きく背伸びをした。アメリアは杖を振って箱を呼び出すと、その中に廃棄する薬品と資料を入れてスラグホーンの部屋へと向かった。薬品は液体なのでやや重かったが、部屋はそれほど遠くなかったので魔法でどうこうすることはしなかった。
スラグホーンの部屋の前に着くと、アメリアはそれを床に置いて部屋の扉をノックした。わりとすぐに扉は開き、スラグホーンが出迎えた。
「すまなかったねミス・ポッター……ちょうど今呼びに行こうと思っていたところだ」
「呼びに?」
「ああ、さすがに重労働だったなと思い直してね。それに不慣れな者には時間のかかる作業だろう。どのくらい進んだかね?」
アメリアは小さく笑って足元の箱を彼に差し出した。
「全部終わりましたよ」
スラグホーンはきょとんとして箱の中を見た。確かにすべて完了したと推測できるほどの薬品の量だ。スラグホーンは大きくため息をついてその箱を受け取った。
「本当にありがとう。すまないことをしたね、君も忙しいだろうに」
「いいえ、教授ほどでは。お手伝いさせていただいてむしろよかったです」
アメリアはそう言った後、はっとした顔をして服の臭いを嗅ぐ仕草をした。薬品の臭いが移っていないか気になったようだ。スラグホーンは不憫に思って、アメリアに部屋に入るよう促した。
「臭い消しの香水がある。それを分けてあげよう」
「ありがとうございます……やっぱり臭いますか?」
「少なくとも君がさせていていい臭いではないね」
スラグホーンの苦笑いに、アメリアは顔をひきつらせた。アメリアは彼から香水瓶を受け取り、幾分か自分に吹きかけた。後ろの方は自分ではできないだろうと、スラグホーンが気を利かせて香水をかけてやった。
スラグホーンは臭いが消えたことを確認してから、ソファ前のテーブルの上を片付けてアメリアに尋ねた。
「夕食は一緒にとらないかね? 今から往復するのも疲れるだろう」
それはアメリアには嬉しい提案だった。夕食の時間はもう残り半分ほどだったし、薬品の掃除やチェックで精神的に疲れていたからあまり動き回りたくない気分だった。
アメリアはスラグホーンが腰かけたソファの向かい側に座り、ローブを脱いで畳んだ。テーブルの上にはあっという間に食事が並び、疲れたアメリアをほっとさせるような匂いが鼻腔をくすぐった。
「今日は君の貴重な時間をつぶしてしまったが、どうかね、勉強のほどは」
「私は順調ですよ。特に躓いている部分もなく」
「それは喜ばしい限りだ! 君なら満点越えもあるだろうね」
「満点越えがあるんですか?」
「ああ、そうだ。筆記のテストではたまにあるのだよ。魔法史や呪文学……もちろん魔法薬学でもね」
アメリアは、これはいいことを聞いたなと内心呟いた。
「調合させる薬は、一年生の習った薬だと……ふくれ薬かおできを治す薬か……忘れ薬のどれかですかね?」
「何故かな?」
「ほかの薬は試験に出すには難易度が高すぎます。一年生が一人で作れるとは思えない」
「わからんよ? その難しい薬を出すやもしれん」
アメリアは小さく笑った。それを見てスラグホーンはやれやれと言いたげな顔をした。アメリアとスラグホーンはレポートの提出やその他作業の手伝いなどを通して、何度も二人きりで話をする機会を設けてきた。その中でアメリアはスラグホーンが焦っているときや図星をつかれたときの雰囲気や声色、癖を見抜いてしまっていた。スラグホーンも、今までは小テスト程度のことだったので特に気に留めていなかったが、今回は学年末試験の内容だったのでさすがに焦ったようだった。
「試験では生徒をいくつかのランクに分けて評価する必要があるでしょう? そうしやすいのはふくれ薬か忘れ薬のどちらかですね。おできを治す薬は成功か失敗かの二つしかありませんが、ふくれ薬はふくれ具合から、忘れ薬は色から精度を判断できます」
「君には恐れ入るよ」
スラグホーンは観念したという顔をして口元を拭った。
「いかにも。その二つのどちらかを出すつもりでいるのだ」
「仰ってしまっていいんですか?」
「なあに、君は今年習ったどの薬も簡単に調合できるからね、言ってしまったところで変わらんだろう。それに勘のいい生徒は君のようにその二つに狙いを絞るだろうから、気付けるか気付けないかも実力のうちだ」
スラグホーンはアメリアを信頼している。そして、アメリアが自分を信頼することを望んでいる。それを今までの間に感じ取っていたアメリアは、スラグホーンが自分に嘘をつかないことを知っていた。
「まあ、君なら言質をとらなくたって、その二つに的を絞っていただろうから、君がそのことをうっかり友人たちに言ってしまっても、問題はないだろう」
暗にスリザリンの成績を上げろと言ってくるスラグホーンに、アメリアはニコリと笑って応えた。そんなアメリアにスラグホーンも満足したような笑顔を浮かべる。
「ミス・ポッター、君の解答を楽しみにしているよ」
「解答? 筆記試験のことですか?」
「うむ。最後の問題は毎年、全学年、記述の問題を出している。その記述問題では――これは学年によるが――薬の調合法を説明させたり、実験での注意点を述べさせたり、高学年だと別の調合法を書かせたり薬の考察をさせたりと様々な問題を出している。この問題の基準点は十点だが、中では素晴らしい解答をする生徒がいてね。君の兄であるジェームズは去年その問題で三十五点を私につけさせたよ」
「三十五点! さすがジェームズだ!」
「まったくだ! 実に素晴らしい解答だったよ!」
スラグホーンは興奮気味にそう言って、杖を振った。引き出しから一つの羊皮紙が出てきて、それをスラグホーンはアメリアに渡した。それは去年のジェームズの試験答案用紙で、長い羊皮紙が分厚く巻かれていた。
「去年は新薬のアイディアを書かせる問題にしたのだがね、ジェームズのそれは完成に近い素晴らしいものだったよ。考察も優れていて、研究仲間も高く評価していた」
アメリアはその薬に覚えがあった。昔兄が母の調合キットを勝手に使用して作ろうとしていた、なんちゃってアニメ―ガス薬だったのだ。完成とは程遠かったと記憶していたが、いつの間にかここまで詰められていたとは。アメリアはこんなにも魔法薬学の才能があるのに「かび臭い」という意味の解らない理由で魔法薬学を嫌う兄を残念に思った。
「このくらいの点数も不可能ではないような問題を出してあげよう。期待しているよ」
スラグホーンの言葉にアメリアはありがとうございますと言って、眉を下げて笑った。
汚物(の臭い)にまみれる美少女だと……?
これは流行る(ホグワーツで)。
ロリと先生が密室で二人きりだと……?
これは(ry
この小説のジェームズは天才です。