「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

18 / 63
 すっかり投稿した気分になってて今気付きました


2-4-2

 ほどなくして、むきむき達は仲間の下に帰還した。

 キースとダストがむきむきの両肩に乗っているのを見て、テイラーとリーンが少しばかりぎょっとしている。

 どうやら偵察後、むきむきのパワーと脚力にあかせて超高速で退却してきたようだ。

 

「ただいま」

 

「おう、おかえり。どうだった?」

 

「ゾンビがそこそこ居たな。ありゃ自然発生したものじゃない臭い」

 

 ダストとキースは付き合いがあるからか、リーダー役のテイラーが求めた情報をきっちり集めてきたようで、テイラーの質問によどみなく答えていく。

 むきむきが空気を読んで離れようとしたところで、軽薄に笑うダストとキースはむきむきの肩に左右から手を置き、少年の頑張りを労った。

 

「サンキュー、正直楽しかった」

 

「ああ、マジで楽しかった。俺達が木に頭ぶつけないように相当気を付けてくれてたしな」

 

「楽しませるつもりはなかったんですけど……ええと、結果オーライということで」

 

 どうやらむきむきコースターが結構楽しかったらしい。

 気のいいあんちゃん風に二人はむきむきの背を叩いて、テイラーへの説明を再開する。

 ちょっと照れたむきむきが後頭部を掻いていると、そのこめかみに大きな杖がコツンと触れる。めぐみんの杖だった。

 そちらを向けば、そこには少しホッとした様子のゆんゆんと、リーンとめぐみんが居た。

 

「城はどんな感じでしたか?」

 

「ええと……ちょっと待って」

 

 むきむきが木の枝で地面に絵を描く。

 彼の視力で見た施設の周囲の図でしかなかったが、妙に完成度が高く、大して期待していなかったリーンは少々ビックリするのであった。

 

「こんな感じ」

 

「地味に絵上手っ」

 

「器用度高いですから、むきむき。

 ……あれ? むきむき、正面入口に×印書いてるのはなんで?」

 

「ゆんゆんは直接見てないから分からないだろうけど、ここから入るのは凄く危険そうだった」

 

「ああ、確かに。泥棒が正面玄関から入れる家は無いもんね」

 

 ゆんゆんが壁を魔法で切って予想外の場所からの侵入を提案したり。

 リーンが窓から入ってこっそり調べるべきだと言ったり。

 むきむきが魔法をぶち込んで様子を見て、敵が出てきたら城の外で片付ける考えを述べたり。

 めぐみんが爆裂魔法で問答無用で吹っ飛ばせばいいと主張したり。

 "魔法使いの視点中心"で色々と話し合われていた。

 

「私の爆裂魔法で問答無用でふっ飛ばせば一発ですよね?

 まさかリーンにまで反対されるとは思いませんでした」

 

「それを真面目な話と言い出すあなたが怖いわよ。

 ある日突然現れた、と言われてたでしょ? 吹っ飛ばしても一晩で再建されるんじゃない」

 

「む」

 

「むきむきのも駄目。森中のゾンビが集まって四方八方から糞が飛んで来ると思う」

 

「!」

 

「ゆんゆんだけよ、普通なの」

 

「普通……二人より普通って言ってもらえた……!

 はじ、はじめて、私が、普通、普通って、えぐっ、私の考えた方が普通って……!」

 

「ガチ泣き!?」

 

 爆裂狂の少女、多少経験のある冒険者には及ばない程度の想定力の少年、普通の作戦を考えたと思ったらガチ泣きする少女。

 三者三様の個性に戸惑いつつ、リーンはゆんゆんを泣き止ませる。

 

「ダスト、街道に行ってくれ。

 で、誰かが通りがかったらこの手紙をギルドに渡すように頼んでくれ。

 アルカンレティアかドリス経由で、施設の実在情報はギルドに伝わるはずだ」

 

「あいよ、テイラー」

 

 そうこうしている内に、テイラーはダストを森の外に走らせていた。

 テイラーとキースも、むきむき達の方に合流する。

 

「リーン、お前……」

 

「違うわよ!? 泣かせたのあたしじゃないから!」

 

 十数分後。

 

「こんなもんか」

 

 とりあえず全員が落ち着いて話せるようになり、今日のところの方針も決定した。

 

「もう日も暮れそうな時間だ。あの施設を調べるとしても、明日の朝にした方がいいかもな」

 

「何故ですか?」

 

 テイラーの指示に、むきむきが首を傾げる。

 

「一つはアンデッドがうろついていること。

 もう一つは、これが亜型のダンジョンアタックだからだ」

 

「ダンジョンアタック……」

 

 ダンジョン探索。

 この世界においても一攫千金の手段の一つとして知られているものの一つだ。

 ダンジョンは自然の洞窟を改造したものや、人手と金をかけて作られた建物が紆余曲折を経てダンジョンとなったものに、莫大な魔力を持った者がその魔法で作ったものと多種多様。

 総じて、『人間社会に友好的でない者』が作ったものであるということが多い。

 そういう意味では、かの施設もダンジョンだろう。

 

