「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

14 / 63
 徹夜で遊びすぎた佐藤和真。疲れからか、不幸にも黒塗りのトラクターに追突してしまう。転生者の後輩を庇い全ての責任を負った三(ツルギ)に対し、トラクターの主、暴力団員谷岡に言い渡された示談の条件とは……


2-3-1 ああっ女神さまっ……とその信仰者

『我慢する必要なんてないわ。

 好きなように、思うままに生きなさい、私の信徒達よ!

 辛いことも、やりたくないことも、我慢することも、しなくていいのよ!』

 

 アクシズ教の教義は、だいたいこの一言でまとめられる。

 要は『汝の欲するところをなせ』というやつだ。

 基本的に、宗教とはその時代の人々に信じられるだけの理由があるか、その土地に適したものであるかが、普及するための条件となる。

 だが、例外もある。

 "簡単な宗教"に類するものがそれだ。

 昔、日本では「この仏教の一文だけを覚えて唱えていれば天国に行ける」という宗派が流行ったことがある。

 手軽で気軽。宗教の普及においては、そういうものも武器になるのだ。

 

 全てを許すから思うまま自由に生きろ、ただし悪魔は殺せ、というアクシズ教の教義と戒律は非常にゆるいものである。

 実在の神を崇めているのだ。ならば、もっとこの宗教が普及していてもおかしくはない。

 が、現実にはアクシズ教徒の数はエリス教徒のそれに遠く及ばない。

 

 それは何故か?

 

 アクシズ教徒のほとんどが、頭のおかしい人間で構成されているからだ、

 

「どうぞ、むきむきさん、めぐみんさん、ゆんゆんさん。

 楽にして座って下さい。こちらお茶と、茶菓子と、入信書です」

 

「入信書はいりません」

 

 彼らはアクシズ教の教会に招かれていた。

 ゼスタが名乗った肩書きは本当だったようで、境界ですれ違う人は皆彼を「ゼスタ様」と呼んでいた。

 ……のだが、どうにも敬意が見られない。

 教会のアクシズ教徒達は皆、隙あらばゼスタの席に座ろうとする、野心塗れの目をしていた。

 

「あの、ゼスタさん、手に持っているそれは……?」

 

「ブーブークッションです。

 気付かずこれの上に座ると、おならのような音が鳴ります。

 今度街の代表者会議がある時、エリス教徒司祭の席に仕掛けようと思いまして」

 

「やめましょうよ……」

 

 この世界の主流宗教はエリス教。

 アクシズ教団の世界的な認識は、どうせ滅ぼせないから関わり合いにならないのが一番、と断言されるような怪しく(よこしま)な宗教団体。

 エリス教徒は善良で、人の嫌がることを進んでやる。

 アクシズ教徒は邪で、人の嫌がることを進んでやる。

 それが原因なのかは分からないが、アクシズ教徒はエリス教徒に対し、妙に攻撃的だった。

 

「先週は街の教会の美人エリス教徒に、下の毛がボーボーだという噂を流しました。

 ですがまだてぬるい。

 我らは人類総アクシズ教徒計画を果たすため、エリス教と戦わねばならないのです!」

 

「むきむき! めぐみん! 逃げましょう!」

 

「う、うん!」

「ですね」

 

「おや、こんなところに

 『アクシズ教のおかげで自信が付き、友達が百人出来た』

 人の体験談レポートが。ああっと手が滑った、落としてしまいましたぞ」

 

「!?」

 

「アクシズ教に入って変われたという人は多いのです。

 一日15分の教義読書で一気に性格改善。

 悩みを手紙で書いて送れば、赤ペン先生が助言をくれるシステム。

 無理なく毎日継続することで、いずれは彼氏彼女も出来る……」

 

「!?!?!?!?!?!?!」

 

「見てください、このアンケートを。教団に入った10人中10人が男女問わずモテモテです」

 

「す、凄い! めぐみん、これ本物よ!」

 

「ええ、本物ですね。瞬間的に知能指数が下がるこの流れ、ゆんゆんは本物のバカです」

 

「これなら、この教団の人なら、もしかしたら私のお友達になってくれるかも……」

 

「あ、出会い目的での入信はお断りしております」

 

「!?」

 

 梯子を登ろうとしない人を無理矢理梯子に登らせ、その後梯子を外すような畜生ムーブ。本当に入信させる気があるのだろうか。

 

「我々は、無理に入信を強いるつもりはありません。

 宿と食事を提供する代わりに、優秀と聞く紅魔族の頭脳をお借りしたいのですよ」

 

(アホとバカとキチガイを足して割らない行動。

 なのに、その裏に時折深い知識があったりするから、アクシズ教徒は怖いんですよね……)

 

 アクシズ教徒の行動法則は全く読めない。バカの思考そのものだ。

 だが、それは教養が低いからでもなく、知識がないからでもなく、頭が悪いからでもない。

 頭がいい人までもが全力でふざけたことをしている、知識のある人が普段は何も考えず集団に加わっている、だからしぶとく強く面倒臭い。

 そういう意味では、アクシズ教徒は紅魔族と似通った部分があった。

 

「悪魔の件で助けてもらいましたし、僕にできることであれば」

 

