IS〈インフィニット・ストラトス〉宿命を変える奇跡の双騎士 作:《陽炎》
「よしっ!そこよっ、いっけー!」
「織斑君ーっ、守ってばっかじゃ勝てないわよー!」
「その調子よっ、一季君!連勝決めちゃってー!」
アリーナの観客席には学年を超えて多くの生徒がこの試合を観覧しに訪れている。試合を観戦するのが好きな生徒、専用機持ちの試合を見て学ぼうとする生徒、一季や一夏の試合に興味津々な生徒、理由は個々により違えど、参加者が全員専用機持ち且つ3人中2人は世界で2名しか存在しないISを動かせる男子、内1人は憧れの織斑千冬の弟。そんなメンバーが理由はどうあれこうして試合を行うともあれば、事実上女子高である此処の生徒達の興味をくすぐらない訳がない。2試合を終えた今、その2人のイレギュラーの男子が戦うその光景は女生徒達のボルテージを否が応でも高ぶらせる。セシリアが耳にすれば憤慨するだろうが、正直この一季と一夏の試合があるという情報が広まった際にはその対戦カードを一番心待ちにしていた生徒達が多い。理由は十人十色なれど、イケメンな男子同士の戦いともなれば本来はそんな人物など存在せず尚且つ女子校出身者の多いIS学園の生徒達は自ずとその試合がどうなるのか見たくなったのだ。
「ハァハァ、やっぱり男同士の戦いは萌えるわね」
「くっ、なんで一季君の顔が見えないのよ!どんな顔して攻撃してるかわからないじゃない」
「馬鹿ね~、見えないからこそどんな表情を浮かべてるか妄想出来るじゃない」
一部の面々はこの戦いを見てこの場に似つかわしくない腐った妄想をしている、これが授業中ならば鬼教師の千冬によりグラウンドを走らされる羽目になっていただろう。
「私としてはそろそろ織斑君が『受け』から、『攻め』に転じてくれると嬉しいんだけどなー」
「確かに……一季×一夏も良いけど、一夏×一季の方が王道か」
どの辺が王道なのだろうか?それ以前に『攻め』や『受け』の意味が違う。よもや一夏は自分に一季、加えて中学からの友人五反田弾までもネタの餌食になっているとは思いはしない、見た事のない人間すらネタにするとは恐るべし。一応この学園の生徒の名誉の為に言っておくがこんな生徒は少数派である。……多分。
「ほぇー。織斑君も一季君も凄いよね……」
「特に一季君なんか、セシリアに勝っちゃったし」
「ホントホント、まさかあそこから一気に逆転だもんね。織斑君も負けちゃったとはいえ粘ったし」
「2人共凄い凄い~」
2人のクラスメートである1組の生徒達も一団となり、最早当然の如く試合観戦に訪れており各々が盛り上がりを見せている。よく行動を共にしている相川清香、谷本癒子、鏡ナギ、布仏本音もこれまでの試合感想を口にしながらその視線は空にて激突している白と黒の存在から背かれる事はない。
「それにしても、一季君って何者なのかしら?」
「どうしたの静寐?唐突に」
思った事をふと、突然に呟くように疑問を述べるクラスメートの鷹月静寐に疑問をぶつけるナギ。しかし静寐の疑問に同感を抱く自分も同時に存在しているのも事実。
「だって、いきなり何の前触れもなしに現れたのにISの知識に凄く詳しいし、その上転入初日にはもう専用機持ち、謎が多すぎよ」
「そーいえば確かに、前に私達が聞いたらまだ習ってないような所がスラスラ出てきたし」
静寐の疑問は最もだろう、以前ISの授業にて何度か千冬に当てられた一季は何の迷いもなく答えを述べてみせた。その後、一度休み時間に清香と癒子が恐る恐る興味本位で一季にIS理論ついて尋ねてみた所、一季はまだ習ってもいない箇所を淡々と説明して驚いた記憶は新しい。それに加え代表候補生か企業所属の人物位しか所有出来ない専用機を男とはいえ初日から所持しているのは普通ならば有り得ない。大々的に報道された一夏でさえ専用機持ちとなったのは今日なのだから。