 この世界には、ダンジョンは朝一番に挑むのがいいという鉄則がある。

 モンスターの活動時間や、ダンジョン内で取る睡眠や休憩をできる限り少なくするため、等々さまざまな理由があり、テイラーはその常道に沿って話を進めようとしていた。

 危なくなったら逃げよう、という初志をテイラーは貫徹している。

 ダンジョンを下調べする時のように、とことん調査だけに務めるつもりなのだろう。安全を確保しつつダンジョンを調べてその情報を同業者に売るのも、冒険者の小遣い稼ぎの一つ。この場合、情報を売る相手はギルドなわけなのだが。

 

「ギルドで買った地図によると、ここの近くに洞窟があるな。そこで今日は野営しよう」

 

 紅魔族の子供達からすれば初めての、冒険者らしいやり方での、野宿が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン攻略に使われるというモンスター避けの魔道具――ミツルギが持っていたものよりはるかに安物――を洞窟の中で使用し、拠点を確保する。

 その内手紙をギルドへ届く流れに乗せたダストも帰還。

 むきむきは以前アクシズ教徒達と過ごした夜のことを思い出しながら、寝床の設置と晩飯作りの手伝いをしていた。

 

「テイラー、いい加減この結界張る魔道具買い換えようぜ」

 

「金が無いだろ、ダスト」

 

「だけどよお、先輩が捨てたお下がりいつまで使う気だよ? 最近調子悪いぞ」

 

「ここの部分をこの角度で叩けば調子悪くても動くだろ」

 

「その貧乏くせえのが嫌なんだよ! 新しいの買おうぜ新しいの!」

 

「却下」

 

「買えよおおおおおおおっ!!」

 

「あの二人、玩具買って貰いたい子供とそのお父さんみたいなことを……」

「むきむき、しっ」

 

 駆け出し冒険者は金が無い。

 皆馬小屋で寝泊まりし、時々馬糞に触りながら寝返りを打ったりする

 さっさと上に上がれない冒険者は見方によっては社会の底辺なのだ。

 大物賞金首を仕留めれば駆け出しでも大金を手にできるだろうが、そもそも初心者には仕留められないから大物賞金首なのだ。

 テイラー達は駆け出しの部類に入る。金が無いのも当然であった。

 

「おいめぐみんとかいうの、紅魔族って美人多い?」

 

「いきなり何聞いてきてるんですか名も知らぬ人」

 

「俺の名前が記憶から忘却されてる!? ダストだダスト!」

 

「私の長年の研究によれば、優秀な魔法使いほど美人で巨乳が多い傾向にありますね」

 

「ほう……その法則に則るなら、お前はあんま優秀じゃないアークウィザードなのか」

 

「はっ倒しますよ?」

 

 瓶詰めの野菜と、火を通した干し肉に干し魚、そして炒り米。

 瓶の中で暴れる野菜と、その抵抗を無価値と化す鉄のような強度の瓶が印象的な夕飯だった。

 七人は話し相手をコロコロ変えて、寝るまでの時間を交流と相互理解に消費する。

 

「多分さ、むきむきとゆんゆんは、まだ連携が未熟なだけなんだと思うんだ」

 

 そんな中、"戦い方"についての話になった時、リーンはむきむきとゆんゆんに戦いのセオリーを――冒険者初心者への指南でよく言われる内容を――諭すように伝えていた。

 

「例えば、ゆんゆんとむきむきが居るとするでしょ?

 敵がむきむきに攻撃を仕掛けようとしてるとするでしょ?

 むきむきが離れた場所に居て、むきむきもその攻撃を防げそうにないとするでしょ?

 詠唱してる時間も、狙いをつけてる時間もない。それならゆんゆんはそこでどうする?」

 

 地面に枝で図を書きながら、『もしも』を想定した例え話をするリーン。

 

「えっと、急いで詠唱をする……?」

 

「それもいいけど、それならその場に適した魔法をテキトーに撃っていいんじゃないかな」

 

「え? 発動速度優先でですか?」

 

「そう、発動速度優先で。当たらなくてもいいの。

 近くに着弾すれば、ゆんゆんの魔法がとりあえず妨害になるじゃない。

 その妨害で攻撃が止まったら、その敵はむきむきが倒してくれるでしょ?」

 

「あ」

 

「上級魔法だと巻き込みもあるかもしれないけど……

 魔法が威力の高い決め技だからといって、トドメを魔法にする必要もないわけで」

 

 リーンはその流れで幾つか状況を地面に書いて、色々と状況を想定し、"その状況に応じた冒険者らしい"選択を語っていく。

 紅魔族の戦闘セオリーと、冒険者の戦闘セオリーは相違点も多い。

 ゆんゆんも学校で教わったことを話の節々で語り、リーンがそれに感心したりもして、三人の間で知識と認識が擦り合わされていく。

 

「むきむきはさっきゆんゆんに言ったことの反対が当てはまりそうね」

 

「僕が?」

 

「自分が前に出て自分が仕留めることにあんまりこだわらなくてもいいってこと。

 むきむきが敵を止めてれば、仲間が仕留めてくれるでしょ?

