「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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北斗「ダクネスを満足させるほどの鞭使いのナツキ・スバルくんとかいうオリジナリティ溢れるオリ主をこのすば世界でカズマさんと共闘させれば大人気となり桶屋となろうが儲かるんです! 信じて下さい!」


2-4-3

 ピンクは、思ったことをそのまま口にした。

 

「君達二人って変態? それとも恋人?」

 

「え?」

 

「ボクとしてはどっちでもいいのだけれども」

 

 召喚登録は、動物や物質であるならそう変なものでもない。

 ただ、それが人間相手となれば話は別だ。

 召喚登録に同意してしまえば、自分はいつでも術者に呼び出されてしまう。

 風呂に入っている時も、一人部屋で休んでいる時も、恋人と一緒に居る時も、術者に喚ばれれば跳んで行かなければならない。

 親しい仲でも、登録はちょっと遠慮したくなるのが普通だ。

 

 召喚者にいつでも呼び出される契約を交わした悪魔を見ればよく分かる。

 召喚者が主、被召喚者が従者という関係性。

 片方がもう片方の生活に一方的に干渉する権利。

 抵抗もできない完全な主導権の移譲。

 

 見方を変えればそれは、マゾだのサドだのという関係にも見えなくはないわけで。

 

「というわけだから、変態かなーってボクは思うわけで」

 

「ち、違います! 深い意味はないですから!」

「ゆんゆんは対人の距離感がおかしいだけで普通の子だから……」

 

「なんだ、オチはそんなもんか」

 

 友人を登録しようとする方もする方だが、それを承諾する方もする方だ。

 二人揃って深く考えてなかったと知り、ピンクはつまらそうに髪を弄り始める。

 

「てっきりその年でご主人様と奴隷というアブノーマルな趣味に目覚めてるのかと」

 

「違います!」

「ゆんゆんはむしろ他人に引っ張られたいタイプなんじゃないかと」

 

「ちぇー」

 

 "他人からはそう見られる"ということを知り、ゆんゆんの顔がかあっと赤く染まる。

 人前で使うのは控えようと、ゆんゆんは決意した。

 

「『カースド・ライトニング』」

 

 そこに、ブルーの魔法が飛んで来る。

 ゆんゆんにそれをかわす手段はなかったが、瞬時に彼女を抱えて跳んだむきむきにより、雷速の魔法は誰にも当たらず壁に当たって霧散する。

 

「む」

 

(この人の職業はアークウィザード。魔法使いとしてのキャリアは、話が本当なら百年以上)

 

 ブルーに規格外の能力は無かったが、ただ単純に本人のレベルとスキルレベルが高い正統派魔法使いだった。

 ゆんゆんもまた、正統派魔法使い。

 ただしこちらは本人のレベルもスキルレベルも高くなく、ただ単純に生まれつきの才能とステータスが高かった。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 ゆんゆんがむきむきに抱えられたまま光刃を放つも、こちらは身体能力を魔法で底上げしたブルーに回避される。

 前衛職並みの速さに、少年は少しばかり驚いていた。

 

(レベルが高い。だから多分、元々のステータスもそれなりに高いんだ)

 

 レベルが高く地力が強い。

 魔法で底上げすれば魔法も回避できるステータスになる。

 強さの理由が単純明快なだけに、地味に厄介な手合いであった。

 

(むきむきの両手が空いてないと、埒が明かない)

 

 このまま、ゆんゆんを抱えてむきむきが駆け回り、彼の腕の中からゆんゆんが魔法を撃っていても、詰め切れない。

 無詠唱の上級魔法でもあの精度だったことを考えれば、迂闊にむきむきを突っ込ませるわけにもいかない。

 そこで、二人は兼ねてより打ち合わせていた新フォーメーションを披露した。

 少年が少女を肩車して、最強の土台に最強の砲台が乗せられたハイパー合体フォーメーションが起動する。 

 

「フォーメーション・ツー!」

 

「はたから見るとバカ丸出しだぞ」

 

「分かってるわよそのくらい! 恥ずかしいけど、でも効率は良いの!」

 

 ブルーが呆れた顔で、炎の上級魔法を放ち。

 

「『インフェルノ』」

 

「「 『ライト・オブ・セイバー』! 」」

 

 ゆんゆんの光の刃、むきむきの光の手刀の連続攻撃が、その魔法を両断する。

 

