掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~ 作:カットトマト缶
入学して直ぐに、ダリアはスリザリンでの立ち位置を確立した。同級生や魔法省勤めの親を持つ生徒は皆が皆ダリアの機嫌取りをするし、男子生徒は特別紳士的に接するよう心掛けていた。トム・リドルの直属の部下であるマルフォイ家のルシウスやブラック家のナルシッサ、レギュラスも、スリザリンでは別格の扱いを受けていた。そして当人らは、それを当然のように甘受していた。
しかしダリアの機嫌は決して良くはなかった。アメリア・ポッターと同室だったからだ。毎朝毎晩、二人は顔を合わせなければならない。スリザリンであることに誇りを持っているダリアは、入学の日のアメリアの発言が気に入らなかった。アメリア・ポッターはやはりグリフィンドール向きだと思ったのだ。
「ダリア、お可哀想に。ポッターと同室なんですって?」
取り巻きの一人がそう話を切り出す。尋ねられたダリアは、不機嫌そうに眉を寄せて応えた。
「ええ、そうよ」
「私も同室だけれど、彼女、なんだか癪に障るのよ。馴れ馴れしく挨拶してくるし」
「まあ、なんて図々しいのかしら」
ダリアは取り巻きの言う通りだと思った。朝はおはよう、夜はおやすみと同室の人間に挨拶をする。ポッターのくせに。いつも笑顔で、明るくてひょうきん者で、他寮生に人気のアメリア・ポッター。グリフィンドールはおろかハッフルパフとも仲良くするし、だからといってスリザリン生を避けるわけでもない。最初からグリフィンドールに入ればよかったのに何故スリザリンで、しかもこの自分と同室なのか。彼女は間違いなくグリフィンドール向きの性格だ。ダリアはそう思った。
「ダリア、授業が始まります。行きましょう」
「レギュラス……そうね、もう行きましょうか」
旧知の仲であるレギュラスとは特別仲が良く、レギュラスの取り巻きも含めてアメリア以外のスリザリンの一年生はほとんど一緒に行動していた。
* * * * * * * * * *
「隣いいかな?」
「……どうぞ?」
「ありがとう」
話題の人物は、ダリアやレギュラスたちより遅れて教室に入ってきた。教室内はスリザリンとハッフルパフとできれいに二つに分かれていて、アメリアは当然のようにスリザリン側に座った。教卓近くの席だ。アメリアはダリアの取り巻きになっていないマグル出身のスリザリン生に一言断って席に着いた。その様子を見ていたダリアは、二人を引き離したい衝動にかられた。マグル生まれのスリザリン生とポッターとだったら、マグル生まれの方がマシだと思った。
ダリアには四分の一だけマグルの血が流れている。それはダリアにとって、唯一のコンプレックスと言っても過言ではなかった。しかしそれはダリア本人にはどうしようもない事実で、父親のことを尊敬し心から愛しているからこそ、ダリアはその血を、その出生を受け入れた。――だから、自分を慕って自分を特別な存在として扱ってくれるなら、別にマグル生まれでも構わない。ポッターなんかと仲良くしないで自分の取り巻きに加わればいいのに――ダリアは常々そう思っていた。
スリザリンにいる数人のマグル生まれの生徒は、純血の名家のしがらみを詳しく知らない。気さくで話し上手なポッターと仲良くなるのは、ごく自然なことと言えた。それが、ひどく気に入らない。
ほどなくして教授が入室した。闇の魔術に対する防衛術の授業は、ゲラート・グリンデルバルドがダンブルドアに敗れてから比較的易しくなったと言われていたが、今年の教授は当時の闇の時代を生きていた人で、易しい内容をわざわざ選ぶなどということはしなかった。したがって授業の内容が難しく、点を稼ぐのが難しい。ダリアやレギュラスもこの授業では点をなかなか稼げずにいるのだから、ハッフルパフ生はなおさらだ。
「では吸血鬼と人間の混血の性質について、何か知っている者は?」
吸血鬼ならまだしも混血なんて知るものか。皆がきょろきょろと周囲をうかがって間もなく、手を上げる生徒が現れた。
「ではミス・ポッターに、またお願いするとしよう」
「はい。本来血を飲み続ける限り半永久的に不死であるという純血種の吸血鬼と違って、混血の吸血鬼には寿命が存在してしまうというデメリットがあるものの、日光に当たっても灰になることなく貧血程度でことを終えることができますし、吸血衝動も比較的抑えることができるというメリットがあります。また、治癒力はほぼそのまま受け継がれるというのも特徴です」
「素晴らしい回答だ! スリザリンに十点!」
またポッターが点をもらった。ダリアは苦虫を噛み潰したような顔をした。ダリアもレギュラスも知らないことを、彼女は知っている。教授は馬鹿みたいに点を与えるし、ハッフルパフ生は心底感心している。
気に入らない。
気に入らない!
