「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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一章 紅魔の里の問題児たち
1-1-1 むきむき、四歳にて出会う


 曰く、頭のおかしい魔法使いが集まる里。

 曰く、世界最高の魔道士の一族が(たむろ)する里。

 曰く、魔王軍でさえも子供扱いする反則集団が生まれる里。

 曰く、本気になれば人間世界くらいは七日で征服できる里。

 その里の実情を知る者達の中でさえ、評価が安定しない里があった。

 

 その名も紅魔の里。人類最強の魔道士一族、紅魔族が住まう里である。

 

「ねえ、私を連れていきたい所ってどこなの?」

 

 その里で族長を務める男と、その娘が里を歩いている。幼い娘は父に手を引かれ、小さな疑問を口にしていた。

 少女の名は、ゆんゆんといった。

 

「お前の友達になってくれるかもしれない子の所さ」

 

「!?」

 

 ゆんゆんには友達が居ない。地球的に言えば、保育園や幼稚園で他の子供と一切絡まず一人遊びをしている、可哀想を通り越して心配になるタイプの子だった。

 彼女は魂レベルでぼっちである。この性質は、友達が出来てもそう簡単には変わらないだろう。

 友達ができればぼっちじゃなくなるだろ、と言われそうだが、彼女は友達ができようともぼっち気質である。デイダラボッチ級のぼっちだ。ぼっち売りの少女である。

 

 そんなだから、父のその言葉に過剰に期待してしまった。

 

「―――!?」

 

 そして、目的地となる家の扉を開き、そこから出て来た人物の姿を見て、ゆんゆんは危うく腰を抜かしそうになる。

 

「あ、あわわ……」

 

 その男はあまりにも巨大だった。

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

 それはまさに肉塊だった。

 

 ゆんゆんの父が名乗りを上げると、その男は即座にそれに応じた紅魔族流の名乗りを上げる。

 

「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉の持ち主!」

 

「ゆんゆん、お前の一つ歳下だよ」

「歳下!?」

 

 身長199cmッ! 体重210kgッ! 四歳ッ! 成長期ッ!

 

「はじめまして」

 

「あ、はじめまして。ゆんゆんです」

 

 黒い髪と赤い目は、まごうことなく紅魔族の一人である証。

 名乗りも十分。むきむきは族長から及第点を頂いていた。

 が、ゆんゆんは――里の外の世界基準で――普通の少女のような名乗りをしてしまい、族長は困った顔をしてゆんゆんの背中を肘で小突く。

 

 この名乗りは、紅魔族のスタンダードだ。

 里の外の普通の人達の感性を基準にすれば、あまりにも痛々しく恥ずかしい名乗り。

 されど、紅魔族のヘンテコな感性を基準にすれば、最高にカッコイイ名乗りとなる。

 ゆんゆんの不幸は、里の外の人達と同じ、ごく普通の感性を持ってこの里に生まれてしまったことだった。

 

 ゆんゆんは大層恥ずかしい思いをして、紅魔族流の名乗りを上げる。

 

「わ、我が名はゆんゆん! 紅魔族の長の娘にして、やがて族長となる者!」

 

 名乗ったら名乗ったで顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 ごく普通の少女の感性。これでは里で友達ができないのも仕方ない。

 このまま周囲の感性に馴染めず、周囲と根本的な相互理解が行えず、友達ができないまま十数年里で熟成されてしまえば、とんでもないぼっちが完成してしまいそうであった。

 アンデッドの王がリッチーなら、ぼっちの王はボッチーになるのだろうか。

 

「ではゆんゆん、上手くやるのだぞ。

 なにかあったらすぐに私に連絡するようにな!」

 

「待ってマイファーザー!

 もしかして私、この人のお目付け役みたいな感じなの!?」

 

「友達の居ない娘への気遣いもあるぞ」

 

「嫌な公私混同をしないでぇ!」

 

 どうやらこの族長。ぼっちの娘の友達問題と、このマッスルモンスターのお目付け役が必要という問題を一気に解決しようとしていたようだ。

 むきむきとゆんゆん、その両方に信頼できる友達を作ってやろうという気遣いも感じられるが、問題の解決法が大雑把すぎる。

 だが問題は、族長の行動だけではなかった。

 

「ご、ごめんなさい……図体だけでかくて、友達になりたくないような奴でごめんなさい……」

 

「!? あ、ううん、そうじゃなくて! こ、こちらこそごめんなさい!」

 

