IS〈インフィニット・ストラトス〉宿命を変える奇跡の双騎士 作:《陽炎》
『……何をやっているんだ、俺は』
教室は疎か校舎さえも飛び出した俺は、宛もなく彷徨っている。オルコットのあの一言に沸き立つ怒りを抑えきれずに感情を爆発させただけならまだいい、しかし勢い余って左手で椅子を破壊してしまった。生身の人間が椅子の背もたれを握り締めただけでへし折るなど出来る筈がない、この左手は……この包帯の下は、一目見た瞬間に『俺が普通の人間ではない』と認識させるには十分過ぎる物が隠されている。この事は昨日姉さんにさえ話していない、この事実を知っているのも最早この世で俺だけだ。
『……我ながら情けない』
確実にクラスメート達に恐怖感を植え付けてしまった、初日から自分で居場所を無くす様な真似をするとは……自らの浅はかさに呆れてくる。これではオルコットの事を言えないではないか、浅はかなのは俺も同じだ。
『……昼食でも買いに行くか』
こんな気分を払拭しようと、腹も空いているのでひとまず昼食を取る事に決める。食堂も在るが俺は食器など使えない上、先程の一件があるので行く気が起きない。朝移動する際に無料で食事が出来ると山田先生から説明されているので出来る事なら食堂で済ませたいが、今日は購買で食事を買う事にする。幸いにも学園から支給された金銭を姉さんから渡されているので購買で物を買うというのは可能だ。
「おや、一季君。どうしたんですか?こんな所でぼーっとして」
「……轡木さん」
購買に向かおうかと、思っていた矢先に掛けられる穏やかな声。その声の持ち主は轡木さんだった。用務員としての仕事の最中なのだろうか。
「なんで、俺の名前を……?」
この名前は今朝決めたばかりであり、それ以降轡木さんとは顔を合わせていない筈なのだが……
「あぁ。あの後、織斑先生から君の名前を教えられましてね」
「……そうですか」
そういう事ならば納得もいく。特に疑問に思う事なくその説明を受け入れた。
「それはそうと、一季君はこんな所で何をしているんですか?」
「それは、その……」
……言えない。クラスメートと揉めて、どうしたものかとフラフラしていたなど。
「……少し色々ありまして」
こうやって誤魔化すという答えしか返せない自分が情けない。轡木さんはこんな俺を気にかけてくれているというのに……
「そうですか。そういえば一季君、お昼はまだですか?」
「え?……あっ、はい。まだですけど」
「実は私もまだでしてね、よければ一緒にお昼を食べませんか?」
轡木さんから持ち掛けられたのは一緒に食事を取らないかという提案だった。まさかそんな提案をされるとは思って等おらず、返答が浮かばない。
「勿論一季君の都合が悪ければ無理にとはいいませんよ。こんな年寄りとより生徒の皆さんと食べる方が楽しいですしね」
「い、いや。そんな事は……」
嫌という訳じゃない。人から食事の誘いを受けたのが初めてなので戸惑っているだけである。
「……俺でよければ、ご一緒します」
「おぉ、それはよかった。それでは行きましょうか」
特にこの誘いを断る理由も無いのでその提案を受け入れた。他人と一緒に食事を取るのはもう何年も前だというのに、人と接するのに慣れていない俺がこの提案を了承したのは轡木さんから滲み出ている人柄からだろうか?こんな考えを巡らせながら轡木さんの後を付いて行った。
「此処で食べましょう。今日は天気がいいので此処で食べようと思っていたんです」
案内されたのは休み時間にも訪れた屋上だった。確かに屋上にはテーブルと机も設置されており、本日の様な快晴の日の下で食事を取るのは気分も晴れる物なのだろう。
「……でも、いいんですか?本当に俺まで食べても」
「いいんですよ。年寄りにはこの量は多いので遠慮しないでください」
道中昼食を買おうとしたのだが、「今日のお弁当は量が多いのでご馳走しますよ」と言われ何も買わずにいる。文字通り昼食をご馳走になる形だ。
テーブルの上には十蔵が背負っていたリュックの中から取り出された漆塗りの高級感漂う弁当箱が2つ並んでいる。1つはおにぎりが10個とラップにくるまれた海苔が入っており、もう片方の弁当箱には鳥の唐揚げに卵焼き、焼き鮭にキュウリの浅漬け、そしてきんぴら牛蒡と高級感漂う外観と違い、中身は極々庶民的なメニューである。そして同じくリュックから取り出した水筒と予備のコップに麦茶を注いだ物が置かれている。
「いやはや。来は家内と一緒に食べるつもりだったんですが、家内が急用で外出してしまって、どうしようかと思っていたんですよ」
「そうなんですか……」
「なので、遠慮せずに食べてください。家内は外で食べてくるそうですから」
「……では、遠慮なく」
そういった事ならば遠慮する必要はないだろう。どれもこれも食べた事は疎か、目にした事のない物ばかりだが……
「あれ、イツキも此処でお昼か?」
「……ブライト、お前もか?」
食事を取ろうかという所の2人に話し掛けて来たのはマリアであった。どうやら彼女も屋上で昼食を食べようと思い此処に来たらしい。
「あぁ。今日は天気もいいから此処でお昼食べようと思ってさ」
そう言うブライトの手には食料品が入った紙袋が握抱えられていた。購買で昼食を買ってきたのだろう。
「おや、一季君。もう仲のいい生徒さんが出来たんですか?」
「えっ?あっ、いやその……」
その問いに対する答えが浮かばない。ブライトとは少し話をしただけであり、仲のいいとかそういった訳ではない。かと言って、こんな俺に親しげに分け隔てなく話し掛けて来てくれたので不仲という訳でもなさそうだしな……
「もしよろしければ、ブライト君も一緒にお昼を食べませんか?」
「く、轡木さん?」
悩んでいる俺を余所に轡木さんがブライトも一緒に食事をと誘う。えっ、轡木さん何を仰っているんですか?