「確かにそうよね。一季君って謎が多過ぎるわ」
ナギの簡潔なこの言葉が一季の存在を物語っている。男でISを動かしただけでも謎だというのに、初日から専用機持ち、ISに関する知識の高さ、見るからに自分達と同じ日本人にも関わらず名字もない、初対面時のもう何年も人と関わっていない様なみずほらしいとも評せる出で立ち、上げていけばキリがない。
「でも……悪い人とかには思えないかな」
「うん。一季君の事はよくわからないけど、私もそう思う」
清香と癒子は席が一季の隣と後ろという事もありよく一季の様子が目に入る、かと言って会話を交わした事は殆どなく、初対面時やセシリアとの騒動の際には怖さを覚えた。理由も根拠もないのだが、僅かに経た交遊から見て2人には一季に関して『謎が多いのは同意だが悪い人間だとは思えない』それが現在の心境である。
「まぁ、確かにね。私も悪い人には思えないわね」
「コミュニケーションは取りづらいけどね」
静寐もナギも一季に関してコミュニケーションこそ取りづらいが悪い人間とは考えていない。多分人と接するのが得意ではないんだろうなと位に思っている。
「おりむー、つっきー、どっちも頑張れ~」
戦っている2人になんとも間の抜けたニックネームを付けてエールを送る本音。何時も通りの通常運転だ。
「つっきーって、あんたね……」
「また懐かしい言葉を……」
「子供の頃よく見たわあのアニメ」
「みんな、試合に集中しなさいよ……」
つっきーという渾名を聞いて、月夜が池に住んでいる何を考えているのかわからない恐竜みたいな生き物が頭に浮かんでしまった4人。呆れ気味に本音と、それをツッコム清香達に試合に集中しようと提言する真面目な静寐の姿がそこにあった。
『うぅ……邪魔が入らなければ今頃私はどっちかに近付けたのに』
そして一季と一夏の両名にISを教えるという名目でお近付きになろうとして失敗に終わった3年生は、2人の試合を見る観戦者の数に益々失敗を只悔しがっていたのを本人以外知る由もないのである。
空中にて白の鎧を纏う騎士が、返り血を浴びたような黒き悪魔と戦っているとも見れるこの光景。白き鎧、白式を纏う一夏は黒き悪魔、悲劇の復讐者を纏う一季に防戦一方の戦いを強いられている。
「くそっ、このままじゃ埒があかねぇ!」
本心を偽らずに、想うがままの言葉を一夏は口から吐き出した。一季との試合の幕が開けてからというもの、右手に握る《雪片弐型》から繰り出される一閃が届く間合いへの接近を悉く阻まれて、自分のシールドエネルギーをジリジリと削られているだけ。本心から漏れたその言葉の通りこのままでは何も出来ずに負ける可能性が高いのだ。
『何としても間合いに入らねえと、そうしなけりゃ俺の負けだ』
自身の専用機である白式に搭載されているのは近距離戦専用の刀《雪片弐型》のみ、しかし自分には刀身から光の刃を発生させるワンオフ・アビリティー、絶対防御を強制発動させて相手のシールドエネルギーを大幅に削る切り札『零落白夜』がある。この力があれば勝つ事も不可能ではないが、発動及び持続で自身のシールドエネルギーを喰らう両刃の剣故に多用出来ない、だが現状は切り札を発動する好機すら訪れていない。こうして攻撃を避けて防ぎ、防いでは避けての繰り返し、折角の切り札を生かす機会が訪れない。
「くそっ、そこまでして俺を近付けさせたくないのかよ!?」
「当たり前だ。近距離戦しか出来ない相手ならば、中距離戦か遠距離戦に徹するに決まっているだろ」