 どうやらこのむきむきというラオウ風ショタは、ゆんゆん並みに内気でナイーブな性格をしていたらしい。

 ゆんゆんの態度を見て、自分のせいで不快な思いをさせてしまったのだと思ってしまったようだ。とても申し訳なさそうな顔をしている。

 そんな彼にゆんゆんは必死に弁明し、族長は昼寝のために無言で自宅へ帰った。

 

 ゆんゆん五歳。むきむき四歳。

 これが、ゆんゆんの未来を決定する運命の出会いであった。

 

 

 

 

 

 むきむきとゆんゆんがぐだぐだと友達になったその翌日のこと。

 むきむきは他の大人がしている仕事を、自分にできることの範囲で手伝っていた。

 

「よい、しょっと」

 

 むきむきの両親は、既に魔王軍との戦いで死去している。

 なのだが、むきむきは誰の家にも引き取られなかった。彼が両親の家から離れるのを嫌がり、自分一人でも生きていけることを、働くことで証明したからである。

 そのため、彼はそんじょそこらの大人より立派な一人暮らしの光景を家の中に作りつつも、四歳一人暮らしというギャグみたいな毎日を過ごしていた。

 里の一部では、「ニートやってるうちの息子よりずっと立派だわ」と言われていたりする。

 日本には昔小学生が大人顔負けの能力を持って働くアニメが大人気だった時期があったが、それとこれはまあ特に関係ない。

 

「畑手伝い終わり、工芸品搬入終わり、次は……」

 

 一見した限りでは大人が一人暮らしをしているように見えるので、子供が働いている印象がなく、周囲の良心が痛みにくい、というのもある。

 だが、むきむきの意志を強引に押し切り無理矢理にでも自分の家に引き取ろう、と考える者が居ないのには、別の理由もあった。

 

「おい、才無しだぜ」

「バカ、聞こえたらどうすんだよ。かわいそうだろ」

「魔法使えない紅魔族なんて、本当に居るんだね」

 

「……」

 

 むきむきは、()()()使()()()()紅魔族だった。

 紅魔族は例外なく生まれつき高い魔法資質を持ち、その全てが魔法使いの最上級職アークウィザードとなる。

 そして成人する頃には、その全員が上級魔法を操る最高位の魔法使いとなるのだ。

 

 だが、むきむきは紅魔族の歴史の中で初めての、ただ一人の、何故か魔法の才能が皆無であるという紅魔族であった。

 この世界において、魔法はスキルポイントというものを振って、システマチックに習得するものである。

 才能がなければ、『魔法が使えない』という事実が『習得できない』という形でハッキリと突きつけられてしまう。

 そのため、"紅魔の里そのものから"この少年は浮いていた。

 

 この里には、魔法が使えない者のための学校は存在しない。

 魔法を修める者のための学校で一般常識を教えはするが、そうでない者のための学校はない。

 魔法使いでない紅魔族のために用意された居場所も無い。

 子供達がむきむきを見てひそひそと話し、ある子供は同情の視線を向け、ある子供は珍獣でも見るような目で彼を見て、ある子供は身内の輪の中に居る部外者のようにむきむきを見て、ある悪ガキはむきむきに突っかかっていく。

 

「おい、魔法使えない奴は脇にどいてろよ」

 

「……うん、ごめんね」

 

 大人は総じてむきむきを気遣いつつもどう扱えばいいのか戸惑っている者が多かったが、子供は総じてむきむきを見下している者が多かった。その程度に、各々差はあったが。

 見下してはいるが、悪意があるわけでも敵意があるわけでもない。憎しみもない。だから子供達は攻撃を仕掛けているわけでもない。

 子供達はただ、魔法を使えるのが当たり前の(せかい)の中で、魔法を使えないという異物(むきむき)に対し、子供らしい反応を返しているだけだった。

 それが結果として、むきむきの心を傷付けていたとしても。

 彼らは子供だ。その心の痛みには気付けない。

 

「これからはちゃんと、見かけたら道を譲るから」

 

「……けっ」

 

 どこか卑屈なむきむきに苛立ちを覚えた様子の子供が、どこかへと去って行く。

 突っかかってきた子供に見せたむきむきの愛想笑いは、子供には見抜けず、大人ならば痛々しいと感じる、そういう笑みであった。

 ちょっとだけ泣きそうな雰囲気で、はぁ、とむきむきは溜め息を吐く。

 そうしていたら、パコーン、と何かを叩く音が聞こえた。

 

「?」

 