* * * * *
「ダリア、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられる!? レギュラスは悔しくないの!?」
今日の授業が終わった夕食前の空き時間に、ダリアは談話室でレギュラスに怒りをぶつけた。取り巻きは同席しておらず、ルシウスとナルシッサ、それとルシウスのお気に入りのセブルス・スネイプとで部屋の一角を独占している。このときアメリア・ポッターは談話室にはいなかった。
アメリア・ポッターは実に優秀な生徒だった。どんなことでも知っているように感じたし、どんな魔法もこなせるような錯覚さえあった。変身術は一度で成功させるし(これはダリアもレギュラスもだが)、教師からの評価も高い。変身術や呪文学などではダリアとレギュラスの方が点を稼ぐが、ダリアが(ゲテモノ嫌いという理由で)嫌いな魔法薬学もそつなくこなすのだ。
あまりに不機嫌なダリアに、ルシウスがなだめようと思って言った。
「ジェームズ・ポッターに教えてもらってるのではないか?」
「今年のDADAは去年よりレベルが高いわ。ジェームズ・ポッターが一年の内容を完璧に把握してるとは思えない……去年とは内容が違うのよ」
ルシウスの言葉を否定してダリアは言った。レギュラスもそれに頷く。それに、アメリア・ポッターが優秀なのは闇の魔術に対する防衛術だけではない。兄がそのすべてを教えるのは、いくら彼の成績が良かろうとも難しいように思えた。
「それにいつも笑って……機嫌良さそうに……人を馬鹿にしてるとしか思えないわ!」
「ダリア、あまり怒ってはだめよ。綺麗な顔が台無しだわ」
「……そうね、ごめんなさい」
ナルシッサの心配そうな顔を見て、紅茶を飲んで落ち着こうとしたときだった。外からアメリア・ポッターが談話室へと入ってきた。ダリアはそれを目敏くみつけ、目を鋭くしてアメリア・ポッターを睨む。彼女は教授に頼まれたのか、一年生のレポート(おそらくDADAの課題の返却だろう)を皆に手渡し始めた。
私に渡すときには嫌味の一つでも言ってやろうと意気込んでいたところで、ダリアはアメリアと目が合った。ダリアはそのとき、きっと癪に障る笑みを返されるのだと思った。ところが、アメリアは何事もなかったかのように目をそらして、またレポートを配り始めた。そしてアメリアは、とうとうダリアとレギュラスにレポートを手渡すことなく、最後の一つを配り終えて談話室から出て行ったのだった。
「どういうこと!? 私のレポートは!?」
「ダリア、ポッターがこれをダリアとミスター・ブラックに渡してって……」
アメリアはどういうわけかダリアとレギュラスのレポートだけ、直接ではなく間接的に返したようだ。ダリアにはアメリアという人間が分からなくなった。普通は手渡す時に世辞の一つでも言って機嫌取りをするものではないのか。それなのに、それどころか他人を通してだなんて……。
形容しがたい怒りがこみあげてくるのを感じた。――許せない、この私を無視して避けるだなんて!――
――避ける?