一夏の問いに対する一季の返事の内容は当然の物だ。確実に勝利を手にするのなら、相手の攻撃手段を封じ込めて自分だけ攻撃を行える戦闘が可能ならば徹底的なまでにそのスタンスを実行する。
「にしたって、いくらなんでも徹底的過ぎるだろ!俺の事が嫌いなレベルで近付けさせねぇじゃねえか!」
こんな女だらけの学園で気まずさと肩身の狭さを味わいながら生活している一夏にとっては亡き兄弟と同じ名前であり同じイレギュラーな存在同士仲良く接したいと願っているのに一季はこの戦闘の様に素っ気なく冷たい態度を取り続ける。試合を通じて少しは心が通わせるのではと思えばこんな徹底して距離を置かれた戦いだ。正直言って今の一夏は我が儘を言っている子供とさして大差ない。
「試合中に何を馬鹿な事を……」
試合中に何を子供の我が儘みたいな戯れ言を抜かしているのかと呆れとイラつきを隠さずにいる一季。顔を覆っているそのバイザーの下に隠れた表情は間違いなく呆れとイライラを滲ませている事だろう。
「そもそも嫌いなレベルという話ではない、俺はお前が嫌いだ」
「き、嫌いって……そんなストレートに言うなよ!」
嫌いと言われたその一言が心に刺さるのを一夏は感じる。態度で薄々感じてはいたが、こうもハッキリ言われるとキツい物がある。
「ならハッキリ言ってやる。俺はお前など大嫌いだ!」
「だから少しはオブラートに包めー!ってうわぁ!?」
追い討ちとばかりに躊躇なく大嫌いと断言され、ガーン!という効果音が表記されていそうな位分かり易いショックを露わにする一夏に一季は更なる追い討ちを掛けるが如く鞭を振り上げ攻撃してくる。一夏にはショックを癒やす時間さえな与えない事から嫌っているのが嫌でもわかる。
「何をやっているんだあの馬鹿共は……」
「あ、あははは……まぁ、お2人もまだ子供ですし」
「まったく、小学生の口喧嘩じゃあるまいし……」
「ったく、イツキもイチカも試合中に何やってんだか」
「本当に低レベルな口論ですわね」
そんな2人の口論をモニターで見ていた面々は小学生レベルのやり取りに呆れながら何処か微笑ましく見守って試合を見続ける。そんな表情が驚愕に染まるなど、この時の彼女達は想像すらしていなかった。
『この程度の口論で済めば、どれだけ……』
只1人、2人の担任して一夏の姉であり、一季にとっても姉でもある可能性の千冬を除いては。
『……くそっ、本当に隙がない!』
試合開始から軽く10分は経過した頃合いだろうか、そんな事を考えながら未だに懐に飛び込めていない自分の不甲斐なさを嘆きたくなりながら一夏は弾丸を避け、鞭を《雪片弐型》で弾き防ぐの繰り返しながら攻め込もうとしている。しかし懐に飛び込む隙など一季は見せず、繰り出される攻撃を何とか逃げて防いで凌いでいる。しかしそれでも少しずつシールドエネルギーを削られ、残りのエネルギーは400を切った。この状況が続けばでは切り札の『零落白夜』を発動するエネルギーすら削られてしまう。そうなってしまっては勝ち目が大幅に減る。
『何とかしねえと……』
何かなんでも一季の懐に入って接近戦に持ち込む、それだけは絶対に成功させなければと一夏は固く決意している。
『……この方法ならなんとか接近戦に持ち込めるかもしれないけど、けどなぁ……』
ふと、一夏の頭に現状を打破しうる可能性を秘めた1つの作戦が脳裏に浮かんだ。しかしその内容は思い付いた本人自身気の進まない作戦内容である。
『ええい、悩んでてもこの状況は変わらない!悪く思わないでくれよ、一季』
しかし悠長に悩んでいる暇も有りはしない、仕方なしにと一季への詫びの気持ちを抱きながらその作戦を行動へと移す事に一夏は決めた。
『ちっ、ちょこまかとしぶとい奴だ』
