IS〈インフィニット・ストラトス〉宿命を変える奇跡の双騎士 作:《陽炎》
「生きとし生きるものは、生きる事に意味が有る」。そういった格言がこの世界には存在しているらしい。だが、俺はその格言は偽りだと認識している。俺には生きる意味など、もう無いのだから……
何も存在しない一室、家具も、太陽の光を取り込む窓さえない。コンクリートの床から伝わる痛みさえ覚える硬さと、薄暗く殺風景なこの部屋を体現するかの様な冷たさを感じながらボロボロの服を着た1人の少年が倒れ込む様に仰向けになっていた。膝辺りまで伸びに伸びた黒い後ろ髪は敷物みたく床に広がっており、前髪も切っていないのだろう、切れ長の瞳に余裕にかかっている。顔の左側、左腕、両足の膝から下には包帯がぐるぐると巻かれていて、痛々しさを増幅させている。
「……何の為に、何の為に俺は生きているんだ……?」
今まで生きてた人生で、もうどれだけ生きる意味を模索してきただろう。何百回?何千回?何万回?考えるだけ無駄か、きっと俺はこのまま一生を終えるのだろう……希望も、救いも、自由も、もう全て諦めた。求め焦がれるだけ虚しさが増すだけだ。幾度と無く打ち砕かれた。可能性を抱くだけ無意味なだけ、『あの日』がそれを決定づけた。
1人の少年がこれだけ生きる意味を、希望を見いだせない。一体何があったのだろうか?
「……遅いな」
いつもなら、もうそろそろ呼び出しがある筈なんだが……もう研究材料としての価値さえ、俺には無いという事か。
自分自身を自嘲し、僅かな望みさえ抱かずに後ろ向きな結論にたどり着く少年。
『どうせ、今日は実験が無いのかと微かに期待する俺を嘲笑うつもりなんだろう。そんな期待などしない、もうどれだけ蔑まれたと思っている』
どうせ嫌がらせか何かだろう。その結論付けた少年は、壁に寄りかかり、呼び出しを待っていた。
「……………」
しかし、どれだけ待っても呼び出しは来ない。時計も無く、日の光さえ入らぬこの密室では正確な時刻を理解するのは難しいが確実にかれこれ数時間は経過している事は理解出来た。
「妙だな……」
流石におかしいと思い始めてきた少年は立ち上がりドアを開けると、音を作り出す存在が何も無いかの様に静寂な環境かと勘違いさせるくらい静かな廊下を、足音を立てない様に歩を進めてある場所へと向かう。
『おかしい……研究室から物音一つしていない』
少年が立つのは第1研究室と書かれたドアの前。自分に嫌という程苦しみと絶望、そして憎悪を植え付けた忌々しい部屋。普段はこの時間帯ならば会話やキーボードを叩く音がしている筈。何年も繰り返えされた地獄の日々から身に染み付いたリズム。試しに少年は自身にとって地獄の入り口と言っても過言ではないドアを開けた。
「っ!こ、これは……!」
開けた瞬間に鼻腔を突く血の匂い、目の前には鮮血で赤く染まりかけている白衣を着た科学者達が倒れていた。倒れている科学者達から流れ出た血が赤い水溜まりを作り出していた。簡潔に述べるなら惨劇だ。
「……冷たい。こうなってから、かなり時間が経っているな」
1番近くで倒れていた科学者に触れてみたが、もう体温など感じられない位冷たくなっていた。まぁ、こいつらから人としての温かさなど微塵も感じられなかったがな。
生きていた時から自分を人間としてではなく研究材料としか見ていなかった科学者達が息絶えた所で少年は悲しむ事はなかった。
「いい気味だ。今まで多くの人間を痛めつけ、踏みにじってきたこいつらにはいい末路だ」
科学者達の死を自業自得と切り捨てた少年。少年が冷酷なのではなく、屍と変わり果てた科学者達が余程ろくでもない人間だったのだろう。
「しかし……一体誰がこいつらを……」
少年の脳に沸き立つのは疑問。誰が科学者達を手に掛けたか?である。少し調べて見た所、科学者達はどうやら銃で射殺されたらしい。身体に弾痕、壁や床に身体を貫きめり込んだと思しき弾丸を発見した。ほぼ射殺で間違い無いだろう。最も少年は科学者達の死因何ぞ知った事ではないが。
「こいつらを殺した奴は何が目的なんだ……?」
只一つ解せないのは何が目的でこの研究所に来たかという事である。