「そうですか! 受けてくださいますか! ありがたい!」

 

 むきむきを止めるべきなのか。

 止めたとしても、おそらく面倒臭い感じに引っ付いてくるゼスタをどうにかしなければならないのだろうか。

 そもそも、この街を出るまではアクシズ教徒と付き合いを持たなければならないのか。

 ぐるぐると思考を回すめぐみんが、心底心配した顔で少年の脇腹を肘で小突く。

 

「いいですかむきむき。

 いざとなったら迷わず私を頼るのです。

 爆裂魔法の輝きをやつらに見せてやりますよ。

 何、アクシズ教会に爆裂魔法をぶち込んで指名手配されても、私は気にしませんから」

 

「待って、それは僕が気にする」

 

 何故この女ばくだんいわは、保身を一切考えず爆裂しようとするのか。

 

「聞いてむきむき。

 昔街がある破壊兵器に更地にされて、皆死んでしまったことがあったんだって。

 でも、アクシズ教徒だけは一人の死者も出さなかったらしいの。

 命を大事に。いい? いのちをだいじに。どうせあの人達は何があっても死なないわ」

 

「……なんだか僕だけ死にそうな気がしてきた」

 

 何故アクシズ教徒は、はぐれメタルの如き生存能力を持っているのか。

 

 むきむきは一人アクシズ教会を出て、ゼスタの頼みを果たすべく、エリス教会へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼスタはむきむきに封筒を渡し、エリス教会に行って、そこで封筒の内容を実行して欲しいと頼んでいた。

 当然ながら、封筒の中身は小学生の悪戯レベルのあれこれがつらつらと並べられている。

 むきむきであれば、開けた瞬間に封筒を投げ捨てるレベルだ。

 

 ゼスタは知るよしもなかったが、この少年には、エリス教徒に優しくする理由があった。

 

「あっ」

 

 そこでレストランから飛び出してきた活きのいいキャベツが、すっかり気を抜いていたむきむきの手の中から封筒を奪い、ムシャムシャと食べていってしまう。

 突然の植物からの奇襲であり、まさしく草不可避であった。

 

「……どうしよう」

 

 とりあえずもうエリス教会の手前であったため、エリス教会に入ってそこの人にどうすればいいのか聞いてみよう、とむきむきは考えた。

 アクシズ教徒の頼みでエリス教会に実行することであるならば、エリス教会の人間が知らないわけがないと考えたからだ。

 少年ははそもそも、ゼスタがいつものアクシズ教徒の日常ムーブを、この少年にさせようとしていただなんてことに気付いてもいない。

 

「すみませーん」

 

「はーい! あ、ちょっと待って下さいねー! 入ってていいですよー!」

 

 女性の返事が返って来て、むきむきは教会の中に足を踏み入れる。

 小さいが、綺麗な教会だった。

 細かいところにまで気を配れる者が毎日丁寧に掃除をしていなければ、こうはならない。

 教会にはエリス教を象徴する飾りやモニュメントがあり、ステンドグラスの下には女神エリスの大きな絵も飾られていた。

 

「はいはーい、お待たせし……あれ? 君……」

 

 教会の奥の扉から、銀髪の小柄な人物が現れる。

 その人物はむきむきの巨体に驚くことはなく、けれどもむきむきの顔を見て少し驚いた様子を見せ、なのにむきむきはその人物に全く見覚えがなかった。

 

「? 初対面の人ですよね?」

 

「あ、うんそうだね、初対面初対面」

 

 その人物は短い銀髪に小柄で童顔、美少年なのか美少女なのか分かりづらい外見をしていた。

 顔に大きな傷があり、そこに印象を持って行かれてしまうからか?

 ややゆったりとした長袖長ズボンの部屋着を身に付けているため、性別が分かりにくいからか?

 否。

 胸が無いからだ。胸がゼロだったからだ。エリス教なのに胸にエロスが無かったからだ。

 だから、服装次第で少年にも見えてしまう。

 

(女性……かな?)

 

 なのだが、むきむきはその辺を勘違いすることはなかったようだ。

 地球における格闘技とは人壊技。

 人が人に使う技、相手が人体であることが前提の技であり、人体の仕組みへの理解が先んじて存在する。

 幽霊が基礎を仕込んだむきむきの観察力は、その人物が少年ではなく少女であることを見抜いていた。

 

 ついでに、教会に飾られている女神エリスの絵の胸のサイズが人体構造的に不自然であることも見抜いていた。

 

「あたしはクリス。冒険者で、今日はここのお手伝いだね」

 

「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者、冒険者として故郷を旅立った者……」

 

「あはは……」

 

 紅魔族特有の挨拶に、クリスと名乗った少女は苦笑いして、けれどもバカにすることなく、その少年に微笑みかける。

 

「それで、君はここに何の用かな?」

 

 

 

 

 

 最初はニコニコ笑って話を聞いていたクリスだが、話を聞く内に表情を引きつらせ、最終的には頭を抱えて机に突っ伏していた。

 

「もう、アクシズ教徒と繋がり持つの、君は辞めた方がいいんじゃないかな……」

 

「えっ」

 

「アクシズ教徒は、その……エリス教徒がちょっと嫌いなんだよ。

 いや、嫌いというのも厳密にはちょっと違うかな?