「バカっぽいのに結果は出すこの姿、まさしく紅魔族……流石だ」

 

「褒め言葉が嬉しくない……!」

 

 むきむきが戦車の下半分、ゆんゆんが戦車の上半分を担当するかのようなフォーメーション。

 バカらしいのに、防戦に回れば何故かそこそこ強かった。

 

(かつて、この身は女神に美しさを望んだ。

 魔王の祝福がそこに加わった。美しさは不老に変じ、美しさは永遠となった。

 魔法はいい。自分の力だけで積み上げたものを、実感できる……)

 

 ただの人間でも百年積み上げれば、新人の紅魔族にも勝る。

 そんな事実を証明する青の魔法使いは、女神に貰った虚しい外見の美しさとは無関係に研鑽したその魔法を、ひたすらに撃ち続けた。

 

 

 

 

 

 初心者殺しは初心者の死亡率を爆発的に引き上げるがために、初心者殺しと呼ばれている。

 むきむき達が派手な魔法戦を繰り広げているその裏で、テイラー達は生と死の境にてタップダンスを踊っていた。

 

「うおおおおおおおっ!?」

 

 初心者殺しの噛みつきに、テイラーは無理矢理右腕の籠手を割り込ませた。

 虎の口が分厚い金属製の籠手を噛み、テイラーは反射的に籠手を外して腕を抜く。

 腕が抜かれてから一秒の後、頑丈なはずの金属製の籠手は潰され、初心者殺しの歯に噛み砕かれていた。

 

「平然と金属鎧を噛み砕くなよ……!」

 

「どけテイラー!」

 

 ダストが脇から斬りかかるが、脂の染み付いた剛毛・強靭な皮膚・分厚く頑丈な筋肉という三重防御で、ダストの剣は筋肉の切断にも至らない。

 

「二人共一旦こっちまで下がれ!」

 

 キースが弓矢を撃って仲間を援護しようとするが、動物の脂をたっぷりと吸った剛毛は、このレベル帯のアーチャーの矢では貫けない。

 矢は刺さらず、体表を滑るように弾かれた。

 

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 間髪を容れず、リーンの中級魔法が飛ぶ。

 風の刃は"毛の上で滑る"という概念を持たないかのように突き刺さり、毛と皮を切断して虎の体から出血させた。

 だが、所詮はかすり傷。

 肉も骨も断てないのでは、致命傷には程遠い。

 

「これが人間に捕まる寸前のキャベツの気分ってやつ……?」

 

「まな板の上のキャベツってか。リーンの胸のようにまな板か」

 

「うふふ、あたしダストが噛まれても助けないって誓うわ」

 

「現実逃避はやめろお前達!」

 

 テイラーが叫んだ直後、初心者殺しがリーンに飛びかかる。

 殺しやすい後衛から狙って殺すという、初心者殺しの好む行動パターンの一つだ。

 リーンはダストの背後に隠れ、初心者殺しの爪をダストの剣が受け止める。

 受け止めたはいいものの、ダストはそこから動けなくなり、初心者殺しの爪が剣の表面をガリガリと削る。

 金属製の剣が爪に削られ、ボロボロと金属片が落ちていく。

 あと数分と保たずに剣が削り折られてしまうことは、明白だった。

 

「た……大変なことに気が付いちまった!」

 

「どうしたダスト! できればそのまま時間を稼いでくれダスト!」

 

「他人事だと思いやがって……!

 今、こいつの股間を見た! こいつオスだ! しかも性的に興奮してる!」

 

「!?」

 

「つまりこいつは異種姦好きで殺人性癖でホモの初心者殺しだ!

 人間のオスを殺すことに性的興奮を覚えるド変態なんだ! 助けてくれ!」

 

「畜生、なんでそんなのわざわざ選んで設置してんだこの施設の主は! ド変態か!」

 

 ブルーはまだまともな方だったが、ピンクの方はまごうことなくド変態だった。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「私の泥臭さをナメてもらっては困ります」

 

 バイタリティあふれるめぐみんは、なんとあの出口のないゴミ処理空間から誰かに助けられるまでもなく、たった一人で脱出していた。

 

「ああ、でもこういうことが金輪際ありませんように……」

 

 どう脱出したのか?