「此処に来たからには『あれ』が目的のかと思ったが……」
少年が指した『あれ』とは、たった1つでも手に入れれば大きな力となる代物。此処来たからには目的は『あれ』しかないと少年は考えたが、ガラス越しに見える研究室の隣にある部屋に何時もと変わらず沈黙を守り佇んでいた。
『ISが狙いではないのか……?』
少年が指した『あれ』とは女にしか動かせないISである。そう、此処はISについて実験・研究を行う研究所である。
『ISを動かせるのは女だけだ。だが、男にもISを動かせる様にしようと非合法な研究や実験を行う場所が存在している。此処もその1つだ』
この研究所で行われてきた研究や実験は、とても公には出来ない非合法な物ばかり。公にされれば非難轟々は免れない、人間の醜悪な面を全面に押し出した様な所業だ。
『俺もその研究材料として何年も此処で地獄の日々を過ごして来た……』
かく言う俺も、その非合法な研究の実験体として何年も地獄と言っても過言ではない日々を耐え抜いて生き延びてきた。この体に巻かれた包帯もその日々を耐え抜いた証。と言えば聞こえはいいが、この包帯の下は人に晒す事など出来はしない。
『しかし……『あの日』がそれまでの全てを無にした……』
そう、忘れる訳が無い。此処で耐えに耐え抜いて生き延びた全てを無に帰した『あの日』を……
その日も何時もと変わらない実験の繰り返し。俺が此処で研究材料としての日々を過ごす様になってどれだけの年月が経過しただろう、物心付いた頃から奴隷として生きて来た、奴隷としての利用価値が無くなり処分されそうになった俺と他の奴隷の人達は死に恐怖し脅えていた。しかし、世界がISに注目し研究・開発に力を入れ始めると、処分される変わりに俺達奴隷はISの研究材料として回された。今では生き残ったのは俺1人、他の人達は非道な実験や科学者達のストレス発散の理不尽な暴力に耐えきれず命を落としていった。俺は人より丈夫なのか生き延びたが、最早身も心もズタボロで些細な衝撃でも粉々に壊れてしまいそうなくらいだった。
それでも耐えに耐え抜いて来たのは科学者達への憎しみ……憎悪だろう。こいつらへの憎悪を胸にどれだけ過酷な実験でも耐えて生きて来た。ISを動かせばこいつらに積年の憎悪をぶつけるも訳は無い。昔はISを開発した篠ノ之束博士を恨みもしたが、今では処分される宿命だった俺に生き延びる道を作り出してくれた恩人として感謝している。
だが、この日は何時もの日々とは違った。
「それは本当なのか!?」
「あぁ、間違い無い。さっきニュースで報道されていた」
「クソ!今までの研究は何だったんだ!?」
ドアを蹴破る位の勢いで研究室に入って来た科学者が持っていた携帯端末を見るや否や全員驚愕だ。一体何があったと考えていたその瞬間
「男がISを動かすなんて……」
その言葉は、俺の今までの全てを無に帰したも同然だった。
放心状態の俺にその後待っていたのは、何年も実験を施したにも関わらずISを動かせなかった俺への八つ当たりと言う名の拷問。電流を浴びせ俺の体の自由を奪い、殴る、蹴る、刃物、火、電流、罵詈雑言という言葉の暴力、それの繰り返し。その時の俺はそれに抵抗する気さえ起きなかった。
拷問が終わった後、部屋に乱雑に放り投げられて暫くして思考がまともになり意味を理解した。俺はこんなになってもISを動かせなかったのに、ISを動かした男が現れたという現実を。その男が普通に人間として生活し、俺の様に実験をされていないにも関わらずISを動かしたという事を。
「……しょう……………ち、ちくしょおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉ!!」
ただただ泣き喚いた。自分がこんなになっても出来ない事をその男は何の苦労もなくやってのけたのだ。悔しい、憎たらしい、妬ましい。そしてそのまま泣き寝入り。俺に何の価値があるんだ?こんなになってもISを動かせやしない俺に……何の価値が……
「……………」
『あの日』の事は何時思い出しても不愉快だ。気分が悪くなる。あんな屈辱はこんな体にされて以来だ!