 エリス教徒が困ったり泣いたり怒ったりするのを見ようとしてる……うーん、これも違うか」

 

「ああ、やっぱり……仲直りとか、できないんですか?」

 

「信じるものが違うなら、分かり合えないこともあるよ。人と魔王軍みたいに」

 

「む」

 

 そう言われると、むきむきには返す言葉もない。

 

「君は別にどっちの神様や教徒の味方でもないんでしょ?

 なら、どっちにも加担しないのが一番だよ。

 どっちかに加担したら、もう片方の人とは仲良くできないかもしれないからね」

 

「……なるほど、勉強になります」

 

「いいのいいの。知らないなら、聞けばいいんだよ」

 

 クリスは盗賊職の冒険者だが敬虔なエリス教徒という、少し珍しい人種であった。

 エリスに妄信的で能動的な信仰者とも、エリスへの祈りと感謝を生活習慣の中に組み込んでいる受動的な信仰者とも違う印象を受ける。

 

 長い付き合いがあれば、クリスが女神エリスに全く敬意を払っておらず、女神エリスの定めた"こう生きていこう"という教えを自然と体現していることに気付けるかもしれないが、流石にそこまではむきむきの観察力をもってしても見抜けぬことであった。

 

「あの女神エリス様の胸、何かおかしくないでしょうか」

 

「!」

 

 余計なことは、見抜いていたが。

 

「なんだか、骨格とか筋の付き方に違和感が……」

 

「き、気のせいじゃないかな!」

 

「ですけど……うーん……あ、もしかして」

 

「女神とはいえ! 女性の胸をまじまじと見て何か考えるのはどうかと思う!」

 

「! た、確かに……

 ありがとうございます、クリスさん。

 僕、そういう女性への気遣いがまだ未熟みたいでして……」

 

「いいよ、いいんだよ。

 そんなことはもう考えなくていいの。

 そうすれば、寛大な女神エリスは何もかもを許すからね」

 

 クリスはとても優しい笑顔で、むきむきを諭した。

 

「あ、そうだ。何かお手伝いできることはありますか?

 僕達はこの街に長居するつもり、ないんです。

 なので時間がかかることでなければ、お手伝いしたいんですが」

 

「へー」

 

「どうしました?」

 

「いやあ、本当に約束守ってるなんて思わなかったよ。

 口にも出してない約束だから、破ったって誰も文句言わないのに」

 

「え?」

 

「げふんげふんっ! いや、なんでもないよ!」

 

 何かを誤魔化すように、クリスは大きく咳払い。

 話の流れを変えるように、今困っていることの解決のため、むきむきに頼み事をした。

 

「それじゃ、あたしのお手伝いをしてもらおうかな?」

 

 クリス曰く。

 彼女は、この街の人間ではないそうだ。

 始まりの街アクセルを拠点とする冒険者なのだという。

 

 彼女はある冒険者PTの依頼で、あるダンジョンの入口の鍵を開けるために同行したのだが、ダンジョンの入り口を開けてすぐに、彼女を雇ったPTの全員が流行病にやられてしまったのだという。

 病気の名はインポルエンザ。

 男性しかかからないが感染力が高い上、悪化すると男性の生殖機能が失われてしまうという、恐るべき病だ。

 クリスを雇った冒険者達は、これで全滅。

 

 元々の予定は、ここでPTのテレポーターがこのダンジョンを座標登録、アクセルにテレポートで帰還し準備を整えてから攻略する予定であった。

 しかし、冒険者達は病で全員寝込み、アクセルに帰れる状態でもない。

 移動費を持ってきたわけでもないクリスは、アルカンレティアで立ち往生する羽目になってしまった。

 

 どうしたものか、とクリスは困り果ててしまう。

 本来の予定であれば、クリスは遅くても一泊二日で帰る予定であった。

 アクセルに、いつも組んでいる親友にして相棒である人物を置いて来てしまったからだ。

 なのに、すぐに帰れなくなってしまった。

 すぐに帰りたいのに、帰れない。

 しかもここはアルカンレティア。エリス教徒を名乗っているクリスには、四面楚歌の街なのである。

 

 とりあえずエリス教会を頼り、そこで教会掃除のお手伝いなどをして名案が浮かばないか思案していたところ、そこで現れたのがむきむきというわけだ。

 クリスはここで、名案を思いつく。

 

(そうだ。なら、彼に手伝ってもらってクエストを達成しよう!)