そこでふとダリアは違和感を覚えた。そうだ、彼女は私を避けているのだ、と。
取り巻きがよく話す。またポッターと目が合ってしまったと。そのたびにダリアは、なんて不躾な人なんだろうと思った。けれど、思い返してみれば、ダリア自身が目が合ったことはほんの数えるほどしかないのではないか。皆は何度も何度も目が合うたびに言ってくるのに。
あの、気さくで他寮生と仲の良い、誰にでも優しいポッターが、自分を避けているかもしれない。
人に避けられるだなんて、ダリアには初めてのことだった。――皆が皆私には優しいのに、ポッターだけが――。怒りがこみ上げると同時に、悔しさと、言いようのない不安を感じた。
―――確かめなければならない。本当に私が、この私だけが、避けられているのか。
* * * * * * * * * *
ダリアは同室の女生徒に、アメリアが寝てしまうまで部屋に戻ってこないように言った。ダリアとポッターを二人きりにするなんて、と彼女たちは言ったが、ダリアはこれが一番手っ取り早く、わかりやすい方法だと思った。
確かめなければ気が済まなかった。誰よりも愛されているダリア・リドルが、誰よりも他人を愛するアメリア・ポッターに避けられているだなんて……そんなこと、あってはならない。
就寝前、予定通り部屋に一人きりになったダリアは、アメリアが帰ってくるのを、本を読んで待っていた。そうしてどれほどの時間が経っただろう。就寝時刻間際になって、とうとうアメリアが帰ってきた。
私が本からわずかに顔を上げれば、ポッターと目が合って「一人? 珍しいね」なんて声をかけてくるはずだ。ダリアはそう思って、視線をわずかにアメリアに向けた。
二人の視線が、交わる。――綺麗な色――ダリアはアメリアのハシバミ色の瞳を見てそう思った。
自分より美しい顔をしているわけではない。自分より髪が美しいというわけでもない。それなのに、目が合ったほんの一瞬の間に、様々な思いがダリアの脳裏をよぎった。
しかしそれはすぐに終わった。アメリアがダリアから目をそらしたからだ。一人しかいないのを不思議に思う素振りもなく、アメリアは何事もなかったかのように、自分のベッドに近づいて着替え始めた。そんなアメリアに、ダリアは頭に血が上った。
「ポッター! あなた、どういうつもりなの!?」
本を机にたたきつけてダリアは怒鳴った。アメリアは目を丸くしてダリアを見る。突然怒りだしたダリアに驚いたようだ。二人の視線が再び交わるが、当然ダリアの怒りはおさまらない。
「この私を無視してどういうつもりなの!? 私にだけそうやって、今まで挨拶もしてこなかったのね!?」
アメリアは驚いた顔をしていたが、その後は特に焦る様子もなく平常だった。中断していた着替えを手早く終えて口を開く。
「リドルがいったい何のことを言っているのかわからないけど、少なくともそんな大声は出すべきではないよ、こんな時間に」
「よくもぬけぬけとそんなことを……質問に答えなさい!」
「うーん……」
アメリアは人差し指を顎に当てて、考え事をするように宙を見た。そのポーズが気取っているようで腹立たしく思うと同時に、そのしぐさが似合う女だともダリアは思った。そんなまとまりのない自分の思考に混乱して、ダリアは何も言えなかった。
アメリアは手をおろして、肩を竦めて言った。
「そうだなあ、一つ言っておくと」
「何よ」
「……私、リドルに興味がないんだ」
「……え?」
ダリアは聞き間違いかと思った。目の前の少女が何を言ったのか理解できない。
「リドルは私のこと嫌いなんだろう? だったら別にいいじゃないか、私がリドルに関わらなくても。そのほうが楽だ。お互いにね」
「あなた……私を、そんな……」
「リドルが私のこと嫌いならそれでいいんだ。私のことは無視してくれてかまわないよ。私もそうするから」