「いいですよ。ご飯は大勢で食べた方が美味しいし」
ブライトも断る事なくその提案を受け入れて、俺の隣の席に着く。何やら俺を差し置いて話がとんとん拍子で進んでいるんだが……いや、別にブライトと共に食事を取るのが嫌という事では決してない、只戸惑っているだけだ。
席に着いたマリアは袋から買ってきた昼食を出すとテーブルに置いた。包装紙にくるまれたBLTバーガーとベーグルサンド2つに、飲み物が入ったタンブラー新たにテーブルに並ぶ。
「それでは、いただきます」
「いただきまーす」
「えっ、あっ……い、いただきます」
少し遅れたが、2人に吊られる様に手を併せる。知ってはいるが、何せ奴隷の時にやって以来だからな。思わずどもってしまった。
「さぁ、どうぞ」
「い、いただきます……」
「海苔はどうします?」
「……貰います」
取り敢えず米を握った物を1つ手に取ると、黒くペラペラとした海苔という物を受け取りそれを巻き、それを一口食べる。
「っ!?」
な、なんなんだこれは……?
「す、酸っぱくて……しょ、しょっぱい……」
今まで食べた事が米と言えば……泥水で煮た、しかも冷めていた物だった。しかし、海苔の味と食感の後に米の甘味がした、美味しい。と思った途端、口内を酸っぱさと塩辛さが支配する。酸っぱい、しょっぱい……
「ぷっ、あははっ!イツキ、その顔反則だって」
一季本人は自身を苦しめるそれに気付いていないが、その正体は梅干しである。そしてそれを食べた一季の表情は、物の見事に梅干しを食べた際の典型的なリアクションをしていた。バラエティー番組なら100点満点、芸人殺しのリアクションである。その顔を見たマリアは、軽くツボに入ったのか吹き出したかの様な笑いを浮かべている。彼女が運良く口に何も含んでいなかったのが幸いであった。
「んぐ……ぷはっ!ぶ、ブライトお前……何が可笑しい?」
轡木さんから手渡されたお茶を一気に飲んで口の中の酸味と塩分を洗い流して何とか落ち着いたが、俺が酸味と塩分に蹂躙されていたのがそんなに面白いのというか?
「いやだって、あの顔は反則だって、あははっ……」
「お、お前なぁ……」
「まぁまぁ。あの顔は誰が見ても笑ってしまいますよ……ふふふふっ」
「く、轡木さんまで……」
端から見たら祖父と孫の食事風景にしか見えない微笑ましい光景だが、生憎此処にはこの3名しか居ない。他の生徒達は一夏目当てで食堂に赴いているのだろう。
「まったく……ぶっ!?」
轡木さんまで笑う事ないだろうに、しかしあんな温和な笑顔見せられたら文句も言う気も起きない。気を取り直して昼食を再開したのはいいが、またあの酸っぱさと塩辛さが襲ってくる。し、しまった……うっかり食べてしまうとは。お、お茶……
「あははっ!イツキ、アンタコメディアンになった方がいいよ」
「はははっ、確かに。これならすぐにでもデビュー出来ますよ」
「……………」
こんなうっかりやらかすとは、不覚以外の何物でもない……言い返す気も起きない。自分の阿呆さ加減に呆れてくる。
「ほら、これ一口やるから機嫌直しなよ」
大笑いしたの事への償いなのか、ブライトが俺の口元へ一口かじられたパンを持ってくる。
「い、いや……別にいい」
「遠慮しなくてもいいって。これ美味しいから食べてみなよ」
遠慮する一季に対してマリアも引く気配はない。それを感じたのか、一季は遠慮がちに一口BLTバーガーをかじる。燻されたベーコンの香りと肉の味とマヨネーズの濃厚さ、それを洗い流すレタスとトマトの爽やかさに、全てを受け止めるパンの旨味。確かにマリアの言う通り美味しいと一季は理解した。
「……確かに美味いな」
「だから言っただろ?美味しいってさ」
俺の感想に気を良くしたのか、そのままブライトはパンにかじりついて食事を再開する。
「……………」
俺も食事を再開するとして、何を食べよう。もうあの酸味と塩辛さを体感したくはない。他の料理にしようにもどう食べていいのやら……取り敢えず箸とかいう物を手に取り、轡木さんの動作の見様見真似で取ろうとするが
ポロッ
「ぐっ……」
ツルッ
「ぬっ……」
取れない……掴んだとしても、落ちてしまう。想像以上に難易度が高い。