一方未だ無傷で優勢である一季も心に軽いイラつきを覚えていた。一夏相手など《悪魔の尾》で軽く蹴散らせると考えていた一季にとって攻撃を避け、防がれ続けられているのは気分のいい話ではない、心の中で思わず舌打ちをしてしまう。
『やはり、中距離戦となると決定打に欠けるか……』
接近戦しか行えないが高い攻撃力を持つ白式を相手取るには中距離や遠距離で戦うのが得策。しかし悲劇の復讐者に中距離及び遠距離での戦闘において決定打と成りうる程に高い攻撃力の装備はない。如何に《悪魔の尾》が必要に応じてガンランスと鞭に姿形を変える便利な武装とはいえども、攻撃力に欠けるのが弱点と言えば弱点。逆に攻撃力の高い装備はといえば至近距離でその真価を発揮する《灰色の鱗殻》、一季の切り札の1つである。『瞬時加速』というもう1つの切り札を使い、一夏目掛けて特攻し《灰色の鱗殻》を浴びせるのも策だが、『零落白夜』という接近戦においてIS最強の能力とも称せるそれを持つ相手に特攻を仕掛けて、それを見越して発動していた『零落白夜』の光の刃に突っ込んで自滅という自身にとって耐え難い最悪の末路に繋がりかねないこの案を実行に移すのは控えたい所。
『……相手を見くびっていた結果がこの状況か、我ながら情けない』
正直言って今日初めてまともに実戦を行う一夏など早々に試合を終わらせられると思っていた、自分は代表候補生のマリアやセシリアに勝利しているのだから一夏など余裕で負かせられるという自信があった。しかし実際の所ばかりどうだ?今の自分は中距離戦に徹すればさっさと勝てると思い上がり、それを達成出来ずに攻撃を防ぎ避けられ、試合が中々動かない現状に機嫌を損ねイライラしているではないか、自分と戦ったセシリアよりも質が悪い。
『ブライトに文句を言われそうだな……』
相手を舐めずに自分の全力を出して戦えとマリアに言われたのにも関わらずこの様だ。信じているからな、と言ってくれたマリアへの罪悪感へと情けない自身やそうさせる一夏に対しての怒りが一季の心に湧いてくる。
「おい、一季!」
「……なんだ」
そんな一季に叫ぶ様に声を掛けてくる一夏。一季は自分の浅はかさからくる忌々しさを一夏に八つ当たりするかの如き返事を返している。
「何時までこんな攻撃続けるつもりだ?これじゃあ日が暮れるぞ」
「そんな訳があるか、馬鹿馬鹿しい」
「そうか?攻撃の方法が同じだから俺も防いだり避けたりするのに慣れてきたからな。有り得ない話じゃないぞ。それにセシリアの狙撃に比べればまだ避けやすいしな」
「ちっ……」
一夏の言う事は事実、時間が経つにつれて実弾を避けるのも鞭の一振りを防ぐ確率が上昇しつつある。確かにセシリアとの戦いで味わったブルー・ティアーズの4機のビットによる反応が遅れる多方向からの狙撃に比べれば、死角でも何でもないガンランスによる狙撃や鞭の一振りは避けやすい。それを指摘された一季は不愉快を表すように舌打ちをする。
「それにこのまま試合が長引くと引き分けになる可能性だってあるかもしれないんだぜ、アリーナの使用時間には限りが有るって千冬姉も言ってたしな」
そう。アリーナの使用時間には限りがある、それまでに決着が着かなければ引き分けの可能性も否定出来ない。一夏がとっさに思いついた口から出た出任せだが、只でさえ放課後に3連戦、しかもこの試合はその最後の1戦。使用時間の終了が訪れるその時に最も近い試合である。もしもその時が訪れたなら引き分けという結末も有り得ない話ではない、そんな結末が一季の頭に少しだけだが作り出される。
「……ふん、そうやって俺が接近戦を仕掛ける様にけしかけるつもりか?」
しかし幾ら何でもそんな時間になるまでこの試合が長引くとは一季は考えていない。これは一夏が自分を有利な戦況へと変える為の作戦なのだと、イライラの残る思考だがそこは冷静に結論付けた。