 その答えは、異常にゴミまみれになった彼女の姿を見れば分かる。

 

 めぐみんはなんと、スライムが食べていた大量のゴミを大きなものから順にさっさと運び、高く積み上げ、ゴミの山を作ってそこから壁の高い位置にあったダストシュート排出口まで上がっていったのだ。

 そこからダストシュートを死ぬ気で這い上がり、城の外に繋がっていたそこから脱出。

 ゴミまみれになりながらも、爆裂魔法持ちを封じるあの檻から脱出せしめた。

 

 幼き頃、セミの小便にまみれながらもセミを捕まえ、カリカリになるまで火を通して腹を満たしていた記憶が彼女の脳裏に蘇る。

 めぐみんは紅魔族随一のヨゴレ耐性を持つ少女。

 モンスターの粘液まみれになることにだって、彼女は耐えられるのだ。

 

「……この姿はあんまり他の人に見せたくないですね。

 ゆんゆんに笑われたらイラッときますし。

 むきむきに『くさっ』とか言われたら、心にヒビが入りそうです」

 

 一説によれば、小中学校で使われる罵倒で一番ダメージ係数が高いものは、『くさい』であるとかなんとか。

 

「ここは城の外。私一人で施設に突入するか、それとも……」

 

 めぐみんは思案し、ダストシュートの投入口を見て、決める。

 

「……そうだ」

 

 決め、思う。

 いっぺんやってみたかった。

 爆裂魔法で城崩し。

 

「土台からぶっ壊してやりましょう、そうしましょう。ふふふ」

 

 先程まで居たゴミ処理施設は、最下層の密閉空間。

 そこに爆裂魔法を撃ち込めば、普段は塞がれてもいるダストシュートなんていう小さな穴からでは、爆風が逃げ切ることもない。

 ならば、ゴミ処理施設の上にある、この城じみた施設はどうなるか。

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 被害想定をすることさえせず、めぐみんは衝動的に爆裂魔法をぶっ放した。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 初心者殺しに襲われているダストを助ける方法を、テイラー達は何も見つけられずにいた。

 

「諦めろ! ダストはブレックファーストになっちまうんだ!」

 

「あばよブレックダースト! 墓は適当に立ててやるからな!」

 

「ダスト! あたし、今までずっとあんたに喧嘩腰だったけど……

 ずっと言えなかったけど……本当はあんたのこと、好きじゃなかったよ!」

 

「お前ら他人事だと思いやがって! 死んでたまるかクソ野郎!

 つか最後くらい嘘でいいから嫌いじゃなかったよとか言ってくれよ!」

 

 なんとか助けようともしているが、初心者殺しの視線と動きに牽制され、思うように動けていない。

 哀れダストは、ガストのハンバーグのようになってしまうのか。

 と、その時。

 ダストと初心者殺しの足元が、爆音と共に崩壊した。

 初心者殺しは咆哮を上げながら落下していき、ダストの足元も崩壊し、彼も一緒に落下しそうになってしまう。

 

「床が……この建物自体が、崩れる!?」

 

「ダスト急げ! こっちに走れ!」

 

「うおおおおおおおおっ!?」

 

 なのだが、彼は持ち前の生き汚さで崩れる床を一気に走破。

 テイラー達と共に、崩れる床から崩れていない床まで必死に駆け抜ける。

 彼らが安全な床まで辿り着いた頃には、五階建ての小学校クラスの大きさがあったその施設は、爆裂魔法によってその半分ほどを崩落させられていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……な、何だったんだ今の」

 

「めぐみんかゆんゆんじゃない? あれ、とんでもない規模の魔法によるものだと思う」

 

「下……いや、違うな。

 生き埋めになる状況であんなことをするわけがない。

 だと、したら……生き埋めにならない場所で、あそこに魔法を当てられる場所……」

 

 土台を崩壊させて急造の城を崩せる場所など、限られている。

 彼らは遠くを見渡せるキースを中心に、城の上階部分から該当しそうな場所を目で探し始める。

 そうして、爆裂魔法の音でゾンビを集めてしまった上、魔法の反動で動けなくなっている、大ピンチのめぐみんを発見した。

 

「へるぷ」

 

「ダスト、降りるぞ! リーンとキースはここで援護!」

 

 テイラーの反応と指示は早かった。

 フック付きのロープを使って、ダストとキースは城の外の地面まで落ちるように移動。

 