「おや、箸は苦手でしたか。ちょっと待っていてください。……はい、これを使って下さい」
この様子を見かねたのか、轡木さんがカバンからフォークを取り出して渡して来た。
「……ありがとうございます」
これならまだ使える方だ。受け取ったそれで箸で掴めずにいた料理を刺す、やはり箸より楽だ。そしてそのまま口の中へと運ぶ。
「……美味い」
唐揚げを口にした一季はそう感想を漏らす。噛んだ瞬間に滲み出る旨味と肉汁に、それを引き立てる調味料が食欲を掻き立ててくる。
「それはよかった。おにぎりはどうします?」
「……その、あの酸っぱい物はちょっと……」
あれはもううんざりだ。あの酸味と塩辛さはキツい。
「はははっ。確かに梅干しは苦手な人は苦手ですからね。大丈夫ですよ、もう梅干しが入ったおにぎりはありませんよ」
2つの内1つは私が食べましたから、と続いた。成る程梅干しか、覚えておく事にしよう。残りの1つは俺が口にした物だからもう無い。ならもう安心しておにぎりに手が出せる。
「……これは?」
2個目のおにぎりを口にしてみたが……これは、なんだ?
「それは、おかかですよ」
「おかか……?」
「鰹節に醤油で味を付けた物でしてね、ご飯に合うんですよ」
成る程……わからない。鰹節も醤油という物さえ知らないのから。だが、美味いから気にする必要もないな。
「美味しいのか、それ?」
「あぁ、美味い」
パンにかぶりついていたブライトだが、おかか入りのおにぎりに興味が湧いたのか感想を聞いてくる。
「なぁ、一口くんない?」
「……そこから取れよ」
「あぁ、もう私が食べてしまいました」
轡木さん、貴方という人は……
「という事だからさ。ほら、さっきあたしも一口あげたんだから」
「……仕方ないな。ほら」
「あーん」
先程の事もあるので、おかか入りおにぎりをブライトの口元へと持っていく。それをブライトは、あーんと一口頬張るともぐもぐ食べている。先程も思ったがこれは……かなり気恥ずかしい。轡木さん、何を微笑ましそうに見ているんですか?
「んー……これが日本の味なのかねえ。結構イケるよ」
「そうか……」
「じゃあ、次はこれ」
「自分で取れよ!?」
おかか入りおにぎりの感想を述べた後、ブライトは唐揚げまで食べさせてろと要求してくる。いや、唐揚げくらい自分で取れよ。
「いや、あたし箸使えないし」
「……轡木さん、まだフォークありますか?」
「すいません。それ1つだけです」
く、轡木さん……奥さんと食べる予定だったんでしょう。だったら、だったら何故2つ用意しないんですか?
「という訳だから」
「……ほら」
抵抗しても無駄そうだと直感し、フォークで唐揚げを刺して、先程と同じくブライトの口元へ運ぶ。
「はむっ。……うん、フライドチキンとは違った美味しさだねえ」
「……そうか」
こうして昼食を食べるまで、これを何度もする羽目になった。そのお返しにとブライトからパンを食べさせられたりと……俺達以外に他の誰も居なかった事が不幸中の幸いだと、無理矢理納得する事にしよう。まぁ……久しぶりに誰かと共に食べた食事は、気分が晴れるようだった。上空の青空に負けないのではと思えるくらいに晴れやかな、例えるならそんな気分だった。
「なんだ?顔赤くして、照れてるのか?」
「て、照れてなどいない……」
「ははっ、イツキって、意外と可愛いとこあるんだな」
「なっ!?……か、可愛いくなどないわ!」
途中こんな風にからかわれたりもされるは……俺の何処にそんな要素が存在しているのか問いつめたくなった。寧ろ可愛いのはおま……って、何を考えているんだ俺は!?
『ふふふっ。本当はもう1つフォークはあるんですけどね………』
そんな一季とマリアのやり取りを孫を見守る祖父の様に微笑ましげに見ている十蔵の心の声は、誰にも聞こえる事なく静かに消えていくのだった。
という訳で、今回は一季が轡木さんとマリアと一緒に昼食を食べる話でした。
書いていたら、前回までのシリアスや一季のイメージがどっか行ったような話に……今回それについても書こうと思いましたが、まぁ今回はコメディという事で此処までにしました。それについては次回書きます。
では、また次回。