「さぁな、単に俺はこのままお前が負ける可能性がある接近戦を拒んでいると俺に勝てない可能性があるぞって言ってるだけだ」
「……は?」
一夏のその発言に『こいつは何を言ってる』という感情をパイザーに覆われた表情と声で露わにしている。その声からは明らかに気分を害しているという気持ちを表現している。
「貴様……俺がお前に負けるのを恐れて接近戦を避けているとでも言いたいのか」
「そこまで言ってないだろ。別にお前が中距離戦に徹底してもそれは戦法だから可笑しくない。例え接近戦に持ち込んだら少しでも自分に負ける可能性があるから避けた結果だとしてもな」
明らかに煽っている、それは一季自身充分理解してその意図も把握出来るし確信を得た。自分を挑発して攻撃力のある武装を使用出来る接近戦へと持ち込ませ、切り札の『零落白夜』で勝負を決めるといった算段なのだろうという確信を。
「貴様……そんな煽りで俺が挑発に乗るとでも思っているのか?」
『あーくそ、やっぱり駄目か……』
理由は知らないが自分の事を嫌い距離を置き、戦法にもその態度を遺憾なく発揮している一季をわざとらしく挑発して煽って接近戦に持ち込ませように仕向ける芝居をしてはみたが、効果が見られない。正直こんなやり方など一夏は使いたくなかった、尚更毛嫌いされそうな上にこんな態度を取るのは情けなく思う。しかし他にこれといった打開策が思い付かず仕方無しにこの挑発作戦を実行へ移したが、結果は一季の機嫌を損ねて更に嫌われ、自身の良心も傷付き、接近戦へ持ち込ませる事も出来ないという最悪な展開だ。
「貴様のくだらん挑発のお陰で俺は不愉快だ。だから……」
『あー……こりゃあ今まで以上に徹底的に距離取って戦うだろうな』
さっきよりもより徹底的に距離を置いて中距離戦に徹するだろうなと一夏はそう思っていた。何1つ上手くいかずに一季の機嫌を損ねただけだと。
「貴様を叩きのめして憂さ晴らしにする。お望み通り近距離戦でな」
「やっぱりそうか……えっ、なんだって?」
一季の口から発せられた言葉に耳を疑い、まるでラブコメ作品に於けるテンプレ難聴鈍感主人公のような聞き返しをする一夏。一夏もまたそれらの作品の主人公に該当する人物故から違和感がまるでない。
「聞こえなかったのか、接近戦で貴様を叩きのめすと言ったんだ。馬鹿が」
「なんだ、てっきり怒らせて余計に徹底して距離を取って攻撃してくるかとばかり思ったんだが……」
一夏からすれば意外な返答と願った展開へと移る言葉、一季からすれば煽られて不快感が増してさっさとケリを付けようとする為に接近戦に持ち込める丁度良い展開へと事は運べた。一夏の望む意図は違うが、2人の利害が一致した瞬間である。
「勘違いするな、貴様の挑発が不愉快で、非常に気分が悪くなったから接近戦で叩きのめしてさっはと終わらせるという気になっただけだ。誰が貴様のあの低レベルな挑発に乗るか」
「そうか?接近戦にする時点で挑発に乗ってる気がするんだが」
別にこれは挑発している訳でも煽っている訳でもない、一夏が極々自然に疑問に思った事を口にしただけである。ただ、元から一夏にいい感情を抱いておらず、加えてこの戦況及びあの煽りで今の一季は非常に機嫌が悪く怒りやイライラが沸々と芽生えているのである。だから多少の危険を冒してでも高い攻撃力を誇る切り札の《灰色の鱗殻》を使える接近戦でさっさと終わらせようと端から見れば挑発に乗るような形で接近戦を仕掛ける事を決めた一季にとって、一夏のその言葉はそれらの感情という炎に言葉という油を注ぐ結果となってしまう。