 こんなにも優秀な後衛が居るんだから、攻撃役と壁役は意識的に切り替えていいんじゃない?」

 

「意識的に……」

 

「この敵なら自分も殴って攻めよう、とか。

 この敵なら攻撃はほとんどせず防御を固めよう、とか。

 その辺の判断が難しいなら、後衛の二人に判断を任せてもいいと思うし」

 

「勉強になります、リーン先輩!」

 

「や、照れるねその呼び方。私も駆け出しなのに」

 

 ここをこうしよう、あそこはああした方がいい、そこはそうして欲しい、といった気兼ねない話し合いは冒険者の日常だ。

 人と人の距離感さえ間違えなければ、そうした話し合いは互いの知識や経験によって互いを高め合うことになる。

 

「二人共、私達より凄い力があると思うんだ。それを腐らせてちゃもったいないでしょ」

 

 幼い顔立ちに照れを浮かべて、今更先輩ぶって色々教えていたことを恥ずかしがるリーン。

 駆け出しのくせに、自分より冒険者歴が短い人間に先輩面をする。

 リーンの若さと青臭さが、よく見える一幕だ。

 

「お、魔法使い談義ですか? 私も加えて下さいよ」

 

「僕ちょっとご飯のおかわり貰ってくるね」

 

 むきむきが抜けて、代わりにめぐみんが入る。

 魔法使い談義が始まって、むきむきは人の数倍物が入る腹を満たすため、更なる晩飯を食らいに動いた。

 

「よう、気分はどうだむきむき?」

「おうおう食ってるなあ、うへへ」

 

 だが、そこで面倒臭い系先輩系のムーブをするダストとキースに絡まれてしまった。

 その息を嗅いで、むきむきは露骨に嫌な顔をする。

 

「酒臭っ! お酒飲んでるんですか?」

 

「ちょっとな、ちょっと」

「泥酔したら流石にマズいからな」

 

 どんな世界でも通じる、絶対の法則。酔っぱらいは、面倒臭い。

 

「見ろよむきむき、俺が勇敢なる罠の踏破により手に入れたこのエロ本を」

 

「蛮勇の間違いでは……」

 

「いいから見ろホレホレ」

 

「わ、わっ、僕まだそういう歳じゃないので! 広げないでください!」

 

「ん?」

 

「いやほら、エッチぃのはあれなんですよ、あれ!」

 

「……はーん」

「……ほーん」

 

 ダストとキースは、始まりの街の隠された最高の風俗店を知っているような、年齢相応の性欲と冒険者らしい性欲発散法を併せ持つ男達である。

 年を取るとセクハラ親父になりかねないタイプだ。

 というか今でもセクハラはするタイプだ。

 

 むきむきはそれとは逆で、エロ談義がちょっと苦手な男子中学生タイプだ。

 必要とあらば、男の股間のちゅんちゅん丸を接着剤で固定し「包茎野郎ここに眠る」と腹に落書きできるめぐみんの方が、まだ男のするエロ話に耐性がある。

 風俗に行くような男のエロのノリに付いて行くには、まだ経験が足りていない。

 

(懐かしいな)

(なんとなく昔の自分を思い出す)

 

 キースは子供の頃の自分を思い出す。

 エロに興味が無い方が硬派でかっこいい、女に興味が無い方がかっこいい、女にうつつを抜かすのはかっこ悪い、と思っていた過去の自分を。

 なのにエロには興味津々でエロ本をチラチラ見ていた過去の自分を。

 

 ダストは子供の頃の自分を思い出す。

 子供の頃親戚の金髪のおっさんがエロ本をひらひらとチラつかせ、「お前にもいつかコレの良さが分かるぜうっへっへ」と笑っていた頃のことを。

 それを正直軽蔑したりもした頃のことを。

 

 駄目なエロあんちゃん二人組は、むきむきが照れくささや恥ずかしさから露骨に性的なものを遠ざけていながらも、エロそのものを嫌悪していないことを察していた。

 むしろちょっと興味がありそうなことに気が付いていた。

 この少年も真面目なだけで、年相応にはそういうことに興味がありそうだ。

 

「へっ、このムッツリ野郎め」

「見たけりゃ見せてやるよ(エロ本)」

 

「や、ちょ……やめ……」

 

「アクセルに来たらいいお店に連れてってやるからなぁ?」

「そんだけ体がデカけりゃ、そらもう夢の中にしか似合いの相手なんぞ居なかろうへへへ」

 

「やめっ……やめろォー!」

 

 目がぐるぐる渦巻きになりそうな困惑。

 逃げられぬ挟み撃ち。

 苦手なディープエロ談義への誘い。

 追い詰められたむきむきに、その時救いの手が差し伸べられる。

 

「やめんか」

 

「「 あでっ 」」

 

「あ……て、テイラーさん!」

 

「さっさと寝ろ。明日朝に酒が残ってるようなら、お前らはゾンビの囮にする」

 

「ヤッベ調子乗りすぎた」

「寝ろ寝ろ、俺も寝る」

 

 そそくさと寝床に入っていく二人に溜め息を吐くテイラー。

 テイラーは焚き火を挟んで、むきむきの向かい側に座る。

 

「悪かったな、うちの二人が」

 

「は、はい」

 

「気にしなくていいぞ。

 キースは酒が入っていたからああだったが……

 ダストは大抵あんな感じで、アクセルの街でも留置所にぶち込まれる問題児だ」

 

「……何故そんな人と一緒に旅を?」

 

「腐れ縁さ。どうにも俺は、あいつを嫌いになりきれないらしい」

 

 くくっ、と苦笑して、テイラーはその辺りに落ちていた葉や枝を火の中に放り込んでいく。

 

「欠点があっても嫌いになりきれない人、というのは分かりますけど……」

 

 もにょもにょしているむきむきを見て、ふと、テイラーは問うてみる。

 