「狙撃」

 

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 その間、アーチャーとウィザードの弓と魔法がゾンビを足止めしつつその数を減らし。

 

「オラァ!」

 

 命知らずのダストが、ゾンビに切り込んでめぐみんを守り。

 

「『ターンアンデッド』!」

 

 聖騎士(クルセイダー)のテイラーが、群がるゾンビを一掃した。

 

「ありがとうございます……お陰で、助かりました……」

 

 魔力を使い果たしてヘロヘロなめぐみんがなんとか礼を言い、城から降りてきたリーンが少し呆れて、腰に手を当て言い放つ。

 

「水臭いこと言わないでよ。今は、私達パーティでしょ?」

 

「……そう、ですね」

 

 一時とはいえ仲間同士。

 ならば、助けることにも助けられることにも遠慮は要らない。

 仲間同士で助け合うのが日常、それが冒険者だ。

 

「だから遠慮なく言うけど、臭いよめぐみん」

 

「!?」

 

 だからズケズケと言いにくいことも言い合えるのが、冒険者であるのだが。

 

 

 

 

 

 ブルーはアークウィザードとしての練度が非常に高い。

 そのため、魔法の応用が非常に上手かった。

 

「『カースド・ライトニング』」

 

 闇の雷がむきむきの足元に飛び、ゆんゆんを肩車した状態で加速してそれを回避するむきむきだが、雷は床に着弾。

 巧みな魔力制御で雷は床を伝搬し、むきむきを足から感電させる。

 

「しびびびび」

 

「わっ、むきむき!?」

 

「む? その靴、いい魔力が込められておるな。想定外だ」

 

 魔法戦はむきむきとゆんゆんの合体ロボじみた戦闘スタイルによりなんとか拮抗していたが、事あるごとにブルー優勢になりかけている。

 そのたびなんとか持ち直すが、紅魔族二人からすれば冷や汗ものだった。

 今も靴が地味に電気の伝搬を軽減してくれていなければ、危なかっただろう。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 ブルーが光を屈折させる魔法を使って、自分の姿を消す。

 その瞬間、ゆんゆんは魔法の詠唱を初め、むきむきは手刀を構えた。

 

「しょうらっ!」

 

 横一文字に振るわれる手刀。

 攻撃ではない、広範囲に弧を描くような広がる斬撃。

 手刀から放たれた空気の刃は、姿を隠したブルーに防御を余儀なくさせ、その居場所を露呈させる。

 そこに、ゆんゆんがノータイムで光の刃を振って放った。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 ブルーは光の屈折魔法を解除し、またしても速度を魔法でブーストした身体能力で回避する。

 だが、光の刃はブルーの服の裾を切断し、彼のこめかみに冷や汗を一粒浮かべさせていた。

 

 この"互いを理解している"ということを大前提とした継ぎ目の無い連携こそが、彼らの強み。

 戦い全体で見れば老獪なブルーが素直過ぎる子供二人を押しているのだが、こうして時々、二人はブルーを驚かせるような連携攻撃を見せてくる。

 

「ぬう、手強い」

 

「だからボク言いましたよね、ブルー。分断が最良の策だと」

 

「悪いな。儂は悪巧みは性に合わん。できる者に任せることにしているのだ」

 

 参戦する気をいまだに見せないピンクに、むきむき達の評価を改めているブルー。

 二人の魔王軍めがけて、合体状態の二人の紅魔族が一気に突っ込む。

 

「『ボトムレス・スワンプ』」

 

 ところがそこで、高いスキルレベルと魔法制御能力にあかせた、無茶苦茶な迎撃の魔法が飛んで来た。

 なんと、ブルーは天井を無理矢理に地面と定義・誤認させ、地面を沼に変える魔法を天井に使い、"天井から沼を落としてきた"のだ。

 落ちた沼は、二人に派手にぶっかけられる。

 

「うわっ、泥!? くっ、泥が顔にかかって眼が……!」

 

「しまっ、これ目眩ま―――」

 

「『ウインドブレス』」

 

 足が止まり、視界が塞がれ、床は走れないほどにぬめる。

 そこに膨大な魔力を込められた風の初級魔法が来て、踏ん張ることができないむきむきに直撃。

 むきむきだけが吹き飛ばされ、肩車されていたゆんゆんだけがその場に落ちる。

 

(しまった、分断!)