 

 ギルドで冒険者を雇うために金を払えば本末転倒だ。

 需要が高いが需要が広いわけでもない盗賊の募集を、ギルドで気長に待つわけにもいかない。

 それゆえに。

 クリスは"互いに無償で協力し合える仲間"を得られるこのタイミングを、クエスト達成で金を手に入れられるこのチャンスを、見逃しはしなかった。

 

「お願いしたいことは一つだけ。私と一緒に、簡単なクエストを受けてほしいんだ」

 

「なるほど」

 

「紅魔族の強さは、私もちゃんと知ってるから」

 

 クリスは片道の馬車代が手に入ればいい。

 そのため、受けるクエストは危険なものでなくてもよかった。

 アルカンレティアの冒険者ギルドには「レベル15以上でなければクエストが受けられない」という規定が存在する。

 それは同時に、そのレベル帯でなければどんなクエストでも達成不可能であるということを意味し、この辺りのモンスターがそれほどまでに強いということを意味しているが、チーム紅魔族であれば強さの心配は無用というものだ。

 クリスがレベル15以上であるために、その辺りの規定もクリア。

 クエストを受けることに、何の支障もない。

 

「僕らはまだクエストを受けたこともない新人なので、よろしくお願いします」

 

「うむ、お姉さんを存分に頼りなさい。

 私も新人だった頃は、型破りだけど面倒見のいい先輩に何度も助けられてたからね」

 

 むきむきとしても、先輩冒険者から色々と教わりながら、クエストの受け方と達成の仕方を学べるチャンスだ。断る理由がない。

 エリス教徒を助ける個人的な理由もある。

 クリスは報酬をゆんゆん達含めた四人で山分けすることを提案してくれており、クリスの申し出は"誰も損をしないもの"であると言っていい、良心的なものであった。

 

「あ、そういえばクリスさんは先輩冒険者でした。クリス先輩、って呼ばせて下さい」

 

「―――」

 

「あ、すみません、嫌でしたか?」

 

「ううん、嫌じゃないよ。

 なんというか……先輩って他人から呼ばれるの、初めてだったから。たはは」

 

「?」

 

 クリスは照れた様子で頬を掻く。

 

「それにしても、そんなに早く帰ろうとするなんて、その友達がよっぽど心配なんですね」

 

「うん。君が思ってる心配とは多分違う感じなんだけどね……」

 

「そうなんですか?」

 

「……ん、そうだね。大切な友達なんだ。ちゃんと幸せになってほしい」

 

 優しい顔で、優しい声で、優しい言い方で、クリスはその友達を語る。

 目の前にその友達が居ないのに、その友達にその言葉が届くわけでもないのに、そう言って何かが変わるわけでもないのに、その友達の幸せを願う言葉を口にする。

 そういう人が『とてもいい人』であることくらいは、世間知らずなむきむきでも知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリス教会から帰還し、ゼスタが外出しているということを聞いたむきむきは、めぐみんとゆんゆんに事情説明。

 二人が理知的な判断で賛成してくれた上、「面白そう」と笑みを浮かべてくれたことで、断られなかったことにちょっとだけほっとする。

 かくして、四人のクエストが始まった。

 

 クエストの依頼内容は、アルカレンティアから見てアクセル方向に一時間ほど進んだ場所にある遺跡に住み着いた、『キモイルカ』というモンスターの駆除。

 冒険者オマ・ウェ・ウォ・ケースホゥホゥによって命名・生態が記録され、その生態が明らかになったモンスターだ。

 

 キモイルカは指先にスプレー的な器官を持ち、これで人が作ったものに落書きをする習性がある。これがかなりセンスがない上、エロに偏ったものも多い。

 要は意味もなく高架下にスプレーで落書きをするヤンキーのようなものだ。

 

 キモイルカの体内分泌物で出来た塗料は取りにくいため、人は落書きを妨害するか取ろうとするのだが、これをするとキモイルカはたいそう怒る。怒るのだ。

 「俺達の表現の自由を邪魔するんじゃねえ、社会の犬が!」と。

 表現の自由の邪魔をするならば絶対に殺す。

 そんなモンスターであった。

 

 これで困るのが、遺跡の調査をしたいと思っている研究者達だ。

 研究職の人間に戦闘力はない。

 冒険者に守られながらの調査では万一もある。

 と、いうわけで、調査の前に冒険者に駆除してほしい、というのが今回の依頼というわけだ。

 

 キモイルカの討伐適正レベルは15。レベル30オーバーの神器(まけん)持ちと共闘していた紅魔族の彼らにとっては、余裕すぎる討伐対象である。

 当然ながら、むきむき達三人の戦闘力は、先輩であるクリスのそれを大きく超えていた。

 

「あ、発見。準備はいい? 潜伏を解除するよ?」

 

 なのだが、一緒にクエストを受けたことで、彼らは『直接的な戦闘力が低めのジョブが持つ強さ』を、存分に理解させられていた。

 

 クエストの舞台となる遺跡は、大理石のような白い石材で作られた遺跡であったが、その大半は緑に覆われている。

 よほど大昔の遺跡だということなのだろう。

 鳥なども多く、何も考えず足を踏み入れれば鳥が一斉に飛び立ってしまい、すぐにキモイルカにバレかねない。

 キモイルカは群れを作り、遺跡の外周に屯し、周囲を集団で警戒していて、攻めに手間取れば逃げられてしまうため、討伐失敗になる可能性が高い。

 それだけでなく、キモイルカは遺跡の内外にいくつもの罠を仕掛けているようであった。

 

 こんな状況でこそ、クリスのジョブである『盗賊』の強みがキラリと光る。

 

「凄いなあ、潜伏。敵が全くこっちに気付いてない。

 気配、息遣いなどの小さな音、匂い……

 そういうのが全部誤魔化されてる。多分、視覚も結構誤魔化されてるよね」

 