「お前、冒険者をやってるのは楽しいか?」

 

「へ?」

 

「いや、なんとなくな、お前はあの二人に流されてるイメージがあってさ。

 自分で決めた選択もなく、あの二人に流されるまま……

 あの二人と一緒に居たい程度の気持ちで冒険者になったんじゃないかと思ったんだ」

 

「……」

 

「そうじゃなかったんなら謝る。悪いな、勝手に想像で決めつけて」

 

「いえ」

 

 ゆらりゆらりと揺れる火を見て、少年が呟く。

 

「そう言われると否定出来ないんですよね、僕」

 

 火の赤色が、紅魔族の赤い眼に火の輝きを灯している。

 

「めぐみんに誘われたから里の外に出たようなものですから」

 

 最初は、彼女に見せられた希望にすがるような決断だった。

 

「ただ……外の世界は、広くて、厳しくて、楽しい。

 素直にそう思えます。他の誰でもない僕が、そう感じているんです」

 

 けれども今は、それだけではないと言える。

 里の中という狭い世界で、たった一人でたった一つの希望だけを見つめるような日々は、もうどこかへ行きかけていた。

 広い世界に踏み出して、少年の世界は広がって。

 

「そうだな。知らない場所。知らない人。知らない達成感。

 危ないこともあるが……ああいうのが楽しいんだよな、冒険者は」

 

 そういう気持ちが理解できるのか、テイラーは懐かしそうに目を細めて微笑む。

 

「お前、今日一番いい笑顔してるぞ、むきむき」

 

「そうですか?」

 

「ああ。知ってるか? 冒険者は笑うんだ」

 

「笑う……」

 

「不景気で商人が俯いてるときも。

 畑でサンマが取れなくて漁師が俯いてる時も。

 農家がキャベツに骨折られて俯いてる時も。

 魔王軍の侵攻で兵士が俯いてる時も。

 俺達冒険者は、笑って毎日を過ごしてるもんなのさ」

 

 たとえ、この世界の人類がどんなに追い詰められていたとしても。

 冒険者ギルドにでも行ってみれば、そこには冒険者の笑顔がたっぷり詰まっているだろう。

 彼らは笑う。

 笑うのが日常だ。

 どんな残酷の中でも日々酒をかっくらって笑ってこその、冒険者。

 

「冒険は楽しいしな。何より、毎日笑えてねえなら冒険者になった意味がねえ」

 

「……」

 

「安定した生活がしたいなら、普通に働いて暮らしていけばいい。

 まともに働ける身体があるのに馬小屋で暮らしてる若者なんて、冒険者くらいなもんだ」

 

 テイラーは手にした水筒の水を飲み干し、空になった器を手の中で回している。

 

「……ま、『冒険者は笑うんだ』とかも、冒険者の先輩から教わったことなんだがな」

 

「先輩?」

 

「冒険者は基本冒険者の弟子とか取らねえんだよ。

 冒険者の師匠が居る冒険者なんて珍しいもんだ。

 そういうわけだから……スキルとか、経験とか、知識とか、小技とか。

 そういうのは先輩後輩の間で伝えていくもんなんだ、俺の知る冒険者ってのは」

 

 むきむきは、アルカンレティアで出会ったクリスという冒険者のことを思い出す。

 薄情な冒険者なら、テイラーが言うような継承は行わないに違いない。

 けれども、あのクリスという少女なら。初心者がギルドでうろついていたなら、何か一つや二つ大切なことを教えて世話を焼いていそうな、そんな気がした。

 

「お前も新人には仲良くしてやれよ?

 もっとも、明日生きてるかも分からないのが冒険者家業なんだがな。

 ……ぼちぼち寝ようか、明日も早い。明日に響かない程度に、早めに寝ろよ」

 

 テイラーが寝床に入る。

 女性陣も寝床に入り始めた。

 むきむきは焚き火の揺らめく炎を見つめて、思いを馳せる。

 

「冒険者は笑う、か」

 

 自分がどのくらい笑って日々を過ごせているのか、むきむきの視点からでは分からない。

 笑えていると思いたい、という言葉を、むきむきは口の中で噛み潰した。

 

「誰からの助け(教え)もなければ価値がない職業、冒険者」

 

 むきむきはカテゴリー的には冒険者だ。

 この職業は、他人からスキルを教えられて初めてスキルを習得できる。

 冒険者で居る限り他の職業よりステータスの伸びも悪い。

 むきむきは何のスキルも覚えられないが、普通の冒険者は他人の助けを借りて、他人から教えられたスキルを運用してクエストをこなしていくことになる。

 

 逆説的に言えばそれは、教えてくれる他人が居ない限り永遠に無能で在り続けるということだ。

 他人との絆や繋がりがなければ、何もできないということだ。

 人が人を助ける構図が社会から消え去れば、この職業の価値がなくなるということだ。

 この職業の価値が下がるということは、社会が追い詰められているということだ。

 何かしらの形でこの職業が価値を示す時があるということは、その社会にはまだ人のよい繋がりが残されているということだ。

 

 冒険者は最弱職。余程の者でもなければ使いこなせない。

 そして同時に、目には見えない何かを映す指標であるかのように、少年には感じられた。

 

「……女神様は何を思って、この職業を作ったんだろう」

 

 考えすぎかもしれない。

 何の意味もないのかもしれない。

 でも、もしかしたら意味があるのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、むきむきもまた寝床に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 