 

 ここに来てまたしても分断されてしまった。

 むきむきとゆんゆんは立ち上がるも、二人の距離は果てしなく遠い。

 ブルーはゆんゆんから見て四歩の距離で、無詠唱の魔法を放たんとしている。

 ゆんゆんも、むきむきも、一人でそれを止める手段は持たない。

 

「―――!」

 

 けれども。

 

「むきむき、私を信じて! 目の前の空間を思いっ切り殴って!」

 

 一人でないなら、持っている。

 

「『カースド』、っ、『ライトニング』!」

 

 ブルーが魔法を撃った、その瞬間、施設が大きく揺れた。

 彼はそれで姿勢を崩し、魔法の照準を誤り、ゆんゆんを狙った魔法はゆんゆんに当たらず明後日の方向へと飛んで行く。

 めぐみんの爆裂魔法が、ブルーの魔法に僅かな狂いを生み出したのだ。

 

「そぅらぁ!」

 

 そして、ゆんゆんが泥濡れの床で大きく前に一歩を踏み出し、ゆんゆんを信じたむきむきが泥で前が見えないまま拳を振って、銀の杖が翻り――

 

「―――『サモン』!」

 

 ――召喚(サモン)の魔法が、発動された。

 

「こ、れ、は……」

 

 むきむきが拳を振り上げ、それを突き出すまでの一瞬に発動された召喚魔法。

 それにより、むきむきはブルーの目の前に召喚された。

 結果、召喚と同時に放たれた拳がブルーの腹部へと炸裂。

 

 ブルーの腹には、むきむきの拳による致命傷が叩き込まれていた。

 

「……慢心、増長、油断。歳を取りすぎれば逆に増えるのが、困りものだな」

 

「そりゃそうですよ、そーれ」

 

 ブルーが致命傷を受け仰向けにバタリと倒れると、ピンクが一つのフラスコを投げ込んできた。

 投げられたと同時にむきむきは前に出て、フラスコが落下を始めた頃にゆんゆんを掴み、フラスコが床に落ちた頃には凄まじい速度で後退していた。

 床に落ちたフラスコが、薬品を撒き散らす。

 撒き散らされた薬品が気化する。

 気化したその薬品を吸い込んだブルーは、顔色を変えて壮絶に苦しみ始めた。

 

「が……がはっ!」

 

(毒!? 味方ごと!?)

 

 ゆんゆんとむきむきを遠ざけるのが目的だったとしても、もっと他に方法があるだろうに。

 ピンクはこの毒に耐性があるのか、気化した毒の中を悠々と歩いて、毒に苦しむブルーの口に別のフラスコから薬品をぶち込んだ。

 

「げほっ、ごほっ、かはっ、ごぶっ!?」

 

「はいこれ飲んで下さい、ブルーさん。

 この毒の解毒薬と、この毒に耐性が付く薬と、傷の治療薬です」

 

 常軌を逸した思考回路だ。

 仲間を助けるため、仲間諸共敵に毒を投げつける。

 毒に苦しむ仲間に、後から解毒薬を飲ませる。

 腹に致命傷を受けた仲間に毒を食らわせることに、一切の躊躇いがない。

 仲間を助けるという結果を得るために、仲間を自分で苦しめるという過程を平然と入れ、そこに罪悪感を感じてもいない。

 

 どこにでも居る存在ではなく、けれどもどの世界にも一人は居る、能力と知力が伴ってしまった外道の精神性だった。

 

「死ぬかと思ったぞ。お前はこんなんだからピンクズと言われるんだ」

 

「助けるには助けたんですからボクに感謝して下さいよ」

 

「ああ、今度ばかりは助かった。いかんな、鈍りすぎている。

 次からは絶対に接近せずに戦いを行うことを徹底しなくてはな」

 

「いや、それ以前の問題ですよ。次はせめてやる気出して戦って下さい」

 

 五分も余命が残っていなかったはずのブルーの致命傷は、既に塞がっていた。

 今飲ませた薬が、それほど高い効果を持っていたということなのだろう。

 おそらくはヒールの最上級系、セイクリッド・ハイネス・ヒールにも匹敵する回復力がある。

 

「治ってる……?」

 

「クリエイター系の職業の薬? いや、でも、あのレベルの回復は……」

 