「そうか……まだ俺を煽るか。いいだろう、望み通り接近戦で叩きのめしてやろう!」
「えっ?おい、なんで怒ってんだよ!?」
「貴様が言うな!いくぞ!」
鈍感は気付かぬ内に他人の地雷を踏み抜く。自分を鈍感だと思っていない一夏はそれを把握していない。接近戦へ持ち込むのは成功したが想像以上に自分への怒りを燃やさせた事に一夏はこう結論付けた。
『やっぱ、煽るのやめときゃよかった……』
兎にも角にもイレギュラー同士の戦闘は一方的な中距離戦から互いに高い攻撃力を持つ一撃を繰り出せる近距離戦へと移り変わる。作戦成功を喜びたいが、煽りが原因で一季を怒らせたと感じて後悔する一夏。しかし一季が抱く一夏へ牙を向ける感情が煽り程度によって産まれたそんな簡単な物では無いという事をこの時一夏は微塵も想像していなかった。
「最初と比べると随分試合模様が変わりましたわね」
「そうだね。さっきまではイツキが一方的に押してたけど、接近戦になった今はイツキもイチカも攻撃は出来ても、どっちも攻め倦ねてる」
同時刻のCピットにて、マリアとセシリアもモニターに映る一季と一夏の試合を観戦しながらこの戦いの行方を見守っていた。
「それにしても、あのまま中距離戦に徹していればリスクを増やさずに試合を有利に進められたのに、何故わざわざ接近戦に……?」
セシリアの抱く疑問は真っ当な物だ。あのまま中距離戦を続ければ一季は攻め倦ねる事もないし、接近戦へ移行した事で自身が『零落白夜』を喰らうリスクを増す事もない。にもかかわらず接近戦へと戦法を変えた理由が思い当たらない。
「あー、多分イチカの挑発に乗ったんだろうねぇ」
「……まさか、あんなお粗末な挑発に乗ったんですの?」
否、一つだけ有った。一夏が一季に接近戦を持ち込ませる為に行った煽りだ。確かにその一連の流れはこの目で確かに見てはいたが、よもやあんなあんな低レベルな挑発に乗って接近戦へと戦法を変えるとは、自分との戦いで冷静に戦況を見て勝利を手にした一季がそんな短絡的な感情でリスクを高める行動に打って出たのかと、セシリアは呆れてしまいそうになる。
「ホントだよ。ったく、イツキの奴何やってんだか」
全く何をしているんだかと一季に呆れているマリア。そんな彼女は今にもヤレヤレという言葉が飛び出しそうな仕草をしていた。
「大方、イチカ相手なら早めにケリを着けられると思っていたんだろうけど、イチカが予想以上に粘ってイラついてたとこを挑発されて衝動的になったって所だろうねぇ」
一季が一夏に対して良い感情を全く抱いていない事を聞いているマリアは推測には過ぎないが、一季が煽りに乗る形で接近戦へ臨んだ理由について何となくだが想像が付いた。
「そんな……いくら一夏さんが初心者だからとは言え簡単に倒せると思っていたら、上手くいかずにいた所を挑発されて接近戦に変更するなんて一夏さんを舐め過ぎですわっ!」
「……セシリア、イツキやイチカを舐めて戦ってたアンタがそれを言うか?」
「うぐっ!」
マリアからのストレートのカウンター発言にぐぅの音も出なくなるセシリア。一季や一夏を見くびって戦い、その結果一季には負けているのだ。旗から見れば正にお前が言うなである。
「まぁでも、イツキがイチカを舐め過ぎって意見はあたしも同感だね」
言葉のカウンターブローをセシリアにかましたマリアだが、その意見には賛同してはいる。
『相手を舐めて戦うなんて、イツキの奴何やってんのさ。これじゃあイチカと全力でぶつかってみろって言った事も忘れてるんだろうな』