「よし、行くぞ」

 

 冒険者七人による、施設調査が始まった。

 

「危なくなったら僕が壁を蹴りでぶち抜いて、皆さん抱えて外に逃げますので」

 

「常時退路が確保されてるのは心強いな。打ち合わせ通り動いてくれると助かる」

 

 むきむきが二階に相当するバルコニーに、一人一人を投げ込んでいく。

 少年の投擲は完璧な力加減であり、全員がゆったりと二階の床部分に着地できていた。

 最後にむきむきがジャンプでバルコニーに移動し、プラズマ手刀で壁のレンガの継ぎ目を切り裂いて侵入経路を確保する。

 ここまでは何の問題もなく、七人は城の内部に潜入していた。

 

「魔力は何か感じられるか? リーン、紅魔族の二人」

 

「私にはあんまり」

「なんとなく、大きな魔力が有るような気が」

「気のせいかと思ってましたが、確かにとても大きな魔力があるような気がします」

 

「キース」

 

「見える範囲じゃ怪しいもんはないな。壁床にも目立つ罠の痕跡は見当たらない」

 

「よし、慎重に進むぞ」

 

 テイラーが巧みに人を動かしていく。

 指示からは新人臭さが抜けていないが、それでもリーダー役をやっているというのは伊達ではないらしく、指示と判断に迷いがない。

 少しづつ、警戒しつつ彼らは進む。

 

「何だこの部屋?」

 

 その途中、一行は不思議な部屋に通りがかった。

 入り口と、その向かい側に出口があるとても広い正方形の部屋。

 部屋の中には本棚や衣装棚等が、向きも揃えられず乱雑に立てられている。

 

「本棚と棚が乱雑に立ってるだけの部屋か? はっ、こんなん楽しょ……」

 

「むきむき、止めて下さい」

「え? うん」

 

「ぐえっ」

 

 何も考えず突っ込もうとしたダストの襟首を少年が掴み、ダストの首が締まる。

 

「おいコラ何すんだ!」

 

「なんというか、雑というか、適当に仕込んだ感が凄まじい魔法陣がありますよ」

 

「えっ」

 

 めぐみんが杖で床の上に多少魔力を振り落とすと、そこにうっすらと魔法陣が見えた。

 

「適当? どういうことだ、めぐみん」

 

「そのままの意味ですよ、テイラー。あまりにやる気がありません。

 魔法陣を隠してもいなければ、雑すぎて魔法陣の効果まで見れば分かるというレベルです」

 

「その効果とやらは」

 

「この部屋を歩くと、靴無視で強制的に足の小指を棚の角にぶつける呪いの魔法効果です」

 

「「「 うわあ 」」」

 

 そりゃ、設置者も適当に設置するというものだ。

 

「この棚の群れはそういうことか……」

 

「テイラー、俺のスキルの眼には棚の下端の角に仕込みが見える。

 壁にも回転する仕込みの痕跡が見える。

 棚の角に足の小指をぶつけると、おそらく壁が回転して敵が出てくるぞ」

 

「適当な仕込みの割にえげつないな!」

 

 まるで、部屋の設計をした人間と魔法を仕込んだ人間が別であるかのような完成度だ。

 

 部屋に踏み込むと、靴の防御力を無視して足の小指を棚の角にぶつける。

 棚の角に足の小指をぶつけてしまうと痛い上、壁から敵が出てくる。

 戦闘のために足を動かすと、また棚に足をぶつけてしまい、痛みと共に増援が現れる。

 次第に一歩も動けなくなり、しかたなく動いてもまた足の痛みで隙が出来てしまう。

 

 バカみたいな思考から生まれた、バカみたいに厄介な部屋であった。

 

「……どうしたもんか」

 

「あの、テイラーさん。僕なら大丈夫かもです」

 

「何?」

 

「この靴には、魔法がかかってるんです。

 着用者の足に合わせて、多少サイズを融通させる魔法が。

 僕は成長期なので、それでも無限に履けるというわけではないんですが……

 足だけを狙う小さな呪いくらいなら、気休めのものですが靴の魔法で弾かれるかと」

 

「そうか、紅魔族製の魔道具は全部優秀だという話を聞いたことがある。

 高かったんじゃないのか、その靴? 紅魔族の靴屋が作ったんだろう?」

 

「高くはなかったです。でも、世界で一番の靴屋さんが作ってくれた靴なんです」

 

 むきむきが六人を抱えて部屋を突破することで、なんとか問題なく部屋を突破。

 先のフロアに進むも、またしても先に進むために通らなければならない部屋を見つけてしまい、全員が揃って嫌な顔をする。

 部屋の床部分には、何故か毒の沼地が広がっていた。

 

「うわ、これは特殊なスキルがないと通れない部屋だな」

 

「何故室内に毒の沼を……?」

 

「この城の主の趣味かなんかなんでしょ」

 

 この世界の人間には、この趣向は理解できまい。

 

「どうする、テイラー?」

 

「……キース、廊下の窓から上に行けそうか?」

 

「あいよ、確認な」

 

 キースは廊下の窓から体を乗り出し、一つ上のフロアを確認する。

 

「ああ、行けそうだ。屋上みたいな所がある。ダスト、下半身支えてくれ」

 

「おう任せろ」

 