 むきむきが感嘆の声を漏らす。

 クリスが紅魔族チルドレンに触れて潜伏のスキルを発動すると、鳥も虫も彼らを認識できなくなっていた。

 このスキルは隠れるという行動をトリガーとして発動する、五感による認識そのものへの認識を阻害するのに近い効果のスキル。鳥の群れの傍を通っても鳥が飛び立たず、キモイルカに彼らの接近を気取らせない。

 

「敵感知もエグいですよ、これ。

 これ要するに、敵の奇襲を無効にしてこちらの奇襲の成功率を上げるスキルです。

 潜伏と合わせれば、大抵の場所には侵入して暗殺ができる気がします」

 

 クリスが発動している敵感知スキルに、めぐみんが言及する。

 敵からの奇襲でPTが一気に瓦解することがなくなり、敵の奇襲を警戒して常時気を張る必要もなくなるため、PTの精神的なスタミナも温存できる。

 先んじて敵の存在に気が付けるため、常に有利な形で戦闘を開始できる。

 上手く使えば敵の配置も把握できるため、群れから一匹はぐれるのを待って、はぐれた個体を一匹ずつ狩るという戦法にも使えるだろう。

 なんでもありの冒険者家業において、このスキルが応用できる場面はあまりにも多い。

 

 このスキルのお陰で、彼らは静かにキモイルカの群れの背後を取れていた。

 生命エネルギーを見ているアンデッド系の敵には効果が無く、一部の悪魔などにも通用しないだろうが、それでもかなり強力なスキルである。

 

「罠感知と罠解除……

 なんとなく、ダンジョン攻略にこの二つが必須な理由、分かった気がする」

 

 キモイルカ達は人間の襲来を予期していたのか、結んだ草などの罠をいくつも仕掛けていた。

 が、その全てをクリスは罠感知で把握、罠解除で無力化していた。

 罠とは、頭脳を用いて戦場に仕込み、戦いを有利に進める戦場設定を行うもの。

 

 これが解除された時点で、キモイルカ達は戦力差を埋める手段を失った。

 

「それじゃ討伐、いってみよう!」

 

 そうして、クリスがお膳立てした有利な戦闘が開始される。

 

 突如背後から現れたむきむき達に、キモイルカ達は一気に浮足立った。

 なのだが立て直しは早く、キモイルカの一体が塗料で相手の目を潰すスキルを準備し、残りが一斉に少年達へと襲いかかっていく。

 

「『スキル・バインド』!」

 

 だが、発動しようとしたモンスタースキルはクリスのスキルに無効化され、襲いかかった前衛はその全員がむきむきに止められていた。

 

「むきむき、横にどいてください!」

 

 全員の状態と状況を見ていためぐみんの指示が飛び、むきむきが足止めを止めて横に飛ぶ。

 むきむきが横に跳ぶのとほぼ同時に、ゆんゆんの魔法がキモイルカ達に放たれた。

 

「『カースド・ペトリファクション』!」

 

 石化の魔法が、キモイルカ達を石化させていく。

 魔法抵抗されやすいが、抵抗判定に失敗すれば即座に全身を石化させる――大抵の者は即死する――人相手にはまず使えない魔法であった。

 

「よしっ!」

 

 レベルアップで得られたスキルポイントを、めぐみんは爆裂魔法の強化に、ゆんゆんは新しい魔法の獲得に使っている。

 めぐみんは使い所の少ないオーバーキルを更に伸ばし、ゆんゆんは魔法の多様性と有能なスキルの習得こそを重んじていた。

 そのためか、めぐみんよりもゆんゆんの方が、目に見えて強くなっているように見える。

 性格は紅魔族らしくないゆんゆんであったが、その戦闘スタイルは極めて紅魔族らしいものになってきていた。めぐみんとは、対照的に。

 

「ナイス、ゆんゆん」

 

「私もどんどん強くなってるから、いざとなったらむきむきを守ってあげるからね!」

 

「なんとなく、そうなったらその時の僕は超情けない気がするっ……!」

 

 ふんす、とゆんゆんは杖を握って得意げな表情を見せている。

 イスカリア討伐の夜から、ゆんゆんの"強くなろうとするスタンス"に小さくない変化が見られていた。その理由は、他の誰にも分からなかった。

 めぐみんがむきむきに強者の幻想を見たのとは対極的に、ゆんゆんはむきむきに弱者の慟哭を見た。

 それが、色々とモチベーションの変化に繋がっているのかもしれない。

 

(目を離したら、あっという間に僕も置いて行かれそうだ)

 

 ゆんゆん自身にその成長の自覚はあるまい。

 だがここ最近の成長率で勝負でもしてみれば、まず間違いなく彼女はめぐみんに勝てるだろう。

 ゆんゆんの成長はむきむきにも実感できるほどのもので、おそらくその成長度合いを一番把握しているのは他の誰でもなく、めぐみんだった。

 

「私より、ゆんゆんの方が頼りになりますか?」

 

「え?」

 

「いえ、失言でした。今のは忘れて下さい」

 