一夏を舐めて掛かった結果、一季はペースを見出し自身へのリスクを高めている。セシリアとの戦闘で発揮していた冷静さも欠けて、先程まで攻撃の機会すら作れず攻め倦ねて劣勢に追い込まれていた筈の一夏が息を吹き返してきている。明らかに一季には判断力や冷静がセシリアや自分と戦った時より低い、それは自分がセシリア相手に勝利を掴んだ勝因でもある相手の油断を突くという手段をやられているからだ。毛嫌いして下に見ている一夏をさっさと倒せないから挑発に乗ってこの結果だ、一夏を舐めずに全力でぶつかり合えと言った自分の言葉を忘れてこんな行動に出ている一季にマリアは軽く怒りながらも、やれやれと呆れていた。
「そ、それにしても……揉めたわたくし相手には試合中も試合後も冷静にいらしたのに、何故一夏さん相手にはあそこまで感情的になるのでしょう?」
「さっき本人が言ってただろ。イツキ、イチカの事が嫌いなんだよ」
心にカウンターを喰らったセシリアが復活しながら発したその疑問、一悶着あった自分と戦った時やその後は冷静な態度だったのにも関わらず、揉め事が起きていない一夏相手に何故そこまで辛辣な感情を抱くのか?確かに一夏相手には日頃から一際無愛想な態度を取っているのは同じクラス故に目にしてきたし、先程の低レベルのやり取りで当の本人が一夏に目掛け嫌いとハッキリ言っていた。それならばこれまでの一夏への態度も説明が付く。
「ですが、何故そこまで一夏さんを毛嫌いなさるのですか?わたくしと違い、一夏さんとは揉め事は起きていないというのに」
「わからない、あたしも詳しい理由は聞いてないからね。だけど……」
「だけど?」
「イツキがイチカに向けている感情はあたし達が思ってる以上に厄介で複雑な物なんだよ。それだけはわかる」
一夏の試合を見終えた一季が見せた尋常じゃない怒りの感情、一季が抱く一夏へ対する感情は前にも聞いてはいたが、その感情はマリアの想像を超えていた。怒りと憎しみ、辛く悲しい感情の吐露、聞いたその場ではとても簡単に結論を出せる物ではないのだと。だからセシリアには怒りや憎しみの件は濁して話している。それは簡単に口外してはいけない物だろうと。
「事情はよくわかりませんが、一夏さんが一季さん相手にそこまで嫌悪される様な真似はしていませんわ。それどころか一季さんと仲良くしようと接しておられたのに……」
「セシリア、さっきからやたらイチカの肩を持つねぇ」
「えっ?」
「そもそもアンタがイツキやイチカとトラブル起こした結果この代表決定戦が決まったってのに、イチカとの試合の後から何か人が変わったみたいにさぁ。どういう気持ちの変化なんだい?」
そろそろマリアもツッコム事にした。モニターで見ていた高慢な態度が一夏と試合後には明らかに物腰が柔らかくなっている、しかもやたら一夏の肩を持つ発言が目立つ、マリアでなくても『えっ?どういう風の吹き回し?』とツッコみたくなる。
「コ……コホンッ。それはですね、一夏さんとの戦いを経て自分が思い上がっていた事を学んだのですわっ。代表候補生たる者日々精進しているのはマリアさんも同じでしょう?」
「そりゃあそうだけどさぁ。でも、何で自分に勝ったイツキじゃなくて、自分に負けたイチカとの試合の後でこんなに変わるんだい?」
「そ、それは一夏さんの他人への気遣い、優しさですわ。あのまま攻撃していれば『零落白夜』の力で勝利を手に入れられたのに、それよりもわたくしの身を案じる優しさが……」
そこから続く一夏への賛辞。それを気分良く語る態度、さっきから薄々感じてはいたが、この様子からマリアは確信した。
「セシリア……アンタ、イチカに惚れただろ」
「なっ!?い、いきなり何を仰ってますのっ!」
「いや、これだけ態度がコロッと変われば大体気付くよ」
やっぱりねぇとマリアは思う。明らかに事実を突かれ動揺し、キレイな色白の顔が紅潮している。明らかに恋する乙女の顔だ。これに気付かないのは余程の鈍感……