 ダストが下半身をガッチリ固定し、窓から仰向けに上半身を乗り出したキースが、一つ上の階の屋上らしき場所の端に弓でフックとロープ付きの矢を放つ。

 屋上にそれを引っ掛けたキースは器用に上の階に登り、全員が安定して登れるようにロープを固定。全員が上がるのを待った。

 

「今僕、凄く冒険者してる気がします」

 

「こんなの滅多にないわよ。ゴブリン狩って日銭稼いでる日の方が多いし」

 

 ちょっとウキウキしてるむきむきに、リーンが呆れた表情で言った。

 が。

 この城の製作者は根性が曲がっているためか、こういう空気に水を差してくる。

 

「! 伏せろ!」

 

 屋上らしきその場所には、中央に屋敷サイズの施設があり。

 彼らがそれに近付こうとした途端、床から一列に並ぶボウガンの群れが飛び出してきた。

 罠だ。屋敷サイズのあの施設に近付くものを矢ぶすまにする罠。

 その数は百に届くか届かないかという数であり、一つ一つが人を即死させる威力があった。

 

 そんな、冒険者パーティ一つを殲滅するには過剰過ぎる火力の罠を。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 ゆんゆんが、更に過剰な火力で薙ぎ払った。

 

 ボウガンの矢は一本も彼らに届くことなく、ボウガンごと光の刃に両断される。

 

「す……すげえええええええええっ!!」

 

「えへへ、私も役に立てるんですよっ!」

 

 数の暴力さえも蹂躙する圧倒的暴力。

 ダストは素直に感激の声を上げたが、テイラー達は逆に声が出ない。

 まだ未熟で隙があるだけで、紅魔族出身の彼らに内在するポテンシャルが凡人では及ばない凄まじいものであると、今の一瞬で心底思い知ったからだろう。

 とはいえ、動揺は一瞬。

 テイラーはテイラーなりに考え、仲間達に指示を出す。

 

「待て。ちょっとここを動くな」

 

「テイラー?」

 

 少し時間を置くが、警報も鳴らない。

 敵の増援も来ない。屋敷サイズの施設の中に反応も見られない。

 ゆんゆんの魔法は上級魔法らしく大きな音を立て、大規模な破壊を生み出し、今屋上の施設から見えるほどに大きな光を発生させていた。

 

「……おかしいな。今の音でも気付かれないのか?」

 

「え? ……そう言われてみれば、確かに」

 

 なのに、いまだ無反応。

 何かがおかしい。

 

「こりゃ気付かれてるけど泳がされてるのか?

 それとも無人なのか? 無人だといいんだが……皆、気持ち逃げること最優先で」

 

「わかったぜ」

 

 留守であることを祈り、侵入。

 敵を見つけたら即座に逃げよう、そう決めて進む。

 屋敷サイズの施設の正面扉を開け、いつでもむきむきが全員を抱えて森まで逃げ出せる姿勢で、恐る恐る皆が施設の内部に踏み込み。

 

「え?」

 

 『テレポートの罠』という、世にも恐ろしい罠の存在と脅威を、思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とすん、とゆんゆんは見知らぬ部屋に着地する。

 騎士団の城の内部にある訓練場のような、ひたすら広く頑丈なだけの部屋だった。

 

「知ってる? テレポートって、レベルがあれば対象の選別もできるんだよ」

 

 そこには、ゆんゆん以外に二人の人間が居た。

 

「こ、ここどこ!?」

 

「君達は適度に分断させてもらった。ボクもちょっと、君達が固まってると厄介なんでね」

 

「……! あなた達は!?」

 

「DTピンク」

「DTブルー」

 

「! 紅魔族の皆みたいなダサいネーミング……あの、DTレッドとかいう人の仲間!」

 

「……まさか紅魔族の口からそんな台詞を聞く日が来るとは」

 

 ダサいネーミングというのは否定しない。

 

「―――」

 

 ゆんゆんは高速で詠唱。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 そして、詠唱込みでのライト・オブ・セイバーを発射。

 この思い切りの良さは流石の紅魔族といったところか。

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

 

 だが、ブルーのライト・オブ・セイバーに相殺されてしまう。

 

「!?」

 

 詠唱は、魔法の威力と発動を安定させる効果がある。

 基本的に詠唱を行った魔法は詠唱を行わなかった魔法より強い。

 つまり、それは。

 

 この魔法使いが、ゆんゆんよりも格上の魔法使いであることを意味していた。

 

「助けは来ないよ。テレポート先はボクが考えて、助けに来れない場所に設定したから」

 

 

 

 

 

 むきむきは、合金と衝撃吸収材で何重にも囲まれた密室に放り込まれていた。

 

「な、なんだここ……! 皆はどこだ!?」

 

 元は強すぎる人間を閉じ込めて酸欠で殺すための部屋。

 とはいえむきむきのパワー相手では壁の強度が足りず、むきむきの筋力をぶつければ時間をかけることで破壊して脱出することが可能だろう。

 その頃には、仲間の半分以上は死んでいるだろうが。

 

 

 

 

 

 テイラーパーティは、広間に放り込まれ、死神と対峙する。

 

「し、初心者殺し……!?」

 

 始まりの街アクセル周辺にも出没し。

 人間をも騙すほどの高い知能を持ち。

 初心者の冒険者を好んで餌とする、狡猾で悪辣な巨虎のモンスター。

 