 思わずむきむきが振り返ると、先程むきむきに絡んで来ていた子供が、尻もちをついていた。

 その前には幼い少女が立っている。

 どうやらその少女が、その辺に落ちていた木の棒で頭をぶっ叩き、叩かれた子供が尻餅をついたという状況のようだ。

 少女は子供に何かを言い、子供は悔しそうに何かを言いながら駆け去っていく。

 

 少女は木の棒を杖のように振り回し、むきむきの前にやって来る。

 

「君は……?」

 

 少女は少しぼやっとした顔で、それっぽく大人を真似た、子供らしいようなそうでないような名乗りを上げた。

 

「我が名はめぐみん。紅魔族随一の職人の娘。やがて、紅魔族最強の魔法の使い手となる者!」

 

 名乗られたならば、返さねばならない。

 

「我が名はむきむき! 紅魔族随一の筋肉を持つ者!」

 

 二人の身長差は、90cm以上。だが、その実めぐみんの方が年上であった。

 

「もうちょっと胸を張ってもいいと思いますよ、あなたは。

 あんなのはちんぴら? とかいうのと変わりません。ぶっとばせばいいんです」

 

「ぶ、ぶっ飛ばすのはちょっと……」

 

 肉体はともかく、精神的にはめぐみんの方が強そうだ。どこか豪快さを感じるめぐみんとは対照的に、むきむきの話し方からは繊細さが感じられる。

 

「……君は、僕が嫌いじゃないの?」

 

 その質問は、どこまでも的外れなものだった。

 むきむきを本気で嫌っている者など、里には一人も居ない。

 里の大人のむきむきへの対応、里の子供のむきむきへの反応はそれぞれ違うが、そのどちらも根本にあるのは"異物に対する感情"である。

 彼は『違う』と思われているだけで、『嫌い』とは思われてはいない。

 

 だが、その事実が何の救いになろうか。

 むきむきは嫌われたくないのではなく、好かれたいのだ。

 彼もまた、幼い子供であるのだから。

 

 ゆえに、むきむきの思い違いに気付いているわけでもなく、彼を救おうとしてここに来たわけでもなく、思うままに行動し思うままに言葉を紡ぐめぐみんの言葉は、むきむきの胸を強く打つ。

 

「大きくて、強くて派手で、豪快。そういうのが私は大好きですからね」

 

「―――」

 

「他の人が変だと思っても、私はかっこいいと思います!」

 

 むきむきの大きな体と筋肉を手の平で叩き、めぐみんはからっと笑う。

 自分が嫌いで仕方がなかった子供が、生まれて初めて他人から素直な言葉で肯定された、その瞬間だった。

 この日この時聞いた言葉を、彼は生涯忘れない。

 

 めぐみん五歳。むきむき四歳。

 これが、むきむきの未来を決定する運命の出会いとなった。

 

 

 

 

 

 紅魔の里の魔道具屋の店主、ひょいざぶろー。その妻ゆいゆい。

 めぐみんはこの二人の間に生まれた一人娘である。

 同い年の子供達の中では一番最初に言葉を話し、幼少期から高い魔力を内包しており。この里でも皆から期待されている子供であった。

 

「私の家、最近ちょっと壊れてしまったので、外で遊んでないといけないのです」

 

「そうなんだ。僕に、何かお手伝いできることはあるかな?」

 

「存分に私を楽しませてください」

 

「ええ……」

 

 怖いもの知らずな子供特有の無茶振り。

 生涯二人目の友達、暴君めぐみんの要求に応えるべく、むきむきは色々と悩み……最終的に、彼女を肩に乗せて走り回ることを決めた。

 

「おお、速い!」

 

 めぐみんを肩に乗せ、彼は疾走する。その速度たるや、紅魔の里の周辺に出現するサラマンダーの走行速度を知っているめぐみんが「サラマンダーよりずっとはやい!」と思わず声を上げてしまったほどだった。

 

「これは楽しい! 今日からむきむきは私の子分にしてあげますよ!」

 

「え? あ、ありがとう」

 

 何故か子分にされてしまったが、まあいいやとむきむきは特に気にしない。彼も結構これを楽しんでいるようだ。

 

「もっと速く!」

 

「はい!」

 

「もーっと速く!」

 

「はい!」

 

「もっともっともっと速くっ!」

 

「はいっ!」

 