 小さく呟かれたその声を、むきむきは聞き逃さない。

 最近はむきむきも、この少女が時々みみっちかったり、時々年相応の少女みたいな面を見せたり、時々小さなことを気にしてしまうということを、理解し始めていた。

 帽子で目元を隠し、すたすた前に進んで行こうとするめぐみんを抱え、少年は肩の上に乗せる。

 

「わっ」

 

「頼りにしてるよ。魔王を倒す、紅魔族最強の魔法使いさん」

 

「……なーまいきになってきましたね、このこの」

 

「ま、瞼が引っ張られる!?」

 

 好きな物一本で行ける人間は、普通の人よりも数倍精神的に強い。

 "好きだ"という気持ちだけで、非効率な道さえ進んでいけるからだ。

 

 だが、それでも人は人。

 スポーツ選手が結果を出させない時期に「これでいいのか」「辞めて別の道を進むべきじゃないのか」「今の自分に価値があるのか」と思い悩むのと同じだ。

 ずっと活躍できなければ、ずっと誰の役にも立てなければ、そのこだわりが仲間を苦しめでもすれば、さしものめぐみんでも迷う。悩む。弱音が出て来る。

 

 世界線によっては、仲間のために爆裂魔法を捨て上級魔法を覚えるめぐみんですら居るだろう。

 思い悩んだ結果、大好きだったスポーツを捨て別の道を行くスポーツ選手が居るのと、同じように。

 

 めぐみんもまた、里を出てからは爆裂魔法を毎日のように撃ち、毎日のように大活躍する自分を夢見ていたのだろう。

 その未来予想と、予想以上に爆裂魔法の使い勝手が悪く戦闘で活躍できないという現実に、ちょっと彼女らしくない言葉が漏れてしまっていた。

 

 されど、その気持ちももうどこにもない。ちょっとだけ揺らいだ自信も、「頼りにしている」という一言の信頼で既に取り戻されている。

 "毎日のように大活躍する"という高望みは捨てられ、"決めるべき所で決めればいいのです"と、めぐみんは認識を改めていた。

 

 里の外に出たことで、むきむきも、ゆんゆんも、そしてめぐみんも、里の中では考えもしなかったようなことを考え始めていた。里の中で言ったことがないようなことも言い始めていた。

 ほんの少しだけ、何かが変わり始めていた。

 "自分の世界が広がる"というのは、そういうことだ。

 

「……敵感知に反応無し。よし、皆さんお疲れ様でした!」

 

「クエスト達成、ですね!」

 

「その通り!」

 

 さっくりと終わる、初めてのクエスト。

 これで依頼は達成だ。後はギルドに報告して、報酬を受け取るだけである。

 

「モンスターがもう居ないなら、軽く宝探しでもしてみましょうか」

 

「あ、待ってめぐみん! じゃあ見つけたものの価値で勝負よ!」

 

 二人は少しばかりこの遺跡に興味を持ったようだ。

 まだ冒険者らしくない手つきや動きで、冒険者らしい遺跡の宝探しという行動を取るめぐみんとゆんゆん。

 その二人からちょっと離れた所で、クリスとむきむきは周囲に目を配りながら歓談していた。

 

「いやー、今日は助かったよ。本当にありがとね」

 

「いえいえ。前にエリス様に約束したことですから」

 

「……約束、約束ね。どんな状況で、どんな約束をしたの?」

 

「え? いや、つまんない話ですよ」

 

「あはは、つまんないかどうかはあたしが決めることだよ!」

 

 とても明るく姉御肌なその少女は、とても聞き上手だった。

 何故か"相手に何かを打ち明けさせる"のが上手い。あれやこれやと話している内に、むきむきはするするとあの夜の戦いのことまで話してしまう。

 相手の後悔を自然と話させるという意味では、口を噤む者に無理なく懺悔を語らせる、教会のプリーストのようでもあった。

 

「ほら、つまらなくて、しかも暗い話だったでしょう?」

 

「んー、つまらなくはなかったけどね」

 

 クリスは少年の語りを聞きながら、"その時むきむきが何を想っていたのか"という部分を把握していく。

 そうして、話が終わったところで。

 

「……女神エリスを、恨んでない?」

 

 エリス教徒らしい言葉を、口にした。

 

「えと、言いたいことがよく分からないです、ごめんなさい」

 

「ううん、こっちこそごめんね。唐突にわけわからないこと聞いちゃって。

 でもさ、結局女神に祈ったけど、師匠さんは行っちゃったんでしょ?