 その名は、初心者殺し。

 このパーティ四人では、逆立ちしても絶対に勝てない相手である。

 ピンクが用意した、この施設への侵入者を殺すシステムの一環だった。

 

「勝てるわけないよ! 逃げよう!」

 

「どこに逃げる! 逃げ切れるわけがないだろ!」

 

 ここは室内。出口がどこにあるかさえ不明。

 戦うしかないのだ。生き残るための希望が見えるまで。

 

「勝てない敵が相手でも! 勝つためじゃなく! 生きるために戦うのが、冒険者だろうが!」

 

 テイラーがビビる仲間達を鼓舞する。

 

「全員叫べ! 『死んでたまるか』!」

 

「死んでたまるか!」

 

「死んでたまるかっ!」

 

「死んでたまるかぁっ! うわーんっ!」

 

 虎の餌になるのは、時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 一方その頃めぐみんは。

 施設最下層のゴミ集積場にすっ飛ばされていた。

 

「飛ばされる場所がおかしい!」

 

 悪臭漂うゴミ捨て場で、めぐみんは顔を派手にしかめる。

 

 見上げれば、壁にはダストシュートに捨てられたゴミをここに排出する穴。

 見渡せば、周囲にはゴミを一心不乱に食らう特殊なスライム。

 探しても、出口はどこにも見当たらない。

 

「ここは……施設のゴミ処理場、と見るべきでしょうか」

 

 2010年台の日本ではダストシュートがほぼ居ないもの扱いとなっているが、この施設においてはまだ使われているようだ。世代と年代を感じさせる。

 施設で捨てられたゴミは全てここに捨てられ、何でも食べるスライムの餌となるのだろう。

 そのせいか、ここは妙に細かい所が綺麗で、妙な所にゴミが堆積されている。

 同時に、ここは内側から外側に物を出す必要がほとんどない。

 せいぜい定期的にデカくなりすぎたスライムを処分する時くらいのものだ。

 すなわち、ここにまっとうな出口は存在しないということ。

 

 このままここに居ればめぐみんはほどなく餓死を迎え、スライムの餌となるだろう。

 

「……ま、マズい!」

 

 ここは地下の密閉空間だ。

 爆裂魔法なんてものを使ったら、まず真っ先にめぐみんの命が吹っ飛ぶ。

 かといって爆裂魔法以外に使えるスキルなんてものはない。

 この状況で助けを待っているだけで状況が好転すると思い込めるほど、めぐみんは気楽な性格をしていなかった。

 

(冷静に、冷静に……こういう時パニックになるのが私の悪い癖です!

 追撃は来ないと決め打ちして、時間をかけて心落ち着けて、打開策を……!)

 

 深呼吸、深呼吸。

 差し迫った危機こそないものの、めぐみんの方もかなりの窮地であった。

 

 

 

 

 

 空間を薙ぎ払う炎の魔法。

 それを走って跳んで奇跡的に回避して、ゆんゆんは詠唱を終えた凍結の魔法を発射する。

 

「『フリーズガスト』!」

 

「『インフェルノ』」

 

 だが、今度は無詠唱の魔法に力負けしてしまう。

 スキルレベルが高いゆんゆんの得意魔法でもなければ、相殺もできないようだ。

 ゆんゆんは冷気を密集させて炎の軌道を曲げるという器用なことをして、ブルーの魔法に力負けしつつもなんとか魔法の直撃を避ける。

 

「なんで、これだけの魔法の腕が……!? まさか、人間じゃない!?」

 

「儂は人間だ。ただし……」

 

 ブルーは絶世の美男子だ。

 その美しさは、神から貰ったとしか思えない域にある。

 究極の芸術を形にしたかのように、その美しさが永遠であるという錯覚さえ感じられた。

 

「既に齢百を超えておる。不老というやつだ」

 

「―――!?」

 

 不老。不死。

 それはこの世界の摂理と、神の理に反した存在。

 神の敵対者の証。魂の記憶を取り込むことで無限に強くなれるこの世界において、不老と不死は無限に強くなりいずれは神を超えることも可能な力だ。

 それゆえに、神の敵対者となる選択をした者が持つものでもある。

 

「儂は……我ら戦隊は、女神に選ばれた人間」

 

「人、間」

 

「女神に与えられた力に魔王様の加護を加え、人のまま人の敵対者となった者」

 

 DT戦隊は全員が人間。何かの理由があって、人間に敵対する陣営に走った者達。

 

「なんで人間が、それも女神様に選ばれるような人が!

 人類の敵である魔王軍の味方をするんですか! 人の……人の敵なんですよ!?」

 

「女神が悪いとは言わない。女神は優しいのだろう。……ただ、人は憎いのだ」

 

「ボクは単純に人に仲間意識が持てないからかな。何か違うんだよね、何か」

 

 もしも、この世界の争いが人と魔王軍という単純な対立構造であるならば、これほど分かりやすく戦いやすい戦場もないだろう。

 だが、ゆんゆんが知らないだけで、この世界には人の敵になるような人間の内患も存在し、魔王軍に魂を売った人間の幹部も存在する。

 人を助けたいと願うような魔王軍の幹部も存在する。

 白黒とハッキリした世界ではないのだ。

 

「ブルーさん、もういいですか?」

 

「ああ、紅魔族と戦って自分の今の程度も知れた。少し鍛え直すくらいでいいだろう」

 

 すっ、とブルーの手が上がる。

 