おやすみ。そう言ってアメリアは、ベッドに入ってカーテンを閉めた。
ダリアは怒りと悔しさで、思考がぐちゃぐちゃになって何も言えなかった。怒りに任せて扉を開け部屋を飛び出し、ナルシッサの部屋に駆け込む。ナルシッサが、いったい何があったのと尋ねてダリアを抱きしめたが、怒りと悔しさと、そして名のわからない未知の感情とが胸中を渦巻いて、ダリアはただ泣きじゃくることしかできなかった。
* * * * *
アメリア・ポッターを避ける風潮は、瞬く間にスリザリンに広がった。同室の生徒とナルシッサが、スリザリン生に口添えしたからだ。皆が皆、アメリアに小さく悪態をつく。マグル生まれの者も、寮内での立場が危うくなるのを恐れてアメリアと友好的に話をする者はいなかった。
そしてアメリア・ポッターが以前にも増してスリザリンで浮いているという噂は、他寮生にも広がった。スリザリン生のアメリアを見る目が鋭くなったし、以前よりも一人で行動することがずっと多くなったということは誰の目にも明らかだ。
噂を聞いたジェームズは、妹が冷遇されるのを黙って見ていることはできなかった。
「アメリア!」
「ジェームズ……こんばんは」
「こんばんは、じゃないよ! どうしたんだい? スリザリン生に虐められてるんだろう!」
ジェームズはアメリアに詰め寄った。アメリアは苦笑いして少し後ろに下がる。シリウスとリーマスはジェームズの肩をつかんで、それ以上アメリアに近づいて顔と顔がくっついてしまうのを防いだ。
時は放課後、場所はグリフィンドール寮近くの廊下。周りはグリフィンドール生ばかりで、スリザリン生はアメリア以外誰もいなかった。周りにいたグリフィンドール生が、興味深げにポッター兄妹の会話に耳を傾ける。
「虐めなんて。そんなわけないだろう?」
「でも、明らかに避けられてる」
「その通りだ!」
リーマスの指摘にジェームズが頷いた。ジェームズを通してよく顔を合わせる悪戯仕掛人たちは、アメリアの明るく気さくな人柄を知っているし、とても魅力的な女の子であることを知っていた。シリウスも最初こそアメリアを訝しんでいたものの、今では何故グリフィンドールではないのか不思議に思うくらいにはアメリアのことを知っていたし、気に入っていた。親友ジェームズとよく似た一つ下の妹を気に入らないはずもなかった。
「俺らがなんとかしてやろうか?」
「まさか! とんでもない。大丈夫だよシリウスさん。それにね、今回のことは完全に私が悪いんだ」
そう言ってアメリアは眉を下げて笑った。それには皆が不思議に思って、ピーターが小さくアメリアに尋ねた。
「えっと、ど、どういうこと……?」
「私がね、リドルにちょっと酷いこと言っちゃったんだ。だからみんなの反応は当然なんだよ」
謝りたいんだけどね……。そう言って悲しそうに笑う少女を誰もが慰めてやりたいと思った。
グリフィンドール生の多くはダリアの性格を知ると、なんてスリザリン生らしいんだと彼女を嫌った。それとは逆に、ジェームズの妹は明るいムードメーカーで、なんてグリフィンドールにふさわしい子なんだろうと多くの者が好いていた。シリウスも昔からダリアの性格を嫌っていて、だからそんなダリアのせいでつらい目に合っている、目の前でいじらしく笑う少女を助けてやりたいと思った。しかし当の本人はそれを拒否する。
シリウスは思わずアメリアを抱きしめた。
「わっ、シリウスさん!」
「ちょっとシリウス! どさくさに紛れて何してるんだい!」
シリウスはジェームズが胸倉を掴もうとするのを適当にあしらって、アメリアを見つめて頑張れよと激励した。アメリアは兄によく似た表情で笑った。
主人公の名前はアメリア・ポッター。
ジェームズ・ポッターの、一つ下の妹です。