「二人共、無事か!」

 

 その回復に二人が息を呑み、流れが悪くなったのをむきむきは肌で感じ取るが、その悪い流れを、部屋に飛び込んできたテイラー達が一変させる。

 邪魔にならないよう、運びやすいよう、大きな革袋に袋詰めにされためぐみん以外の誰もが傷だらけだが、生気に満ちていた。

 ピンクは敵増援を見て、これ以上泥沼に戦っても意味が無いと判断する。

 

「潮時です、ブルーさん」

 

「……『テレポート』」

 

 捨て台詞さえ残さずに、素早く彼らは撤退していった。

 

「勝った?」

 

「勝った……んじゃないかな」

 

「お? こいつはもしやクエスト完全達成ってやつか?

 うっしゃあ! 完全達成報酬で六十万エリスじゃねえか!」

 

 誰よりも早く、誰よりもお気楽そうに、ダストが手にできそうな大金にはしゃぐ。

 明らかにリスクに見合わない報酬だったが、依頼が達成された今となっては関係のない話だ。

 

「あいつら賞金首だな。一億エリスくらいのやつ」

 

「そうだっけ? 帰ったら確認してみよっか」

 

 キースとリーンも、少しだけ見たブルーとピンクの顔に何か感づいた様子だが、気が抜けているのが目に見えて分かる。

 そうして、テイラーは紅魔族の三人にも声をかけ。

 

「三人共お疲れ。……よかったな、ここが温泉の街ドリスに近くて」

 

「……今は心底、その幸運に感謝してます」

 

 ゴミまみれだっためぐみんと、泥まみれのむきむきとゆんゆんを見て、苦笑しながら賞賛と労いの言葉をかけていた。

 

 

 

 

 

 テイラー達はアクセルへ。

 むきむき達はドリスへ。

 始まりの街に向かう彼らと、王都に向かう紅魔族達は、ここでお別れだ。

 ふと、むきむきは別れの時になって、今のめぐみんがリーンと同じ匂いをしていることに気が付いた。

 

「……めぐみん、リーンさんと同じ匂いがしない? いや、微妙に違うような……」

 

「!」

 

「ああそりゃたっぷりとリーンが時々使ってる消臭――」

 

「ふんっ」

 

「ひでぶっ!?」

 

 余計なことを言おうとしたダストのケツにタイキックをかまし、リーンは「気にしないで」とむきむきに言って誤魔化しに入る。

 むきむきに見えないところでリーンに頭を下げているめぐみんを見て、キースがやれやれと肩を竦めていた。

 キースは拳の背で軽くむきむきのムキムキな腹を叩き、ニヒルに笑む。

 

「アクセルに来たらまずギルドに来い。

 何か困ったら受け付けで俺の名前を出して俺を呼べ。

 即日とは行かないが、相談に乗ってやるよ。お前、デカいのは体だけみたいだからな」

 

「キース先輩……」

 

「また一緒にクエスト行こうぜ」

 

 その流れに乗って、ダストまでむきむきに絡んできた。

 

「なあなあ、紅魔族の綺麗どころを紹介してくれよ」

 

「え、それはちょっと……」

 

「なあ、いいだろ?」

 

「そ、そのうちに……」

 

「おお! 話が分かるじゃねえか、むきむき!」

 

 上機嫌に離れていくダストの次は、リーン。

 

「今回は本当に助かったよ、ありがとね。……あれ、そのペンダント何?」

 

「これですか? 里の皆の髪の毛が入ってるんです。

 髪の毛には魔力が宿ります。旅の無事を祈る、おまじないってやつですね」

 

「ふーん……じゃ、あたしも一本入れとこっかな。はい、無事を祈って。どーぞ」

 

「! ありがとうございます、リーン先輩!」

 

 リーンの髪の毛が入ったペンダントを大事そうに握っているむきむきに、最後に声をかけるのはテイラー。

 

「覚えてるか? 冒険者は笑うんだ」

 

「はい」

 

「特に意図して笑う必要はない。いい仲間が居れば、自然と笑ってるもんだからな、冒険者は」

 

「……仲間」

 

 テイラーとむきむきの視線が一瞬だけチラッと横を向き、めぐみんとゆんゆんを見る。

 