 めぐみんが煽るたび、むきむきは加速する。

 煽れば煽るほど加速していく。この調子で加速していけば、おそらく今の速度の十倍の速度だって出せるだろう。

 むきむきはテンション次第で力を増すタイプであった。

 

「あはは、はやーい―――げっふぁっ!?」

 

 だが、調子に乗ったやつが必ず痛い目を見るのがこの世界である。

 調子に乗ってむきむきを加速させていっためぐみんは、ある地点で自分だけ木の枝に顔面をぶつけてしまった。それはもう豪快に、だ。

 めぐみんは女の子が出してはいけないような声を出し、むきむきの肩から落ちていく。

 

「め、めぐみーん!?」

 

 鼻を思いっきり枝にぶつけためぐみんは鼻血をだらだらと垂らし、女の子がしてはいけないような顔になってしまっていた、

 怪我は特に鼻がえぐい。えぐみんになってしまっていた。

 

「あ、あわわ、ど、どうすれば……」

 

「……とりあえず、手当してくれそうな人のとこまで連れてってください……」

 

 めぐみんの体が軽かったこと、特に固定されずに肩に乗っていたこと、そのおかげで肩の上からめぐみんが吹っ飛ばされる形で衝撃が逃げてくれたこと。

 幸運が重なり、めぐみんはぐろみんにならずえぐみんになるだけにとどまり、慌てるむきむきに指示を出す余裕があった。

 そんなこんなで、彼らは里の回復担当の家に行き、高価な回復ポーションであっという間にえぐみんをめぐみんに戻したわけだが……

 

「で、何があったんだ?」

 

 当然、大人から事情を聞かれるわけで。

 むきむきはビクビクしていたが、めぐみんの治療中に思い悩んで覚悟を決めて、恐れから何度も言うのを躊躇いながらも、「自分のせいだ」と口にしようとしていた。

 それで里での立場が更に悪くなることは分かっていても、彼は誠実にしか生きられない。

 

「実は……」

 

「実はですね、魔王軍の下っ端が来ていたのですよ」

 

(!)

 

 なのだが、彼が自分のせいだと言い出す前に、めぐみんが大法螺を吹き始めていた。

 

「なんだって!?」

「魔王軍の下っ端……」

「そうか、だからむきむきがめぐみんを運んで来たのか……」

 

「奴は私の顔にパンチ一発くれた後、むきむきに追い返されて逃げて行ったのですよ」

 

「クソ、なんてことだ!」

「子供を狙うなんて魔王軍許さねえ! もう容赦しねえぞ!」

「次に視界に入ったら問答無用で地面のシミにしてやる!」

 

 魔王軍が一体何をしたというのか。

 千の魔王軍選抜部隊が相手でも、50人居れば殲滅できるのが紅魔族である。

 次に来た魔王軍はおそらく、大根おろしのようになるかトマトケチャップのようになるかの二択だろう。

 哀れなり魔王軍。

 

「ありがとう、うちの娘を助けてくれて」

 

「え、あ、いや、あの」

 

 むきむきは嘘が苦手だ。頭の回転も速くない。

 そんな彼がめぐみんの父に礼を言われ、返答に困って戸惑ってしまうが、めぐみんがその手を引いて部屋の外に出て行こうとする。

 

「私達、走ったせいで喉が渇いたのでちょっと水飲んできますね」

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

「そうだ、許さねえ! 魔王軍討つべし! シルビア絶対許さねえ!」

「こういうシチュは一回やりたかったんだ! シルビア絶対許さねえ!」

「俺も俺も! 魔王軍討つべし! シルビア絶対許さねえ!」

「ひょいざぶろーさんとこの娘さんはよく分かってるな! シルビア絶対許さねえ!」

 

 その場のノリで適当な魔王軍幹部にターゲッティングしている紅魔族の大人達の脇を抜け、子供二人は外に逃げ出していく。

 

「これが知性派のやり口です。泣き虫のむきむきも早く覚えるのですよ」

 

「な、泣いてないし……でも、頑張る」

 

 "一生付いて行こう"と、むきむきはめぐみんの背中を尊敬の目で見るのであった。

 

 

 




 原作で五歳前後で賢者級のパズルを解き明かし、流暢な敬語を使い、女神に願いを聞かれて『世界征服』と真っ先に答えためぐみんの知性は凄いもんです。紅魔族の知性発達速度いとはやし

 この三人が小学生相当の年齢になると、めぐみんとゆんゆんが遅生まれの小学二年生相当、むきむきが早生まれの小学一年生相当といった感じになります。そういう感じの年齢差です

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