 それなら……幸運をくれなかった女神のせいだって思うのが普通じゃない?」

 

「まさか。あの日責めたのは敵と、自分の無力だけです」

 

 "それに、女神様に幸運を貰っていたことは、最後に友達が教えてくれましたしね"と、むきむきは照れくさそうに苦笑した。

 

「そんなつまんない幸運で……」

 

「つまんなくなんてないです。それは、僕が決めることだ」

 

 自分の言葉を返されて、クリスが少しだけ怯む。

 

「神様に頼るのも、神様に祈るのも、神様の力を借りるのも、よくあることです。

 でも、神様は当事者じゃない。なのに神様のせいにするのは、何か違うと思うんです」

 

「……」

 

「プリーストは、女神様の力を借りています。

 今人は、女神様の力を借りて魔王軍と戦っています。

 もしも、それで負けて、人が滅んだとしても……

 女神様のせいで自分達は滅びたんだ、なんて誰も思いませんよ」

 

 世間知らずが世間を語る。

 実際は、そうなったなら神のせいにするようなクズもいるだろう。

 だがこの少年は、誰もが神を責めないと思っていた。

 この少年は物を知らず、愚かで、無知で、だからこそあんな小さな祈りと、あんな小さな幸運だけで、女神エリスに感謝していた。

 

「僕は自分の弱さのせいで何かを失った。

 だから僕は強くなりたい。それでこの話は終わりです。

 他の誰のせいでもなく、他の誰も悪くはない。僕はそう思っています」

 

 祈った者を全て救える力があったなら、天上の女神エリスはさぞかし気楽なことだろう。

 けれど、そうではなく。

 この世界では、昨日も今日もおそらく明日も、世界のどこかで人が祈りながら殺されていく。

 

 こんな世界の神様は、きっとただ優しいだけでは務まらない。

 底抜けに優しくて、天井知らずに心が強くなければならないはずだ。

 昨日に見た残酷を踏み越え、明日に死ぬかもしれない誰かの、今日の幸せを祈り続けなければならないのだから。

 救いを求めて神に祈った誰かの死を、山ほど受け入れなければならないのだから。

 

 むきむきはエリスの心を知らない。

 今生にて女神と話したこともない。

 神の心は文字通り神のみぞ知る、といったところだ。

 

「ね、ちょっと付いて来てくれる?」

 

 むきむきと話していて何を思ったのか、クリスは今日一番に優しい笑みを顔に浮かべて、むきむきを連れて遺跡の奥へと足を踏み入れた。

 

「この遺跡はね、昔神殿だったんだって。

 大昔、女神エリスを信仰していた人達が、拙い技術で造ったらしいよ」

 

「女神エリスの神殿……」

 

「でも、造った人が皆死んじゃって。

 ここを使ってた人達も皆モンスターに食べられちゃって。

 ここの存在が誰の記憶からも消えちゃって。

 そうして皆が忘れてから長い時が経って、こうなっちゃったんだってさ」

 

「へぇ……」

 

 遺跡の中は、人が調査した痕跡と、この遺跡に敬意を払って細かな掃除をしていった者達の気遣いの跡がそこかしこに見えた。

 クリスと一緒に先に進むと、遺跡の奥にて壁に掘られた女性の絵が目に入る。

 彫刻ではない。

 それは確かに『絵』であり、ゆえにこそ少年はその矛盾した絵画に目を奪われた。

 神々しさをそのまま彫り込んだかのようで、例えようもなく美しく、今にも動き出しそうな躍動感があった。

 

「エリス様の絵……壁に彫られてる?」

 

「ここは、人間が神様を置いていってしまったという証。

 大昔の人と神様の繋がりの残骸。

 人という種が滅びなくても、神様が愛した人々は百年もすれば皆滅びている、そんな摂理の跡」

 

 遠い昔、神様が愛した人達は皆死んだ。

 その人達が残したものがこの遺跡だ。

 いずれは、この時代において神様が愛した人達も皆死んでいくだろう。

 この時代の人達が残したものも、いつかの未来にこの遺跡のようになるのだろう。

 

「百年もすれば、その時代を生きていた人は皆滅びる。

 二百年も経てば、どんな英雄でも記録の中だけの存在になる。

 三百年の時が流れれば、人はかつて恐れたものもかつて敬ったものも忘れてしまう。

 でもね、人が忘れてしまっても、女神様の方はずっと覚えてたりするんじゃないかな」

 

 大昔の人の営みも。

 遥けき過去の勇者の偉業も。

 歴史に残らないような名も無き人達の死も。

 神様はきっと、その全てを覚えている。

 人は、そのほとんどを忘れている。

 

「人と神様が互いに"こう在ってくれ"って望み始めてから、何年経ったんだろうねえ」

 

 人が神様に"こう在ってくれ"と望めば、神様はずっとそれを覚えている。

 神様が人に"こう在ってくれ"と望んでも、人は世代交代でそれを忘れる。

 エリス教というものには、大昔の人が「神様の言ったことを覚えていよう」という想いで作り上げた、女神エリスの言葉の記録という意味合いもあるのだろう。

 エリス教を通してでなければ、人は女神が望んだことを思い出すことさえできない。

 

「人が女神様に望むものは、なんとなく分かりますけど……

 女神様は、人に何を望んでるんでしょう。

 清く正しく生きることとか、間違えないこととか、善行だけをすることとか、でしょうか?」

 

「そこまでガチガチに厳しい存在ではないと思うよ、あたしはね」

 

 クリスは苦笑して、むきむきより大なり小なり『女神エリスに詳しい者』として、エリス教徒の肩書きを使って少年に語る。

 

「エリス教とアクシズ教の教義を見ればちゃんと分かる。

 女神エリスも女神アクアも、望むことや言っていることは同じだよ」

 

「同じ?」

 

 何故か、彼女は断じるような口調で。

 