「いい仲間が居れば、戦いは悔いなく終わる。それが満足感だ。

 いい仲間が居れば、大体勝った気で終わる。それが達成感だ。

 後悔して勝つことも、満足して負けて死ぬこともない……と、俺の先輩は言ってた」

 

「テイラー先輩……」

 

「ま、俺は信じてないけどな。けど、

 『こいつと一緒に負けるなら悔いはない』

 『こいつと一緒に戦えばきっと勝てる』

 と思える仲間を見つけるってのは、一番大事なことだと思う」

 

 ベテランでもなく、天才でもなく、貴族のような特別な血統もなく。

 けれども、テイラーはまごうことなく"いいリーダー"だった。

 

「難しく考える必要なんてどこにもない。お前はもう、最高の仲間を見つけてるだろ?」

 

 別れの最後にいい言葉を残して、テイラーとそのパーティは去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テイラー達と別れてからちょっと時間が経った頃。

 

「な、なによこれぇっ!?」

 

 めぐみんの冒険者カードを見て、ゆんゆんが悲鳴を上げていた。

 

「なんでめぐみんのレベルがこんなに高いの!?」

 

「城を吹っ飛ばした時に一緒にかなりのモンスターを吹き飛ばしたようでして。

 いやはや、スライムの経験値だけだと思っていたら思わぬ誤算です。

 どうやらあの施設は魔王軍によるモンスターの研究改造施設でもあったようですね」

 

「そ、そんな……」

 

「さて、二日前に始めた勝負がありましたね。

 三日後にどちらのレベルの方が高いか、という勝負が」

 

「ぐ、ぐぐぐ……」

 

「あと一日で埋められるレベル差じゃありませんねえ……ふふふ」

 

「めぐみん、僕の経験が煽りすぎるとロクなことにならないと警告を……」

 

「な、な、何よこのくらい! 見てなさい! 今日一日でレベル追い抜いてあげるから!」

 

 走り出すゆんゆん。

 ちょむすけを抱いてそれを見送るめぐみん。

 

「待ってゆんゆん、一人で先行したら危ない!」

 

 むきむきはその後を追うものの……

 

「助けてー!」

 

「早い!」

 

 焦るあまりに注意散漫になった挙句、服だけを溶かすブルー製・魔改造グリーンスライムに捕まっているゆんゆんを発見した。

 

「だから言ったのに……」

 

「い、嫌! 素っ裸は嫌ぁ! めぐみんみたいなイロモノになっちゃう!」

 

「おい、私のどこがイロモノなのか教えてもらおうか」

 

 スライムから逃げようと動くゆんゆんをげしげし蹴ってる内に、めぐみんはあの施設で見たものから、一つの推測が組み立てられることに気が付いた。

 

「あ、この辺で何度も何匹も不自然にスライムと会う理由が分かりました。

 多分あの施設で研究していたスライムが逃げたか、外に捨てられたかしたんですよ」

 

「なるほど。ゴミ処理にスライム使ってたくらいだもんね」

 

「落ち着いてないで助けてぇ!」

 

 ゆんゆんはもはや涙目を通り越してガチ泣きしそうになっている。

 

「むきむきはむっつりなそうなので、喜ぶんじゃないですか」

 

「!?」

 

 めぐみんが何気なく言った言葉に、むきむきはぎょっとした。

 あの夜のダスト達との猥談を聞かれていたことに気付き、むきむきの顔がかあっと赤くなる。

 

「う、嘘でしょむきむき? 私を見捨てないよね? 助けてくれるよね? 裸見ないよね?」

 

 ゆんゆんの不安そうな声にハッと我に返って、むきむきは顔の赤みを消せぬまま、ダスト達に教わったスライムの切除法を実践し始める。

 

「よ、喜ばないよめぐみん! ゆんゆん、今助けるから待ってて!」

 

 泣いて助けを求めるゆんゆん、それを必死に助けようとするむきむきを見ながら、めぐみんは地べたに座ってちょむすけの毛並みを撫で始める。

 

「もうスライムとは関わりたくないですね……」

 

 ちなみに、魔王軍幹部にもスライムは存在する。

 

 めぐみんのそれは、叶わぬ願いであった。

 

 

 




 ボトムレス・スワンプのルーデウスとかいうオリジナリティ溢れるオリ主をこのすば世界でカズマさんと共闘させれば大人気になり桶屋となろうが儲かります
 今度は嘘じゃないっす

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