『ってイチカじゃんか!それ』
思わず心の中でノリツッコミをしてしまったマリア。別に芸人でもないマリアだが、一夏や箒とも友人として接するマリアは箒が一夏に思いを寄せている事も、一夏がそれに全く気付いていない鈍感な男という事も知っていた。だからこそこんなにも見事なノリツッコミをしてしまったのだ、心の中でだが。
「そ、そういうマリアさんはどうなのですの!?本当は既に一季さんと付き合って……」
「んな訳ないだろっ、大体イツキは異性への免疫が殆どないんだぞ。会話するので精一杯な奴が彼女なんか作れると思うか?」
一季とは恐らく現在一番親しく接しているのはマリアだ。それはマリア自身も感じている。しかし一季は異性への免疫が皆無に等しい初な男だ。加えてコミュニケーションも不得意な一季じゃ、この学園では彼女はおろか友人が出来るのかも危うい。
「そうでしたか……はっ!?で、ではまさか一夏さんを狙って……」
「今の答えをどう聞けばそんな答えになるんだよっ!?」
自分も年頃の少女だが、恋する乙女とはこうも暴走に拍車が掛かるのか?一体いまの自分の返答をどう解釈すればそんな答えに辿り着くのかマリアは頭を抱えたくなる。
「で、では一夏とは何もありませんのね?」
「なんもないよ。ある訳ないじゃんか」
「そうですか……となると、やはり幼なじみの篠ノ之さんが一番の障害……」
「おーい、セシリアってば、試合に集中しろって」
「まずはISの操縦技術を教えて距離を詰め、それから……」
「……………はぁ~」
今度は恋のライバルになる箒やその対抗策へと意識が行っている。何故試合の事ではなくこんな事で頭を悩ませなければならないのたろうか?手を額に当てて盛大に溜め息を吐き出すがセシリアは気付きもしない。
『むっ、何やら嫌な予感が……』
セシリアが一夏に近付こうとしているのを女の感がそう告げたのか、箒は本能的に嫌な予感を覚える。気のせいかとも思ったが、多分そうではないと本能が告げてくる。
『もしや誰か一夏を狙っているのでは……?』
その当たっていた、女の第六感恐るべし。しかし一夏を狙っているといっても候補が多過ぎる。そんな感覚を覚えながらも、取り敢えず今は一夏の試合を集中して見る箒。
「……っ」
その直後、一季と一夏の勝負は更に激しさを増し始めた。このままの勢いで試合の激しさが増していけば決着の時もそう遠くはない。一季と一夏の戦いは、まるでこの後待ち受ける衝撃を引き立たせるかの様に激しさを増していく。
「一夏……」
今はただ見守り応援するしか出来ない、その心配する気持ちを表すかのようなか細い呟きが箒の口から紡がれる。
「……戦いの激しさが増しましたわ。これは決着もそう遠くなさそうですね」
「あぁ。そうだね……って何時の間に試合に意識戻してたんだよ!」
真剣に見ていたマリアだったが、何時の間にか妄想にトリップしていた筈のセシリアが普通に試合を観戦していた変わり様に、思わず声に出してツッコんでしまう。その変わり様に呆れながらも激しさを増す試合の行方を見続けた。
「っ!……」
しかしある光景を目の当たりにしたマリアは思わず目目を見張る。何故なら『零落白夜』を発動している《雪片弐型》の斬撃が悲劇の復讐者を切り裂いたのだから。
という訳で、前にこの話を投稿した際に書かれた感想の通り、余り話は進んでいませんが、それでも零落白夜の一撃を加えるシーンがなかった加筆修正前より進めたかな~と思っています。さて、マリアとセシリアの会話を追加し、一季が追い込まれるという展開になり、次回でいよいよ一季対一夏の戦いが決着を迎えます。果たして勝つのはどちらなのか。では、また28話でお会いしましょう。