「用済みだ。さようなら、だな」

 

 すぐさま殺す必要性も感じていない、ただ作業のように殺すための動作。眼には虚無感、表情には疲労感、雰囲気には倦怠感が見えるブルーの魔法が構えられた。

 一人では覆せない、そんな窮地。

 

「よく分かんなくて、状況飲み込めなくて、頭の中ぐちゃぐちゃだけど……」

 

 それを見て、ゆんゆんは怯えるでもなく、むしろ心を奮い立たせる。

 

「あの人なら多分! 『殴り飛ばしてから考えればいいんじゃない?』とか言うと思うから!」

 

 ごちゃごちゃ考えるより、何かをすることを選んだ。

 

「我が名はゆんゆん! 紅魔族の長の娘にして、やがては里随一の魔法使いとなる者!」

 

 習得はしていたものの、今日まで一度も使ったことがなかった魔法スキルを、両親から貰った杖に乗せる。

 脳裏に浮かぶのは、自分よりずっと小さな体の、自分よりずっと偉大だと思っている魔法使いの少女の姿。魔法は精神力で制御するもの。心の支えが、魔法の完成度にも繋がっていく。

 初めての魔法とその詠唱を、信じられない速度でゆんゆんは完成させる。

 

 ブルーは反応して素早く炎の魔法を放つがもう遅い。

 詠唱はあまりに早く、魔法は既に完成を迎えた。

 

「我が名を証とし、我が魂を以て命ずる! 我が命に応え、我が下に推参せよ!」

 

「『インフェルノ』!」

 

 ぶっつけ本番で困難を乗り越えていくのが、若者の特権。

 

 

 

 

 

「『サモン』―――我が友、むきむきっ!」

 

 

 

 

 

 『召喚魔法』。

 

――――

 

「いつまでも小技を覚えない私だと思った?

 前から貯めてたポイントで、こっそり新しい魔法を覚えていたのよ!」

 

「どんな魔法か聞きたい? 教えてください、って頼めば、教えてあげてもいいわよ?」

 

――――

 

 めぐみんとの会話でゆんゆんが口にしていたものが、まさにそれだ。

 深く説明する必要さえないほどに、名前そのものが説明になる魔法。

 テレポートが登録した場所に自分や自分の周囲のものを移動するものであるならば、召喚魔法は登録したものを自分の手元や周囲に呼び込む魔法。

 ゆんゆんの登録対象は現在一つ。

 

 ピンチの時に助けに来てくれたら嬉しい、とある一人の友だった。

 

「おまたせ」

 

 少年は召喚されると同時にゆんゆんを抱え、横っ飛びに移動。

 

「……急に抱えられて横に高速移動されると、吐きそう……」

 

「あ、ご、ごめん! 急いでたもんだから!」

 

 抱えたゆんゆんの三半規管をグワングワン揺らしたものの、救出に成功した。

 

「……なんと」

 

 セレスディナは、ゆんゆんがそろそろ補助系の魔法を習得すると読み、それを一部の部下に通達しようとも考えていた。だが、電話もないこの世界での連絡手段は限られている。

 アルカンレティアから彼らが旅立って日が経っていないという幸運が、ここで彼らを助けてくれていた。

 セレスディナの予想は、ブルーの手元には届いていない。

 

「ゆんゆん、あの人達は?」

 

「とりあえず気絶させて! 話はその後で!」

 

「了解!」

 

 ゆんゆんへの信頼から、とりあえずでむきむきはブルーのハンサム顔を殴ろうとする。

 

「儂はいい人だぞ。あの子は勘違いしてるだけだぞ。だから喧嘩はやめよう」

 

「殴ってむきむき!」

 

「え? ……あ、いや、いいや。迷った時はゆんゆんを信じよう」

 

「このガキ、思考停止を!?」

 

 一瞬停止、けれどもすぐさまゆんゆんを信じて殴りに行く。

 ブルーは必死にかわしたが、空振った拳は壁に当たり、マジカルな合金製の壁にクレーターを生成する。

 

「怖っ」

 

 直後、ゆんゆんの放ったライト・オブ・セイバーが、回避したピンクとブルーが一瞬前まで居た場所を通過し、むきむきの拳以上に深く合金製の壁に斬撃痕を刻み込む。

 

「最近の紅魔族こわないですか、ブルーさん」

 

「お前も働け」

 

「やー、頑張って頑張って。ボクはニートしたいんです」

 

 むきむきとゆんゆん。

 一点突破型前衛と大火力後衛。

 この二人のコンビは、魔王軍幹部直属の者達であっても脅威になるほどのものであった。

 

「背中は任せた!」

「背中は任せて!」

 

 素直過ぎる、という弱点にさえ目を瞑れば。

 

 

 




一方その頃どこかの世界で
加虐を求めるクッコロ大魔王
クズロットだのニートだの言われるカズロット
天上の神に見守られる二人の戦いが始まろうとしていた……

・召喚魔法
 推測材料になるものだとめぐみんの台詞、アイリスの台詞にしか登場しない魔法。描写的におそらく生物や物質を(おそらくは指定対象の悪魔やモンスター等も)手元に引き寄せる魔法。テレポートが自分・他人・自分他人同時に移動するという送り出し(アスポート)寄りの特性を持っているので、この作品では引き寄せ(アポート)に相当する魔法であると解釈しております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。