苛立ちを体現する様に拳を思い切り握り締める少年。包帯に巻かれていない右拳からは力の入れ過ぎで鬱血しているのがわかる。
「くそ!」
苛立ちを発散しようと左腕で机を思いっ切り殴りつける。壊れてしまいそうな勢いで叩きつけた事で生まれた衝撃で、積まれていたファイルがバサッとが落ちる。しかし1つだけ落ちずに残ったファイルがある。それが目に留まった少年はそのファイルを手に取って内容を確認する。
「これは、俺の……」
そう、それは少年の実験結果を纏め上げたファイル、これが落ちずに少年の目に留まったのは偶然?それとも必然なのか?それは誰にも解らない。
パラパラとファイルに綴じられた書類を流し読みしていくと自分がこれまでされてきた研究や実験が事細かに記されていた。
「馬鹿馬鹿しい……」
こんな物、何故俺が見る必要がある。と少年はファイルを見るのを止めようとした。
「ん……?」
が、書類の束を捲る手の動きを止めると、そこに記されていたのは今までの書類とは違い自身の生い立ちなどが事細かに書かれていた物だった。
「……………」
その書類に目を通してみると、奴隷として虐げられて来た事も、自分が研究材料になるまでの経緯も記れていた。ここまでは俺も記憶している。しかしこの書類には俺が覚えてもいなければ、何故このような日々を過ごさなければならなくなったのか、その詳細も記されていた。その内容はこうだ。
本来俺はもう1人の片割れと双子として日本人の女性に宿り、そのまま生を受ける筈だった。しかし、この世界では人身売買という人間を売り買いする裏取引がある。幼ければ幼い程利用価値は上がり値も張る。俺は商品としては格好の的だったらしく、産まれた後に人身売買の為に意図的に死亡扱いとされ裏社会に売り飛ばされ奴隷となり、今現在に至ると書き留められていた。
「……………俺は、俺はそんなくだらない欲望の為に人身売買されたというのか……!」
その事にも無論怒りが湧くが問題はもう一つある。書類には更にこう書かれていた。もう1人は俺とは違い存在を消されずそのまま普通に暮らしていると……
「すると何か……?俺はこんな地獄を強いられたのに、そいつは普通に人間として過ごしているというのか!」
何故だ!?何故双子でこうも違う、俺が……俺が何をした!何故こうも違う!?はこんな体にされ、あれだけ非道な実験をされてもISも動かせず、どれだけ望んで焦がれても何も手に入れられないのに、そいつは……そいつは……!
納得がいかない。何故自分だけがこんな仕打ちを受けなければならないという憤りを覚えながら少年はファイルを乱雑に捲り上げる。
「っ!!こ、これは……!?」
ある書類を目にした瞬間、驚愕に染まる少年の表情。それはファイルの最後、ごく最近に追加されたのであろう書類。その詳細には少年にとっては余りに受け入れ難い内容が書き留められていた。その書類を見た途端活動する、悔しさ、嫉妬、怒り、屈辱。醜くくもどこか悲しい感情が少年の中で激しく蠢いている。
「これでは……これではあいつらの言った通りじゃないか!」
それは一夏がISを動かした事を知った科学者達が少年をリンチした際に発した暴言、少年にとっては屈辱極まりない言葉
「普通の男がISを動かしたにも関わらず、何年も実験を施してもISを動かせない貴様など、どれだけ実験を施してもISを動かせないゴミクズ以下の出来損ないだ!」
「ふざけるな!……俺は、俺は出来損ないではない!」
その暴言を思い出し科学者達への冷めかけていた憎悪が奥底から熱を帯びて体中を駆け巡り、諦めかけていた生きる事への執着心を焚き付ける。その勢いのままISが佇んでいる隣の部屋へと駆け抜けて行く。
「……………」
俺の目の前には何年かかっても動かせなかったISが佇んでいる。一言で表すなら黒、暗黒を体現しているかの様な黒も、己を目覚めさせる主が現れるのをもう何年も待ち望んでいるのだろうか?
「もしお前が動かす主を待ち望んでいるならば……」
もう自棄だ。今まで何億回と動けと念じてきたというのに今更願うとは……だが
「俺がお前の主だ!だから……今こそ目覚め、動け!」
これで動かなきゃ俺は本当にゴミクズ以下の出来損ないだ。それだけは絶対に……絶対に嫌だ!その気持ちを全面に押し出して俺は、触れた。
「!?」
金属音が脳に響き、直後流れてくる情報の激流。
刹那の時、それは一秒にも満たない時間。普通なら瞬く間に過ぎる時が俺には永遠にも一瞬にも感じられた。
「俺は……」
流れてくる情報の激流から理解出来る状況。
「俺は……出来損ないではない!」
気付けば俺は黒き鎧を纏っていた。そう、漸く、漸く動かしたんだ。ISを。
「これが、これがIS、インフィニット・ストラトスか!」
やっと報われた。此処での地獄が…… ISを動かせた喜びと長年の苦労から解き放たれた解放感から頬が緩む 。何時以来だろうこんなにも喜んだのは……などと浸っていると、突然の前にウィンドウが現れた。そこに記されていたのは、自らを目覚めさせる主を待ち望んでいたこのIS情報。
「……そうか。これがお前の名前か」
情報の中にはこのISの名称も存在した。何年もの間、主を静かに待ち続けてきたその名は
「『
悲劇の復讐者。この名前が意味するのは主となった少年の事なのだろうか?
今、織斑一夏に続き、名も無き1人の少年がISを動かした。だが、世界はその事実をまだ知らない。
作中でも書かれている様にもう1人の主人公には現在名前は有りません。にじファン時代の改訂前のこの小説の後書きをご覧になっていた方はわかるかもしれませんが、いずれ名前は付けられるそれまでは少年と表記します。