「『人よ、幸せに生きなさい』だよ。女神様が人に望むものなんて、そんなもんさ」

 

 エリス教の教えにも無い言い回しで、けれどもエリス教の教えのような言い回しで、クリスは神の望みを語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局遺跡で隠された宝なんてものは見つからず、ぶーたれる二人を連れてむきむきはギルドにてクエスト達成の報告をする。

 クリスはその足で、アクセル行きの臨時テレポート屋に足を運んでいた。

 見送りはむきむき、めぐみん、ゆんゆん、そして何故か付いて来たゼスタ。

 ゼスタの目的は明らかに悪戯であったが、めぐみんとゆんゆんが二人がかりで彼を押さえ込むことで、何とかそれを押し留める。

 

「何をするのですかな! 女神アクア様に誓って清廉潔白な私が一体何をしたというのか!」

 

「いつもしてるじゃないですか!

 むきむき、さっさとクリスを見送ってください!

 ゆんゆん、詠唱されないように口を塞ぐんです!」

 

「りょうか……うぎゃああああ! 口塞いだら、塞いだ私の手を舐めて来たこの人!」

 

「美味なり。もう一回舐めさせて下さると嬉しいのですが」

 

「むきむきぃー! 早く見送って早く私を助けてぇー!」

 

 地面で手をゴシゴシして半泣きなゆんゆん、舌を蛇のように動かすゼスタ、そのゼスタの服を掴むも体がちっちゃいせいで引きずられていくめぐみん。

 クリスの見送りも、相当に騒々しかった。

 

「あはは……やっぱこの街、私の天敵だよ」

 

「エリス教徒は真面目にこの街には来ない方がいいと思います」

 

 むきむきは、真顔でそう言い切った。

 

「ん、気を付けるよ。君も気を付けてね」

 

「僕が、ですか?」

 

「迷ったら周りの人に相談すること。

 でも、怖かったらとりあえずでいってみよう!

 なんとなくだけど、君はそのくらいがいい気がするからね」

 

 臨時のテレポート屋は旅のテレポーター。

 自分が街から街へ旅してテレポートする時、一緒にテレポートして欲しいという他人の願いを聞き、その代わりに金を受け取る。旅する行為そのものが、金稼ぎになるテレポーターだ。

 そのため、そこそこ安い値段で依頼することができた。

 

 クリスはむきむきの耳に忠告を一つ置き、テレポートの魔法陣の上に乗る。

 

「あたしはプリーストじゃないけど……

 一人のエリス教徒として、君に一つ言葉を贈るよ。君のこの先の冒険に――」

 

 そうして、唇にその細い人差し指を当て。

 

「――祝福を!」

 

 悪戯っぽく笑って、アクセルの街へと帰って行った。

 

「エリス教徒が生意気な。今度あったらパンツ剥いて生地をくまなく舐め回してやりましょう」

 

「そんなことしたらゼスタさんの全身の骨の総数を倍にしますよ」

 

「おおっと、むきむきさんのマジトーンの脅し頂きました。ゾクッとしますな」

 

「まったくもう」

 

「しかしボーイッシュな美少女でしたな。

 たまにはああいうエリス教徒にもセクハラしたいものです」

 

「あの、話題が段々下世話一極に寄っていってるのは気のせいなんでしょうか」

 

 手の骨をバキバキいわせているむきむきを前にしても、ゼスタはどこ吹く風だ。

 胆力があるのか。バカなのか。……あるいは、むきむきがこの程度では人を殴れないということを、司祭としての観察力で見抜いているからなのか。

 

 『関わり合いになりたくない人』と『悪い人』は全く別物なのだと、アクシズ教徒を見ているとよく分かる。

 悪人をぶっ飛ばしたいという想いは正義感に後押しされるが、アクシズ教徒をぶっ飛ばしたいという想いは理性にストップを掛けられる。そういうものだ。

 何せ、悪人はぶっ飛ばすことで状況が好転するが、アクシズ教徒をぶっ飛ばしても状況は悪化するだけだからだ。

 悪に対する最適解は倒すこと。

 アクシズ教徒に対する最適解は関わらないこと。

 そういうものなのだ。

 

「エリス教徒のお願いを一つ聞いたのです。

 ここは我々の頼みも一つ聞くのが筋でしょう、むきむき殿」

 

「凄いですね、それで筋が通ってると本気で思ってるの」

 

「筋を通さない者には天罰が下るでしょう。

 具体的には、アクシズ教徒が半ば掌握しているこの街があなた達を外に出しません」

 

「やめてください! そんな怖いことされたら、僕ら本気で怒りますよ!」

 

 ここで問題になるのが、アクシズ教徒に気に入られてしまった人が、距離を取ろうとしても取れず、ずぶずぶと彼らと関係を保ってしまうパターンも多い、ということだった。

 

「何、頼みというのも大したものではありませんよ。我々ともクエスト一つ、どうですかな?」

 

 ゼスタは押し方を弁えれば押し切れると理解していて、断られないことを確信しながらそんなことを言う。

 中年のアークプリーストは、転校生を初日に遊びに誘う子供のような笑みを浮かべていた。

 

 

 




ルシエドは敬虔なエリス教徒です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。